2012年01月26日
輪廻のラグランジェ 1~3話 感想

輪廻のラグランジェ 1
やっとこさ時間ができまして、遅まきながら輪廻のラグランジェを視聴開始しました。
選定理由は、ナデシコが好きだったからです。丁度先日読んだパチンコがアニメだらけになった理由(わけ)
第一話「ようこそ、鴨川へ!」
とはいえ、その印象を引きずったか、オープニング時点では余り良い感じを受けません。冒頭の水着は、凄く健康的で明るくて良い雰囲気だったのですが、10年前のアイドルみたいなスーツと、同じく十数年前のヴァーチャロンを格好悪くしたようなデザインのロボットに、やや引き気味。まあ、エステバリスだって最初は格好悪く見えたし、ネルガルの制服って当時としても野暮ったかった気もするので、とりあえず保留ですが。
実は、例によって期待作は最低限しか情報を入れてなかった(要は、「よし、見よう」と思った時点で情報をカットした)ので、世界観がよく解りません。建築などは現代~近未来的に見える(ロボもあるし)一方、映研はテープで映画を撮り、主人公達は携帯電話を持っていない。
WEBページを見ても今一判然としないので、これは単なる未来じゃないと言う事なんでしょうかね。
なお、舞台が女子校なのは当世流行の設定ですが、かなりカラッとしていて淫靡な雰囲気はほぼ無し。(映研の部長くらい?)この辺のエロをやっても何故か健康的な方向性は、地元タイアップの影響でしょうか?いや、サービスシーン的な物はやたら多いんですけどね。
さてそんな、日常シーンはほぼ全て伏線に突っ込んで(主人公以外の人物とか、実質生徒会長以外全部モブ)ロボット物たるもの大事なのはやっぱり戦闘シーン。これが、実に良いですね。いや、ロボ以外が…… 護岸から顔を出すレーザー砲台、無理矢理既存技術に砲台を乗っけたような光学駆逐艦隊、そして主役機の戦闘機形態。レーザー駆逐艦のVLSが、ミサイルと見せかけて撃ちっぱなしの憤進砲ぽい挙動をしたりするのもグッド。
護岸にレーザー置いたら、波が高いときにバルチック艦隊の側砲状態になるだろうとか、あんな狙ってくれと言わんばかりの所に指揮司令所置くなとか、そう言う事は言っちゃダメだ。
さて、一話の段階で、敵の技術と味方ロボの技術がデザイン的に多分同根なのと、「執事さん」とやらと敵の中の人達が良く似てる、ってのが、制作側が視聴者におさえて置いて欲しいポイントでしょうか?
まあとりあえず、力が入っていることは解るのですが、一話だけでは何とも言えない状況。即座に2話に移ります。
第二話「鴨川スピリット」
とりあえず、「マルッ!」って言う決めゼリフはどうなの?
そして、敵も味方もロボットのことは「オービット」(軌道)と呼ぶんですね。
三体運動で相対位置が変わらないラグランジュ点が名前の由来として、敵と味方とあと一勢力あると言うことなんでしょうか?それとも、主人公機三機だからでしょうか?
姉ちゃんとボンクラ研究員コンビの解説ゼリフによると、あのロボットはオーパーツ。で、明らかに近未来の携帯電話も全員が振り回し始め、世界観は単純に未来で確定のようです。これに加えて自称宇宙人連中が喋ったところによると、やっているのは地球を舞台にした星間勢力の代理戦争。ただ、あの機体についてはかなり大きな意味がある、と言う事の模様。
と言うか、味方の宇宙人が軍事顧問団で、今やり合ってる相手は敵の先遣隊ですか。
オープニングで悪印象だったロボットは、動いていると結構見れるのですが、コスチュームはやっぱりひっでえなあ、と言う言葉しか出てきません。ランも、あの素っ頓狂な格好がなければ、かなり好みなのですが……
そのせいというか、ランは戦闘服姿だとだいぶマシになりますね。
でも結局コスチューム関連は、ストライク・ウィッチーズのように突き抜けるでも無く、滑っただけじゃないかと。
しかし、そう言う見た目の話よりもっと深刻なのが、このわずか二話目で出てくる長々としたモノローグモドキの会話シーンでしょう。主人公の内心吐露は、まだ巻き込まれたばかりのこの段階では、まるで心に響きません。戦闘ど真ん中で敵は何やってんの?と言うのも含めて。
このシーケンス、五話くらいまでとっておけば普通に盛り上がったと思うんですが。
勝手に盛り上がっている敵方も含めて、どうも展開が性急です。大丈夫なんでしょうか?
第三話「鴨川にランの花咲く」
で、三話に入るのですが、鴨川を守るという主人公の気持ちに説得力を持たせるなら、その前に友人や家族との関係を描いておかないと。1話でモブと戯れて以降日常パートが全くなかったせいで、主人公のセリフが恐ろしく説得力を欠いています。
しかも、それが星の運命というか、視聴者が知りたくてたまらない戦いの裏の話より重要、と啖呵を切られるわけで、見ているこっちはストレスがマッハ。前回の突然シンジ君状態と言い、「躁鬱病かこいつは」と言う気色の悪さしか感じられません。
何が嫌って、全編ギャグでやってるのに、主人公の行動原理が町に被害をどうこうとか、中途半端にシリアスを前提にしてる所です。って言うか、敵は主役機を追ってきてるだけなんだから、(これは前回司令から説明されてます)お前が町で戦わなければ被害は出ないっての!
どうにもこうにも、構成がまずい上に主人公がむかついて悪印象なのですが、これ面白くなるのでしょうか?
監督のセオリーどおり後半でシリアスにシフトチェンジすると化ける気はするのですが、ううむ……
当BLOG内の、その他アニメ関係のエントリーはこちら。
2012年01月23日
機動戦士ガンダムAGE 第15話 感想
![機動戦士ガンダムAGE 第1巻 【豪華版】(初回限定生産) [Blu-ray]](http://rcm-images.amazon.com/images/P/B005TH0ZJA.09.MZZZZZZZ.jpg)
機動戦士ガンダムAGE 第1巻 (初回限定生産) [Blu-ray]
予想はしていましたが、第一部完結に至っても欠点は是正されず、むしろ際だってしまいました。
第15話「その涙、宇宙に落ちて」
冒頭。前回突っ込んだ陸戦突入ですが、まさかブリッジ要員5名だけだなんて、さすがに思いませんでしたよ!
ええと、あんたら前線豚じゃないですよね?ぶっちゃけ銃持ってドンパチするなんて、余技の人達ですよね?しかもたった五名!?潜入任務であればまだ何とか弁護できるんですが、(データ抜くために技術要員メインとか。護衛くらい付けろよと言うツッコミは当然あるにしても)戦艦で堂々と突入しておいて何この作戦?
で、直後の場面で速攻一人蜂の巣ですしね。
司令室を占拠?突入はバレバレ、要員は非戦闘職四名で、寝言は寝て言えと言う話です。何でしょう、この、「00の作戦って凄くマトモだったんじゃないか」とか思えてくる狂いっぷりは?
で、UEのぼんくらさはそれ以上でして、要塞なのに監視カメラもないし、突入ブロックに警備兵が集まってくることもないし、司令室に戦力を集める程度の事もしない。
「こんな糞みたいな作戦が、理由もなく成功してしまう」&「あまつさえ敵の要塞守備隊を通常戦力が全滅させてしまう」と言う時点で、もう設定も演出もあったもんじゃありません。物語の前提が、大々的に破綻しています。
「見つけたぞガンダム!」って、あんた等の要塞には、内部監視装置やシャッター開閉モニターもないんですか?
ところでこの敵メカのデザインって、ベースはティラノサウルスですね。トカゲ系って事で統一は出来てるんですが、もう少し何とかなら無かった物か。何より、手の小ささが特徴の機体で、戦闘のほとんどが腕を使った白兵戦とか、やめて頂きたいところ。
「たった一人の犠牲などで騒ぐな」は全くその通りで、今まで育ったコロニーが爆発炎上しても旧友の心配もせず、僚機が落とされてもスポーツ感覚だったフリットが、ここだけぶち切れても「今更何勝手なこと言ってんだよ」としか思えません。ついでに、デシル戦で敵機体の中身が人間だと解ったはずなのに、何の葛藤もなくぶった切って回ってますしね。
これ、口先でだけ「殺したくない」とか言ってたSEEDの反吐が出る主人公と、大して変わりありませんよ。それどころか、脱出したパイロットを直接ビームサーベルで狙うとか、信じられないことまでやってます。情報収集の面からもそうですけど、誰もこいつに交戦規定教えて……ないだろうなあ。最低限の座学すら受けさせずに前線投入してるもんなあ。
ところで、いつの間にか普通に装甲越しに会話が始まってるんですが、通信なのか共感なのか、それくらい書いてくれても良いのでは?今まで散々「意思疎通が不可能な敵」って事になってたんですから。
で、一応前回それなりに綺麗に終わらせたはずのユリンとの脳内対話を、なんでこんなタイミングで再度挟むんですか?回数を重ねれば重ねるほど陳腐になる演出ですよ。
その他の演出についても、ウルフの援軍とか本当に意味不明。なんで彼は当初の予定を変えてまでフリットの援軍に行ったのか?本当、「最初苦戦してるけど危ないところで逆転」と言うラインを作るためだけに、特に理由もなくキャラを動かすから意味不明になるんですよ。エミリーがフリットの叫びを感じてたのと同じようにウルフが何かを感じるとか、せめてラーガンに「ここは何とかなりそうだからお前は援軍に行ってやれ」と言わせるとか。実際、敵の数が少なくなっている(たった戦艦四隻で、正面から敵戦力殲滅できちゃうの!?)と言うセリフがあったりするわけですしね。
今まで散々会話しておいて、今更「人間!?」とか言い出す脚本には、さすがに愛想が尽きました。
あのね、UEの正体って、第一部の中心的な謎でしょう?これでもかって位引っ張って、仰々しく明かさなきゃならない筈でしょう?視聴者が「今更何言ってんの?」としか反応のしようもないこんな展開でどうすんですか?
その後出てくるウルフさんのシーンは、それなりに映える作りになっているだけに、意味が解りません。
金星の敵司令官の話も聞かず、あまつさえ射殺しようと銃向けるドアホな主人公の姿は、なんで戦争で子どもを使っちゃいけないのか、解りやすく示してくれてますね。
「罪のない人を巻き込んで」って、お前達と肩並べて戦ってた連中と一緒じゃん。その場その場の感情でしか動けない・自分の利害関係を正義と勘違いするガキは、見てられません。
このフリットの共感でき無さを、世代交代後に、「変われない親世代(オールドタイプ)」の象徴として使うのかもしれません。でも、ごめん。そこまで付き合うのはきついですわ。
で、後半はもういいですよね?なんでロストコロニーごときが、オーバーテクノロジーでブイブイ言わせてんの?とか、その格差があるのに十数年間何やってたの?とか、戦争しなくても広報戦略でどうにでもできるだろこれ、とか、考えるだけ無駄なんですよね?戦争の戦略目標とか、政治交渉で地球圏に朝貢か領土割譲強制すれば色々全部解決するだろうとか、そんな設定多分ないんですよね?
基本設定は私の愛するナデシコを彷彿とさせますが、あれはおちゃらけて見えて、結構しっかり作ってあったのですよ。
あげくが、貴重極まる情報源である敵司令官を射殺してのける艦長様とかさあ……
つまり、あの艦長がわざわざ無茶な陸戦で乗り込んだのは、本当にただ「UEをこの手でぶっ殺してえ!」と言う、野趣溢れるバーバリアンな感情一本槍だったわけですね。ええと、やっぱり脚本家は馬鹿なんでしょうか?これじゃ、折角反乱勢力扱いされてまでついてきた部下は、良い面の皮です。
てか、司令官殺っちゃったのは勢いとしても、データか捕虜か、どっちか確保しろよ自称戦略家!
もう画像出すのも面倒になってきたんで省略しますが、スピード感命の脱出シーケンスも、相変わらずの止まった画面。背中のブースター吹かして加速する描写すら無しですよ。何のためにデザインしたんだか。
あと、あんな所に半分剥き出しで置き去りにされてたディーバは何故か無事でしたとか、鼻で笑って良いですかね?
なんか全般的に、やりたいことは解るんですが、やりたいこと・描きたいことだけ用意して、そのために必要な諸条件や盛り上げるための回路は全く描けないままなんですよ。
もう、ここで止めておくのが、一番傷が少ないと思うんですけどね。コンコルド錯誤で突き進んでも、誰も幸せにならないんじゃないでしょうか?
当BLOG内の、その他ガンダム関係のエントリーはこちら。
当BLOG内の、その他アニメ関係のエントリーはこちら。
2012年01月20日
残念な疑似ナショナリズム 「花咲けるエリアルフォース」 感想

花咲けるエリアルフォース (ガガガ文庫)
今更書く必要があるのか解りませんが、杉井光は、堅実な筆力で着実にファンを増やしている、実力派のライトノベル作家です。作劇上の「飛び道具」を多用しない地味な作風と、過剰さを抑えめにしたキャラクター描写が持ち味でしょうか?
一方で、人物描写も設定の練り込みも、ライトノベルとしてはこなれている一方、その殻を破れていない類型処理が鼻につくことも多い、微妙な立ち位置とも言えます。
そして、一年ほど前に出版されたこの作品では、その悪い方の側面が見事に強調されてしまう結果となっていました。
物語は、東西に分断された日本を舞台に、オーバーテクノロジーの戦闘機乗りになった中学生の話です。早い話が、イリヤの空
お話としての起承転結や文章力、それっぽさを見事に醸し出す戦闘や風景の描写は、相変わらず出色です。実際問題、基本的な作品の出来は悪くないのです。しかし、オルタナティブヒストリー物としては、根本的な設定に大きな問題を抱えており、余りに残念な状態になっていました。
問題点は、恐らくただ一点から生じています。つまり、
「ナショナリズムの使い方を間違っている」
と言う事です。
これに編集も作者も気づかないというのが、正に「ライトノベル」と言われてしまうゆえんじゃないかと思うのですが、ナショナリズムを前面に出した作品で、分断国家の内戦を描くのは愚の骨頂です。
桜・皇室・白い軍服と言った象徴をこの作品はふんだんにぶち込んでいるのですが、これら「日本人」の象徴を持ち出すなら、「敵」は絶対に、同じ日本人であってはなりません。要するにナショナリズムとは内と外を分ける概念で、「外」に対して「内」の特殊性・優越性を主張する事で、構成員をその気にさせるための道具です。
一応、敵役である西日本の「民国」は、桜を切っているとか皇室を戴かないとか言う理屈がこねられているのですが、ナショナリズムを刺激する「敵」としては、無理がありすぎます。
そもそも、皇室や靖国を奉じるのが東日本(作中名:皇国)というのが悪い冗談みたいな設定だと、誰も突っ込まなかったのでしょうか?
現在の国家体制の基となった明治政府とは、250年続いた江戸幕府を、原理主義イデオロギーで武装(あくまでも人気取りと正統性主張のための道具。勿論、その政治センスが優れていたと言う事です)した西日本勢力が、クーデターで乗っ取った物です。そして靖国神社とは、その政権が功労者を慰撫するために作った招魂社で、明治維新という名の内戦で幕府・東日本勢力を殺した者達が祭られている場所です。これに関する現実の政治対立の話はどうでも良いとして、「西日本勢力との内戦を戦っている東日本政府」にとって、後生大事に拝むような代物かは、言うまでもないでしょう。西日本は東日本のナショナリズムが牙を向ける「外部」であり、靖国に祭られた明治の元勲や薩長土肥閥の軍人達(圧倒的多数派)は、「敵国の英雄」に他なりません。と言うか、敵の戦死者まで祀り続けているみたいなんですが、これに納得できる国民いるんですかね?主人公はただのアホなので気にしてないみたいですが、冒頭で親兄弟を皆殺しにした西日本のパイロットも、一緒に祀られてるって事なんですよ。そんな場所に遺族が手を合わせられると?
そもそも、折角の東西内戦という舞台を設定しながら、「同胞と殺し合う」事の問題をほとんど描かないというのは、何なんでしょうね?と言うか、その問題を描かないなら、「敵」はアメリカでも中国でも朝鮮でもロシアでも、普通に「外」に設定すれば良いわけで。同じ負け戦・東西内戦物として、色々な問題を正面から扱っていた群青の空を越えて
恐らく、この問題をバイパスするために、主人公を人とまともにつきあえないコミュニケーション障害者にしたのだと思うのですが、おかげで主人公への感情移入度も壊滅的に。
逆に、右の人達がぶち切れそうな皇室の扱いなんかは、むしろあれ正鵠を射てる部分があったりすると思うんですけどね。血の穢れを禁忌とする皇族が前線豚やって良いのかという話は置いておいて、アイドルであれ聖なる父であれ癒しの祈念者であれ、「精神的支柱」と言う統治システム上の機能は良く表しているわけで。美少女はねえだろうというツッコミについては、もっとえげつなく描写していた零式
でも、天皇自らパイロットとして西日本の同胞を殺しちゃったら、内戦で勝ったとしても、「皇国」としての再統合は不可能になると思いますけどね。一方で、非正規戦で皇族皆殺しにした西日本が政権維持できるわけねえだろうとか。この辺も、内戦の重さをない事のように扱う、設定の残念さを象徴します。
あと、これは枝葉なので余り突っ込みたくないのですが、なんでこの手の作品は、ソメイヨシノを単純クローン呼ばわりしやがりますか?あいつ等別に子孫残せますし、(要は、純粋なクローンの特徴を「ソメイヨシノ」と呼称する、トートロジーな呼び名)そもそもクローンで増えていったって、突然変異や環境因子で全然別の個体になって行くんです。ポトマック河畔のソメイヨシノの色が違う、なんてのは有名ですね。と言うか、遺伝子が同じ=同じ個体なら、一卵性双生児はどうなるねんという話です。一応SF(っぽい)作品なんですから、その辺はおさえて欲しい所。
と言うわけで、ある意味杉井光の「あと一歩で名作」感を、存分に堪能できる一品となっていました。やっぱりこの辺は、濫作を余儀なくされるライトノベルレーベルの問題じゃないかと思うのです。基本的なポテンシャルはもの凄い物を持っているわけですから、刊行本数をもう少し減らして取材や練り込みの時間を取れれば、大きく飛躍できると思うのですが。
このままだと、多作で良作も多いけど心に残る一作は非常に少ない、「売れっ子」で終わってしまいそうで残念です。作家は寿命が限られていますし、使い潰される前に数十年残る作品を書いて欲しいと思うところ。それだけの実力は、間違いなく備わっているはずなのですから。
その他ライトノベル関係のエントリーはこちら。
2012年01月18日
面白いけど引っかかる点多数 「魔装機神II」感想2

前回までの感想はこちら。
魔装機神の旧作と同時期に機動戦艦ナデシコはまって、今でも捨てられないグッズが押し入れに堆積している身としては、輪廻のラグランジェとかもそろそろ視聴開始したいわけです。でも、この魔装機神IIが予想外に面白く、なかなかそっちに時間が回りません。あと二週間くらいでトロピコ4とアーマードコアVが出る事を考えると、タイムマネジメントの破綻は如何ともしがたい状況。
でまあ、二十数話まで進めた魔装機神IIなのですが、上記の通りとても楽しく遊べています。ベタ移植だったDS版と違って、戦闘システムやマップの構成を大胆にいじってあるのが、やはり大きいですね。
何よりバランスが良好で、資金・経験値とも入り方がかなり良く計算されています。無改造だと非常に弱いけれども、特化して改造したからと言って、一機突っ込ませてボタン連打していればOKと言うような物でもない。前回書いたとおり、ライブレードのきつめバランスをやや緩和し、魔装機神の育成の楽しさを組み込んだ感じです。
ただ、やはり戦闘以外・ゲーム性以外の面で引っかかる点は増えてきました。
インターフェイスについては、諦めているので仕方ありません。(技能付け替え、特にレベル上がったキャラを探し出して追加を行うのが面倒なのは、後半に行くほど辛くなりますが)ある程度は、慣れてきますしね。
問題は、シナリオなのです。
魔装機神は、旧作冒頭でマサキが突っ込んでいるとおり、当時の段階で既に王道を通り越してパロディの対象だった、異世界召喚ファンタジーの文法で作られています。そのため、操者の権限云々の話は本来「伝説の勇者様が自由に動くため」の方便の設定で、いわゆる「リアル」な政治闘争劇とは無縁の話でした。
ところが、この魔装機神IIは違います。
マサキ達魔装機操者は、旧作では影も形もなかったラ・ギアスの超国家機構直属の独立治安維持機関所属となり、各地のテロや紛争鎮圧に出向くことになります。これは、旧作のような単なる前座としての間抜けなテロリストではなく、(そう言う奴らも一応います。あいつ等が出てくるマップは、旧作の雰囲気にかなり近いですね)割と現実寄りの主張を掲げた革命勢力や民族主義者です。これで、旧作との齟齬を生まない方がどうかしているでしょう。一応毎度おなじみヴォルクルスとかも出てくるのですが、テロリストが利用する道具・一種の戦略兵器扱いです。
この世界観変更によって、数千年続くシュテドニアスの南北問題だの、民主主義への移行を求めるテロリストの鎮圧だの、超大国ラングランへの反発だのと言った、「戦闘マップで敵を蹴散らしても本質的には解決しない」問題があふれかえり、シナリオは迷走します。
一応、「精霊」と言う物の存在を軸にして、強引に主人公側に正義を担保しているのですが、そこだけご都合主義故にもの凄い勢いで世界観が歪みます。
って言うか、フェイル王子(故)の「憎くなくても戦わなければならないときがあるのと同様、憎まれても戦わねばならないことがある」って、絶対おかしいですよね。思想以前に、対比が成立して無いじゃないですか。本来なら、「憎くなくても戦わなければならないときがあるのと同様、憎くても戦ってはならないときがある」でないとおかしいはずです。
このセリフで悟りを拓いた場合、結論は「気にくわない奴をぶっ飛ばせばOK」になってしまうわけで。(実際そう言う話になります)
勿論この結論は、旧作魔装機神であれば全く問題ないのです。召喚された伝説の勇者が、神話の邪神を打ち破る話なのですから。でも今回の話は、邪神教徒の暗躍があるとは言え、やけに生臭い政治の話。この結論に落とすには、余計な枝葉を描写しすぎています。
キャラクター達もこの影響を当然受け、量子コンピュータ関係で情報局所属という設定があっただけのはずのセニアが謀略担当として暗躍していたり、ロドニーが突如愛国心に目覚めたり、(一応旧作もルートによっては政治家になっているのですが、魔装機操者になったルートから分岐してそちらに行くので、違和感がかなり)アハマドさん行動原理変わってませんか?とか、やはり違和感が強くなります。
これらは、魔装機神IIではなく、聖霊機ライブレードIIの設定・シナリオなら、問題なかったと思うのですよね。追加キャラ達の雰囲気とか、暗めのライブレードに準拠しているように思えますし。
繰り返しますが、ライブレードはライブレードで良いゲームですし、リアル目の政治絡みの話が悪いわけではありません。(唐突に出てくる、和風国家エリアル王国与党への悪口とかは、「やめとけよ……」としか思えませんでしたが)ただ、旧作と毛色が違うものを混ぜてしまったため、違和感が強く出てしまったと言う事です。キャラ絵や音楽が旧作流用と言う辺りも、この違和感に拍車をかけるところです。
まあ、とにかくゲームとして面白いのは間違いないですし、違和感もゲーム続行を不可能にするレベルではありません。どのみち15年の歳月で、送り手も受け手も変質せざるを得ないわけで、出てくれたことだけでも感謝しつつ、2~3周はして見たいと思います。
……この調子で、ナデシコの続編とかもいい加減出てくれないですかねえ。
当BLOG内、その他ゲームの感想はこちら。
2012年01月16日
機動戦士ガンダムAGE 第14話 感想
![機動戦士ガンダムAGE 第1巻 【豪華版】(初回限定生産) [Blu-ray]](http://rcm-images.amazon.com/images/P/B005TH0ZJA.09.MZZZZZZZ.jpg)
機動戦士ガンダムAGE 第1巻 (初回限定生産) [Blu-ray]
第14話「悲しみの閃光」
冒頭。CMあけのバラエティ番組のごとく、長々と前回のおさらい。
この、散々揶揄される集中線を多用する一枚絵も、前回書いた「動く画面を作れない」の象徴ですわな。背景を動かすのが苦手な携帯ゲーム機が、漫画の技法を真似て使って来た、一種の手抜き演出ですから。
で、要塞が攻め落とされつつある状況なんですが、これまた実は演出が失敗しています。
大型火砲をぶち込み、特攻を回避したこの時点では、画面も話の展開もスピードが命。「防衛戦にあいた穴が塞ぎきれない内に主人公艦隊側が突っ込んでくる」と言う風にしないと、実質新型艦一隻と新型MS二機(あとはただの弾よけ)に正面から落とされるUE側が、弱体に見えてしまうのです。演出すべきはあくまでも、「主人公達が凄い」であって、「UEが弱い」ではありません。と言うか、正攻法で本拠地が落とせるなら、本当に今までの話は何だったのかと言う事になってしまいます。
繰り返しますが、これが正に「動きを描けない」と言う事なのです。敵要塞に肉薄すべく全艦が突撃する(しているはずなんです。戦略画面によると)前半のシーケンスは、スピード感と動きをつけて描けば、本来一番盛り上がるところなのですから。
せめて画面内での相対位置を動かすとか、それを加速をかけつつ処理するとか、CG化の恩恵で簡単にできるようになった安上がりで有効な基本技を、何故使わないのか。
戦艦・モビルスーツ・要塞。全部が画面の中で動かず、背景も流れず、少し動いてもすぐに人物のアップやスローに移行してしまう。しかも、そのスローは毎回、(本当に毎回!)フリットなりウルフなりが横やりを入れて救う展開へつながる一つ覚え。
UEが加減速を繰り返し、急ターンで切り込んでくる↑直前のシーンとかは凄く格好良いんですが、すぐにご覧の通り。演出が出来ないわけじゃないのだとすると、予算が削られて外連味のあるシーンを作れなくなっていると言う事なのかもしれません。
技術力は上がってきたけれども、先立つ物は無くなっている、と言う状況でしょうか。この分だと、AGE自体が打ち切りの憂き目をみても、レベル5は失敗を糧に腕を上げて良い仕事をするようになっていくんじゃないでしょうか。その意味では、ロングスパンで今後に期待できそうです。
甲板上で活動する衛生兵を、子どもにやらせるなー!!
まあ、もっと突っ込むべきは「安全なところにいればいいのに」とか言うラーガンですが。そう思うなら、戦艦に乗せて連れてくるんじゃねえ。しかもこの戦艦、着上陸かける菊水作戦予定してるんですが……
一方キャラの面では、迷いなく無邪気に邪悪なショタが、実に素敵で使い勝手が良さそうですね。性的薄い本的意味で。後半の、涙流して震えてるシーンとか、夏の海辺の薄い本(そもそもAGEをネタに選ぶサークルがある程度あれば、ですが……)でそのまま使われそうな勢い。
一方、ユリンの機体は酷いですねえ。(実はもっと酷いのはパイロットスーツで、そのせいでコクピットで彼女が叫ぶシーンがまるで映えないのですが)
そして、後半の展開は実に問題がありまして、前半終了時に提示された目的「要塞への着上陸」が全く進行しないんです。三機入り乱れての戦闘自体は、初登場のファンネルの存在もあってそれなりに見れるのですが、そこで主人公が戦っていることによって戦局がどう動くかが全く提示されません。本来なら、「立ちふさがっているデシル機を倒すことが着上陸の条件」となっていたはじめてボスキャラとしての意味が出て来るんですが、描写内容は「三機が主戦場と別の場所で勝手に決闘してる。作戦?別に主人公無しで勝手に進んでるよ」と言う代物。戦術と戦闘が分離してしまっており、盛り上げる回路を欠いています。
スローモーションで救援フラグ経由、ララァイベントの適当コピーへ。
さて、動かないのを逆手に取った11話の演出もそうでしたが、この長々とした内面対話は悪くありません。と言うか、そろそろ解ってきましたが、「ロボット物」「戦闘物」が苦手&脚本がへぼいだけで、作画力等は決して低くはないのですよね。
ただ、テーマ的には本当にメタクソで、彼女の死には「意味」がありません。
ファーストガンダムにおいて、ララァやダブリンの少女の死は戦争の悲劇を、ライバルや戦友達の死は戦場の厳しさを描くための物でした。翻って、ユリンの死はどうでしょう?彼女は本来軍人でもなく、戦場で死ぬ意味はありません。殺すなら民間人として殺せば、14話になってまで「防ぐべき戦争の悲劇」を描けていない本作の問題点をクリア出来たのに。あれでは本当に、「デシルがクズである」と言う以上の意味がありません。
シナリオ上殺す必要があったから、強引にイベントを組んでぶっ殺した。そんな話で良いのでしょうか?
で、あの、着上陸って、目的は白兵戦なの!?
陸戦要員なんぞ積んでいない状態で、クルーに自動小銃持たせて突撃って、幾ら何でも唖然とするんですが。フォントンブラスターゼロ距離射撃でも、スター・ウォーズ方式のMSによる融合炉爆破作戦でもなく、こんなアナクロな方法を取る理由は何なんでしょうか?現実的には、この状態での歩兵投入目的は指揮官の確保とかですが、要塞内の戦力すら解ってないのに。
艦砲ではなくタイタスで強引にシャッターをこじ開けるのは、訳分からないけど格好良くしたかったんだろう、で納得できても、ちょっとこれは……
詰まるところ、必要なシーン・イベントが先にあり、前後関係も考えずに無理にはめ込む適当な方法で、脚本を書いているとしか思えないのですよね。だって、ユリンの死なんて最大級の重要イベントを、伏線や丁寧な描写もなくあんな滅茶苦茶な処理をするなんてありえないですもん。
そう言えば、アンバットが放棄された要塞と言う事は、内部構造なんかは入手できているかも知れないわけですよね。例の何やってたんだか解らない作戦会議も、その辺を強調してやれば盛り上がったんじゃないでしょうか。1シーンでいいから、内部構造を入手るためのイベント(コネとかハッキングとか資料調査なんか)描写するとか。そう言う細かな演出の積み重ねが、世界の重層感を醸し出す訳ですから。
さて、来週で第一世代の話は終わるみたいですが、これ一体どうするんですか?「俺たちの戦いはまだ~」方式で引導を渡して上げた方が、関係者一同一番不幸の総量が少なくて済みそうに思えますが……
当BLOG内の、その他ガンダム関係のエントリーはこちら。
当BLOG内の、その他アニメ関係のエントリーはこちら。
2012年01月14日
あれ?普通に面白い?「魔装機神II」 感想1
スーパーロボット大戦OGサーガ 魔装機神II REVELATION OF EVIL GOD
↑これが今回レビューしている奴ですが、
↓I・IIセットも売られています。ちなみに、IはDSで出ていたリメイク版(うちの感想はこちら)を更にリメイクしたようですが、数値バランス等がII準拠かは不明。

スーパーロボット大戦OGサーガ 魔装機神I&II
さて、DS版をボロクソにけなして買うつもりはなかった魔装機神IIですが、店頭に並んでいるのを見ると、耐えられませんでした。だって、あの頃あんなに待ち焦がれ、結局でないと諦め絶望した魔装機神の続編が、目の前にあるんですよ?「また、会えたね」って感じですよ。
と言うわけで、両足失う覚悟で地雷源に踏み込む勇気を発揮し、購入してしまいました。
そして、その結果が表題の感想です。
ただ、決して手放しで誉められる名作/良作ではありません。読み込みは大幅に改善された物の、(DS版と遜色なく、むしろ早い)インターフェイスが劣悪。特にセーブ関連は、○ボタンと×ボタンを交互に押させる訳の解らない仕様で、旗挙げゲームをやっている気分になってきます。インターミッションでデータ管理を選ぶとデフォルトでカーソルが「ロード」に合っていたり、技能付け替え表画面でキャラ一覧から付けている技能が確認できない(何故か機体のデータで管理されている)とか、かなり酷いです。
しかし、戦闘バランスやマップがシステムを活かす形で再構成されていて、普通にSLGとして楽しめるようになっています。この辺、ライブレードと魔装機神の悪いところを直して、中間に落とし込んだ感じです。
特に、「とりあえず気力を上げて必殺技連発」が効かなくなっている一方、必殺技自体は一撃必殺級になっていて、とても「ロボット物」らしいバランスになっているのは好感触。出撃数を絞る事によるセルフバランス調整も効きやすく、実に「遊べる」内容になっています。
ただ、プラーナが絶望的に不足するため、後半に入るとバランスが破綻するんじゃないかという不安は拭えないのですが。レベル上昇に伴うプラーナ増加が少なすぎて、このままだと終盤になってやっと最上級必殺技(乱舞の太刀とか)を一回撃てるかどうかになってしまいそう。
まあこれは、必殺技を正に「必殺技」として機能させるためのギミックなのでしょう。
実際問題、移動力や攻撃力のバランスなどかなりしっかり練り込まれており、「ゲーム」として真摯に作られているので悪口は言えないです。これ、一番手間暇かかるのに、ちゃんとプレイするまで評価されないポイントで、昨今おろそかにされるのがデフォルトのパーツ。多分、ファンが買ってくれるのを前提に、見た目ではない部分を作り込んだのでしょうね。
と言うか、IIは冒頭からキャラ紹介も一切無く、ファン以外完全に置いてけぼりの進行になってますので、間違いないかと思います。
さて、話は面白いのですが、何というか「夢の跡」的な物が色々と垣間見えて切なくなる場面が多いですね。ライブレードII(今も残る公式ページはこちら)の残骸から再利用されたと思しき設定・CGとか、「15年前には最先端の格好良さだった」キャラ絵とか。カットインなんかが結構挟まるのですが、いや、その、辛いんです。あれなら、α外伝のCGを基に描き直してくれた方が素直に萌えたり燃えたりできたと思います。
シナリオ的にも、地上人召喚事件のあとラ・ギアス人のプラーナが上昇しているという設定があるのに、階級制民主主義が金科玉条のままだったりとかは、気になりましたね。あれは王族の基盤(プラーナが高い人間が貴重だからこその貴族制・階級制)を突き崩す設定なので、てっきり続編で過激派達に「理」が生まれてしまうと言う展開を書くための伏線だと15年前に思ってましたから。
まあそれはきっと15年間の間に構想転換があったのでしょうが、他の点でも15年の歳月が余りにも残酷で……
かつて肩を並べて戦ったはずの仲間達は、当時を変わらない姿と心。でもこちらはしっかり15年分歳を取り、パーティ内に年上がいねえ!とか叫ぶ羽目になるわけです。ウェインディさんじゅっさいはアリかどうか議論していた15年前の俺よ、心配するな。お前が待ち望む続編が出るころには、どうせ余裕で年下だからな!
ハァ……
ところで、何かプレシア13才(でもCGはSFC版から変わらず)と言う信じられない数字が見えた気がしますが、そこはスルーして良いですよね?
と言うわけで、本作は、「ゲーム」以外の部分に問題(と言うか経年劣化)を抱えながら、驚くべき事に割と良作に仕上がっていました。
いやあ、俺屍なんかと違って、同じリメイクでもろくに予算を取れてないはずなんですよ。なのにこの内容。まだ捨てたもんじゃありませんね。
とりあえず今は、エンディングまでプレイしたときに、この感想が持続していることを祈りつつ、攻略を進めたいと思います。
当BLOG内、その他ゲームの感想はこちら。
2012年01月11日
機動戦士ガンダムAGE 第13話 感想
![機動戦士ガンダムAGE 第1巻 【豪華版】(初回限定生産) [Blu-ray]](http://rcm-images.amazon.com/images/P/B005TH0ZJA.09.MZZZZZZZ.jpg)
機動戦士ガンダムAGE 第1巻 (初回限定生産) [Blu-ray]
12話とこの話、エントリーを書く時間が恐ろしく短くすんでビックリしました。適当に見えてこの手の感想は、情報をまとめたり要所を見返したり、内容にあったカットを選定したりで、結構時間がかかるんです。
ところが、ほとんどながら視聴のように流して終了。第二世代に入った辺りで、視聴続行か否かを判断する必要がありそうです。
第13話「宇宙要塞アンバット」
冒頭はヒロインとして瀕死のエミリーさんからですが、今更セリフで各人の動機とか説明されてもなあ…… そう言う話は、本来反乱を起こす前にやっておかないと。
そう言えば当然のように流されてましたが、なんでエミリーやディケはコロニーで降ろされてないんですか?捕虜をとるという概念すらなく、殲滅戦にならざるを得ない異性知性との戦いに、フリットのように使わざるを得ないというわけでもない子どもを連れて行くって、無責任すぎるでしょう。そんな悪いところだけ、ファーストガンダムを真似しなくても良いでしょうに。
しっかし、あの最悪に格好悪い宇宙服、誰も止めなかったのでしょうか?連邦軍のパイロットスーツ(除:フリット)や整備兵の(あれは消防服のイメージでしょう)はマトモなのに、どうしてああなったのか。
一方、ディーバの強襲揚陸艦モードは、ペガサス級直系のデザインで好感触。何故かブリッジが突き出るのはご愛敬ですが。
で、ここで作戦内容が、改造された主砲の射程内にディーバをねじ込み、必殺の一撃を見舞う、と言う物である事が解ります。対ビーム拡散弾による防御と言い,
さて戦闘後半は、この訳の解らない敵の密集描写で幕を開け、いきなり三国無双みたいな頭の悪い画面作りに。弾撃ったら味方に当たるじゃん……
理由は解るのです。画面をパンしたりカメラを大きく動かして、俯瞰的に戦場の全体像を示すのは、和製ゲームが苦手とするところです。特に、レベル5は携帯機が主流で大きくカメラを振るような演出は経験が薄いはず。そのため、動かない画面を細かく切り替える、大型テレビが普及した現在ではとても見栄えのしない、垢抜けない描写ばかりになるのでしょう。
例えばこの作品、今までズームイン・アウトなんかをほとんど使ってませんよね。戦場全体を見せ、即座にズームアップしてミクロの戦闘にシフトさせたり、射撃と着弾をシームレスに見せるような、動きのある画面のことです。
そして、又盛り上がらない特攻描写。と言うか、直前にUEの機体が戦艦にはね飛ばされる描写を入れているのはなんなんですか?あれじゃ、それより軽いMSを敵艦にぶつけても、何も起きないのは自明じゃないですか。
後、政治リーダーが特攻して、誰があんた等の派閥の和解や今回の反乱騒ぎの責任取りみたいな戦後処理をやるんだよ?と言うツッコミは、しても良いよね?あれじゃ、クソみたいな戦争をおっぱじめて、ゴミみたいな作戦で戦後を支えるべきエリートの卵を殺戮したあげく、責任も取らずに部下巻き添えに特攻した旧軍のゲロ野郎と同じですよ。
で、止める方の理屈が「死んじゃダメ」って……
いっぱい死んでるじゃん!お前の僚機はどんだけ落ちてるんだよ!?
一応今回の作戦は、ちゃんと「途中まで成功しつつある」と言う描写に落ち着き、王道に回帰しました。しかし、何故か事前の作戦内容と実際の内容が異なるなど、訳の解らない演出で、シナリオの迷走が透けて見えます。
まあ、頓珍漢な展開を挟みつつも、何とか話としてはまとまりかけているようなので、第一世代の話は辛うじて「終わりよければ」に着地出来るんじゃないでしょうか?さすがに予算も豊富なだけあって、踏みとどまれる可能性はそれなりにあるみたいですね。
ま、何というか、期待はせずにまた来週。
当BLOG内の、その他ガンダム関係のエントリーはこちら。
当BLOG内の、その他アニメ関係のエントリーはこちら。
2012年01月10日
機動戦士ガンダムAGE 第12話 感想
![機動戦士ガンダムAGE 第1巻 【豪華版】(初回限定生産) [Blu-ray]](http://rcm-images.amazon.com/images/P/B005TH0ZJA.09.MZZZZZZZ.jpg)
機動戦士ガンダムAGE 第1巻 (初回限定生産) [Blu-ray]
業務と付き合いとコミケが重なる年末年始の忙しさにかまけて、つい視聴が後回しになっていましたが、とりあえず12話の感想です。
ちなみに、帰省時に旧交を温めた某企業社員によると、AGEの在庫は本当に洒落にならない事になっているそうで。好調な戦隊物の黒字を大きく食って倉庫と帳簿の癌と化しているという話に、そりゃそうだよなあ、と納得せざるを得ませんでした。
第12話「反逆者たちの船出」
とりあえず、三週間ぶりに視聴を再開して最初の気持ちは「ええと、なんでこいつ等こんな無茶に付き合うんだろう?」。
今まで、連邦やその構成国・人民が腐っているという描写は幾らでも出てきました。でもUEは、単なる害獣程度の描き方でしたよね。私怨で凝り固まっている艦長と血気盛んなガキである主人公は良いのですが、他のクルーが地位も命も全てを投げ打って協力する理由は、特に見えてきません。
↑一見無重量圏を表現したように見せて、思い切り不適切なSF描写。
重力圏下での運用を含むなら、艦底部側にカタパルトを設置する必要があります。そして、もしそうでないのなら、ロール運動時の事を考えて、艦中心軸から見て外側にカタパルトを設置しなくてはなりません。そうでないと、ロール運動中にカタパルトを使おうとすると、機体が浮き上がる方向に遠心力が働いてしまいます。
直後の艦制圧方法(カタパルト前面に艦載機を浮かべてどうします?艦載機銃に撃ち落とされますよ)と合わせて、どうにも描写が中途半端。閃光弾を使った奇襲とかも、頭脳戦を気取ったりせずに勢いで押し切る戦闘描写内でやれば、普通に映えたはずなのですが。
それより何より問題なのは、ディーバ主砲と連邦正規艦隊との連携砲撃ですら全く傷つかない、UE艦隊の描写でしょう。こいつら、これから敵の本拠地の乗り込むんですよね?威力偵察ならともかく、彼らが勝てると思っている理由が、サッパリ全く理解できないのですが。
全三世代予定で、今回の作戦が失敗するのは作劇上は自明。ですが、そんな舞台の外の事情はどうでも良い話。ちゃんと「勝ち目がある」と言う描写をした上で敗北してくれないと、物語は文字通りの茶番劇になってしまいます。
とりあえず、ユリンさんがあんな目やこんな目に遭う薄い本はそれなりに出るのかなあ、などと思ったり。って言うか、そんな益体もない内容の本くらいしか、見てみたいと思う作品が想像できませんでね。
そろそろ持っている同人誌が類型400冊に達しそうな昨年の最高作(感想こちら)と違って、埋めたいと思う空白も解釈も愛着も、全く見られませんので。
当BLOG内の、その他ガンダム関係のエントリーはこちら。
当BLOG内の、その他アニメ関係のエントリーはこちら。
2012年01月07日
ザ・オーソドックス 桜坂洋「ALL YOU NEED IS KILL」感想

All You Need Is Kill (集英社スーパーダッシュ文庫)
「ALL YOU NEED IS KILL」は、ハリウッドで映画化が決まったと言う事で話題のライトノベルです。アニメ化も実写化も珍しくなくなったあの界隈で、その方向もあったのか、と驚くことしきり。
というわけで、これを機会に読んでみることにしました。
この作品は、宇宙から送り込まれた自動機械に侵略(正確には、機械の側は生命体の存在を頓着せずにテラフォーミングを行っている)される地球を舞台に、敗北の一日がループする地獄に閉じ込められた新兵の物語です。
内容は、ループ物として極めてオーソドックス。ループから逃れようとする試みも、中盤の展開もオチも、この手の作品に親しんだ読者なら見慣れたものでしょう。
ただし、その内容や描写はきちんと丁寧に行われており、奇をてらわない堅実さが好感触です。せいぜい、キャラクターの描写バランスにはもう少し改善の余地があったかもしれない、というくらいでしょうか?ただそこは、可愛いキャラクターを前面に出せねばならないライトノベル故の要求だと思うので、映画化されたら間違いなく筋肉とおっさんが増量されるのが今から目に浮びますが。
上記のとおりシナリオはとてもオーソドックスなのですが、その中で、描き込む所と軽く流す部分のメリハリがこなれており、やはり技巧的に優れていると思います。例えば、ミリタリー物が良くやらかす「延々と訓練シーンが続いて単調になる」とか、逆に「主人公達がどう言う立場・どう言う目的で戦っているのか不分明で感情移入できない」というような問題は、発生していません。当たり前だろうと思われそうですが、こう言う基本部分は、基本だけに良くおろそかにされ、良くできた作品に重大な瑕疵を残すのは良くある事です。
ループの理由なども、ちゃんと設定と絡めて説明されていて好感触。SFとして見れば色々穴はあるのですが、その辺は「敵のテクノロジーは謎だから良くわからねえ」で流すという方向みたいです。レーベルを考えても、妥当な(仕方ない)所でしょう。ハヤカワや創元ではないのですから、無いものねだりです。
と言うわけで、これにハリウッドが目を付けたというのは、実に納得できる話です。解りやすく、話の展開はメリハリが効き、アクションと感情描写もしっかり押さえる。何というか、「教科書通り」と言うと悪口のようですが、アウトラインの面白みの無さは、逆にしばしば中身の面白さを保証するわけで。
この感じだと、映画の内容も、精々キャラクターの設定をいじるくらいで、ほぼ忠実に映像化してくれるんじゃないかと思います。ヒロインがシガーニー・ウィーバーで敵のデザインがエイリアン、ってオチもあるかもしれませんがね。まあ、宇宙人ポールを見たばっかりの私には、むしろそれはご褒美になりますが。
ところで、よく似た作品で、いつまで経っても続きが出ないの
その他ライトノベル関係のエントリーはこちら。
2012年01月02日
宇宙人って最高だな!/映画「宇宙人ポール」 感想
新年の挨拶は、謹んでスルーさせていただきます。だって俺らにとって、別に目出度いことなんざ何もないだろ!?
とまあ、完全に一年の予定に組み込まれたコミケも終わってしまい、あとは単なる連休に過ぎない正月、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
とりあえず、新年らしく映画を見に行ってきたので、今年最初の更新はこれにしようと思います。

宇宙人ポール
「宇宙人ポール」は、コミコン(SFファンが集うアメリカ版コミケみたいなもん)の帰りに「フィクション内の典型的な宇宙人」であるポール(自称)を拾ったオタク二人組の、アメリカ縦断ロードムービーです。
内容を見て解るとおり、SF映画を端からパロったB級映画。全編にネタが散りばめられており、この手のが好きなクソ野郎ども(私のことです)なら大喜びで楽しめる代物です。と言っても私、クライマックスのセリフがエイリアン2のパロディと気づけなかった程度なんですけどね…… そもそもシガーニー・ウィーバーが、余りに記憶と変わり果ててて気づかなかったせいなのですが、普通に悔しいです。
とにかくこの映画はB級であり、B級であると言う自覚の元場面場面の面白さ以外は全て切り捨てて居ます。シナリオは超適当ですし、キャラクターなど記号です。しかしこれは、SF映画ネタをばらまき楽しむための最適戦略であり、むしろだからこそ、非常に高いクオリティを実現しています。
良質なエンターテイメントだったのに、突然高尚文学路線に移ろうとして盛大に崩壊した作品は珍しくないわけで、こう言う「求められている物」「やりたいこと」を絞ってその路線を踏み外さない作劇は、見た目以上に賞賛されて然るべきものです。ストイックな娯楽作品・意識して低俗(「高尚」の対義語)を貫くって、実は難しいんですよ。
従って、主人公二人組は身も蓋もないいつものサイモン・ペッグとニック・フロストですし、原理主義者に田舎者、メン・イン・ブラックから悪いオタクに至るまで、一目で解るキャラクターで、役柄を見誤る心配はありません。あとは、ひたすらネタ・ネタ・ネタ!
しかし、ドタバタロードムービーである以上、それで一体何の問題があるのでしょうか?旅先で起きる個々のイベントや馬鹿げたシーンは全て力の入った肩すかし(語義矛盾?)で演出されており、映画館に笑いが絶えませんでした。
個人的には、スピルバーグ(出演:本人)がポールからアドバイスを受ける回想シーンが最高でしたね。「僕、演出にだけは自信あるんだ!」とか、お前自覚してたのかよ!?みたいな。
でまあ、上記の通りシナリオは極めてシンプルで、最後のどんでん返しも「ためにする」代物で伏線とかは超適当。多分、メン・イン・ブラックとオタク二人組が交わした会話から、何らかのネタだと思うのですが、あれどう言う意味なんでしょ?恐らく、解ればあれも意味が出て来るシーンなのでしょう。
未知との遭遇やE.T.のパロディ兼オマージュ(あからさまに前者でありながら、後者の要素を強く含む所に、愛を感じます)は何だか素直にジンと来ますし、新年一発目に見る映画として、かなり良質だと思います。タレントが安い口上で客寄せをしている「感動大作」などより、余程生きる活力を貰いましたよ。
今は亡き宮崎駿(人格的な意味で)がラピュタのDVD
おまけのインタビューで語っていた、娯楽作品は人を楽しませてなんぼ、偉そうに高所から説教をするようになったら死んだも同じ、と言うのは、きっとこう言う効果を理解してのことだったのでしょう。
と言うわけで、公開館数も増えつつあるらしい宇宙人ポール、近くでやって居たら鑑賞をお勧めします。やっぱり、愛のある娯楽作品って良い物ですね。

Paul Sound Track
↑サントラは、迷った末に買いませんでした。オープニングでかかるANOTHER GIRL ANOTHER PLANET(リンク先は you tube)は凄く合っていたのですが、iTunesで買えばいいやという結論になってしまうわけで。
……ところで、今検索してみたら、AMAZONのMP3ストアの方が安い件
(こっちはAMAZONアフィリエイト。アフィ死ね主義の人は、直接AMAZONに飛んで曲名検索すれば一発で出てきますよ)。アップルは段々気にくわない所も増えてきたので、今買うならこっちですかね。
何にせよ、独占にならないように両者仲良くつぶし合ってくれているようで、ありがたい事です。
日本勢が「二大怪獣の激突に巻き込まれて逃げ惑うだけの自衛隊」状態なのは、一切同情しませんよ。怪獣に対抗するどころか、CCCDや輸入権、あげくはiPod課金要求に至るまでユーザーに銃を向け続けた事、忘れるつもりはありませんからね。
当BLOG内の、その他の映画関係記事はこちら。
とまあ、完全に一年の予定に組み込まれたコミケも終わってしまい、あとは単なる連休に過ぎない正月、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
とりあえず、新年らしく映画を見に行ってきたので、今年最初の更新はこれにしようと思います。

宇宙人ポール
「宇宙人ポール」は、コミコン(SFファンが集うアメリカ版コミケみたいなもん)の帰りに「フィクション内の典型的な宇宙人」であるポール(自称)を拾ったオタク二人組の、アメリカ縦断ロードムービーです。
内容を見て解るとおり、SF映画を端からパロったB級映画。全編にネタが散りばめられており、この手のが好きなクソ野郎ども(私のことです)なら大喜びで楽しめる代物です。と言っても私、クライマックスのセリフがエイリアン2のパロディと気づけなかった程度なんですけどね…… そもそもシガーニー・ウィーバーが、余りに記憶と変わり果ててて気づかなかったせいなのですが、普通に悔しいです。
とにかくこの映画はB級であり、B級であると言う自覚の元場面場面の面白さ以外は全て切り捨てて居ます。シナリオは超適当ですし、キャラクターなど記号です。しかしこれは、SF映画ネタをばらまき楽しむための最適戦略であり、むしろだからこそ、非常に高いクオリティを実現しています。
良質なエンターテイメントだったのに、突然高尚文学路線に移ろうとして盛大に崩壊した作品は珍しくないわけで、こう言う「求められている物」「やりたいこと」を絞ってその路線を踏み外さない作劇は、見た目以上に賞賛されて然るべきものです。ストイックな娯楽作品・意識して低俗(「高尚」の対義語)を貫くって、実は難しいんですよ。
従って、主人公二人組は身も蓋もないいつものサイモン・ペッグとニック・フロストですし、原理主義者に田舎者、メン・イン・ブラックから悪いオタクに至るまで、一目で解るキャラクターで、役柄を見誤る心配はありません。あとは、ひたすらネタ・ネタ・ネタ!
しかし、ドタバタロードムービーである以上、それで一体何の問題があるのでしょうか?旅先で起きる個々のイベントや馬鹿げたシーンは全て力の入った肩すかし(語義矛盾?)で演出されており、映画館に笑いが絶えませんでした。
個人的には、スピルバーグ(出演:本人)がポールからアドバイスを受ける回想シーンが最高でしたね。「僕、演出にだけは自信あるんだ!」とか、お前自覚してたのかよ!?みたいな。
でまあ、上記の通りシナリオは極めてシンプルで、最後のどんでん返しも「ためにする」代物で伏線とかは超適当。多分、メン・イン・ブラックとオタク二人組が交わした会話から、何らかのネタだと思うのですが、あれどう言う意味なんでしょ?恐らく、解ればあれも意味が出て来るシーンなのでしょう。
未知との遭遇やE.T.のパロディ兼オマージュ(あからさまに前者でありながら、後者の要素を強く含む所に、愛を感じます)は何だか素直にジンと来ますし、新年一発目に見る映画として、かなり良質だと思います。タレントが安い口上で客寄せをしている「感動大作」などより、余程生きる活力を貰いましたよ。
今は亡き宮崎駿(人格的な意味で)がラピュタのDVD
と言うわけで、公開館数も増えつつあるらしい宇宙人ポール、近くでやって居たら鑑賞をお勧めします。やっぱり、愛のある娯楽作品って良い物ですね。

Paul Sound Track
↑サントラは、迷った末に買いませんでした。オープニングでかかるANOTHER GIRL ANOTHER PLANET(リンク先は you tube)は凄く合っていたのですが、iTunesで買えばいいやという結論になってしまうわけで。
……ところで、今検索してみたら、AMAZONのMP3ストアの方が安い件
何にせよ、独占にならないように両者仲良くつぶし合ってくれているようで、ありがたい事です。
日本勢が「二大怪獣の激突に巻き込まれて逃げ惑うだけの自衛隊」状態なのは、一切同情しませんよ。怪獣に対抗するどころか、CCCDや輸入権、あげくはiPod課金要求に至るまでユーザーに銃を向け続けた事、忘れるつもりはありませんからね。
当BLOG内の、その他の映画関係記事はこちら。
2011年12月28日
やっと完成版 METAL MAX2 RELOADED 感想1

メタルマックス2: リローデッド
前作の感想はこちら。
発売日に購入した物の、スカイリムに押し出しを食らって積まれていたMETAL MAX2 RELOADEDですが、年末年始を利用して進めております。携帯機は嫌いなんですが、ゲーム機を持ち運ぶ訳に行かない移動時などは、確かに便利ですね。
と言うわけで、メタルマックス2のリメイク作品である、メタルマックス2 リローデッドの感想です。
とりあえず進行状況としては、ダークカナルでカリョストロに負けまくっている辺り。
で、ここまでの感想をまとめると、以下のようになります。
1,前作の問題点がかなり改善され、非常に遊びやすくなった。
2,しかし、主にバランス面で改善の余地多し
まず1ですが、「斜め移動可能」「シャシー改造のリセット可能」「エンカウント率調整が更に便利に」だけで、購入価値は十分にあるかと思います。とりあえず前回終始イライラさせられたポイントは大幅に改良されておりまして、普通に遊ぶことができます。
例えば、斜め移動可能で移動時間は大幅に軽減されましたし、シャシー改造のリセット可能によって、戦車の穴を開けたり変えたりしながら試行錯誤する楽しみができました。ついでに、コンピュータタイプの追加によって、「大砲は一発しか積んでないけどそれを連続発射」「コンピュータ複数積みで色々な状況に対応」とか、多彩な戦車を作れるようになったのも嬉しいところ。ただ、エンジンダブルとコンピュータダブルが二者択一なのは、ちょっと極端すぎるかと思うのですが(後述)。
それ以外にも、前作と違ってそもそもリメイクの今作は、後半になった瞬間マップがスカスカという事もありませんし、そもそもイベント自体が大幅増。かなり楽しめる作りになっているかと思います。
ですが、2。やはり、納得の行かないところはあるのですよね。
基本的にメタルマックスというシリーズは、バランス的には大味でした。ボスは戦車に乗っていれば苦戦する事は余り無く、それが逆に好みの改造を戦車に施せる原動力となっていたわけです。テッドブロイラーというバグみたいな存在もいましたが、あれは人間戦闘なのが問題だったわけで。
ところが前作から、難易度は一気に高騰しました。ボスやWANTEDモンスターは、その時点での最強装備をかき集めて馬鹿みたいな飽和弾幕を展開しないと、びくともしません。と言うか、普通に全滅を繰り返す羽目になります。おかげで、「やっぱりこいつの主砲は120ミリだよな!」だの、「対空機銃多連装でヤマアラシ状態のゲパルトでイエーイ!」みたいな楽しみ方をしようとすると、システム的に拒絶されることになります。「多砲塔戦車とか死ね!」と言う、外観的にはもっともなはずのこだわりが、突然即死トラップになる構成も同じです。(主砲を連射できる用になるCPUが出てくると変わるのですが、連装主砲乱れ撃ちほどお手軽ではありません)ここは本当に納得の行かないところで、こだわりプレイを許容する懐の広さが失われたようで、とても残念。即クリア・即売りを防ぎたかったのかもしれませんが、余り良い印象にはなりません。
それ以前にバランスは、敵のHPが馬鹿みたいに高くなりすぎて、飽和攻撃でも雑魚すら生き残ったりする一方、敵の攻撃は原作より数倍濃くなっていて味方の即死率はむしろ上昇、と言うのが問題の本質ですね。
また、戦車の改造やCPUの能力でゲームバランスの前提が変わり、ゲーム性が変化しているにもかかわらず、旧来のシステムを継いだせいでおかしくなっている部分もあります。
例えば、戦車に主砲が必須ではなくなった上に乱れ撃ち前提となったため、「特殊砲弾」のシステムは完全なデッドウェイトになりました。一発しか撃てない弾など、システム的に無意味なのですから。
他にも、車両回収の追加によって無意味になったレンタルタンクとか、思わず突っ込みたくなったところ。レンタタンクシステム導入経緯は、桝田省治さんのWEBページで見れます。
あと、依頼人が町のどこにいたのか解らなくなるとか、細かい点はあるのですが、そう言うのはその内シリーズが進む中で直っていくでしょう。ランダムエンカウントする敵を選べる特技とか、地味に追加されてたりしますし。
と言うわけで、全般的に良くできていて、ついでに昔の香りもちゃんと残されている良作です。ただ、バランス面でやや難があるので、そこだけ覚悟した方が良いかもしれません、と言うのが結論となります。
さて、とりあえず鉄くずかき集めて主砲五連装の馬鹿戦車作って、カリョストロを問答無用でぶっ殺す準備に戻りましょうかね。
当BLOG内、その他ゲームの感想はこちら。
2011年12月24日
輪るピングドラム 第24話(最終話) 感想

輪るピングドラム 8
↑AMAZONレビューが酷いのはもう自然現象みたいなもんですが、幾ら何でも仕様も公開されてないBlu-rayに、放送直後☆1つ批評とか、掲載前にチェックしろよという世界。作品じゃなくて商品のレビューのはずなんですが……
前話までの感想はこちら。
良い意味で視聴者を翻弄し、煙に巻き、迷路の中を引きずり回してきた輪るピングドラムも、ついに最終話を迎えました。
第24話「愛してる」
冒頭。主題歌カット、反転ロゴと、省力でインパクトを持たせる演出から。
全てのモニターがフラットの中で、HR:Heart Rate=心拍だけがマイナスに食い込んでいく意味は、壊れる心の暗示でしょうか。
真俐が言う「世界が壊れる様」とは、運命の乗り換え=世界改変の事なのでしょうか?
陽毬に全てを捧げ、陽毬にすがりつく冠葉の姿は、桃果に救われて桃果に執着した多蕗夫妻と完全にパラレル。パラレルさを見せることによって、ここからの分岐を強調しています。
さて、運命乗り換えの起点、バタフライ・エフェクトのきっかけとなるのは、22話で予想したとおり、ダブルH。
そして、回想と現状だけでなく、久しぶりに舞い散る☆によって現実と幻想の区別が一気に曖昧になったところで、満を持しての「生存戦略」。
しかしそこで展開されるのは、愉快なバンクでも乗りの良い小芝居でもなく、ただ歩くだけで体を切り裂かれる現実そのものの光景。
冠葉の凶行は、心が壊れた故ではなく、陽毬を救うためにできる事を全てやらなければ心が壊れてしまうから。そして、凶行を続ける事が陽毬との絆を失うことに他ならない、と本人から指摘され、最終的に壊れます。
一方で回想はただひたすら暖かく、優しげで、陽毬さんは天使のように可愛らしい。今までのように、逆説的にフィクション性を強調していたメタ演出の電光掲示板は消え、剥き出しの幻想が画面を包みます。
ただ、何とか意味を追えたのはこの辺まで。これ以降になると、暗喩と不確定情報の海に飲まれて、画面を見つめる事しかできなくなっていきます。
十数年前(?)冠葉は晶馬を救い、その命を分け与えた。それを返す?結局、晶馬の罪とは一体何なのか?そして、何故彼はリンゴを愛していると言ったのか?
ベルトコンベアを逆流した(運命の乗り換えに合流しなかった?)ペンギンたちの意味も、どうにも上手くまとまりません。
解釈によっては、桃果が全ての黒幕、と言うような結論すら導けそうな辺り、混乱に拍車がかかります。
結局、晶馬と冠葉は消え、疑似家族は解消。ただし、彼らの痕跡が世界から消えても、愛されていたという形にならない記憶が陽毬の中に残ることで、二人は陽毬を救う事に成功している。
それにしても、不自然な原色が消え、普通の幸せな小家庭となった旧高倉家の、なんと寂しげな事。背比べのあとも、集合写真も、ペイントも消え、たった一つ残ったのは、もはや見えなくなったペンギンが届けた置き手紙だけ。
正直、細かな因果関係については意味が解らない部分が多すぎるのですが、大枠として、「愛する者に『愛されていた』と言う宝物を残すために、本来そこに居るはずではなかった者達が奔走した話」と、まとめられるのではないかと思います。
とりあえず、ラストの多蕗夫妻の会話はそう言う意味だと解釈しました。重要なのは愛している、でも、愛してもらう、でも無く、「あなたは愛されたことがある」と示す事。だからこそ、最後の置き手紙はああなるのでしょう。
とりあえず、テーマらしき物は納得できる形で示されたのと、絶対に手を抜いてはいないので、「良くわかんない部分も多いけど凄い作品」と言う評価で問題無いと思います。その点で、テーマからも視聴者からも、そして自分からも逃げたEVAとは違いますので。
やっぱり、Blu-rayが出たら全部見直して、解釈と評価を固めなきゃならないなあ、と思いました。
あれだけ解りやすく本筋を提示してきた話が、何故ラストでこう難解になってしまったのか解らないのですが、それで作品が陳腐になった感じはしないんですよ。ただ、手放しで誉められるかというと頭の回りに「?」が複数回っている状態で、それも難しい。
演出に誤魔化されただけ、と罵倒されそうな気もしますが、いつも言っているように、矛盾や瑕疵を誤魔化せるくらい凄いパワーや演出があるのなら、それは間違いなく凄い作品なわけですから。
ただ、当然引っかかるところはあるんですよ。「ピングドラム」や「生存戦略」と言うキーワードについては、多少陳腐になっても、口にしていた側の意味・解釈を示すべきではなかったのか、とか。
とりあえず、視聴直後の感想としては以上。
今までの、良くも悪くも強烈な印象を残した作品(まどか☆マギカとかAngel Beatsとか、あるいはゲームでリライトとか)と同様、考えがある程度固まったら、まとめを書くかもしれません。
当BLOG内の、その他アニメ関係のエントリーはこちら。
2011年12月22日
上客に喧嘩を売る供給者など、潰れて構わない 自炊代行訴訟問題
本の「自炊」代行は複製権侵害 浅田次郎氏らが提訴(日経新聞)
「書籍の自炊代行は違法」作家・漫画家7人が提訴(朝日新聞)
作品電子化 差し止め求め提訴(NHK)
いつかやる、と言うか「やってしまう」んじゃないかと思っていた愚行に、見事出版業界は手を染めたようです。
奇しくもwinny裁判が「失われた7年」を経て結審した昨日、泥でできたタイタニック状態の出版界は、合法的ラッダイト運動(皮肉)を宣言しました。
これについては、余りに突っ込み所が多すぎるのですが、とりあえず3点に絞りましょう。
1,あなた達の感情など知った事ではない
2,これは「コピー」問題ではない
3,あなた達が叩きのめそうとしているのは、あなた達の一番の上客です
では、順番に。
まずは1。「あなた達の感情など知った事ではない」
我ながらひどい言い方ですが、これははっきりさせておく必要があります。書籍の購入者は、「所有権:物体の生殺与奪全権」を譲り受けています。著作権法は、厳密に範囲を定められた例外規定に過ぎません。ですから、売ったあとそれをどう扱われようと、販売者が文句を言う事はできません。正確には、文句を言うのは自由ですが、強制する権利は何もありませんし、何が変わるわけでもありません。
個人的には活字を汚すのは抵抗がありますが、必要とあれば、バラバラにもたき付けにもするでしょう。それは購入者の自由です。少なくとも、悲しい思い云々は、こんな場(訴訟を宣言する公的な場)で訴えるような事ではありません。
何よりも、スキャンその物を許すかどうかを、著作権の一部だと思っているような態度が許し難いです。どんなに立派な作家であっても、尊敬すべき人間であっても、他人がその所有物をどう扱うかにケチを付ける事はできません。それは、この社会における一番基本的なルールです。
次に2。「これは『コピー』問題ではない」
私は基本的に全てのコンテンツは実質的にコピーフリーでなければ意味が無いし、買いたくもないと思っているのですが、関連業界の見解が異なる事は理解できます。原理的に無限増殖が可能、自分のコントロールを離れて増殖するというのは、やはり恐ろしいでしょうから。
しかし、自炊代行は「コピー」ではありません。依頼者が提供した書籍は裁断され、不可逆に破壊されます。(一応再利用は可能だとしても)つまり、ムーブ、形態の変換に他ならないわけです。
裁断済書籍の売買が云々言う声も聞こえてきますが、それは全く別の問題ですし、悪い理由など何もありません。大体、それを言うなら、ダビングが前提のレンタルCD屋がどれだけ音楽産業の拡大に貢献したか(そしてCCCDが何を残したか)を、考えて見ると良いと思います。
そして、最後に本題の3。「あなた達が叩きのめそうとしているのは、あなた達の一番の上客です」
前に取り上げたまねきTVの件(わざわざ海外から、日本のTVを違法コピーでなく視聴しようとした人達のルートを閉ざした)もそうなんですが、一体これに勝って、誰が得をするんでしょうか?海賊版がどうこう言っているようですが、私が海賊版業者なら、代行サービスに頼むようなアホな事はしませんよ。自分で設備を揃えた方がいいに決まってます。足も付きにくいし、本を安い人件費(海賊版業者は基本アジアン)でスキャンしない理由がありません。
むしろ、こう言うサービスを一所懸命利用しているのは、本を捨てられない読書家で、つまりは上客に他なりません。家の収納力を越えて本をため込み、しかし売ったり捨てたりはできなくて無限収納の電子化を試みる。こんな有り難い客の利用機関を潰して、一体何が文化なんでしょう?
例えば、スキャン・裁断された本は普通にブックオフに流すというわけに行きませんから、私のように買っては売りを繰り返す(もはや収納力は限界で、手元に残すのは月数冊が限度です)者より、余程優良な顧客なわけです。その利便性を奪う。売った物を利用するなと言う。一体彼らは何を守ろうとしているのか?
そして、彼らの今までの主張をまとめれば、中古に売るな、電子化するな、裁断など以ての外、と言う事になり、もう自然に朽ち果てるまで置いておくしかないことになります。そんな面倒な制限の付く物、誰が買うもんですか。
前にも書きましたが、ご多分に漏れず私も家にも実家にも本が溢れており、ダストがダストに還る前に、何とか電子的サルベージをしなくてはならないと思っています。学者だった祖父が死んだ後、蔵書を整理しようとしたら、数十年より前の層がまとめて(文字通り)朽ち果てていた惨状を見ていますし。
しかし、それに比べれば可愛い物とはいえ、多量の本をスキャニングするのは恐ろしい手間です。作業が全部で何時間かかるかを考えたら、その時間を読書なりゲームなりに当てたいと思って先延ばしになるのは、多くの人が納得してくれるでしょう。大体、スキャン機器を設置する場所を空けるためには、本を整理せねばならないという本末転倒も待っています。
従って、スキャン代行は電子化を考える読書家にとって、最も合理的な解です。私も、もう少し規格と値段がこなれたら頼むつもりだったのですが、この始末。
そして、読者にとって損失であると同時に、文化にとって致命的な傷を残す可能性があります。
大量にさばくためには代行サービスしかない、と言うのは書いたとおりですが、それはつまり、民間ベースで大量に存在する稀覯本もそうでないもの(現在出版されている本など、100年経てば漏れなく稀覯本です)もまとめて電子データとして後世に残すチャンスが、失われてしまうと言う事です。これは電子出版が活発化しても代替できない部分であり、絶対に出版業界を許せない理由の筆頭です。
例えば、私の本棚には、恐らく千部発行されたかどうかもあやしい弱小出版社(当然今はない)の、大して面白くもない小説が収納されています。こんな物のデータが現在残っているとは思えませんし、私を含めて恐らく全国に数十人しかいないであろう所有者が電子化しなければ、消えて無くなってしまうわけです。(ちなみに、国会図書館のデータベースでも見つかりませんでした。納本義務をブッチする連中は多いのです……)物体としての本の寿命など、普通100年もありません。
そして、上で触れましたが、年月が経つにつれ、現在人々が所有している全ての本は、消えて無くなる稀覯本と化していくのです。
結局の所、本、と言うか文章を基盤とする文化の継承と発展において、現行の既得権者は障害にしかならないのかもしれません。今はまだ懐古趣味(活字の方が良いと感じる我々は正にその側)が多数派かもしれませんが、大転換はどうせ訪れるわけで、そこで文字文化のパラダイムは一旦リセットされるのでしょう。その結果各種の技術が一時的に退行し、携帯小説のような物が主流になっていったとしても、それはきっと仕方ないことですし同情する理由もないように思えます。

日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか
暴行罪より重い刑罰を城壁のように張り巡らし、彼らが守ると称していた文化は、きっとその中にはもうありません。
その他の著作権関連エントリーはこちら。
「書籍の自炊代行は違法」作家・漫画家7人が提訴(朝日新聞)
作品電子化 差し止め求め提訴(NHK)
いつかやる、と言うか「やってしまう」んじゃないかと思っていた愚行に、見事出版業界は手を染めたようです。
奇しくもwinny裁判が「失われた7年」を経て結審した昨日、泥でできたタイタニック状態の出版界は、合法的ラッダイト運動(皮肉)を宣言しました。
これについては、余りに突っ込み所が多すぎるのですが、とりあえず3点に絞りましょう。
1,あなた達の感情など知った事ではない
2,これは「コピー」問題ではない
3,あなた達が叩きのめそうとしているのは、あなた達の一番の上客です
では、順番に。
まずは1。「あなた達の感情など知った事ではない」
我ながらひどい言い方ですが、これははっきりさせておく必要があります。書籍の購入者は、「所有権:物体の生殺与奪全権」を譲り受けています。著作権法は、厳密に範囲を定められた例外規定に過ぎません。ですから、売ったあとそれをどう扱われようと、販売者が文句を言う事はできません。正確には、文句を言うのは自由ですが、強制する権利は何もありませんし、何が変わるわけでもありません。
個人的には活字を汚すのは抵抗がありますが、必要とあれば、バラバラにもたき付けにもするでしょう。それは購入者の自由です。少なくとも、悲しい思い云々は、こんな場(訴訟を宣言する公的な場)で訴えるような事ではありません。
何よりも、スキャンその物を許すかどうかを、著作権の一部だと思っているような態度が許し難いです。どんなに立派な作家であっても、尊敬すべき人間であっても、他人がその所有物をどう扱うかにケチを付ける事はできません。それは、この社会における一番基本的なルールです。
次に2。「これは『コピー』問題ではない」
私は基本的に全てのコンテンツは実質的にコピーフリーでなければ意味が無いし、買いたくもないと思っているのですが、関連業界の見解が異なる事は理解できます。原理的に無限増殖が可能、自分のコントロールを離れて増殖するというのは、やはり恐ろしいでしょうから。
しかし、自炊代行は「コピー」ではありません。依頼者が提供した書籍は裁断され、不可逆に破壊されます。(一応再利用は可能だとしても)つまり、ムーブ、形態の変換に他ならないわけです。
裁断済書籍の売買が云々言う声も聞こえてきますが、それは全く別の問題ですし、悪い理由など何もありません。大体、それを言うなら、ダビングが前提のレンタルCD屋がどれだけ音楽産業の拡大に貢献したか(そしてCCCDが何を残したか)を、考えて見ると良いと思います。
そして、最後に本題の3。「あなた達が叩きのめそうとしているのは、あなた達の一番の上客です」
前に取り上げたまねきTVの件(わざわざ海外から、日本のTVを違法コピーでなく視聴しようとした人達のルートを閉ざした)もそうなんですが、一体これに勝って、誰が得をするんでしょうか?海賊版がどうこう言っているようですが、私が海賊版業者なら、代行サービスに頼むようなアホな事はしませんよ。自分で設備を揃えた方がいいに決まってます。足も付きにくいし、本を安い人件費(海賊版業者は基本アジアン)でスキャンしない理由がありません。
むしろ、こう言うサービスを一所懸命利用しているのは、本を捨てられない読書家で、つまりは上客に他なりません。家の収納力を越えて本をため込み、しかし売ったり捨てたりはできなくて無限収納の電子化を試みる。こんな有り難い客の利用機関を潰して、一体何が文化なんでしょう?
例えば、スキャン・裁断された本は普通にブックオフに流すというわけに行きませんから、私のように買っては売りを繰り返す(もはや収納力は限界で、手元に残すのは月数冊が限度です)者より、余程優良な顧客なわけです。その利便性を奪う。売った物を利用するなと言う。一体彼らは何を守ろうとしているのか?
そして、彼らの今までの主張をまとめれば、中古に売るな、電子化するな、裁断など以ての外、と言う事になり、もう自然に朽ち果てるまで置いておくしかないことになります。そんな面倒な制限の付く物、誰が買うもんですか。
前にも書きましたが、ご多分に漏れず私も家にも実家にも本が溢れており、ダストがダストに還る前に、何とか電子的サルベージをしなくてはならないと思っています。学者だった祖父が死んだ後、蔵書を整理しようとしたら、数十年より前の層がまとめて(文字通り)朽ち果てていた惨状を見ていますし。
しかし、それに比べれば可愛い物とはいえ、多量の本をスキャニングするのは恐ろしい手間です。作業が全部で何時間かかるかを考えたら、その時間を読書なりゲームなりに当てたいと思って先延ばしになるのは、多くの人が納得してくれるでしょう。大体、スキャン機器を設置する場所を空けるためには、本を整理せねばならないという本末転倒も待っています。
従って、スキャン代行は電子化を考える読書家にとって、最も合理的な解です。私も、もう少し規格と値段がこなれたら頼むつもりだったのですが、この始末。
そして、読者にとって損失であると同時に、文化にとって致命的な傷を残す可能性があります。
大量にさばくためには代行サービスしかない、と言うのは書いたとおりですが、それはつまり、民間ベースで大量に存在する稀覯本もそうでないもの(現在出版されている本など、100年経てば漏れなく稀覯本です)もまとめて電子データとして後世に残すチャンスが、失われてしまうと言う事です。これは電子出版が活発化しても代替できない部分であり、絶対に出版業界を許せない理由の筆頭です。
例えば、私の本棚には、恐らく千部発行されたかどうかもあやしい弱小出版社(当然今はない)の、大して面白くもない小説が収納されています。こんな物のデータが現在残っているとは思えませんし、私を含めて恐らく全国に数十人しかいないであろう所有者が電子化しなければ、消えて無くなってしまうわけです。(ちなみに、国会図書館のデータベースでも見つかりませんでした。納本義務をブッチする連中は多いのです……)物体としての本の寿命など、普通100年もありません。
そして、上で触れましたが、年月が経つにつれ、現在人々が所有している全ての本は、消えて無くなる稀覯本と化していくのです。
結局の所、本、と言うか文章を基盤とする文化の継承と発展において、現行の既得権者は障害にしかならないのかもしれません。今はまだ懐古趣味(活字の方が良いと感じる我々は正にその側)が多数派かもしれませんが、大転換はどうせ訪れるわけで、そこで文字文化のパラダイムは一旦リセットされるのでしょう。その結果各種の技術が一時的に退行し、携帯小説のような物が主流になっていったとしても、それはきっと仕方ないことですし同情する理由もないように思えます。

日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか
暴行罪より重い刑罰を城壁のように張り巡らし、彼らが守ると称していた文化は、きっとその中にはもうありません。
その他の著作権関連エントリーはこちら。
2011年12月21日
面白かった作家との意外な再会 「妄想ジョナさん。」 感想

妄想ジョナさん。 (メディアワークス文庫)
メディアワークス文庫は、立ち上げ期の迷走を脱し、ライトノベルと一般小説の狭間に豊かな領域を開拓しつつあります。ラノベ的飛び道具に頼らず、しかしそれを有効に活用する方向を拓いた、と申しましょうか。ラノベ作家を積極的に拾い上げにかかったハヤカワ文庫と並んで、読者の高年齢化に対応する道がようやく整備されましたね。
と言うわけで、色々気に入った作品が出てきているのですが、今回紹介したいのはこちら。派手な妄想癖(ガチの器質性脳障害レベル)を持つ半引きこもりの大学生の前に、ウサギの着ぐるみ姿の美少女(ただし主人公の自覚的妄想)が現れ、現実と向き合えと言ってサポートキャラになる話です。
初期設定から話のオチまで全て見える感じですが、まあほぼその通り。しかし、主人公が現実に立ち向かいそして傷つく一つ一つのエピソードを積み重ね、脇を固めるキャラクター(変人奇人)を魅力的に描く事で、見事に感動できる作品に仕上がっています。
その「感動」と言うのも、ヒロインが主人公の妄想であることを前提とした上での、「面白うてやがて哀しき」路線。終盤、文字通り現実と妄想の間で引き裂かれる主人公の姿は胸に迫ります。そして、それを手を差し伸べる脇役達の優しさも。
物語は、冒頭で主人公が言っている事が全てなのですが、与えられたフラグをこなしていく作業的な物とは対極の、在るべき場所にピースがはまっていく心地よさで貫かれています。
多分読者は、最初の余りに過剰な妄想の内容に少し後ずさると思うのですが、そこで止めずに読み通す事をお勧めします。他の疑問点は、主人公の孤立を決定づけた「電柱の彼女」とある登場人物の類似が、説明されていない所くらいですし。
何気に、舞台の半分となる推理研究会のゲーム群とかも、なかなか良くできてて楽しめるんですよ。あのサークル、メディアワークス文庫を読むような少し古目のオタクにとって、理想と郷愁の煮こごりのような物でしょう。
と言うわけで、なかなか良いライトノベル(?)でした。
さて、最後に表題の意味なのですが、作者の他作品も読んで見ようと思ってググったら、なんと、電撃文庫で出ていた「二四〇九階の彼女
「二四〇九階の彼女」は、魔界塔士SA・GAを彷彿とされる高い塔を降りていく少年の話です。恐らく人類の移住施設、コロニーのような物だったと思しきこの建物は、各階層が一つの世界を構成しています。しかし、そこを管理し人類を「幸福」に導くべきコンピュータは狂っており、主人公の前に現れるのは、ほとんどが、どこか歪んだ世界。
幸せだった故郷を離れ、遠く無線通信で会話を交わした憧れの人を求めて旅立つ少年の姿と言い、哀しくも狂ってしまった幸せな世界の諸相など、生硬ですがとても綺麗な短編集でした。しかし、電撃文庫と言うかラノベの主流からは外れていたため見事二巻で打ち切られ、そのまま作者もフェイドアウトしたかと思っていました。(実際、その後電撃文庫で全く見かけませんでしたし。今調べたら、3年後の2009年に一冊出していたようですが)
いや本当、あれが速攻版元品切れ再販予定無し・AMAZONで1円出品の嵐って、余りにひどいと思うのですよね。
ですが、作者さんはちゃんと生き延びて、ついでにその方向性がマッチするレーベルも存在するようになったわけで、素晴らしい話です。
メディアワークス文庫は、どんどん少年ジャンプ化して無茶な続編ばかりになってしまった電撃文庫にかわって、実力はあるけど地味目で損をしている作家を受け容れていって欲しいと思います。
その他ライトノベル関係のエントリーはこちら。
2011年12月19日
機動戦士ガンダムAGE 第11話 感想
![機動戦士ガンダムAGE 第1巻 【豪華版】(初回限定生産) [Blu-ray]](http://rcm-images.amazon.com/images/P/B005TH0ZJA.09.MZZZZZZZ.jpg)
機動戦士ガンダムAGE 第1巻 (初回限定生産) [Blu-ray]
三世代にわたる、などとぶち上げてしまったせいで、ガンダムXのように打ち切る事も困難になって、すっかり不良債権状態のガンダムAGE 第11話です。
第11話「ミンスリーの再会」
冒頭。「戦いが大きくなっていきます」と言うような葛藤を全部セリフで説明するのは、多分子ども向けとして正しい演出。バンクのカットインも挟んでますし。
とりあえず、エミリーとユリンのヒロイン争いは、きっとここから重要になるはずなんですよ。第二世代に色々引き継がれるわけですし。聖戦の系譜
でも、恋愛物をやるのであれば、それこそキャラクターをもっと大切にしてやれば良かったのに。それこそ第一世代は、ガンダムの調整や製造は行っても、戦闘については参加せず、横でストックホルム症候群やってるだけでも良かったんじゃないでしょうかね。
勿論それでは華がなさ過ぎるのですが、主人公が戦争に参加する動機も外的な環境(軍のシステムとか、末期戦とか)も描けていない現状だと、その方がマシだった気がします。
いつの間にか、エミリーとデブ(名前なんだっけ?)が制服を着込んでいると言う事は、彼らは軍属配備か何かなったはずなんですよ。ところが、そんな重要な部分が、全く描かれていない。これ本当、どう言う事なんでしょう?確かにエミリーは、元々連邦軍制服もどきの私服を着ていたので、違和感なく流してしまえるのですが。
ただ、最初に書いた不良債権状態というのと合わせると、ひょっとしてエピソードが削られ始めているのかもしれませんね。前回も冒頭がその前と繋がっていませんでしたし、2クールか3クールで無理矢理終わらせるつもりかもしれません。
だから、連邦軍の主力兵器を数分で時代遅れにする兵器開発システムとか、気にしちゃダメなんですよね?
枝の音一つでレイプ魔のごとく追い回したあげく、第一声で最初から正体気づいていたと解るこの意味不明のシーンとかも、時間が無いから仕方ない!
「やっぱり君だった」ってのも、勿論アレですよ。ニュータイプへの覚醒的な伏線を急造してるんですよ。
なお、ユリンがあのショタ少年と違って、「一人で避難地域にいたのは、純粋に逃げ出してただけ」ってオチも驚きました。ニュータイプ能力とかは、つまり偶然持ってただけって事!?
と言うか、この再会も完全な偶然なんですよね。
乙女チックなユリンの物言いは、ヒロインとして悪くないのです。むしろ好みなのです。でも、そんな平和の象徴のような言動を振りまくのであれば、出会いが戦場で戦闘補助が一番の見せ場なんて言う初期の展開は、どう考えてもおかしいでしょう。
孤児と養い親との葛藤とかもねえ…… 本当、最初のコロニー襲撃事件前であれば、日常を象徴する「小さな大問題」として戦争との落差を出す小道具になったでしょうに。
あるいはせめて、この話でフリットは戦争から一旦降ろすべきでした。戦争から離れ、日常の問題と関わったあと、それでも戦争に巻き込まれて戻らざるを得ないというお約束のシーケンスにしておけば、ちゃんと活きたはずなのです。今回の描写では、単なる寄港地のミニイベント。半舷休息で上陸した水兵が、酒場で姉ちゃん口説いているのと変わりません。
一枚絵を連発してフラグを急造していますが、これユリンじゃなくてエミリーなら決まったのに。と言うか、この流れなら、エミリーとユリンは一人にまとめて良かったのでは?最初の襲撃事件で別れ別れになった幼なじみが再会する、と言う話にすれば、何の問題もなかったはず。てか、エミリー不憫すぎ。
余り具体的な描写をする必要も無いので、ユリンとのラブラブシーンをああ言う方法で処理したのは、上手いと思うんですよ。Zガンダムみたいに、結局フォウにカミーユが何を感じたのか解らない例の話に比べれば、遙かに洗練されています。実際ユリン滅茶苦茶可愛いですし。ただ、これも善し悪しで、やはり0から関係を作る相手となると、もう少し尺が欲しくなるところ。今まで関係がある設定になる幼なじみにしておけば、より完璧だったかと。
ちょうど佳境に入っている「輪るピングドラム」(当BLOGの感想はこちら)が、三人兄妹の関係を演出する時に、とても解りやすく使っているように。
噂されるように、フォウ同様ユリンが使い捨てられる運命なら、ヒロインが二人必要なのでこうせざるを得ないのでしょうが。でもそうなると、エミリーはヒロインらしい描写もないままヒロインになってしまうので、凄くバランスの悪い脚本になってしまうんですよね。ううん……
兵器の私物化お咎め無し、領内でUEが暴れても梨の礫。だけど、犯罪者一人捕まえるために、現場指揮官の権限で中立コロニー内に軍隊入れて迷わず戦闘行動までやっちゃうぜ!
まあこれは、現場指揮官を統制できる「中央」が機能していない、って言う描写だと思うんですよ。ガンダムシリーズの連邦って、毎回そんな感じですし。
でもあのボンクラ軍人ども、自分たちがやらかしている事が、全員射殺された上で外交問題になるレベルって解ってるんでしょうかね?金大中事件もイスラエルの戦犯拉致も、極秘裏に目標を確保してシラを切ると言う方法だから、何とかなった事なんですよ。
まとにかく、連邦軍は明確に邪魔をする敵という扱いにして、「さらば宇宙戦艦ヤマト」をやると言う事は解りました。この分だと第一世代の話はちょうど1クールで終わりそうですね。となると、やはり3クール、当初予定から1クール削って終わらせたいという感じでしょうか?
制作側が損切りに入ったなら盛り返す事は難しいでしょうが、要所要所で一応決まる演出を入れられれば、終わりよければ式の駄作回避は一応あり得るかと思います。今回も、一枚絵のクオリティは高かったですしね……
と言うわけで、また来週。
当BLOG内の、その他ガンダム関係のエントリーはこちら。
当BLOG内の、その他アニメ関係のエントリーはこちら。
2011年12月18日
輪るピングドラム 第23話 感想

VCD 輪るピングドラム ペンギン2号
↑帰省した時に新宿アニメイトに飾られていたぬいぐるみ、やっと発売されるのか!と思っていたら、ぬいぐるみじゃないんですね、これ……
あいつ等は見た目からして柔らかそうな素材(?)なので、絶対ぬいぐるみが向いてると思うんですが。
ちなみに、VCDは、「ヴァイナルコレクティブルドール」の略らしいです。
前話までの感想はこちら。
残り二話でどう収集がつけられる(受け身&可能)のか、ドキドキしながら視聴開始する、輪るピングドラムの第23話です。
第23話「運命の至る場所」
冒頭が回想なのはもう定型ですが、真俐って誰だっけ?と言う程度にはキャラ音痴。だって、公式ページのキャラ紹介欄以外で、名前出てきてないじゃないですか。
そして回想の背景は、朝靄の都庁や東京タワー。確かに今までも、各駅の名所を大写しにしたりしてましたが、オウムもどき事件当日と言う事で、画面の向こう側がグッと現実に近づいてきます。
そしてここで持ち出されるのが、「生存戦略」経由「運命の至る場所」と言う表示。恐ろしく解りやすい、本来なら失笑すべき演出(ここからクライマックスはじまるよ!と言うガイドマーカー)なのですが、人を食った演出の延長上で出てくるため、むしろスマート。
この辺も、EVAの夕焼け無人電車の延長線上にある、ボロ雑巾のごとく使い尽くされたセカイ系描写の延長上。ですが、ここまでの蓄積があるため、決して陳腐にはなりません。つまるところ、上手い演出とは、アイデアでは先人の知恵を借りても、実際の描き込みに当たっては手を抜かない事ではじめて成立するわけです。
ところで、普段のシーンでは記号として描かれるモブ達が、ここでは逆にちゃんと顔を持つ存在として描写されているところに注目。
前回冠葉が殺戮した警察官達は、顔がありませんでした。あれは恐らく、社会から迫害されて顔のない「敵」に囲まれた晶馬の心理・立場を反映した物。だとすれば、真俐(医者)は、周囲の社会を顔のあるものと認識した上で凶行に及んだのでしょうか?それとも、彼には「顔」が見えていなかったのか?
さて、桃果が分かたれた存在がペンギン帽で、真俐が分かたれた存在がウサギと描写されましたが、どうにもまだ理解の外。真俐は余りに医者らしくなかった事もあり、実際に主治医の部屋にいたウサギ二匹が本体と言う事なのでしょう。では、桃果の化身であるペンギン帽sは、一体何を目指していたのか?真俐の邪魔?
しかし結果的には、陽毬の命を交換条件として提示したせいで、真俐とその呪いを呼び込んでしまった感があります。
呪いと奇跡の皮が剥ぎ取られれば、残るのは陽毬の命は秒読みという現実だけ。それを受け入れ、過去を引きずらないというのが最も正しい現実的回答ですが、それを晶馬は受けいれられるのか?ペンギン帽、そして陽毬の願いは、それで間違いなさそうですが。
ペンギンも、もう芝居をする余裕無し。
セリフも、「その列車に乗ってはダメ!」とか、本当にストレートになってきました。しかし、繰り返しますが、それを陳腐に見せないだけの積み重ねが、ここまでされているのです。おかげで、散々引っ張り回されてきた視聴者は、冷笑的な態度で画面を見つめる事が、出来ません。
思えば、推理小説における謎解きフェイズというのも、同じ機能ですよね。探偵の謎解きシーンは、原則的には演出もへったくれもない説明です。しかし、それまで読者を引っ張り回すセオリーがあればこそ、そこに描写力が云々というケチが付く事は普通無いわけで。
さて、リンゴが桃果から日記を託されて決意新たと言う所が今回のヤマに見えますが、ブラフじゃないかという気配が。
まず、ペンギン帽はリンゴから日記を奪取しようとしていた側。つまり、ペンギン帽=桃果の狙いは、そもそも日記の排除だったんじゃないかと思われるわけで。
でもこれは真俐による日記悪用を防ぐためかと思っていたのですが、真俐は既に日記など関係なく大量破壊計画を推進しています。この辺が、ちょっと解らないのですよね。単にペンギン帽が見込み違いをしていた、と言うだけで良いんでしょうか?
閑話休題、ついに陽毬の仮面をかぶる事をやめた(自身が仮面ですが)桃果によって、自分たち自身の「ピングドラム」を見つけろ、と発破がかかって以下次号。
運命乗り換えツールがピングドラムなら、自身の未来を選択せよと言うとてもありきたりな話になります。まさか、単なる精神論でここまでの話をしめる訳には行かないはずなので、どう言う結論に持って行くのか、最後まで目が離せません。この胸のドキドキには、当然作品が「外れ」で終わる可能性への危惧も含まれているわけですが。
いや本当、見事なまでに最終回に全ての結論を持ち越して集約しましたね。勿論、ドラマの構成としては大正解です。逆に、最終回の評価がそのまま作品全体の評価になる事が決定的になったので、危うさもひとしお。
ま、その辺も含めて、冬眠前のクマのごとく、落ち着かない状態で来週を待ちたいと思います。
あと、エンディングにシナリオを重ねる特殊演出を、最後の機会である最終話一歩手前に投入。こう言う定型的なあざとさは本当に素敵。セカイ系全開の真俐とそれに従う冠葉が実に素敵な悪役ぶり。テーマ的に、こいつ等をなんとかするというのは、「2000年前後のアニメ等サブカル文化への総括」とか言う御託をくっつけて語る事もできるでしょうね。いや、これも良い意味でね。
そう言う少し前のメジャーに対するアンチテーゼというのは、こちらも共感しやすいですし、より一層期待が大きくなるところです。
と言うわけで、また来週。
当BLOG内の、その他アニメ関係のエントリーはこちら。
2011年12月16日
たまには萌えゲーもいいよね 「ストロベリーノーツ」 感想

Strawberry Nauts 初回版
ストロベリーノーツは、萌えソフトに定評のあるHOOK SOFTの作品です。二次元至上主義さんの紹介に引き寄せられて、フラフラとプレイしてしまいました。
正直、本メーカーをはじめとする純萌えノベルゲーは、苦手な部分も多いのです。ゲーム性も心を揺さぶる(良い意味でも悪い意味でも)シナリオも無く、ひたすら心地よい世界に浸っていると、「何かしなくちゃ」と言う妙な焦燥感に駆られることが多いので。
しかし、色々心が弱っている時には、むしろこれが最高のクッションになるのは言うまでもありません。癒しでも逃避でも呼び方は何でも良いですが、フィクションの素晴らしい効能である事は確かなのですから。
と言うわけで、新設全寮制校に入学した主人公が、様々な女のことであって即友人関係まで構築する、丁寧なテンプレ展開までがプロローグ。「畜生!!」とか叫びたくなるくらい、見事なリア充ぶりです、主人公。
20世紀に置き去られた伝統の一つに、「主人公の名前入力」と言うのがあるのですが、その復活を切望したいところ。違う。この主人公は俺じゃない!!
先日約十年ぶりに再開した友人の、「ONEは俺の物語だった。でも、KANON以降は、祐一や国崎や岡崎の物語だ。俺のじゃない……」と言う、懐古全開の言葉を思い出す所です。でも、本当、名前入力システムは「ゲーム」の体験を他とは分ける回路の一つだったわけで、もっとあってもいいと思うんですけどねえ。実際、今プレイ中のリメイク俺屍は、ちゃんと入力した名字・名前を表示した上で、セリフを上手く誤魔化す(当主様、初代、などと音声では言う)方法論を引き継いでいて安心したりしましたし。
閑話休題、主人公が住むのは、本来寮監用の女子寮別棟。住居からしてほぼハーレムですが、寮生物としては馬鹿をやれる友人が居ない環境で片手落ちか。
もっとも、合法ロリの寮監が、下手な寄宿舎物のハチャメチャ野郎より遙かにひどい(誉め言葉)態度で暴れ回るので、そう言う方向の面白さは確保されています。
むしろ問題なのは、プロローグすら終わらないうちに、キングクリムゾンで時間が一年間吹っ飛ぶことでしょうか。初対面のシーンをやって5分後にハーレム完成状態となると、さすがに気持ちがついていきません。
まあ、近年におけるギャルゲーの流れですよね。「ゲーム」のキモであった「いかに仲良くなるか」の部分は面倒なのですっ飛ばし、関係性は据え膳状態でゲーム開始。そこ一番面白い所じゃん、なんで飛ばすの?と呟いて見ても、市場が出した回答ですので仕方ありません。
でまあ、内容は潔いハーレム物なのですが、変わった点として、学内BBSの情報がリアルタイムで更新される(通知付き)というギミックがあります。感覚的には、アニメ実況ですね。主人公に怨嗟を投げかけるモブキャラ達は、画面の前で嫉妬に身を焦がす視聴者の代弁者に他なりません。
ちょっとインターフェイス的にこなれていない(更新通知ポップアップをクリックしてもBBSに飛ぶことができない、前日分を参照できないなど)面はあるのですが、とても面白い要素になっています。
恐らく、スクリプトとしては普通に脚本に乗せるだけでしょうし、ボイス収録の手間もなく、これだけ省コストで面白く仕上げているのが圧巻。色々なやり方があるもんです。
って言うか、もうシナリオはオートで流してもらって、あそこに混じってひたすらコメントだけつけていたい気分。
……ああ、プレイ動画見て喜んでる人達って、こう言うことですか!!
確かに、前に見たおたく☆まっしぐらのプレイ動画は、プレイしたあとなのに、コメント見て書き込みするだけで、新鮮な気持ちで楽しめましたしねえ。
メーカーにとってはたまった物でない一方、ユーザーの楽しみ方としては恐ろしく魅力的なわけで、この辺どうにかなんないもんかと考え込んでしまいます。まあ、結局根絶は不可能なので、なるようにしかならない気はしますが……
何せ、購入者のみ書き込み許可の公式動画とかにすると、コメントの絶対数が足りなくなって魅力が損なわれてしまうわけで。ネトゲのように、無料ユーザーと有料ユーザーを混在させて、規模の利益と資金回収を両立する方法があればいいのですが。
閑話休題、このBBSは学校側に監視されていて、しょっちゅう職員室呼び出しのシステム書き込みが混じるのがまた良い味を出してます。冷静に考えると、「一歩間違えたらディストピア」な電脳事情なのですが。
それと、周囲の嫉妬の視線が可視化されると同時に、BBSでくだを巻いている連中(=ユーザーの化身)と主人公の差が実に解りやすく提示されるのもポイント。中盤のBBSで、スレ住人が例によってNPCにまで持てまくる主人公に嫉妬する名無しに「じゃあ、お前は困ってる女の子に声をかけられるのか?」と突っ込む所は、余りに秀逸です。そりゃ、できないですよね…… 通報されるかも、と言うような話は置いておいて。
逆に、ヒロインsの側から物を見ると、「にぶちんの主人公は、最初に告白してきた奴にあっさり落とされそう」と言うのが如実に見えてきたり。ギャルゲの「ビッチでない」ヒロインとは要するに、奥手な男子(=ユーザー)を裏返したパーソナリティです。(ツンデレというのはこの典型)逆を言うと、そう言うユーザーが何故「ダメ」なのかを見せつけられるようで、実に辛いですねえ。いやまあ、この年齢になったらもうどうでも良い感じですが、当時を思い出すに…… ギギギギギ!
でまあ、シナリオ的には上記の通り単純な萌えハーレム物で、今一キャラには惹かれません。しかし、本当にダメな大人のロリ先生が良い味で、この人のルートが無いのかと鵜の目鷹の目。
選択肢が、会話相手の選択しかない相変わらずのHOOK仕様なので、気に入ったキャラのルートが無ければもはやゲームとして鼎の軽重を問うレベルです。
しかし、そもそも先生には近づく選択肢一つ表示される事はなく、一周目は当然ながら全員仲良しバッドエンド。攻略サイトによると、とにかく誰か一人クリアすればサブキャラルートが解放されるそうなので、とっとと誰か落として先生ルートに突撃したいと思います。
当BLOG内、この他のその他ギャルゲー関係のエントリーはこちら。
2011年12月13日
魔法少女まどか☆マギカ The Begining Story 感想

魔法少女まどか☆マギカ The Beginning Story
当BLOG内の、まどかマギカ関係のエントリーはこちら。
本当に久しぶりに、心の底からアニメに「はまる」と言う体験をさせてくれたまどか☆マギカですが、おかげで関連支出がひどい事に。薄い本も関連商品も、手当たり次第買い漁っては地雷源徒歩横断の気分を味わっております。いや、さすがにグッズは大幅にスルーしてますけどね。ストラップだの文房具だの、使い道ないですし。
と言うわけで、これまた内容未発表時点でAMAZONカートに放り込んだ「The Begining Story」が届きました。しかし、届いてみたところ、これは脚本家が提出した企画段階のシナリオ(決定稿という扱いですが、当然ここから実際の制作過程で色々変えられています)を、多少整形した物だと判明。あ、決定稿以前の物も、一部収録されています。
で、エピソード0的な小説を勝手に想像していたため、思わずボロクソに叩くエントリーでも書いてやろうかと中身を見て(中身を見ずに感想を書くという選択肢はありません。それだけはやりません)、即座に翻意しました。
理由は2つあります。
1,虚淵氏の原稿段階での完成度が確認できる
2,そこからの微細な変更点に、制作陣の優秀さが伺える
まず1ですが、基本的にト書き調である物の、シナリオとしてほぼ完璧に仕上げられています。何しろ、シナリオに書かれていないシーンが、全く見あたりません。情報は無駄なく隙無く埋められていて、監督がユリイカの特集号(当BLOGの感想はこちら)の言う「脚本を映像にしただけ」と言うのが本当だったのかと驚愕できます。勿論、一種の偶像を作り上げるために、実際の初稿からかなりいじった物を出版した、と言うのは普通にあり得ると思いますが、素直に驚いておいた方が楽しいので置いておきます。
いや冗談じゃなく、下手なラノベよりも情報量多いですよ。改行少ないし。シーンもきちんと、概要だけでなくアクションまで指定されていますし。言わば、字で書かれた絵コンテ(形容矛盾)です。昔同系の物を見た時、結構いい加減に指定されていたのを憶えているだけに、ちょっと驚きました。
ただ、元々脚本=スクリプトがほぼそのまま画面上に表示されるゲーム畑の人なので、普通のアニメとは違うのかもしれません。
そして、2.
元の脚本から変えられているところは少ないのですが、それがとても納得の行くポイントになっています。
例えば、第一話でほむらがキュゥべえを追いかけるシーンで発射されるのは、脚本では、謎の光弾ではなく銃弾になっています。あれはネタが割れたあとになって見ると、「じゃ、結局あれってなんだったの?」と言う疑問を残しましたが、整合性より演出を取って改変していたわけですね。
ほむらが使うのがマジカルな力ではなく現代兵器の物理力であるという事実は、作品世界と暁美ほむらと言う「主人公の少年」たる立ち位置を、暴露してしまいます。(詳しくは、前の考察で書いたとおり)
同様に、マミさん初戦闘シーンにおける一人戦列歩兵(マスケット一斉射撃)も、脚本段階では「マジカルマスケットを連射」を書かれています。これは画面上ではマシンガンになってしまいますから、あの段階でやってしまうと、早々に魔法少女物を逸脱してしまうという問題があったはずです。そこはきちんと変えてあります。
他に細かいところでも、さやかがバットを「体育倉庫からガメて来た」となっていたりするのが、興味深いです。恐らく、学校を含め世界の描写をああ言うデザインで行く事が決定した時に、泥臭い「体育倉庫」の語は削られたのでしょう。プロダクションノート
昔EVAがヒットしていた時に、某ガンダムのキ○ガイ監督(誉め言葉)が、「アニメってのは、元々あれくらいしっかり作るのが当たり前なんだよ!そうすりゃ面白くなるんだよ!」と吠えていたのを思い出します。
とまあ、あの作品に感動した人間にとっては、興味深い事この上ない一品でした。届いた瞬間外れ扱いして、本当にすみません。
他にも、画面には出ない情報が書いてあったり、(杏子が教会廃墟のシーンでさやかに言い返せなかったのはリンゴが盗んだ物だったから、とか、仁美の告白は成功してるとか)上手くカットしたなあと思うところがあったり、(上條と仁美の帰り道の会話内容は石ノ森章太郎。おい!)ワルプルギスの夜が「巨大怪獣ワルプルギス」と表記されていたりと、見所は色々あります。多くの人が連想した、ほむらが参照していたサイトが脚本段階では「腹腹時計オンライン」だったりとかね。
まあ、余りに面白ポイントを書き連ねてしまうと営業妨害になり金無いので自重しますが、ファンなら買っても絶対に損をしたとは考えないのではないでしょうか。多少値段は高めですが、それに見合うだけの分量もありますし、一読お勧めしたいところ。
改めて作品の実力を垣間見せられて、映画が本当に待ち遠しいです。
当BLOG内の、この他まどかマギカ関係のエントリーはこちら。
その他、当BLOG内のアニメ関係のエントリーはこちら。
2011年12月12日
野党になっても変わらない不思議/自公、違法DLに罰則付与へ
今まで何度も取り上げてきたダウンロード違法化問題ですが、自公は何の恥じらいもなく、次の段階へと歩を進めにかかりました。
ちなみに、DL違法化自体の危険性については、関連エントリーでもどうぞ。端的に繰り返せば、胸先三寸で誰でも犯罪者にできる曖昧性と、利用者にも関連産業にも多大なリスクを負わせる(幇助罪、と言う恐ろしい概念がございまして)社会発展阻害と、そもそも正当性・導入利益が論証できていないノー・エビデンスっぷりが問題なのです。
と言うわけで、今回の主題となる記事。↓
違法ダウンロード処罰へ法案=自公(時事ドットコム)
政権獲得以降の民主党が、腰砕けと敵前逃亡と無意味な内紛のトリプルプレイで絶賛自滅の道を歩んでいるのは、皆さんご存じのとおり。
しかし、前にも書きましたが、最大の問題は、民主党がろくでもない事では無いのです。政権党がろくでもないなら、すげ替えればいいのですから。民主主義はそのためのシステムです。
問題は、すげ替える先となる自公が政権失陥による反省も何もなく、むしろ訳の解らない方向に尖鋭化を進め、戻しても余計酷くなる未来しか見えないところです。このまま行くと、大阪の状況が全国で再現されて何の不思議もないでしょう。不満を受け止める皿が、既成政党に存在しないのですから。
と言うわけで、連中の立場を端的に示す提案が出てきました。
この事案はそもそも、関連産業からのゴリ押しによって反対論を封殺し、パブリックコメントに至っては豪快に無視する事で強行された、文字通り負の遺産です。ついでに言うと、その成立には、調停者としての立場など最初から知らぬ気に、関連団体のスポークスマンと化した文科省が主導権を取っています。いや、文字通りね。審議会での反対論が1名、パブリックコメントが9割反対という時点で、委員を選出した側がバランスクソくらえで目標達成に邁進したのは自明でしょう。
さて、本来なら、政権から脱落して文科省に義理立てする必要が無くなった時点で、(与党が出してくる法案とは、一部の議員立法を除いて単なる官僚の作文です)当然見直しを迫られる項目だったはずです。それが自浄作用という物でしょう。ところが、彼らは恥知らずにも、こう言う行動に出る。とてもじゃないですが、次期政権として期待などできはしないわけです。(ま、選挙には勝つでしょうけどね。投票率がどこまで落ちるか楽しみではありますが)
つまりこの件については、(後回しと言う消極的理由であれ)差し止めている与党と、推進したくてたまらない文科省、そしてそれに協力する野党という、見事なねじれ現象が発生しているわけです。野党のくせに官僚に協力する自公も大概ですが、自分たちの意見を通すのに野党を代弁者にする官僚って、それもう行政権の範疇から逸脱してますよね。
上記時事ドットコムの記事は、恐らく自公のプレスリリースを引き写したのでしょう。相変わらず、DLが与えている「損害」の論証もない上に、開いた口がふさがらない事に、
>従来、違法なアップロードは著作権法で処罰対象とされていたが、ダウンロードには刑事罰が科されていなかった。
などと言う文言で結ばれている始末。そもそも違法化自体が滅茶苦茶なんですよ!
基本的に日本の法律は、「どんな人間でも違法にしようと思えば違法にできる」ようにできていると言っても過言ではありません。嘘だと思うなら、軽犯罪法を読んでみると良いと思います。これと劣悪な被疑者保護システムが、警察が奇形的に大きな権力を持ってしまっている元凶です。
まあ、国民が支持しているから仕方ないんですけどね。小沢一郎の件とか、「どうせ悪い奴なんだから理由はどうでも良いから裁いちまえ」と言う考えで、検察を支持している連中がどれだけ居るか。あんな露骨な脱法捜査で、大物政治家「ですら」攻撃できるという事の恐ろしさに、いい加減気づいて欲しい物です。
しっかしまあ、「2年以下の懲役か200万円以下の罰金」ですよ。これがどれほど凄いかというと、暴行罪の「2年以下の懲役か30万円以下の罰金」より重いんです。本当に、時代遅れの関連産業は、自分たちの基盤を蚕食するネットワーク社会自体を、消し去りたくて仕方がないのですね。
言うまでもありませんが、違法ダウンロードを行わないネット利用など現状不可能ですし、懲役刑を振り回してまでそれを止めねばならない理由など、全く提示されていません。法律・制度というのは、導入によって必ず副作用が出るので、有用性がコストを上回るという論証を厳密に求められます。本来は。そして、そう言った論証・計算を正確に行えると言う事が、官僚の自称する「優秀さ」の意味だったはずです。建前上は。先頃話題になっていた、スイス政府の報告書などは、まさにその辺を厳密に考えるとああ言う結論にならざるを得ない、と言う事を示すに過ぎません。同様の研究は、幾らでも出ていましたしね。
そろそろ、「発狂」と言う言葉を奉っても良いんじゃないかという状態に達しつつある民主党とは言え、まさかこれに賛成するような事はないと思うのですが、何にせよ次の政権には何も期待できなそうです。

日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか
↑ダウンロード違法化の背景と経過について、非常に簡潔かつ解りやすくまとめられた良書。この事案を追いかけてきた者にとっては、関係者暴走の総決算的な資料となっています。
これからこの問題に関わる場合には、基本的事例を押さえる上で必読の書になると思います。
その他、当BLOG内の著作権関連エントリーはこちら。
ちなみに、DL違法化自体の危険性については、関連エントリーでもどうぞ。端的に繰り返せば、胸先三寸で誰でも犯罪者にできる曖昧性と、利用者にも関連産業にも多大なリスクを負わせる(幇助罪、と言う恐ろしい概念がございまして)社会発展阻害と、そもそも正当性・導入利益が論証できていないノー・エビデンスっぷりが問題なのです。
と言うわけで、今回の主題となる記事。↓
違法ダウンロード処罰へ法案=自公(時事ドットコム)
政権獲得以降の民主党が、腰砕けと敵前逃亡と無意味な内紛のトリプルプレイで絶賛自滅の道を歩んでいるのは、皆さんご存じのとおり。
しかし、前にも書きましたが、最大の問題は、民主党がろくでもない事では無いのです。政権党がろくでもないなら、すげ替えればいいのですから。民主主義はそのためのシステムです。
問題は、すげ替える先となる自公が政権失陥による反省も何もなく、むしろ訳の解らない方向に尖鋭化を進め、戻しても余計酷くなる未来しか見えないところです。このまま行くと、大阪の状況が全国で再現されて何の不思議もないでしょう。不満を受け止める皿が、既成政党に存在しないのですから。
と言うわけで、連中の立場を端的に示す提案が出てきました。
この事案はそもそも、関連産業からのゴリ押しによって反対論を封殺し、パブリックコメントに至っては豪快に無視する事で強行された、文字通り負の遺産です。ついでに言うと、その成立には、調停者としての立場など最初から知らぬ気に、関連団体のスポークスマンと化した文科省が主導権を取っています。いや、文字通りね。審議会での反対論が1名、パブリックコメントが9割反対という時点で、委員を選出した側がバランスクソくらえで目標達成に邁進したのは自明でしょう。
さて、本来なら、政権から脱落して文科省に義理立てする必要が無くなった時点で、(与党が出してくる法案とは、一部の議員立法を除いて単なる官僚の作文です)当然見直しを迫られる項目だったはずです。それが自浄作用という物でしょう。ところが、彼らは恥知らずにも、こう言う行動に出る。とてもじゃないですが、次期政権として期待などできはしないわけです。(ま、選挙には勝つでしょうけどね。投票率がどこまで落ちるか楽しみではありますが)
つまりこの件については、(後回しと言う消極的理由であれ)差し止めている与党と、推進したくてたまらない文科省、そしてそれに協力する野党という、見事なねじれ現象が発生しているわけです。野党のくせに官僚に協力する自公も大概ですが、自分たちの意見を通すのに野党を代弁者にする官僚って、それもう行政権の範疇から逸脱してますよね。
上記時事ドットコムの記事は、恐らく自公のプレスリリースを引き写したのでしょう。相変わらず、DLが与えている「損害」の論証もない上に、開いた口がふさがらない事に、
>従来、違法なアップロードは著作権法で処罰対象とされていたが、ダウンロードには刑事罰が科されていなかった。
などと言う文言で結ばれている始末。そもそも違法化自体が滅茶苦茶なんですよ!
基本的に日本の法律は、「どんな人間でも違法にしようと思えば違法にできる」ようにできていると言っても過言ではありません。嘘だと思うなら、軽犯罪法を読んでみると良いと思います。これと劣悪な被疑者保護システムが、警察が奇形的に大きな権力を持ってしまっている元凶です。
まあ、国民が支持しているから仕方ないんですけどね。小沢一郎の件とか、「どうせ悪い奴なんだから理由はどうでも良いから裁いちまえ」と言う考えで、検察を支持している連中がどれだけ居るか。あんな露骨な脱法捜査で、大物政治家「ですら」攻撃できるという事の恐ろしさに、いい加減気づいて欲しい物です。
しっかしまあ、「2年以下の懲役か200万円以下の罰金」ですよ。これがどれほど凄いかというと、暴行罪の「2年以下の懲役か30万円以下の罰金」より重いんです。本当に、時代遅れの関連産業は、自分たちの基盤を蚕食するネットワーク社会自体を、消し去りたくて仕方がないのですね。
言うまでもありませんが、違法ダウンロードを行わないネット利用など現状不可能ですし、懲役刑を振り回してまでそれを止めねばならない理由など、全く提示されていません。法律・制度というのは、導入によって必ず副作用が出るので、有用性がコストを上回るという論証を厳密に求められます。本来は。そして、そう言った論証・計算を正確に行えると言う事が、官僚の自称する「優秀さ」の意味だったはずです。建前上は。先頃話題になっていた、スイス政府の報告書などは、まさにその辺を厳密に考えるとああ言う結論にならざるを得ない、と言う事を示すに過ぎません。同様の研究は、幾らでも出ていましたしね。
そろそろ、「発狂」と言う言葉を奉っても良いんじゃないかという状態に達しつつある民主党とは言え、まさかこれに賛成するような事はないと思うのですが、何にせよ次の政権には何も期待できなそうです。

日本の著作権はなぜこんなに厳しいのか
↑ダウンロード違法化の背景と経過について、非常に簡潔かつ解りやすくまとめられた良書。この事案を追いかけてきた者にとっては、関係者暴走の総決算的な資料となっています。
これからこの問題に関わる場合には、基本的事例を押さえる上で必読の書になると思います。
その他、当BLOG内の著作権関連エントリーはこちら。
2011年12月12日
機動戦士ガンダムAGE 第10話 感想
![機動戦士ガンダムAGE 第1巻 【豪華版】(初回限定生産) [Blu-ray]](http://rcm-images.amazon.com/images/P/B005TH0ZJA.09.MZZZZZZZ.jpg)
機動戦士ガンダムAGE 第1巻 (初回限定生産) [Blu-ray]
ガンダムAGE感想エントリーの、ページビュー数が増えてます。多分、感想を書いていた人達の多くが脱落し、残ったBLOG等にアクセスが集中しているのでしょう。何とももの悲しい光景です……
第10話「激戦の日」
冒頭、何か時間が飛んでませんか?と言うか、いつの間にファーデーンに戦艦が接近して居たのでしょう?話が繋がっていなくて混乱します。そう言えば、納入予定の戦艦も見あたらないですね。
ところで、ま~たオペレーターが唐突にウルフに好意を示したりしてますね。伏線とか、もう少し大事にして欲しい所。
一方戦闘は、前回予想したとおりワンサイドゲーム。UEの機体の優秀性が「撃ちまくっても当たらない」ならまだ絵になるのですが、オールダメージ0ではノコノコ出てくるエウバやザラムがアホにしか見えません。って言うか、ドッツライフル支給しろよ。
「息が合っている」って言っても、客観的に見てただの弾よけですよね。それならそれで、「自分たちが陽動して、ガンダム達を支援する」と言う動きを強調してくれないと。
戦術を、ウルフが全部セリフで説明とか、アクション作品をなめてるんですかね?しかも戦闘の真っ最中に。
そもそも、あんな「それ以外あり得ない」戦術を、凄い凄いと褒め称えられてもなあ…… 画面上で凄さを強調する事に失敗した時点で、こう言うセリフは白々しさしか生みません。もっと言えば、画面上で凄さを示せれば不要なセリフなので、どちらにしてもひどい演出です。
あれだけ戦争をサバゲーと同レベルに描いておいて、今更戦死を大仰に演出するのも謎ですが、(サバゲーとして描くもんだと思ってました)射出座席もない機体で殺し合いに来るこいつ等と来たら…… せめて「やめろ~!」じゃなくて、「脱出装置が働かない!」の方が、それっぽいんじゃないですかね。
戦争の悲惨さや生き死にの話をやりたいなら、何故最初3話の大仕掛けで、ちゃんと悲劇を演出しなかったのか?
ZZ的な、ノリの転換を図ってるんですかね?
ところで、連邦軍のマークはUC準拠なので、この作品は一応UC世界の延長上なんでしょうか?
今回の花道であるドンの特攻は、演出が全力で盛り上げに来ていて、結構良い出来だと思います。ただ、これまた和製ゲームの悪い点というか、「ゲームの最中に長々とムービーシーンを見せられている」感が強いんですよ。
これは、それまで活発に行われていた戦闘がこの間停止し、画面のダイナミズムが失われて視野狭窄になっているせいだと思います。単純に長すぎるというのもありますね。もう少し、フリット達が援護したり、止めようとするけど敵に邪魔されて近づけない、等の「それはそれとして戦闘は続行している」と言う演出があれば、この違和感は避けられたのではないかと思います。
つまり問題点は、ゲーム特有の、アクションとシナリオの分離です。
換装シーンでは、ウルフに活躍の機会を与えて綺麗にこの辺処理しているので、色々試行錯誤があるのだと思いますが。
新登場のスパロウ、配色・バランスは相変わらず最低ですが、動きと演出は上々。
膝の隠しグレネード、良いですよね。
何か、そろそろ、全般的に「こんなもんだよね」みたいな、適当な視聴姿勢に落ち着きそうです。当初の期待さえ無くなれば、所詮この程度の作品としてそれなりに視聴できる、と。
まあ、ボチボチ流し見していきましょうかね。
当BLOG内の、その他ガンダム関係のエントリーはこちら。
当BLOG内の、その他アニメ関係のエントリーはこちら。



