2012年05月10日

いいSFだなあ/『ほしのうえでめぐる』 第1巻 感想

いいSFだなあ/『ほしのうえでめぐる』 第1巻 感想

ほしのうえでめぐる 1 (BLADE COMICS)
ほしのうえでめぐる 1 (BLADE COMICS)


SFマガジン書評欄のコミック批評は、今一趣味とずれる事が多い気がするのですが、これは当たりでした。

この『ほしのうえでめぐる』の舞台は、今から恐らく100年は経っていないであろう未来。軌道エレベータが建設されつつある人工島で、その建設事業と少しだけ関わる人々の姿を描く、SF短編集です。
とりあえず、帯にもあとがきにも堂々と「SF」と書かれている姿は、売れなくなる禁句として表に出なかった時代と比較して、ちょっと感動しますね。

さてその内容ですが、基本的にはラブストーリー。エレベータのマスコットキャラ(の中の人)達、技術者とアンティークショップ店主、宇宙産の汚染物質で光を失った少女、そして、軌道エレベータ建設プロジェクトの初期メンバー……
ラブストーリーと聞いて首を傾げるSFファンも居るかもしれませんが、川端裕人が喝破したように、宇宙に憧れる情念には強い孤独がつきまとい、一面人間関係からの逃避を含みます。「人類は一人ではない」と言う話に希望を見出すのは、つまり自分が一人ではないと言い聞かせるためだ、みたいな。その意味で、この軌道エレベータとラブストーリーの組み合わせは見事にマッチしますし、恐らく後半で前面に出るであろうファーストコンタクトも上手い配置です。

もっとも、SF好きとしては、宇宙人など登場しなくても、触手の生えた高性能介護ロボット(ドイツ製!)の話だけで、十二分に満足できるのですが。

そして、作者が後書きであえてわざとらしい未来ガジェットは省いたと言っている絵の作りが、魅力の根源となっているように思えます。服装も建設機械も街の様子も現在と変わらず、その中に建設中のエレベータやロボットが自然に入り込む。違和感を感じるのは、たまに出てくる装甲艦くらいでしょうか。
逆説的に、そんな夢を省かれた画面の中だからこそ、夢を語る初期メンバー達の姿が眩しくて、こんなにも心を揺さぶられるのです。

余談ですが、あの軌道エレベータを介していない人類の宇宙進出については、もう少し抑えめにしておいた方が良かった、と言うのが、この作品でもっとも気になったところです。これは、作中での軌道エレベータの存在価値が「誰でも行ける宇宙旅行」とされている所と、セットですが。基本プロットが、軌道エレベータを、宇宙開発を国家のインフラ事業単体ではなく、子ども達の夢へと統合する存在として使っている以上、仕方ないのですが。
本来の軌道エレベータについては、前に紹介した文庫本でもどうぞ。勿論、作者は解って書いているはずです。プロジェクトが建設の方向性を変えるよう要請されていたり、建設途中の姿についてプロジェクト初期メンバーが効率悪いが格好良い!みたいな事を言っていたりしますから。

何にせよ、次の巻も買うのは間違いありません。全10話つまり全2巻で完結することが決まっている作品で、プロットもきちんと決まっているのは確実ですし。エンディングは大体予想できるわけですが、それが問題になるわけもありません。
ええ、とても素敵な作品でした。



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2011年11月03日

この世界はきっと優しい 紺野キタ「カナシカナシカ」 感想

カナシカナシカ (ウィングス・コミックス)
カナシカナシカ (ウィングス・コミックス)

作者のBLOGによると、特定店舗で買うとペーパーがもらえるらしいのですが、札幌では無理なので普通に店頭で購入しました。

「カナシカナシカ」は、前に何度か取り上げてきた漫画家、紺野キタの新作です。
内容は、自覚のないチェンジリング(取り替えっ子)の少年が、思春期の危機を乗り越えて成長する話…… と書いてしまうと、虫酸が走るほど教育的で良い子ちゃんなお話に聞こえますね。
しかし、このテーマが「虫酸が走る」ように感じられてしまうのは、葛藤も悩みも刺身のツマ扱いし、「良い話」のフォーマットに予定調和で落っことす話が、濫造されてきたからに過ぎません。むしろ、テーマとしては誰もが通り、共感できる心の揺れに向き合うという意味で、永遠に手垢のつかない・真摯に描けば描いただけ心に響く物なのです。

そして、作者の十八番である揺れる心の描写に、優しい異世界の風景が重ねられ、主人公の少年の悩みと再生は、見事な説得力を持って心に響いてきます。
また、この物語を裏打ちするために、チェンジリングを持ってきたのも上手い所でしょう。自分は本当の自分でない、と言うのは思春期の悩み(流行り言葉で言えば中二病)の典型ですが、それを事実として設定した上で、どう向き合っていくかを悩ませるわけです。

優しい異世界。哀しい少女。行きて帰りし物語は痛みを伴い、しかしそこに希望は残る……

例によって悪人はおらず、しかし相容れない相手も居る世界観です。ただ、お互いの存在を許容できるラインは必ず存在し、礼儀正しい距離感をもって共存していくことができる。恐らく、それこそが、歩く猫やカッパもどきや人面虫たち、そして生まれることができなかった少女が暮らす異世界よりも、遙かに重要な作品が放つ「優しさ」の前提条件です。

世の中そんなに上手く行くわけはないけれど、全てが上手く行かない訳じゃない。嫌な奴とは友人になれないかも知れないけれど、同じ世界に生きるくらいはできるだろうし、その嫌な奴にも友人はいる。そんな、多分完全に否定することは誰にもできない綺麗事を、真顔で言ってくれる存在というのは、誰にとっても必要なのだと思います。それが具体的な個人であれ、脚色された記録であれ、純粋な物語であれ。


つい1時間前までハンマーを振り回してゾンビの頭を叩き割って回っていた私が、そんな事を考えながら満足して本を閉じた辺り、この作品の力は一級品だと思います。
それがどんな方向であれ、心に何らかの影響を残せる作品こそ、「良い」作品なんですよ。残虐ゲームや反社会的なファンタジーで「心が破壊される」のと、素晴らしい作品に感銘を受けて前向きに生きようと考えるのは、全く等価です。結局は、何に触れ何を受けそれをどう活かすかは、本人の問題に過ぎないのですから。だから、私の心に深い余韻を残したこの作品は、間違いなく素晴らしい。あ、言うまでもなく「私にとって」と言う事ですが、そんなのは、どんな物でも一緒ですよね。

それにしても、やはりこの人の本はお薦めです。BL作品も描いていますが、ノリは基本的に同じなので、何の違和感もなく読めたりします。
今作も、主人公の学校のシーンなど男子しか見た憶えがない辺りBL的なのでしょうが、そいつ等との関係などかなり魅力的に描かれていますしね。黙って空を見上げるシーンとか、あれは良い物です。
勿論、主人公の疎外感の原因たる妹や、生まれなかった少女も、それぞれ全く違う方向で可愛いくて愛おしいのですが。あの妹とは取っ組み合って喧嘩したい(not 性的な意味)とか、生まれなかった少女に抱きしめられたら、多分どんなこんなにでも立ち向かえるだろう、とか。

その意味で、ラスト、結局彼女から抱きしめて貰うことなく世界を後にした主人公は、いつかまたあの世界に赴くことがあると信じたいところです。それとも彼女に抱きしめられるのは、彼の子孫になるのかもしれませんが。
それこそが、異世界ファンタジーの王道かもしれませんね。

前にも書きましたが、この雰囲気は安孫子三和「真夜中をすぎても」にとても近いですね。なお、リンク先は一冊にまとまった文庫版ですが、これ用に描き直された表紙が……
あの哀しさ・儚さを漂わせていた花とゆめコミックスの表紙が、私は好きでした。仕方ないんです。ああ言う話は、多くの場合デビュー当初のごくわずかな期間しか書けないのですから。菊地秀行だって、インベーダーサマーは二度と書けないと言ってましたし。めるへんめーかーに至っては、結婚と同時に……

と、死んだ子の年を数える不毛な作業は置くとして、作風を維持してその感性を保っている紺野キタは、これからも愛読していきたい作家さんです。どうか末永く、楽しませて頂けますように。



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2011年07月23日

うさぎドロップ(原作) 感想/これは良い少女漫画

うさぎドロップ (1) (FC (380))

アニメ化されたからって手を出すのはどうよ、と言われそうですが、結局アニメ化や映画化の一番の恩恵は認知効果なんですよね。
大好きな作品であるふたつのスピカ(感想はこちら。と言っても、残念通り越して酷すぎる実写版の感想が大半ですが)なんかも、知ったきっかけはアニメ放映に合わせた書店の平積みでしたし。

と言うわけで、話題の「うさぎドロップ」、面白そうだったので全巻購入・読破しました。
そして、とても楽しい時間を過ごせましたよ。

以下、その感想です。

「うさぎドロップ」は、死んだ爺さんの隠し子である6歳の女の子を引き取った30歳独身男の大吉君が、奮戦する話です。
最初に設定を聞いた時に、「光源氏」と言う単語が浮かんだ人は私だけではないはず。ですが、一巻を読めば、「邪な連想して本当にすいません」と土下座する事になると思います。
もっとも、5巻以降は結局そっちの方向が出てくるのですが、それは後述。
ちなみに、題名の意味は最後まで不明。雰囲気的な物と割り切っておきましょう。

最初に一言で感想をまとめておくと、「トータルで見ても十分に面白いが、前半の子育て苦労譚で一貫して話を続けた方が、絶対面白かったと思う」という物になります。

りんちゃん子ども時代の方が圧倒的に可愛い(視点人物が「親」である大吉で、前半はより「子ども」として描かれてるんだから、当たり前ですが)し、コウキ君もちゃんと時系列で描いた方が、絶対に面白く描けたはず。
時系列がバラされているせいで、彼は後半、少女漫画的「ダメな幼馴染」(妙にベタベタしてアプローチはするが、絶対に報われない安全牌)になっちゃってるんですよね。前半のリアルな小学生男児から、一応陸続きではあるんですが。
後半になるとテーマの変化に合わせて出番の無くなるお父さん連中とか、もっとじっくり見たかったですし。

でも、繰り返しますが、本当に面白かったんです。

とにかく、キャラが活き活きしていているのですよ。
万年筆で母子手帳に細かく記入してる爺さんとか、絵は一貫して偏屈なだけにギャップが素晴らしいです。何気に、ジーンズ愛用してるモダンな人だったりとか。
コウキママとか、絵の善し悪しとは別にところで「美人」に描けてるのが凄いですよね。主人公が彼女とくっついてれば、話はだいぶスッキリしたのに…… と言うのは禁句として。(勿論、そうなっていたら、前半路線でも後半路線でも話は盛り下がったでしょうが)
実に「オカン」と言った感じの主人公母とか、家庭内での調停役を自然にこなしている主人公父とか、大人の描き方が堅実な所もポイント高いです。オカンオカンしている主人公母の過去エピソードとか、もう少し膨らませると前半のテーマたり得たかも知れないのが勿体ないところ。

で、後半も、しつこく言いますが悪くはない。ですが、やっぱり前半の面白さとは違ってきます。前半を下地にした別作品という趣で、前半の内容を回想として何度も出してくるのは上手い物の、やはり違和感が拭えないです。
だって、前巻まで読者が親しんできたりんちゃんは、歯抜けの顔で笑う6歳児だったんですよ。馬鹿な小学生男子(でも頼りになるナイスガイ)だったコウキもそう。大人達は10年では余り変わらないけれど、やっぱり私はリンちゃんやコウキや麗奈が、ゆっくり大きくなっていく姿を見たかったです。各家庭の問題も、後半では既に一段落した状態に落ち着いちゃってますしね。ドロドロを描きたくなかったのかもしれませんが、ちょっと肩すかしです。

後半はやたらと学校の場面ばかりになりますが、どうせなら小学校のシーンを多く欲しかったですしね。折角、名字の問題をあそこまで取り上げたんですから、成長と共にその辺の機微がクローズアップされる様は、是非描いて欲しかった所。あるいは、リンに友達との関係を優先されてへこむ大吉とか。
恋愛物として着地させるためには、その成長を描くわけに行かなかった、と言う事かもしれません。でも、だとしたら、単品では決して出来の悪くない後半の評価も、変わらざるを得ないかな。

あ、そうそう。最後のどんでん返しですが、あれだけはさすがに「チョットマテヤコラーーー!」とか、片言の日本語で叫びつつ、壁とか殴りたくなりました。あれは無いです。そのオチは、70年代とかで捨てといて下さい。「じゃあ一体誰が○○なの?」と言う疑問は、どうでも良いと言わんばかりにスルーされて放置ですしね。この辺を見ると、後半の路線変更は編集のてこ入れだったんじゃないか、という邪推も湧いてきます。

と言う風に、ちょっぴり不満はあるのですが、前半の圧倒的なパワーと全体としてみた場合の完成度は一流。流行物は悉く死ね!と言うほど強烈な信念を持っていない限り、一読してみて損はないと思います。少なくとも、4巻までは迷わずお勧めできますね。言うまでもなく、どうせなら全巻読んでみて欲しいですが。
本当、漫画ではここ最近一番のヒットでしたので。




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2011年04月17日

柳沼行 「群緑の時雨」 1巻感想

群緑の時雨 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)
群緑の時雨 1 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

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「群緑の時雨」は、ふたつのスピカシリーズでデビューした柳沼行の、長編第二作です。
コミックフラッパーでの連載で、まだ作品としての全容が見えてこない状態。今回、その第1巻が発売となりました。

近未来の宇宙開発を叙情的に扱った「ふたつのスピカ」と異なり、今回の舞台は戦国末期。江戸に幕府が開かれ、天下太平の世が始まろうとしている頃、東北の架空の小藩「士々国」を舞台に、年若い武家の子ども達の生活を描きます。
この巻で描かれる事件は、伊都の登場破りだったり、浪人の尾行だったり、夜中に抜け出してセント・エルモの火を見に行ったりと言った、どこか懐かしい子ども時代のちょっとした冒険です。

登場人物は、没落武家の養子で長患いの義母と暮らす霖太郎、同じく武家の養子になった府介、家老の末女で男顔負けの腕前を持つ伊都の三名。それに、隻眼の浪人鴨井勘解由が物語の鍵となって行きそうです。

隣国との戦が続き、冒頭で見せられるとおり決して平穏な状態ではない中、子ども達は等身大の悩みを抱えて精一杯生きています。この、厳しさを底流にしながらどこまでも優しい世界観は、ふたつのスピカと同様作者の持ち味でしょう。
実際、作中でも何度か人死が出、また人の死を下敷きにした描写が多く為されているのですが、そこには「哀」こそあれ、激しい怒りや高揚が描かれることはありません。(この意味で、ふたつのスピカで中盤の山になった佐野先生のエピソードは、例外だったのでしょう。同時に、あのイベントが、残念なことに中途半端に終わってしまわざるを得なかった理由も見えてきます)

物語はまだ本当に始まったばかりで、今の所何が軸になるのかは見えてきません。言うなれば、1巻を丸々つかった人物・世界観紹介といった感じですが、スロースタートだけに話が回り始めてからの展開に期待が持てます。
とにかく、この作者の作品で最も重要だった、世界観・雰囲気作りはむしろグレードアップしているので、これからも安心して読んで行けそうです。休載が続いたり、やや不定期のようですが、続きを楽しみに待ちたいと思います。


ただ、ふたつのスピカ初期の巻に載っていた短編も好きだったので、ああ言う系統の短編集も、その内出して欲しいなあと思ったり。昔の少女漫画みたいに、連載作品+書き下ろしの短編、と言う構成が、単行本を作る際に向いている作者じゃないかと思うのです。世界観・雰囲気重視の作風とかも、ち良い意味で昔の少女漫画に近いわけですから。



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2010年07月17日

お、転換に点に入った 「神のみぞ知るセカイ」 9巻感想

神のみぞ知るセカイ 9 (少年サンデーコミックス)
神のみぞ知るセカイ 9 (少年サンデーコミックス)

今更説明の必要もないでしょうが、「神のみぞ知るセカイ」は、嫌々ながら、ギャルゲー脳を駆使して女の子を口説き落とすギャルゲーオタを主人公にした、変化球のラブコメ漫画です。

基本的に、各話で色々なパターンの女の子を色々なシチュエーションで口説き落とす、一話完結型が綺麗に機能している作品でした。ですが、同時に「落とした女の子は記憶が消える」と言う一話完結を保証するシステムが実は機能していないらしいと言う伏線や、主人公が女の子を口説き落とさねばならない理由である「駆け魂」の設定など、きちんと長編としての起承転結を考えている作品でもあったわけです。(作者後書きでもそう言ってますね。この辺、サンデー連載作品は構成がきちんとしている印象があります)

そして、前巻ラストで作者が書いていたとおり、この巻で物語は「転」に入りました。上記のような伏線が強調されはじめて物語が佳境に入ると共に、ヒロイン候補との関係や長期的な課題の提示など、確実に変わり始めています。

そして、その転換・繰り返しパターンからの外し方が膝を打たせる展開でした。基本的には、作者がモチーフとする前世紀の少女漫画(ギャルゲーの世界観は、あの辺が基盤です)や映画の鉄板ネタを使いつつ、それを単なるネタとして消費しない流れは見事です。

そもそも、最後のエピソードがはじまった段階で、読者は「あれ?またいつものパターンに戻るの?」と思ったはず。そこに、直前で提示された記憶関連の伏線と重ね、毎度おなじみ使い捨てヒロインの単発シナリオを一気に「長い物語の重要なピース」へと転化させる。実に綺麗な決め方でした。

加えて、お約束ネタの後の描写がまた出色。特に、体の影響を魂が受けていく様子は、

1,「落とし神」と言う主人公のアイデンティティに踏み込む危機
2,じゃあ体に影響を受ける「魂」とはそもそもなんなのか?と言う根本的疑問の提起

として、強烈な印象を残します。否が応でも、物語が大きな局面に入ったことを示すわけで、一見地味ながらかなり力の入った盛り上がり方。
まあ、ギャグとしても、あれはかなり強烈ですし。あ、ちなみに、主人公はあの手のゲームは始めただと言ってましたが、有名シリーズのあっち方向展開作品とか、かなり面白かったりしますよ?ゲームデザイン(どのパラメータが重要か、どんな要素をゲーム的に重要とするか)の組み方が、想定顧客層の「社会」に応じて本家と変わっている辺り、異文化体験としても中々のモノでした。

閑話休題、これほど時間が楽しみな「引き」は、本作はじめて。今まで、良くも悪くも話の作り方・盛り上げ方としては堅実を第一にしていた感のある作品で、一気に話を動かされたら、身を乗り出さざるを得ないじゃないですか。

あーでも、これってアニメにしたら、今一ネタとして面白さを削がれてしまう気もするのですけどね。漫画だとコマの切り方で色々できますが、アニメとゲーム(特にギャルゲー)って、画面内での情報の出し方が全く違いますから。

まあ、何はともあれ時間が楽しみな作品がコンスタントに手に入るというのは、実に良いことです。
この世界に限らず、非実在青少年の皆さんが、元気に恋したり平凡な日常を送ったり、幸せになったり不幸になったり、不純性交渉に及んだり及べなかったり、綺麗な顔を吹っ飛ばしてやったり地雷でバラバラになったりし続けられる世の中でありますように。


作品内容的関連:「クロノ・セクス・コンプレックス」の記事はこちら
↑ところで、この作品2巻では絵師が変わるんだとか。一巻のイラスト、合ってたんですけどねえ。どうしたんでしょ?





  


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2010年06月05日

友達100人できるかな 3巻感想


友達100人できるかな(3) (アフタヌーンKC)
友達100人できるかな(3) (アフタヌーンKC)


1巻の感想はこちら
(2巻は、印象が変わらなかったので感想を書いてません)


テーマと内容の齟齬が気になっていた「友達100人できるかな」ですが、この巻のラストで面白い事になってきました。

この巻でも、主人公は友達を作っていきます。鬼のような先生、少女マンガ好きの女の子、秀才の少年……
しかし、その方法論、さらには友達になるために必要だった心性自体が、主人公が未来から持ち込んだ物です。つまりここでも、主人公が作っている「友達」は、かなり不健全な印象になります。
鬼先生の話などが特にそうで、主人公が彼を尊敬できるのは、主人公が大人だからに過ぎません。しかも、先生が望んでいたことを考えれば、あれは先生を騙したに等しいわけです。
一巻にあったSF好きの少年との友情とのような、子どもに戻る事で見えてくる世界はありません。

そして、問題の三巻最終話。ここで、ついに「友達100人」を達成したプレーヤーが現われます。この彼の描き方は見事。現実で何も持たないが故に、過去世界に留まろうとするプレーヤー。タイムファンタジーとしては、これがむしろ正道です。
しかし、主人公は彼を未来へと帰すのです。時間切れによってそうせざるを得なかったというのは、実は余り意味がありません。過去をやり直し、望んだ生活を手に入れ、幸せを手に入れた元少年に、なんと残酷な事をするのか。

そしてさらに、この後「プレーヤーの抜け殻」が描かれます。ゲームが終わった時、プレーヤーが100人の友達を失うだけではありません。プレーヤーにとって100人の大切な存在が、余りに理不尽な形で友達を失うのです。

生きていれば友人ができたり去ったりするのは道理。しかし、親しければ親しいほどその存在は魂の一部となり、その理不尽な消失は正にトラウマとなる。これは、誰でも同意できることだと思います。死だったり下らない諍いだったり、あるいは原因が分からないまま音信不通になったり……
そもそも人生のつらさの爆心地は、いつだって人間関係がからむのですから。

閑話休題、今まで主人公がこの「ゲーム終了時の問題」に気づいていなかったのはボンクラも良い所ですが、とにもかくにも、認識してしまいました。以後は、単純に友達を作って喜ぶわけにはいきません。再度友人になれるのは別次元の別人である以上、「何度でも友達になる」は、何の解決にもならないのですから。

だとすれば、今後主人公は、何らかの形で人間関係を残したりする方法を探す必要があります。(まあ、宇宙人とは関係が残るでしょうが)

もっとも、このまま同じようにミッションを続けたあげく、「別れもまた成長となる」みたいなメッセージで終わらせてしまう可能性もあるのですが。
実際、他の上がりプレーヤーを出すのであれば、彼が何らかの方法でこの時代に残るのを描くべきだったのじゃないかと思うのですが。確かに、主人公は妻を元の世界に残していますが、友達100人と比較できるのか、という事になるわけで。

友達が、100人もいたことがありますか?私にはないし、それだけの物を一編に失うというのは、もはや死ぬのと変わらない気がします。死後に友人に忘れられるのが第二の死、と言う言葉がありますが、社会的生物である人間にとって、強固な人間関係は身体の延長と言っても過言ではないわけですから。


まあ、そう言ったテーマのブレとは関係なく、雰囲気や個々の話の作り方は相変わらず出色。良い意味で汚い絵柄が80年代の風俗と噛み合って、見事なノスタルジー空間を演出しています。
とりあえず、テーマ的にも主人公に悩む内容が出てきて深まる可能性が提示されましたし、やはり最後まで付き合おうと思います。

ええと、あと推定84話ですか。キングクリムゾン方式(「そして半年後」で最終回とか)で終わらせるのはいつでもできるので、その意味では打ち切られても安心という感じはしますが。



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2010年04月14日

明るく切なくゆったりと… 紺野キタ「つづきはまた明日」 感想

つづきはまた明日 1つづきはまた明日 1つづきはまた明日 2つづきはまた明日 2



「つづきはまた明日」は、前に感動して感想を書いた、「ひみつの階段」の作者、紺野キタの作品です。

内容としては、父子家庭(子どもは小学五年生と一年生)と、引っ越してきたお隣さん(両親と娘一人)の交流を描いた暖かな作風になります。

作者の他の作品と同様、大きな事件が起きるわけではない日常の中で、活き活きと暮らす子ども達と、時折混じる哀しみの描写が秀逸な良質の少女漫画です。

非常に巧みな点は、大人の視線の混ぜ方で、これが強すぎれば上から目線か童心主義か、どちらにしてもろくな物にはなりません。

この部分は、心はいつもヤングだと言ってはちゃめちゃな行動をしつつも、大人である事から逃れられない主人公の叔母さんが、上手くバランサーになっています。大人びているけど心が完全に子どもである主人公との対比が良いですね。そして、身も心も全力で幼児の妹が、うざくならないギリギリの線でリアルな子どもをやっているのもポイント。
この人物配置の巧みさは、一見一番標準的な大人に見えるお隣のお父さん(どう見ても受けキャラです本当にあr…)が、実はもっとも重い物を背負っていると言う所にも見られます。あのお父さんが一話限りの主役を張ったからこそ、丸々子どもの視点だけで構成されたような異色話「雨の日」で、読者は世界にすんなり引き込まれる事になるわけで。

ですから本作は、良くある「恋愛物を描いていた作者が、結婚した瞬間家族万歳!子ども万歳!だけの、つまらない作品しか作れなくなった」などと言うのとは違います。(BLOG主は、「男性作家にとって金持ちになる事と女性作家が結婚する事は、作家としての死亡フラグである」と言う偏見を持っています)


この雰囲気はどこかで憶えがあるなと思った所、全盛期の安孫子三和の作風に極めて近いですね。前回紹介した「秘密の階段」はタイムファンタジーでしたが、安孫子三和もこれを得意としていました。「真夜中をすぎても」シリーズ(番外編「月の船」で、世界自体がタイムファンタジーをやるために組まれている事が解ります。未完ですが……)や、「レイニー・デイ」(「みかん・絵日記」花とゆめCOMICS 第3巻収録。文庫版は、書誌情報が無く確認できず)など、短く焦点を絞って切れ味の良い良作を残しています。
過去形で語らなければならないのが、寂しい所ですが。


少女漫画家は創作者寿命が短い事が多いので、この作者の漫画も、一作一作を大切に読んでいきたいと思います。




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2010年02月06日

「男の娘」のグラデーションとか


ブームに乗って(?)その手の漫画を読みあさってみたら、頭痛が痛くなって世界が紫色に染まるかと思ったでござる。

とりあえず、以下何となくこんな感じだろうと思った、各描写についてのグラデーション。
右端のロリ漫画はコントロール(対照群)です。
/BLショタふたなり女装ロリ
服装男の子大体女の子女の子女の子
体つき男の子女の子女の子女の子
男性器描かれない?強調強調ぼかす
男の子女の子多し半々女の子


項目について軽く解説。
服装は良いとして、体つきは胸を筋肉(マッチョという意味ではなく)として描くか、脂肪として描くかで分かれますね。ショタはここが絵としてはメインになるようです。
男性器は、ショタとふたなりはアイデンティティのためか強調。ショタが巨根というパターンも多いですね。それは、アイデンティティに齟齬が出るのでは?と思いますが、そう言うもんみたいです。ぶっちゃけ非常にグロく感じるので、この二つは厳しかったです。
面白いのは最後の「心」で、ふたなりはあくまで女の子に生えている、と言う描写パターンに対し、女装は基本が男の子の心と言う描写になります。まあ、結局行動自体の描かれ方は、女の子そのものになることが多いようですが。


さて、これらの特徴が、上記のとおりグラデーションを描いて居るようです。また、「男の娘」と言う言葉が使われる場合、おおむねロリと女装の中間程度の描写みたいですね。

なおサンプルは、左に行くほど少ないです。だって、きついんですよ!前に表現規制に絡めて少し書きましたが、ストライクゾーンに入っていない性描写なんて、グロ画像そのものなわけで。
こうして見ると、許容量の水準に合わせて棲み分けがされてるんでしょう。

と言うわけで、皆さんそれぞれの許容水準に合わせて、楽しい二次元ライフを送って頂ければ幸いです。とりあえず、女装までは結構行けると分かりましたよ!と言うか、最初に書いたとおり「男の娘」はロリと女装の中間のようなので、結構上手いラインを狙っているようです。それって、「ロリから半歩だけ踏み込んだジャンル」と言う事になりますから。怖い物見たさで手を出して貰うための、上手い所をマーケティングしてるように思えます。



ストップ!!ひばりくん! コンプリート・エディション1
ストップ!!ひばりくん! コンプリート・エディション1

何を貼るか迷いましたが、無難に古典など。
これも昔読んだ時は相当キツかった憶えがありますが、今見ると何て事ないですねえ。許容量と言うのも、結構変わる物なわけです。


  
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2010年02月05日

男子高校生の日常 単行本化


男子高校生の日常 1 (ガンガンコミックスONLINE)
男子高校生の日常 1 (ガンガンコミックスONLINE)

2/5現在、まだ表紙絵は登録されてないみたいです。

ガンガンオンラインのサイトに上がっている表紙画像は↓



書店で探す方は、こちらを参考にどうぞ。



前に紹介した、山内泰延の「男子高校生の日常」が、いつの間にか単行本化される事になっていました。2/22らしいです。

久しぶりにガンガンオンラインを見に行って、気づきましたよ。
前回のエントリーに書いた予想のとおりですね。気づくはずがない。

これも前回のエントリーで書きましたが、面白いコンテンツを持っているのですから、もっと金にするための宣伝をしてもいいと思うのですよ。
面白かった作品について登録しておくと、単行本化が決まった時に知らせてくれるとか。
この手のサイトのメールサービスは、登録しておくと余計な情報ばかりSPAM状態で送りつけられて、結局何も読まなくなるのがオチ。情報のアタリショックを起こさないためにも、「必要最低限の宣伝を送る」方法はもっと各社考えて然るべきかと。

とりあえずカートに放り込みましたが、毎回毎回こうだと悲しくなってきます。
情報の交通整理は、本当にネット時代の課題ですねえ。


  


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2009年11月09日

9年越しの完結 「ふたつのスピカ」 16巻感想

ふたつのスピカ16 (最終巻)
ふたつのスピカ16 (最終巻)


積みゲー積み本を多数抱えるオタクとしては毎度の事ながら、やはり言わずには居られない後悔というものがあります。

つまり、ふたつのスピカ最終巻は、「何故発売日に何を置いても読まなかったのか!」と嘆きたくなる、素晴らしい出来映えでした。

この巻では、ドラマと呼べるような物は、ほとんど全くありません。セリフのある登場人物自体限られており、背景や些細な表情だけでシーンを切る方法に完全依存。竹井10日presents「天と美駿の漫画がんばるぞ!」にあるとおり、まるでエピローグのような構成です。

ですが、その中で、描くべき事は全て描ききっています。宇宙に行ったアスミの心、ライオンさんの物語、親世代の再出発、五人組から減ってしまった四人組の歩み……
そして、府中野君とアスミの過去エピソードと、次の世代へと順繰りに受け継がれていく思いまで。

特に、ラストシーンへと流れ込むポイントが、宇宙から見た地球でも、宇宙学校の風景でもなく、校庭の隅で見つかったタイムカプセルである事は、この作品の真骨頂でしょう。

本当に、素晴らしい作品でした。宇宙漫画、あるいは青春漫画の傑作として、今後も語り継がれる作品になって欲しいものです。だからこそ、ふざけたドラマを作ってくれたNHKには、怒りしか湧いてこないのですが。アニメ版にしても、滅茶苦茶なスケジューリングによる作画崩壊であの始末ですし。


それにしても、ここまで傑作を描ききってしまうと、次回作はどうなるのでしょう?充電期間で一年くらい音沙汰が無くなるのは覚悟する所ですが、同工異曲でグダグダになるのだけは避けて欲しい所。

ところで、九年前の段階で十二分に「古くて」「地味」だった今作、完結に至っても全く印象が変わらないのが凄いですね。何というか、ずっと変わらず「十年くらい前の雰囲気」を維持しているというか。

何はともあれ、今後の人生でこの16冊のために本棚のスペースを確保し続ける事に、些かも迷い無し。作者の次回作に期待したいと思います。



当BLOG内、その他のふたつのスピカ関連エントリーはこちら



  


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2009年10月22日

テーマとの齟齬が気になる 「友達100人できるかな」


友達100人できるかな 1巻
友達100人できるかな 1巻


少し前に、あちこちで話題になっていた作品です。作者はとよ田みのる。それなりに長く活動していたようですが、ほぼ無名だったみたいです。

基本設定は、藤子不二雄の「ひとりぼっちの宇宙戦争」みたいな感じです。(あれ自体海外作品のオマージュ、と言う話はこの際置きます)

地球を侵略することにした宇宙人。でも、宇宙のルールでは、「愛」を持つ種族は知的生命として、一方的に征服してはならないことになっていた。と言うわけで、ランダム抽出で人類代表に選ばれた36歳の小学校教師(奥さんは出産直前)は、人類が愛を持つことを証明すべく、小学校時代に戻って友達を百人作るべく奔走する事に。

友達認定のためのルールが課題として上手く機能し物語を盛り上げている所に、作者の力量を感じさせます。簡単に言うと、ターゲットロックオンしてアプローチ開始。そして、ターゲットの変更は不可という物。つまり、仲良くなれるだろうと思って近づいて、失敗したら相手を変える、と言うような大人の態度は許されないわけです。

よく考えてみると、人類が愛を普遍的に持つことを示すためのテストなので、理に適っていますね。手当たり次第捕まえて、とりあえず百人の帳尻を合わせるという話にはできないわけです。

そして、懐かしい1980年代の描写と合わせ、大人の心を持つ主人公の描写が実に上手い。
はっきり言って、大人の心(しかも小学校教師!)を持つ主人公は、小賢しくてむかつく子どもになります。児童心理学の知識も、教師としての経験もある。でも、それが「友達」を作るのに役立つかというと、むしろ足を引っ張ってしまう。
特に、SF好きの少年と仲良くなろうとして苦労する話は、これが端的に表れていてドキドキしました。そして、解決法もまた見事。こうして主人公が漸進的に子どもに戻っていく事で、課題達成に近づくと共に、読者との共感も得られるという寸法です。

と、各所で言われているとおり、基本的にとても良くできた作品です。勿論、20代から30代でないと、懐かしい町並みやアイテム(主人公が大事にしている自転車の、ワクワクさせるあの姿!)に共感できないので、魅力は大きく削がれるでしょうが、些細なこと。

ですが、読んでいてずっと気になった点があり、どうにも絶賛することはできませんでした。

どこかというと、この作品が過去遡行系の時間物なのに、それを活かせているとは言い難い所です。

「過去に戻って人生をやり直す物語」は、まず変えたい過去と現在がある事が、大前提です。リプレイであれ、夏への扉(ちなみに、リンク先は最近出たばかりの新訳版)であれ、そこは変わりません。そうでなければ、過去に戻る物語上の必然性がないからです。

では、この作品はどうでしょう?
主人公は、「現在」において、幸せ一杯です。充実した仕事・綺麗な奥さん・生まれてくる子ども…… 非の打ち所のない、絵に描いたような理想の人生です。

それどころか、主人公がすれ違いを後悔していた幼馴染に見られるように、過去の友人候補達も、別に不幸になっているわけではありません。

当然物語は、「現在を守る」事が主眼になります。バック・トゥ・ザ・フューチャーの系統ですね。

ところが、この物語の中で描かれるのは、「過去を変える」という課題です。

別に、改変しなくてはならない過去など、本来どこにも存在しないのに。
主人公は、宇宙人が余計なちょっかいをかけて来たから、仕方なく過去で活動しているだけ。あくまで受け身の目標で、物語が提示するモチベーションとしては最低です。

また、パラレルワールド扱いにした事から来る、根本的な問題もあります。
主人公は過去へ戻り、当時仲良くなれなかった・すれ違って離れてしまった人々と、友情を築き直します。しかし、これは「現在」に影響を与えないことが明言されており、(パラレルワールドの扱い)主人公は、ゲームをやっているのと変わりません。勿論、ゲームをクリアしなくては幸せな「現在」に戻れません。しかし、問題はそう言う事ではないのです。
何人友達を作ろうと、その友情は泡沫の夢と消え、最終的に以前と何も変わらない、誰とも友情を築けなかった世界へ戻る事が約束されています。

つまり、個々の課題と大目標が分離しており、読んでいて違和感がどんどん強まっていくのです。


一言で言うと、こう言うことです。

「現在を変えないために過去を変えるって、どう考えても矛盾してるでしょ?」


これなら、最初に「ひどい現在」と「あり得たかもしれない幸せな現在」を見せ、課題を達成したらそちらに行ける、と言うような導入こそが相応しかったのではないでしょうか?
正直、このテーマの分離はかなり深刻で、何故誰も彼も手放しに絶賛しているのか理解できません。


と言うわけで、面白いのですが、どうにも乗り切れない・共感できない物語でした。
あと推定94話は続く話なのですが、このテーマの矛盾を解消できるかで、全体としての評価が決まると思います。



  


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2009年10月05日

ジャック・フィニィな傑作少女漫画 紺野キタ「ひみつの階段」

ひみつの階段 1 (PIANISSIMO COMICS)
ひみつの階段


私は、少年漫画よりも少女漫画が好きな少年でした。夭逝した従兄の影響もありましたが、繊細な描写力が決め手でした。

勿論少女漫画は、大きな物語や世界設定の練り込みなどは酷いです。ですが、そう言う方面の楽しさは、ライトノベル(当時はそう言う言葉はなかったですが。栗本薫とか田中芳樹とか菊地秀行とか)やSFから補給してましたから、棲み分けという奴です。

まあ、おたくと少女漫画は親和性が高いですから、珍しくもないでしょう。ときメモ以来の基本的なギャルゲーの世界観は、少女漫画準拠ですしね。

そして、多分同じパターンが多いのではないかと思うのですが、ジャック・フィニイやレイ・ブラッドベリ、フィリパ・ピアスの幻想小説も大好きでした。

過ぎ去る刹那と、積み重なった歴史と想い。過去と現在が交錯し、あり得ない出会いが心を揺さぶる。そんな物語から受けた影響が、今の私の感性を形作っていると断言できます。

と言うわけで、紺野キタ「ひみつの階段」の感想です。ただし、読んだのは全二巻の内まだ一巻だけ。ですが、続き物ではないので、この段階で書いてしまって、特に問題はないはずです。

最初に結論。

この作品、上で書いた「私が好きだったもの」の魅力を両方とも備えておりまして、気に入らないわけが無いじゃないですか!
人間は、思春期に耽溺していたものを、一生愛好し続けるんですよ。上記の文章で少しでも共感できる部分のある方なら、十二分に楽しめると想います。

以下、細かい紹介。

舞台となるのは、伝統ある女子校。その寄宿舎は、建てられてから非常に長い年月を経ており、様々な不思議を抱え込んでいる。
あるはずのない階段、居ないはずの生徒、夢を見る校舎、思いを孕んだ品物達……
そう言った、怪談にもなりかねない「すこし・ふしぎ」と学生達の関わりを描く、オムニバスの群像劇です。鉄板です。作者の描写力があれば、外れるわけがありません。

月並みな言い方ですが、思春期の心の揺れと、寄宿舎に紛れ込む少しの不思議が絡み合い、とても豊穣な空間を作り出しています。主役は個々のキャラクターではなく、彼女たちの心とたおやかな関係性。群像劇の、一方のお手本でしょう。(もう一方は、銀英伝のように、徹底的にキャラクターを立たせる方向)

なお、いわゆる百合物ではありません。むしろ、恋が「恋愛」まで発展しない重しとして、女子校を選んだきらいもあります。ブラッドベリが言う所の「肉とモラルが意味を持ち始める前の恋」(10月はたそがれの国収録、「湖」より)の方が、切なさや胸の痛くなる懐かしさは、強くなりますしね。

また、教師がポツリと漏らす時の流れについての独白や、卒業生が入学する従妹にタイを渡す時の言葉(「この子は、帰れるのね……」)など、切ないタイムファンタジーの勘所を、きちんと盛り込んでいます。
かすみ雲が薄くかかった秋の日に、サンルームで紅茶でも置いて読みたい素敵な作品です。あー、読んでる自分の姿は、画面に入れない方向でお願いします。

丁寧に作られているのは、それだけではありません。物語はほぼ全て学校と寄宿舎の内側だけで完結し、女学生と一部の教師以外原則出てこない所も、「作法」に則っています。閉じられた世界の中で、一瞬だけのきらめきを残して入れ替わっていく女学生達の群像。
細部の描き込みを意図的にぼかしてある絵も、想像力をかき立てる限界を上手く見極めています。私もあの学校の寄宿生になって、夜中に部屋を抜け出して、あの廊下を歩いてみたい!(性別は、二次元だから考慮しない方向でお願いします)


結局、こう言うタイムファンタジーは、自分に全く関わりのない空間を「懐かしい」「愛おしい」と思わせられるかで、優劣が解ります。
そして、この作品は完全に合格。素晴らしいです。
見たこともないゲイルズバーグの石畳や路面電車に、狂おしい想いを抱けるように。真夜中の19世紀で出会った女の子と彼女が属する庭園に、胸が張り裂けるような愛おしさを感じられるように。

本当にもう、ベタ誉めして悔いはありません。

それにしても、作品自体は結構古いのですね。(初出は軒並み前世紀末)こんな作者を見逃していたとは、痛恨でした。作者さんのサイトを見ると、著作の半分弱はBL系みたいなんですが、それにも手を出すべきか悩み中。
BLが怖くて少女漫画が読めるか!と言うのはその通り。ですが、いたいけな中学時代に、銀英伝のやおい同人を予備知識なしに読んでトラウマを被った経験がありまして……

ま、それはさておき、心からお勧めできる一品です。
ああ、なんで二冊まとめて注文しなかったんだろう、と今後悔している所です。



ゲイルズバーグの春を愛す ハヤカワ文庫 FT 26
ゲイルズバーグの春を愛す

もう、一々紹介するのおこがましい、タイムファンタジーの名作短編集。
でも、フィニイは長編になると、かなり質が下がると思います……
  


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2009年08月14日

金を払えない不思議 「男子高校生の日常」

今日は、こんなWEB漫画の紹介です。

男子高校生の日常(ガンガンONLINE)

作者は「山内泰延」氏。はっきり言って無名です。
全然関係ない掲示板で、貼り付けられていたURLから知りました。なるほど、SPAMが無くならないわけです。確かに一定の集客は見込めるわけですね。

ガンガンONLINEは、「stand by me stand by you」の時も見ていたのですが、(紹介記事はこちら)漫画についてはノーチェックでした。やっぱり、ディスプレイって読みにくいんですよ。

ところがこれは、ノーチェックだったことを後悔させるに十分な作品。
内容は、もてない男子高生三人組みが馬鹿な話をすると言う、「神聖モテモテ王国」とかあの辺の路線です。

まあ、ギャグマンガを口で説明するのは難しいので、まずは一話読んで見ることをお勧めします。
なおその際は、画面上部に出て来るツールバーにある、ドライバーのアイコンをクリックしましょう。全画面モードで読むことができます。

基本的には、

もててえなあ

もてねえなあ

もてなくてもいいんじゃね?

でもやっぱり……(以下ループ)

と言うお約束の構成。
そこに、理想というか仮想現実から入り込んだ「かくあるべきシチュエーション」とリアルのギャップがネタとして入ってくると言う、堅実な作りになっています。
読める中では、1話と2話と11話がなかなか。


と、これだけなら単なるお勧め紹介なのですが、不思議なのが上記のサイト。
何故か、1・2話と最新2話しか読めないのです。
てっきり残りはお金を出せば読めるのか、あるいは単行本が近日中に出るという話かと思ったのですが、さにあらず。

読んで十分気に入ったので、お金を払ってでも読みたいのですが、その方法が無いとはどう言うことでしょう?
利益を得る機会を見事に逸失していますよね。普段サイトをチェックしているわけでもなし、本になる頃には忘れてしまっていること請け合いです。
特に、1話と2話だけというのが意味不明。これでは、気に入っても、公開されている11・12話へと飛ぶか、いつか来るであろう単行本化を待つ(そして当然、大多数は忘れ去る)かの二択になってしまいます。

あ、P2P等で手に入れるか、の三択ですか。なんか、作者名とかでサーチすると、大量に出てきますし……
APPLEのジョブスが言っているとおり、きちんとした正規品が適正価格で出回っていれば、海賊版に手を出す人間は大幅に減るのに。

この辺、単に商売が下手と言うだけでなく、読み手も描き手も損をする構図ですよね。
せめて、作品ごとに新作発表・商品化のメール配信登録ができれば良いと思うのです。そうすれば、「単行本化を待つ」と言うのが、選択肢として有効になってくるでしょう。
ああ言うサイトって、欲しい情報があってメール登録をしても、ノイズが酷すぎて、結局配信停止をしてしまうんですよね。


ちなみに、なんでこんな事をクダクダ書いたかというと、上記記事で紹介した「stand by me , stand by you」が、いつの間にか単行本化されていて驚いたためです。
商品化に伴って、名称が「スタンド バイ ミー、スタンド バイ ユー。」とカナ書きに変わっていたのも、アンテナに引っかからなかった一因かも。

スタンド バイ ミー、スタンド バイ ユー。 (ガンガンノベルズ)
スタンド バイ ミー、スタンド バイ ユー。 (ガンガンノベルズ)


とにかく、スクウェア・エニックスは、もう少し商売のやり方を工夫して、ユーザーが散財するのを助けて欲しいと思います。
例えば、本編完結と同時に商品化の日程を掲示するとかするだけでも違うでしょう。気に入って買いたいユーザーは、記憶やスケジュール帳に情報を留めてくれるはずですから。


  


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2009年07月29日

素敵な大人達 「こどものじかん」 7巻 感想

こどものじかん 7 (アクションコミックス)
こどものじかん 7巻

このシリーズ、最初は要するに「小学生+昼ドラ」というフォーマットの話でした。

当然こう言う刺激で売っていく路線は早晩飽きが来るので、4巻辺りで買うのをやめるつもりでした。ところが、それまで完全なモブキャラだった白井先生が、黒との絡みで大化け。ほとんど白井先生のエピソードを読むために買ってるような感じになってます。

さて、と言うわけで最新刊です。
この巻で、ついに3人組も五年生。開始から一年半経過しているわけですね。

まあ、エロコメの面目躍如というようなリンの行動(ギャグ部分が一番光っているというのが面白い所ですが)がウリに見えますが、その辺はむしろどうでも良し。重要なのは、白井先生と黒のエピソードが、一つの山を越えるという所です。

「大人」であることを課され、また当然の価値観として自分に課し、結果「子ども」をやれなかったために「大人」として不完全なままの白井先生。「子ども」をどうやっていいか解らないまま、演じるような行動しか取れない黒。
実は、鬱屈したオタクが共感しやすいのは、熱血主人公よりも彼らだと思います。

って言うか、白井先生へのシンクロ率が凄いですよ。理詰めで考えて自分も突き放して、結局大事な所で踏み込めない不器用さとか、愛おしくて仕方ないです。先生、結婚してくれ!!

低学年の担当に回されたせいで、方法論が通じず右往左往している様子とか、憐憫と共感が良い感じ。そうなりますよねえ!(笑)

ここに限らず、エロの入らないギャグが割と高水準で、作者がやりたいのはこっちなのかなと言う雰囲気。特に今回、小矢島先生をBLネタに絡めて使ってみたり、思いっきり楽しんでいる印象があります。カバーを取った表紙も、今回彼が主役ですし。
ちなみに、現在給食については、意識の高い市町村以外端から外部委託されています。なので、実はあのギャグは成り立たない場合が多かったりします。

これは関係ない話ですけど、文科省も、安上がりだからと外部委託をしている状況で、良く「食育」とか言えますよね…… 大事だと思うなら、それに携わる人間には金を出せと。


閑話休題、メインシナリオの方は、どうにも迷走気味。レイジを悪役または異常者にしてしまうと、話は割り切れますが途端に安っぽくなってきます。

落としどころは大体見えるのですが、彼の存在はこの話に必要だったんでしょうか?どうも、作者自身が主人公の二人を、扱いかねているように見えます。

ともあれ、白井先生と黒についてはまだ最終的な話のオチがあるはず。単純に母親が改心するみたいな安っぽい話(あの母親は母親で、できる限りの精一杯をやってるわけですし)になったら興ざめですが、それを確認する意味でも続きが楽しみです。


とにかく白井先生が素敵すぎるので、ロリ漫画だと思っている人は、是非一度四巻以降まで目を通してもらいたいです。
五巻で自分をだましながら黒を抱きしめる所とか、六巻で小矢島先生の手を取るシーンとか、泣けますから。六巻最後の、「教育」についての決意とかも。本当に、幸せになって欲しいと思います。俺が幸せにしますから!とか、叫んでも届かないのが哀しい所。

これがアガペって奴ですよね?

とまあ、そんな本音戯言はともかく、次巻を楽しみに待ちたいと思います。
  


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2009年07月01日

教師という強者 「鈴木先生」第7巻

鈴木先生 7 (7) (アクションコミックス)
鈴木先生 7巻

まず、この漫画の批評ならここが欠かせないでしょう。

武富健治『鈴木先生』(紙屋研究所)

確かに、面白い作品だと思うのですが、傑作とまで言えるかというと、どうかと思います。どうにも、価値観の多様性をテーマにしながら、鈴木先生の一部の(全部の、でないのは評価すべきポイントですが)「正しさ」は、公理として担保されている感じが、好きになれません。
リンク先が言っている鈴木先生自身の正論への攻撃は、あくまで限定的と思えるのです。

以下詳細。
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Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)漫画

2009年02月24日

ローゼンメイデンとクマのプーさん

これまた今更感溢れる作品ですが、『Rozen Maiden』の新装版を一気買いしたので、感想など。アニメは、今の所一期まで。

誰も言っている人が見あたらないのですが、この作品って基本ラインは「クマのプーさん」ですね。勿論、著作権切れを良いことにディズニーに原作レイプされたアニメ版ではなく、A.A.ミルンが書いた原作の方。  続きを読む


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