2012年11月06日

紛う方無きゴミ映画 「009 RE:CYBORG」感想





なんか、原作が好きな友人によりますと、初期はさすがに古すぎて辛いので、原作は中盤くらいから読むと良いらしいですよ。



ここのところ立て続けにゴミ映画を引いてうんざりしていたわけですが、またやってしまいました。

「009 RE:CYBORG」は、現代を舞台にした009の続編、と言う位置づけになります。原作は未完で終わっていますが多くのバラバラなエピソードがありますから、そんな断章の一編という扱いでしょう。

なお私、原作は昔読破しようとしたものの、序盤の古くさい絵と展開に耐えきれず投げてしまったため、原作との比較などはできません。



でまあ、いつもの通り結論から書いていきます。
ほんとうに良い部分が見あたらない映画だったので、ただの欠点羅列ですが。


1,上滑りする上に意味不明の演出
2,まとめる気もない滅茶苦茶なシナリオライン
3,上滑り以前に形を為していない脚本


まず1ですが、実はこれはぶっ壊れたシナリオの副産物ですので、軽くふれるだけにします。
とにもかくにも、シーンを盛り上げるギミックとして演出がまるで機能しません。大仰に出て来る癖に特に意味のない白い少女、全く意味のない事が最初から解っているのに派手に盛り上げようとする(当然見ている側は白けるだけの)冒頭の009 VS 005の格闘、本当にどうでも良いシーンで無意味に使われる003の能力描写……
一体何がやりたいのか解らないシーンが延々と続く映画なので仕方ないのですが、冗談ではなく眠くなってきます。と言うか、ドバイに核が落ちる前後で見事に数分意識が飛びました。リメイクのトータルリコールですら、耐えられたんですが。

でまあ、やはり問題はシナリオなわけです。
そもそも、アクション映画というのは「殴る相手を割り出す」「殴る方法を見つける」「ぶん殴る」が基本的な展開です。ところがこの映画では、殴る相手はそもそも存在せず、殴ったら気持ちいい相手(悪役)は存在するのにぶん殴れず、そもそも殴るつもりがあるのかもわかりません。
代わりに突っ込まれるのは、聖書もどき(あのバベルの塔に関すると思われた聖句が、本当にただの「もどき」だったことが解った時の衝撃と言ったら!)のクソ下らない精神論。その災害が何故今起きたのかとか、そもそもどうやったら止められるのかと言った基本的な設定は、全て吹っ飛ばされています。

これは、冗談や嫌味ではありません。ラストのSLBMは一連の災害の一コマでしかなく、あれを防いだところで次が起きるだけの、単なる戦術的局面です。(むしろジェットと009の会話で、あれを止めたら災害が止まるかもしれないと考えているらしき内容が出てきて驚きました。そんな根拠、何もないでしょ?)そして、災害を広げたと思しき会社や政府に対しては、最後までスルー。手も出しません。
あげく、「敵」の存在や正体・目的については、セルフ自己啓発セミナーで悟ってしまった主人公が特に根拠のない能書きを垂れているだけで、一切解決しません。前にもどこかで書いたと思うのですが、登場人物がたどり着いた「真実」を「事実」として作品中で運用したいなら、相応の展開が必要なんですよ。典型的には、過去の映像を幻視させたり、その話を聞いた他の登場人物がそれが正しい、と補強してみせるなどの方法です。ところが、この作品はそれを行わないため、頭のおかしい連中が頭のおかしいやりとりをしているだけ、としか言いようのない異様な雰囲気となっています。


で、この辺で3に移ると、つまるところ脚本が死んでいるのです。
全ての重要な情報は、中身のない長ゼリフと小学校の討論かと見まごうような論拠レスの抽象論開陳に終始し、映像的な演出もそれを暴くためのエキサイティングな展開も出てきません。

そもそも、冒頭で009と博士が合流したシーンからして、突然博士がアメリカ陰謀論をぶち上げ始めると言う頭の痛くなる展開でしたね。別に陰謀論をベースとするのは一向に構わないんですが(面白いエンターテイメントのパターンの一つですから)、その論拠を一切述べないところが終わっているのです。
例えば、議会があの計画にGOサインを出したという証拠として何かの会議の盗聴記録を聞かせるとか、資金の流れがどうこう言うそれっぽいチャートを見せるとか、色々有るでしょうに。おかげで始まってしばらくは、博士が黒幕なのだと思っていました。ジェットが「疑心暗鬼になっているのは大統領だけではない」みたいな事を言ってましたし。(ちなみに、あのセリフも伏線でも何でもありませんでしたね)

また、サイボーグであることがアイデンティティである各キャラクターの能力演出は、ダメさの最たる物。006はまだ良いのですが、004の指マシンガンがアサルトライフルを跳ね返すケルベロス(偽)に通用する事を強調・理屈付けせず、フランソワーズをオペレーターとして再編成しながらまるで役立てない。ジェロニモなんて、ありゃ怪力じゃなくて防弾筋肉ですよね?
いくらでもあったはずなんですよ。財団強襲シーンで、クラッキングでオスプレイ(しかしまあ、やっぱりあの機体は格好良いですね。見た目が未来的「悪役面」なのがはまっています)の2~3機たたき落とすとか。また、最後の作戦にしても、フランソワーズの計算能力があったから、SLBMをボコボコたたき落とせた、と言う話なんですよね?そうでなければ、わざわざ艦を乗っ取る理由もないわけですから。

特別な能力を持っている連中が、その力を駆使して共通の敵に立ち向かう。そんな王道のシナリオで、よくあそこまでいい加減な描写に出来たものだと、逆に感心します。

そして、「君はどこに落ちたい?」をやりたかったのかやりたくなかったのかよく解らないラストについては、もう……
あの、ジェットが009を拾う理由って、何もないですよね?009を拾っても帰還できるわけではなく、むしろ成功率が下がるだけ。(届かなかったのは、質量が2倍になったからですよね?)009の最後のセリフも意味不明で、陳腐を絵に書き思わせぶりにしとけば高尚にみえるだろうという低劣な意識が透けてみえるエピローグになだれ込む展開に、血管が切れそうになりました。
座っていたのが通路から離れた席でなければ、スタッフロールが始まる前に席を立っていたかも知れないところです。

と言うわけで、かけられた予算の大きさが逆に怒りをかき立てる見事な駄作でしたので、余程原作に思い入れがあり、どのようなものであれ関連作を見るという決意を固めた方以外は、絶対にお勧めいたしません。

とりあえず、この胸くそ悪いムカムカは、来週のEVAQが払底してくれる事を祈る事にします。




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2012年10月29日

アニメ版「リトルバスターズ!」 第4話感想



Little Busters!
Little Busters!


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終わりを見るのはいつでも辛いことだよね……
と、過去栄華を誇りながら滅び去った、あのシリーズやあの作家やあのメーカーに思いを馳せながら、第4話「幸せのひだまりを作るのです」を視聴しましたので、感想を。


とりあえず、「もういい!クドの可愛さと、散りばめられる宇宙用語にニヤニヤするだけのスタイルに切り替えてやる!」とか思いつつ見始めたところ、背中から見たシルエットの可愛く無さに憤死。
ストゥールが重すぎるんですよ。ついでに、画面に収める範囲を上半身に絞らないと、シルエットがズルッと胴長に見えてしまうんです。


前から見た絵やデフォルメ絵は可愛いんですけどねえ。ただ、一番アニメで期待されたコロコロした仕草は生きてません。と言うか、やっぱりマントがすげえ邪魔。全身出すと、ミニスカートとの食い合わせが余りに残念、と言う再発見はしたくなかったかも。


そして、展開早い。
仲良くなる描写が、絶対的に足りてないんですよ。大事な話をされるというのは、それなりの蓄積を必要とするイベントです。無駄なギャグの時間を、人間関係の描写に回していれば、だいぶマシだったはずなのですが……
リンの、痛い子描写もね。原作でのリンは、痛い子ではあってもそれを強調するような描写はリフレインまで隠蔽していた(キャラ的お約束として、露骨にはしていなかった)のですが。


逆に、短い時間でアリバイを稼ぐという意味で、止め絵連発の作画は悪くありません。とりあえず、人間関係が進展しているという描写を見せられますから。と言うか、やっぱり予算も時間も大してかけてないんですねえ。
神北爺さんの部屋の汚れ方とか、同爺さんの下手くそな声とか、本当に細部に魂がこもっていません。

そうそう、理樹のモノローグ、てめえはダメだ!


で、何と結局クドは登場しただけですか。図書館のシーンで挨拶だけでもさせておくとか、その時に読んでいる本について理樹が興味を示すとか、軽い関係性を積み重ねることも出来たはずなのに。
あと、大仰に野球やるって言い放ったんですから、その描写も入れておきましょうよ。

何かもう、「とんでもなく酷い描写はないかわりに良い点を探すのが難しい」、実に平坦な作品になってますねえ。
その平坦なまま、来週は流星群イベントのようで。これは、各ルートを個別にやってくんでしょうかね?だとすると、尺が全く足りないと思うのですが。

なんとも、良くなる展開が全然見えてこないのが厳しいです。
貧すれば鈍するんですかねえ。



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2012年10月28日

アニメ PSYCHO-PASS #03 「飼育の作法」 感想

強力わかもと 1000錠
強力わかもと 1000錠
↑関連商品(笑)。そういや、あの看板一話以降出てませんね。


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一週間経ちまして、"PSYCHO-PASS"第3話「飼育の作法」の感想になります。


冒頭のトレーニングシーンを見ると、監督はこの話を本当はマトリックスみたいな実写でやりたかったんじゃないかな、と思ったり。やたらと丁寧と言うか実写よりに作られた背景から、人物が浮き上がっている印象です。(筋肉の描写とか)
ただ、後述する巧みな演出と合わせて考えると、むしろ逆なのかもしれませんが。


香港化した東京の描写に、中国企業(作中の説明によると、中国式の表記がされている公営企業のようですが)の工場群。この辺、中国が台頭した未来の描写と見るべきか、アジアンテイストが基本となるサイバーパンクの様式と見るべきか。


一方、この工場主任の、歯を強調することで生まれる「アニメなのにアニメっぽくない事による気持ちの悪さ」の演出は上手いですね。胡散臭さのアピールと、現場がクローズドサークルであるという「嫌な」伏線の構築として、実に見事。逆説的にアニメでないとできない表現で、媒体の特性が良く把握されていると思います。


ドミネーターの設定解説は親父さんのセリフで為されるんですが、その前に「電波暗室から作業員を出して」とか「ドミネーターなら」と言った軽い伏線を張った上で説明が始まるので、唐突さや説明感覚はかなり軽減されています。


このおっさんは閉鎖系で人間関係調整役を担う「憎まれ屋」の逆みたいな存在ですが、これが普通なのはシビュラの問題か、それとも?
ちなみに、シビュラシステムの色相判定は、紫が最良で、赤が最悪みたいですね。って、Paranoiaじゃねえか!
まあ、コンピュータの収める ディストピア 最高に幸福なユートピアって事で、オマージュなのでしょう。


で、相棒の監視官はシビュラシステムの信奉者と。これは、人物配置として必然的です。執行官達はシステムによって犯罪予備軍の烙印を押されて強制労働に従事しており、主人公は当然システムの矛盾を見ていく立場。そうなれば、彼がシステムの熱烈な信奉者でなければ、キャラクターの意味がありません。こう言う基本的な配置を押さえているのは大切で、さすがベテラン監督ですね。


ただ、話自体はまどか☆マギカ3話のように大きく動くことはなく、極普通に主人公の違う一面を見せるだけで終わってしまいました。決してつまらなくは無いですし、むしろこう言う地味な展開を積み重ねて世界の描写を深めていく作品は大好きなのですが、話題をさらう派手さはないですね。

とりあえず、割と地味な作風であることが解ったので、落ち着いた展開を前提に、この荒んだ未来世界を来週以降も楽しんでいきたいと思います。

なお、今回の話は、よく考えると見かけよりエグイ設定が見えてきます。
つまり、工場主任が犯罪を隠蔽し、そのまま放置していたことの意味です。工場主任=シビュラシステムにとって、定期的に一人が適性を失って転属するのと、定期的に一人が殺される状況は、安定性の面で等価だと言う事なんですよね。そして、犯罪と言う事になれば操業停止期間や査察などの問題も出てくるので、隠蔽した方が効率的、と。
実に理に適った行動で、そう言った行動を推奨するシステムの問題点を示しているわけです。相手が合理性という怪物になってくるので、主人公達がシステムに疑問を持って正義を為そうとしても、それは全体から見れば悪になる。効率性が全てを飲み込む、サイバーパンクのディストピアとして、きちんと設定がされていると言う事だと思います。
そしてこう言う話になってくると、単純なハッピーエンドはあり得なくなるので、話の焦点をどこに持って行くか非常に興味深いですね。じっくり楽しんでいきましょう。





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2012年10月22日

アニメ版「リトルバスターズ!」 第3話感想



Little Busters!
Little Busters!


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3話にしてすでに心が手じまい・損切りムードになっている、アニメ版リトルバスターズ!第3話「可愛いものは好きだよ、私は」の感想です。



ナルコレプシーの設定は、原作でもほとんど意味を成していなかったのですが、削ると
面倒な部分が出てくるので、シーンが間抜けなのは仕方ない所。


ただ、繰り返しますが、貴い仲間達の接し方をセリフで説明するのは問題外。安い上に、セリフにされることで鳥肌が立つほど気色悪いシーンになっています。目覚めたときに仲間がいる、セリフはなくとも微笑んでみせる、そんな「本人達にとっては当然」の所作を描いてこそ、動画の意味があるのです。


逆に、原作と違う変な体操着姿は意味があるのでしょうか?いや、スカートで野球すんなと言うのは実にもっともなのですが、あの私服のままグラウンドを駆け回っている姿は、青春の楽しさ・美しさの象徴だったわけで。(体操着というユニフォームに身を包んでしまうと、「スポーツ」であることが前面に出て焦点をぼかしてしまいます)


来ヶ谷との会話シーンは、風景描写や風の感覚などは結構上手く、授学校の中庭にできるポケットのような静寂を良く表現しています。ただ、シーン全体としては散漫なんですよ。26話でまとめるならば、この辺は来ヶ谷の行動・言動や周囲の反応などで、わざとらしい伏線を貼っておくべきだと思います。何より、「今後凄いことが起きますよ」と言う引きを作っておかないと、初見の視聴者は(今後を知っている既プレイ者でも)退屈な序盤を乗りきれません。
折角前回ラストで「この世界には秘密がある」と言うフレーズを、提示したのですから。


こなれて来たのか来ヶ谷のお陰か、バトルはそれなりに微笑ましいのですが、これもまた「そんな事やって居る場合じゃない」という感想が先行。ギャグは葉留佳のパートやその前と、今回十分にやっていますから。


で、結局今回で来ヶ谷が加入したのですが、一人の加入に一話使ったとは思えないほど印象に残りません。映像や構成自体はそこまで悪くないのですが、決定的にインパクトと掴みに欠けます。来ヶ谷の破天荒なキャラを強調し切れていないというか、原作で強引だったところをそのままなぞってしまったというか。

来週は、「動く」事が一番意味を持つクドの登場みたいですが、これもなあ。ああ言うキャッチーなキャラは、それこそ一話の段階で顔見せさせておけば、ここまで新規死屍累々のお通夜ムードにはならなかったと思うのですが。

とりあえず、視聴は続行します。




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2012年10月20日

アニメ PSYCHO-PASS #02 「成しうる者」 感想


PSYCHO-PASS サイコパス VOL.1
PSYCHO-PASS サイコパス VOL.1

↑DVDですが、実売3600程度なら、割と妥当な価格に思えます。ただ、多くのオタクにとって、問題は価格より収納スペースなわけで、いい加減データで売るのを普通にして欲しい所。勿論、コピーフリーで。10年かそこらで観れなくなるメディアなど、価値はありません。

第一話の感想はこちら


さて、虚淵玄シナリオ原案のサイバーパンク"PSYCHO-PASS"第2話「成しうる者」の感想になります。


寝起きから、ヴァーチャルペットがお節介にも人の心を覗き込んで「今日も健康な精神で頑張ってね」みたいな事をわめき立てる、明るく清潔なディストピア。前回出てきた汚い路地裏とテクノロジーが支える美しい日常のコンパチは、現代SFとして定型的。違和感はありませんし、きちんと作られていると感じます。(虚淵氏の好みはもっとストレートにブレードランナーっぽいので、スタッフとバランスしていると言う事でしょう)



前回、現代っぽすぎると書きましたが、この辺の描写は未来的。服装もヴァーチャルなんですね。実物と全く区別が付かないので、シナリオに色々絡んできそう。
しかし、着替えも化粧も必要ないんですかね。楽でいいなあ。

とは言え、服装その物がどうにもレトロ(現代)なのは、やっぱり気になるところ。輝度とかボタンのデザインとか、わざとらしくない範囲で「ちょっと違う」を期待したかったところです。「SFは絵」ですから。


さて、ディストピアとしてはお約束ですが、職業等も適性から割り振られているらしいことがわかりますね。日常的に心を覗き込む国家では、そりゃ当然か。
あとは、かなりショックを受けたらしい主人公のサイコパスが濁っていない、と言う描写は伏線でしょうね。そもそもサイコパスが「具体的に何を判定しているのか」と言う、SFなら最初に提示されるべき情報が出てきていませんし。


今話ラスト近辺は、妙に冗長なセリフに載せて「良い話」っぽくまとめられているようですが、これはまだ第2話。主人公の判断や正義が、このまま話を牽引できるとは思えません。虚淵脚本がここから、どこまでえげつなく展開していくか興味深いところです。
とりあえず、主人公が流されるだけではなく一定の「強さ」を手に入れた事で、どちらに転ぶにせよ話に緊張感が備わるでしょう。楽しみです。
ついでに、3話で話を展開させると言う定型に沿って脚本を作っていると言う事ですから、次回は気を引き締めてみる必要がありますね。





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2012年10月19日

アニメ版「リトルバスターズ!」 第2話感想

Little Busters!
Little Busters!


第一話の感想はこちら

感想が遅れたのは忙しかったからであって、第一話の内容に鑑みて全然期待してできない、という事実とはとりあえず関係ありません。
と言うわけで、リトルバスターズ!第2話「君が幸せになると、僕も幸せ」の感想です。



前回ラストで登場し、今回メインとなる小毬さんは、アンチの皆様から愛を込めて「いつもの池沼」「Keyの馬鹿一キャラ」と呼ばれてらっしゃる方ですが、映像で動くとやっぱり可愛いので問題ありません。少なくとも、イライラが限界値を突破する数分間は。
と言うか、セリフを常時強制スキップする原作より、印象深くなったりとか。

ところで、色気の欠片も無くてまるで嬉しくないパンチラシーン、物理的に体が引っかかっている箇所がないっぽいのが気になりますね。


バトルは、前回よりは笑えるんですが、これって原作のシステムその他を把握しているからであって、基本的にクズみたいな尺稼ぎです。本筋を進めて、とっととメンバーだけでも揃えてしまわないと、離岸流のごとく視聴者は逃げていくでしょう。

ここでちょっと確認しておきたいのですが、原作におけるミニゲームの役割は、「仲間と一緒に過ごす日常」をプレーヤーに体験させるための小道具です。できその物は必ずしも良くありませんが、毎回数分間の時間を使わせることで、「仲間達と一緒に楽しく野球をした」「下らないバトルで騒いだ」記憶がプレーヤーと主人公に共有され、オーラスへ向けた仕込みとなります。
しかし、アニメの場合、何をやったところで視聴者はそれをプレイして「体験」するのではなく見ているだけ。つまり、見てつまらない・楽しそうに見えないバトルや野球練習など、そのまま入れるのは論外になります。

要するにこのアニメ、現状では原作プレイ者の記憶に寄りかかって、単品として面白くする工夫がまったくされていないのです。結局、KANON~CLANNADに至る、原作の面白さをアニメで高めて新規ファンを開拓するという目標を捨て、ファン向けアイテムお布施回収モデルで創られていると見られても仕方ない状況です。


例えば、アニメでリンがコミュ障でしかないのは、主人公一人称視点・主たる登場キャラはバストアップの制約から仲間だけ、のゲームに対して、画面全体で空間を描き出してしまうアニメの特性故です。
しかしそれならそれで、コミュ障レベルを許容範囲内に収めておかないと、キャラクターへの愛着は湧きにくくなります。原作の構造では、リンがコミュ障であることは「後半に指摘されることで、はじめて現実的な『問題』として認識される」事が重要でした。一旦ファンタジーの霧を晴らして、KEY的世界観では普通の「変わった奴」に、現実としての問題点を(一時的とは言え)突きつけてみせるのが、終盤における転換の意味です。

要点を言えば、物語前半では、仲間内の描写だけで話が進む事が重要なのです。そこを失敗すると、「仲の良い友人グループ」がアニメ版のように「周囲から孤立した変人集団」に化けてしまいますから。


あと、絵自体は頑張っていると思うんですが、これ↑を「リンの瞳はワクワクしていた」って言わせちゃうようなレベルの低さは……
そもそも、理樹が言葉で絵の意図を説明している段階で、最低の脚本なんですよ。原作で似たようなことをやるのは、表情パターンが限られるゲームだから仕方ないんですが、これは動画。


と言うか、小毬入団だけで一話使っちゃったんですが、これどうすればいいんでしょう?
物語の目的が不明確な状態で、面白くもないテンポの悪いグダグダを続けたら、いくら後半面白くなる、などと言ったところで誰も見てくれませんよ。既プレイの私ですら苦痛なんですから。


また、「こんな楽しそうな時間が続けばいい」とか理樹に台詞で説明させているんですが、それは視聴者が思わなければならないことであって、ちっとも面白くない物を登場人物が面白がっても仕方ないんですよ。クソつまんない内輪ネタを垂れ流すバラエティ番組と、一体何が違うんですか?

元の素材がよいので「いつかは」面白くなるはずなんですが、リトルバスターズ!は、こんな残念な形でしかアニメ化できないような代物ではなかったはずです。
本当、どうしたもんですかねえ。



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2012年10月14日

アニメ PSYCHO-PASS #01 「犯罪係数」 感想


PSYCHO-PASS サイコパス 公安局ショルダートート ブラック
PSYCHO-PASS サイコパス 公安局ショルダートート ブラック

↑よく解らないんですけど、DVDも主題歌CDもない状況で、何故かこの関連グッズだけが検索すると出て来るって言うのは、なんか意図があるんでしょうか?


さて、私はアニメ定期視聴はほとんどしない(できない)ゲームオタクなのですが、まどか☆マギカにあれだけはまった手前、虚淵先生の次回作は見ないわけにはいきません。
だったらまず過去のゲームをやれと言われそうですが、私はNitro+は肌に合わないので仕方ないのです。あそこのをやるたびに、「ゲームなら操作・選択させろ」「派手な画面効果って言っても、結局動画には負けるじゃないか」と思ってしまうので。ですから、虚淵さんが関わる「アニメ」というのは、私にとって最適解なわけですね。
「原案」って言葉の不穏さについては、ひとまず置くとして。

と言うわけで、例によって事前情報をほぼシャットアウトし、時間の工面に苦労しつつも視聴開始です。


なんか近未来っぽい、と言うのは第一報の段階で知っていましたが、冒頭は近年のARMORED COREを連想させる水没都市から。(最近流行りのパオロ・バチガルピでないのは、従来型の高テクノロジー社会であることが一目で解るからです)


で、フムフムと観ていると、すぐに飛び込むブレードランナーのオマージュ広告。大体この辺りでざっくりした作品の方向性はほぼ見えた、と言って良いでしょう。勿論、良い意味で。日本人が真っ正面から創るサイバーパンクは傑作になる。そんな期待が高まります。(ちなみに、真っ正面で無い方に行くと、クソつまんない認識論の禅問答でエンターテイメントを放棄する文学もどきのニューなんとかになるわけですが、怖いので具体例は挙げません)


デザインとしても、スタンダードな(悪く言えば古くさい)サイバーパンクで、間抜けで不気味な警察デザインのホロボットなどにも、電脳コイルのようなセンスはありません。しかし、それが悪いと言う事ではなく、定型を踏んできちんと描写していると言う事でもあります。実際、作画はきちんと手間をかけていますから。
ただ、一時停止で確認したところによると、この作品の舞台は2113年。残念ながら、100年の断絶はまるで感じられませんね。これは、十数年に留めておくべきだったのではないかと思います。現代に置き換えると、今から100年前って一次大戦より前ですよ?


閑話休題、セリフは多いものの、SFにつきものの設定説明はテンポ良くこなし、第一話として悪くありません。キャラクターも、わざとらしくない範囲で明確な描き分けをされており(中年・女・軽薄・主役)、やはり作劇の基本をしっかり押さえている様子。最初からキャラの名を憶えるなど無理なことを前提に、丁寧に考えられています。


脚本家の本領発揮の暴力・悪趣味描写は第一話と言う事で抑えめ。しかし、最初から各種の暴力を画面に見せることによって、「それが普通に起きる世界観である」と言う事を明示してアウトラインの地固めを行います。


何よりもしっかりしているのは、「売り」の柱である暴力(を描くことによるシナリオの幅)を、直接的なショックシーンと状況の理不尽さのセットで運用しているところ。


第一話では、主人公の人間的な判断が結果として良い方向に作用しましたが、これによって予想される展開の幅が確保されることになりました。特に、この段階で仲間(?)を撃つと言う事をやらせた以上、逆説的に主人公の行動に心理的障壁が生まれることになります。
全体として、冷たく悲惨な世界の中でろくでもない話が展開するのは間違いないのですが、どう料理されて展開していくかは楽しみな滑り出しと言えるでしょう。虚淵さんが「原案」なので、悲惨一本槍ではないんではないか、みたいなメタ予想も含めて。

とりあえず、来週以降も視聴を続けることにします。




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2012年10月13日

そのままだが…/劇場版まどか☆マギカ その2 「永遠の物語」 感想

ルミナス(期間生産限定アニメ盤)
ルミナス(期間生産限定アニメ盤)

↑ガンダムユニコーンみたいに、上映と同時に劇場売店でBlu-ray置けとまでは言いませんが、とても良くできているオープニングにやられてCDを買おうとした層が即入手できない生産体制は、どう考えてもおかしいですよ。


前編の感想はこちら
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さて、一週間はあっという間に過ぎ去り、劇場版 魔法少女まどか☆マギカ その2 「永遠の物語」の感想です。
例によって初日初回を視聴してきました。しかし、30分前に行ったら、駅ビル映画館に上がるエレベータの時点で行列が出来て整理人員が出ているとは。売れるのはよいことです。例え、映画の内容がひどい物だったとしても……

と言うわけで、結論から入りましょう。

1,作品として不細工その物。ラスト4話をつなぎ合わせただけ。問題外。
2,しかし、「商品」としては恐ろしく優秀。あざとさここに極まれり。


まずは、1の内容です。
前半であれだけの新作カットや映像差し替えがあったので、みなさん当然期待した事でしょう。しかし、後編に新作カットは数えるほど。しかも、109分という時間が示すとおり、基本的には本編映像を繋げて流しただけです。全体の再構成もされていませんから、話としての起伏・リズムは滅茶苦茶で、お世辞にも良くできているとは言いがたいです。

そもそもラスト4話は、終盤へ向けた最後の地固めとなるさやか救出作戦失敗の9話、設定の全てが明かされる単品としても成立する10話、エンディングの11・12話と言う風に、3つの大山が並び立っています。これをそのまま流してしまうと、一本の映画としては緩急が付かず意味不明になってしまいます。
一応、これを避けるために、9話ラストに新作カットを大量に入れて「起」として強調し、10話部分をエフェクトで総集編ぽく演出して「承」とするような演出を加えていますが、話の軸が違いすぎるので成功していません。原作で神がかった鋭さを見せた10話後の「コネクト」も、劇場版では蓄積がないので唐突なだけ。

まあ、元々総集編というのが残念な構成になってしまうのは仕方ないので、前編のように新作カット等で楽しめればいいだろう、と言う意見もあるでしょう。ところが、これがまるで成功しておらず、またファンが望んだであろうツボは見事に外されています。

どう言うことかというと、一番大きな追加部分である9話ラストのシーンは大失敗しています。ここで、ほむらとキュゥべえの会話がほむらの部屋からよく解らない墓地に変わっているのですが、画面構成上原作の「ほむらの部屋にキュゥべえが押しかけてきて語る」ではなく、「キュゥべえを捜し出してほむらが問い詰める」と言う風に変わっています。これは、意味が無いどころか有害で、絶望的な状況下でそれでも歯を食いしばって耐えているほむらにキュゥべえが追い打ちをかけに来る、と言うシーンの意味を失わせています。(従来の形式であればこそ、あのセリフ「無理に決まってるじゃないか」が効いていたのです)

何より、わざとらしい荒れた墓場は演出意図がよく解らず、「都会の闇で戦うやさぐれた魔法少女」と言う基本イメージを崩してしまっています。と言うか、シーン自体が非常に冗長。10話冒頭部分に追加された教室のシーンと合わせて、短い時間で一気に話を転がしていった原作の切れ味を失わせています。
こう言う演出変更が難しいのは解るのですが、前編で指摘した高架道路のシーンなどと合わせ、大失敗と言って良いと思います。
ニュータイプのインタビューによると、シャフトは総集編の経験がほとんどないようなので、仕方ないのでしょう。逆に、今後この経験を活かしてスキルアップして行けば、より注目株の製作会社になると思います。

逆に、総集編で追加、と聞いた時多くのファンが期待したであろうほむらループの追加描写は、驚くべき事に一切無し。細かな画面のブラッシュアップやエフェクトの追加はありましたが、描かれるループは原作10話に出てきたもののみです。確かにあそこにゴテゴテ付け足すのは切れ味を失わせるのですが、ちょっとした日常シーンやアクションをテンポを崩さない範囲で加えるだけで、視聴者の満足度は大幅に上がったはず。何故一番のツボを外してくるのか、理解に苦しみます。

一応良かったところも指摘しておくと、ラストシーン近く、謎空間で抱き合うほむらとまどかは、原作の全裸からオープニングに出てきたワンピースに変わっています。(どちらにせよシルエットですが)
原作の全裸は演出意図が不明で、戦い抜いた魔法少女服か、あるいは一個人に戻っての私服が良かったのではないかと思ったものです。(と言うか、イデオンじゃ有るまいし…… と言うね)裸は映像のインパクトが大きいので、視聴者の気を散らしてしまいますから。(お色気シーンが悪いと言っているわけではありません。水着も裸もウェルカムですが、シリアスシーンに意味なく突っ込まれると違和感が先に立ってしまう、と言う事です。大体、エロさで言ったらふわふわしたワンピースで微妙に胸が強調されていたり居なかったりするオープニングのまどかさんの方が、謎エフェクト全裸より余程エロティックです)
閑話休題、涅槃(?)で微笑むオープニングの二人と合わせて、魔法少女でもなく制服でもない、個人的な友人同士と言うのを強調する「揃いのワンピース」は、良い視覚効果を出していたと思います。エフェクトでワンピースが隠れてる意味は、よく解りませんが。


と言うわけで、全くもって誉められた内容ではなく、「要するに、本編を大スクリーンで見られると言う以上の意味は無いな。これで正規料金かよKSG!」とか思いつつ視聴を終えかかったわけです。一言「読めねえよ!」と言うしかない魔女文字で書かれたスタッフロールも、「今回は背景ないの!?」と言いたくなったエンディング(「ひかりふる」の流れる方)にも、気持ちが冷えるばかりでしたから。


ところが、です。「なんか灯りがつくの遅いけど、まだなんかあんの?」と思っていたところに流れた来年の新作映画予告編が、もの凄いできが良いのですよ。
ここまで本編やBlu-rayで見飽きた映像ばかりだったところに、思わせぶりなワードや設定の片鱗を散りばめ、内容を予想させつつ激しいアクションで画面を揺さぶってみせる。正統派の映画予告編で、もの凄い勢いで期待感を煽られ、本編の不満が吹っ飛んでしまいました。実にあざとい手法で、作品としての誠実さは下の下になるんですが、間違いなく観客は一定の満足を得て映画館を後にしたはずです。終わった後、周囲から聞こえてくる感想も、本編ではなく予告編に集中していましたし。

と言うわけで、このまどか☆マギカ劇場版後編は、ファンにとっては余り見に行く価値のない作品です。お布施と割り切って見に行くか、Blu-ray等を持っておらず久しぶりに本編が見たい/話題になっていた作品を見てみたい、と言った理由なら、足を運ぶ価値はあるでしょう。
ただ、あざとい手法で終わった後の満足度は一定程度得られますし、期待を煽る予告編が見られれば満足というファンは相当数居るはずなので、「映画作品としての不出来さとは別に」決してお勧めできない代物ではありません。
歯切れの悪い話になりますが、以上が感想となります。それにしても、Blu-rayが出ても、買うのは躊躇ってしまいますねえ。本編のBlu-rayを持っていれば、同じなわけですから。




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2012年10月07日

アニメ版「リトルバスターズ!」 第1話感想


Little Busters!/Alicemagic(初回生産限定盤)(DVD付)
Little Busters!/Alicemagic(初回生産限定盤)(DVD付)


「リトルバスターズ!」は、私にとって、Key系では「ONE」に次ぐ傑作です。幻想の家族にすがりついて物語の精度を大きく落とした、と言う感想しか抱けなかったAIR・Clannadに対し、物語の軸を友情においてシナリオに「すじ」を通したと言う評価です。
とは言え、前に書いたコンシューマベタ移植版(当BLOG内の感想はこちら)からAngelBeats!(当BLOG内の感想はこちら)最新作であるRewrite(感想はこちら)に至るまで、関連諸作は死屍累々。もはや何も期待できない状況です。
しかし、元から傑作だった作品のアニメ化というのは最後に残った希望ですから、きっといつかは京アニあたりが良いアニメを作ってくれるだろう、と待ち望んでいたわけです。ですが、蓋を開ければ悪名高い制作会社と微妙なイメージイラストで、警戒警報が鳴り響く中視聴となりました。

と言うわけで、手間がかかるので最近記事を書くのを止めていた、アニメの一話ごと感想になります。


最初の映像は伏線の波紋からですが、舞い飛ぶ光は無し。ひょっとして、各キャラ毎のルートを描かないと言う事なんでしょうか?もし全ルートを1シナリオにまとめてしまうと、意味が無くなってしまうのですが。


逆に本編最初のシーンは、原作では割とどうでも良いギミックだった学園バトルを上手く使い、開始数分でキャラの立ち位置を把握させていると思います。私がもともとキャラクターを把握しているせいかもしれませんが、一通りの説明は状況に沿ってなされています。


しかし、ハチ退治のエピソードは映像にするとガチでやばいので、他の何かに差し替えた方が良かったんでは?


そして、この演出の歯切れの悪さが、「今しかできない何か」を求めてリトルバスターズを拡張していくきっかけにまで引き継がれ、余りに掴みが弱くなっているのが大問題でしょう。
客観的に見て、痛くて恥ずかしいあの行動を魅力的に見せるのが、正に演出の役割なのですが。


また、要素の取捨選択にも問題が。こう言うゲーム的な演出は排除しないと、軸がぶれるばかりです。もともと本編のお遊び要素でしかない称号システムをアニメで展開したとき、どれほど残念なことになるかは自明ですから。

あと、真人を吹っ飛ばすリンの投球は「何あの威力?」とか理樹に突っ込ませておかないと、単なる漫画的演出で流されてしまうので伏線として機能しません。と言うか、あれだけだとただの寒い意味不明ギャグですから。


こう言うゆるいギャグもねえ……
はっきり言って、原作のこの手のギャグは別に面白くないんですよ。基本的に尺稼ぎですから。5人が仲良く楽しくしている描写が必要なのは確かなのですが、それは日常の中で自然に演出すべきだと思います。ゲームと違って、アニメは25分×話数という尺が最初から決まっており、大胆にオミットすべき部分を刈り込まないとろくな事になりません。

と言うか、「掴み」となるべき第一話でこんなシーンを延々と見せ、ゆるい会話を繰り広げるのに意味があるかと言えば、むしろ有害でしょう。



この、シナリオの死荷重としか言いようのない女子寮ミッションもですよ!
第一話で必要な状況説明は「リトルバスターズの仲間を集める必要がある」であり、それ以上は不要です。リンのコミュ障や4人の愛すべき馬鹿さ加減は、繰り返しますが日常・他のキャラ達との関わりによって描写すべきで、こんな事をやっている尺はないはずです。

リトルバスターズは、各キャラクターの関係性が話のキモなのに、加入メンバーは小毬が顔見せしただけで、初期5人の描写もまともにできてないじゃないですか。


状況説明にしても、理樹のモノローグ一本ではなく、仲間内の会話などで「口では嫌々と言いながら仲間を捜す」みたいな方向に持って行った上にしない理由が解りません。また、モノローグを使うなら、この学園の設定(全寮制)とかに絞った方が良いはずなのですが。

っていうか、キャラクターの魅力をセリフで説明するな!何のための動画だ!?


しかし、本当のゴミかと言えば、エンディングのようなツボを押さえたシーンも作れるみたいなんですよ。明け方に学校を抜け出し、並んで歩く早朝の町並み。あれだけで、仲間達の絆とその日常のワクワクを存分に感じ取れます。

ならば、物語はとっとと仲間を集め、彼らが一緒に過ごす日常の輝きを見せつけて、ラストへの道程を消化していかねばならないはずです。それこそが輝く一瞬で、時間をかけて描写すべき「尊い物」なのですから。
なのに、この第一話は、原作のつまらないところ・要らないところを集めたような構成で、売る気があるのか?ファンを増やす気があるのかと真剣に疑問を感じる物でした。エンディングの描写から、ヤマとなるシーンでは良い物を作ってくれるという期待が持てるので視聴を続行しますが、かなり不安を感じる船出と言って良いでしょう。

本当、もっと強い掴みを作れたはずなだけに、残念でなりません。



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2012年10月06日

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ その1「始まりの物語」 感想

魔法少女まどか☆マギカ GRIEF・BOX2012 劇団イヌカレープロデュース

↑コミケで並んで買ったこいつが、普通に劇場の売店に置いてあって何だかなあという気分に。


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10/14追記
後編の感想はこちら


と言うわけで、観て参りましたよ、「劇場版まどか☆マギカ 始まりの物語」。札幌の駅ビルに予約を入れて、朝一の回で鑑賞です。舞台挨拶の回もあったんですが、私は中の人に対して職人としての尊敬を向け、目視したいとは思わない方の人間なのでスルー。

では、例によって感想のまとめを先に書いてしまいましょう。


・元の地力がある上に、追加部分も概ね良好。納得のいかない部分はほとんどなく、良い作品に仕上がっている


正直、けなすところはまず見あたりません。総集編とは言え、本編の7割近い時間を取っているのですから当然でしょう。129分間の総集編で原作8話までを詰めており、良くまとまっています。
新作カットは思ったより多く、Blu-rayで直っていなかった作画が修正されている部分もかなりあって、予想以上に手間がかかっている印象。
また、細かな作画修正よりも、音楽が良くできている印象。マミさんの変身に歌が付いていたり、主題歌が変わっていたり。特に後者は、原作10話までの欺瞞を最初から捨てて、ほむらとまどかの物語に再構成したことを宣言しているアニメーションとマッチして、期待を押し上げてくれます。

作画については、主に原作3話のキャラ乱れが直っているのが嬉しいですが、一枚絵の背景を新規に起こすことで小さな手間で大きく画面を変えて見せており、相変わらず高効率。ただ、まどか達が放課後寄り道する場所が、喫茶店からフードコートに変わったことで、やや雰囲気が安くなっていますが。(ただし、等身大の中学生という雰囲気は高まります。逆に、ソウルジェムの秘密発覚後にほむらとまどかが会話する場所は、新規描き下ろしの学校屋上に変わっており、重苦しい雰囲気が増量)

削られた場面については、冒頭のまどかの夢や母の会社乗っ取り宣言、杏子絡みの細かいシーンが主。やはりさやかと杏子の部分は割を食いますが、これは全体の流れから考えると当然でしょう。私の愛する「マジカル☆スタングレネード」のシーンも削られてましたが、仕方のない所です。

さて、当然ですが全てが完全に素晴らしいわけではありません。問題点としては、やはり25分刻みの話をまとめた事による「引き」の弱さ・シナリオラインの混乱でしょう。これはもう総集編という物のサガなので、どうしようもありません。ただ、冒頭のまどかの夢を削ってしまっていたりするのは、伏線をすっ飛ばすことになるのでどうなんだろうと思ったり。鑑賞者がみんな原作を観た前提だからだと思うのですが、やはり一本の映画としては瑕疵を免れません。重ねて言いますが、総集編というのはそう言う物なので仕方ないのですが。

一方、幾つか描き直された場面で違和感があるのは、ちょっと困ったところ。
上で書いたように良い修正も多いのですが、一番きつかったのは、まどかとほむらがマミ死亡後に高架道路を歩きながら会話するシーン。ここは、背景の夕焼けとシルエットの工場街という対比の中で魔法少女の(つまりほむらの)絶望が語られるシーンで、原作の中でとても印象的でした。ところがこの映画では、背景の工場街は写真集でおなじみの無機質ながら美しいイルミネーションを灯し、空は黄昏の朱と闇が入り交じります。つまり、背景がうるさすぎて、シルエットで二人の感情と距離を表していた巧みな演出がぶち壊され、恐ろしく安っぽい画面作りになってしまっているのです。

特に、プラントに光を灯したことで、あの「都会の真ん中なのに、世界に二人きりしかいないような寂寞とした空間」が崩れ、演出の精度が恐ろしく下がってしまっています。
これは、緑のさやかに対する宣戦布告シーンが、狭い喫茶店からオープンスペースのフードコートに変わってしまったことで、雰囲気が大きく変わってしまって居る事とパラレルかもしれません。

こう言うのを見ると、手間暇金はかければいいと言う物ではなく、下手に手を入れたためにぶち壊されてしまう物もあるというのが、よく解りますね。いやはや、実に勿体ない。

とは言え、逆を言えば気になったのはその程度であり、全体的にとても良くできた作品でした。そもそも原作が極めて優秀な傑作ですから、それを映画館の大画面で見れるだけで、十分に満足のいく物になるのは当然と言えましょう。と言うわけで、ファンには120%、ファンでなくてもまどか☆マギカが気になっていた人は、是非見に行くべきだと思います。
いやあ、後半を9~12話だけに絞ったと言う事は、きっとあんなシーンやこんなシーンをガンガン補完してくれるでしょう。今から、来週が楽しみでなりません。



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Posted by snow-wind at 18:00Comments(0)アニメ・映像系

2012年09月18日

軸ブレがひどい/おジャ魔女どれみ ナ・イ・ショ 感想


おジャ魔女どれみ ナ・イ・ショ VOL.1 [DVD]


この前から何度かエントリーにしてきたとおり、放送終了から十年近く経って見た、おジャ魔女どれみに大はまりしておりました。
でまあ、最後に残った映像作品である「おジャ魔女どれみ ナ・イ・ショ」は、レンタルだの配信だのではなく、DVD所有の上で観ることにしたわけです。
と言うわけで、「おジャ魔女どれみ ナ・イ・ショ」全13話の感想です。

とは言っても、各話の感想を一つ一つ上げるつもりはありません。どの話もできが良いのですが、とにかくシリーズとして軸がぶれており、感動したにも関わらず非常に納得のいかない物が残ったためです。

と言うわけで、例によって先に結論を。

1,できは非常に良い。予算も手間も潤沢に投入され、丁寧な作品作りがされている。
2,しかし、シリーズとして軸がぶれ、「友情物語」として破綻している。
3,その破綻の原因は、「親の目線」の貫徹である。


まず、1から行きましょう。毎回背景やコスチュームを書き下ろしている丁寧さもそうですし、動きやデフォルメなどが高水準にまとまり、アニメーションとして豪華です。魔法や変身はバンクですが、そもそも魔法は後景に退いているので余り気にならず。デフォルメも、本編とは若干方向性が違うのですが(歯の描き方とか表情の崩し方とか)、別に出来が悪かったり世界観と極端に衝突しているわけではないので、「このシリーズはこう言う感じ」で流せます。

話としても、スポットの当たったキャラクタハーはきちんと立たせていますし、既存のキャラクターを壊すことはありません。むしろ、はづき回(11話)に典型的に見られるように、本編中の人間関係や積み残しを上手く消化し、シリーズのファンを納得させる展開になっています。


しかし、2です。
今回最大の問題は、各話で提示される問題に対し、ほぼ全てのキャラクターが「ピン」で立ち向かってしまうことにあります。おんぷ先生(4話・10話)が典型的なんですが、彼らは友達の手を借りません。もっと言えば、友達に手助けさせる余地を与えません、
これは友情物語としては完全に破綻してしまっており、本編からみると明らかに軸がぶれています。

具体的に言えば、4話のおんぷ先生の悩みは本人が解決せざるを得ないとしても、友人の誰かの言葉や態度を、きっかけとして使うべきでした。
10話はまだおんぷと他四人の相互フォローが見えるのですが、おんぷが手助けされる必然性が余りに弱すぎます。何が問題かと言えば、クラスメートの秘密を抱え込んで沈黙するおんぷ先生を理解し認めると言う役目を、父親が奪ってしまっているのです。あそこでおんぷ先生が「救われる」条件は、優等生が自白することではなく、誰かがおんぷの真意を理解して上げる事でした。そして、それは本来仲間達の役割だったにも関わらず、父が先に理由があるに違いない、と無条件でおんぷを信じてしまうため、仲間達の行動は二次的な物にしかならなくなっているのです。

逆に、はづき回(11話)では、仲間達が魔法で情報を割った上で、協力してはづきの背中を押します。これは、見事に友情物語として機能しています。(もっとも、はづきが仲間達に感謝するシーンが抜けてしまっているため、片手落ちなのですが)

そしてこの問題は、12話13話で頂点に達します。
非常にできが良い、そして魔法という物の限界を提示するが故に魔法少女物としてもっとも強力な12話で、仲間達はどれみを救えません。救うのは、ノンちゃんの母親と退院したゲンキで、仲間達はどれみの悲しみを見ていることしかできないのです。
別に、臭いシーンを入れる必要はありません。落ち込むどれみに寄り添い、そばに居てやる描写だけで良かったはずです。それだけで、たったそれだけで、友情という物の本質は描き切れたはずなのですから。

13話については、もっと話が深刻です。
このエピソードは、良くできているのですが、決定的に重要なポイントをすっぽり抜かしています。
それは、「どれみが最も大切にしていたのは友情だった」という前提です。どれみは、友達を何より大切にする存在で、だからこそ主人公でした。それ故に、4期終盤で仲間を見送る痛々しさが最終話で昇華された、あの素晴らしいエンディングが生まれたわけです。

ところが、13話においてどれみが孫に残せたのは、魔法を信じる心であり、母から受け継がれた娘・孫への想いでしかありません。ファミはどれみを見て感動しますが、どれみさんが本来孫に語るべきは、同じ時を過ごした「大切なお友達」の事では無いのでしょうか?そして、本来のどれみさんであれば、孫に残すべき思いは血のつながりという所与の代物ではなくて、自分の力で泣いたり笑ったりしながら構築した友情、「お友達を大切に」と言う思いでなければいけないはずです。
繰り返しますが、これは本編が友情物語であった以上当然のことです。1期のラストでどれみ達は友人を助けるために魔法を放棄し、4期のラストでは私を置いていかないでと叫び、多くの友人に囲まれて「世界一幸福」を自覚します。両親がステーキで釣るという全く空気を読まない解決法を提示して失敗するのは、この部分を強調するために必要なシーンだった、と言えるでしょう。

そしてこれも、本来演出するのは簡単だったはずです。例えばファミに、「どれみおばあちゃんがよく話していたお友達」とか言う形の言及をさせなかった、その意味が解りません。あるいは、最後の帰還シーケンスで、一人で呪文を唱える彼女の後ろに似たような魔女見習いのシルエットを出すだけで、受け継がれたのが単なる血や親子の情・家庭内の習慣と言った物ではない事を、示せたはずです。
実際問題、親が子どもに次いで欲しいのは、「血」だけなのでしょうか?そうであれば、子どもさえいればあとはどうでも良いはずです。しかし、多くの親は、子どもに対し、自分の、価値観まで言わないとしても、「大切に思っていること」を大切にして欲しい、と願うはずです。職を継いで欲しいとか、家を守って欲しいとか、そう言う諸々はつまるところそこに行き着くわけで。
ですから、どれみさんが後に残せた物に「友情の価値」が入らないのであれば、これは物語としては破綻していると言っても良いと思います。


で、3です。
なんでこのようなブレが生じたかと言えば、制作スタッフが子どもの目線を忘れてしまったからでしょう。この前買った資料集で、関プロデューサーが1期ヒットの理由として、親目線ではなく子どもの目線を徹底したこと、と書いていて感動したのですが、これを忘れているとしか思えません。(2期以降、強弱有りつつこの問題はついて回っていましたが)
つまりどう言うことかと言えば、親から見た理想の子どもとしてどれみさん達が再構成されてしまっている結果、親の手の届かない友情ではなく、親との関係で物語が進むようになってしまっているのです。
先に書いたおんぷもそうですし、肝心な所で母と娘・孫の話にしてしまった13話もそう。12話にしても、「ノンちゃんの母親」との雪合戦で終わるのは、主人公のどれみよりも、あの母親の救済を、優先させてしまったからでしょう。前回散々指摘したので繰り返しませんが、4期終盤の精度を著しく落としていたのも、この辺の混乱でした。まあ、あれは最終話でどれみさんが叫ぶことで、何とか誤魔化せていたのですが……

勿論このねじれて導入された価値観は、親子関係に的を絞った7話などでは有効に機能します。(息子から挑戦される親父さんの、何と嬉しそうなこと!)6話のばあや回も、でき自体は良かったです。しかし、最後に友情の話で有るかのように偽装していますが(あれをお友達って言われても……)、つまりはばあや・はづきの疑似親子物で、友情に出番が与えられていません。
当然ながら、それが悪いのではなく、そう言った方向性ばかりが貫徹して、本来もっとも重要なポジションにあった友情が蔑ろにされているのが問題なのです。そして、上にも書いたように、親達の介入がなければ、「おジャ魔女どれみ」としての作品精度は、はるかに強くなったはずなのです。


と言うかですね、前にふたつのスピカ・ドラマ版(大駄作)の感想で似たことを書きましたが、友情をテーマにした作品で、問題を大人が解決してしまっては、友情をテーマに、子どもを主人公に据えた意味などなくなってしまうのです。

そもそも、思い返していただきたいのですが、そんな主人公達の話を、子どもだった我々は楽しみましたか?
断じて、違うはずです。ドラえもん(超ファンタジー)から名作児童文学(リアルより)まで、我々がワクワクして親しんだ物語は、子どもがその力を振り絞って困難に向かい合う話だったはずです。その力とは、足りない知力や知識・体力と、それを補う友情で、追加である魔法だの科学だのはつまるところ「自分たちで」問題を解決するための小道具です。
当たり前ですよね?子どもだった我々は日々力の無さを良く知っていて、自分で・大人に頼らず問題を解決できる力を求めていたのですから。だからこそ、大人・親と言った「最初から与えられているもの」ではなく、「自分で手に入れた友情」は単なるリソースとしてではなく輝く価値を設定されるわけです。
別にこれは個人的体験の一般化ではありません。「ギャング・エイジ」と言う発達段階の定義は、つまりそう言う事ですから。

勿論、親子関係の話はあっても良い。お父さんやお母さんが魅力的な話は、決して悪いわけではない。しかしそれは副次的で、間違っても物語の中心に据えてはいけないはずです。そう言った親子関係至上主義が生み出した気色の悪い方向が、戦後の児童文学で淘汰されていったのは、事実なのですから。有名な早稲田文学の宣言が示すとおり、子ども向け作品は親向けの作品であってはいけないのですから。(興行的な意味で、親に目配りするのは当然必要ですが、それは勿論作品評とは別の話になります。良質な子ども向け作品が大人の心に響くのは、全ての大人は元・子どもだからだという事は、もう少し意識されても良いのではないでしょうか?)


これは完全な脇道ですが、親的な目線としても、自分が先に逝くことが確定している親子の関係を、一生の財産となる友情より常に優先する子どもは、本当に魅力的なんでしょうかね?子どもが友人との約束を優先して親の誘いを断るとか、親は悲しいと同時に、その成長が喜ばしいもんじゃないんでしょうか?少なくとも、うちの親はそう言う事を言っていましたが。


閑話休題、各話のできの良さに喫驚しつつ、余りに軸をずらした脚本にビックリしたのですよ。本編で友情を描ききったから、スピンオフとして個別エピソードを重視した、と言う事なのかもしれませんが、良質な外伝は関係性や前提が本編とリンクしてこそ。つまりは軸を共有していないと、作品全体をブレさせてしまうだけじゃないのかと思います。

そして何が悲しいって、このOVAは現在シリーズの最後で、以後補完される可能性は極めて低いと言う事でしょう。それこそ、追加エピソードとしてファミの時代を垣間見せて彼女がどれみの価値観を受け継いでくれていることを示す、あるいは年老いたあとのどれみの所に、かつての友人達が頻繁に訪れた、と言うような描写を入れるだけで、全く違ったはずなのですから。
余談ですが、私の曾祖母は学生時代からの友人とずっと仲が良く、私が生まれる前くらいまで(つまり存命中)は、遙か明治生まれのお婆さん達が実家に集まって歓談していたそうです。当時の写真など残っていますが、みな仲が良く笑顔でお茶会を楽しんでおり、「本当の友情というのは長く続く物なのだな」と言う認識を与えてくれます。ですから、私は「どうせ女性の友情なんぞ……」式のステロタイプには迷わず唾を吐きますし(いや、そう言うのが多いのは解っています。女の兄弟はおりますから)、友情なんぞ時間が経てば消えて無くなる、と言うのはメンテナンスを怠っただけだと言わせて頂きます。
つまり、どれみさんの友情は当然後にも続いたはずで、その「たからもの」を孫に残せなかったかのようなあの描写は、シリーズ締めくくりとして許しがたいと言うことです。
だから、是非続編とか作って欲しいですねえ。あ、追加エピソードが入ったBlu-ray BOXとかでも、この際問題ありませんので。と言うか、市中在庫のDVDは、いくら買ってももはや制作者に金は入らないわけで、Blu-ray BOXは早急にお願いしたいです。




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2012年09月02日

こんな素晴らしい作品だったのか!/おジャ魔女どれみ 全4期鑑賞

おジャ魔女どれみ(1) [DVD]


9/18追記 ナ・イ・ショの感想はこちら


少し前に書いたとおり、おジャ魔女どれみシリーズを、一期から順番に視聴しておりました。そして、このたびついにTVシリーズ全4期を視聴完了。ちなみに、見始めるまで把握していなかったのですが、「おジャ魔女どれみ」「おジャ魔女どれみ#(しゃーぷ)」「も~っと!おジャ魔女どれみ」「おジャ魔女どれみ ドッカ~ン!」の順で全四期。これに三期の時間を舞台としたOVA「おジャ魔女どれみ ナ・イ・ショ」が加わるそうです。

なお、短期間での走破完了は、ドラクエXの単調かつ退屈なLVアップ作業に平行して視聴でき、一気に進んだというのが大きいです。

閑話休題、感想は表題のとおり。
当初とかなり予定が異なり、途中で色々設定を足したり引いたりしているとは言え、4年間にもわたる彼女たちの成長の記録は、見事なドラマを生み出しています。一期で積み残された問題が四期で解決したり止揚されたり、踏み出す一歩の重さが伝わるドラマ作りは、教本になるレベル。
音楽も、アニメソング、つまりアニメという作品の一部として相乗効果で素晴らしく盛り上げてくれるパーツとして最高の素材で、関係ないグループの販促で選定されるまがい物とは一線を画してどれも好印象。AMAZONでCDを買い漁ったのは言うまでもありません。
魔法少女物としても、オモチャを売るという目的が上手くはまり、気持ちのよい・いかにも振り回したくなるデザインの変身道具が見事です。魔法で出てくるのは服だけで、その服は自力で着なくちゃならないというデザインは、発明じゃないですかね?衣装を単品で無理なく商品に落とせるわけですから。
個人的には、変身は2期のカスタネット型が好みです。デザイン単品としては、パティシエ服が最高峰。

何よりも、4期に渡って描かれた物語は、いずれも「友情」を基調として成長に伴う難題に向かう内容で、子ども達にとっては現在進行形の、大人達には「いつか辿った道」を示す身近なドラマ。キャラクターやドラマが余裕を持って丁寧に作られているため、感情移入度が半端無いレベルに達していきます。


なお、観はじめるきっかけ(その話を観たいが為に、最初から視聴していった)4期第40話「どれみと魔女をやめた魔女」ですが、本当に傑作でした。止め絵・引いたカメラと言った本シリーズの中では特異な演出技法に、淡い背景描写と歪んだ空間を組み合わせ、変わりゆく時間をガラスの揺らめき越しに表現する画面作りがまず最高。そこに、ここまで影の薄かった主人公・どれみを中央に据え、「大人には一人でなるしかない」と語りかける脚本。こんな物をテレビで流されたら、そりゃあ当時魂を粉砕されて一生アニメ道から足抜け出来なくなるファンが続出したわけです。確かに、細田守の最高傑作と呼ばれるわけが良く解りました。本人には不満かもしれませんが……

ただ、おおかみ子ども辺りの酷さ(感想はこちら)と比較すると、あの監督さんは積み重ねを描くのが苦手なのかなあ、と思ったり。重ねた結果を一点集中で出力するのは凄いのですが、映画は感動させるための前提が足りていない気がするので。


なお、もの凄い感動し、今まで観ていなかった自分を許し難く感じたわけですが、引っかかる点もありました。
一点目は、2期目からどれみ達に「母親」と言う役目を背負わせてしまった故の矛盾で、馬鹿でドジで元気な等身大少女のキャラが歪んでしまい、4期ラストまで輪郭が不鮮明になってしまったこと。何より、「子育ては甘くねえんだよ!!」と言う内容の「シメ」を母親がどれみに、どれみがももこにやるシーンなどは、背筋が寒くなるほど気持ちが悪かったです。母性至上主義は、得てしてこう言う無茶をやってしまうので、私は斎藤美奈子のアニメ批判には一定の理を認めます。(まあ、←の本は、評論云々以前に読み物として最高に面白いんですが)大体、小学校4年生(~6年生)つかまえて、貴様には母親としての覚悟が足りない!とかシメにかかる脚本って、普通に引きますって。大人だって引くでしょう。少子化ってのは、「そんな面倒なら回避します」と言う、合理的選択が取られた結果としての側面もあるわけでしてね。

他には魔法の扱いですね。別に体系が滅茶苦茶なのはどうでも良いのですが、「便利だから頼ってはいけない」と言う妙な戒めが貫徹していたのが気になるのです。要するにあれは、魔法界にとってはただのテクノロジーなわけで、それに頼らず「自分の手」でやるという規範は単なる反文明主義なわけですよ。2期で魔法に頼らず赤ん坊を育てようとする展開とか、頭を抱えましたよ。大体、あの物言いって、魔女や魔法使いにとっては喧嘩売ってる事になるわけなんですが、誰もたしなめないし。
この価値観が無自覚に貫かれるので、最後の「魔女にならない」と言う展開が説得力皆無になってしまっているのが、恐らく本作でもっとも厳しいところ。どれみ達は色々言ってるんですが、結局「魔法は必須ではない」と必要条件を述べてるだけで、「魔法はいらない」と言う十分条件は全く満たしてないのですよね。離ればなれになったら魔法は便利ですし、5人一緒なら永い時も越えて行けるはず。何より、全員が揃って魔法を拒否するというのも、全員が己の価値観で異なる道を選ぶというラストの中で浮いていて、何だかなあと言う感じでした。

これは、40話で悩んだ末に魔女の道を選ぼうとしたはずのどれみが、何の葛藤もなく、あまつさえ言わずもがなのような顔をして「魔女にはなりません!」と断言する事も一因でしょう。むしろ、それぞれの道を見つけて去っていく友人との対比として、彼女だけが初志を貫徹して魔女の道を選ぶ、と言う方が正しかった気がします。この後書く進路描き分けの問題ともかぶりますが。
このサイトさんが予想している(リンク先はリアルタイムの感想)ように、一人だけガラスの時間の中にシフトして、友人達の思い出を抱えて生き続けるどれみさんというのも、決して間違っていない「あり得た」エンディングでしょう。私が、ポーの一族や超人ロックが大好きな人間だという事を、さっ引いたとしても。

あ、最後に、5人が分かれるあのラストは本当に素晴らしいんですが、結局全員が親の意向を容れて友人より優先させる、と言うのはどうなんでしょう?オトコノコ向けの作品であれば、あそこはイニシエーションとして親の意向を越えて自らの価値を貫徹させるのがセオリーなわけで、さすがに違和感が強かったです。自分を思い返しても、あの年代で「親と一緒にいるか友人と一緒にいるか」を迫られて、前者を取る奴なんてまず居なかったと思うのですが。

これは大事な所なんですが、各人は自らの夢を選びますが、気色悪くも全員が全員親の意向通りなんですね。例えば、おんぷは私立中学に行く結果両親と一緒に住めるようになりますし、ももこなんか「友人より両親の方が自分のことを思ってくれている」と言う信じがたい理由で(あの年齢であの結論に至るのが信じられない、と言う事です。反抗期まで行かずとも、あの年齢の自分であれば共感できない価値観です)引っ越しを決めます。
と言うか、「巣立ち」を描くなら、友人より先に親から巣立たないと意味が無いのですよ。これは価値観の話ではなくて、一般に出生時から所与の物として与えられている親子関係は、ある程度自分の力で獲得された友人関係より当然古いもので、成長に伴って優先度が下がる順序が違うと言う事です。
ただこれはあくまでも、全員が同じであることの問題です。家族の再生を目標としてきたあいこがあの選択をするのは自然で、どれみでなくとも何とか笑って送り出したいと思うでしょう。はづきの選択が結果的に親の意向と一致したのは、一人だけなら許容範囲です。しかし、全員となると……
例えば、友人より夢と言う話にするにしても、親の用意した学校以外の学校を受験するとか、ドラマとして王道の展開はあったはずなんですよ。それを、あんな風に処理されてしまうと、斎藤美奈子でなくとも「これってどうなの?」と言いたくなります。明らかに物語の純度と切れ味を落としてしまっていますから。

ただ、これらの問題点は基本的には些細な傷で、このシリーズが傑作であることはいささかも揺るぎません。今書いた事というのはつまり、「減点要素は-50点分くらいあるが、他の部分で+200点くらい。だから100点を付けるのに何の問題もありません」と言う事です。

いやあ、本当に良い作品でした。計201話もあると中々人に勧めるのは厳しいですが、最近旧い友人に合うたびに「いいから観ろ!」と言って嫌がられるか、「まだ観てなかったのか!」と嘲笑われるかのどちらかと言う流れになっております。いや本当、一見お勧めとは正にこの事。TSUTAYA辺りに行けば一週間100円でしょうから、全話見ても5千円かそこらですよ。

やっぱり、マスターピースという奴は、ちゃんと補給しておくべきなんですねえ。
まあ問題は、押さえておくべきマスターピースもまた時間と共に積み上がり、人生で絶対消化できないと言う事なのですが。
それでも、生きている限り、無為に時間を過ごすことなく、もとい、本来無為な物に全力で資源を投資し浪費し費やして、素晴らしい物をどん欲に摂取していきたいと思いますです。

ああ、本当に良い話でありました。
あとは全13話のOVAが残っているのですが、これは配信やレンタルではなく、現物を押さえたいところ。とは言え、とっくに絶版なので、買って所有欲を満たしても、制作者には一文も入らないのが悲しい所です。Blu-rayを出すか、いい加減制作者向け投げ銭システムをどこかが実装してくれないものか……



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2012年08月31日

最近ひどい映画ばっかりだ/映画「プロメテウス」感想


プロメテウス (リンダブックス)

本作の脚本は有り体に言って意味不明ですが、↑の原作(ノベライズ)小説ではかなりマシらしいですよ。まあ、情報量が多いので当然ですが。


更新が映画の感想ばかりになるのは、時間が無いからですすみません。
まあ、時間不足の大部分は、ドラゴンクエストXなのですが。こっちも、その内感想を書こうと思います。



映画「プロメテウス」は、傑作SF映画「エイリアン」の前日譚です。

あらすじとしては、

2089年、世界各地の遺跡から発見された共通のメッセージ(星図)に導かれ、人類は未知の惑星へと足を踏み入れる。そこは、地球の生命を創造したエンジニアの星だと予想されていたのだが……

と言うもの。

でまあ、この段階でやばい臭いを感じ取れるようになったら、とりあえずハリウッド映画三級(適当)くらいでしょうか?
私は例によって期待作品として、「エイリアンの前日譚」以外の情報をシャットダウンして突撃したので、見事に地雷を踏んで天高く舞い上がる羽目になりました。

とにかくひどい映画だったのですが、問題点は割と明確です。3点にまとめると、

1,エイリアンの前日譚として、全く機能していない
2,SF映画としてあまりに大事な部分をおろそかにしすぎている
3,って言うか、B級映画として撮ったら傑作だったんじゃないの?

と言う感じ。


以下細かく感想を書いていきますが、思いっきりネタバレになりますので、嫌な人は回れ右して下さい。
あ、一応最後の一行だけは未見者に向けて書いてますので、そこだけスクロールして見るのはありだと思います。




では、1から行ってみましょう。
観てから確認した宣伝でも脚本でも、重視されるのは「創造説」です。ええ、インテリジェントなデザイナーがどうこう言うアレ。
とは言え、SFの題材として創造説は割とメジャーですから、それ自体が問題なのではありません。問題なのは、この創造説が本筋に上手く絡めていないこと。例えば、探検隊の組織は創造主にまみえて死を克服したい、と言う死にかけの爺さんの妄執によるのですが、なんで彼が、エンジニアをまみえると死を克服できると考えるのか解りません。多分、創造主=神と言う粗雑な連想なのでしょうが、人類をデザインした何者かの存在とそれが死を克服しているかとか言う話は本来別物なので、話が繋がりません。と言うか、素朴な創造主=神への到達の話をやりたいなら、SFは最悪の選択です。
大体、主人公からして創造説を信じている!と高らかに宣言する電波さんなのですが、その根拠は何もなく(本当に、何もないって自分で言ってます)何らかの「立場」を付与できるキャラクターではありません。これは、ぞんざいそのものの扱いを受ける反創造論代表者の監察官も同様。これでは、「エンジニア」は存在するのか、と言う本来なら中心になる課題は盛り上がりようがありません。

それ以前に、脚本の中心となる創造論そのものについてですが、これまた何も解明されません。
映画内で出る情報は、出てきた異星人が地球人と一致するDNAを持っていた、と言う事だけです。なんか、数名のモブが好き勝手な解釈を言っているのですが、彼らが人類を創造した証拠もなければ、関連性も不明です。(同じ情報で構成されているなら、むしろ同じ創造主に作られた人類の兄弟、と考える方がまだ自然だと思うのですが)

大体、千年間眠ってて本星はどうなってるのかとか、あの星は何だったのかとか、そもそもなんで人類をあの星に導こうとしたのかとか、何一つ説明されないまま終わります。と言うか、あの星自体単なる宇宙船のドックが二つあっただけみたいなんで、意味が解りません。

そして、最悪なのが「エイリアン」につながる部分。
この作品とエイリアンの関連を一言でまとめると、以下のようになります。

「旧作のエイリアン四部作は、人類を創造した異星人の謎を解きに行った探検隊が、ミスって生み出しちゃった怪物が暴れる話。今回の話で提示された問題とは、全然関係ありません」

スターウォーズエピソード1~3を観たあと、旧作を観たいという気持ちはある程度湧いてきましたが、プロメテウスを観たあとそう言う気分にはならないでしょう。だって、本筋と関係ないわけですから。



しかし、2.
これはハリウッド映画でありSF映画。演出とかシーン構成とか、お芝居として楽しければ問題はありません。
けれど、残念ながら、馬鹿で間抜けなスタッフは、とんでもない物を作り上げてくれました。

まず、物語は2089年の発掘現場から始まるのですが、1960年代と言われても違和感のないローテク現場。登場人物の格好も、現代の貧乏な大学院生そのままで、テロップがなければ誰も未来だと気づかない代物。
そこから一気に画面転換されると探査船プロメテウス号の中になるのですが、そもそも2089年という近未来で、超光速飛行が何の説明もなく行われていて系外惑星のテラフォーミングまで普通らしいと言う事が、特に解説もなく垂れ流されます。
それって、人類の社会や生活・常識に大変革が起きてるはずなんですが、登場人物どもはどう見ても現代のおっさんおばさんで、違和感バリバリ。

一応、先進テクノロジーが色々出てくるのですが、タブレット型端末だのアームで固定されてる薄型ディスプレイだの、「現代でも頑張れば作れるもの」ばかりで、画面の安っぽさ係数が異常な数値を叩き出します。
現代では実現されていない立体映像デバイスは幾つか出てくるのですが、これは20年くらい前の映画から多用されているガジェットで、今更新味は無し。それどころか、妙にモデルがローポリゴンだったりCG丸出しだったりで、むしろ安っぽさを際立たせます。


そう言うSFガジェットの問題を置くとしても、脚本の支離滅裂さは最高で、率直に言うと茶番劇です。
何しろ、ヘルメットが破れたら即死する大気なのに、呼吸可能な大気がある場所(しかも、密閉されているわけではありません!)に入った瞬間嬉々としてヘルメットを脱ぎ捨てる惑星探査の専門家ご一行様ですよ。なんか不気味だから、みたいな理由でいきなり任務放棄して母船に戻ろうとしたあげく、意味もなく迷って(施設内の3Dマッピング終わってたはずなのに……)イベント起こす専門家二人とか、特に急ぐ理由もないのに資料を持ち帰ろうとして静電嵐相手にチキンレースする羽目になるシーケンスとか、誰か止めなかったんでしょうか?
感染防御の措置も取らずにいるくせに、いざ何かあったらいきなり感染者を焼却する監察官とか、勝手に病室抜け出して手術装置(あれも酷かったですね。麻酔かけねえと患者が暴れて手術になんないだろ!)使ったあげく、血まみれのまま歩き回る主人公とか、一事が万事意味不明です。
そう言えば、アンドロイドはなんで主人公の夫に毒を盛ったんでしょうね?何かの実験だったのかもしれませんが、あんな方法を取る意味が解りません。

行動原理が意味不明で描き込みが全くできてないのは主要人物以外もそうで、唐突に自己犠牲に目覚めて特攻する艦長&艦橋スタッフだの、露骨に対立していた次のシーンで仲良く任務放棄して一緒に帰り出す生物学者&地質学者だの、そもそもなんで社長乗り込んでること隠してたの?とか、ツッコミ出すと切りがありません。
これは別にあらを探しているのではなくて、観ていて次々に「え、なんでこの人はこんなことしてるの?」と言うシーンが頻発するのです。

あ、そうそう。モンスター・ムービーとしても、しょぼい触手としょぼいメイクと格好悪いエイリアン(ラストシーンのみ)と三拍子揃い、多分初代エイリアンの方が遙かに恐がれると思います。あー、DNA同じとは絶対に思えない異星人もいたか。

なんか、触手の適当な使い方とタイラントそっくりの異星人に、バイオハザードがどんどんつまらなくなっていった過程を思い出して、悲しくなりました。


そして、3。
あのですね、この映画、B級バカ映画と割り切って作ってれば、多分面白くなったんですよ。傑作であるピラニア3D(感想はこちら)みたいなノリなら、「アハハ、ヘルメット取ってるよ!」「やった、やっぱり馬鹿が食われた!」「そんな手術システムねえよ!」と、ゲラゲラ笑いながら鑑賞出来たと思うのです。それを、エンジニア仮説とか要らんハード気取りをやらかし、「大真面目に馬鹿をやる」のではなく「馬鹿が真面目ぶっている」としか言いようのないクズ映画が仕上がってしまったわけで。


と言うわけで、本当にどうしようもない屑映画なのですが、最初からゴミだと割り切ってB級を鑑賞しに行くつもりならお勧めです。そんな一発ネタに高い3D仕様料金払いたくない、と言うのは全くその通りなわけですが。



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2012年08月21日

こいつはひでえ/映画 リメイク版「トータル・リコール」 感想


追憶売ります (ハヤカワ文庫SF)


↑原作はディックですから、そもそもそのまんま映像化してもハリウッド映えするはずもなく、改変は必然。とは言え今回のは……


「トータル・リコール」は、1990年に公開された名作(と言う事になっている)映画のリメイクです。
リメイク前からして色々歪だったのですが、圧倒的な視覚効果やスピードで推しきっていた作品でした。(念のため言うと、これはハリウッド映画の基本スタイルです)ところが、今回はもう滅茶苦茶。監督と演出と美術を、三人集めて殺し合いをさせたいくらいの状態です。

欠点は多岐にわたり、いつものように結論を簡潔に書くのが難しいのですが、無理にまとめるとこうなるでしょうか?


・設定が支離滅裂で滅茶苦茶
・そこまでして特殊な設定を導入したのに、演出と乖離している
・って言うか、センスが古くさいんだよ!


まず最初ですが、今回の設定は以下のようになっています。

「化学戦争で荒廃した地球は可住地域が限られ、2つの国家だけが生き残っていました。ブリタニア連邦(EU)は、従属国家『コロニー』(オーストラリア)を支配し、その労働力をフォール(地球貫通トンネル)で毎日通勤させることで利用していたのです。しかし、技術革新によりこの労働力は不要になったので、コロニーを滅ぼすことにしました」

最終段が、明らかに他の設定と繋がっていない事に気づくと思います。
労働力が不要になったのであれば、単に入国を制限すれば良いだけです。両国はフォールで繋がっているだけなのですから。

と言うか、フォールが完成する前は両国はどうやって交通していたのかとか、そもそも問題は労働力だけなのかとか、突っ込み出すときりがありません。フォールで侵攻してくるのが解ってるのに、防衛措置すら取らないコロニーとかね。あれ、出口から大量の質量を穴に放り込むだけで簡単に止められるでしょ。

と言っても、繰り返しギャグのようにしつこくプッシュされる妻役の工作員とか、無意味に射殺される親友(主人公の行動に必然性はありません)とか、脚本は何もかも酷すぎるので、段々どうでも良くなってきます。

そして、これは前作でもそうだったのですが、何故諜報機関が主人公の記憶をいじるだけで放置したのか意味不明なのですよね。監視置くくらいなら、殺しちゃえばいいはずなのですが。今回は一応罠として放置した、みたいな事を言ってるんですが、主人公の記憶が戻ったのは偶然で、何がしたかったのか意味不明です。

まあ、設定がおかしいのは前作からの引き継ぎ部分も大きいので、この部分はこれくらいで流しておきます。
ただ、新規に投入された設定で、有効に機能している物が1つも見あたらなかった、と言う事だけは指摘しておきましょう。

まあ、それ以前のものも多すぎますけどね。ブリタニアとコロニーは別の国のはずなのに、コロニー内をシンセティックが最初から大手を振って歩いてるし。それどころか、「シンセティック」が自律行動型ロボットだという超重要な設定(これが量産ベースに乗ったので、コロニーの労働力は不要となる)が、どこでも説明されてないとかな!


そして、2番目。設定の滅茶苦茶さが、むしろ問題の中心です。

何しろ、「化学戦争で滅びかけた地球」のはずなのに、登場人物達は常時素肌を剥き出しで、降り注ぐ雨に濡れまくります。一応ドーム都市かとも思ったのですが、終盤で主人公がガスマスクが必要なエリアからヘリで直接都市内に乗り付けているので、間違いなく地続き。
それどころか、ガスマスクを付けて活動している場所ですら主人公は半袖姿で、頭が痛くなります。

大体、コロニーをブレードランナー丸出しの「猥雑なアジアテイスト」で描いておいて、その中で平気で小綺麗なデジタルガジェットが出てくるのは、何考えて脚本書いたんでしょうか?それで居て、一番未来ガジェットとして強調すべきリコール社の施設が似非中国風ですよ。あのなあ……

デジタルガジェットを出すなら、猥雑な雰囲気と混ぜる方法はいくらでも在るわけです。ディスプレイをCRT風にして描写するとか、剥き出しの基盤とか、それこそサイバーパンクの十八番ですから。

この「小型のデジタル機器出しときゃいいだろ」みたいな投げやりな演出は徹底していて、前作でもっとも有名だった「変身装置で税関突破失敗」のシーンで使われるガジェットが、単なる「立体映像被せる首輪」になってる始末。退化してるじゃねえかよ!!

そもそも、「記憶が偽か真か」がキモなのに、開始直後に工作員視点のシーンを入れてしまう監督は、一回専門学校からやり直すべきだと思います。叙述トリックが成立しないでしょ!?
ラストシーンのシンセティックとの格闘戦(これ自体本作のダサさの真骨頂ですが)で、主人公の工員経験(植え付けられた記憶)が役に立つのかと思いきや、そんな事は全くない展開とかも。


でまあ、もう書いているだけでも疲れてきたのですが、3番目。
中盤に出てくるブリタニアの未来都市が、「エアカー」と「ジェットヘリ」と「縦横に行き来する空中エレベータ」と言う、泣きたいほどに20世紀テイスト。一周回って新しい、と言う事もなく、つまんないカーチェイス(路面との摩擦が無いせいで逆に安っぽい)から一般人を巻き込むことを微塵も考えないテロリスト面目躍如の連続アクションまで、最悪の予定調和が続きます。どう考えても先回りできるはずのない場面で、毎回出てくる妻役工作員とかね。

シンセティックとか、折角の自律行動ロボットなのに、普通に手で人間用マシンガン持って射撃するか格闘かの二択ですよ。ロボコップ(とED209)の方が、今観てもよほど未来でしょう。

この辺ひょっとして、あえて古さを残すためにわざとやってるのかも知りませんが、ウンザリするだけです。

映像は結構頑張っていると思うんですが、ゴミみたいな脚本とクズみたいな演出が全部ぶっ壊しているので、見に行く価値は全くありません。
いやあ、久しぶりに酷い物を見ました。今度見に行く予定の「プロメテウス」と違って、事前に覚悟を決めていったわけではないので大ダメージです。やれやれ。



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2012年08月15日

映画「おおかみこどもの雨と雪」 感想

おおかみこどもの雨と雪 (角川文庫)

多少の問題はあったとは言え、サマーウォーズは文句なく面白かったわけなので、同じ監督作「おおかみこどもの雨と雪」を、コミケついでに東京で観てきました。

しかし、残念ながら感想は「これはダメだ」となりました。
普段なら、何点かに絞って重要な点を指摘するのですが、今回に関しては問題点は単純すぎて、一言に絞れます。

つまり、
「主題を盛り込みすぎて破綻している」
と言う事です。

とにもかくにも、放り込まれたテーマ・要素が多すぎ、それぞれが完全に練り込み不足です。そしてその結果、全ての描写が中途半端かつ衝突を起こし、完全に作品が空中分解しているのです。

この映画に盛り込まれたテーマを、列挙してみましょう。
「出産」「子育て」「自然と文明とその選択」「子どもの巣立ち」「子どもの成長」「地方社会への溶け込み」「片親の苦労」……
それぞれがリンクしている部分もありますが、どれもこれも映画一本分の質量を持っています。しかもこれが、ほぼ平等に時間と労力を投入されているせいで、中途半端にならざるを得ません。

勿論、それぞれがサブのテーマであれば、構わないんですよ。トトロやサマーウォーズにおける美化された田舎のように、パーツとしての機能なら、アンリアルや描写不足などどうでも良くなるのですから。

ところが本作の場合、どれもこれも重要なパーツとして配置され、しかもことごとく中途半端。雪は同級生の女の子達から変だと言われただけで狼を捨て、雨はちょっと学校になじめなかっただけで自然に逃げる。(狼って群れの生物だぞ。自然界なめんなよ)貧困層に落ちたはずの母はいつの間にか車を新調できるほどの余裕を持っており、田舎への受け入れは「近所が親切だった」で完了。そもそも、「狼か人か」を選ばせるという母親の感覚も意味不明(父も人間として生きてきているので、母親に我が子が狼として生きることを許容する素地がない)で、まるで説得力がありません。

他にも、細かい部分で中途半端にリアルに扱ったまま放り出す洒落にならない描写が多く、まるで集中できませんでした。
例えば、狼男である父親は戸籍も免許もありそれまで人間として社会の中で生きてきた、という前提があります。そして、それが各種の小道具(免許証・子ども達の経る苦労)と共に提示されるので、どうしても「狼男とは何なのか」と言う所に疑問が行きます。しかし、そこは完全にスルーされます。
予防接種がどうこうとか児相が訪問をかけると言ったイベントもあるので、これまた「狼人間はどのような生物なのか」、「社会からの圧力をどうするのか?」と言う問題が湧いてきます。しかし、これもスルー。って言うか、予防接種もしてねえ子どもを細菌窟の田舎(下水道すらないっぽい)に放り出すとか、あの母親は子ども殺す気ですか?
あれだけ重要な雪の同級生の問題も、まともに描写しないまま重要な役割を振ったあげく強引な演出だけで終わらせるし、「話」になりません。

文部省推薦で補助金取ったせいなのか知りませんが、いい加減にテーマを絞り込んで一本の線にまとめる映画に戻って欲しい物です。新版時を駆ける少女は、そう言う映画だったわけですし。

そしてですね、本当に勿体ないのは、こんなに酷い脚本なのに演出は凄いんですよ。
風雨が吹き込む学校の教室で揺れるカーテンの演出とか、お約束を愚直に貫いてシーンとして完璧に決まっている。なのに、そこに至る脚本がグダグダなので、安っぽいダメシーンになってしまっている。
雪の上を転がる三人の描写は躍動感があり、観ているだけで幸せな気分になれます。しかし、そのシーン自体に意味は無く、その直後の重要な転換点(雨の変質)は超適当。
雪が暴走するシーンの緊迫感は見事なのに、転校生の描写がいい加減(初対面であの追い詰め方はおかしいでしょう。何らかの理由、あるいは「間」が必要なはずです)すぎて浮き上がってしまう。
こんなのばっかりです。

結局、見終わった時の感想は、「全52話×数期の長編アニメをダイジェスト2時間で見せられて意味不明」と言う物でした。今「おジャ魔女どれみ」マラソンが第3期まで到達しているせいでそう感じたのかもしれませんが、1クール1年くらいで描き込み、ちゃんと選んだテーマ一つ一つに向き合う労力と時間をかければ、素晴らしい物になったんじゃないかと思います。

正直、現状では脚本グダグダ演出だけ光っているという「晩年の宮崎駿」状態なので、まるで評価できません。
細田監督は、映画じゃなくてテレビシリーズを任せた方が、凄い物を作ってくれるんじゃないかと思います。それこそ、宮崎駿がコナンやホームズで名を馳せたように。



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Posted by snow-wind at 22:00Comments(3)アニメ・映像系

2012年08月01日

まどか☆マギカ MasterCard の勧誘が完全に詐欺である件

ちょっと洒落にならないので、書いておこうと思います。


魔法少女まどか☆マギカ MasterCard UPty誕生!
http://madoka-magica-card.jp/?cd=0002A


こう言うカードの紹介が、公式 twitter から流れてきまして、見に行ってみたわけです。
洒落で契約しても良いだろう、くらいの気持ちでね。
ところが、詳細にWEBページを見ていたところ、とんでもないことに気づきました。

このカード、なんと「リボ払い専用」なのです。

一々説明するまでもないですが、カードのリボ払いというのはサラ金真っ青の高金利であり、有り体に言って馬鹿しか使わない機能です。それが、最初から固定。

まあ、それ自体はいいんですよ。馬鹿しか契約しない馬鹿専用カードだって、あって悪いことは無いのですから。

問題は、この「まどか☆マギカ MASTER CARD」がリボ払い専用だと、リンク先のどこにも書いていないところ。
これを確認するには、ページ最下段左にとても小さく書かれている「UPtyの詳細はこちら」と言うリンクをたどる必要があります。

そのリンク先がこちらで、何やら解りにくい表が出てきます。
どう言うことかというと、実は「リボ払い専用」であることを明記した「UPty」そのものの紹介ページは別にあるにもかかわらず、わざと支払い方法の説明ページに飛ばすようになっているのです。

ただのリンクミスかとも思ったのですが、サイト全体を見ている内に、完全に故意の詐欺だと確信しました。

何しろ、上記ページにこう書いてあるのです。

※ お支払方法を聞かれた場合、「1回払い」とお申し出ください。自動的にすべて「リボ払い」となります。

これは、完全な詐欺です。
何故なら、「1回払い」と申し出る段階で、利用者は「リボ払い専用」であることを認識していないわけですから。これって、利用者が錯誤に陥っていることを前提にした説明書きですから、どう見ても詐欺ですよ。一般用語(広義)じゃなくて、法律用語(狭義)のね。
つまりは、わざと説明を省いて、リボ払いの認識がないまま顧客から利子をふんだくろうという魂胆です。額縁付きの錯誤誘発で、よく今まで裁判にならなかったものだと呆れてしまいます。
まあ、負けると解っていて、苦情が来たら個別に返金・解約に応じていたのだろうと思いますが。

それにしても、なんか検索するとポイントが多く付くことを褒め称えるページが一杯出て来るんですが、どう言うことなんでしょう?

閑話休題、最高に悪質なのは、この「まどか☆マギカ MASTER CARD」は、「リボ払い専用」である事を明記したページを一切経由することなく契約が可能な点です。
「僕と契約してカード会員になってよ」のリンクをクリックすると、そのまま契約画面に飛べ、リボ払い専用の特殊カードであるという事を明記したページは経由されません。「きかれなかったら答えなかった」?そんなキュゥべえのセリフが通用するのは、アニメの中だけなんですよ。

契約ページの規約も全部読んでみたんですが、リボ払いしかできないというのは、少なくとも明確には書かれていませんでした。支払いについての「当社規約にのっとり」の部分で、丸投げしているようです。


8/2 追記
コメント欄での指摘を受け再度確認したところ、ショッピング・キャッシングの表に支払い方式がリボルビング払い、と書かれていました。
最初に確認したときに見落としたのか(「リボ」で検索もかけたんですが……)追記されたのかは解りません。どちらにせよ、規約の部分については現在当てはまりません。


別に、好きな作品に関して、どんな下らない関連商品が出ようが残念なソーシャルゲームになろうが、私は文句を言うつもりはありません。金を払いたい人間が払えばいいのです。
しかし、このようにファンを詐欺にかけるような真似をされては良い印象は持ちようが無いですし、少なくとも提携相手の選定やコンテンツ利用の管理はしっかりするべきだと思います。

QBだから、みたいな許し方を絶対にしちゃいけないところですよ、これは。だって、冗談じゃなく実害が出るんですから。

幾ら何でも酷すぎる(と言うか明確な詐欺)なので、この件についてはエントリーを書かせていただきました。
皆様、ゆめゆめ引っかかったりしませぬよう。

闇金ウシジマくん 1 (ビッグコミックス)
カード関係の酷いところは本当に酷いんですよねえ。クレジットカードは、↑でも、ちょくちょく小道具として登場しております。


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Posted by snow-wind at 18:00アニメ・映像系

2012年07月25日

ダメだこのサイト/東映アニメBBで「おジャ魔女どれみ」を視聴

おジャ魔女どれみ(1) [DVD]

↑さすがの児童アニメで、DVDは1枚5話(1巻のみ6話)収録。レンタル屋で借りれば1期1,000円かそこらで全話見れます。対して、このダメサイトはと言うと……(以下本文参照)



私のオタクとしてのメインフィールドは、BLOGを見てのとおり、ゲームと小説でして、アニメはどうしても手薄になっています。
と言うわけで、定期的にマスターピース補充を意識的に行っているのですが、今回DVDレンタルより手軽な(はずの)、配信を試してみることにしました。

バンダイチャンネルの評判の良さは聞いていたのですが、今回視聴を思い立ったのは「おジャ魔女どれみ」。残念ながら版権所有は東映なので、東映アニメBBでの視聴になります。

回線も十分に太くなりましたし、名作にレンタルよりも直接的な形で金を払うのは、オタクとして気持ちが良いというのもありますね。
しかし、何より重要なのは、ネット配信というものの利便性です。YOU_TUBEは一時期オールドアニメの違法視聴地帯になっていましたが、あそこであれらが大量に視聴されたのは、無料である事よりもクリック一発で見れる利便性が受けたからに他なりません。そもそもあそこで観られていたような作品は、一週間レンタル105円が相場の、市場価値としては死んだ作品だったのですから。

と言うわけで、金を払って東映アニメBBの視聴を始めたのですが、感想は表題のとおりになりました。
とにもかくにも、「何故ネットで各種の映像が見られているのか」「そもそも見てもらうにはどうすればいいか」を考えていない、ふざけた代物だったのです。

順番に見ていきましょう。
まずは、基本的なスペックの面です。

1,無駄に容量がでかいくせに低画質
東映アニメBBは一話当たり400mb程度の容量となっています。ところが画質としてはYOU_TUBEと体感的に変化無く、かと言って低速端末で見るには無駄に巨大です。こう言う場合、画質と容量を分けた視聴モードを用意する物だと思うのですが、その程度もやっていません。

2,高い
上でも書いたように、児童向けのオールド作品は、DVD1巻あたり4話程度で一週間105円が一般的な市場価値です。それに対し、ここに限らず配信は一話105円、まとめ視聴でも一話80円程度と市場価値の四倍の値付けです。
加えて、画質はDVDより落ちているわけです。また、DVDと違ってレンタル→ダビングと言う事も出来ません。それはそもそも違法云々というたわごとは、DVDメディアの補償金を撤廃してから言って貰いましょうか?
要するに、市場価値の4倍の値付けに見合う物ではありません。


そして、「ネット配信」として余りに不細工な諸々が、ユーザー=私の怒りをかき立てます。


3,パソコン一台限定
本当にビックリしたのですが、視聴はDLした「パソコン1台」でしかできません。
居間のパソコンで見ていて、家人が帰ってきたのでノートパソコンで続きを、ですとか、スマホに放り込んで出先で見る、と言うような現在当たり前になっているマルチ利用ができません。こんなところで、DVDに完敗するとはどう言うことでしょうか?
それどころか、公式ページに堂々とPC買い換えたりOS再インストしたら、ライセンスもう一回買え、と書いてある始末。客をなめている、とは正にこんなのを言うんだなあ、と実感しました。

※こう言うことを書くと、毎回「windows media DRMだから当たり前だろ」みたいな説教をしてくれる人がいるんですが、ユーザーとしては「知るかよ!」の一言です。そんなもんを採用するなと言う話をしているときに、採用したソフトの仕様の話なんぞされても意味がありません。
採用されているDRMの仕様を調べてから使うべきと言う話になるなら、そんな詐欺サイトの確認みたいな事をユーザーがしなければならない段階で、広めるのは無理なんですよ。iTunesやAMAZONを見習えと言うのは、正にそう言う事です。

4,視聴「開始」にネット環境必須
東映アニメBBは、ローカルにファイルを置いておけるのを売りにしています。が、上記のように、パソコン一台のみ限定なので、全く意味のない機能になっています。
しかし、ローカルである以上、本来なら回線が繋がらない場所でも見れるのが、もう一つの売りになるはずです。
ところが、この視聴、DL時に認証が必要にも関わらず、「各話」の視聴「開始」時にも認証が入ります。つまり、喜び勇んで出先に持って行ったりすると、ファイルはあるのに認証ができず視聴は不可能になります。
しかも、認証の先読みのためか、認証が入る1分ほど前(アニメならエンディングが流れている最中)から、再生中の映像が途切れます。

ちなみに、事前に全てのエピソードを数秒間再生しておけば、一応この問題はクリア出来ます。もっとも、短期間で認証を繰り返すと、ソフトがエラーを吐いて「OSの再起動」をしない限り動かなくなりますが。恐らくコピープロテクトの一環なのでしょうが、喧嘩売っているとしか……

5,IEで落とせ
笑えるのですが、ファイルのDLはIEでないとできません。DL/視聴に専用ソフトまで用意しておいて、ファイルの登録がIEを介さないとできない意味不明の仕様になっているのです。
なんで自分のページからファイルをDLするのに進めないのかと、迷いまくることになりましたよ。あ、Macにも対応してないらしいですから、注意した方がいいですよ。
勿論、こう言う諸々は、FAQ漁らないと出てきません。クレジットカード番号入れる前に警告があるわけでもありませんので、余裕で返金義務が発生するんですが、東映は馬鹿なんでしょうか?誠実以前に、トラブルの元ですよ。

6,月額プランは、もっと意味不明
第2期が丁度、月額見放題プラン(バンダイチャンネルと違い、一月ごとに6本程度が入れ替わるだけ。はっきり言ってショッパイです)の対象になっていたので契約してみたのですが、これまた酷い内容。
まず、月額プランの場合強制的にクレジットカード番号がサイト側に記録されます。(これ、ガイドラインに違反してる気がするのですが……)そして、毎月強制的に更新されるという仕組み。
なお、クレジットカード情報の「削除」はできず、これを防ごうとする場合はデタラメな情報に「変更」しておくしかありません。だから、情報削除できないのは、個人情報保護上大問題だろうと……

しかも、これで見放題プランの対象となった作品は、何故か一括DLの対象となっておらず、一話一話クリックしてDLする必要があります。本当に馬鹿ですね。
DLした後も、専用ソフトで一括登録ができないので、一話終わる度にクリックし直すゴミ仕様。こう言う見放題プランは、リストに放り込んで流し見と言うのが基本スタイルになると思うんですが、不可能となっております。一応、メディアプレーヤーを起動して自分でリストを作れば並び替えはできますが、タイトル順で並び替えると話数一桁と二桁が混在し、結局手動で並び替える必要が出てきます。ド素人ですか?今時、その辺の一般人だって、CDのリッピング時などにこの手の問題はクリアしてますよ。
と言うか、桁数揃えれば良いわけですし、そもそも何のためのDL/再生一括管理ソフトなのかと。


・結論
海賊版よりも低品質で不便極まるサービスなど、誰が使うか!
結局、音楽業界がiTunesになぎ倒されたように、映像産業も黒船にボコボコにされるまでこう言うことを繰り返すんだろうなあ、と言う予想が容易に出来てしまうのが悲しすぎます。
そもそも、違法視聴ではなく公式配信を選ぶ段階で、ユーザーは有望な顧客に他なりません。その相手に対し、注文の多い料理店よろしく、無意味な手間や理不尽な制約を課し、「著作権保護にご協力下さい☆」とか抜かされても、「そもそも協力してるから金払ってるんだよ!死ね!」と言う感想しか湧きようがないのですよね。
これは、ちゃんと正規料金を払って映画を見に行く度に見せられる気持ちの悪いCMや、発売日にゲームを買ってきてワクワクしながら起動した途端に見せられる、雰囲気ぶち壊しの警告文と同じです。あれらはまあ、ボタン押すなり15秒待てば消えてくれますが、ここに見られるような不便さは、そのままユーザーにのしかかるわけで。

おジャ魔女どれみが、十数年前に友人が絶賛していたとおりの作品で、(時代性から来る経年劣化は否めないものの)かなり楽しめただけに、残念でなりません。
あと、東映アニメBBは、運営会社が変わりでもしない限り、二度と利用しないと思います。マスターピース補完欲が高まったら、まずバンダイチャンネルなりオフラインのTUSTAYAなりを覗けばいいかなと。


8月19日追記
払い込んだ一月分の特定作品視聴権で「#」と「も~っと」を見終わって、第四期の配信ページを見てみたら、何故か現在利用不可。
どうも、月額配信に前後する物は、通常の配信を止めている模様。ええと、本当に馬鹿なんですか?月額定期への動線確保とか考えてるのかもしれませんが、前期まで見終わって次の期が配信されてなかったら、普通に客は逃げますって。大体、一般視聴の方が高いわけで、そちらを選んで翌月を待たずにすぐ見たい、という需要を根こそぎ無視するって、商売としても悪手ですよね。
これなど正に、わざと不便にして長く美味しい客を…… と言う事なんでしょうが、いい加減にしろよと言う感想しか湧かないわけです。そもそもレンタルじゃなくてネットを利用する客は機動性を何より重視するわけで、その斜陽産業たる邦画業界の大艦巨砲思想から抜けないと、いくらキラーコンテンツがあっても沈んでくんじゃないですか?こうやって、資産を活かすことなく沈没させているわけですし。




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2012年07月17日

2作目はやっぱり……/映画「ピラニア・リターンズ」 感想

Score

↑日本のAMAZONではサントラしか売っていませんが、本国ではDVDも発売済。もっとも、輸入してまで観る価値があるかというと……


傑作馬鹿映画だった、前作の感想はこちら


北海道では8月公開、しかも2Dのみとか言う悲しい田舎仕様だったので、連休に本土まで遠征して「ピラニア・リターンズ」(原題は、前作最後の予告にあったとおり「ピラニア3DD」)みてきましたよ!
……嘘です。用事のついでに観ただけなんです。でも、それくらいの価値はあると思ったんですよ。鑑賞する前は!

と言うわけで、去年観た作品の中ではエンジェル・ウォーズ(感想はこちら)と並ぶ、素晴らしい馬鹿映画だったピラニア3D、その続編たる「ピラニア・リターンズ」を鑑賞してきました。
そりゃあ、観る前はワクワクしっぱなしで、トイレに貼ってあった多分公式の宣伝ポスター(前作同様漫画太郎謹製)にニヤニヤしてたわけですよ。
ところが、これが困ってしまうくらい残念な映画だったのです。

設定としては、前作から一年。ピラニアの大増殖でゴーストタウンになったヴィクトリア湖の近隣で、安全なプールがオープンしようとしていたが、そこにピラニア大襲来、と言う、本来外しようのない設定です。

しかし、面白くない。

勿論、馬鹿映画として最低限の水準は満たしているのです。しかし、前作のように、ポップコーン片手に身を乗り出し、馬鹿笑いしながら(許されるなら奇声も上げたいくらい)ノリノリで鑑賞できる傑作かというと、全くそんな事はないのです。

この原因は、大きく3つに分けられると思います。


1,シナリオラインがグダグダで描写不足
2,そのくせ、無駄な要素が多すぎ
3,って言うか、予算足りてねえよ!


1ですが、前作は「湖に溢れたピラニアが、徐々に被害を拡大させ、最後はフェスの最中に大襲来」と言う物でした。要するに、「ピラニアが出たぞー!」と言う舞台説明を済ませたら、あとは「オッパイ → 血しぶき」のコンボをらせん状に束ねて、シナリオが進む毎にこの規模が大きくなっていく形です。シンプルですね。

ところが、今作の場合、シナリオが解りやすく繋がっていません。
まず、序盤にピラニアの被害が出るのは、「前作の舞台であるヴィクトリア湖の、近くの湖」です。と言う事は、まずは「ヴィクトリア湖 → 今回の湖」のピラニア移動を描写しなくてはならないのですが、これがありません。「何故かその湖にいたピラニアが被害者を食う」だけです。そして、「何故そこにピラニアが居たのか」は、前作のドクが口頭で説明するだけ。ちゃんとピラニアの巣を出したりして盛り上げていった前作とは雲泥の差です。
しかも、トリであるプールへの襲来は、「実はプールの水は地下湖から汲み上げた物だったから」と言う理由。つまり、序盤のピラニアの被害とプールの被害は関係ないのです!

また、ピラニアの移動能力をしきりにアピールしているのですが、これもシナリオには全く関係ありません。って言うか、地下湖から汲み上げてたなら、オープン前テストの段階で奴ら来てたと思うのですが……
「馬鹿映画なのでシナリオなんざどうでも良い」と言うのは、「細かい事が気にならないように解りやすい話にしなくてはならない」と言う意味です。どうも、その辺を勘違いしているとしか思えませんでした。
と言うか、シナリオは本来「どうでも良い」のではなく、「個々のシーンを盛り上げるための演出の一部」だと言う事を再認識したり。

段々と話と演出を盛り上げていって、最後の狂宴に繋げるには、余りにもシナリオ(と言うか進行)が力不足です。


そして2。
恐らく本編の迷走にも関わってくるのですが、余計な要素と共に「伏線だと思った?残念、何の意味もありませんでした!」みたいなシーンが多すぎます。最初の死体からあふれる卵やギャグシーンなど、ピラニアが生物に卵を産み付けているのかと思ったのですがそんな事はありませんし、「頭がよい」とアピールしていた割にやってる事はただの体当たりで、前作と同じです。
結局何の意味もなかったロシア人の医者や、活用されることの無かった馬鹿カメラもそう。って言うか、アダルトプール、結局最初しか出てきませんでしたよね!?
完全に「なかったこと」になっている前作ラストの伏線は、次に書く予算不足の問題だと思うのですが。

デヴィッド・ハッセルホフの本人ネタは、ゾンビ・ランドのビル・マーレイ同様面白かったんですが、アレも露骨な尺稼ぎでしたしねえ……


でまあ、全ては3に集約されると思うのですよ。
今回、明らかに予算が足りていません。エキストラは足りないですし、残虐シーンも控えめ。オッパイも、綺麗で大きなオッパイは少なく、多分女優に余り金をかけられていません。観た映画館の問題もあるかもしれませんが、3Dも今一で、前作のパラセーリングにおける「オッパイだけ画面から飛び出してくる衝撃映像」みたいな、3Dを最低かつ最高に利用しようという気概は観られません。

大体、折角のプールなんですから、色々できるじゃないですか。ウォータースライダーをピラニアが滑り降りてきてギャー!とか、波のプールでザッパーン!とか、それで外れたビキニのトップからピラニアがこんにちはとか、3秒ごとにIQが1%低下するような、そんな諸々を期待するじゃないですか!なのに、画面では、単にエキストラが安っぽく逃げ回っているだけ。
ラストのショックシーンをあんな風にするのなら、子役もちゃんと食わせろとか、色々言いたいことが目白押しになります。しかし、そう言う諸々は、SFXや撮影期間や役者のギャラを削る中で、きっと次々に切り捨てられていったのでしょうね。
続編需要を当て込んだ、短期・低予算企画、そんな身も蓋もない事実が、画面からにじみ出るような80分でした。


あるいはこのピラニア・リターンズ、「2作目は劣化コピー」という、B級映画のお約束を忠実になぞる、と言うネタなのかもしれません。でも、B級はB級でも間違いなくある種の芸術として完成していた前作に対し、「ほら、ネタだからこんなもんでいいよね?」みたいな志の低さが鼻に付く本作は、評価することはできません。
くそまじめに、真っ向から、魂を賭けて作られていた前作は、やっぱり奇跡だったんでしょうかねえ。

実に、残念でした。前作は、本当に素晴らしかったのですが……



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2012年06月10日

まんがタイムきらら☆マギカ 創刊号感想

まんがタイムきらら☆マギカ 2012年 07月号 [雑誌]
まんがタイムきらら☆マギカ 2012年 07月号 [雑誌]

数年ぶりにニュータイプを買ったときもそうでしたが、まどか☆マギカ絡みでまた滅多に買わない「雑誌」という物を買ってしまいました。もはや購読どころか読む事自体ご無沙汰の媒体なわけですが、本当に優れたコンテンツというのは色々な方向へ消費を喚起する物です。

とは言え、雑誌という物の限界もまた、良く見えてくるのですよね。掲載されている情報、映画公開日などはこれが届く前にネットで発表されていますし、関連グッズの宣伝なども同様。声優のインタビューなどは、私は全く興味が湧かないので飛ばして終わりですし。
ただ、監督のインタビューは、通り一遍の内容ですがそれなりに興味深かったり。映画で総集編という手法は旧世紀の遺物も良いところのメディアミックス(笑)なのですが、制作側も余り乗り気ではないようで。これが上手く行ったら、同じ手法が流行るかもしれませんが。
それならそれで、ありがたい話だと思うんですけどね。とにかくコンテンツの供給量に消費時間が追いつかない現在、ブラッシュ・アップされた物が短時間にまとめて視聴できるなら、映画代など惜しくないというオタクは多いはずです。ネットという無料・廉価の娯楽がひしめく強敵を相手に、質を売りにする旧来のメディアが対抗するとしたら、利便性を上げていくしかないわけですから。(この場合、質を落とさない形での視聴所要時間の短縮)

閑話休題、このまんがタイムきらら☆マギカは、一言で言うと「雑誌形式のアンソロジー」です。同人作家をかき集めてきて雑誌が一丁上がりというわけで、恐ろしく志の低い、と言ってしまったら言い過ぎでしょうか?
まあ、同人誌としてみた場合、このボリュームで680円はお得なので、そこは問題ではありません。作品の質としても、「巴マミ17年後」の人の連載があったり、決して低くありません。半分が今一なんて、雑誌じゃ当たり前なわけで。

ただ、余りに編集がこなれてないんですよ。例えば、「ほむらがループしたら妙なパラレルワールドだった」と言う作品が多すぎますし、ギャグとシリアスの配分比も各作品で大きく変わりません。と言うか、シリアス作品はほとんど見あたりません。「まどか☆マギカ」と言うお題が最初から決まってしまっているわけですから、ちゃんと色々な方向性の作品を出さないと、どうしようもない同人アンソロ以外の何者でもなくなってしまいます。

第一、おりこやかずみレベルの半公式スピンオフやうめ先生の短編と言った、話を聞いたときに期待した諸々が一切無いのは余りにも……
最初に書いたとおり、同人アンソロとしては悪くないんですが、そう言うのはそれこそ同人誌を読めばいいわけで。もう少し、志とクオリティの高い物を期待したいところです。と言うか、うめ先生の作品を、Blu-rayのおまけレベルの物さえ載せなかったのは、本当に何故なのでしょうね?商売をしている側と作品を作っている側の齟齬が、またぞろ大きくなりつつあるのかなあ、と監督インタビュー内容と合わせて勘ぐりたくなる所です。まあ、間違いなくそうなんでしょうけど。

とは言え、優れたコンテンツを作った所は、ついてくる奴がいる限りは汚い商売をする資格があるわけですから、この雑誌にしても、見るに耐えなくなるまでは買い続けようと思います。結局、次の「優れた作品」の発生率を上げるのに、こうした「債権回収フェイズ」に付き合う事は、残念ながら有効なわけですから……



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2012年05月30日

『這いよれ!ニャル子さん』 原作1巻 アニメ1・2話 感想

這いよれ! ニャル子さん (GA文庫)這いよれ! ニャル子さん 1 (初回生産限定) [Blu-ray]


数少ない自由時間を何に使うかの取捨選択が、解体される財閥のように進行した結果、ボードゲームを除くほぼ全てのオタク活動が滞っております。

ですが、一応他の分野も撫でるくらいはしておきたいわけで、ニャル子さんは原作→アニメの順で触りを見てみました。


結果出てきた感想:
クトゥルフ神話は20世紀最大の同人シェアワールドであり、このくらいで怒っちゃダメだ。壁を殴って耐えるんだ、俺!


はい、勿論耐えられませんでした。
しかしこれは、決してクトゥルフで萌えキャラとか、そう言う話だからではありません。邪神が萌えキャラ化されるなんて珍しい話じゃありませんし、大体私が最初に触れたクトゥルフ物なんて多分菊地秀行のあれですよ。おかげで、今でも一番好きなクトゥルフの短編は『ピックマン氏のモデル』です。切れ味のいい短編って素敵。

閑話休題、我々良く訓練されてるわけで、「わしはクトゥルフと言ってのう」とか言う老人が出てこようが、ニャルラトホテップが空を覆って対空ミサイルをはね除けながら強襲してこようが、それくらいで腹は立てないわけですよ。ヒロインがネクロノミコン?フェニックス・ホークとアトラク・ニャチャが格闘戦?全部まとめて素晴らしい!
……ごめんなさい。「温帯」に関しては、まだ亡くなってなかったら悪口の2~3個はおまけで付いた気がします。


とにかく、諸々と違って、この「這いよれ!ニャル子さん」は、余りに肩すかしでした。ニャルラトホテップが萌えキャラ?良し。主人公が人格破綻者?良し。ルルイエがテーマパーク?良いじゃないか。
ですが、それらのネタは、これっぽっちも全く全然、クトゥルフ神話からの引用を活かせていないのです!いや、引用するならするで、やりようがあるだろうという話なのです。

例えば、ルルイエランドがテーマパークだというのなら、SAN値がどうこう言うのなら、ちゃんと設定を組んで狂気的な存在として描くべきでしょう。邪神名が種族名だというのなら、「来た奴がそう言う性格だった」で終わらせず、なんでそう誤解されたのかとか、話の膨らませ方はいくらでも有るはずです。
何しろこの作品、クトゥルフパロディを除いたら、クスリとも笑えないありきたりな話なんですから。

その際たるものが、人格破綻者で共感不可能な主人公と、逆に『単なる』萌えキャラのニャル子さんでしょう。

例えば、主人公は初対面の女の子の手にフォークを突き刺すようなキチガイなんですが、これをただのギャグとして描く意味は何でしょう?普通に考えて笑うどころかどん引きですよ。
しかしこれを、「一見可愛いけれど未知の物に関わってしまった者」の行動として描くことは可能なはずで、それだけで一気にクトゥルフっぽくなり、パロディにも深みが増してきます。

一番酷いのは、ニャル子さん。彼女は基本的に良いキャラなんですよ。ヘタレで狂っていながら、その攻撃対象を化物に絞ることで上手く邪神をアレンジしています。オタク文化がどうこう言うのは(最近だとアウトブレイク・カンパニーなんかもそうですが)オタクの恥ずかしい自意識が垣間見えて痛いはずんですが、何せニャルラトホテップなのでありになります。クトゥバに言い寄られてへたれる所とか、悪くないと思うんですよ。
ところが、事もあろうに一巻最後(アニメだと2話)で、ニャル子は「主人公が本当に好き」と言う事をいともあっさり表明してしまいます。これって、全部まとめてぶち壊しなんですよ。
「ニャルラトホテップだから全部許される」と言う事の意味は、奴は何を考えているか解らない・人間とコミュケートする人格は持っていても、底の部分で価値観どころか前提が異なる存在だからです。つまりは「そんな行動・態度は擬態だよ」と言う可能性が常にあるわけですね。
だから、萌えキャラとして振る舞えば振る舞うほど、逆にある意味原典に忠実になっていきますし、萌えている自分を外から眺めるメタな視点(「また騙されてるよ、この馬鹿」と言う視点)も入ってきて、見事にクトゥルフパロディとして成立するのです。ツンデレの逆と考えれば、解りやすいでしょう。
にもかかわらず、一巻最後の、あのどうしようもなく下らないシーンですよ。本当、擬態としての可能性を留保するだけで、いくらでもクトゥルフ物になるというのに。
と言うか、あんなオチにするなら、なんでニャルラトホテップなんですかねえ?ダーレスによって軒並み着ぐるみモンスター扱いされた、その辺の邪神にしとけばいいじゃないですか。あるいは、有り難くも安っぽい「旧神」の連中にしておけば、普通にシナリオラインも整理されたでしょうに。

と言うわけで、お話として、クトゥルフパロディとしても最悪の部類という感想になりました。愛と機転のないパロディは不愉快な物です。

クトゥルフ神話TRPG (ログインテーブルトークRPGシリーズ)
クトゥルフ神話TRPG (ログインテーブルトークRPGシリーズ)

もっとも、このブームのおかげで、↑のルールブックが再版を繰り返して馬鹿売れしたようで、素晴らしい事です。一冊買い足しちゃいましたよ。SANチェックは素晴らしい物です。ついでに、枯れ野と化しているTRPG業界に人が来てくれるといいなあ。
……どうせみんな、オンセで済ませちゃうんでしょうけどね。あれはTRPGとは全く別の遊びなので、頑張って仲間集めてプレイして欲しいもんです。

もっともクトゥルフの呼び声は、難しい部分があるのは確かなんですけどね。
あの、「ホラーの登場人物をプレイする」つまり「危険に首は突っ込む」「しかし、死ぬことを目的とするわけではない」と言うバランス感覚は、キーパーとして、伝えるのがなかなか難しいところです。

まあ、TRPG仲間が見つからない人は、コンベとか参加してみるといいんじゃないでしょうか。
はじめようとする人は学生が多いと思うので、「近くの大学名+TRPGコンベンション」とかでサーチすると、割と出て来ると思います。社会人の場合も、大体コンベって年齢制限とかありませんから、同じ方法でOK。あ、「住んでる都市名+同上」ってのも大ありです。「やりたいシステム名+同上」とかね。サーチ範囲を最近にしておかないと、古い情報ばかりで困ったことになりますが。

ちょっと昔なら、割と色々な高校にサークルがあって、入口になってたんですけどねえ。平野耕太先生とか、間違いなくあの時代の残党でしょう。



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