2012年05月30日

『這いよれ!ニャル子さん』 原作1巻 アニメ1・2話 感想

這いよれ! ニャル子さん (GA文庫)這いよれ! ニャル子さん 1 (初回生産限定) [Blu-ray]


数少ない自由時間を何に使うかの取捨選択が、解体される財閥のように進行した結果、ボードゲームを除くほぼ全てのオタク活動が滞っております。

ですが、一応他の分野も撫でるくらいはしておきたいわけで、ニャル子さんは原作→アニメの順で触りを見てみました。


結果出てきた感想:
クトゥルフ神話は20世紀最大の同人シェアワールドであり、このくらいで怒っちゃダメだ。壁を殴って耐えるんだ、俺!


はい、勿論耐えられませんでした。
しかしこれは、決してクトゥルフで萌えキャラとか、そう言う話だからではありません。邪神が萌えキャラ化されるなんて珍しい話じゃありませんし、大体私が最初に触れたクトゥルフ物なんて多分菊地秀行のあれですよ。おかげで、今でも一番好きなクトゥルフの短編は『ピックマン氏のモデル』です。切れ味のいい短編って素敵。

閑話休題、我々良く訓練されてるわけで、「わしはクトゥルフと言ってのう」とか言う老人が出てこようが、ニャルラトホテップが空を覆って対空ミサイルをはね除けながら強襲してこようが、それくらいで腹は立てないわけですよ。ヒロインがネクロノミコン?フェニックス・ホークとアトラク・ニャチャが格闘戦?全部まとめて素晴らしい!
……ごめんなさい。「温帯」に関しては、まだ亡くなってなかったら悪口の2~3個はおまけで付いた気がします。


とにかく、諸々と違って、この「這いよれ!ニャル子さん」は、余りに肩すかしでした。ニャルラトホテップが萌えキャラ?良し。主人公が人格破綻者?良し。ルルイエがテーマパーク?良いじゃないか。
ですが、それらのネタは、これっぽっちも全く全然、クトゥルフ神話からの引用を活かせていないのです!いや、引用するならするで、やりようがあるだろうという話なのです。

例えば、ルルイエランドがテーマパークだというのなら、SAN値がどうこう言うのなら、ちゃんと設定を組んで狂気的な存在として描くべきでしょう。邪神名が種族名だというのなら、「来た奴がそう言う性格だった」で終わらせず、なんでそう誤解されたのかとか、話の膨らませ方はいくらでも有るはずです。
何しろこの作品、クトゥルフパロディを除いたら、クスリとも笑えないありきたりな話なんですから。

その際たるものが、人格破綻者で共感不可能な主人公と、逆に『単なる』萌えキャラのニャル子さんでしょう。

例えば、主人公は初対面の女の子の手にフォークを突き刺すようなキチガイなんですが、これをただのギャグとして描く意味は何でしょう?普通に考えて笑うどころかどん引きですよ。
しかしこれを、「一見可愛いけれど未知の物に関わってしまった者」の行動として描くことは可能なはずで、それだけで一気にクトゥルフっぽくなり、パロディにも深みが増してきます。

一番酷いのは、ニャル子さん。彼女は基本的に良いキャラなんですよ。ヘタレで狂っていながら、その攻撃対象を化物に絞ることで上手く邪神をアレンジしています。オタク文化がどうこう言うのは(最近だとアウトブレイク・カンパニーなんかもそうですが)オタクの恥ずかしい自意識が垣間見えて痛いはずんですが、何せニャルラトホテップなのでありになります。クトゥバに言い寄られてへたれる所とか、悪くないと思うんですよ。
ところが、事もあろうに一巻最後(アニメだと2話)で、ニャル子は「主人公が本当に好き」と言う事をいともあっさり表明してしまいます。これって、全部まとめてぶち壊しなんですよ。
「ニャルラトホテップだから全部許される」と言う事の意味は、奴は何を考えているか解らない・人間とコミュケートする人格は持っていても、底の部分で価値観どころか前提が異なる存在だからです。つまりは「そんな行動・態度は擬態だよ」と言う可能性が常にあるわけですね。
だから、萌えキャラとして振る舞えば振る舞うほど、逆にある意味原典に忠実になっていきますし、萌えている自分を外から眺めるメタな視点(「また騙されてるよ、この馬鹿」と言う視点)も入ってきて、見事にクトゥルフパロディとして成立するのです。ツンデレの逆と考えれば、解りやすいでしょう。
にもかかわらず、一巻最後の、あのどうしようもなく下らないシーンですよ。本当、擬態としての可能性を留保するだけで、いくらでもクトゥルフ物になるというのに。
と言うか、あんなオチにするなら、なんでニャルラトホテップなんですかねえ?ダーレスによって軒並み着ぐるみモンスター扱いされた、その辺の邪神にしとけばいいじゃないですか。あるいは、有り難くも安っぽい「旧神」の連中にしておけば、普通にシナリオラインも整理されたでしょうに。

と言うわけで、お話として、クトゥルフパロディとしても最悪の部類という感想になりました。愛と機転のないパロディは不愉快な物です。

クトゥルフ神話TRPG (ログインテーブルトークRPGシリーズ)
クトゥルフ神話TRPG (ログインテーブルトークRPGシリーズ)

もっとも、このブームのおかげで、↑のルールブックが再版を繰り返して馬鹿売れしたようで、素晴らしい事です。一冊買い足しちゃいましたよ。SANチェックは素晴らしい物です。ついでに、枯れ野と化しているTRPG業界に人が来てくれるといいなあ。
……どうせみんな、オンセで済ませちゃうんでしょうけどね。あれはTRPGとは全く別の遊びなので、頑張って仲間集めてプレイして欲しいもんです。

もっともクトゥルフの呼び声は、難しい部分があるのは確かなんですけどね。
あの、「ホラーの登場人物をプレイする」つまり「危険に首は突っ込む」「しかし、死ぬことを目的とするわけではない」と言うバランス感覚は、キーパーとして、伝えるのがなかなか難しいところです。

まあ、TRPG仲間が見つからない人は、コンベとか参加してみるといいんじゃないでしょうか。
はじめようとする人は学生が多いと思うので、「近くの大学名+TRPGコンベンション」とかでサーチすると、割と出て来ると思います。社会人の場合も、大体コンベって年齢制限とかありませんから、同じ方法でOK。あ、「住んでる都市名+同上」ってのも大ありです。「やりたいシステム名+同上」とかね。サーチ範囲を最近にしておかないと、古い情報ばかりで困ったことになりますが。

ちょっと昔なら、割と色々な高校にサークルがあって、入口になってたんですけどねえ。平野耕太先生とか、間違いなくあの時代の残党でしょう。



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2012年05月05日

面白くない! 「ウォーキング・デッド ファーストシーズン」感想

ウォーキング・デッド Blu-ray BOX

色々素晴らしい評判を聞いていた、ウォーキング・デッドのファーストシーズンを鑑賞しました。

とりあえずPS.storeで買ったんですけど、クレカの認証は五秒で終わるのに、購入したファイルのDL開始に数十秒待たされるとか、客舐めるのもいい加減にしましょうね?全六話のDL開始だけで五分以上取られたんですけど、どうなってるんですか?(DLに時間がかかる事自体は仕方ない話です)
何というか、こう言うのを見せられる度に、「お前等みんなまとめて、AMAZONとGOOGLEに食われちゃえよ」と言う感想しか浮んでこなくなるのが困ります。国産品愛好もやぶさかではないんですが、最低限利便性か価格かどっちか位はライバルとまともな勝負できるようになれ、な?

で、とりあえずDL登録してそのまま放置し、数日後に見た感想は表題のとおり。
予算が豊富と聞いていたんですが、ほとんどのロケはしょぼい採石場としょぼいビルに限定され、下らない尺稼ぎの人間ドラマ(侮蔑)が続きます。宣伝によく使われている、「動く物のない高速道路を馬に乗って歩く主人公」のシーンは良かったですが、それくらい。緊迫感はなく、シナリオラインも適当で、まるで話になりません。

もうとにかく、全然全く「文明が滅んだ世界」を演出できてないんですよ。町並みは綺麗で、道路には廃車もなく、街路にはエキストラが漫然と配置されているだけ。基本的に新作一本ごとにパワー減衰が露骨なロメロ御大が、それでもまだ御大であることを実感させる、と言う意味では勉強になりましたが。
大体、シナリオラインがなっていません。主人公の目的が最初に明示されたはずなのに、シナリオは場当たり的なイベントをこなすばかりですし、目的自体もクソ下らない偶然で完遂。偶然会った相手が家族を保護してたグループの斥候隊でした、とか、何なんですか?最終話でCDCに行く目的とか、出発直後に消滅ですよ。そもそも、その目的を達成できなかった(出発が無意味になった)理由って、悠長に仲間の葬式やってたからですよね?ひょっとして、脚本家はアホなんでしょうか?
肝心のゾンビ物的シーンにしても、世界滅びてから数ヶ月経っているのに、立てこもるでも射界確保するでも溝を掘るでも無く、視界の悪い森の横でキャンプファイヤーやってて襲われましたとか、馬鹿丸出し。お前等全員食われて死んじゃえよ無能、としか言いようが無くなります。と言うか、あれだけ生きるのに必死で様々な策を講じてきた歴代ゾンビ作品の登場人物達を、見習っていただきたい。
確かにゾンビ物の人間ドラマは華ですが、それは「生き残るために協力しなくてはならないのにそうはなれない哀しさ」とか、「快適なサバイバルの中で腐っていく人間関係」とかそう言う物で、つまり異常事態と表裏一体なんですよ。単にキャンプやってるだけのあいつ等の場合、ドラマがまるで本筋に絡めていません。

CDCでたった一人だけ生き残っている研究者とか、なんか裏のありそうな設定なのに特に意味は無いとか、そもそもあの行動の裏付けの無さは何なの?とか、本当に支離滅裂です。
正直、あれだけ質の高い娯楽作品に日常的に接しているはずのアメリカで、こんなクズ作品が絶賛されているのが謎すぎますよ。そして、なんで日本でも絶賛されてるんでしょうか?第2シーズンになると失速云々言われますが、第1シーズンの段階で十分酷いじゃないですか。

まあ確かに、第一話は凄くできが良かったので、どうも一話しか渡されてないっぽいAMAZON事前レビューがああなのは納得もできるのですが。あそこだけなら、ナイスなロメロ直系に見えますしねえ。
とりあえず、見た目が悪人なだけで全員善人のヒスパニック達が守ってる老人ホーム丸ごととか、組み込んだ奴はアホ。楽勝じゃねえか、サバイバル。そのくせ「世界最後の盾」とも言うべきCDCの職員が一人除いて全員自殺&逃亡とか、ふざけるのもいい加減にしろと。こう言う時必ず一人はいるべき軍人(世界の状況を解説したり、冷静な判断力・指導力で話の構成を整理したり、死ぬことで緊迫感を跳ね上げる超便利な小道具)が居ない辺り、まともに人物配置も考えずにドラマ作りやがった感がアリアリです。キャンプ地の人員とか、キャスト組合との契約なのか、脈略なく入れ替わってたりしますしね。

もっとも、ホワイトトラッシュの弟の方とか、「不幸」(-10CP)持ってるととしか思えない韓国系アメリカ人のグエン君とか、キャラは要所で立ってるんですけどね。主人公・白人弟・グエンの三人による、崩壊したアメリカ横断ロードムービーとかだったら、100倍くらい面白くなったと思います。間違いなく。

とりあえずこれ作った連中は、「WORLD WAR Z」(本物の傑作。感想はこちら)をボロボロになるまで読み込んで、話の盛り上げ方とか崩壊して行く世界のリアリティとか、そう言う演出技法を学ぶべきだと思います。映画化楽しみだなあ。ただのドンパチ物にされそうで怖いけど……




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2012年05月03日

素晴らしいボンクラドンパチ映画/「バトルシップ」 感想



この映画、作品内の描写から、てっきりハープーン(リンク先は野尻先生のBLOG)辺りを元ネタにしたのだと思っていたのですが、ピクロス系統のパズルゲームの方だったんですね。

と言うわけで、映画「バトルシップ」を見てきました。
基本的に宣伝段階で、「空から降ってきたなんか外国人ぽい侵略者と、海兵隊がドンパチするいつものあれ」と言う印象だったのですが、結構違っていましたね。海兵隊じゃなくて海軍の辺りとか。

さて先に結論を書いておくと、こうなると思います。

1,僕や私が期待する、ボンクラドンパチ大戦争。金と技術を大人げなく使って、小学生のような純粋さでドッカンドッカン大爆発!
2,でも、プロットはもうちょっと何とかならなかったの?

いやあ、映像とかドンパチとかは、本当に素晴らしいんです。降り注ぐ爆雷を迎撃するCIW、対艦ミサイルの直撃を受けて炎上する異星の船、そしてミズーリ!馬鹿な話も、あれだけ手間と金をかければ、出来上がるのは正に娯楽大作。どうせ話なんか誰も気にしないのですから、開き直るならこうでなくてはいけません。
実際問題、提示されていた問題はきちんと落ちますし、登場人物は出番を過不足なく持ってキャラを立て、見せ場を与えられるべき兵器達は全部格好良いシーンが用意される。内容のぼんくらさと裏腹に、基本的なシナリオラインは非常に誠実かつ丁寧に作られていると思います。まあ、あれは「みょうこう」じゃねえだろうとかそう言う事が気になる軍オタも多いと思うのですが、超弩級戦艦が異星の母艦相手に敵前旋回かけつつ主砲を一斉発射するシーンに快哉を叫ぶのが、正しい姿勢という物でしょう。大満足でした。

ですが、何というか、幾ら何でもこりゃねえだろうというツッコミ所も満載でして……
初っ端からして、ええと、あの惑星って何光年先にあるんですか?電波発信から襲来までの間に、主人公が入隊から大尉まで出世しているので最低十年経っているとして、片道五光年程度ではαケンタウリが関の山です。今回の異星人の作戦行動の基礎になる前提が、「軌道降下時に人工衛星と偶然衝突して指揮艦を失った」と言う理由であったことに気づいたときの脱力感を、どう言い表すべきか?
勿論、焦点となるランドサット7をなんで地上から操作しないのかとか、「お前そのごついアーマー、脱いでも普通に呼吸できるのかよ!?」とか、10分おきに根源的なツッコミが湧いてくる演出は、ジョークとしては高度すぎるでしょう。

ただ、この辺のグダグダさには一つ原因を推察できる物があります。つまり、プロット段階ではこの話、真っ当なファーストコンタクト物だったのではないか、と言う事です。
何しろ、最初の接触シーンが正にそれで、「最初敵対的行動は見せていない」「汽笛を鳴らしたら超音波で応答」「威嚇射撃してみたら凹凹にされました」「でも他の艦には手を出しません」という、実に真っ当なファーストコンタクト。
はっきり言って、あのシーンが終わった段階で私は、「これはドンパチ娯楽作品ではなかったのか」と思って居住まいを正していました。主人公の兄貴が、ただの馬鹿どころか勝手に戦争始める前線指揮官(敵対行動見せてない相手に威嚇射撃なんぞぶちかまして反撃され、電算系が死んでいるのに駆逐艦の艦首砲一本で襲いかかって撃沈される)と言う、典型的な「やっちゃった人」描写でしたし、それに切れて戦端を本格的におっぱじめた主人公は、どう見ても三下脇役でしたから。
ところが、ここで異星人が本格的に戦端を開いたあとはただのドンパチとなり、上記いつものハリウッドになるわけです。どう見ても、ファーストコンタクトのシーケンスは必要ありません。と言うか、実は戦端を開いた後も、異星人は基本的に無害な相手には手を出さない交戦規定を徹底し、アホな主人公達より余程まともな軍人ぶりを見せつける始末。なんか民間人一杯巻き込まれてるんですが、アメリカがそれに文句つける筋合はないわけで、むしろ皮肉の効いた描写に見えました。

目に浮ぶようですよね。意気揚々とお偉いさんの所にパイロット版持って行ったら、「君ぃ、こんなんじゃ客は喜ばないよ」「もっと解りやすい敵にしないと」とか言われて、泣く泣くドンパチ映画に切り替える監督、みたいな。

と、明らかにプロットがグチャグチャにされた形跡が残り、SF的にはお話にもならない代物なのですが、ボンクラドンパチ映画としては一級品。ああ言うあれが好きなら、是非観に行くといいと思います。戦闘も爆発も派手な演出も全部合格点で、ついでに友人と見に行けば、終わった後のツッコミ大会で素晴らしく楽しい時間を過ごせるはずです。鑑賞お勧め。

個人的には、ミズーリの艦橋前面でポーズを取って登場する二次大戦生き残りの爺様達の格好良さが、最高に痺れました。逆に、みょうこう艦長との会話がなかったのは、一番ガッカリでしたが。(むしろ「本物の艦を教えてやるぜJAP」みたいな会話イベントのためのキャラだと思ってました)
何はともあれ、いやあ、馬鹿映画って本当に良い物ですね。



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2012年04月05日

演出だけは得意なんだ!/映画「戦火の馬」感想


戦火の馬

↑原作の小説は、元々児童文学らしいですよ


なんだかんだでスピルバーグは好きなわけで、特に話題にもなっていない「戦火の馬」を見てきました。
なお、原題は「WAR HORSE」で、要するに軍馬と言う意味です。この辺の変更は、日本人の戦争アレルギーがあるのかもしれませんが、内容を見るに放題の方が合っていると思います。

とりあえず値段分程度は楽しめたのですが、感想は以下の通り。

1,さすがスピルバーグ。映像の美しさは素晴らしい。
2,脚本が支離滅裂。主人公への感情移入不能。


ではまず1から。
今回のエントリー名は、「宇宙人ポール」(感想はこちら)で本人が言っていたセリフから取ったのですが、正にそんな感じ。
序盤、小麦畑から一斉に立ち上がり、サーベルをきらめかせて突撃する騎馬隊の格好良さたるや!泥濘まみれの塹壕中間地帯で、静かに語り合う英独の兵士のシーンも良いですし、何よりラスト!夕日が落ちかかるムーアを横切り故郷へと向かう人馬のシーンは、そこだけ眺めていたい見事な映像美です。

で、問題点の指摘である2。
正直、何楽しんで良いのか、わかりゃしないシナリオなのですよ。
特に序盤、人間の主人公が物語の主人公たる馬に惚れ込む理由が、全く描写されません。要するに「一目惚れ」としか言いようがないので、感情のフックになりません。馬が鋤引いて畑耕すだけで感動できるお手軽な人間は、一体何人いるのでしょうか?児童文学というか、子ども騙しの最たる物でしょう。って言うか、サラブレッドに鋤引かせんなよ!

主人公が馬しか友達の居ない寂しい奴というのならまだ解るのですが、一応友人もいますし、何処まで行っても「なんでそこまで?」と言う印象にしかならず。馬に性的興奮を憶える変態だという裏設定でもあれば、納得できるかもしれません。

例えば、登場人物の中で、中間地帯で語り合う名もなき兵士と並んで印象に残るフランスの少女は、あの馬に惚れ込むのが納得行くんですよ。両親を戦火で失い、年老いた祖父と二人きりで、死んだ母の乗馬姿に憧れている。短いパートできちんと感情移入させますし、別離の理不尽さも舞台相応。
ところが、主人公は貧しい農家のはずなのに行動パターンはわがままなボンボンみたいで、状況の深刻さからは常に浮き上がり、要するに馬しか見てない馬鹿野郎です。

と言うか、人間はピンポイントで出てくる連中(恐らく馬丁上がりと思われるドイツ兵とか)が結構良い味を出している一方、スポットが当たると超適当に。これまた子ども騙しな「悪役」にしかなっていないドイツ将校(荷役馬ならともかく、軍馬鹵獲したなら騎兵隊に回せよ……)とか、開戦初期の志願兵で負け戦も経験していないはずなのにいきなり脱走に突っ走るドイツ兵兄弟とか、唖然とするレベル。

シーンも上記のように良い物が多いのに、主人公の馬がドイツ陣地を逃げ出すときのカットとか、どうした物かと悩むレベル。菱形戦車出したかったと言うのは解るのですが、だったらちゃんと塹壕戦で使ってその怪物性を見せつけるカットって物があるわけで。

なんか、制作期間が異常に短いお手軽企画だったらしいので、力の入った部分とやっつけパートに落差が出るのは仕方ないと思うのですが、物には限度があるんじゃないかと思わざるを得ませんでした。

とりあえず、あの頭おかしい主人公か、あるいは馬その物に感情移入できる人間でないと、感動するのは難しいと思います。
いや、映像美という意味では、存分に堪能して心動かされる物はあるのですけれどね。



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2012年03月06日

拭えない些細な違和感/映画「ドラゴン・タトゥーの女」 感想

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女
ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女

↑こっちは原作小説。どうにも題名が内容に合ってないと思ったら、原語ではなくフランス語版からの三角翻訳の影響みたいです。原題は "Män som hatar kvinnor" で、直訳は「女性嫌いの男性」(google翻訳)。確かにストレートすぎる気がしますが、邦題(映画の場合、英語題名と同じですが)は、もうちょっと何とかならなかったのかと。


映画って良いですよね。どんなに時間が無いときでも、規定時間で終わる事が約束されてるわけですから……

と言うわけで、忙しい合間を縫って見てきた「ドラゴン・タトゥーの女」です。もっともこれ、3時間近くありますので、決して短時間で手軽な娯楽とは言えなかったり。(後で詳述)

内容は、スキャンダル訴訟で敗北して私生活は死に体のスウェーデン人ジャーナリストが、財閥の老人に雇われて一族の秘密に関わる過去の事件を調査する、と言う物。
北欧の陰鬱な雪景色の中、多くの闇を抱え込んだ富豪一族とそれに関わる残虐な事件の数々、そして現代の社会問題が交錯する作りは、所要時間に恥じない骨太の展開……を約束するはずでした。

と、ここで結論を先に書いておきます。

1,基本は、十二分に引き込まれる良質サスペンス。背景や演出も良好。
2,でも、この長さは必要でしたか?
3,本筋とは関係ないけど、いい加減にしろよハリウッド!


では、順番に。
とりあえず、基本的には最初に挙げた事は全て事実で、話は見事に展開し、途中飽きる事もなく見通す事ができます。ハリウッド映画なのに、アクションに頼らないサスペンス展開で物語を引っ張っていく方式が、きちんと活きています。
背景も、北欧らしい陰鬱な雪と海の描写や、近代的なトラムと古い建物が同居するストックホルムの光景など、良い雰囲気。これで舞台をアメリカのメイン州辺りにしてしまうと、かなり雰囲気が変わってしまったはずで、ハリウッドにしては原作を尊重しています。(皮肉・後述)
演出ももの凄く良いというのは無いのですが、奇をてらわない控えめな物で、半分は無音で舞い散る雪と夜の中で展開する、静かな物語に良く合っています。

しかし、正直この話、3時間弱も必要ありません。まず、「これ、ひょっとして主人公二人は合流しないまま話が終わるんじゃないか?」と視聴者が不安に感じる前半。延々と見せられる女主人公・リスベットの虐待と反撃の話は、もっとあっさり流すべきでしょう。原作は女性への暴力がテーマらしいので外せなかったのかもしれませんが、あのパートは恐ろしい事に、本筋には一切絡みません。
同様に、話が決着した後のリスベットのパートも、数カットで済ませるべきだったのでは?彼女のチェスをさしながらのセリフからラストシーンへの流れは非常に美しいだけに、前段は余りに冗長。って言うか、ハッカー能力をワイルドカードとして振り回すのは、ハリウッドの加えた改変なんでしょうか?

そして、徹頭徹尾つきまとうのが、ハリウッド的ないやらしさです。
もうね、金の単位が「クローネ」って言われるだけで、ストックホルムのど真ん中でアメリカ英語しか話さない連中が劇やってるだけで、違和感が凄いんですよ。あまつさえFUCKとか言い出すんですよ。もう馬鹿かと。
上で皮肉混じりに設定を変えなかったのは偉いねと書きましたが、理由というのも恐らくは、児童虐待と強姦殺人と女性差別と福祉の腐敗がお手々つないで行列を為す展開を、アメリカ舞台にする事で引き受けてやる理由が無かったからでしょう。

先に言っておきますが、私はスウェーデンは好きではありません。過去に児童ポルノを極大スピン始めた惑星みたいに世界中にばらまいておいて、今はその反動の表現の自由圧殺政策を、評価データも無しに各国にばらまこうとしている所など超論外。大体女性保護政策の充実は素晴らしいとして、政策とデータ基準を混同したあげく、統計データが世界との比較が不可能になって結果政策の実効性も評価不能とか言う、笑える状態ですよ。わが国の統計機関と良い勝負で、どこにも賞賛すべきポイントなど見あたりません。評価するとしたら、実効性なんぞハナから求めていない、今を17世紀と勘違いしているピューリタンども位でしょう。

ちなみに、彼らの麗しき法律だと(スウェーデンでもイギリスでも)、主人公二人は児童ポルノの単純所持罪(ネタバレなので一応反転)で有罪になる、と言う事も踏まえて映画を観ると、色々こみ上げてくる物がありますね。

しかし、です。セリフを全部英語にし、子どもの時はともかく「大人になったらただのアメリカ人」(役者はイギリス人らしいですが)みたいな人物・役者配置をしておいて、泥かぶり役だけは全部原作通りスウェーデン(人)という構成は、余りに醜いものを感じるんですよね。特に、福祉制度の腐敗の話とか、これ見ながらアメリカ人が「スウェーデンは怖いわねえ、さすが『社会主義』(米国的にはレッセ・フォールでない、程度の基準で、そのくせ悪口としては悪魔崇拝者みたいな扱いになる)」みたいな顔をするのが目に浮ぶだけに、うんざりしてきます。
つまるところ、犯罪学的にも宗教的にも良い勝負のアメリカに、スウェーデンを馬鹿にする権利はないだろう、と。クライマックスで流れるENYAとか、演出としては実に上手いんですが、結局強調点としてはそう言う方向になってくるわけで……

考えすぎ、と言われそうですが、日本の映画会社が韓国のベストセラー犯罪小説を映画化し、日本人役者と日本語セリフで展開しておいて舞台や犯人は韓国のまま、と言うような代物を作ったら突っ込みたくなるでしょう?良く過去の海外名作を使って自国舞台の翻案リメイクをやっている、韓国映画の方がそれっぽいでしょうか?

とまあ、色々気になって仕方がなく、基本的に出来の良い作品にもかかわらず、どうにも不完全燃焼でした。
繰り返しますが、話の展開も陰鬱な雰囲気も、そしてラストシーンの「決まり」方も、とても素晴らしいんです。あの、「スウェーデン人の男はクズばっか」みたいな描写にしても、女主人公の絶望や生きにくさを示す見事な演出になっているわけで。それだけに、ある意味普遍性を持つ現代的な問題を、異国情緒と共に「外国の事」として描き出してしまうハリウッドの手法に、違和感と怒りを覚えるわけで。
いや本当、度し難いってのはこう言うのを言うんでしょうね。それでも、予算でも技術でも一流で、劇としてとても面白くまとまっているのが、素晴らしいところであり、また困ったところなのですが。


あ、最後に全然関係ないですけど、予告編をやってたサッチャーの伝記映画(この状況でサッチャーかい……)"Iron lady" に、「鉄の女の涙」って副題をくっつけた配給会社の担当者は、北海油田でポンプ磨きでもやってた方が、映画界の為だと思います。



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2012年02月13日

映画「ベルセルク 黄金時代篇I 覇王の卵」 感想



映画「ベルセルク 黄金時代篇I 覇王の卵」オリジナル・サウンドトラック


ベルセルクがアニメになる!と言われると、かなりできが良かったテレビアニメ版が思い出させられる訳ですが、今回の映画も中々のものでした。

と言うわけで、何故か札幌駅では一日に二回しか放映していないベルセルクの映画一本目「黄金時代篇I 覇王の卵」を見てきました。

例によって、最初に結論を書きましょう。

1,演出凄い!映像綺麗!ベルセルク世界が目の前に!!
2,短すぎるんですけど…… あと、何故か時々極端にダサくなります。

まず、映画が始まると、ミッドランドVSチューダーの壮大な攻城戦が展開します。これが、本当に凄い!冗談ではなく、この映画で最大の見所はここで、この冒頭十数分で一気に世界に引き込まれます。

上空を飛ぶトレップシェットの火炎弾、城門へ進む破城槌、降り注ぐ矢とそれをかいくぐって突撃していくハシゴ兵。ハリウッド映画もかくやと言うスペクタクルが、アニメならではの外連味溢れるカメラワークで展開します。止まった画面の中での棒立ちアクションしかできないガンダムAGEを見た直後だったので、興奮して前のめりになってしまいましたよ。これこそ「動く画」の力です。
挿入カットも、火炎弾が飛び込んで破壊される場内の民家、落下する石材から逃げ惑う避難民、窓辺で揺れる螺旋十字(ベルセルク世界での十字架)と、あの「中世風世界の戦争」を、余りにリアルに描き出します。

また、ここに限らず、演劇指導もついたという剣戟やアクションはスピードと重量感に溢れ、見事な演出を連発します。例えば、ガッツの剣も敵騎士の武器も、不自然な軌跡の表現やスローモーションに頼ることなく、一瞬の煌めきを見せるだけで振り抜かれます。しかし、何が何だか解らないのではなく、直後に敵の体に入る傷や弾かれた武器や防具の動きで「どのような軌道で他の物体と交錯したか」が、見て取れるようになっています。つまり、疾走感と可読性を備えた見事な演出です。

その後も、ロングボウ部隊に大被害を受けて、止めの騎兵突撃で蹴散らされるミッドランド軍の描写や、それを一騎がけで受け止めるガッツの勇姿など、見所は目白押し。特に黒羊重装突撃騎士団(でしたっけ?)の突進の重量感は、凄いですよ。蹴散らされる隊伍や恐ろしい蹄の響きだけでなく、中央突破をしたあと車がかりに隊列側面に回り込むときの慣性を感じさせる大きな円周運動とか、凝りまくってます。

また、細部にも本当に気が使われていて、シャルロット姫は原作通りあんまり可愛くないのですが、装身具や服装に手が込んでいること込んでいること。原作にいなかった国王の王冠持ち(なの?彼らは何なんでしょうね?)の少年達も、絵画から抜け出してきたような(アニメにする評価じゃないですが)可愛らしさ。衣装とか髪型とか、国王や王女と並んでいるせいで、国の豊かさやあの世界の文化水準を感じさせる、惚れ惚れする手の入れ方です。

あと、CGが結構使われているのですが、巨大な攻城兵器や不死のゾットなど、上手く適材適所に使っている印象。暗めの画面内で使うことで安っぽさを抑えていたり、工夫が見られます。


と、ベタ誉めに近い感想を書きましたが、実は満足度の点で首をひねるところがあるのです。
ま、一言で説明しましょう。「上映時間:1時間15分」

いやあ、エンドロールが出たとき冗談かと思いましたよ。普通に考えて、これなら3部作を2部作にして2時間弱×2にすべきでしょう。分割商法というのは、こう言うのを言うんですよ。

しかも、許し難いことに、適当にお茶を濁したような、としか言いようのない悪夢・フラッシュバックで、冒頭直後5分ほど時間を使い潰していたりするのです。冒頭も、合戦シーンに入る前の空を横切るタカと火炎弾は、明らかに半分ほどにすべき冗長さでした。

本当に良く解らないなと思ったのは、金をかけずに時間をもう少し伸ばすのは、別に難しくないというか、むしろかけるべき所があるのです。
例えば、一応初見の客も居るはずなのですから、冒頭で世界の状況を簡単に触れるべきでしょう。例えば、「中原の二大国、ミッドランドとチューダーの戦争は100年に及んでいた。この戦争で民は疲弊し……」とかなんとか。慢性的に続く戦争状態で、傭兵の需要や成り上がりのチャンスが転がる乱世であるというのは、俯瞰視点で示しておいて損はないはずです。
鷹の団のメンバーも、今回本当に背景のモブにしかなっていないのですが、もう少し見せ場をやっても良かったのでは?ジュドーはガッツとの出会い直後に一回ナイフを投げただけ、キャスカも合戦ではモブ扱いで、ピピンは名前も呼んでもらえず、リッケルトに至っては、戦闘描写がないのであれじゃ侍従の少年です。
と言うか、敵意の視線渦巻く陣地内の描写(鷹の団入団直前)から、普通に部下に慕われる切込隊長になるまで一瞬なので、時間経過を見失いそうになりました。3年で変わったと言われたもなあ、と言う。これでは、折角の三部作が勿体なくてなりません。

それと、凄く気になったのが、ラストシーン。心の距離を示すガッツ・グリフィス・キャスカの顔がもの凄く安っぽい画面分割で並ぶ演出は、何とかならなかったんでしょうか?あそことどこか(すいません、詳しい場所を忘れました)いきなり画面が安っぽくなって、本当にビックリしました。あれはなんだったんでしょうか?別にラストシーンでさえなければ問題無いのですが、「終わりよければ」の逆でビックリです。

あと、スタッフロールの最後で、鷹の団・団員リストとか言うハンドルネーム表を見せられて、心底うんざりしたので勘弁して下さい。ときめきメモリアル2じゃないんですから!
これ、ときメモ2と同じ個人出資者リストかと思ったら、twitterで呟いて報償として名前を載せるという、アホな広報が考えそうな企画の結果だったのですね。(公式サイト参照
正直、色々とぶち壊しなので、報償は別の形を考えた方が良いと思います……


とまあ、何やら引っかかる点は多かったのですが、とにかく基礎部分がとても良くできているので、6月公開らしい次回作も見に行きます。でも次回は、もう少し尺を取って欲しいなあ。



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2012年02月12日

機動戦士ガンダムAGE 第17話 感想





機動戦士ガンダムAGE 第1巻 【豪華版】(初回限定生産) [Blu-ray]
機動戦士ガンダムAGE 第1巻 (初回限定生産) [Blu-ray]


派手に時間が開いてしまいましたが、やっと視聴できた機動戦士ガンダムAGEの第17話です。
まあ、視聴できなくても別に構わなかったよね、と言うのは一旦置いておきましょう。


第17話「友情と恋とモビルスーツ」



冒頭の、敵が地球を取り戻すために「大いなる計画を企てたのだ」とか言うナレーションの段階で失笑しそうになるのは、全く持って「大いなる」に見えないから。正体の見えない敵の不気味さは、主に「目的が不明」と「方法が不明」の二つに分かれます。しかし、目的は第一部で長台詞で懇切丁寧に説明済。方法については、どんな凄いことを考えているにせよ、25年間戦線膠着でぶち壊しです。これが何かのための時間稼ぎだったとして、気が長すぎて間抜けになるのは避け難し。


前回における「民間人の被害はゼロ」と言うのは、ヒロインが負傷しているので、多分プロパガンダ。しかし、それならそれで「腐った連邦軍」としてアピールしておかないと、描写として中途半端です。またぞろスポーツ感覚かよ、と言う話になってしまうわけで。
と言うか、本当に被害者出てないんじゃないかという恐ろしい可能性も…… 戦争物なのになあ。あと、連邦軍の隠蔽体質が全く変わってないみたいですが、フリットは立派に腐った大人になった、と言う描写だという理解で良いのでしょうか?
「悲惨な戦争」でなければ、終わらせるために主人公が邁進する理由が無くなりますし、そもそも何のための舞台と言う事になります。友情努力勝利の基本メソッドをやりたいだけなら、戦争なんて大仰な舞台は要りません。

そして、相変わらず「未来っぽさ」の欠片も無い、ただの現行スマートフォン…… これは単純に断言して良いですよね。「センスが致命的なまでになさ過ぎる」って。
SFアニメの一番基礎的な部分は、「未来という異世界を舞台にしたファンタジー」です。だから、その異世界らしさ、つまり現代とは異なる技術を感じさせるギミックこそ、映像表現の華なのです。なのに、これ。なんでこう、一々舞台の魅力を蔑ろにするのか。
後半の、紙の本が大量に並ぶフリットの書斎とか、天を仰ぎたくなりましたよ。


まあ、以上はあくまでも枝葉であって、本質ではない、と言う事もできるでしょう。実際、根幹となるシナリオや演出(これは上で相当引っかかるか)がしっかりしていれば、「楽しそうな突っ込み」の対象(笑いながら、あばたもえくぼ的な酒の肴にされる魅力の一部)となるようなレベルです。

ところが、肝心のシナリオがまた最低最悪。
今回のシナリオで重要な点は、以下になります。

1,主人公とライバルが友情を育む
2,主人公とライバルの三角関係の成立

ところが、1はボーカルに乗せた数カットで終わり。ここは、スパイとして潜り込んだライバルが情にほだされると言う、重要パーツです。ですが、「お前ら察しろよ」状態の数カットで済ませ、あまつさえ青春全開な歌の直後にまともな躊躇の描写もなくライバルがスパイ活動に邁進するので、ほとんど意味不明な展開に。
ライバルの行動があくまで演技であると強調したいなら、あの綺麗な歌に乗せた青春描写は要りません。逆にスパイがほだされるのを強調するなら、あんな短時間ではダメです。最低数話かけるか、最初から友人にしておくべきだったでしょう。
そして、2に至ってはワンカット。終盤の戦闘では、このヒロインの存在の方がライバルにとって大きいと描写されたり、比重の置き方が迷走しています。


で、大会なのですが、これ実は結構良くできてます。「安全設備がヘルメットだけって、人死出るだろこれ」と言うような話は、キッズアニメのスポーツとかって大体あのレベルの危険性なので問題ありません。むしろゲーム的なタブレットの表示描写とか、「戦争じゃなくて、こう言う大会を舞台にした、ロボットスポーツアニメにしときゃ良かったってことだよね?」と言う疑問がムクムクと頭をもたげます。一部の時から言っているとおり、扱えもしない戦争を舞台から除き、身の丈にあったバトル物にすべきだったんですよ。


この辺の「戦闘」の緊迫感の無さとかね。
敵のMSが、文字通り目と鼻の先の馬小屋に到着するまでの間に会場から家まで主人公が戻るって、このシチュエーション考えた脚本家に、誰もダメ出ししなかったんですか?馬小屋でガンダムが発見されるシーケンスを除くか、時間が稼げた理由(ガンダムが整備中で別の場所に移されてたとか)を作るとか、いくらでもできるはずなのに。

一方、「わかり合える可能性」を示すための主人公とライバルの絡みだったはずなのですが、何故か主人公が生身で撃たれたときにライバルは無反応。だから、何やりたいの?MSで押さえ込んだときには躊躇する様子を見せているので、完全にアセムを敵として見ているわけではないはずなので、演出不徹底。


そして、唯一の見せ場であるはずの戦闘が、何故か今回はもっさりしてスピード感の欠片も無し。
特に、両者が片手剣を使い、もう片方の手をフリーにしたまま戦うのが間抜けすぎます。片手同士でやり合うなら、フェンシングの要領で素早い動きを演出すべきなのですが、前回とは雲泥の差。この、剣の逆手持ちにしても、逆手持ちを一場版格好良く見せられるのは横薙ぎなのに、この始末。あの持ち方で上段切りを受け止める描写なら、結構映えるのですが……
実際、霧中白兵戦での二段切りはそれに近く、綺麗に描けてますよね。


結局今回、主人公とライバルの友情成立を描くと言う繊細な演出は、決定的に失敗したわけです。
エンディングであれだけ良いカットを作れるなら、最低一話丸々かけて描写しないと。和解への道を拓くドラマが始まる、大前提の部分なのですから。

実際エンディングはプロットを良く表現できています。暖かい思い出の画像を切り、厳しい表情で戦場へと向かうアセム。三人の表情も活き活きとしていて、これだけ事前に見せられたら期待度は大幅に上がっていたでしょう。
少なくとも第二部は、基本的なシナリオラインは間違っていないはずなのです。(前提の設定はもう仕方ない)ところが、相変わらずの見せ方・脚本で、見ていて哀しくなってきます。なんでこんな風に料理しちゃうんだろう、と丸焼けになった希少食材を見る気分。

まあ何というか、次回以降も今回と同じく、時間ができたら見れたらいいな、と言う方向で。こんなもんを再生できるのは、ある程度余裕ができた証拠ですから。



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2012年01月30日

機動戦士ガンダムAGE 第16話 感想




機動戦士ガンダムAGE 第1巻 【豪華版】(初回限定生産) [Blu-ray]
機動戦士ガンダムAGE 第1巻 (初回限定生産) [Blu-ray]


あんまり途中で視聴やめるのは好きじゃないけど、24話くらいで打ち切ってくれるととても有り難いなあ、と言う厭戦気分で視聴を開始した、機動戦士ガンダムAGE、第十六話です。


第16話「馬小屋のガンダム」



困ったことに、やっぱりオープングは良くできているんです。連携して乱戦に対処するパイロット候補生(?)達と、スピード感のある殺陣。これをそのまま本編でできない理由は解るのですが、だからってあそこまで手抜きの戦闘にしなくてもいいじゃないですか。

そして、本当に意味不明な冒頭の戦況説明。
非正規戦力がメインの戦艦5隻で火星側橋頭堡を叩き壊せる事を証明したのが、第一部のラストでした。なのに、何故25年間戦線が膠着するんですか?膠着だけなら「距離の暴虐」で火星が防御で耐えていると解釈できるのですが、火星側が勢力圏を拡大している?
ええと、本当に何が何だか解らないのですが。第一、25年間って凄い時間ですよ。「神も見捨てた」第一次世界大戦で4年間、二次大戦で6年ですよ?それだけの時間地球圏でドンパチやり続けて、世代も一回りして、連邦政府も火星側も政権維持できるんですか?


で、立派なレイシストに成長したフリットの描写から、第一部の意味がようやく明らかになります。つまり、純粋な少年が戦争で歪んでしまう過程を描いた物だ、と。
その可能性は前回少し触れましたが、だったら何故第一部でもっとそれらしく演出しなかったのでしょうか?せめて、憎しみを呻くフリットに向けて、エミリーに「それじゃダメよ」とか呟かせるだけでも、だいぶ変わったはず。
まあそもそも、ここに落とすのであれば、UEによる破壊の悲惨さをきちんと演出しなかったと言う瑕疵が、更に大きくなってしまうのですよ。本当、これだけなら王道なんですけどねえ。ラスボスが最終回で語る「ラスボスが歪んでしまった理由」を、一部丸々かけて描くと言う構想だったわけでしょう?言ってみればたったそれだけの簡単なお仕事で、何故あそこまで脚本と演出を失敗できるのでしょうか?

例えば、UEによるコロニー破壊や、ファーデーンで子ども達を載せたトラックを狙われた際に、「こんなひどい事が出来るなんて、やっぱり敵は人間のわけがない」みたいな事を言わせておくとか、その程度の事もしてないってどうしたもんなんでしょうね?だって、結果から言えば、第一部のあれらのシーンは、敵の残虐さ・異質さを引き出すための物だったわけでしょう?


で、学園の裏でギャグ混じりに不良と喧嘩してるこう言うシーンは普通に描けてる訳です。だから、戦争とかそう言う「大きな物語」と関わらないのが、この脚本家にとって一番幸せな道だと思います。結果物を見せられる視聴者的にもね。


しかし、何の屈託もなさそうにフリットの妻に収まってるエミリーとか、どうしたもんでしょうね。
また言い過ぎだ何だと言われそうですが、根本的に想像力が足りてないと思うんですよ。
あの屈託を抱え、戦争の悲惨さを見せられた(エミリーは一番センシティブに反応していました)エミリーが、戦争狂いになったフリットと簡単に結婚できるのか?25年という歳月(しかも1世紀ぶりの戦争のただ中)で、世界はどう変わるのか?少なくとも、学園物経由豪華な夕食から入る描写が、相応しい変遷ではないでしょう。
第一部にしてもそうで、宇宙でコロニーが吹き飛ばされるとはどれだけ恐ろしいのか?故郷を失った人々はどれだけ悲惨な事になるのか?そもそも脱出直後の漂流をどう乗り切るのか、連邦という広域行政機関はどうそれに対処するのか、と言った当然疑問に思うべきポイントを総スルーし、つまりは豊穣なドラマの芽を軒並み摘んでいるわけです。
これらは決して細かいポイントではないですし、触れるだけでもかなり効果的になるはずなのに完全無視なのは、想像力が及んでいないからでしょう。こう言った「世界」の作り込みは、創作者の腕の見せ所であり、また作る側も見る側も楽しめる醍醐味のはずなのですが……

士官学校の下りとかもねえ。なんでそこ、親子の対立を強調しないんですかねえ。そして、エミリーさんは息子を士官学校に放り込んで、それで良いの?キャラ違っちゃってますし、そこで対立しておかないと、その後の展開で「やむを得ず銃を取る」と言う流れに惰性で入ってしまい、フリットとは違う道を進む可能性と言う伏線を張れません。


ところで、アスノ家は長子相続性みたいですね。こう言う所もなあ。今時それじゃ盛り上がらないでしょうに。資質とか状況から、もっと仰々しく引き継ぐべきなんでは?てか、私がアセムの妹ならぶち切れますぜ。


絵の酷さは、もう突っ込む気も失せるレベル。頭身くらい揃えればいいのに……


で、ツッコミばかりしたくないのですが、折角日常が敗れる敵の襲撃なのに、人が死んでいるという描写も防衛軍の声も描かないのは何のつもりなんですか?戦争の世紀へと突入した宇宙の諸相なわけで、生活を蹂躙される市民の描写や、故郷を守るべく戦って敗れる防衛部隊の肉声、発生する避難民の姿があってこそでしょう?第一部もそうでしたが、パロディ的な描写を繰り返す前に、ファーストガンダムが序盤で何を視聴者に印象づけて、あの世界に引きずり込んでいたかを把握して欲しい物です。
って言うか、出てくる被害者がヒロイン一人って、幾ら何でも安っぽすぎるでしょう。作劇上必要なコマが彼女だけと言う割り切りなのでしょうが、そんなんだから、世界が何処まで行っても書き割り状態なんですよ!!

でさあ、第一部であれだけ短期間で兵器の進化を繰り返していて、25年間の戦争では兵器の進化はゼロですか?ヴェトナム戦争をムスタングで戦えと言われたら、そのまま脱走しますよ。ガンダム世界で言うなら、RX-78でユニコーンの世界にぶち込まれるようなもんです。

と言うわけで、色々グダグダではあるのですが、第一世代と第二世代の対立という構造を話の中心に引き出せるなら、それなりに面白くなる気はするんですよ。第一部の出来を見る限り、無理でしょうけど。
ま、気が向いたら次も見るという方向で、一つ。



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2012年01月26日

輪廻のラグランジェ 1~3話 感想


輪廻のラグランジェ 1
輪廻のラグランジェ 1

やっとこさ時間ができまして、遅まきながら輪廻のラグランジェを視聴開始しました。
選定理由は、ナデシコが好きだったからです。丁度先日読んだパチンコがアニメだらけになった理由(わけ)(取材拒否が滅茶苦茶多い中、唯一全面的に取材を受けていたのがXEBEC)で久しぶりにナデシコの画像を見てその古さに驚愕した、と言う不安材料はあった物の、古い物が古いのは仕方ない訳で。

第一話「ようこそ、鴨川へ!」


とはいえ、その印象を引きずったか、オープニング時点では余り良い感じを受けません。冒頭の水着は、凄く健康的で明るくて良い雰囲気だったのですが、10年前のアイドルみたいなスーツと、同じく十数年前のヴァーチャロンを格好悪くしたようなデザインのロボットに、やや引き気味。まあ、エステバリスだって最初は格好悪く見えたし、ネルガルの制服って当時としても野暮ったかった気もするので、とりあえず保留ですが。


実は、例によって期待作は最低限しか情報を入れてなかった(要は、「よし、見よう」と思った時点で情報をカットした)ので、世界観がよく解りません。建築などは現代~近未来的に見える(ロボもあるし)一方、映研はテープで映画を撮り、主人公達は携帯電話を持っていない。
WEBページを見ても今一判然としないので、これは単なる未来じゃないと言う事なんでしょうかね。

なお、舞台が女子校なのは当世流行の設定ですが、かなりカラッとしていて淫靡な雰囲気はほぼ無し。(映研の部長くらい?)この辺のエロをやっても何故か健康的な方向性は、地元タイアップの影響でしょうか?いや、サービスシーン的な物はやたら多いんですけどね。


さてそんな、日常シーンはほぼ全て伏線に突っ込んで(主人公以外の人物とか、実質生徒会長以外全部モブ)ロボット物たるもの大事なのはやっぱり戦闘シーン。これが、実に良いですね。いや、ロボ以外が…… 護岸から顔を出すレーザー砲台、無理矢理既存技術に砲台を乗っけたような光学駆逐艦隊、そして主役機の戦闘機形態。レーザー駆逐艦のVLSが、ミサイルと見せかけて撃ちっぱなしの憤進砲ぽい挙動をしたりするのもグッド。
護岸にレーザー置いたら、波が高いときにバルチック艦隊の側砲状態になるだろうとか、あんな狙ってくれと言わんばかりの所に指揮司令所置くなとか、そう言う事は言っちゃダメだ。

さて、一話の段階で、敵の技術と味方ロボの技術がデザイン的に多分同根なのと、「執事さん」とやらと敵の中の人達が良く似てる、ってのが、制作側が視聴者におさえて置いて欲しいポイントでしょうか?

まあとりあえず、力が入っていることは解るのですが、一話だけでは何とも言えない状況。即座に2話に移ります。



第二話「鴨川スピリット」


とりあえず、「マルッ!」って言う決めゼリフはどうなの?
そして、敵も味方もロボットのことは「オービット」(軌道)と呼ぶんですね。
三体運動で相対位置が変わらないラグランジュ点が名前の由来として、敵と味方とあと一勢力あると言うことなんでしょうか?それとも、主人公機三機だからでしょうか?


姉ちゃんとボンクラ研究員コンビの解説ゼリフによると、あのロボットはオーパーツ。で、明らかに近未来の携帯電話も全員が振り回し始め、世界観は単純に未来で確定のようです。これに加えて自称宇宙人連中が喋ったところによると、やっているのは地球を舞台にした星間勢力の代理戦争。ただ、あの機体についてはかなり大きな意味がある、と言う事の模様。
と言うか、味方の宇宙人が軍事顧問団で、今やり合ってる相手は敵の先遣隊ですか。


オープニングで悪印象だったロボットは、動いていると結構見れるのですが、コスチュームはやっぱりひっでえなあ、と言う言葉しか出てきません。ランも、あの素っ頓狂な格好がなければ、かなり好みなのですが……


そのせいというか、ランは戦闘服姿だとだいぶマシになりますね。
でも結局コスチューム関連は、ストライク・ウィッチーズのように突き抜けるでも無く、滑っただけじゃないかと。


しかし、そう言う見た目の話よりもっと深刻なのが、このわずか二話目で出てくる長々としたモノローグモドキの会話シーンでしょう。主人公の内心吐露は、まだ巻き込まれたばかりのこの段階では、まるで心に響きません。戦闘ど真ん中で敵は何やってんの?と言うのも含めて。
このシーケンス、五話くらいまでとっておけば普通に盛り上がったと思うんですが。
勝手に盛り上がっている敵方も含めて、どうも展開が性急です。大丈夫なんでしょうか?



第三話「鴨川にランの花咲く」

で、三話に入るのですが、鴨川を守るという主人公の気持ちに説得力を持たせるなら、その前に友人や家族との関係を描いておかないと。1話でモブと戯れて以降日常パートが全くなかったせいで、主人公のセリフが恐ろしく説得力を欠いています。


しかも、それが星の運命というか、視聴者が知りたくてたまらない戦いの裏の話より重要、と啖呵を切られるわけで、見ているこっちはストレスがマッハ。前回の突然シンジ君状態と言い、「躁鬱病かこいつは」と言う気色の悪さしか感じられません。


何が嫌って、全編ギャグでやってるのに、主人公の行動原理が町に被害をどうこうとか、中途半端にシリアスを前提にしてる所です。って言うか、敵は主役機を追ってきてるだけなんだから、(これは前回司令から説明されてます)お前が町で戦わなければ被害は出ないっての!

どうにもこうにも、構成がまずい上に主人公がむかついて悪印象なのですが、これ面白くなるのでしょうか?
監督のセオリーどおり後半でシリアスにシフトチェンジすると化ける気はするのですが、ううむ……




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2012年01月23日

機動戦士ガンダムAGE 第15話 感想


機動戦士ガンダムAGE 第1巻 【豪華版】(初回限定生産) [Blu-ray]
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予想はしていましたが、第一部完結に至っても欠点は是正されず、むしろ際だってしまいました。


第15話「その涙、宇宙に落ちて」



冒頭。前回突っ込んだ陸戦突入ですが、まさかブリッジ要員5名だけだなんて、さすがに思いませんでしたよ!
ええと、あんたら前線豚じゃないですよね?ぶっちゃけ銃持ってドンパチするなんて、余技の人達ですよね?しかもたった五名!?潜入任務であればまだ何とか弁護できるんですが、(データ抜くために技術要員メインとか。護衛くらい付けろよと言うツッコミは当然あるにしても)戦艦で堂々と突入しておいて何この作戦?

で、直後の場面で速攻一人蜂の巣ですしね。
司令室を占拠?突入はバレバレ、要員は非戦闘職四名で、寝言は寝て言えと言う話です。何でしょう、この、「00の作戦って凄くマトモだったんじゃないか」とか思えてくる狂いっぷりは?

で、UEのぼんくらさはそれ以上でして、要塞なのに監視カメラもないし、突入ブロックに警備兵が集まってくることもないし、司令室に戦力を集める程度の事もしない。
「こんな糞みたいな作戦が、理由もなく成功してしまう」&「あまつさえ敵の要塞守備隊を通常戦力が全滅させてしまう」と言う時点で、もう設定も演出もあったもんじゃありません。物語の前提が、大々的に破綻しています。


「見つけたぞガンダム!」って、あんた等の要塞には、内部監視装置やシャッター開閉モニターもないんですか?
ところでこの敵メカのデザインって、ベースはティラノサウルスですね。トカゲ系って事で統一は出来てるんですが、もう少し何とかなら無かった物か。何より、手の小ささが特徴の機体で、戦闘のほとんどが腕を使った白兵戦とか、やめて頂きたいところ。


「たった一人の犠牲などで騒ぐな」は全くその通りで、今まで育ったコロニーが爆発炎上しても旧友の心配もせず、僚機が落とされてもスポーツ感覚だったフリットが、ここだけぶち切れても「今更何勝手なこと言ってんだよ」としか思えません。ついでに、デシル戦で敵機体の中身が人間だと解ったはずなのに、何の葛藤もなくぶった切って回ってますしね。
これ、口先でだけ「殺したくない」とか言ってたSEEDの反吐が出る主人公と、大して変わりありませんよ。それどころか、脱出したパイロットを直接ビームサーベルで狙うとか、信じられないことまでやってます。情報収集の面からもそうですけど、誰もこいつに交戦規定教えて……ないだろうなあ。最低限の座学すら受けさせずに前線投入してるもんなあ。


ところで、いつの間にか普通に装甲越しに会話が始まってるんですが、通信なのか共感なのか、それくらい書いてくれても良いのでは?今まで散々「意思疎通が不可能な敵」って事になってたんですから。


で、一応前回それなりに綺麗に終わらせたはずのユリンとの脳内対話を、なんでこんなタイミングで再度挟むんですか?回数を重ねれば重ねるほど陳腐になる演出ですよ。

その他の演出についても、ウルフの援軍とか本当に意味不明。なんで彼は当初の予定を変えてまでフリットの援軍に行ったのか?本当、「最初苦戦してるけど危ないところで逆転」と言うラインを作るためだけに、特に理由もなくキャラを動かすから意味不明になるんですよ。エミリーがフリットの叫びを感じてたのと同じようにウルフが何かを感じるとか、せめてラーガンに「ここは何とかなりそうだからお前は援軍に行ってやれ」と言わせるとか。実際、敵の数が少なくなっている(たった戦艦四隻で、正面から敵戦力殲滅できちゃうの!?)と言うセリフがあったりするわけですしね。


今まで散々会話しておいて、今更「人間!?」とか言い出す脚本には、さすがに愛想が尽きました。
あのね、UEの正体って、第一部の中心的な謎でしょう?これでもかって位引っ張って、仰々しく明かさなきゃならない筈でしょう?視聴者が「今更何言ってんの?」としか反応のしようもないこんな展開でどうすんですか?

その後出てくるウルフさんのシーンは、それなりに映える作りになっているだけに、意味が解りません。


金星の敵司令官の話も聞かず、あまつさえ射殺しようと銃向けるドアホな主人公の姿は、なんで戦争で子どもを使っちゃいけないのか、解りやすく示してくれてますね。
「罪のない人を巻き込んで」って、お前達と肩並べて戦ってた連中と一緒じゃん。その場その場の感情でしか動けない・自分の利害関係を正義と勘違いするガキは、見てられません。

このフリットの共感でき無さを、世代交代後に、「変われない親世代(オールドタイプ)」の象徴として使うのかもしれません。でも、ごめん。そこまで付き合うのはきついですわ。


で、後半はもういいですよね?なんでロストコロニーごときが、オーバーテクノロジーでブイブイ言わせてんの?とか、その格差があるのに十数年間何やってたの?とか、戦争しなくても広報戦略でどうにでもできるだろこれ、とか、考えるだけ無駄なんですよね?戦争の戦略目標とか、政治交渉で地球圏に朝貢か領土割譲強制すれば色々全部解決するだろうとか、そんな設定多分ないんですよね?
基本設定は私の愛するナデシコを彷彿とさせますが、あれはおちゃらけて見えて、結構しっかり作ってあったのですよ。
あげくが、貴重極まる情報源である敵司令官を射殺してのける艦長様とかさあ……


つまり、あの艦長がわざわざ無茶な陸戦で乗り込んだのは、本当にただ「UEをこの手でぶっ殺してえ!」と言う、野趣溢れるバーバリアンな感情一本槍だったわけですね。ええと、やっぱり脚本家は馬鹿なんでしょうか?これじゃ、折角反乱勢力扱いされてまでついてきた部下は、良い面の皮です。
てか、司令官殺っちゃったのは勢いとしても、データか捕虜か、どっちか確保しろよ自称戦略家!

もう画像出すのも面倒になってきたんで省略しますが、スピード感命の脱出シーケンスも、相変わらずの止まった画面。背中のブースター吹かして加速する描写すら無しですよ。何のためにデザインしたんだか。
あと、あんな所に半分剥き出しで置き去りにされてたディーバは何故か無事でしたとか、鼻で笑って良いですかね?

なんか全般的に、やりたいことは解るんですが、やりたいこと・描きたいことだけ用意して、そのために必要な諸条件や盛り上げるための回路は全く描けないままなんですよ。
もう、ここで止めておくのが、一番傷が少ないと思うんですけどね。コンコルド錯誤で突き進んでも、誰も幸せにならないんじゃないでしょうか?




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2012年01月16日

機動戦士ガンダムAGE 第14話 感想


機動戦士ガンダムAGE 第1巻 【豪華版】(初回限定生産) [Blu-ray]
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第14話「悲しみの閃光」



冒頭。CMあけのバラエティ番組のごとく、長々と前回のおさらい。
この、散々揶揄される集中線を多用する一枚絵も、前回書いた「動く画面を作れない」の象徴ですわな。背景を動かすのが苦手な携帯ゲーム機が、漫画の技法を真似て使って来た、一種の手抜き演出ですから。


で、要塞が攻め落とされつつある状況なんですが、これまた実は演出が失敗しています。
大型火砲をぶち込み、特攻を回避したこの時点では、画面も話の展開もスピードが命。「防衛戦にあいた穴が塞ぎきれない内に主人公艦隊側が突っ込んでくる」と言う風にしないと、実質新型艦一隻と新型MS二機(あとはただの弾よけ)に正面から落とされるUE側が、弱体に見えてしまうのです。演出すべきはあくまでも、「主人公達が凄い」であって、「UEが弱い」ではありません。と言うか、正攻法で本拠地が落とせるなら、本当に今までの話は何だったのかと言う事になってしまいます。

繰り返しますが、これが正に「動きを描けない」と言う事なのです。敵要塞に肉薄すべく全艦が突撃する(しているはずなんです。戦略画面によると)前半のシーケンスは、スピード感と動きをつけて描けば、本来一番盛り上がるところなのですから。
せめて画面内での相対位置を動かすとか、それを加速をかけつつ処理するとか、CG化の恩恵で簡単にできるようになった安上がりで有効な基本技を、何故使わないのか。


戦艦・モビルスーツ・要塞。全部が画面の中で動かず、背景も流れず、少し動いてもすぐに人物のアップやスローに移行してしまう。しかも、そのスローは毎回、(本当に毎回!)フリットなりウルフなりが横やりを入れて救う展開へつながる一つ覚え。
UEが加減速を繰り返し、急ターンで切り込んでくる↑直前のシーンとかは凄く格好良いんですが、すぐにご覧の通り。演出が出来ないわけじゃないのだとすると、予算が削られて外連味のあるシーンを作れなくなっていると言う事なのかもしれません。
技術力は上がってきたけれども、先立つ物は無くなっている、と言う状況でしょうか。この分だと、AGE自体が打ち切りの憂き目をみても、レベル5は失敗を糧に腕を上げて良い仕事をするようになっていくんじゃないでしょうか。その意味では、ロングスパンで今後に期待できそうです。


甲板上で活動する衛生兵を、子どもにやらせるなー!!
まあ、もっと突っ込むべきは「安全なところにいればいいのに」とか言うラーガンですが。そう思うなら、戦艦に乗せて連れてくるんじゃねえ。しかもこの戦艦、着上陸かける菊水作戦予定してるんですが……


一方キャラの面では、迷いなく無邪気に邪悪なショタが、実に素敵で使い勝手が良さそうですね。性的薄い本的意味で。後半の、涙流して震えてるシーンとか、夏の海辺の薄い本(そもそもAGEをネタに選ぶサークルがある程度あれば、ですが……)でそのまま使われそうな勢い。

一方、ユリンの機体は酷いですねえ。(実はもっと酷いのはパイロットスーツで、そのせいでコクピットで彼女が叫ぶシーンがまるで映えないのですが)

そして、後半の展開は実に問題がありまして、前半終了時に提示された目的「要塞への着上陸」が全く進行しないんです。三機入り乱れての戦闘自体は、初登場のファンネルの存在もあってそれなりに見れるのですが、そこで主人公が戦っていることによって戦局がどう動くかが全く提示されません。本来なら、「立ちふさがっているデシル機を倒すことが着上陸の条件」となっていたはじめてボスキャラとしての意味が出て来るんですが、描写内容は「三機が主戦場と別の場所で勝手に決闘してる。作戦?別に主人公無しで勝手に進んでるよ」と言う代物。戦術と戦闘が分離してしまっており、盛り上げる回路を欠いています。


スローモーションで救援フラグ経由、ララァイベントの適当コピーへ。


さて、動かないのを逆手に取った11話の演出もそうでしたが、この長々とした内面対話は悪くありません。と言うか、そろそろ解ってきましたが、「ロボット物」「戦闘物」が苦手&脚本がへぼいだけで、作画力等は決して低くはないのですよね。


ただ、テーマ的には本当にメタクソで、彼女の死には「意味」がありません。
ファーストガンダムにおいて、ララァやダブリンの少女の死は戦争の悲劇を、ライバルや戦友達の死は戦場の厳しさを描くための物でした。翻って、ユリンの死はどうでしょう?彼女は本来軍人でもなく、戦場で死ぬ意味はありません。殺すなら民間人として殺せば、14話になってまで「防ぐべき戦争の悲劇」を描けていない本作の問題点をクリア出来たのに。あれでは本当に、「デシルがクズである」と言う以上の意味がありません。
シナリオ上殺す必要があったから、強引にイベントを組んでぶっ殺した。そんな話で良いのでしょうか?


で、あの、着上陸って、目的は白兵戦なの!?
陸戦要員なんぞ積んでいない状態で、クルーに自動小銃持たせて突撃って、幾ら何でも唖然とするんですが。フォントンブラスターゼロ距離射撃でも、スター・ウォーズ方式のMSによる融合炉爆破作戦でもなく、こんなアナクロな方法を取る理由は何なんでしょうか?現実的には、この状態での歩兵投入目的は指揮官の確保とかですが、要塞内の戦力すら解ってないのに。
艦砲ではなくタイタスで強引にシャッターをこじ開けるのは、訳分からないけど格好良くしたかったんだろう、で納得できても、ちょっとこれは……

詰まるところ、必要なシーン・イベントが先にあり、前後関係も考えずに無理にはめ込む適当な方法で、脚本を書いているとしか思えないのですよね。だって、ユリンの死なんて最大級の重要イベントを、伏線や丁寧な描写もなくあんな滅茶苦茶な処理をするなんてありえないですもん。
そう言えば、アンバットが放棄された要塞と言う事は、内部構造なんかは入手できているかも知れないわけですよね。例の何やってたんだか解らない作戦会議も、その辺を強調してやれば盛り上がったんじゃないでしょうか。1シーンでいいから、内部構造を入手るためのイベント(コネとかハッキングとか資料調査なんか)描写するとか。そう言う細かな演出の積み重ねが、世界の重層感を醸し出す訳ですから。

さて、来週で第一世代の話は終わるみたいですが、これ一体どうするんですか?「俺たちの戦いはまだ~」方式で引導を渡して上げた方が、関係者一同一番不幸の総量が少なくて済みそうに思えますが……




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2012年01月11日

機動戦士ガンダムAGE 第13話 感想


機動戦士ガンダムAGE 第1巻 【豪華版】(初回限定生産) [Blu-ray]
機動戦士ガンダムAGE 第1巻 (初回限定生産) [Blu-ray]


12話とこの話、エントリーを書く時間が恐ろしく短くすんでビックリしました。適当に見えてこの手の感想は、情報をまとめたり要所を見返したり、内容にあったカットを選定したりで、結構時間がかかるんです。
ところが、ほとんどながら視聴のように流して終了。第二世代に入った辺りで、視聴続行か否かを判断する必要がありそうです。


第13話「宇宙要塞アンバット」



冒頭はヒロインとして瀕死のエミリーさんからですが、今更セリフで各人の動機とか説明されてもなあ…… そう言う話は、本来反乱を起こす前にやっておかないと。
そう言えば当然のように流されてましたが、なんでエミリーやディケはコロニーで降ろされてないんですか?捕虜をとるという概念すらなく、殲滅戦にならざるを得ない異性知性との戦いに、フリットのように使わざるを得ないというわけでもない子どもを連れて行くって、無責任すぎるでしょう。そんな悪いところだけ、ファーストガンダムを真似しなくても良いでしょうに。

しっかし、あの最悪に格好悪い宇宙服、誰も止めなかったのでしょうか?連邦軍のパイロットスーツ(除:フリット)や整備兵の(あれは消防服のイメージでしょう)はマトモなのに、どうしてああなったのか。


一方、ディーバの強襲揚陸艦モードは、ペガサス級直系のデザインで好感触。何故かブリッジが突き出るのはご愛敬ですが。
で、ここで作戦内容が、改造された主砲の射程内にディーバをねじ込み、必殺の一撃を見舞う、と言う物である事が解ります。対ビーム拡散弾による防御と言い,
ア・バオア・クーそのまんま 説得力のある描写で好感触。……なんですが、前々話でブリーフィングしてた作戦と、全然違ってませんか?


さて戦闘後半は、この訳の解らない敵の密集描写で幕を開け、いきなり三国無双みたいな頭の悪い画面作りに。弾撃ったら味方に当たるじゃん……
理由は解るのです。画面をパンしたりカメラを大きく動かして、俯瞰的に戦場の全体像を示すのは、和製ゲームが苦手とするところです。特に、レベル5は携帯機が主流で大きくカメラを振るような演出は経験が薄いはず。そのため、動かない画面を細かく切り替える、大型テレビが普及した現在ではとても見栄えのしない、垢抜けない描写ばかりになるのでしょう。
例えばこの作品、今までズームイン・アウトなんかをほとんど使ってませんよね。戦場全体を見せ、即座にズームアップしてミクロの戦闘にシフトさせたり、射撃と着弾をシームレスに見せるような、動きのある画面のことです。


そして、又盛り上がらない特攻描写。と言うか、直前にUEの機体が戦艦にはね飛ばされる描写を入れているのはなんなんですか?あれじゃ、それより軽いMSを敵艦にぶつけても、何も起きないのは自明じゃないですか。
後、政治リーダーが特攻して、誰があんた等の派閥の和解や今回の反乱騒ぎの責任取りみたいな戦後処理をやるんだよ?と言うツッコミは、しても良いよね?あれじゃ、クソみたいな戦争をおっぱじめて、ゴミみたいな作戦で戦後を支えるべきエリートの卵を殺戮したあげく、責任も取らずに部下巻き添えに特攻した旧軍のゲロ野郎と同じですよ。

で、止める方の理屈が「死んじゃダメ」って……
いっぱい死んでるじゃん!お前の僚機はどんだけ落ちてるんだよ!?


一応今回の作戦は、ちゃんと「途中まで成功しつつある」と言う描写に落ち着き、王道に回帰しました。しかし、何故か事前の作戦内容と実際の内容が異なるなど、訳の解らない演出で、シナリオの迷走が透けて見えます。

まあ、頓珍漢な展開を挟みつつも、何とか話としてはまとまりかけているようなので、第一世代の話は辛うじて「終わりよければ」に着地出来るんじゃないでしょうか?さすがに予算も豊富なだけあって、踏みとどまれる可能性はそれなりにあるみたいですね。
ま、何というか、期待はせずにまた来週。



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2012年01月10日

機動戦士ガンダムAGE 第12話 感想





機動戦士ガンダムAGE 第1巻 【豪華版】(初回限定生産) [Blu-ray]
機動戦士ガンダムAGE 第1巻 (初回限定生産) [Blu-ray]


業務と付き合いとコミケが重なる年末年始の忙しさにかまけて、つい視聴が後回しになっていましたが、とりあえず12話の感想です。
ちなみに、帰省時に旧交を温めた某企業社員によると、AGEの在庫は本当に洒落にならない事になっているそうで。好調な戦隊物の黒字を大きく食って倉庫と帳簿の癌と化しているという話に、そりゃそうだよなあ、と納得せざるを得ませんでした。


第12話「反逆者たちの船出」



とりあえず、三週間ぶりに視聴を再開して最初の気持ちは「ええと、なんでこいつ等こんな無茶に付き合うんだろう?」。
今まで、連邦やその構成国・人民が腐っているという描写は幾らでも出てきました。でもUEは、単なる害獣程度の描き方でしたよね。私怨で凝り固まっている艦長と血気盛んなガキである主人公は良いのですが、他のクルーが地位も命も全てを投げ打って協力する理由は、特に見えてきません。


↑一見無重量圏を表現したように見せて、思い切り不適切なSF描写。
重力圏下での運用を含むなら、艦底部側にカタパルトを設置する必要があります。そして、もしそうでないのなら、ロール運動時の事を考えて、艦中心軸から見て外側にカタパルトを設置しなくてはなりません。そうでないと、ロール運動中にカタパルトを使おうとすると、機体が浮き上がる方向に遠心力が働いてしまいます。

直後の艦制圧方法(カタパルト前面に艦載機を浮かべてどうします?艦載機銃に撃ち落とされますよ)と合わせて、どうにも描写が中途半端。閃光弾を使った奇襲とかも、頭脳戦を気取ったりせずに勢いで押し切る戦闘描写内でやれば、普通に映えたはずなのですが。


それより何より問題なのは、ディーバ主砲と連邦正規艦隊との連携砲撃ですら全く傷つかない、UE艦隊の描写でしょう。こいつら、これから敵の本拠地の乗り込むんですよね?威力偵察ならともかく、彼らが勝てると思っている理由が、サッパリ全く理解できないのですが。

全三世代予定で、今回の作戦が失敗するのは作劇上は自明。ですが、そんな舞台の外の事情はどうでも良い話。ちゃんと「勝ち目がある」と言う描写をした上で敗北してくれないと、物語は文字通りの茶番劇になってしまいます。


とりあえず、ユリンさんがあんな目やこんな目に遭う薄い本はそれなりに出るのかなあ、などと思ったり。って言うか、そんな益体もない内容の本くらいしか、見てみたいと思う作品が想像できませんでね。
そろそろ持っている同人誌が類型400冊に達しそうな昨年の最高作(感想こちら)と違って、埋めたいと思う空白も解釈も愛着も、全く見られませんので。






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2012年01月02日

宇宙人って最高だな!/映画「宇宙人ポール」 感想

新年の挨拶は、謹んでスルーさせていただきます。だって俺らにとって、別に目出度いことなんざ何もないだろ!?
とまあ、完全に一年の予定に組み込まれたコミケも終わってしまい、あとは単なる連休に過ぎない正月、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

とりあえず、新年らしく映画を見に行ってきたので、今年最初の更新はこれにしようと思います。


宇宙人ポール
宇宙人ポール

「宇宙人ポール」は、コミコン(SFファンが集うアメリカ版コミケみたいなもん)の帰りに「フィクション内の典型的な宇宙人」であるポール(自称)を拾ったオタク二人組の、アメリカ縦断ロードムービーです。
内容を見て解るとおり、SF映画を端からパロったB級映画。全編にネタが散りばめられており、この手のが好きなクソ野郎ども(私のことです)なら大喜びで楽しめる代物です。と言っても私、クライマックスのセリフがエイリアン2のパロディと気づけなかった程度なんですけどね…… そもそもシガーニー・ウィーバーが、余りに記憶と変わり果ててて気づかなかったせいなのですが、普通に悔しいです。

とにかくこの映画はB級であり、B級であると言う自覚の元場面場面の面白さ以外は全て切り捨てて居ます。シナリオは超適当ですし、キャラクターなど記号です。しかしこれは、SF映画ネタをばらまき楽しむための最適戦略であり、むしろだからこそ、非常に高いクオリティを実現しています。
良質なエンターテイメントだったのに、突然高尚文学路線に移ろうとして盛大に崩壊した作品は珍しくないわけで、こう言う「求められている物」「やりたいこと」を絞ってその路線を踏み外さない作劇は、見た目以上に賞賛されて然るべきものです。ストイックな娯楽作品・意識して低俗(「高尚」の対義語)を貫くって、実は難しいんですよ。

従って、主人公二人組は身も蓋もないいつものサイモン・ペッグとニック・フロストですし、原理主義者に田舎者、メン・イン・ブラックから悪いオタクに至るまで、一目で解るキャラクターで、役柄を見誤る心配はありません。あとは、ひたすらネタ・ネタ・ネタ!
しかし、ドタバタロードムービーである以上、それで一体何の問題があるのでしょうか?旅先で起きる個々のイベントや馬鹿げたシーンは全て力の入った肩すかし(語義矛盾?)で演出されており、映画館に笑いが絶えませんでした。

個人的には、スピルバーグ(出演:本人)がポールからアドバイスを受ける回想シーンが最高でしたね。「僕、演出にだけは自信あるんだ!」とか、お前自覚してたのかよ!?みたいな。


でまあ、上記の通りシナリオは極めてシンプルで、最後のどんでん返しも「ためにする」代物で伏線とかは超適当。多分、メン・イン・ブラックとオタク二人組が交わした会話から、何らかのネタだと思うのですが、あれどう言う意味なんでしょ?恐らく、解ればあれも意味が出て来るシーンなのでしょう。

未知との遭遇やE.T.のパロディ兼オマージュ(あからさまに前者でありながら、後者の要素を強く含む所に、愛を感じます)は何だか素直にジンと来ますし、新年一発目に見る映画として、かなり良質だと思います。タレントが安い口上で客寄せをしている「感動大作」などより、余程生きる活力を貰いましたよ。
今は亡き宮崎駿(人格的な意味で)がラピュタのDVDおまけのインタビューで語っていた、娯楽作品は人を楽しませてなんぼ、偉そうに高所から説教をするようになったら死んだも同じ、と言うのは、きっとこう言う効果を理解してのことだったのでしょう。

と言うわけで、公開館数も増えつつあるらしい宇宙人ポール、近くでやって居たら鑑賞をお勧めします。やっぱり、愛のある娯楽作品って良い物ですね。


Paul Sound Track
Paul Sound Track

↑サントラは、迷った末に買いませんでした。オープニングでかかるANOTHER GIRL ANOTHER PLANET(リンク先は you tube)は凄く合っていたのですが、iTunesで買えばいいやという結論になってしまうわけで。

……ところで、今検索してみたら、AMAZONのMP3ストアの方が安い件(こっちはAMAZONアフィリエイト。アフィ死ね主義の人は、直接AMAZONに飛んで曲名検索すれば一発で出てきますよ)。アップルは段々気にくわない所も増えてきたので、今買うならこっちですかね。

何にせよ、独占にならないように両者仲良くつぶし合ってくれているようで、ありがたい事です。
日本勢が「二大怪獣の激突に巻き込まれて逃げ惑うだけの自衛隊」状態なのは、一切同情しませんよ。怪獣に対抗するどころか、CCCDや輸入権、あげくはiPod課金要求に至るまでユーザーに銃を向け続けた事、忘れるつもりはありませんからね。



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2011年12月24日

輪るピングドラム 第24話(最終話) 感想

輪るピングドラム 8
輪るピングドラム 8

↑AMAZONレビューが酷いのはもう自然現象みたいなもんですが、幾ら何でも仕様も公開されてないBlu-rayに、放送直後☆1つ批評とか、掲載前にチェックしろよという世界。作品じゃなくて商品のレビューのはずなんですが……


前話までの感想はこちら


良い意味で視聴者を翻弄し、煙に巻き、迷路の中を引きずり回してきた輪るピングドラムも、ついに最終話を迎えました。


第24話「愛してる」


冒頭。主題歌カット、反転ロゴと、省力でインパクトを持たせる演出から。


全てのモニターがフラットの中で、HR:Heart Rate=心拍だけがマイナスに食い込んでいく意味は、壊れる心の暗示でしょうか。

真俐が言う「世界が壊れる様」とは、運命の乗り換え=世界改変の事なのでしょうか?


陽毬に全てを捧げ、陽毬にすがりつく冠葉の姿は、桃果に救われて桃果に執着した多蕗夫妻と完全にパラレル。パラレルさを見せることによって、ここからの分岐を強調しています。


さて、運命乗り換えの起点、バタフライ・エフェクトのきっかけとなるのは、22話で予想したとおり、ダブルH。


そして、回想と現状だけでなく、久しぶりに舞い散る☆によって現実と幻想の区別が一気に曖昧になったところで、満を持しての「生存戦略」。


しかしそこで展開されるのは、愉快なバンクでも乗りの良い小芝居でもなく、ただ歩くだけで体を切り裂かれる現実そのものの光景。


冠葉の凶行は、心が壊れた故ではなく、陽毬を救うためにできる事を全てやらなければ心が壊れてしまうから。そして、凶行を続ける事が陽毬との絆を失うことに他ならない、と本人から指摘され、最終的に壊れます。


一方で回想はただひたすら暖かく、優しげで、陽毬さんは天使のように可愛らしい。今までのように、逆説的にフィクション性を強調していたメタ演出の電光掲示板は消え、剥き出しの幻想が画面を包みます。


ただ、何とか意味を追えたのはこの辺まで。これ以降になると、暗喩と不確定情報の海に飲まれて、画面を見つめる事しかできなくなっていきます。
十数年前(?)冠葉は晶馬を救い、その命を分け与えた。それを返す?結局、晶馬の罪とは一体何なのか?そして、何故彼はリンゴを愛していると言ったのか?


ベルトコンベアを逆流した(運命の乗り換えに合流しなかった?)ペンギンたちの意味も、どうにも上手くまとまりません。


解釈によっては、桃果が全ての黒幕、と言うような結論すら導けそうな辺り、混乱に拍車がかかります。


結局、晶馬と冠葉は消え、疑似家族は解消。ただし、彼らの痕跡が世界から消えても、愛されていたという形にならない記憶が陽毬の中に残ることで、二人は陽毬を救う事に成功している。

それにしても、不自然な原色が消え、普通の幸せな小家庭となった旧高倉家の、なんと寂しげな事。背比べのあとも、集合写真も、ペイントも消え、たった一つ残ったのは、もはや見えなくなったペンギンが届けた置き手紙だけ。

正直、細かな因果関係については意味が解らない部分が多すぎるのですが、大枠として、「愛する者に『愛されていた』と言う宝物を残すために、本来そこに居るはずではなかった者達が奔走した話」と、まとめられるのではないかと思います。
とりあえず、ラストの多蕗夫妻の会話はそう言う意味だと解釈しました。重要なのは愛している、でも、愛してもらう、でも無く、「あなたは愛されたことがある」と示す事。だからこそ、最後の置き手紙はああなるのでしょう。

とりあえず、テーマらしき物は納得できる形で示されたのと、絶対に手を抜いてはいないので、「良くわかんない部分も多いけど凄い作品」と言う評価で問題無いと思います。その点で、テーマからも視聴者からも、そして自分からも逃げたEVAとは違いますので。

やっぱり、Blu-rayが出たら全部見直して、解釈と評価を固めなきゃならないなあ、と思いました。
あれだけ解りやすく本筋を提示してきた話が、何故ラストでこう難解になってしまったのか解らないのですが、それで作品が陳腐になった感じはしないんですよ。ただ、手放しで誉められるかというと頭の回りに「?」が複数回っている状態で、それも難しい。
演出に誤魔化されただけ、と罵倒されそうな気もしますが、いつも言っているように、矛盾や瑕疵を誤魔化せるくらい凄いパワーや演出があるのなら、それは間違いなく凄い作品なわけですから。

ただ、当然引っかかるところはあるんですよ。「ピングドラム」や「生存戦略」と言うキーワードについては、多少陳腐になっても、口にしていた側の意味・解釈を示すべきではなかったのか、とか。

とりあえず、視聴直後の感想としては以上。
今までの、良くも悪くも強烈な印象を残した作品(まどか☆マギカとかAngel Beatsとか、あるいはゲームでリライトとか)と同様、考えがある程度固まったら、まとめを書くかもしれません。




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2011年12月19日

機動戦士ガンダムAGE 第11話 感想




機動戦士ガンダムAGE 第1巻 【豪華版】(初回限定生産) [Blu-ray]
機動戦士ガンダムAGE 第1巻 (初回限定生産) [Blu-ray]


三世代にわたる、などとぶち上げてしまったせいで、ガンダムXのように打ち切る事も困難になって、すっかり不良債権状態のガンダムAGE 第11話です。


第11話「ミンスリーの再会」



冒頭。「戦いが大きくなっていきます」と言うような葛藤を全部セリフで説明するのは、多分子ども向けとして正しい演出。バンクのカットインも挟んでますし。

とりあえず、エミリーとユリンのヒロイン争いは、きっとここから重要になるはずなんですよ。第二世代に色々引き継がれるわけですし。聖戦の系譜的な?
でも、恋愛物をやるのであれば、それこそキャラクターをもっと大切にしてやれば良かったのに。それこそ第一世代は、ガンダムの調整や製造は行っても、戦闘については参加せず、横でストックホルム症候群やってるだけでも良かったんじゃないでしょうかね。
勿論それでは華がなさ過ぎるのですが、主人公が戦争に参加する動機も外的な環境(軍のシステムとか、末期戦とか)も描けていない現状だと、その方がマシだった気がします。


いつの間にか、エミリーとデブ(名前なんだっけ?)が制服を着込んでいると言う事は、彼らは軍属配備か何かなったはずなんですよ。ところが、そんな重要な部分が、全く描かれていない。これ本当、どう言う事なんでしょう?確かにエミリーは、元々連邦軍制服もどきの私服を着ていたので、違和感なく流してしまえるのですが。

ただ、最初に書いた不良債権状態というのと合わせると、ひょっとしてエピソードが削られ始めているのかもしれませんね。前回も冒頭がその前と繋がっていませんでしたし、2クールか3クールで無理矢理終わらせるつもりかもしれません。

だから、連邦軍の主力兵器を数分で時代遅れにする兵器開発システムとか、気にしちゃダメなんですよね?


枝の音一つでレイプ魔のごとく追い回したあげく、第一声で最初から正体気づいていたと解るこの意味不明のシーンとかも、時間が無いから仕方ない!
「やっぱり君だった」ってのも、勿論アレですよ。ニュータイプへの覚醒的な伏線を急造してるんですよ。

なお、ユリンがあのショタ少年と違って、「一人で避難地域にいたのは、純粋に逃げ出してただけ」ってオチも驚きました。ニュータイプ能力とかは、つまり偶然持ってただけって事!?
と言うか、この再会も完全な偶然なんですよね。


乙女チックなユリンの物言いは、ヒロインとして悪くないのです。むしろ好みなのです。でも、そんな平和の象徴のような言動を振りまくのであれば、出会いが戦場で戦闘補助が一番の見せ場なんて言う初期の展開は、どう考えてもおかしいでしょう。


孤児と養い親との葛藤とかもねえ…… 本当、最初のコロニー襲撃事件前であれば、日常を象徴する「小さな大問題」として戦争との落差を出す小道具になったでしょうに。
あるいはせめて、この話でフリットは戦争から一旦降ろすべきでした。戦争から離れ、日常の問題と関わったあと、それでも戦争に巻き込まれて戻らざるを得ないというお約束のシーケンスにしておけば、ちゃんと活きたはずなのです。今回の描写では、単なる寄港地のミニイベント。半舷休息で上陸した水兵が、酒場で姉ちゃん口説いているのと変わりません。


一枚絵を連発してフラグを急造していますが、これユリンじゃなくてエミリーなら決まったのに。と言うか、この流れなら、エミリーとユリンは一人にまとめて良かったのでは?最初の襲撃事件で別れ別れになった幼なじみが再会する、と言う話にすれば、何の問題もなかったはず。てか、エミリー不憫すぎ。
余り具体的な描写をする必要も無いので、ユリンとのラブラブシーンをああ言う方法で処理したのは、上手いと思うんですよ。Zガンダムみたいに、結局フォウにカミーユが何を感じたのか解らない例の話に比べれば、遙かに洗練されています。実際ユリン滅茶苦茶可愛いですし。ただ、これも善し悪しで、やはり0から関係を作る相手となると、もう少し尺が欲しくなるところ。今まで関係がある設定になる幼なじみにしておけば、より完璧だったかと。
ちょうど佳境に入っている「輪るピングドラム」(当BLOGの感想はこちら)が、三人兄妹の関係を演出する時に、とても解りやすく使っているように。
噂されるように、フォウ同様ユリンが使い捨てられる運命なら、ヒロインが二人必要なのでこうせざるを得ないのでしょうが。でもそうなると、エミリーはヒロインらしい描写もないままヒロインになってしまうので、凄くバランスの悪い脚本になってしまうんですよね。ううん……


兵器の私物化お咎め無し、領内でUEが暴れても梨の礫。だけど、犯罪者一人捕まえるために、現場指揮官の権限で中立コロニー内に軍隊入れて迷わず戦闘行動までやっちゃうぜ!

まあこれは、現場指揮官を統制できる「中央」が機能していない、って言う描写だと思うんですよ。ガンダムシリーズの連邦って、毎回そんな感じですし。

でもあのボンクラ軍人ども、自分たちがやらかしている事が、全員射殺された上で外交問題になるレベルって解ってるんでしょうかね?金大中事件もイスラエルの戦犯拉致も、極秘裏に目標を確保してシラを切ると言う方法だから、何とかなった事なんですよ。

まとにかく、連邦軍は明確に邪魔をする敵という扱いにして、「さらば宇宙戦艦ヤマト」をやると言う事は解りました。この分だと第一世代の話はちょうど1クールで終わりそうですね。となると、やはり3クール、当初予定から1クール削って終わらせたいという感じでしょうか?
制作側が損切りに入ったなら盛り返す事は難しいでしょうが、要所要所で一応決まる演出を入れられれば、終わりよければ式の駄作回避は一応あり得るかと思います。今回も、一枚絵のクオリティは高かったですしね……
と言うわけで、また来週。




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2011年12月18日

輪るピングドラム 第23話 感想


VCD 輪るピングドラム ペンギン2号
VCD 輪るピングドラム ペンギン2号

↑帰省した時に新宿アニメイトに飾られていたぬいぐるみ、やっと発売されるのか!と思っていたら、ぬいぐるみじゃないんですね、これ……
あいつ等は見た目からして柔らかそうな素材(?)なので、絶対ぬいぐるみが向いてると思うんですが。
ちなみに、VCDは、「ヴァイナルコレクティブルドール」の略らしいです。



前話までの感想はこちら


残り二話でどう収集がつけられる(受け身&可能)のか、ドキドキしながら視聴開始する、輪るピングドラムの第23話です。


第23話「運命の至る場所」



冒頭が回想なのはもう定型ですが、真俐って誰だっけ?と言う程度にはキャラ音痴。だって、公式ページのキャラ紹介欄以外で、名前出てきてないじゃないですか。


そして回想の背景は、朝靄の都庁や東京タワー。確かに今までも、各駅の名所を大写しにしたりしてましたが、オウムもどき事件当日と言う事で、画面の向こう側がグッと現実に近づいてきます。


そしてここで持ち出されるのが、「生存戦略」経由「運命の至る場所」と言う表示。恐ろしく解りやすい、本来なら失笑すべき演出(ここからクライマックスはじまるよ!と言うガイドマーカー)なのですが、人を食った演出の延長上で出てくるため、むしろスマート。


この辺も、EVAの夕焼け無人電車の延長線上にある、ボロ雑巾のごとく使い尽くされたセカイ系描写の延長上。ですが、ここまでの蓄積があるため、決して陳腐にはなりません。つまるところ、上手い演出とは、アイデアでは先人の知恵を借りても、実際の描き込みに当たっては手を抜かない事ではじめて成立するわけです。

ところで、普段のシーンでは記号として描かれるモブ達が、ここでは逆にちゃんと顔を持つ存在として描写されているところに注目。
前回冠葉が殺戮した警察官達は、顔がありませんでした。あれは恐らく、社会から迫害されて顔のない「敵」に囲まれた晶馬の心理・立場を反映した物。だとすれば、真俐(医者)は、周囲の社会を顔のあるものと認識した上で凶行に及んだのでしょうか?それとも、彼には「顔」が見えていなかったのか?

さて、桃果が分かたれた存在がペンギン帽で、真俐が分かたれた存在がウサギと描写されましたが、どうにもまだ理解の外。真俐は余りに医者らしくなかった事もあり、実際に主治医の部屋にいたウサギ二匹が本体と言う事なのでしょう。では、桃果の化身であるペンギン帽sは、一体何を目指していたのか?真俐の邪魔?
しかし結果的には、陽毬の命を交換条件として提示したせいで、真俐とその呪いを呼び込んでしまった感があります。


呪いと奇跡の皮が剥ぎ取られれば、残るのは陽毬の命は秒読みという現実だけ。それを受け入れ、過去を引きずらないというのが最も正しい現実的回答ですが、それを晶馬は受けいれられるのか?ペンギン帽、そして陽毬の願いは、それで間違いなさそうですが。


ペンギンも、もう芝居をする余裕無し。

セリフも、「その列車に乗ってはダメ!」とか、本当にストレートになってきました。しかし、繰り返しますが、それを陳腐に見せないだけの積み重ねが、ここまでされているのです。おかげで、散々引っ張り回されてきた視聴者は、冷笑的な態度で画面を見つめる事が、出来ません。


思えば、推理小説における謎解きフェイズというのも、同じ機能ですよね。探偵の謎解きシーンは、原則的には演出もへったくれもない説明です。しかし、それまで読者を引っ張り回すセオリーがあればこそ、そこに描写力が云々というケチが付く事は普通無いわけで。


さて、リンゴが桃果から日記を託されて決意新たと言う所が今回のヤマに見えますが、ブラフじゃないかという気配が。
まず、ペンギン帽はリンゴから日記を奪取しようとしていた側。つまり、ペンギン帽=桃果の狙いは、そもそも日記の排除だったんじゃないかと思われるわけで。
でもこれは真俐による日記悪用を防ぐためかと思っていたのですが、真俐は既に日記など関係なく大量破壊計画を推進しています。この辺が、ちょっと解らないのですよね。単にペンギン帽が見込み違いをしていた、と言うだけで良いんでしょうか?


閑話休題、ついに陽毬の仮面をかぶる事をやめた(自身が仮面ですが)桃果によって、自分たち自身の「ピングドラム」を見つけろ、と発破がかかって以下次号。
運命乗り換えツールがピングドラムなら、自身の未来を選択せよと言うとてもありきたりな話になります。まさか、単なる精神論でここまでの話をしめる訳には行かないはずなので、どう言う結論に持って行くのか、最後まで目が離せません。この胸のドキドキには、当然作品が「外れ」で終わる可能性への危惧も含まれているわけですが。
いや本当、見事なまでに最終回に全ての結論を持ち越して集約しましたね。勿論、ドラマの構成としては大正解です。逆に、最終回の評価がそのまま作品全体の評価になる事が決定的になったので、危うさもひとしお。
ま、その辺も含めて、冬眠前のクマのごとく、落ち着かない状態で来週を待ちたいと思います。


あと、エンディングにシナリオを重ねる特殊演出を、最後の機会である最終話一歩手前に投入。こう言う定型的なあざとさは本当に素敵。セカイ系全開の真俐とそれに従う冠葉が実に素敵な悪役ぶり。テーマ的に、こいつ等をなんとかするというのは、「2000年前後のアニメ等サブカル文化への総括」とか言う御託をくっつけて語る事もできるでしょうね。いや、これも良い意味でね。
そう言う少し前のメジャーに対するアンチテーゼというのは、こちらも共感しやすいですし、より一層期待が大きくなるところです。

と言うわけで、また来週。




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2011年12月13日

魔法少女まどか☆マギカ The Begining Story 感想

魔法少女まどか☆マギカ The Beginning Story
魔法少女まどか☆マギカ The Beginning Story


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本当に久しぶりに、心の底からアニメに「はまる」と言う体験をさせてくれたまどか☆マギカですが、おかげで関連支出がひどい事に。薄い本も関連商品も、手当たり次第買い漁っては地雷原徒歩横断の気分を味わっております。いや、さすがにグッズは大幅にスルーしてますけどね。ストラップだの文房具だの、使い道ないですし。

と言うわけで、これまた内容未発表時点でAMAZONカートに放り込んだ「The Begining Story」が届きました。しかし、届いてみたところ、これは脚本家が提出した企画段階のシナリオ(決定稿という扱いですが、当然ここから実際の制作過程で色々変えられています)を、多少整形した物だと判明。あ、決定稿以前の物も、一部収録されています。
で、エピソード0的な小説を勝手に想像していたため、思わずボロクソに叩くエントリーでも書いてやろうかと中身を見て(中身を見ずに感想を書くという選択肢はありません。それだけはやりません)、即座に翻意しました。

理由は2つあります。

1,虚淵氏の原稿段階での完成度が確認できる
2,そこからの微細な変更点に、制作陣の優秀さが伺える


まず1ですが、基本的にト書き調である物の、シナリオとしてほぼ完璧に仕上げられています。何しろ、シナリオに書かれていないシーンが、全く見あたりません。情報は無駄なく隙無く埋められていて、監督がユリイカの特集号(当BLOGの感想はこちら)の言う「脚本を映像にしただけ」と言うのが本当だったのかと驚愕できます。勿論、一種の偶像を作り上げるために、実際の初稿からかなりいじった物を出版した、と言うのは普通にあり得ると思いますが、素直に驚いておいた方が楽しいので置いておきます。

いや冗談じゃなく、下手なラノベよりも情報量多いですよ。改行少ないし。シーンもきちんと、概要だけでなくアクションまで指定されていますし。言わば、字で書かれた絵コンテ(形容矛盾)です。昔同系の物を見た時、結構いい加減に指定されていたのを憶えているだけに、ちょっと驚きました。
ただ、元々脚本=スクリプトがほぼそのまま画面上に表示されるゲーム畑の人なので、普通のアニメとは違うのかもしれません。

そして、2.
元の脚本から変えられているところは少ないのですが、それがとても納得の行くポイントになっています。
例えば、第一話でほむらがキュゥべえを追いかけるシーンで発射されるのは、脚本では、謎の光弾ではなく銃弾になっています。あれはネタが割れたあとになって見ると、「じゃ、結局あれってなんだったの?」と言う疑問を残しましたが、整合性より演出を取って改変していたわけですね。
ほむらが使うのがマジカルな力ではなく現代兵器の物理力であるという事実は、作品世界と暁美ほむらと言う「主人公の少年」たる立ち位置を、暴露してしまいます。(詳しくは、前の考察で書いたとおり

同様に、マミさん初戦闘シーンにおける一人戦列歩兵(マスケット一斉射撃)も、脚本段階では「マジカルマスケットを連射」を書かれています。これは画面上ではマシンガンになってしまいますから、あの段階でやってしまうと、早々に魔法少女物を逸脱してしまうという問題があったはずです。そこはきちんと変えてあります。

他に細かいところでも、さやかがバットを「体育倉庫からガメて来た」となっていたりするのが、興味深いです。恐らく、学校を含め世界の描写をああ言うデザインで行く事が決定した時に、泥臭い「体育倉庫」の語は削られたのでしょう。プロダクションノートの詳細な描写指定と合わせて、とても丁寧に世界の一貫性を保とうとしているのが見て取れます。
昔EVAがヒットしていた時に、某ガンダムのキ○ガイ監督(誉め言葉)が、「アニメってのは、元々あれくらいしっかり作るのが当たり前なんだよ!そうすりゃ面白くなるんだよ!」と吠えていたのを思い出します。


とまあ、あの作品に感動した人間にとっては、興味深い事この上ない一品でした。届いた瞬間外れ扱いして、本当にすみません。
他にも、画面には出ない情報が書いてあったり、(杏子が教会廃墟のシーンでさやかに言い返せなかったのはリンゴが盗んだ物だったから、とか、仁美の告白は成功してるとか)上手くカットしたなあと思うところがあったり、(上條と仁美の帰り道の会話内容は石ノ森章太郎。おい!)ワルプルギスの夜が「巨大怪獣ワルプルギス」と表記されていたりと、見所は色々あります。多くの人が連想したとおり、ほむらが参照していたサイトが脚本段階では「腹腹時計オンライン」だったりとかね。

まあ、余りに面白ポイントを書き連ねてしまうと営業妨害になり金無いので自重しますが、ファンなら買っても絶対に損をしたとは考えないのではないでしょうか。多少値段は高めですが、それに見合うだけの分量もありますし、一読お勧めしたいところ。

改めて作品の実力を垣間見せられて、映画が本当に待ち遠しいです。



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Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)アニメ・映像系

2011年12月12日

機動戦士ガンダムAGE 第10話 感想




機動戦士ガンダムAGE 第1巻 【豪華版】(初回限定生産) [Blu-ray]
機動戦士ガンダムAGE 第1巻 (初回限定生産) [Blu-ray]


ガンダムAGE感想エントリーの、ページビュー数が増えてます。多分、感想を書いていた人達の多くが脱落し、残ったBLOG等にアクセスが集中しているのでしょう。何とももの悲しい光景です……


第10話「激戦の日」


冒頭、何か時間が飛んでませんか?と言うか、いつの間にファーデーンに戦艦が接近して居たのでしょう?話が繋がっていなくて混乱します。そう言えば、納入予定の戦艦も見あたらないですね。
ところで、ま~たオペレーターが唐突にウルフに好意を示したりしてますね。伏線とか、もう少し大事にして欲しい所。


一方戦闘は、前回予想したとおりワンサイドゲーム。UEの機体の優秀性が「撃ちまくっても当たらない」ならまだ絵になるのですが、オールダメージ0ではノコノコ出てくるエウバやザラムがアホにしか見えません。って言うか、ドッツライフル支給しろよ。
「息が合っている」って言っても、客観的に見てただの弾よけですよね。それならそれで、「自分たちが陽動して、ガンダム達を支援する」と言う動きを強調してくれないと。


戦術を、ウルフが全部セリフで説明とか、アクション作品をなめてるんですかね?しかも戦闘の真っ最中に。
そもそも、あんな「それ以外あり得ない」戦術を、凄い凄いと褒め称えられてもなあ…… 画面上で凄さを強調する事に失敗した時点で、こう言うセリフは白々しさしか生みません。もっと言えば、画面上で凄さを示せれば不要なセリフなので、どちらにしてもひどい演出です。


あれだけ戦争をサバゲーと同レベルに描いておいて、今更戦死を大仰に演出するのも謎ですが、(サバゲーとして描くもんだと思ってました)射出座席もない機体で殺し合いに来るこいつ等と来たら…… せめて「やめろ~!」じゃなくて、「脱出装置が働かない!」の方が、それっぽいんじゃないですかね。

戦争の悲惨さや生き死にの話をやりたいなら、何故最初3話の大仕掛けで、ちゃんと悲劇を演出しなかったのか?
ZZ的な、ノリの転換を図ってるんですかね?


ところで、連邦軍のマークはUC準拠なので、この作品は一応UC世界の延長上なんでしょうか?


今回の花道であるドンの特攻は、演出が全力で盛り上げに来ていて、結構良い出来だと思います。ただ、これまた和製ゲームの悪い点というか、「ゲームの最中に長々とムービーシーンを見せられている」感が強いんですよ。
これは、それまで活発に行われていた戦闘がこの間停止し、画面のダイナミズムが失われて視野狭窄になっているせいだと思います。単純に長すぎるというのもありますね。もう少し、フリット達が援護したり、止めようとするけど敵に邪魔されて近づけない、等の「それはそれとして戦闘は続行している」と言う演出があれば、この違和感は避けられたのではないかと思います。
つまり問題点は、ゲーム特有の、アクションとシナリオの分離です。


換装シーンでは、ウルフに活躍の機会を与えて綺麗にこの辺処理しているので、色々試行錯誤があるのだと思いますが。


新登場のスパロウ、配色・バランスは相変わらず最低ですが、動きと演出は上々。
膝の隠しグレネード、良いですよね。


何か、そろそろ、全般的に「こんなもんだよね」みたいな、適当な視聴姿勢に落ち着きそうです。当初の期待さえ無くなれば、所詮この程度の作品としてそれなりに視聴できる、と。

まあ、ボチボチ流し見していきましょうかね。




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Posted by snow-wind at 20:00Comments(2)アニメ・映像系

2011年12月10日

輪るピングドラム 第22話 感想


輪るピングドラム 7 (Blu-ray Disc)
輪るピングドラム 7 (Blu-ray Disc)


前話までの感想はこちら


忙しくてBLOG更新も滞りがちですが、これの視聴は外せません。
物語は、気づくと残り三話。一視聴者としては、演出に煙に巻かれている間に、引き返せない崖っぷちまで追い詰められた感のある、輪るピングドラムの22話です。


第22話「美しい棺」



さて、舞台上のコマは出そろって、ここからどう言う詰め将棋?と思っていたところ、いきなり「今までずっとそこにあったのに、動くと思わなかった」コマの投入から。まさか、ダブルHをこのタイミングで戦線に投入とは!
これで、前回ラストでデッドロックにはまり込み、視野狭窄的に暴走を開始した各キャラの動きのベクトルが、変化を始めるきっかけとなるわけですね。うわあ、上手い!

それと、この期に及んできちんとギャグっぽい演出を入れ、しかもそれが違和感なく機能しているという事実に喫驚すべきでしょう。普通、切羽詰まった状況でああ言う方向を出すと、視聴者は白けてしまうのですが、見事に乗り越えています。

ちなみに、彼女たちのレーベルは「PING RECORD」。そう言うスポンサーへの目配り(?)、嫌いじゃないですよ。


ペンギン1号が読んでいる「2011年宇宙の旅」は、ご存じ「2001年宇宙の旅」と「2010年宇宙の旅」を合わせたもの。表紙は、早川から20年前に出た決定版(リンク先のAMAZONを見れば解りますが、そのまんまです)をパロっています。
内容を一々関連づけるのは不毛かつ無粋と解っているのですが、やはり気になります。これは冠葉を、2001年で反乱を起こしながら、2010年で人類を助けるために協力し、そして一つ上のステージへと進化したかのHAL9000になぞらえているのでしょうか?

と言うか、1号がエロ本以外を読んでいるのは久しぶり(はじめて?)なので、どうしても気になります。


このシーンで、空気を読まない小芝居を挟む事もできず、倒れ伏したまま動かない1号とか、実に示唆的。


そして、このシーンの陽毬は何故あそこまで優しく冠葉を癒すのか?本当の陽毬なのか?
陽毬の存在のあやふやさは前から指摘してきたところですが、(一部は、本当の兄妹ではなかったという形で回収されました)この辺にいたって、ますます現実と幻想の境界が曖昧になっていきます。
最もこの作品については、最終的に幻想の存在を完全否定する落ちもあり得るのではないかと疑っていますが。


いつも真面目な3号が、グラビアで1号の気を引こうとするも、1号は微動だにしない。この辺は、とても解りやすい解説演出。
なお、1号が2011年に続いて手に取る「こころ」は、新潮文庫版の表紙。サイズは文庫じゃないですが。題名がパロディではなくそのままなのは、著作権が切れているからでしょう。2001年/2010年との関連は今一解りませんが、これも自分を犠牲にする人間の物語という事で手に取らせているのでしょうか?

勿論、最後に手に取らせる新潮文庫版の「ファウスト」で、二人の行く末を暗示させるのも忘れません。

ところで、AMAZONへのリンクをぺたぺた貼っていて思いましたが、こう言うのって、作品中で実物を使い、かわりに上がった売上の何割かを制作会社にキャッシュバックするようなシステムは、普通にアリですよね。アホな権利者側が「使うなら金寄越せ」と言うだけで、正の効果を考えずにぶち壊す様子が目に浮びますが、使用料を取るのではなく許可を出してむしろ金を払う方式の方が、WIN-WINになれるんじゃないかと思います。
実際、小説で登場キャラクターが愛読していると書かれた本を買ってみたり、映画で主人公が食べていた物を試してみたりというのは、誰でも経験がある事ですしね。

とまあ、そんな話は置いておいて……


運命の選択とは、すなわち今居る世界の否定。個人的動機で世界を焼き尽くすのは「許されない」と言う事になっているけれど、主人公としては120%正しい正義の行動。この、とても典型的なアンビバレンツは、冠葉が「主人公ではない」事で、とても解りやすく浮かび上がります。
なお、ここで陽毬がそんな事を望んでいない、と言うのはほとんど何の意味も持ちません。シータから帰ってくれと言われてそのままパズーが引っ込んで良いはずがないし、ラピュタの悪用防止とパズーの無事(「海に捨てて!」)を最優先する相手の願いなどうっちゃって、ヒロインを助けてこその男の子(何度も言いますけど、物語上の役割の話ね)です。
本当、お話の基本構造は凄く類型的で解りやすいんですよ。しかし・だからこそ、それを面白く魅力的に見せる事は難しいし、本当に実力を問われるところなのです。


陽毬が言っているとおり、幻想を消し去り、陽毬は救われず、有り得べからざる命が消えれば全ては解決するのです。一人を生かすために大勢を犠牲にする世界など、間違っているに決まっています。
しかし、これは社会構築シミュレーションではなく、社会の中で孤立した個人達の物語であり、視聴者の視点はその合理的な解を受けいれられる場所にはありません。


しかし、前回の多蕗夫妻襲撃の犯人が痴情のもつれってオチは、さすがに「おい!」とか叫びそうになったり。いや、ここでナンチャッテを挟みますか。

ただ、ようやく幼年期の呪縛を脱し、「愛されていた」と言う事実だけを心の宝石として前に進み始めた二人の物語は、とても綺麗に幕を閉じました。恐らく桃果にとっても一番満足のいく結末でしょうし、素晴らしいハッピーエンド。
でも、それでも、本当にそれだけで良いのだろうか?とは、哀しく狂った二人に感情移入していた私としては、引っかかるところではあるのですが。特に二人の場合、桃果から愛され救われるだけで、結局何も返せなかった(桃果としては、二人が生き残ってくれただけで、十分だったのでしょうが)と言う現実があるわけで。

少なくとも、冠葉は彼らと同じ道は取れないでしょう。何より、彼はまだ、陽毬を失ったわけではないのですから。


そしてメインストーリーの方は、冠葉の能力がほぼ明らかに。「任せろ」と言っていますから、ピングフォース関連の人材は、何らかの超能力者なのでしょうね。だとすると、桃果も何らかの形でピングフォースと関係があるのでしょうか?
この作品の非日常的側面は全てピングフォースへとつながるのですが、その中で桃果だけが異質です。「ピングドラム」という言葉で関連性が仄めかされるくらいで。となると、未だ正体がよく解らないペンギン帽が、両者をつなぐ架け橋となるのでしょうが……

それと、ピングフォース関連では、冠葉&真砂子の父が「恐ろしい事をした」が「あの人達に使い捨てられた」と言うのが新情報として提示されます。教祖じゃなかったんですね。あるいは、教祖だったけど組織に使い捨てられた?だとすれば、ピングフォースとは結局何なのか?

あ、そうそう。↑の画像もそうですが、モブを徹底的に記号として描く演出が、結局の所社会からの阻害を表して居た、と言う事を端的に示します。今回も、冠葉を追いかける警察は、拡声器ごしの機械的音声だったり、サーチライトだったり、警察車両だったりと、徹底的に非人間的に描かれています。


つまり、夏芽家の事情は、家を捨ててピングフォースに走った父と、そこから離脱した真砂子&マリオと言う事みたいですね。

ここまでの展開とはつまり、以下のようになるでしょう。
社会から阻害された子ども達が(疑似)家族を作り、ただそれだけを防波堤として、世界の中で生き延びてきた。しかし、お互いを至上とするその行動は、結局互いを不幸にし、より一層状況を悪化させていく……

やはりこうなると、家族関係の外にいるダブルHの存在は、重要な要素になりそうです。


そして次回は、今までほとんど狂言回しにしかなっていなかった晶馬に、ついにスポットが。残り2話でどう畳みかけるか、期待と不安で胸が潰れそうです。

いやあ、Blu-rayが出たら、まとめて見返したいですね。
それではまた来週。



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Posted by snow-wind at 18:00Comments(2)アニメ・映像系