2010年02月28日
ソマリアとソマリランド 参考書籍紹介

カラシニコフ I (朝日文庫)
今回は、この本↑の内容を追う事になります。
「小さな大量破壊兵器」と呼ばれるカラシニコフ銃が、いかに世界を滅茶苦茶にしているかというルポルタージュですが、最終章の舞台がソマリランド。ガンコントロールの重要性と、政府の最低限の役割について、非常に示唆に富んだ内容となっています。
朝日新聞社かよ、と思う方もいるかと思いますが、恐らくいわゆる朝日新聞的な論調とはかなりずれて来ます。これにきちんとお金と時間と看板を出した度量は、いくら賞賛してもし足りないでしょう。
ここからが本題。
アグネス・チャンが「ソマリアに行く」と言っておいて、実は「ソマリランド」に行っていた、と言う話が話題になっています。
私は、基本的にあの人は単なる宣伝塔なので、法務委員会で滅茶苦茶な理屈を振り回そうが、彼女自身は放っておくしかないと思っています。
ですが、今回の件に関しては、ある意味児童ポルノの問題よりも、はらわたが煮えくりかえる思いを味わっています。
何故か?児童ポルノに関するユニセフの問題は、「科学的証拠に感情と嫌悪感を優先させている」事です。そこに、少なくとも原理主義団体のような悪意はないと思っています。恐らく、それが子ども達のためになると思っているのだな、と。逆を言えば、そこが交渉(あるいは説得・議論)の成立可能点にもなるわけで。
ですが、今回の件については、明確な悪意と欺瞞が存在します。
まず、ソマリアとソマリランドがどう言う関係か、関連スレなどでも出ていますが、簡単に。
ソマリアは、最近一気に有名になった悪名高いアフリカの失敗国家です。一部では、失敗国家を越える「崩壊国家」などと呼ばれたりします。政府軍と非政府軍の内戦などと言う生やさしい状態ではなく、多数の盗賊団が跳梁跋扈しその中で最大勢力が便宜的に「政府」を名乗っているだけ。そんな、国家の体を為していない状況です。諸外国の援助はことごとく失敗し、一部のNGOが命がけの活動を行っています。
首都ですら治安機関は実質存在せず、政府の力が届くの精々大統領府と空港程度。NGOは傭兵(!!)を雇い、その数によって安全を確保します。銃器は氾濫し、当然ですが教育機関もインフラ整備も機能を停止し、どこから手を付けていいか解らない状態です。
唯一の希望だった国連の「和平創出型PKF」がブラックホークダウン事件として大失敗したのは、良く知られているとおり。
ここに立ち入るのは本当にキモの座ったNGOだけで、訪問するだけで現地について「語る」資格と寄付金の収集が見込めます。(何しろ、現地の生の情報を得るだけで命がけですから、信用できる援助窓口と顔をつなぐ事ができるだけでも、立派すぎる功績になります)
なお、同じユニセフの看板を背負う黒柳徹子女史は、98年にソマリアを訪問しています。(追記:彼女が行ったのもソマリランド、と言う情報があるんですが、ソースがありません。ただし、91年の独立後ソマリランドも内戦状態にあり、完全な民兵の武装解除が実現したの2002年。98年段階なら、まだ十分に危険地域と言えます)ユーゴを訪問して危うく民兵に殺されかかった事もありましたね。あれが、本物の支援活動です。他人ができない事をするからこそ、賞賛に値するのです。
一方ソマリランドは、先進国が引いた国境線ではソマリアの内部ですが、実質的には独立済。アフリカ最高のガンコントロールを実現し、治安はピカイチ。外務省の危険情報ページでは、”1991年5月 北部が「ソマリランド」と自称し独立宣言”と書かれているだけですが、アフリカとは思えないほど安全な国です。
これが国として認められないのは、単に独立を認めるとアフリカの内戦に拍車をかける、と言う判断があるため。もっとも、アフリカはあの悲惨な状況の方が先進国に都合が良いから承認しない、などと言われたりもしますね。まあ、ありそうな話ですが……
さて、これだけなら、アグネスは「叙述トリックで誤魔化して寄付金せしめるせこい奴」止まりです。ですが、事はそれだけでは済みません。
最初にリンクを貼った本で繰り返し書かれているのは、「失敗国家では、人道援助が事態を好転させない」と言う悲しすぎる事実です。勿論、難民キャンプに食事やワクチンを配れば、その場しのぎにはなります。それで救われる命は本当に多い。ですが、それだけなのです。
「政府」が機能していない所、単に一番でかい盗賊団が政府を名乗っているだけの場所に援助を送っても彼らの私腹を肥やして終了です。これは北朝鮮のピンハネなどとはレベルの違う話です。(悲しむべきか嘆くべきか、あの国は「国」の形があるだけマシなのです)何しろ、政府とは単なる盗賊団にすぎず、国家の長期的運営どころか、存続すら考えません。短期でどれだけ自分たちの利益を出すかしか考えないからです。
上記著作の中では、非常に簡潔に「兵士と教師の給料がきちんと支払われていない国は、国家とは言えない」とまとめています。まあ、詳しくは読んで見て下さい。文庫本になって非常に買いやすくなりましたし、図書館にはほぼ確実に入っているはずです。
そして、アグネスが許し難いのは、「ソマリアに対する援助」を訴えている点です。
盗賊団の群の中に援助を投げ込んでも、ユニセフが救うべき弱者は救えません。必要なのはAUなりPKFなりの軍事力で、とりあえず「政府」の存在する状態まで戻さない事には、話にならないのです。
例えば、援助物資を持ち込もうとしても各勢力に通行料を取られ、あるいは護衛(傭兵)を雇う事に金を取られ、さらには襲撃を受け、それを守るべき政府軍は公然と用心棒代を請求します。
あるいは、出自が盗賊団であったとしても、とりあえず政府としての責任を果たせる組織が出てくるのを待って、それまで援助をお預けにするしかありません。見所のある組織に軍事援助、と言うオプションは、失敗続きですが……
要するに、問題は、汚い嘘をついたという点以外に2つあります。
まずアグネスは、効果がろくに期待できない事に寄付金や資源を突っ込めと宣伝しています。ピンハネ目的と言われても、反論できないのではないでしょうか?
またその一方、ソマリランドをソマリアと同一扱いし、国際社会のろくな援助もないまま自立して国家を立て直した彼らの尊厳を踏みにじっています。大体、ユニセフはソマリランドへのワクチン支援などで大きな成果を上げているんですよ?当然ですが、「治安は良いが貧乏」と言う場所こそ、ユニセフのような組織は一番力を発揮します。それを誇るべきはずなのですが、彼らとしては「銃弾飛び交う危険地帯で援助活動をしている」と言う事にしたいのでしょうか?
最後に、これは今の所単なる邪推ですが、彼らは故意に両者をごっちゃにすることで、ソマリランドへの支援を取り付けたがっているのかもしれませんね。ソマリランドは国際的に認められた「政府」ではない(ソマリアと違って、曲がりなりにも議会が開かれ、殺し合いではなく話し合いで政治が行われているのに!)ので、援助が少なく苦労を強いられていますから。
しかし、それははっきり言って詐欺です。むしろ、ソマリランドの素晴らしさをアピールし、支援に値する(費用対効果が高い)と言う事をこそアピールすべきでしょう。このような嘘を駆使してお金を集めても、長期的には信用を失うだけのはずなのですが…… ユニセフ自身のみならず、ソマリランドの評判も。
どうも、児童ポルノ問題を見ていても思うのですが、情報操作の便利さに溺れて、初心を見失っているとしか思えません。そう言う方法は、いつか自分の首を絞めますよ。宣伝省の力量で国内統制を完璧にしたあげく、少数意見の排除された硬直した組織ができあがって自滅したナチスの例は、決して軽視するべきではないと思うのですが。
それにしても、上記の傑作ルポルタージュをものにしている朝日新聞は、きちんと批判をすべきでしょう。
現状、一般書でソマリランドに深く触れた書籍はほとんど無いはずで、「識者」として指摘する義務があるはずです。

武装解除 -紛争屋が見た世界 (講談社現代新書)
まともに政府が存在しない所に援助を行うのがいかに難しく、逆効果となりうるかについては、こちらを参照。
最終章では「戦争利権としての人道援助」と言う、非常に刺激的なキーワードが出てきます。それは、以下の作者の言葉に集約されるでしょう。人道援助団体が、「政治に関わらない」と言って戦争に反対しようとしない事を痛烈に皮肉った内容です。
「NGOは何も言わなかったじゃないか。それで人道問題が起これば、その利権に群がるのか?」
少し解説すると、戦争の結果インフラ破壊や飢餓等が発生すると、その復興事業は人道援助団体が政府(先進国)から受注する事になります。
勿論、彼らが期待に目を輝かせて、戦争や失敗国家を見ているわけではないと思うのですが……
2010年02月26日
今後の展開やや不安「ギャルゲヱの世界よ、ようこそ!」4巻感想

ギャルゲヱの世界よ、ようこそ! disc4 (ファミ通文庫)
前巻までの感想はこちらから。
すっかり忘れていましたが、4巻も読んだのでした。と言うわけで、感想を。
今回、物語は終盤に向けて「仕込み」の段階に入ったようです。「ギャルゲヱの世界」を呼び寄せたプログラム(?)に関する伏線が多く張られ、色々と設定が見え隠れしてきます。
素直に考えれば、あの世界自体がヴァーチャルなのでしょうが……
一方、この巻自体のテーマは、またしっかりした物を持ってきています。
それは、ずばり「好感度稼ぎ」。
それのどこが「しっかりした物」だ!と怒られそうですが、まあ聞いて下さい。
まず、あの世界は主人公の願望が投影された世界で、周囲の女の子達は、一名除いて全員「主人公に都合の良い」初期パラメータを与えられています。しかし、それ故に、恋愛物としてみた場合、最初から「話にならない」事になります。なぜなら、全員が主人公に「理由もなく好意を持っている」事になるからです。
勿論、主人公はこれまでの巻で彼女たちの行為に値する事を示し続けてきたナイスガイですが、それは文字通り「後付の設定」に過ぎません。最初から与えられていた「理由のない好意」は、清算されないまま負債として残ってしまっています。
しかしこの巻で、主人公は「主人公」の地位を奪われ、全ての設定をリセットされてしまいます。そして、実力でヒロイン達にアプローチし、「主人公」の地位を奪い取るしかない状況に追い込まれます。
これは、物語として非常に巧みです。序盤で不問に付された「主人公への好意」を、直接作り出していくわけですから。初期状態がラブラブで、中盤で突然「なぜ惚れたか」の回想シーンが入るシナリオが良くありますが、あれよりもはるかに上手いです。何故なら、読者は主人公と一緒に、設定を作って行く事ができるわけですから。
ただこれは、本来「主人公=プレーヤー」であるギャルゲーでやってこそ力を発揮する方法でしょうね。読書の場合、ゲームプレイと違って、読者はあくまで読者になってしまいますから。
閑話休題、この巻は、主人公がお気楽萌えゲーのそれではなく、初期ガチンコ系ギャル”攻略”ゲーの主人公にクラスチェンジする話、とも言えるでしょう。彼が取るアプローチも、見事なまでに接触してフラグを立てる、初期ギャルゲー(同級生とかの系統)フォーマットです。
勿論、このアプローチは全く「リアル」じゃないわけですが、「ギャルゲヱの世界」としての世界観を貫徹させる、完全に「正しい」描写です。本当、上手いですねえ。
と言うわけで、基本的に感心して読んでいたのですが、「物語の中盤」故の問題がありまして……
要するに、「主人公は誰も選ばない」と言う事です。これは商業的にこの段階でヒロインを決定してしまうわけには行かない、と言う事もあるでしょう。しかし、リセットされた設定の中で「全員の」好意を集めて回る主人公は、悪質なジゴロにしか見えません。あまつさえ、口説いている相手に”お前以外にも好きな相手が居る”と言って回ると言うのは、ありえません。二次元でも三次元でも、完全なフラグブレイクなわけで、あそこで、どちらのリアリティもまとめて吹っ飛んでしまいます。
もう一人の主人公の言う、「全員を幸せにできるわけがない」と言うのは、真理なわけですし。
と言うわけで、主人公がとっとと誰を選ぶか結論を出してくれないと、次巻以降も酷い事になると思います。戦略目標が定まった後の展開は毎回きちんと盛り上がりますし、イベントの組み方も手堅くて面白いのですから、こう言う展開上のもたつきはガッカリしてしまいます。
まあとにかく、次巻以降に期待です。あと三巻くらいですかねえ?
少なくとも、次巻以降は一人ずつでも、ヒロインを「切って」行く必要が出ると思います。主人公も何度か自覚しているとおり、結論を出さずにダラダラ引き延ばすのは残酷でしかないわけですから。
あ、なんかこの巻であり得そうに思えてきて不安なのですが、ハーレムエンドを目指さない事を祈ります…… リアルと二次元の融合と相克がテーマの作品で、それだけはやっちゃいけない展開ですから。二次元の論理が貫徹してしまい、リアルを被ってしまえば、ギャルゲーの世界と対称な存在としての「リアル」を舞台にした意味が、無くなってしまいますから。
この作者の、他の作品に関する感想はこちら
2010年02月25日
『児童ポルノ禁止法の慎重な改正論議を求める院内集会』 まとめ
コンテンツ文化研究会主催の上記院内集会ですが、盛況の内に終了したようです。
情報をまとめていたら、すでにカマヤンさんがかなりまとめていました。
でも、途中まで作ってしまって勿体ないから、その情報も参考にしつつ上げちゃいますね。
まず、開催一週間前の段階で、一般参加者の席は用意できないほど、マスコミや業界関係者の参加希望が集まっていました。
そして、↓が保坂元議員の一次報告。詳しい報告は、明日以降だそうです。
冷静な「児童ポルノ禁止法の改正論議」を求める院内集会(保坂展人のどこどこ日記)
>会場は、ぎっしり満員で50名以上がかけつけた。テレビカメラも含めて取材陣も10数名入っていた。永田町でこのテーマで議論と言えば「規制派」のみなので、画期的な催しだった。民主党の現職国会議員も6名が参加、今後活発な議論を続けていくことを表明した。
テレビカメラを含む報道陣十数名と、現職与党議員6名という参加状況は、決して軽いものではありません。現時点では大手マスコミに情報は出ていませんが、新聞やテレビの解説記事を期待します。
院内という人があまり入らない場所を使うのは、マスコミや議員さんに注目して貰いたいからこそ、なわけですから。
さて、出席した与党議員六名について、現時点で参加報告を出しているのは松浦大悟議員1人だけ。
冷静な児童ポルノ禁止法の改正論議を求める院内集会(松浦大悟活動報告)
松浦議員は前からこの問題に関わっています。頭の下がる話ですが、むしろ他の5名、興味を持って規制派の問題を認識してくれそうな議員さんが重要。
参加した方のtwitterによりますと、
橋本衆院議員(民主党の「橋本」議員は三名いるので、誰かは不明)
本多平直衆院議員(埼玉12区 上記twitterだと「本田」表記)
山花郁夫衆院議員(東京22区)
松岡広隆衆院議員(比例代表 WEBページはない模様)
宮崎岳志衆院議員(群馬1区)
のようです。この内、本多・山花両議員は前から反規制で活躍してくれている方。
twitterで報告されている発言を見ても、残り三名がこれからの有望株と言う事になるでしょうか。いずれも若手議員で、(特に、松岡議員は最年少の27歳)「児童ポルノ」の言葉に惑わされず、規制の危険性を理解する頭の柔らかさを期待したい所です。
また、日本テレビも来ていたらしいのですが、どう報道されるかが非常に重要になりますね。
とりあえず、現時点で解っているのはこんな所です。
![創 (つくる) 2009年 08月号 [雑誌]](http://rcm-images.amazon.com/images/P/B002FBB3OO.09.MZZZZZZZ.jpg)
創 (つくる) 2009年 08月号 [雑誌]
↑なお、主催者のコンテンツ文化研究会は、代表がこの「創」昨年8月号にレイプレイ問題の記事を寄稿するなど、地道な活動を行っている団体です。例によって、ボランティアで……
本当、ユニセフとかは強いですよ。だって、給料を払える専属職員を雇えるくらい寄付金が集まるんですから。正に、ゲリラと正規軍の戦いです。
本来「こちら側」にも、正規軍となるべき出版社やソフ倫(怒)が居るはずなのですが。
追記:
エロゲ販売規制問題まとめwikiに、かなり詳細なレポートがアップされました。一読推奨。
他の表現規制関連エントリーはこちら。
情報をまとめていたら、すでにカマヤンさんがかなりまとめていました。
でも、途中まで作ってしまって勿体ないから、その情報も参考にしつつ上げちゃいますね。
まず、開催一週間前の段階で、一般参加者の席は用意できないほど、マスコミや業界関係者の参加希望が集まっていました。
そして、↓が保坂元議員の一次報告。詳しい報告は、明日以降だそうです。
冷静な「児童ポルノ禁止法の改正論議」を求める院内集会(保坂展人のどこどこ日記)
>会場は、ぎっしり満員で50名以上がかけつけた。テレビカメラも含めて取材陣も10数名入っていた。永田町でこのテーマで議論と言えば「規制派」のみなので、画期的な催しだった。民主党の現職国会議員も6名が参加、今後活発な議論を続けていくことを表明した。
テレビカメラを含む報道陣十数名と、現職与党議員6名という参加状況は、決して軽いものではありません。現時点では大手マスコミに情報は出ていませんが、新聞やテレビの解説記事を期待します。
院内という人があまり入らない場所を使うのは、マスコミや議員さんに注目して貰いたいからこそ、なわけですから。
さて、出席した与党議員六名について、現時点で参加報告を出しているのは松浦大悟議員1人だけ。
冷静な児童ポルノ禁止法の改正論議を求める院内集会(松浦大悟活動報告)
松浦議員は前からこの問題に関わっています。頭の下がる話ですが、むしろ他の5名、興味を持って規制派の問題を認識してくれそうな議員さんが重要。
参加した方のtwitterによりますと、
橋本衆院議員(民主党の「橋本」議員は三名いるので、誰かは不明)
本多平直衆院議員(埼玉12区 上記twitterだと「本田」表記)
山花郁夫衆院議員(東京22区)
松岡広隆衆院議員(比例代表 WEBページはない模様)
宮崎岳志衆院議員(群馬1区)
のようです。この内、本多・山花両議員は前から反規制で活躍してくれている方。
twitterで報告されている発言を見ても、残り三名がこれからの有望株と言う事になるでしょうか。いずれも若手議員で、(特に、松岡議員は最年少の27歳)「児童ポルノ」の言葉に惑わされず、規制の危険性を理解する頭の柔らかさを期待したい所です。
また、日本テレビも来ていたらしいのですが、どう報道されるかが非常に重要になりますね。
とりあえず、現時点で解っているのはこんな所です。
![創 (つくる) 2009年 08月号 [雑誌]](http://rcm-images.amazon.com/images/P/B002FBB3OO.09.MZZZZZZZ.jpg)
創 (つくる) 2009年 08月号 [雑誌]
↑なお、主催者のコンテンツ文化研究会は、代表がこの「創」昨年8月号にレイプレイ問題の記事を寄稿するなど、地道な活動を行っている団体です。例によって、ボランティアで……
本当、ユニセフとかは強いですよ。だって、給料を払える専属職員を雇えるくらい寄付金が集まるんですから。正に、ゲリラと正規軍の戦いです。
本来「こちら側」にも、正規軍となるべき出版社やソフ倫(怒)が居るはずなのですが。
追記:
エロゲ販売規制問題まとめwikiに、かなり詳細なレポートがアップされました。一読推奨。
他の表現規制関連エントリーはこちら。
2010年02月24日
相変わらずの言いぐさ CCIFの脅し文句
3月からWinny違法利用者に警告メール - 著作権団体らISPと協力
取り組み自体は普通の事なので、まあ適当に頑張ってねと言うしかないわけです。
ですが、彼らがそんな大人しい話だけをするはずもなく、相変わらず自己の利益を正義にすり替え、言いたい放題言っております。
その中でも素晴らしいのが、コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)専務理事 久保田裕氏。この手の場所には必ず顔を出し、口角泡を飛ばしているのはおなじみですね。
別にゲーム業界が落ち目なのが、P2Pの起因なんかじゃないのは、馬鹿でも解るわけですよ。割られないならOKなら、PS3のソフトはなんで死屍累々なんですかね?コピープロテクトでも何でも結構ですけど、そのコストをクオリティアップや宣伝に使った方が良いんじゃないですか?常識的に考えて。
私は、顧客を泥棒扱いする一方で、顧客が異常者扱いされても反論一つしようとしないあの団体を、一切信用していません。
と言うわけで、今日のありがたいお言葉。
>久保田氏は、著作権侵害を繰り返す結果、より自由なインターネット利用を損なう法改正につながるなど「自分の首を絞めることになる」と警告。メールの段階でユーザーが利用をストップする自主的な対応を促したい考えだ。
キーワードは「自分の首」です。
いやあ、ビックリですね。インターネットを監視下に置き、スリーストライクポリシーのような滅茶苦茶な規制が敷かれたりすると、当然私やあなたの「首」は絞まります。で、その原因は「自分」がP2Pで著作権侵害をしていたから、だそうです。
大前提となる事を指摘します。スリーストライクポリシーや、ISPへの過重義務、インターネット監視の強化が反対されるのは、影響が大きいからです。
まず質的には、たかが著作権侵害ごときに見合わない強力な武器を国家と著作権団体に与える事になります。
そして量的には、著作権侵害とは何の関係も無い(著作権を一切侵害しないネットの利用はそもそも不可能、と言う話は置いておきます)大多数のユーザーに、負担を押しつける事になります。
久保田氏は、あいかわらずその部分を故意に無視し、侵害者と一般ユーザーを十把一絡げにすると同時に、強力な規制が導入されようとしているのは、P2P利用者が悪いからだ、と言っているわけです。
言うまでもありませんが、規制を導入しようとしているのは彼らです。彼らが誰かから被害を受けている事は、加害者への過剰防衛や、無関係な者への攻撃を正当化しません。
ええと、凄く解りやすく言うと、こう言う事です。
「反乱軍諸君、ただちに武装解除して投降せよ。さもなければ、都市に無差別攻撃を加える。その結果民間人が死ぬかもしれないが、そんな事は知った事ではない。なぜなら、それは『君達』の責任だからだ」
いやあ、素晴らしい理屈ですね。いつも思うんですが、なんで著作権団体の皆さんは、悪役のロールプレイがお好きなんですか?
素で言っているのだとしたら、お願いですから社会の表舞台に出てこないで頂きたい。
何度も言いますけれども、著作権と言うのは経済的な特殊権益で、それを巡る違法合法各種の闘争は、単なる金の奪い合い・配分問題です。その程度の事をテコにして、今や文明のインフラと化したネットワークの利便性を低下させ、いわんや無関係な所に被害をばらまく規制を要求する彼らこそ、パブリック・エネミーに他なりません。
まとめると、こう言う事です。
「お前らの利益なんぞ知った事か。自分の利益なんだから、裁判と啓蒙で、好きなだけ自己防衛しろ。法律を作って、社会のルールまでねじ曲げようなんて、おこがましいにもほどがある」
その他の著作権関係のエントリーはこちら。
取り組み自体は普通の事なので、まあ適当に頑張ってねと言うしかないわけです。
ですが、彼らがそんな大人しい話だけをするはずもなく、相変わらず自己の利益を正義にすり替え、言いたい放題言っております。
その中でも素晴らしいのが、コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)専務理事 久保田裕氏。この手の場所には必ず顔を出し、口角泡を飛ばしているのはおなじみですね。
別にゲーム業界が落ち目なのが、P2Pの起因なんかじゃないのは、馬鹿でも解るわけですよ。割られないならOKなら、PS3のソフトはなんで死屍累々なんですかね?コピープロテクトでも何でも結構ですけど、そのコストをクオリティアップや宣伝に使った方が良いんじゃないですか?常識的に考えて。
私は、顧客を泥棒扱いする一方で、顧客が異常者扱いされても反論一つしようとしないあの団体を、一切信用していません。
と言うわけで、今日のありがたいお言葉。
>久保田氏は、著作権侵害を繰り返す結果、より自由なインターネット利用を損なう法改正につながるなど「自分の首を絞めることになる」と警告。メールの段階でユーザーが利用をストップする自主的な対応を促したい考えだ。
キーワードは「自分の首」です。
いやあ、ビックリですね。インターネットを監視下に置き、スリーストライクポリシーのような滅茶苦茶な規制が敷かれたりすると、当然私やあなたの「首」は絞まります。で、その原因は「自分」がP2Pで著作権侵害をしていたから、だそうです。
大前提となる事を指摘します。スリーストライクポリシーや、ISPへの過重義務、インターネット監視の強化が反対されるのは、影響が大きいからです。
まず質的には、たかが著作権侵害ごときに見合わない強力な武器を国家と著作権団体に与える事になります。
そして量的には、著作権侵害とは何の関係も無い(著作権を一切侵害しないネットの利用はそもそも不可能、と言う話は置いておきます)大多数のユーザーに、負担を押しつける事になります。
久保田氏は、あいかわらずその部分を故意に無視し、侵害者と一般ユーザーを十把一絡げにすると同時に、強力な規制が導入されようとしているのは、P2P利用者が悪いからだ、と言っているわけです。
言うまでもありませんが、規制を導入しようとしているのは彼らです。彼らが誰かから被害を受けている事は、加害者への過剰防衛や、無関係な者への攻撃を正当化しません。
ええと、凄く解りやすく言うと、こう言う事です。
「反乱軍諸君、ただちに武装解除して投降せよ。さもなければ、都市に無差別攻撃を加える。その結果民間人が死ぬかもしれないが、そんな事は知った事ではない。なぜなら、それは『君達』の責任だからだ」
いやあ、素晴らしい理屈ですね。いつも思うんですが、なんで著作権団体の皆さんは、悪役のロールプレイがお好きなんですか?
素で言っているのだとしたら、お願いですから社会の表舞台に出てこないで頂きたい。
何度も言いますけれども、著作権と言うのは経済的な特殊権益で、それを巡る違法合法各種の闘争は、単なる金の奪い合い・配分問題です。その程度の事をテコにして、今や文明のインフラと化したネットワークの利便性を低下させ、いわんや無関係な所に被害をばらまく規制を要求する彼らこそ、パブリック・エネミーに他なりません。
まとめると、こう言う事です。
「お前らの利益なんぞ知った事か。自分の利益なんだから、裁判と啓蒙で、好きなだけ自己防衛しろ。法律を作って、社会のルールまでねじ曲げようなんて、おこがましいにもほどがある」
その他の著作権関係のエントリーはこちら。
2010年02月23日
同じ作者でこうまで変わるか 『紫色のクオリア』 感想

紫色のクオリア (うえお久光)
Steins;Gateの直後に積ん読を崩した所、内容に重なる点が多くて驚いたため、感想を書いておきます。
いやあ、共時性という名の偶然は恐ろしいですねえ。
内容は、散々あちこちでレビューされているとおり、「人間がロボットに見えてしまう」少女を中心としたSFストーリー。
聞いた時には火の鳥 復活編
まず、この能力を持つ少女(主人公は別にいます)は、単に人間がロボットに見えるだけではなく、その「本質」のような物を捉える力を持っています。例えば、陸上の才能のある人間は足にバーニアがついたように見え、天気を予測する直感に優れた人間はセンサーを背負ったように見える、と言うように。
そして、物語の主題は、人間がロボットに見えてしまう故のコミュニケーション問題(ポイントは、「鏡に映る自分と純粋な絵は、普通の人間に見える」事)と、この特殊能力の可能性について。
色々とライトな味付けはされているのですが、かなりSF寄りの物語で、ライトノベルの範疇をはみ出しかけています。勿論、そこで語られる量子論や自意識問題は「お約束」の域を出ない(と言うか、見飽きた代物)のですが、味付けが上手いのとラストの展開が見事なため、気になりません。要するに、物語のできが良い以上、一部のパーツが汎用品で済まされていても、大した問題ではないと言う事です。
ただ、以上は第一話で、第二話になるとかなり雰囲気が違ってきます。Steins;Gateに極めて近いのはこの話で、能力者の少女はすでに背景。主人公が、第一話で能力者の少女に関わった事で手に入れたある力を使って、目的を果たすためにあがき続けるという内容になります。
この話は、あまり好みでなかく、正直一話よりもクオリティで劣ると思いますが、描写はやはり水準以上。特に、「あらゆる可能性」を試す主人公のアプローチが、意図しない可能性まで掘り起こしてしまう描写など、凄みを感じさせました。
(以下一応反転)
ある世界の主人公が「同性の」「子ども」(要するに美少女)相手に”感じてしまった”恋心が、能力を介してただちに多世界に共有され、「当たり前の選択肢」として存在するようになる。
これが、ライトノベルという文法の中に最適化された「可能性走査の恐ろしさ」でなくてなんでしょう?
「無限回の試行を前提とするならば、起こりえる事は必ず起こる」と言う物理法則の表現を、これほど解りやすく鋭く描写した例は今まで見ません。この辺り、下手に長文を振り回すプロパーSFよりも、むしろ描写してみせています。
(反転以上)
正直、話を広げすぎたのではないかとも思うのですが、これはこれで完結させるなら綺麗に終わったと言えるでしょう。間違いなく、続編を作ったらグダグダになるでしょうが。確かに、SFファンが大喜びするのも理解できました。「この手のSFが好きなラノベ読者」に、最適化されたような綺麗な作品ですね。
さて、しかし実は私が一番衝撃を受けたのは、以上のような描写の巧みさや物語構成、第一話ラストの展開ではありません。
巻末に載っていた、作者の著作リストです。
だってまさか、私が近年まれに見るレベルでむかついた、悪魔のミカタ
あの作品は、私が一番大嫌いな「特に理由もペナルティもなく最強の主人公が、独善的な理屈で『敵』を蹂躙していく、最悪の厨二病小説」でした。あ、あくまでも私の好みの問題なんで、そこの所よろしくお願いします。
それが、こんなに綺麗にまとまった、安定した作品をリリースしてくるとは。登場人物の行動はどれも合理的でぶっ飛んだりしていませんし、第二部で色々と壊れてくる主人公にしても、「壊れる」課程と理屈をきちんと描写して読者を納得させています。
いや本当、読む前にあの作者の作品だと知っていたら、120%手に取らないレベルでしたよ。それが、作中全く引っかからずに読了できたわけですから、驚かざるを得ないじゃないですか。
やはり、一回読んで合わなかったからと言って、作者単位で見捨てるのは良くないんでしょうね。
とは言え、やはり一度嫌悪感を抱いた作品と同じ作者の本を買うというのは、あまりにリスキー。困ったもんです。
あーそう言えば、「前作ダメダメ、今作になったら驚きのクオリティ」(勿論主観で)と言う点まで、Steins;Gateと一緒ですね。
世の中、情報の見極めが難しすぎて、むしろそっちの方で衝撃を受けそうです。レモンもピーチも同じ値段で売られているのが出版界なわけで、そこでまさかこの前までレモンだった物がピーチに化けると、情報の非対称性ってレベルじゃなくなりますよ。
まあ、それが面白い所なんですけどね…… 悲しむべきは、ピーチがレモンに化ける事は日常茶飯事だけど、逆はレアって事ですが。
2010年02月22日
大団円 「Steins;Gate」攻略完了

Steins;Gate(シュタインズ・ゲート)
ここまでの感想はこちら。
割とあっさりと、シュタインズ・ゲートのTRUEエンドをクリアしました。
勿論、攻略WIKIに頼ってな!!
いやあ、無理ですよ、あれ。そもそも「何をしたらいいか」が解りませんし、攻略した今でさえ、「なぜこうしたらこのエンドになるのか」が理解できませんから。
私も、かつてはONEだの痕だのを自力クリアしてきたわけですが、そう言う次元じゃありません。システムのうざさと分岐のノーヒントっぷりで、単純に理不尽です。
また、同じパターンで、実績解除はゲロカエルンの壁紙コンプリートだけやたら厳しいですね。あ、フェイリスから紅茶の話を聞き出す事による実績解除も、「ありえねえだろ!」とわめきたくなるフラグでしたが。まあ、「フェイリスのメール」と言う範囲は解っているので、選択肢総当たりで行けるだけまだマシでしたが。
でもねえ、「世界の断絶によって内容と無関係の返信が来る」タイミングでのフラグは、理不尽ってレベルじゃないですよ?
とまあ、疲労しつつクリアしました。
TRUE ENDの内容については、特に文句なし。最後の最後で大きすぎる時間線の破綻が起きている気もしますが、まあ許容範囲内。あとは、主題歌「スカイクラッドの観測者」の挿入ポイントは、もう少し後の方が盛り上がったと思いますが、これも些細な事。
ラストシーンの王道ぶりとか、実に達成感のある内容で満足です。作中唯一出てくる実在(一応)の人物にまつわる伏線とか、切れ味が良すぎます。そうですよね、狂った物を元に戻したら、元通りの○○が現われてしまいますよね。
(以下反転)
最初、一瞬第三次大戦再発オチかと思ったのですが、そもそも二千年問題が起きていない「現実」が舞台だし…… と思って油断していました。あのブラックさは、本当にお見事です。あれによって、クリスを救う正当性を付与して、TRUE ENDへの扉を開くという意味でも。
(反転ここまで)
本当は、TRUE ENDへ分岐するタイミングが最高なので、そこも褒めたいのです。ですが、あそこまで分岐しないせいで、自力でのフラグ探しが困難を極めるという問題がありまして……
大体、ある特定一名以外とのメール内容は一切分岐に関係しないって、どう言う事だよ!
閑話休題、本当に素晴らしいゲームでした。
なお、特筆すべき点は、プレイ時間のコンパクトさかもしれません。上記以外は攻略サイトを使っていないのに、実績コンプまでプレイ時間23時間59分と言う丁度良さでした。これなら、週末一気にプレイする社会人スタイルでも、十二分にポテンシャルを引き出せます。
近年ノベルゲームは大容量化一本槍で、無意味にプレイ時間を費やさせる物ですが、これくらいの分量が理想だと思います。50時間オーバーとかは、本当に年2・3本で十分でしょう。さすがに20時間を切るとコストパフォーマンスに疑問が出ますが、ダラダラ続けられても困ってしまいますしね。中古対策とは言いますが、ダラダラ引き延ばされてつまらない内容だったら、そもそもクリア前に売られますよ。
とにかく、前作から比べものにならないほど洗練されいて、本当に驚きました。第3弾が今から楽しみです。
その時は、分岐条件はもっと解りやすくして欲しいですけどね。具体的には、選択肢によるものにするとか。
2010年02月21日
朝鮮人学校を口実に使うな 高校無償化問題
高校無償化 『朝鮮学校除外を』対北で強硬姿勢か(東京新聞)
何を考えてるんだ、と言うのが正直な感想です。法案の目的を完全に無視した話ですし、何より有効でも効率的でもない愚策です。
高校無償化法案の概要判明 各種学校の線引きが議論に(産経新聞)
とりあえず、この「問題」を煽りまくった産経新聞の記事は、反吐が出るほど汚らしいデマです。
なぜなら、「各種学校」は、学校教育法に規定のあるカテゴリであって、省令や、ましてや大臣の一存でどうこうできるような物ではありません。(wikipediaの記事が良くまとまってます)
と言うか、「各種学校」と明記しておいて他の法律と解釈を変えたら、平等原則にクリティカルヒットです。そう言う扱いをしたいなら、法案の文面は書き直しですよ。
要するに、「議論に」なってるのではなく、お前らが議論にしたいだけだろうと。
で、問題点を端的に二つにまとめます。
まず、これが教育への介入に他ならない事。
「朝鮮人学校」と言う反対されにくいカテゴリを上げていますが、言っている事はこう言う事です。
「お前らの教育内容は気に入らない。だから、貴様らの学校の生徒にだけは金をやらん」
政府としてまともに見えるとしたら、考えを改めてください。「ある特定の集団にだけ恩恵を与えない」のと、「ある特定の集団だけを虐げる」のは、全く同じです。
「朝鮮人学校」だから見逃しそうになりますが、宗教学校(ミッション系スクールは私立で対象内)はどうですか?右の思想が強い学校は?左寄りの学校は?
本来そんな資格がないはずが、判例で強制力を持ってしまった「学習指導要領」(議会を通さない省庁の内部文書が法令同様って、ねえ……?)を完全に守っている私立学校など、まずありません。繰り返しますが、右でも左でもです。
前に自民党が、宗教学校の扱いを理由に私立助成を削ろうとした事がありましたが、(皮肉な事に、これは公明党の反対で流れています)真似してどうするのかと……
別に小泉改革や児童ポルノ問題に限りませんが、解りやすい「敵」を設定し、「そいつら相手なら何をやっても良い」と言う理屈で前例を作ろうとする、いつものパターンです。
そして、こちらの方が大きいかもしれません。
高校無償化とは、酷い事になっている子どもの貧困対策で、そこに人種も民族も関係ありません。生活保護制度が、なぜその辺を受給条件に含めていないかにも関わりますね。元ヤクザだろうが外国籍だろうが、貧困層の存在は社会のガンで、無くさないと社会が非効率化してしまうからです。(なお、受けている人間の大部分が朝鮮人云々は、完全なたわごとなので、そう言うのを信じてる人はシオン議定書でも読んでて下さい)
大体、在日朝鮮人が「問題」だと言うのなら、それこそ朝鮮人学校すら出られず「中卒」になってしまうような子どもの救済は急務です。最終学歴は所得と直結し、貧困は犯罪をはじめとする社会コスト上昇要因と直結します。
大体、あの北朝鮮が、在日朝鮮人の子弟の教育が滞る事で、打撃を受けるとでも?
帰還事業で帰国した在日朝鮮人達が、北でどう言う目にあったか、知らないわけではないでしょうに……
むしろ、まっとうな職に就けない貧困層こそ、現地で便利に使える存在として取り込むには便利です。敵に塩どころの話じゃありませんよ。
人気取りだとも思うのですが、勘弁して欲しい気持ちで一杯です。
あるいは、こう言う無意味な「問題」を発生させる事で、北朝鮮に「非難」して貰いたいのでしょうかね?「敵」からの罵倒は、人気取りとしては非常に使いでのあるファクターになりますし。
2010年02月20日
評判通りの良作 「Steins;Gate」感想

Steins;Gate(シュタインズ・ゲート)
前作に当たるCHAOS;HEAD NOAH(カオスヘッドノア)(リンク先は近日発売の廉価版)が非常にガッカリな内容だったので(当BLOGの感想はこちら)買うのをやめたSteins;Gate(シュタインズ・ゲート)ですが、評判にひかれて結局手を出しました。
そして、感想は表題のとおり。半年前の自分に、「CHAOS;HEAD NOAHなんぞやる必要は全くないから、本命を直接買いに行け!」とDメールを送りたい気分で一杯です。なお、CHAOS;HEAD NOAHとの関係は、一部世界観の共有のみ。具体的には、CHAOS;HEAD NOAHであった事件や登場人物がちょろっと言及される程度で、知らなくても全く問題ありません。
さて、この作品、表題やパッケージ裏からは想像も付きませんが、見事な時間SFです。と言っても、ハードSFほどハードではなく、タイムファンタジーほどライトではない、実に良い案配のSFゲーム。ノベルゲームというパッケージに落とすには、理想的なさじ加減になっていると思います。
シナリオは、偶然機能限定のタイムマシンを手に入れた主人公達が、時空を越えた陰謀と闘争に巻き込まれる話。こう書くと中2病丸出しですが、中2病なのは主に主人公だけなので、安心して見ていられます(笑)
具体的には、世界的な陰謀も強大な組織の暗躍、時を越えたレジスタンスの活動もあるのですが、実はそれらは背景に過ぎません。中心的な課題となるのは、「時間への干渉によって生まれる異変と、その修正に伴う悲劇」と言う、非常にシビアな問題です。
まず、時間を超える36バイトの情報によって、主人公の周辺では様々な変化が生じます。そして、ここがポイントですが、その結果、「良い事も悪い事も」生み出されていきます。結果、「悪い事」があまりに厳しいため歴史改変の無効化を狙うのが後半の展開。しかし、「悪い事」を消すための行為は同時に「良い事」を消していく事にもなり、主人公とプレーヤーは苦しみ続ける事になります。
何度でもやり直す事ができる。しかし、やり直す課程で生じた思い出や素晴らしい場面は、やり直す事で消えてしまう。
誰かを救えば誰かが傷つき、「最終的に悲劇」になった事を無くせば、「報われなかった努力」は無駄な事として切り捨てられる。その過程で、どんなに良い物が生まれようと、良い所だけを享受する事はできない……
そんな、実にシビアな等価原理が適用され、エンディングまで透徹します。ハリウッド型お気楽時間SFでもなく、予定調和の悲劇でもない、「選択」を迫るシナリオは、ノベルゲームの白眉ですね。
この手の時間SF作品が好きな人は、是非ともやって頂きたい。どのエンディングも手に入れた物と失った物の重みがのしかかる、実に味わい深い内容となっています。
もっとも、全ての悲劇を回避できるグランドエンドがあるようなのですが、これは本当に厳しいようで、他のエンディングを制覇したのに尻尾も見えてきません。
ゲーマーとしては敗北宣言になりそうですが、攻略サイトに頼るしかないかなあと思っている所です。まあ、あと2・3回は挑戦してみるつもりですが。
あ、少しだけ悪い点も。
まず、CHAOS HEAD;NOARもそうでしたが、分岐条件が無意味にややこしいです。基本的に、かかってきた電話とメールに出る/出ない、とその内容によって変化するのですが、一部を除いて効果が非常に見えにくいです。しかも、過去どれを選んだかが表示されない仕様なので、さらにややこしい事に。結局、普通に選択肢を用意してくれた方が、はるかにプレイアビリティが上がったと思います。
それと、もっと小さな事で時間線に干渉できた方が面白かったと思います。折角格好良い「数値化された世界線のズレ」を表示する機械があったりするのですから、試行錯誤をさせる意味でも細かな選択肢があって欲しかった。
あと、これは好みの問題&ネタバレなので反転しておきますが、
(以下反転)
何度やっても彼女を救えない理由は、「世界の法則」ではなく「SERNの陰謀が強大すぎるから」の方が、楽しめたと思います。「いくらあがいても届かない」と言う絶望を感じさせるためにも、今一影の薄いSERNを引き立たせる意味でも。だって、「法則的に最初から不可能」は、萎えるじゃないですか。「なんとかできるはずなのに、何度やっても敵が強すぎてどうしようもない」の方が、「あがく」事のきつさは大きいはずです。
(反転ここまで)
それにしても、キャラ個別のエンディングが、夏夢夜話
もっとも、ある一つのエンディングだけは、どうしても納得が行かなかったのですが。
(以下反転)
ルカ子エンドだけは、明らかに天秤にかけられている物の重みが違いすぎます。
他のエンドと違い、誰かの命がかかっているわけではない。誰かの想いがかかっているわけではありません。単に、主人公が「自分の好きになった相手が男なのは困る」と言うだけの理由で、幼なじみの死も未来のディストピアも受けいれてしまうのです。そんな馬鹿な話はないでしょう。
実際問題、主人公は男だった時と外見が全く変わらないルカ子にあっさり惚れているわけで、問題は彼の心の中だけです。ルカ子のため云々はただの偽善で、要は彼が「自分は異性愛者である」と言うセリフイメージを保持するためだけに、周囲を不幸にしたのです。
あれは、あまりに許し難い。結局、主人公が「男を好きになってしまった自分」から逃げるために、多くの人を生け贄に捧げたと言う事に他なりません。
何より許せないのは、あそこで主人公は、自分は傷つかない方法を取っているのです!
死ぬのはまゆり。その責任を背負うのは改変のトリガーを引いたルカ子。ついでに、あそこで主人公は努力を辞める事で、ディストピアを解消するという鈴の思いすら「見なかった事」にして恥じない。何ですか、あれは?
一つの命と恋人を手に入れるために、全ての人間関係を失うしかなかった、フェイリスエンドの凄さは何だったのかと。
本当、あのエンディングだけは、あまりの酷さに目眩がしました。他が総じて素晴らしいだけに、あまりにあまりと言うべきでしょう。
(反転ここまで)
しかし、本当に不満点はその程度。つまり、ちょっとした設定と、エンディング一つだけです。後はずっと、ドキドキしながら読み進め、主人公と共に怒り、絶望し、悲嘆に暮れ、突きつけられる選択に息を詰まらせ、世界を渡り歩く最高の時間を過ごせました。
Nitro+は基本的に苦手だったのですが、この作品は諸手を挙げて大歓迎です。いやあ、楽しい時間を過ごさせていただきました。ゲームって、本当に素晴らしい物ですね。それでは、また。
P.S.
それにしても、オープニング(リンク先はYOUTUBE.ニコニコ動画はネタバレコメントが酷すぎるので)の、センスの良い事。
主題歌も、本当に素晴らしいですね。
「過去は離れて行き 未来は近づくの 観測者はいつか矛盾に気づく」
一度クリアしてから見ると、さらに鳥肌が立ちます。
なお主題歌は、邪魔くさいマキシシングル
2010年02月19日
「METRO 2033」(原作小説)は、結局延期みたいですね

Metro2033 上
Metro2033 下
前にも取り上げた「METRO 2033」の原作小説ですが、どうやら延期になったようです。
唯一通販可能になっていたブックサービスで注文していたのですが、いつのまにか発売日が6/22に変わっていました。
AMAZONは、上のリンクのとおり、相変わらず「一時的品切れ」ですが。
表紙画像がどこのサイトにも出ず、小学館の公式サイトからかも消滅したままなので、この日に発売される保証なんかありませんけどね。
それにしても、ブックサービスは、発売日が明らかに延期になってるはずなのに、延期通知メールすら送ってこないのですが、どうしたもんでしょう?そう言う作業は、自動化してないわけはないので、通知システムにバグでもあるんでしょうかね。
そもそも、すでに「3~4日」と言う発送期限の倍くらい経過してるんですが。
仕方がないので手動でキャンセル依頼を出しましたが、初めて利用してこれだと、以後使うのは躊躇われますね。
追記:
連絡が来なかったのは、登録メールがエラーを出して葉書による連絡になったためらしいです。
エラーの場合経費のかかる葉書にすると言う対応は、逆に凄く良心的ですね。
ただ、登録したアドレスはG-MAILのもので、予約確認のメールも普通に届いているので、エラーが出るとは考えにくいんですけどね…… まあ、運が悪かったのでしょう。
「METRO 2033」関連エントリーはこちら。
2010年02月16日
「人類は衰退しました」 5巻感想

人類は衰退しました 5 (ガガガ文庫)
毎回微妙に方向性を変えつつ、クオリティの高い内容を出してきている田中ロミオのめるへん(?)SF
も、ついに5巻となりました。
今回、刊行が丸一年あき、クオリティが高い物と期待したのですが、残念ながら感想は「シリーズでは一番よろしくない」になりました。
前巻も結構筆が荒れていましたが、今回はそれに輪をかけています。
まず、前半の学園時代回想シナリオ。一応寄宿舎・学生物語なのですが、いつもの軽妙洒脱は鳴りを潜め、直球ストレートの「孤立」ネタ。ユーモラスな内角高めにしようとしてビーンボールになってしまったような「危険情報」と言い、作者が心配になってきます。
一応、妖精さんやあの世界について、結構重要そうな設定が垣間見えていたりもするのですが、そんな事では覆い隠せない陰が、物語に差しています。
後半のレトロゲームネタシナリオも、読んでいて辛い物がありました。アイデアにつまって、ネタにできる材料をかき集めて無理矢理一本のシナリオにまとめたような代物で、ほとんどストーリーの体をなしていません。
おなじみ妖精アイテムも、ひねりも何もない一品で、世界観をズタズタにしています。専門用語を妖精語という形ではなくぶつけてくる辺り、やはり推敲が足りていないのでしょう。
全般的に、田中ロミオがRewriteにかかりっきりで手が回っていないのだろうな、との感が強かったです。後書きからも、自虐を交えたユーモアの上皮にヒビが入り、余裕の無さが伺えてしまっていますし。
逆に、それだけ注力しているのだから、Rewriteには期待できるのだろう、と無理矢理納得しておきたいと思います。
でも、このシリーズも大好きなだけに、このできはかなり残念。特に前半の話は、いつもの筆力で書かれていたら、きっともっと陰陽のバランスが取れた、楽しくて切ない一品に仕上がっていたのは間違いないでしょうし。
田中ロミオの現状が、こんな感じになっていないか、本当に心配です……
まあ、Key/Visual Artsだったら、「今月の資金繰りについて」は無いでしょうから、そこだけは安心ですが。
2010年02月14日
戦場のヴァルキュリア(一作目) 感想その2

戦場のヴァルキュリア PLAYSTATION 3 the Best
その1はこちら。
システムと評価システムの齟齬に嘆息しながら続けてきた戦場のヴァルキュリアですが、後半に入るとだいぶ面白くなってきました。戦闘が数ターンに及ぶ事が不可避になると、特攻一本槍では終わらなくなってくるからです。
SLGとしてもかみ応えが出てきて、これならばトータルで見て損をしたとは思わなくなりました。まだ第16章くらいですが、中堅のSRPGとしてなかなかできが良いと思います。
ただ、もう一方の欠点であるシナリオについては、もう笑いも出なくなってきました。
とりあえず、こればかりは度し難いという点が二つあります。
一つは、戦争物として酷すぎる事。
平和な町並みと溢れる大自然の中で、サバゲーごっこをやってるようにしか見えない各ステージ。丸っきり悲壮感もなく、あまつさえプライベートビーチで海水浴、みたいな唖然とするイベントが組まれる脳天気さ。「私用」の一言で休暇(!!)を取って姿を消す小隊長。「補給線を遮断」すると言うステージがあるのに、敵が物資不足になったという描写が全くなく話が進む(と言うか、ステージをクリアしたのに補給線を寸断したという描写が一切されない)展開……
もう、途中から突っ込む気力も失せていきました。
海水浴がやりたいなら、ガンパレードマーチを見習いましょうよ。発言力をかき集め、本当にわずかな時間で軍用トラックを連ねて出かける刹那的な休暇。そして勿論それは、非常呼集がかかった瞬間に弾け飛ぶ運命の短い夢…… 見せ方・印象づけ方一つなんですから。
そもそも、大国に侵略された小国という設定や、第二次世界大戦を模した世界は必要だったのでしょうか?
小国が大国を相手にする時一番恐ろしいのは、小国の損害は埋めがたい損失になるのに対し、大国はすぐさま予備兵力を投入できるという所にあります。これは何も軍事云々の話ではなく、エンターテイメントとしても外せないポイントでしょう。「地平線を埋め尽くして迫る敵の大軍」や、「何度撃退されても津波のように押し寄せ続ける新たな敵」は、燃えるシチュエーションの王道です。
ところが、作品内の描写では、帝国軍は後方に予備兵力すら置いていません。それどころか、「ガリア国内に兵力を分散配置したせいで、主人公達に各個撃破されつつある」などと言う、信じがたい戦況報告が出てきたりします。なんで、国力比数十倍以上の帝国が、律儀に大して変わらない兵力しか派遣してきていないのですか?って言うか、とっとと本国に増援要請しましょうよ!
勿論、「連邦との戦いが佳境に入り、ガリアに回す予備兵力が不足している」とか、そう言う描写はありません。それどころか、そもそも侵攻部隊の指揮官は、帝国の帝位継承順位がかなり高い様子の皇族率いる最精鋭だったりするのですが……
この適当極まるシナリオならば、世界観は下手にリアルと関連性を持たせたりせず、サクラ大戦くらい吹っ切るのが適当だと思います。
そして、もう一つ。これは本当に許し難い上に物語の見所を全てスポイルしているのですが、「主人公に手を汚させない」こと。
何もダーティな事をやれと言うのではありません。問題は、葛藤や悩みを引き起こすべき課題について、「主人公が何もしないうちに、他の誰かが勝手にやってくれる」と言う展開ばかりだと言う事。
人物配置からして、イサラとアリシアは主人公を挟んで三角関係にならざるを得ません。主人公がアリシアを選ぶのが鉄板だとしても、主人公はイサラを振るという、苦しい決断をしなくてはならないはずです。
しかし、イサラは名前さえないモブ兵士の流れ弾に当たり、物語上の必然性もなく死亡します。主人公は、思う存分被害者として悲しんでいる事が可能になりました。
アリシアがヴァルキュリアとして目覚めるのは、祖国を守るには不可欠です。しかし、それは命を危険にさらし、さらには彼女を人間兵器としてしまう事。恋人と祖国、個人と指揮官という立場の中で、悩まなくてはなりません。
しかし、そんな事をするまでもなく、親友が勝手に暴走してアリシアをヴァルキュリアとして目覚めさせてしまいました。主人公は、何の葛藤もなく、怒りにまかせて親友を殴っていられます。
無能で尊大な貴族出身の大将は、いずれ排除しなくてはなりませんでした。軍のトップがあれでは大国相手に戦えませんし、捕虜虐待をやらかすような馬鹿(小国が国際法違反などやったら、ただちに百倍返しで国土を灰にされます)は後ろ弾なり告発なりで何とかしなくては、祖国も部下も守れません。ですがそれは、貴族と平民・正規軍と義勇軍の争いの矢面に立つ事にもなり、苦しい立場に立たされるでしょう。
しかし、なんと無能な将軍は、敵将の自爆テロに巻き込まれて勝手に死んでくれました。主人公は、アホ面下げて爆発に驚いていればOKです。
とにかく、一事が万事この調子であり、物語として全く盛り上がりません。
そして、こうやってご都合主義的展開で手を汚さずにすんだ主人公が、その立場を利用して好き放題きれい事を並べ立ててくれるせいで、はらわたが煮えくりかえります。
悩んだ末出した結論でも、葛藤の末選んだ道でもない。単に何も考えずに道徳の教科書から引き写したような空疎な言葉を並べれて、受け手が感動すると思ってるんでしょうか?「子ども騙し」と言ったら子どもに対して、あるいは子ども向けのメディアで精一杯表現を駆使して感動を演出しようとしている人々に対して、失礼になる水準の代物です。これだったら、セガガガの方が1024倍は感動できましたよ。
シナリオが弱いのはセガの伝統かもしれませんが、シリーズ化するなら少しは改善していって欲しい物です。
いやもう、やたらとムービーを駆使していて早送りできない(飛ばす事はできますが、そうすると話が分からなくなる)事と相まって、シナリオ読むのが苦痛なんです。本当に何とかしてください。
その他のエントリーはこちら。
2010年02月13日
足利事件結審へ 辛淑玉の言葉を思い出す
足利事件再審結審 検察側が無罪論告 『申し訳ない』と謝罪(東京新聞)
> 検察側は論告を読み上げた検察官が「真犯人ではない菅家さんを起訴し、十七年余りの長期間、服役させ、取り返しのつかない事態を招いたことを誠に申し訳なく思う」と述べ、出廷した三人の検察官全員が深々と頭を下げた。
これを読んで、辛淑玉の言葉を思い出しました。
> 日本が朝鮮半島でしてきたことを謝る人がいます。しかし私は「あなたが謝ると、本当に悪い人は逃げていってしまうよ」と言っています。
右派には毛嫌いされている彼女ですが、私が彼女を一本筋の通った事を言う人だと思っています。それは、この言葉によるものが大きい。
結局、組織としてそうせざるを得ない立場に追い込まれた検察は謝罪しましたが、戦犯であるはずの担当検察官や裁判官は頬被りしたままです。
それも、謝罪したのは出廷した下っ端検察官であり、現在の県警の幹部であり、要するに本質的には「責任」を代位しようのない人間です。勿論、立場・機関として謝罪をする事に意味はあるのですが、一番責任があるはずの人間が開き直っている状況では、茶番に見えてくるのも仕方ない所。
もっとも、検察という組織は、大日本帝国と違って同じ体制のまま今も健在なわけですから、捜査可視化を断行し、反省の弁が口先だけでないと証明させればトントンですかね。
記録に残る形で再発防止を誓っておいて、見苦しい抵抗を続けるなら、容赦なく叩き潰せばいいと思いますよ。そのために民主国家は、各省庁のトップ(大臣)に、政治家が座ると言うシステムを取るわけですから。
それと、民主党はとっとと管家氏を雇って、広告塔として活用すべきでしょう。なんでこう、宣伝戦略でセンスがないんでしょうね?氏を前面に押し立てれば、法務省も表だって、反論する事が極めて難しくなるのに。
以下やや関係ないお話。
正確な言い回しが思い出せなくて参照させて貰った辛淑玉批判ページ(このページ自体は、引用者の意見が書いていない、何が言いたいのか良く解らないページですが)に、面白い話が載っていました。
>転校ばかり続いた彼女は、教室のみんなに紹介されると、まず、一番強そうな男の子を、カバンでバシーッと殴って「よろしくなー」と言ってから、悠然と着席した。そうすると、いじめられなかった。給食当番の時は、天敵には「おい日本人の男って小食なんだって」と言ってスープを数滴だけ垂らしてにらみつける。
これは、効きます。
いじめは「相手が反撃してこない」が大前提になる安い娯楽ですから、いじめのリスク/コストを引き上げてやれば、発生率は激減します。
そして、これは正にマイノリティの正当な戦い方です。
表現規制に絡んで書いてきましたが、負担の押しつけ先としてマイノリティが狙われやすいのは、数が少なくて弱いからです。100人の逆鱗に触れる政策と1万人の逆鱗に触れる政策、実行しやすいのはどちらかという話です。
だからこそ、マイノリティは、徒党を組み、激しく抵抗し、圧力をかけ、過剰なアピールを行ってその利益を防衛しますし、せざるを得ません。これはもう、左の市民団体から右の政治結社、宗教組織も民族集団も文化団体も、全て共通です。
どうもリンク先のページは、これを野蛮な在日朝鮮人、のような文脈で提示したいようですが、とんでもありません。見事なロールモデルです。(なお、この方法論の極北がテロリズムになるのですが、あれも「そうせざるを得ない」者が使う方法であるが故に、根絶も根本的解決も至難なのは、周知のとおり)
在日が特権を……とか、ユダヤ脅威論みたいな事を真顔で言っている人達に限って、彼らの事実認識によれば極めて有効なはずの手法を否定するのは、不思議なものです。

いじめの光景 (集英社文庫)
勿論、実際のいじめに対してあれだけの対応(予防措置)を取れる人間はそういません。だからこそ、保坂元議員のこの本にあるように、悲惨な事例は多くなるわけで……
ただ、現実に目の前で起きている司事態を解決するためには、抵抗してみせる以外に、やれる事はないのですよね。
2010年02月13日
「METRO 2033」(小説)は、どうしたんでしょうかね?

Metro2033 上
Metro2033 下
前に取り上げたMETRO2033の原作小説なんですが、つい最近日本語版の発売がアナウンスされていました。
ところが、発売日のはずの2月10日になっても、AMAZON以外の通販サイトには登録されず、AMAZONでも「一時的に在庫切れですが、商品が入荷次第配送します」になってしまいました。
AMAZONで売り切れただけかと思ったのですが、BK1にも楽天にも、それどころかジュンク堂にも登録が無し。出版社は小学館だったはずなのですが、そのサイトでも検索にかからなくなっています。
紀伊国屋・リアル店舗の端末でも検索にかからず、まるで消えて無くなったかのよう。
発売されたら一気に読んでレビューを書こうと思っていたのですが、肩すかしも良い所。
と言うか、本当に発売されるんでしょうか?英語版
ひょっとして、単なるAMAZONのミスってオチはないですよね?
とりあえず、毎日検索しつつ、動向を見極めたいと思います。
小学館の発売予定リストには載っていたらしいので、あり得るとすればISBN取得ミスとかですかねえ。やれやれ。
追記:
結局、6/22に延期になったようです。
2010年02月10日
タイムファンタジー 「クロノ×セクス×コンプレックス①」感想

クロノ×セクス×コンプレックス ①
出版業界は市場の失敗を地で行く状況でして、売上減を出版点数で補おうとする破綻前提の経済原理が幅を効かせています。ライトノベル業界も例外ではなく、良く言えば百花繚乱、悪く言えば粗製濫造、中立的に言っても粗製濫造と言う、悲しい状況です。
当然、知らない作者の作品に手を出すリスクは上がるばかり。この壁井ユカコと言う作者さんも、SFマガジンのリーダーズダイジェストで見なければ、スルー確定だったでしょう。
なので、まずは早川書房の方角を向いて頭を下げてみます。素晴らしい作品を知る機会をくれて、ありがとう!雑誌メディアが電子化されれば、紹介記事を書いたライターにアフィリエイトを連動させられたりして便利かもしれませんね。記事の信用度はがた落ちになりそうですけど……
閑話休題、壁井ユカコの「クロノ×セクス×コンプレックス」です。
内容は、気力少なめのイマドキ主人公な少年が、同い年の女の子と体が入れ替わったあげく、全寮制の魔法学校で学ぶ羽目になると言う、とってもライトノベルなライトノベルです。
無理矢理既存作品で例えると、「転校生+ハリーポッター+時を駆ける少女」でしょうか。ただ、後述しますが、作中の言及もあるとは言え、しっくり来ない感じです。
なので属性で書くと、「少女化・魔法学校・タイムファンタジー」。
美味しい要素を三つも詰め合わせ、破綻無く描ききっており、本エントリーのタイトル通りとてもお得な一品に仕上がっております。
基本的には、少女漫画の「女子校物」のノリでしょうか。派閥争い・家柄に起因する対立・階層意識、同性愛に男嫌いにイメージ戦略……
作者が女性のせいか、変に親父臭くならず、上手くファンタジーを描いて居ます。
逆方向から言うと、作者が女性にもかかわらず、上手くファンタジーを描いて居ます。
いやほら、リアルの女子校とか、アレじゃないですか。身内が割と名門の女子校とか行ってたりしましたので、知りたくもない事実はアレコレと。この作品は、汚さも嫌らしさもむきだしに(©ブルーハーツ)したりはせず、笑える範囲で留めています。
また、この女子校もののノリ(主人公が通う学校は男女共学なのですが、1巻はほぼ女子寮の中だけで完結。モブ以外の男子生徒は出ていません)と少女化を組み合わせる中で、割と王道を外した描写をしています。
主人公は、とある事情から、周囲の人気を集めるため「憧れの王子様」として振る舞う事になります。このため、彼は常に「女生徒の理想像の女生徒」と言うキャラクターを演じる事になり、単純に少女化してしまったと言うシチュエーションよりも、感情移入がしやすくなっています。「普通の女子」を演じるのは、正直死ぬほどしんどそう。ですが、「悪いけど、食事は一人で摂りたいんだ」などとアンニョイに微笑むキャラを演じるのは、結構楽しそうと思えてきませんか?
勿論これでコミカルな場面が発生する上に、自分の演技にゲンナリしながら人気を集めていく主人公への共感もまたアップ。さらには、この結果主人公は周囲の人気をかっ攫っていくのですが、いくらもてても「作ったキャラ」+「女の子としてみられている故」と言う枷がつきまとい、ストレートなハーレム物とは一線を画する事になります。
なお、これ故にヒロインとの関係が重要な意味を持つので、非常に上手い設定と言えます。いやあ、俺の妹がこんなに可愛いわけがない
さて、そう言った女子校・少女漫画ノリと並んで魅力的なのが、舞台と物語の主軸。つまり、魔法学校とタイムファンタジーです。
魔法学校と言っても、この学校は少し特殊で、教えるのは時間関連のみ。1巻で出てくる魔法も、「加速」と「遡行」の二つだけです。しかし、ちょっと考えればわかると思いますが、これだけで十二分にエキサイティングなイベントが起こせるわけです。
私がタイムファンタジーが大好物であるという事実をさっ引いても、今後の期待は非常に大きくなります。1巻で起きたイベントだけで、タイムリープの基本ネタは綺麗に押さえてありますしね。
1巻のメインイベントは、いくつかの偶然で主人公が巻き込まれるタイムリープ。些細な過ちを修正するために行った過去の改変が、段々と悪化していき…… と言う、鉄板の展開です。
また、時の環から外れ、主人公に警告を与える「司書」(1巻段階では主人公の未来の姿にしか思えないのですが、恐らくどんでん返しがあるでしょう)や、未だ姿を見せず(いや、「姿」はいくらでも出てますが)何らかの理由があって主人公の時代へと消えた少女(主人公の体の、本来の持ち主)など、タイムファンタジーに相応しいキャラ配置も万端。2巻以降の物語の展開が、楽しみでなりません。
欲を言うと、序盤の多少のもたつき(何故主人公が、巻き込まれた異常事態を「餅屋」であるはずの教師達に相談しないのか)が気になる所ですが、まあ許容範囲内。
後半に顕在化するタイムリープの副作用も、きちんとした理由が説明されないの気になるのですが、これは設定を小出しにしている現段階では仕方のない所でしょう。多分、物語の根幹でしょうし。
第一、そんな些末な話は、以下の呪文詠唱を読んだ段階で、どうでも良くなりますしね。
加速:
「猫のピートを知ってるかい?彼が探しているものを知ってるかい?正解の扉は一つ。扉を探して、彼を夏へと導こう
遡行:
「土曜日の理科実験室。割れたフラスコ。ラベンダーの香り。偽りの記憶。真実を探す少女は、真実を知ったとき、真実を失う
ああ、素晴らしい、原義とはベクトルの異なる中2病!大好きですよ、どっちもね!
と言うわけで、「届いた時点ですぐ読んでおけば良かった」と言う気持ちと、「もう少し寝かせておけば、2巻が出るまでの待ち時間が少なくて済んだのに!」と言う気持ちが同居する、とても幸せな読後感でした。おすすめです。
P.S.
きっと、名前しか出てきていない「接続」の魔法の詠唱内容は、この作品
その他のタイムファンタジーの感想はこちら。
2010年02月08日
戦場のヴァルキュリア(一作目) 感想

戦場のヴァルキュリア PLAYSTATION 3 the Best
円環のパラダイム
とは言え、今時の流行はこの対極。欧米製のSLGについては、競争相手との交渉がメインパートという点で、希望と外れます。勿論、それがゲームを手っ取り早く面白くするコツなのですけどね。
丁度桝田省治が企画を再始動させた俺屍2はよく合っていそうですが、早くても二年は先でしょう。
と言うわけで、とりあえず、面白そうなSLGと言う事で、戦場のヴァルキュリアに手を出しました。蒼色輪廻の作者さんが、BLOGで褒めてましたし。二作目に興味を持ったというのもありますが、やっぱり、一作目からやりたいじゃないですか。
でまあ、とりあえず序盤まで終わって、ほぼレベルが見えてしまいました。
いつも通り結論を先に書きますと、以下のようになります。
「システムはすごく意欲的。新しい面白さを組み込んだ、ワクワクする物が用意されている。しかし、他の要素との食い合わせが酷く、その良さをことごとくスポイルする方向に作用。後、シナリオは最低」
このゲームは、架空のヨーロッパ大陸の架空の第二次世界大戦を舞台に、ベルギーの立場に置かれた国が、ドイツに当たる国(作中の設定を見ると、露骨に帝政ロシアですが)の侵攻を跳ね返す、と言う内容になります。
戦闘システムは独特で、味方のターンで行動回数を、各キャラクターに自由に割り振れるのが特徴。(同じキャラを複数回動かすとペナルティ有り)また、各ユニットは、索敵範囲内に入った敵を自動で攻撃するため、キルゾーンを形成しての陣地戦が非常に面白い事になります。
特に、防御と火力が圧倒的な戦車の存在感は見事で、ワクワクできる事請け合いです。
以上、良い部分。
次に、特徴があるものの、価値観しだいなのでどちらとも言えない所を。
成長システムは「兵種ごと」一括で、各キャラクターへの愛着は薄くなる形。そもそも、戦場での活躍は個々のユニットの成長には一切反映されません。SRPGとしてはかなり問題がありますが、SLGとしてみた場合柔軟性に富んだシステムと言えます。
また、照準あわせが重要だったり、アクションよりのデザインもあり。これは、ヘッドショットを狙うか体の中心を狙って確実に削るかという選択にもなり、結構面白いです。まあ、戦車砲で歩兵のヘッドショットを狙うような、アホみたいな状況が起こったりもしますが…… (戦車砲が直撃しても、それだけでは敵兵が死なない事が多いため)
そして、悪い部分は、2点に集約されます。
1,シナリオが、ひどい
最初に書いたように、私は絶望的な状況であがく軍事物がやりたかったのです。そして、設定はそう言う風に書かれています。ところが、そんな深刻さは欠片もありません。
一応画面内で人は死んでいるのですが、シナリオ的な意味もなく、何より不合理だったりします。初っ端から、偵察兵が田舎町の避難民を攻撃したりしてますし。
君達、偵察に来たんじゃなかったの?見つかってるよ?ってか、弾の無駄でしょ。直後に当然のごとく守備隊に見つかって掃討されてるし、本当に……
軍事物としてみても、もう色々滅茶苦茶。
工業地帯が完全占領されて生産基盤が無くなったのに、何故ガリアは抵抗を続けられるのか?
対岸が占領されているのに、どうして砲撃の一つもないのか?
船舶も通過する大型河川が、”良く見たら戦車が渡れるくらい浅かった”って、そんなわけあるか!
敵陣の目の前で信号弾まで打ち上げて、「まだ襲撃が気づかれていない」とはどう言う事か?
そもそも、敵歩兵の目の前でハッチを開けて上半身を晒し、どうでも良いモノローグをのたまってから、やっと信号拳銃を空に向ける主人公はアホなのか?(それを黙って見てる敵兵は、もっとアレですが)
逆渡河攻撃で橋頭堡を確保しても、その後橋を上げたら、小隊が敵中に孤立するだけではないのか?
戦いの緊迫感も亡国寸前の悲壮感もなく、スポーツをやる感覚で楽勝の戦闘(後述)を繰り広げていると、脳が溶けて消えそうです。
2,面白い戦闘システムを、何故ぶち壊しにするデザインを取るのか?
前述したように、戦闘で個々のキャラクターに経験値は入りません。要は戦闘結果で決まるのですが、この算定は基本値1、撃破ボーナス0.25、そして、ターン数ボーナスが3と言うような比率になっています。
つまり、速攻で敵を全滅させる事が、何より優先されるわけです。しかも、このターン数の算定基準は非常に厳しく、序盤では1ターンクリアを決めないとSランクになりません。
これが、行動を回数を各キャラに割り振れるシステムと合わさると何が起きるか、もう言うまでもないでしょう……
そうです。「とにかく移動力の高い奴を複数回行動させ、拠点へ特攻する」です。結局、毎回の戦闘はその最適手を探すためのルート探索が全て。序盤ステージで防衛戦を構築して敵を迎撃する楽しさを見せられたプレーヤーは、唖然とする事になります。
つまり、評価システムが、「面白い遊び方をしたらボーナスはやらん」と宣言しているわけですね。セガのゲームにたまに見られる現象ですが、各パーツのすりあわせをしていないんでしょうか?
この時点で、「ゲーム」としての面白さは大幅に減殺されてしまっています。
キャラクターがアホでもシナリオがナニでも、SLGとして面白ければ我慢できるのに。そして、戦闘システム自体は間違いなく素晴らしいのに……
後期のファイアーエムブレムシリーズが、評価システムにクリアターン数至上主義を持ち込んで、システムをスポイルしていたのを思い出させます。自分たちの作ったゲームの面白さがどこにあるのか、わからなかったんでしょうか。
一方で、この戦闘システムに適合させるための問題というのも出ています。つまり、キャラクターの体格がほとんど同じなのです。要は当たり判定を揃える為なのですが、おかげで胸毛マッチョも十二歳の少女も、みんな同じような輪郭に。後者なんて、言われるまでロリキャラと気づきませんでしたよ(苦笑) 一応顔絵は幼かったですが、並んだイケメン兄ちゃんと同じ肩幅・身長ですもんねえ。
これもまた規格統一ができていないと言う問題の一側面でしょう。キャラの個性を出すのなら、体の小さいキャラは当たり判定的に有利、と割り切れば良かったのでは?他の能力値でハンデを与えれば、別に問題ないでしょう。体格が小さいから段差が上れないとか、塹壕から身を乗り出せないとか、色々やりようはあったはずです。
その他、インターフェイスの問題などは、一作目だから、と割り切る事もできます。色々言われる成長システムや開発システムも、開発の省力化として上手い方法だと思います。ですが、だからこそ、ゲーム性の根幹をおかしくする企画の不統一は、勘弁して欲しかったです。
ポテンシャルは明らかに高い物を持っているので、頑張ってクリアしたら2作目に行ってみたいと思います。まあ、なんかクリアだけなら、異常に簡単にできそうな気がしてきましたし。
あ、でも、シナリオライターは本当に他の部署に飛ばした方が良いと思いますよ。
極端な話、戦闘に至るシチュエーションさえ提示できれば良いだけの仕事で、あそこまで無駄な容量と無駄な演出を駆使して、毒にしかならないスクリプトを組まれては、誰も幸せになれません。今日び、食うに困ったライトノベル作家はゴロゴロしてるわけで、そう言う連中を買いたたいて使った方が、よっぽど「普通」の作品になると思います。
2010年02月06日
「男の娘」のグラデーションとか
ブームに乗って(?)その手の漫画を読みあさってみたら、頭痛が痛くなって世界が紫色に染まるかと思ったでござる。
とりあえず、以下何となくこんな感じだろうと思った、各描写についてのグラデーション。
右端のロリ漫画はコントロール(対照群)です。
| / | BL | ショタ | ふたなり | 女装 | ロリ |
|---|---|---|---|---|---|
| 服装 | 男 | 男の子 | 大体女の子 | 女の子 | 女の子 |
| 体つき | 男 | 男の子 | 女の子 | 女の子 | 女の子 |
| 男性器 | 描かれない? | 強調 | 強調 | ぼかす | ― |
| 心 | 男 | 男の子 | 女の子多し | 半々 | 女の子 |
項目について軽く解説。
服装は良いとして、体つきは胸を筋肉(マッチョという意味ではなく)として描くか、脂肪として描くかで分かれますね。ショタはここが絵としてはメインになるようです。
男性器は、ショタとふたなりはアイデンティティのためか強調。ショタが巨根というパターンも多いですね。それは、アイデンティティに齟齬が出るのでは?と思いますが、そう言うもんみたいです。ぶっちゃけ非常にグロく感じるので、この二つは厳しかったです。
面白いのは最後の「心」で、ふたなりはあくまで女の子に生えている、と言う描写パターンに対し、女装は基本が男の子の心と言う描写になります。まあ、結局行動自体の描かれ方は、女の子そのものになることが多いようですが。
さて、これらの特徴が、上記のとおりグラデーションを描いて居るようです。また、「男の娘」と言う言葉が使われる場合、おおむねロリと女装の中間程度の描写みたいですね。
なおサンプルは、左に行くほど少ないです。だって、きついんですよ!前に表現規制に絡めて少し書きましたが、ストライクゾーンに入っていない性描写なんて、グロ画像そのものなわけで。
こうして見ると、許容量の水準に合わせて棲み分けがされてるんでしょう。
と言うわけで、皆さんそれぞれの許容水準に合わせて、楽しい二次元ライフを送って頂ければ幸いです。とりあえず、女装までは結構行けると分かりましたよ!と言うか、最初に書いたとおり「男の娘」はロリと女装の中間のようなので、結構上手いラインを狙っているようです。それって、「ロリから半歩だけ踏み込んだジャンル」と言う事になりますから。怖い物見たさで手を出して貰うための、上手い所をマーケティングしてるように思えます。

ストップ!!ひばりくん! コンプリート・エディション1
何を貼るか迷いましたが、無難に古典など。
これも昔読んだ時は相当キツかった憶えがありますが、今見ると何て事ないですねえ。許容量と言うのも、結構変わる物なわけです。
タグ :漫画
2010年02月05日
男子高校生の日常 単行本化

男子高校生の日常 1 (ガンガンコミックスONLINE)
2/5現在、まだ表紙絵は登録されてないみたいです。
ガンガンオンラインのサイトに上がっている表紙画像は↓

書店で探す方は、こちらを参考にどうぞ。
前に紹介した、山内泰延の「男子高校生の日常」が、いつの間にか単行本化される事になっていました。2/22らしいです。
久しぶりにガンガンオンラインを見に行って、気づきましたよ。
前回のエントリーに書いた予想のとおりですね。気づくはずがない。
これも前回のエントリーで書きましたが、面白いコンテンツを持っているのですから、もっと金にするための宣伝をしてもいいと思うのですよ。
面白かった作品について登録しておくと、単行本化が決まった時に知らせてくれるとか。
この手のサイトのメールサービスは、登録しておくと余計な情報ばかりSPAM状態で送りつけられて、結局何も読まなくなるのがオチ。情報のアタリショックを起こさないためにも、「必要最低限の宣伝を送る」方法はもっと各社考えて然るべきかと。
とりあえずカートに放り込みましたが、毎回毎回こうだと悲しくなってきます。
情報の交通整理は、本当にネット時代の課題ですねえ。
2010年02月03日
ヒロインを「攻略する」と言う事 不幸につけむばかりでいいのか
このエントリーにはいくつかの作品のネタバレが含まれます。どうせ古いゲームがほとんどなので、気にする必要もないとは思いますが。
二次元でも三次元でも、攻略対象のトラブルは、絶好の好感度アップチャンスになります。
と言うか、二次元におけるギャルゲシナリオは、ほとんどがこれですよね。
好きな相手を助けられるというのは、プレーヤーに奮起を促し共感を呼ぶ展開です。けれど、それは結局、相手の不幸を願う事にならないか。
要するに、シナリオ上におけるヒロインのトラブルは、相手に「自分」をアピールする機会です。ですが、そんなトラブルは発生せず、ヒロインが主人公の助けなど必要としない状態が、もっともヒロインにとって幸せです。
これは、「ひぐらしのなく頃に 礼」で、非常にいやらしい(最上の褒め言葉)やり方で提示されていましたね。何かに対抗するための関係なら、そんな関係が必要ない方が幸せ。
ひぐらしなど、部活メンバーは圭一による一方的な救済にならない、相互扶助関係です。ですが、「お互いを助けあう」必要がある段階で、やはりこの業からは逃れられない。
相互扶助なら吊り橋効果、そうでなければ弱味つけ込みと、どちらにせよあまり健全な恋愛関係とは言えません。
健全な恋愛関係なんか、仮想現実で描いても楽しくない、と言うぶっちゃけは一旦置きましょう。我々が、そんなに彼女たちの事を嫁だ愛だと讃えるのなら、そんな不健全な関係しか築けなくて良いのでしょうか?
繰り返しますが、不健全な方が面白いと言う事実は、確認するまでもありません。しかし、そればかりでは飽きますし、それだけでは満足できなくなってしまうのも事実なのです。
勿論、多くの物語は、こんな事を受け手が考えなくても言いように組み立てられています。ですが、長年ゲームに限らず物語に付き合っていれば、気づいてしまう事は多くなるわけで……
しかし、それを乗越えているように見えるゲームというのも、また多く存在します。

ときめきメモリアル4
例えば、現在のギャルゲー市場の成立に大きく貢献したときめきメモリアルは、にもかかわらず現在主流のギャルゲーとは一線を画しています。それは、あの時代主流だった「攻略」するゲームの系譜上にあるからです。
このゲームにおける「攻略」は、自分を鍛えてヒロインの要求水準を満たす事です。そこに、主人公がつけ込むべき「隙」はありません。彼女たちは最初から最後まで、要求水準を変えません。「水準に近づいた」と言うシグナルのデレはあっても、そんな物語上の展開とは無関係にエンディングは決まります。何度恋人だと思い込んでいた藤崎に、手紙をもらえず涙をのんで卒業式から帰宅したか……
これは、ドラマ・物語部分はプレーヤーの想像に委ねられ、あくまでもシミュレーターとしてデザインされた故ですね。これは、上記の4まで一貫しています。

ONE ~輝く季節へ~ Vista動作確認版
これ、2007年になってまで再販して、売れたのかなあ……
と、心配したくなる「ONE」ですが、このシナリオはKey以後とは少し異なっています。
KANONにせよAIRにせよCLANNADにせよ、基本的に物語上万能になれる主人公(AIRについては、過去編以降は主人公不在、または主人公が母親に移っていますが)が、女の子を救済する話です。ヒロイン達には弱点が設定されており、シナリオの進行と共にそれが顕在化。主人公が課題を解決してあげる事で、好感度を回収します。
まあ、最初からヒロイン達は好感度全開な気はしますが、少なくとも「落ちる」きっかけとして、トラウマ発動は通過儀礼になっています。
ですが、実は出世作であるONEの段階では、構造は逆になっています。
問題を抱えているのはあくまでも主人公であり、ヒロインの誰かに自分を「救って」もらわねば、世界から消え去る運命です。障害者ヒロインなどと散々揶揄されましたが、実はKANON以降の方が、よほどヒロインは「弱者」なのです。主人公に救われる事なしに、問題を解決できないのですから。(だからKANONに対しては当時された、「攻略されなかったヒロインはどうなる!?」と言う批判は、かなり本質に迫る物と言えるでしょう)
つまり、ONEの段階では、物語最弱は主人公で、ヒロイン達はその主人公を救う可能性のある「強者」だったのです。しかしこの関係性はKANON以後逆転し、デファクトスタンダードとしてずっと続いています。

リトルバスターズ エクスタシー 通常版
あれだけ批判した手前、貼り付けるのはPC版にさせていただきます。
そして、ここに来てやっとどこか不健全な(プレーヤーが「引っかかって」しまう)関係性から抜け出す兆しを見せたのが、リトルバスターズになります。
リトルバスターズの場合、個別ヒロイン達のシナリオは相変わらずです。小毬の絵本が端的に語っているように、主人公である理樹の役割は、各人のトラウマ・思い残しの解消。同工異曲で安心感はあるものの新しさは無し。個別ルートが微妙、と言われるのも構造的に仕方のない所でしょう。
しかし、そうしていつものとおりよろず・トラウマ解消業に精を出しているプレーヤーは、REFRAINで頭を殴り飛ばされる事になります。
つまり、「救われていたのは主人公の方だった」と言う転換ですね。ここで、関係性の逆転が起こり、高所からヒロインを見下ろして「救ってやって」いたプレーヤー(個々人がそう思っていると言う事とは関係なく、物語の構造として)は、衝撃を受ける事になるわけです。
しかし、ここで一つ煮え切らないポイントが発生します。
どこかというと、主人公「が」救うのがヒロイン達であるのに対し、主人公「を」救っているのは、主に馬鹿三人組だと言う事です。
主人公一人で見れば、救い、救われて±ゼロ。関係性は整理されているようですが、それは+と-を別々の所から調達しただけ。ヒロインの危機につけ込んで「落とした」事は変わりません。それどころか、三馬鹿への「借り」は、最後に彼らを救ってみせると言う事で返している一方、鈴を除くヒロイン達には更なる「貸し」が発生します。
また、いくつかの場面で語られる、ヒロイン達が主人公理樹を好きになった理由も、すべて彼らの持つ「問題」(ほとんどが「疎外」ですね)がらみ。対等な恋愛関係かと言われると、かなり疑問符が付きます。
つまり、リトルバスターズにおいてすら、対等な「友情」については描ききる事に成功しているのですが、恋愛はやはり放擲されたままなのです。
とは言え、閉塞しつつあるパターンから抜け出そうとする試みは高く評価したいです。私がリトルバスターズを物語として高く評価しているのは、これが大きい。
と言うかですね、十年以上前にONEであれだけの衝撃を与えてくれておいて、KEY以後は微温的あるいは幻想の家族礼賛へと沈み込んで行ってしまっていたわけですよ。業界のトップ集団が、方向性を変えようとあがくのはとても見応えがあると思います。
まとめると、
「どうにもギャルゲにおけるヒロイン攻略の描き方には、不幸につけ込む引っかかりがある」
「萌えてる我々は、もっと真摯にヒロインの幸せを願うべきではないのか?」
「その引け目を回避する、シナリオパターンの挑戦がもっとあって欲しい」
と言う風にまとめられるかともいます。
今回はKEYに絞っていますが、多くのゲームがこの罠にはまっているように思えるんですよね。
人外ヒロインや主人公を振り回す系統も、結局は日常から疎外を背負ったヒロインを、主人公が「救ってやる」(あるいは、「つきあってやる」)と言う形になってきますし。ハルヒなんか、これに近い構造と見れます。
あ、もしONEやときメモをプレイした事がない人がいるならば、今すぐネットなんか見てないでプレイしてみろ、と言いたいです。勿論現在プレイすると色々悲惨なのですが、数時間耐えるだけでも、当時何がそんなに衝撃だったのか野片鱗は見えてくるでしょうから。
なお、アフィリエイトを貼り付けておいたなんですが、ときメモならPSP/PS3のゲームアーカイブスがおすすめです。600円でプレイできますから。ONEは…… あれこそ、PSPでプレイできればいいと思うんですがねえ。素人に起動方法が提示されてたりしますし……
少なくとも、クレジットカード決済があるのですから、PS3でアダルトゲームとか売ったら、結構出ると思うんですけどねえ。所詮あれはホームコンピュータなんですから、PS3上で動くパソコンのエミュレーターを公開して、外部サイトで売れるようにしてマージン取るとか、色々方法はあると思うんですが。
その他のギャルゲー関係エントリーはこちら
2010年02月01日
時事ネタに絡めて ハイチと折り鶴の話
いつもどこかで炎上祭り。インターネットは今日も元気です。
と言うわけで、例のお祭り騒ぎの件。
とりあえず発端がこれで、
ハイチ大地震の被災者に千羽鶴を ミクシィで広がる支援の輪(産経ニュース)
知らない人は、後は適当にググってください。
ある程度まとまっている所としては、
「ハイチに折り鶴」の件
一般的な反応としては、
ハイチ大地震の折り鶴騒動の主催者連中が沸きすぎてて怖い
割と中立的な意見としては、こう言う所もあります。
話題になってる「ハイチに折り鶴」の件。
とりあえず、上記は大人しいと言うか、割と真っ当な反応の所。
でまあ、全うじゃない反応の代表選手たる2ch等ではと言うと、
こんなのとかこんなかんじ。まとめBLOGのコメントが、記事を書いている時点でどちらも5kとか行ってますね。いやあ、すごいすごい……
上記のリンクをくぐった瞬間すでに予想が付くように、「余計な事すんな」「現地の迷惑だ」「自己満足の○○」と言った罵詈雑言がバーニング、と言ういつものあれです。
さて、これをネタに何が言いたいかを先に書いておくと、以下の2点になります。
1,無駄で(多分少しは)有害だとしても、ボコボコに批判しても何も生まれない
2,「善意」の批判しにくい活動という意味で、散々取り上げてきた表現規制の問題ともリンクする
順番に書いていきたいと思います。
まず、千羽鶴を折るのは、多分ほとんど無駄です。ですが、意味を持たないわけではありません。
「現地の人を励ましたい」と言う思いを伝えたい場合、理解してくれる所に送るのが良いでしょう。例えば、派遣される援助団体が持参し、現地事務所に飾る、と言う方法があります。現地の(まともな・精神的に余裕のある)協力者に渡す、と言う手も有効でしょう。再建された学校に飾る、と言う方法など、テンプレートです。
そう言った象徴としてあの千羽鶴は使い道があり、一概に否定はできません。
そして、ここが重要な所ですが、居丈高に「やめろ」と言っても何も解決しません。
ああ言う活動をする人間は善意で動いており、目的の正しさを確信しているので下手な批判は禁物です。では、どうするべきなのか?少なくとも、高所から正論をぶつけていい気になるのは、やめた方が良いでしょう。それこそ、「やらない方がマシ」な行動で、誰も幸せにはなりません。
単純に、手段が目的を達成できる物となるように、アドバイスをするのが建設的です。
例えば、以下のように。
「千羽鶴を送るのは悪くないと思いますが、それだけ送ってもコンテナ容量が余りますよね?また、鶴のような精神的支援よりも、もっと切実な援助が必要です。コンテナを送れるだけの余裕があるのなら、一緒に要請されている物資や義援金を同梱してください」
高所からバーカと言われて、むかつかない人間はいません。それが善意から行っている事であれば、倍率ドンで返ってくるのは強烈な反発だけです。
少なくとも、折り鶴を活かす方法を提示しないと、「すでに突っ込んだ労力をドブに捨てろ」と言うに等しくなってしまいます。それでは、相手が納得するはずがありません。
ですが、こう言う祭になる例に漏れず、高所からの御高説を垂れ流した結果、誰も幸せにならない炎上に至ったわけです。
そもそも、折り鶴一セット送られた程度では、実際は大した迷惑じゃないわけで。鼻息荒く絶対阻止!とか言うような内容ではありません。
まあ、初期に突撃した連中の悪い癖だったか、性格が悪かたのか馬鹿なのか…… まあ多分ネットだと気が大きくなる一般的な作用でしょう。上から目線で説教できると気持ちいいですしね!(自戒)あ、あと群集心理。
かくして、出現したのは、どう見ても「善意の人を袋だたきにしている不逞な集団」の図です。折り鶴を折った人達の善意が効果の無さを変えようがないのと同様、袋だたきにしている側の正義はこの状況を正当化しません。
と言うわけで、2の表現規制問題とパラレルですよ、と言う話になります。
今まで何度も書いてきたとおり、
彼らを電波と罵るべきか? 表現規制問題について
世界を滅ぼすのは、天使 equality now について
批判箇所は、一つだけで必要十分 ユニセフ事務局長の弾圧要請
「児童ポルノ」を含む表現規制を声高に叫んでいる人達は、基本的に正しい「目的」(それが建前だとしても)に沿って「善意」で動いています。
そこで、相手の属性や誤りをあげつらって論難しても、単に悪役に仕立て上げられるだけになってしまいます。手段への批判が「目的」(この場合、児童福祉)への批判と受け取られれば、完全なパブリックエネミー一丁上がりです。
ですから、私の論調は上記リンクのような物になります。まあ、こんな木っ端ブログの記事はどうでも良いとしても、反規制派である枝野議員や保坂元議員、あるいは法務委員会で参考人招致された一場弁護士が、「それは児童保護にならない」「もっと有効な施策がある」と言っているのはそう言う事です。
・児童保護は課題だよね。だけど、単純所持は児童を救わないよ
・児童保護は大事だよね。でもね、表現規制はコスト(リスク)が大きすぎない?
・児童保護は大切だよね。ならさ、児童福祉に予算を入れようよ
・児童保護は重要だよね。なのに、警察は児ポ法を児童を救うために運用してないよ
そして、「こんな物が堂々と売られているのが……」と言う意見に対しては、「だからこそ、ゾーニングを徹底しています」「興味のない人間の目に触れないように、警告ページ作成を徹底します」と言うような、実質的に表現を規制しない方法を提示する必要があるわけです。
勿論、ソフ倫のように全面降伏して規制を受けいれるのは本末転倒です。が、タバコの箱の注意書きのような文面が本やゲームに入るのは、表現そのものの規制では無いのでアリでしょう。
勿論これは見せかけの妥協なのですが、相手にも一定の「戦果」「達成感」を与えるという意味で重要になります。折り鶴の件で言えば、「折り鶴を送る」と言う目的とセットで、現地の為になる方法の提示ですね。
今回のハイチ折り鶴祭については、批判者達があまりにも「言ってる事は間違ってないが、どう見ても悪役」と言うテンプレートに乗っかっているので、モデルにあげてみました。あれは正に論争における失敗例の典型なので、他山の石として見てみると面白いと思います。
あ、それと、表現規制問題については、そもそも規制派が力では圧倒的である事を忘れてはいけませんが。
つまり、あのような正面からの罵り合いに発展した段階で、相手に思うつぼになってしまうわけです。規制派の根源には「おぞましい」「きもい」と言う意識があり、その思いに多数を同調させられれば、容易に勝利を得られるのですから。

慟哭のハイチ―現代史と庶民の生活
ハイチという国は、今回の地震が無くても十分すぎるほど悲惨な、失敗国家一歩手前の極貧国です。復興事業が上手く経済振興・インフラ整備と連動すれば、何らかの転換点になる可能性もありますが……
他の表現規制関連エントリーはこちら。
と言うわけで、例のお祭り騒ぎの件。
とりあえず発端がこれで、
ハイチ大地震の被災者に千羽鶴を ミクシィで広がる支援の輪(産経ニュース)
知らない人は、後は適当にググってください。
ある程度まとまっている所としては、
「ハイチに折り鶴」の件
一般的な反応としては、
ハイチ大地震の折り鶴騒動の主催者連中が沸きすぎてて怖い
割と中立的な意見としては、こう言う所もあります。
話題になってる「ハイチに折り鶴」の件。
とりあえず、上記は大人しいと言うか、割と真っ当な反応の所。
でまあ、全うじゃない反応の代表選手たる2ch等ではと言うと、
こんなのとかこんなかんじ。まとめBLOGのコメントが、記事を書いている時点でどちらも5kとか行ってますね。いやあ、すごいすごい……
上記のリンクをくぐった瞬間すでに予想が付くように、「余計な事すんな」「現地の迷惑だ」「自己満足の○○」と言った罵詈雑言がバーニング、と言ういつものあれです。
さて、これをネタに何が言いたいかを先に書いておくと、以下の2点になります。
1,無駄で(多分少しは)有害だとしても、ボコボコに批判しても何も生まれない
2,「善意」の批判しにくい活動という意味で、散々取り上げてきた表現規制の問題ともリンクする
順番に書いていきたいと思います。
まず、千羽鶴を折るのは、多分ほとんど無駄です。ですが、意味を持たないわけではありません。
「現地の人を励ましたい」と言う思いを伝えたい場合、理解してくれる所に送るのが良いでしょう。例えば、派遣される援助団体が持参し、現地事務所に飾る、と言う方法があります。現地の(まともな・精神的に余裕のある)協力者に渡す、と言う手も有効でしょう。再建された学校に飾る、と言う方法など、テンプレートです。
そう言った象徴としてあの千羽鶴は使い道があり、一概に否定はできません。
そして、ここが重要な所ですが、居丈高に「やめろ」と言っても何も解決しません。
ああ言う活動をする人間は善意で動いており、目的の正しさを確信しているので下手な批判は禁物です。では、どうするべきなのか?少なくとも、高所から正論をぶつけていい気になるのは、やめた方が良いでしょう。それこそ、「やらない方がマシ」な行動で、誰も幸せにはなりません。
単純に、手段が目的を達成できる物となるように、アドバイスをするのが建設的です。
例えば、以下のように。
「千羽鶴を送るのは悪くないと思いますが、それだけ送ってもコンテナ容量が余りますよね?また、鶴のような精神的支援よりも、もっと切実な援助が必要です。コンテナを送れるだけの余裕があるのなら、一緒に要請されている物資や義援金を同梱してください」
高所からバーカと言われて、むかつかない人間はいません。それが善意から行っている事であれば、倍率ドンで返ってくるのは強烈な反発だけです。
少なくとも、折り鶴を活かす方法を提示しないと、「すでに突っ込んだ労力をドブに捨てろ」と言うに等しくなってしまいます。それでは、相手が納得するはずがありません。
ですが、こう言う祭になる例に漏れず、高所からの御高説を垂れ流した結果、誰も幸せにならない炎上に至ったわけです。
そもそも、折り鶴一セット送られた程度では、実際は大した迷惑じゃないわけで。鼻息荒く絶対阻止!とか言うような内容ではありません。
まあ、初期に突撃した連中の悪い癖だったか、性格が悪かたのか馬鹿なのか…… まあ多分ネットだと気が大きくなる一般的な作用でしょう。上から目線で説教できると気持ちいいですしね!(自戒)あ、あと群集心理。
かくして、出現したのは、どう見ても「善意の人を袋だたきにしている不逞な集団」の図です。折り鶴を折った人達の善意が効果の無さを変えようがないのと同様、袋だたきにしている側の正義はこの状況を正当化しません。
と言うわけで、2の表現規制問題とパラレルですよ、と言う話になります。
今まで何度も書いてきたとおり、
彼らを電波と罵るべきか? 表現規制問題について
世界を滅ぼすのは、天使 equality now について
批判箇所は、一つだけで必要十分 ユニセフ事務局長の弾圧要請
「児童ポルノ」を含む表現規制を声高に叫んでいる人達は、基本的に正しい「目的」(それが建前だとしても)に沿って「善意」で動いています。
そこで、相手の属性や誤りをあげつらって論難しても、単に悪役に仕立て上げられるだけになってしまいます。手段への批判が「目的」(この場合、児童福祉)への批判と受け取られれば、完全なパブリックエネミー一丁上がりです。
ですから、私の論調は上記リンクのような物になります。まあ、こんな木っ端ブログの記事はどうでも良いとしても、反規制派である枝野議員や保坂元議員、あるいは法務委員会で参考人招致された一場弁護士が、「それは児童保護にならない」「もっと有効な施策がある」と言っているのはそう言う事です。
・児童保護は課題だよね。だけど、単純所持は児童を救わないよ
・児童保護は大事だよね。でもね、表現規制はコスト(リスク)が大きすぎない?
・児童保護は大切だよね。ならさ、児童福祉に予算を入れようよ
・児童保護は重要だよね。なのに、警察は児ポ法を児童を救うために運用してないよ
そして、「こんな物が堂々と売られているのが……」と言う意見に対しては、「だからこそ、ゾーニングを徹底しています」「興味のない人間の目に触れないように、警告ページ作成を徹底します」と言うような、実質的に表現を規制しない方法を提示する必要があるわけです。
勿論、ソフ倫のように全面降伏して規制を受けいれるのは本末転倒です。が、タバコの箱の注意書きのような文面が本やゲームに入るのは、表現そのものの規制では無いのでアリでしょう。
勿論これは見せかけの妥協なのですが、相手にも一定の「戦果」「達成感」を与えるという意味で重要になります。折り鶴の件で言えば、「折り鶴を送る」と言う目的とセットで、現地の為になる方法の提示ですね。
今回のハイチ折り鶴祭については、批判者達があまりにも「言ってる事は間違ってないが、どう見ても悪役」と言うテンプレートに乗っかっているので、モデルにあげてみました。あれは正に論争における失敗例の典型なので、他山の石として見てみると面白いと思います。
あ、それと、表現規制問題については、そもそも規制派が力では圧倒的である事を忘れてはいけませんが。
つまり、あのような正面からの罵り合いに発展した段階で、相手に思うつぼになってしまうわけです。規制派の根源には「おぞましい」「きもい」と言う意識があり、その思いに多数を同調させられれば、容易に勝利を得られるのですから。

慟哭のハイチ―現代史と庶民の生活
ハイチという国は、今回の地震が無くても十分すぎるほど悲惨な、失敗国家一歩手前の極貧国です。復興事業が上手く経済振興・インフラ整備と連動すれば、何らかの転換点になる可能性もありますが……
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