2016年09月08日

「作家性」とは歪さと見つけたり/『君の名は。』感想

ほしのこえ
ほしのこえ

↑この頃から基本的な作劇の良い点と悪い点が全く変わってないのは、素直に凄いと思いますです。

何も映画だけ見てるわけじゃないんです。BALDR HEART世界樹の迷宮Vもやってますが、メモ残して色々再プレイ・チェックしてと言う時間までとるのが難しくてですね。


閑話休題、「ほしのこえ」の頃から、「好きではないけど凄い」と言う感想を抱き続けてきた新海誠の新作「君の名は。」です。好きではないのでこの映画も当初スルー予定だったのですが、まずあり得ないと思われていた一般受け・大ヒットのニュースを聞き、ならばだいぶ変わっているのか?と興味を持ち、視聴して参りましたので感想を。

ネタバレ全開と言うわけではないですが、それなりにネタが割れる書き方をしています。

ちなみに、世間で言われてるほどカップルばかりじゃなかったです。年齢層が圧倒的に若かったのは間違いないですが。


さて、当Blogのフォーマットに従い、最初に結論です。

・相変わらず磨き上げられた情景描写は素晴らしい。一方、脚本・設定の破綻ぶりは凄まじいが、一周回って強烈な個性を放っている。
・他作品に例えると、もの凄くKeyっぽい。良い意味でも悪い意味でも……
・やりたい事だけ注力するその姿勢は、正に個人作家。大規模プロジェクトになってもこれを維持できているのは、素直に凄いと思う。


以下、上記の内容について。

まず、描写の美しさは流石です。(なんか、細田守といい宮崎駿と言い、日本のアニメはここに注力するのが特徴みたいになってるのが気になる所ではありますが……) 飛騨の自然、雨に跳ね返る紅葉、初夏の熱気にけぶる東京、生活感あふれる室内の様子。主人公二人の視点がめまぐるしく変わる展開が、描き込まれた背景によって補強され、お世辞にもテンポが良いとは言えない場面転換(唯一、数週間?の経過をナレーションと共に説明していくシーンは綺麗にまとまっていましたが)を上手くカバーしています。

ところが、脚本の滅茶苦茶ぶりはちょっと目を覆わんばかり。何しろ、時間という大ネタを使いながら、そのルールが杜撰かつ恣意的に運用されるため、「一体なにをすればどうなるのか」の予測が一切不可能なのです。このため、中盤のどんでん返しのあと、「避けられない悲劇が描かれた」のか「悲劇を避けるために動き出す」話なのかが解らないまま、視聴者は放り出されます。
一方、理屈がサッパリわからない、御神酒一気飲みから再度の入れ替わりが発生した段階で、一瞬で過去は書き換えられており(切った髪の毛をあのタイミングで幼馴染に見せた段階で過去は変わっています)、つまり過去が変えられる=悲劇は防げる以外の予想が付かなくなります。そもそも、あとのドタバタはヒロインが村人を救うための行動なのですが、物語としての大目的は「ヒロインが助かる」事なので、はっきり言って無駄な尺になってしまっています。しかも、そのイベントの最中に「名前が思い出せない」と言う「今それどころじゃない」話(にも関わらず主題その物)を突っ込んでくるので、場面の意味づけが発散してしまって締まらないシーンばかりとなります。

「入れ替わり」という荒唐無稽さは別に良いのです。しかし、起きている事象の法則性や説明が為されず、類推できない設定が唐突に追加されるため、予測を導く材料たる「設定」の体を成していないのです。典型的には、消える日記でしょう。入れ替わりが時間を越えていても別に今までの設定と矛盾はないのですが、あれは説明が付かない現象で、しかも伏線になっておらず、要するに徒に視聴者を混乱させるだけです(てか、要らなかったですよね、あれ)。
加えて、記憶の扱いのいい加減さは噴飯物で、「主人公・ヒロインとも、シナリオ進行上都合の悪い事は憶えておらず、特に伏線も無く適当なタイミングでそれを思い出す」と言う最低最悪の展開が連発され、見ているこちらはどんどんアホらしくなってきます。便利ですよね。「実は忘れていた」。便利すぎて、使ったら漏れなく作劇が安物たたき売り年末在庫一掃セールになるので、普通やらない訳なんですが。

でですね、途中から見ていて思ったんですが、これもの凄く「KEY」っぽいんですよ。感情移入の一点突破で視聴者(プレーヤー)に設定の齟齬を気にする余地を与えず、全く理屈に付かない最後の救済を「奇跡でも何でも起きてくれ!」と言う視聴者の願いに応えると言う形を取る事で、ツッコミを力尽くでねじ伏せる。正に、あの辺のメソッドです。
各キャラクターの類型的な描写や、繰り返させる日常の描写が一番できが良くて、事件については整合性は滅茶苦茶だが日常が壊れたという以上の意味は無く、最後の救済への前振りでしかない(だから、どんなハチャメチャな災害であっても、いやだからこそ力を持つ)。
これらは別に悪いわけじゃありません。私はKEYの作品は好きでしたから。ただ、さすがに散々それらに泣かされたり唾を吐いたりしてスレてしまったオタクとしては、ラストシーンを前に「はいはい。ここから特に理由も無く奇跡が起きて、ハッピーエンドになるんでしょ?今シンデレラ曲線どん底だもんね。垂直上昇で感情に昇竜拳喰らわせりゃ、誰も文句言わないしね!」とか思って口を歪めざるを得なくなるわけです。実際その通りになるし……
従って、エピローグの「とっととハッピーエンドになれよ。何起きるか解ってんだから」とイライラさせられたシーンの連続も、のれた人間にとっては「ため」として見事有効に機能したはずなのです。映画館内の雰囲気はそんな感じでしたし。

と言うわけで、若年層を巻き込んで大ヒットしたというのは、実に良く理解できる作品でした。ただ、ロジカルな展開やしっかりした脚本を求める層からは総スカンを食う酷いものであることも確かで、私の感想は今までどおり「凄いけど好きじゃない」に尽きます。
しかし、映像表現は相変わらずとても良いので、脚本の重要度が低い短編とか、あるいはドキュメンタリータッチの作品なんかが見てみたいなあと思った次第でした。
少なくとも、しっかり作ってある「作品」なのは間違いないので、金払ってみる価値はあると思います。重ねて言いますが、作家性が強いだけに好き嫌いが分かれる類のものだと思いますので。んで、どう言う人に「お勧めでない」かについては散々書いたつもりですので、どうぞご参考に。


あ、最後に。
以上の設定面でも滅茶苦茶さ加減については、「言の葉の庭」で「やっぱり主人公カップルは高校生じゃないとダメだよ!」とか言われた年上好きの監督がぶち切れて、整合性とか全部ぶん投げて作った設定だと考えると、なんか許せるような気がしてくるかもしれません!
気がするだけかもしれないですが。




当BLOG内の、映画関係記事はこちら






  
タグ :映画アニメ


Posted by snow-wind at 00:00Comments(2)アニメ・映像系

2016年09月02日

面白いのが一番!『ゴーストバスターズ』リメイク版 感想

ゴーストバスターズ 1&2パック [Blu-ray]
ゴーストバスターズ 1&2パック [Blu-ray]
↑旧作安いですねえ。確かに、今見ると色々冗長ですし、仕方ないと言えば仕方ないのですが……

何やら本国では色々ごたごたしているらしい、ゴーストバスターズのリメイク版です。もっとも、最近党派的な物言いが少々きつい(右派傾向を持つ若者への「悪口」レッテルを2つ並べて似ていると言われても、そりゃそうでしょ、としか……)人の言ってる事ですので、割り引く必要がありそうですが。

最初に自分の印象を書いておきますと、あのゴーストバスターズが女性キャストでリメイク!と言われた時は、何だそりゃまたフェミニズムでも何でも無い例の連中絡みか!?と思ったのは確かです。ですが、あの「ダメそうなおばちゃん4人が作業着姿で並んでる」プロモの絵面を見て、その場で懸念を撤回し、ワクワクしながら公開を待ってました。

要するに、「ダメ男4人組の幽霊退治コメディ」が、「ダメ女4人組の幽霊退治コメディ」になった時に、どんな新しい面白さが出るか、ワクワクしたと言う事です。

と言うわけで見てきましたので、いつもどおり結論から書きます。


要約:
面白い!男女を逆にしたことで、滅茶苦茶魅力的な馬鹿キャラが誕生し、素晴らしいコメディになっている。
しかし、肝心の4人組はやや期待外れ。もっと上に行けたはず。


では、解説していきます。
まず、コメディとして非常に良くできています。これは、丁寧に織り込まれたパロディや、旧作へのオマージュ、原作と同じ方向性の馬鹿ガジェット類と言った小ネタ、そして何よりケヴィンという「最高の馬鹿キャラ」のお陰です。

このケヴィン君、マッチョの白人のイケメンという、三拍子揃った主人公風キャラなのですが、とにかくバカで間抜けで役立たずです。要は、巨乳のブロンドキャラ類型を男女引っ繰り返した存在なのですが、動作から言動から行動から、何から何まで動いているだけで面白い(馬鹿なので常に予想の斜め上を行く行動を取り続ける)、画面にいるだけで笑いが起こる存在に到達しています。
正直、ケヴィンの言動とケヴィンの行動とケヴィンの所作だけで楽しめるので、他が霞むレベル。いや、書いたように、他の細かい部分も結構丁寧に作られてるのですけどね。

しかし、このケヴィンに食われたというか、主役4人は正直「合格点程度」のコメディキャラに留まってしまっています。ドイツ人テッキーのジリアンは、キル・ビルアクションを含めて非常に良い味を出しているのですが、他3人はよろしくありません。主人公のダメな所はケヴィンに惚れる所ですが、そのネタはなおざり。アビーはワンタン位しかネタが無く、おかげで悪霊に取り憑かれた時も今一面白くなりません。毀誉褒貶激しいパティも、折角一番図体がでかいのに怪力ネタがあるわけでも無く、中途半端。あと、劇場地下でのアクションは、余りに動きにキレがない(運動神経が悪いと言うか、動きが鈍い、と言うネタにもなっていない、様にならない動きです)ので、ちゃんとリテイク出すなり事前に練習して欲しいと思ったレベル。ただの萌えキャラかと思ったらすげえアクションを披露してくれた、キックアス(感想はこちら)のヒットガールまでは行かないまでも、芝居として見苦しくないレベルには行って欲しいです。

何故こんな事に成ってしまったかと考えると、上記記事で指摘されているようなのとは別の意味で、フェミニズム・ポリティカルコレクトネスが作用してしまったんじゃないかなあ、と思う次第です。

どう言う事かというと、ケヴィンという「マッチョ・白人・イケメン」と言う一見して強いものであれば徹底的に馬鹿にしてネタにしてこき下ろしても構わない、しかしイケてないおばちゃん4人組を同じように扱うのは『正しく』ない、と言う判断が働いてしまったんじゃないかなあと。GamersGate とかあの辺を見ていると、あながち間違いじゃないのではないかと思います。

そして、これは極めてF○CKです。ふざけてます。そんな事どうでも良いから面白い物作れよ!!としか言い様がありません。

はっきり言って、もっともっと面白くできるんですよ、このネタ。ケヴィンなんて言うアホに惚れる主人公はまぎれもなく「馬鹿」なのですから、そこを誇張しないでどうするんでしょう?あの馬鹿に言い寄って全然理解されないとか、口説こうとして空回りするとか、その程度の描写もありません。大体、中途半端なチョーカーへの突っ込みを入れる位なら、「年甲斐もなくボデコン(ゴスロリでもフリフリでも痛ければ何でもよろしい)スタイル」程度の「痛さ」は入れて欲しい。オタクが出てくる映画で定番の童貞ネタも、引っ繰り返して高齢処女ネタにするだけで、十二分に面白いシーンができるはずです。
と言うかですね、「ダメな男ども」をわざわざ「ダメな女ども」に変えたんですから、「女性キャラ」であるが故に痛くなるネタをやらなければ意味が無いんですよ。何?それは女性を馬鹿にしてる事にならないか、ですって?馬鹿な女性を描く事が女性を馬鹿にする事になるのなら、馬鹿な人間を描けば人間を馬鹿にした事になり、つまるところコメディなんて描けません。コメディ定番の医者や軍人や警官や政治家は馬鹿にしてOKだけど、女性やマイノリティや底辺職業は馬鹿にしてはいけないというのなら、それこそ差別ってもんです。
と言うかですね、女性に対する描写を「手加減」した結果、吹っ切った描写のケヴィンが美味しいところを持って行っているわけで、むしろ女性に不利に働いてるわけですよ。主人公なのに、ネタにされるという特権を十分に発揮できず、男性キャラに奪われてるわけですから……

以上のように、とても面白くて是非色んな人に見て欲しい作品なんですが、画竜点睛を欠く事の原因を考えるに、やっぱり文化戦争の根は深いなあと溜息を吐いた次第です。コレクトネスに痛めつけられた貧困白人層の怒りがトランプ現象に帰結したり、この期に及んで他人をぶったたく事ばかりに汲々としている日本の左派の問題と言い、いい加減本来の自由主義を遵守して現実とフィクションを切り分けて論じられる環境を取り戻さないと、それこそ現実にもフィクションにもろくな影響を及ぼさないんじゃないかと思います。


当BLOG内の、映画関係記事はこちら




  
タグ :映画


Posted by snow-wind at 01:00Comments(0)アニメ・映像系