2010年05月05日

最高裁長官殿、他人事みたいに言わないで下さい


『公判前手続きが課題』 最高裁長官 指摘(東京新聞)
〈憲法記念日 竹崎最高裁長官、会見の主なやりとり〉(朝日新聞)

憲法記念日のイベントと言う事で、最高裁長官が裁判員制度などについて所感を述べています。ちなみに、したの朝日新聞の記事は、ほぼ全文引用の詳細なもの。
要点は三つ。

1,公判前整理手続きを使った、裁判の迅速化が課題
2,足利事件を教訓として、科学的証拠の能力について研究
3,検察審査会から上がってきた案件だからと言って、有罪率が上がる事はない


読んで驚かされるのが、基本的に全て他人事のような物言いと言う事です。
確かに、これらの制度や状況は全て、司法の「外」から与えられたものです。しかし、それらが導入された背景には司法の問題があり、もっと言えば最高裁は新制度を悪化させた戦犯でもあります。

とりあえず、本論は1なので、2と3は一言だけ。

2:検察提出の「科学的証拠」だけ素通しするような運用しといて、今更何言ってんだよ!
3:それは、「検察審査会の判断だから」でなくても、最初から99%が有罪だから変わらないって事ですよね?


そして、本論は1の裁判の迅速化。
大事な事は何度も言わなければならないのでフォントを大にして言います。

そもそも司法改革の理由の一つが、裁判の迅速化でした。
そして、それを迅速化に繋げなかったのは、他ならぬ最高裁です。


日本の公共サービスはほとんどそうなのですが、司法も見事なまでに人手不足であり、これが裁判の長期化の原因です。ざっくりした所では、愛知弁護士会の資料でもどうぞ
ついでに、判決がなおざりになるのもこれが原因ですね。そこまでいわなくても、判決の精度は落ちるに決まっています。資料を読む時間や思考時間が足りなくなるわけで。

この為、法曹人口の増員が図られました。これが新司法試験導入(と言うか、合格者増)の一番大きなポイントです。例えば、合格者を倍にして、法曹関係者の増加数を倍にすれば、30年後位には法曹関係者が倍になります。

ところが、増えるはずの検察官・裁判官はほとんど増えず、弁護士がワーキングプアまっしぐらになったのは、知ってのとおり。実に素敵な状況です。
一応、十年で五百人という増加は計画された(現在増員中)のですが、これは率にして16%くらい。少ないです。→裁判官の定員は、平成15年度でこれくらい。なんでそんな中途半端な年代かって?○uckな最高裁のWEBページが、まともに資料を載せてないからです。

ついでに、増やしておいて各省に出向させる(いわゆる、癒着のガンと言われる交流人事)状況は変わっていません。官僚として議員の所に質問を取りに来て、行政官として訴状も書くといった生々しい話が国会質問で出てきたりします。民主党は、せめてこの辺を叩き潰すまで政権を投げるなと祈りたいところ。

閑話休題、これの原因は勿論予算を管理している政府にあるわけですが、実は最高裁にも大いに責任があります。まず、司法予算は二重予算と言いまして、独自の予算案を作って、内閣に対抗できるようになっています。内閣はこれを変更する場合は、減らす理由を説明する責任が生じます。要するに、国民に見える所でやり合える制度です。
ですが、最高裁は事ここに至ってもこの権限を行使せず、どう見ても弥縫策でしかない小規模増員で済ませてしまいました。裁判員制度についても、150人、約5%の裁判官増員で終了です。十年で一万人からの合格者増(予定)から見ると、余りに少ないです。と言うか、裁判官は年1%程度の増員がずっとなされてきているので、実はこれは大した増員ではありません。

その一方、ここで出てきたのが「公判前整理手続き」と言う制度。要するに、「事前に問題とすると決めた所だけ議論します」と言う制度です。なるほど、確かに裁判が迅速化され、裁判官の負担も減りますね。一見。
しかし、これは刑事裁判において、検察側に一方的に有利です。もともと刑事裁判では、情報は全て検察(と、そこに情報を上げる警察)が握っています。
弁護側から見れば、「何を争点にすべきか」は「何が証拠としてまずいか」と言う判断に他なりません。しかし、それを知るためには、事前に検察の提出する証拠を全て精査しなくてはなりません。いや、性格に言いましょう。提出される証拠は勿論、それ以外にどんな証拠があるのかを推測し、開示請求を行い、しらばっくれる検察に裁判長の権限を行使させて証拠を引っ張り出し、その引っ張り出した証拠がどの程度の物かをまた精査して、同じ事を繰り返す必要が出てきます。
一方検察は、自分に都合の悪い部分(捜査の瑕疵とか、証拠取得時の法令違反とか)は見せたくないので、手間はほとんど増えません。って言うか、開示義務がないってどう言う制度ですか?!

さてまあ、こうやって「出せ」「無い」「そんなわけあるか」「あった」「抜けてるじゃねえか」「紛失した」みたいなやりとりを一回ごとにやっていれば、迅速化が進むわけもなく、と言うか、裁判の精度まで落ちていきます。何しろ、ここで取り上げると決められなかった証拠は裁判で使えないわけで。例えば、「それでも僕はやっていない」の中で、弁護側が目撃者を捜し出して出廷してもらうシーンがありますが、ああ言うのは原則できません。結局は、「弁護と調査に使える時間が少なくなるだけ」と言うわけです。
これが「迅速化」というなら、検察が訴状を持ってくる度に100面ダイスを転がして、100が出ない限り有罪、とかでもいいんじゃないですかね?

で、問題の「誰がこれを導入したのか」なのですが、司法制度改革審議会という、単なる審議会です。勿論、法案提出は内閣で立法を行ったのは国会ですが、内容は答申そのまま。1999年7月(小渕内閣)から2001年7月(第一次小泉内閣)まで活動し、この答申に沿って各種改革が行われました。でまあ、実行に当たった推進本部のメンバーがこちらでして……

「うわあ」と言う言葉しか出ない感じです。と言うか、単なる内閣の別称ですね。

ですが、問題はここではないわけです。本部がどう言う理念で動いているかは、まあ自明。
知財は高裁設置だけど労働は審判制度とか、笑えてきます。では、「改革」のターゲットとなった最高裁(何度も司法と最高裁を同じように書いていますが、最高裁は司法の最上位で、独自の事務局も持つ文字通りのトップです)は何をしたか?これが、そのまま改革を受けいれているのです。要求に従って迅速に行動計画も作っていますし、各地の弁護士会が懸念を表明する中、抵抗のての字も出てきません。

三権分立という物を既得権の維持位にし考えていない(国民審査制度の運用内容を審査するのが、最高裁自身って……)感のある最高裁では仕方ありませんが、意見表明すら行わないのは、実務機関として問題がありすぎるでしょう。
要するに、何も言わずに受け入れ、忠実に基盤整備を行っておいて、いざ実務レベルになって予定通りに動かないのは問題だ(要するに、弁護士どもがキリキリやらない、と言いたいのでしょう)などと、どの面下げて言えるのか。


まとめると、こう言う事です。

1,最高裁は、一番必要な裁判官増を求めなかった
2,代わりに導入したのは、弁護士と被告人に負担を被せる公判前整理手続き
3,この制度内で精一杯防御権を行使しようとすれば、迅速化を犠牲にせざるを得ない
4,これを批判するのは、被告人の防御権などクソ喰らえと言っているに等しい

結論:
他人事のように運用を批判するのはやめて下さい。制度が最初からおかしいんです。


おまけ
裁判員をやる事で司法制度を理解してもらえた、と言う内容が出てきますが、恐ろしい限りです。それはつまり、制度を理解していない人間が有罪かどうかを決めているわけですから……
あとですね、「審理まで時間がかかると被告人の勾留(こうりゅう)期間がそれだけ長くなる」ってのは、本気で頭に来ました。「証拠隠滅の恐れ」の一言をマジックワードに、無分別に勾留を認めて代用監獄にしているのは、お前らだろうと!勾留期間が長くなる事による証拠能力の低下は、長期の監禁で被疑者の精神状態がおかしくなっていくのが一番大きいんだよ!!
……失礼。思わず、耐えきれずに口調が下品になってしまいました。この、お歳を召して判断力がチャレンジされつつあるお爺さま(ポリティカルにコレクトな表現)は、いっぺん監獄実験に収監者役で参加すべきだと思います。




タグ :社会

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この記事へのコメント
1.

確かに、裁判員裁判の場合には、争点を絞りきろうとするために、第一回公判期日前に時間がかかりすぎるところがあるのだろうと思います。

ただ、現行刑訴法は、当事者主義の建前なので、
いくら裁判官が増えようと、
検察官、弁護人が多数の主張をすれば、
裁判所としてはそれが枝葉抹消の主張でも、審理しなければならないところがあります。
公判前整理手続は、そうした枝葉抹消の争いをしないように事前に調整するという意味では裁判の迅速化にとってプラスの面があります。
制度を使う人の問題だと思います。

2.

それと、公判前整理手続の長期化の件ですが、
例え、裁判官が増えても、主張立証するのは当事者ですから、
検察官なり、弁護人なりは、それぞれ持ち帰って、主張立証を再検討することになり、それに時間がかかるのです。
裁判所のせいだけではありません。

3.

裁判官増員については、ご主旨はよく分かるのですが、
裁判官を養成するのは、そんなに簡単ではないこともご理解いただければと思います。
裁判システムのゲートキーパーとして、裁判官にはそれなりの能力と経験が求められます。
基本的にはOJTで、裁判部の部長や右陪席が、自分の仕事をしながら鍛えるものです。
ある程度の限界はあると思います。
もちろん、今の増員の程度が、限界であるかどうかは、議論があるでしょうが・・・

4.

検察が手持ち証拠を全然見せないと言うことは、そんなにないのではないですか。
有罪の確信をもって起訴するので、
むしろ、どうでもいいことで時間を空費しないように、
近時は手持ち証拠の開示に積極的だと思います。
場合によっては、類型証拠開示を超えて、任意に開示をしている場合もあります。
Posted by 一書生 at 2010年05月05日 22:51
確かに、ご指摘のような面も事実です。
これは恐らく、どの側面を重視するかという話になると思いますので、一応私の考え方を。

1,長期化の原因として、枝葉末節の争いよりおまず訴訟件数の増加があります。迅速化のために審理時間を減らすというのは、本末転倒かと思います。

2,私の書き方が悪かったようなので補足します。公判前整理手続きの長期化は、私は当然だと思います。長期化するのが問題という長官の発言が、制度の欠陥を当事者の問題にすり替える内容が、まずいと指摘したつもりです。裁判所は、この件の実務に関しては良くも悪くもないですね。

3,そう、そこなんです!
裁判官は育成が難しい。勿論、弁護士だって検察官だってそうです。それを補うのが、新司法試験でありロースクールだったわけですが、実態は「あんなもんゲーム専門学校と変わらないだろ」としか言いようが無いわけです。
しかし、それは導入前から解りきっていたわけで、アクセル全開で合格者を増やしたあげく、裁判官だけは難しいから、と言うのはアンフェアかと思います。
育成方法の改善(安定の一方徒弟化して硬直する傾向があるため)とか、議論されないのは不思議ですが。

4については、システム上の問題なので、検察の自主的な開示には意味が無いと思います。裁判という白黒付ける場で、開示義務のない非対称戦争が戦われるのが問題なわけで。表現規制関連でも書いていますが、執行者が誠実に運用すればまともに動く(そうでなければろくでもない事になる)制度と言うのは、「権力は間違えるからそれを前提に制度を組む」と言う近代国家の理念にもとるわけで。
Posted by snow-windsnow-wind at 2010年05月06日 19:31
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