2010年05月12日

ゾンビ版「ウォー・デイ」:「WORLD WAR Z」感想

本エントリーは、変化球ながら非常に良くできたゾンビ小説、「WORLD WAR Z」の感想です。ですが、その前に一冊古いSF作品の紹介を。
ウォー・デイは、新潮文庫から出ていた翻訳SF。主人公は、核戦争を生き延びた男性。放射線障害に冒され残り少ない寿命を何か意味のあることに使おうと、崩壊したアメリカを旅して関係者の証言を集めて回ります。
アメリカ政府崩壊に立ち会った職員、開戦時に勤務していた軍人、経済崩壊を解説する学者…… これにインタビュー先の情景(メキシコに再占領された南部、独立を果たした地域、日本の保護領となったカリフォルニア)が重なると共に、まだ終わっていない戦争(崩壊したソ連の戦略原潜を狩る国連軍など)の諸相を描く、傑作(架空)ルポルタージュです。
特に、アメリカと「戦前」秩序の崩壊が、核による破壊そのものではなく、EMPによる電子情報の喪失(銀行のコンピュータが全て死んだことで、経済が崩壊する)という描写や、単なる崩壊ではない「戦後」秩序の構築(例えば、需要と供給のある所、大陸横断鉄道は動いている)の情景を描くなど、描写に説得力を持たせる薄気味悪さは最高です。

さて、何故こんな古い物を最初に紹介したかと言えば、今回紹介する作品が、「ウォー・デイ」を知っている人相手なら、表題の一言ですんでしまうためです。

勿論これは、パクりがどうこう言いたいわけではありません。架空のドキュメンタリーという手法は海の向こうでは一般的な手法ですし、この作品が文句なく面白いと言う事実に、些かの影響も与えません。


WORLD WAR Z
WORLD WAR Z

と言うわけで、マックス・ブルックス著「WORLD WAR Z」です。

これは後書きで作者が書いているとおり、ロメロ路線を正統に受け継ぐゾンビ大発生物です。
ドキュメンタリーはまず、何故この本が書かれるに至ったかが語られ、同時に細かな数値が余り中に登場しない理由について触れられます。これは、非常に巧みな構成で、あくまでも「あの世界の」読者に向けたという体裁を最後まで守り通します。(細かな数字が見たければ、国連の統計資料を参照しろ、と書かれる)
参考文献まではさすがにそう多くはでっち上げられなかったようですが、章ごとに注が付き、「※この時の死者数については諸説有り、まだ確定していない」とか「※Z大戦を通じて、日本の自殺率は飛び抜けて高い数値を示した」と言った「いかにも」な文章が挟まります。

登場する人々も、各国・各地域にまたがる形で登場。特に、Zの大量発生とアウトブレイク、その後の各国の歩みとリンクする形で取り上げていく鉄板展開で、飽きさせません。
基本的に、最初に世界が救われたと言う事(そうでなくてはこの本が書かれるわけがない)が明示されているわけですが、そんな事は全く感じさせない緊張感です。GF団のK(仮称)さんが指摘している、インタビューされる側の冷静さは確かにあるのですが、その中にやりきれない怒りや悲しみがにじみ出る文章になっているのもポイント。

それと、出てくる人々は半数以上が一般市民なのですが、異常な経験をしてもはや普通の、とは言い切れなくなっています。少なくとも、生き残った事自体がレアなわけですから。
また、一般人以外は、いずれも非常時に活躍した人々で、良くも悪くも個性が強くなっています。個人的には、追い詰められたアメリカの計画経済(戦時経済)責任者の躁病気質や、信念を曲げないまま淡々と語る中国人老革命家の医師が印象に残りました。

それにしても、リアリティの出し方もまた見事。あっさり暴走して無差別兵器を使う旧ソ連系政府、常在戦場状態で逆に秩序を維持するイスラエル、北朝鮮への警戒から軍を動員できず対応が遅れる韓国など、実に「らしい」描き方です。ついでに、韓国は北朝鮮が盾になって(この北朝鮮に関する描写は、本書の中で、ある意味一番薄気味悪いポイントですが)崩壊を免れる一方、日本から流入した難民に手を焼いている(苦々しく、とっとと追い返したいと思っている)と言う描写など、またそれっぽくて楽しめます。
もっとも、日本というか日本人の描き方は相変わらずで、データ(上記の自殺率とか)は上手くハッタリを効かせている物の、出てくる人物がオタクとスピリチュアルな老人で、「結局そう言う扱いなのか」とがっかりさせられたりもするのですが。

そして勿論一番の注目点、ゾンビ物で一番のハッタリの効かせどころである「世界が追い詰められていく様子」の描写が出色。
国民の混乱を治めるために戦術的勝利を求めて出動したアメリカ陸軍が、ハイテクに足を取られて敗北する描写など、感心してしまいました。理由の「それらしさ」が、非対称戦争のエッセンスを詰め込んだ感じになっていて、最高です。
他にも、偽薬で大もうけする企業と、国民に希望をアピールするためにそれに手を貸す政府、混乱した情報を流して被害を増やすマスコミなど、泣いたらいいのか笑ったらいいのか解らない描写は目白押し。対策レポートが無視され誰も責任を取らない様子など、散々見てきた世紀の重大事件のお約束です。

このように、エンターテイメント、偽ドキュメンタリーにおけるリアリティの描き方をきちんと押さえた良作で、ゾンビ好きもリアル寄りのフィクション好きも、是非一読推奨したい一品。
あちこちで話題になっているかと思いますが、それに相応しい力作ですよ。

あ、その際は、興味が湧いたら「ウオー・デイ」もどうぞ。この手の作品の系譜が見えるので、面白いですよ。「WORLD WAR Z」を読んだあとだと、静かすぎる印象になるかと思いますが。




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この記事へのコメント
参考にさせていただきました(・Д・)ノ
Posted by 蛙 at 2013年06月28日 15:47
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