2010年10月04日

歴史改変小説の傑作「ファージング」三部作 感想

英雄たちの朝 (ファージングI) (創元推理文庫) 暗殺のハムレット (ファージングⅡ) (創元推理文庫) バッキンガムの光芒 (ファージングⅢ) (創元推理文庫)

ファージング三部作は、ルドルフ・ヘスの和平工作が成功し、イギリスとナチス・ドイツが講和した世界を舞台とした、歴史改変小説です。
作者は、ファンタジー小説が幾つか訳された以外、日本では無名のジョー・ウォルトン。創元推理文庫です。

1巻「英雄達の朝」
2巻「暗殺のハムレット」
3巻「バッキンガムの光芒」

の三部作で、登場人物が重なりつつ、1960年代までの世界を舞台に物語が展開します。
ルドルフ・ヘスの和平工作は、作家にとってかなり魅力的な題材らしく、二年ほど前にヒットした双生児同様、ここでも歴史のターニングポイントとして重要な役割を果たします。

先に結論を書くと、とても素晴らしい小説で、ここ最近一番のヒットでした。
と言うわけで、その魅力についてネタバレにならない範囲で記述したいと思います。

まずは、世界設定の巧みさ、または「ニヤリとさせる」度合い。

第1巻が始まる前の段階で、ヘスの和平工作は成功し、イギリスとナチス・ドイツは友好的ムードで講和。チャーチルは影響力を失っており、議会は「ファージング・セット」と呼ばれる、和平を主導した保守党系派閥に牛耳られています。
一方、東部戦線に注力したドイツはソ連と千日手に近い消耗戦に入っていますが、余力は十分。一方、イギリスという矢面を失ったアメリカは、旧大陸への介入の機会を失い、むしろ国内の反ユダヤ主義と孤立主義の高まりから右傾化しています。

重要なのが、孤立主義と「保守化」の赴くところアメリカの不況が慢性化し、世界の主導権を失っているところ。アメリカの「保守」とは自由主義・放任主義経済運営ですから、実に説得力があります。ちなみに、大統領はルーズヴェルトではなくリンドバーグ。一々上手い配置です。

ついでに、イギリスのチャーチルが、思いきり落ち目に書かれているのも上手い所でしょう。1巻の段階でイギリスは「戦後」なので、説得力はありありです。

他にも、全巻を通じ、実在の人物が説得力のある形で後景で立ち回っていたり、有名な文学作品が皮肉の効いた形で引用されたりと、この手の話が好きならニヤニヤしながら楽しめます。
特に、この作品を読んで真っ先に誰でも連想するであろう「あの作品」については、一ひねりした形で登場し、作品のテーマそのものを端的に示しています。

唯一不満があるとすれば日本の描写(と言うか、上手いことやり過ぎ)でしょう。ですが、枢軸側とイギリスが講和していることから、主張勢力範囲が「大」ではない「東亜共栄圏」(インドやマレーを含まない)になっていたりとか、欧米作品としてはかなり説得力のある方になっています。


次に、実に巧みなのが構成。
1巻は、推理物として幕を開けます。と言うか、一応最後まで推理ものです。ところが、ミステリーとして堅実に進行していたはずの物語は、説得力と必然性を以て逸脱。最終的に、「ハウダニット」も「フーダニット」も重要ではなくなり、シナリオは「ホワイダニット」のみに焦点を当てた大きな流れへと流し込まれます。

また、視点の使い方も洗練されています。
1巻は、殺人事件に巻き込まれた上流階級の婦人(ただし、ユダヤ人と結婚したことで半分勘当されている)と事件を担当する警部補の二つ。2巻以降も常に二つの視点を規則的に切り替えながら、歴史的事件を描写していきます。


一方、翻訳段階で訳注が追加されており、馴染みの薄いルドルフ・ヘスの飛行や言及される文学作品、歴史上の人物などはきちんと説明が入りますので、安心して読むことができます。

あ、ただし、1巻の訳者後書きだけは、絶対に読んではいけません。
「この程度はネタバレにならないだろう」などと、いきなり続刊のオチを書いてやがるのです。誰か止めなかったんでしょうかね、あれ。
逆を言うと、内容的な問題点はそれくらい。最後の展開については、不満もある物の満足すべき点と表裏一体な部分があり、瑕疵とは言えないと思いますし。どちらかというと、良い悪いの話と言うより、もう1巻かけた方が説得力を増せた、と言うのが私の希望だったりします。(でもそうすると、冗長になる部分も出るしなあ……)


さて最後に、この作品は紛れもない政治小説です。
内容を見れば一目瞭然ですが、監視社会化路線を突っ走るイギリスに対する、強烈な皮肉に満ちています。
メディアを使ったイメージ戦略やフレームアップ、恐怖による市民の萎縮、どんどん他人が信用できなくなっていく相互監視体制など、実に「現代的」な暗く陰鬱な描写が続きます。と言うか、現実の先進各国で勢いを増す警察国家化や民族主義が、正に19~20世紀への回帰なので、必然なのですが。

この辺の状況を知っていると、「コミュニスト」「テロリスト」「ユダヤ人」が魔法の言葉として使用され、段々と社会が狂っていく描写の凄みは中々。

勿論、流石イギリス人の作と言いますか、生硬な主張が顔を出すポイントは皆無。むしろ、英雄も完全な悪人もいないと言う意味で、リアルで救いのない雰囲気が盛り上がります。ファシズムにしても、その「魅力」を描写してみせる辺り、むしろその恐ろしさを存分に描いて居ると言えます。
例えば、ナチスに妥協し友好関係を結んだ大英帝国は、二次大戦による没落を回避してその地位を保っていたりするわけです。むしろ、ケインズ(そう言えば、彼に関する言及はありませんね)流の国内投資を活発に行い、とっとと不況から抜けたらしい描写もあります。
結局、汚いことも描かれますがそれは主題そのものではなく、むしろ機会を活かした宣伝の力や、社会に根を下ろしていく恐怖や諦念こそが重要という描き方。
登場人物全員、余りに人間的に、ミスや「敗北」を繰り返すところが、真骨頂と言えるでしょう。勿論、それだけではないからこそ、彼らは輝くわけですが。

と言うわけで、今年読んだ本の中では、「WORLD WAR Z」(リンク先は当BLOGの感想)に並ぶ面白さでした。買った時の期待は、この前のSF4冊セットよりはるかに低かったのですが、これは嬉しい誤算でした。珍しく、自信を持ってお勧めできる一品です。



その他の第二次世界大戦関連エントリーはこちら





同じカテゴリー(読み物)の記事
 非常に面白い「娯楽」の理論書 『純粋娯楽創作理論 VOL.1』 感想 (2015-06-20 00:00)
 ナイストンデモ本!ダニエル・ドレクスラー『ゾンビ襲来』感想 (2013-02-16 22:00)
 最近読んだライトノベルの感想 (2013-01-30 22:00)
 胸がむかつくひどい話 『魔法少女育成計画 restart』 感想 (2013-01-18 22:00)
 良質ショートショート 『独創短編シリーズ 野﨑まど劇場』 感想 (2012-12-11 22:00)
 余りに出来の悪いSF 山田宗樹 『百年法』 感想 (2012-11-26 22:00)

この記事へのコメント
面白そうですね
でも、できたら、作者名と出版社名とかくらいは書いててほしいです……
Posted by かがみん at 2010年10月05日 16:23
あ、すみません。追記しました。
AMAZONへのリンクをデフォルトで貼るようになってから、その辺すっ飛ばすように成っちゃってました。
以後気をつけます。
Posted by snow-windsnow-wind at 2010年10月06日 00:06
いえいえ
ネットで買い物しないのでつい…
ちなみに私は別にファンでもないのに曾野綾子の狂王ヘロデ(文庫)を買ってしまいました…
Posted by かがみん at 2010年10月06日 15:43
snow-wind様

こんにちは。

以前の記事に突然すみません
通りすがりのものです。

>あ、ただし、1巻の訳者後書きだけは、絶対に読んではいけません。
「この程度はネタバレにならないだろう」などと、いきなり続刊のオチを書いてやがるのです。誰か止めなかったんでしょうかね、あれ。

上記、激しく同意いたします!!
うっかり読んでしまい、地団太踏みました。
ひどいですよね~
Posted by 通りすがり at 2012年01月10日 09:32
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。