2010年11月29日

”逃げちゃダメだ”は愚劣な言葉 『なれる!SE』の感想と共に

関連エントリー:ブラック企業NERV

ニートの海外就職日記さんが久しぶりに更新されたと思ったら、バカンスの映像つきで羨ましくて死ぬかと思う簡易更新。忙しかった理由も趣味の教室通いとか、地獄の底から見上げる蓮の池の底ってこんな感じでしょうか。
でも、表現規制的にシンガポールは地獄なので、羨ましくなんて無い!

と、前置きは置いておいて、こちらも慎ましく趣味に時間を使うべくラノベを手に取ったところ、体の色んな所から火炎放射したくなるような、凄まじい内容の代物を引き当ててしまいました。ブラックジョークかと思ったら、ブラックと言うよりダークファンタジー(誤用)、じゃない、ダークリアル!

なれる!SE―2週間でわかる?SE入門 (電撃文庫)
なれる!SE―2週間でわかる?SE入門 (電撃文庫)


「なれる!SE」は、2巻も発売され、話題になっているライトノベルです。作者は、葉桜が来た夏の夏海公司。

書店に必ず並ぶ電撃文庫で、この題名をつけた時点で一定数の売上決定のネタでしょう。はじめて平積み台で見た時に感じた、ラノベらしからぬ負のオーラは非常に強烈。表紙の美少女とのギャップが素晴らしすぎます。

そして内容ですが、本当に「ひどい」代物でした。
ただ、IT系ブラック企業の諸相から受ける皮相的な乾いた笑いは、実は二義的。この作品の本当の面白さというか興味深いところは、「サブカル系エンターテイメントの物語構造」の恐ろしさを、意図せずにさらけ出しているところでしょう。

どう言う事か説明します。
この「なれる!SE」の物語構造自体は、恐ろしいほど定型的なエンターテイメントのそれです。

1,主人公は普通でない状況に叩き込まれる
2,それは耐え難いので、逃れようとする
3,しかし、やがて自己実現や守るべきものを見出す
4,最終的に、与えられた運命を「やらねばならない事」と自覚し、成長する

この起承転結は、小説でも映画でもアニメでも、お約束です。
ところが、この作品の恐ろしい所は、それを「実際に存在する」業界の「現実的な地獄」の中に、落とし込んでしまったところです。そうなると、正に私がブラック企業NERVで茶化したとおり、理不尽であり得ない、「勝利条件はゲームを止める事」なゲーム(はてしない物語メソッド)が現出してしまうわけです。

上の流れに沿って、重要なポイントを挙げていきます。


1,主人公が巻き込まれる普通でない状況
定型作品:命の危険を伴う闘争
なれる!SE:デスマーチ連発のブラック企業

2,逃げたい逃げれない
定型作品:世界の運命・自分が逃げたら誰かが代わりに・男だったら逃げちゃダメだ!
なれる!SE:無職へGO!・自分が逃げたら誰かが代わりに・社会人なら逃げちゃダメだ!

※「男だったら」は、間違ったノビレスオブリージ的な定型句。性別は問題じゃないのよ。

3・4,この世界も悪くない
定型作品:気の合う仲間・可愛い女の子・やりがい
なれる!SE:いい人の同僚・可愛い女の子・やりがい


どうでしょう?恐ろしいほど醜悪な社会の縮図が、見えてきませんか?


何にせよ、両者が恐らく故意に混同して描かれるため、読んでいる時のストレスが凄い事になります。戦争に巻き込まれた少年が主人公のロボット物や、世界の命運を賭けた超能力者バトルの渦中に巻き込まれた時と、状況は同じ。なのに、それがITブラックに置き換えられた瞬間、「逃げちゃダメだ!」と言う「成長」が、悪質な欺瞞だと露呈してしまうのです。

順次解説してもくどいだけなので、3・4に絞って書きましょう。

理不尽な状況で「ここに居ても良いんだ」と人に思わせる手法は、極論すれば二つ。
「成功体験」と「人間関係」です。

「成功体験」は、飴と鞭の飴です。
ひどい状況が延々と続いた後、そこを抜ける解放感が来る。死と隣り合わせの危険が、生き残ったという喜びに。デスマーチの苦しさは、それが終わった喜びに。状況が酷ければひどいほどこれが大きくなるので、犠牲者後を絶たず。ついでに「人とは違う事をしている」という自尊心でも刺激してやれば、笑って死ねる鉄砲玉が一丁上がりです。
しかしこんな物、どんな物でも得られるんですよ。コンビニバイトですら、トラブル発生→対処のプロセスの中で、類似の経験はできます。知らなかった世界を知ると言うのも、働いたら(働かなくても新しい経験をすれば)どんな所でも経験します。
そもそも、「ひどい目に遭わせて最後のちょっといい目を見せる」と言うのは、洗脳の典型的手段です。良く話題になる、新人研修とか。あれ、カルトのオルグ場である自己啓発セミナーと一緒ですからね。

「人間関係」は、言うまでもないですよね?
同じ境遇に放り込まれた同僚・仲間、吊り橋効果で魅力的に見えてくる異性、本能に組み込まれた緊急事対処プログラムによって、頼りがいが有るように見えてくるリーダー。これらを相互監視システムとして使う点において、「仲間に迷惑がかかるよ?」と言って退職を止めようとする企業と、「お前が逃げたら、残されたあいつ等はどうなる!?」と言う秘密軍事組織(笑)に、違いはありません。
中盤、軍や組織を抜けようとするも舞い戻る主人公、と言うエンターテイメントで多用されるシークエンスは、これを露骨に示します。多くは人間関係以外に「世界のため」のようなお題目を添えますが、エリア88のように、単なる中毒だと喝破している作品もあります。


とにかくこの作品、繰り返しますが、「燃えるエンターテイメントで王道の展開」を「最高にショッパイ現実」を舞台に展開するせいで、違和感と息苦しさが大変な事になっているのです。「落ち着け主人公、これは現実だ。努力と根性で戦力差は埋まらないんだ!正解は撤退なんだ!」と言う感じで。

手法としては、エンターテイメント世界を現実的に描くパロディ・ファンタジーの逆転。そう言ってしまえばそれまでですが、やっぱりラノベでやったのは画期的ですよ。「いい話」のフォーマットに乗っているだけに、本当に悪質ですから。
ただ、後書きを読むと、喉元過ぎた作者は、これを本当に「いい話」として書いている気配もあり、微妙な気分にもなりますが。この前感想を書いた魔法少女禁止法くらい、どぎつく毒まみれでやった方が、エンターテイメントとしては面白かったと思うんですけどね。

それにしても、子どもの時からアニメや漫画でこう言う展開を見せられるから、社会に出てから「死ぬまで戦う」という選択をしてしまう人間が作られるのか。それとも、そんな社会だからこう言う描写が「格好良い」物として蔓延するのか。
ニワトリ卵ではありますが、少なくとも楽しい気分になれる作品ではありませんでした。そりゃあ、立華さんと懇ろになれてカモメさんがフォローしてくれる職場なら、あんなクソ会社でも倒れるまで働いちゃいそうで怖いですけどね。
でもその場合でも、立華さんの最適解は、主人公とカモメさんを引き連れて独立し、フリーランスとしてやっていく事だと思いますよ?



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この記事へのコメント
はじめまして。M1号と申します。
いつも「北へ。の国から」さんのブログ、興味深く拝見させてもらっています。
「なれる!SE」評ですが、自分が読んで思った違和感の正体に近かったので納得です(こちらの「ブラック企業の見抜き方」を読んで登場する会社が「ああ、該当してるなぁ」とうなづきながら読めたのもありますが。こちらは就職活動中の学生さんも、焦るあまりに引っかからない為に読んで頂きたいです)。
ttp://www.geocities.jp/spoichi/050725black.html
流れ的にはそちらのおっしゃるラノベのテンプレートそのものでも、それをブラック企業でやったら妙に笑えないですし(前作「葉桜が来た夏」も流れはラノベのテンプレートだった事と比較しても尚更)。
しかしそうしたフィクションでの「成功体験」と「人間関係」に漬け込まれ、「死ぬまで戦う」という事を選ぶような大人は、子供の頃から友人関係も構築できないまま勉強漬けにされ、部活やバイトなどの生の人間関係に触れ本当の意味での成功体験の出来ない人に(その点が今、部活を題材にした萌え系4コマが人気になる土壌だと思います)多いように思えますが。
また、最適解としての「立華さんが主人公とカモメさんを引き連れて独立し、フリーランスとしてやっていく事」も、「一流のプログラマー(クリエイター含む)が必ずしも一流の会社経営者にはなれない」ということを最終的に示すのならこれ以上皮肉な結末はないと思います(プログラムを作り上げるように会社は上手く運営できない、という点で)。
Posted by M1号 at 2010年12月12日 09:57
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