2010年12月10日

都条例絡み 戦前の児童図書出版統制の話



戦時児童文学論―小川未明、浜田広介、坪田譲治に沿って
戦時児童文学論―小川未明、浜田広介、坪田譲治に沿って

↑元記事中で触れられている彼の著作はこれ。戦前から一貫して「健全な」「推薦図書」で潤ってきたあの業界としては、ライバルである「過激な」作品群は、憎くてたまらないでしょうね。
今回のエントリーは、そう言う事です。



この前のエントリーでちょっと触れた山中恒さんの研究について、朝日新聞が記事を書いています。

漫画表現の規制と社会規範 官に「拡大解釈」の歴史あり

ただ、この記事だけだと、ここに上げられている要綱がどのような経過を辿ったか解りにくいので、ちょっと解説をして見たいと思います。


まず当時の状況として、教科書などでは未だに主流のように書かれる「赤い鳥」などの「芸術派」児童文学は、ほぼ壊滅しています。と言うか、戦前の大規模調査でも、これらの「芸術派」文学は子どもに全く読まれておらず、「芸術派」内で回し読みされるだけのような状況にあったことが解っています。
つまり、「いかに子どものためになるか」を真面目な顔して議論しても、書く物は子どもに鼻も引っかけられないアホな大人達、の図です。

子ども達に読まれていたのは、漫画や娯楽小説を大量に載せる「少年倶楽部」や講談社の書籍、それに赤本と言われた粗悪出版物でした。(粗悪なのは、記事にあるように縁日などの露天売りだから)
まあ、福音館の全集と少年ジャンプ、どっちが子どもに売れるかという話です。「芸術派」の作品は根本的に出来が悪い(図書館に行けば、赤い鳥の復刻版などが読めます)ので、前者は不適切なたとえですが。

その状況下で、「民間有識者」として文部省(当時)に呼ばれた児童文学者達が主導して作ったのが、記事の要綱。面白いので、全文引用して見ます。出展は、『出版年鑑昭和十三度年版』。AMAZONでの出物はないのでアフィは貼りませんが、大学図書館か都道府県立中央図書館なら置いてあるはずです。
なお、大綱と指導要綱は別々に発表されていて、関連は微妙。


 大綱
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 一、国体の本義に則り敬神、忠孝の精神の昂揚に努めること。
 二、奉仕、勇気、親切、質素、謙譲、愛情の美風を強調すること。
 三、子供の実際生活に即して指導するよう努めること。
 四、艱難困苦に堪える気風を強調すること。
 五、新東亜建設のため日満支の提携融合を特に強調する。
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 「指示要綱」
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廃止すべき事項
一、活字
(1) 六号及ビ八ポイントイカの活字ノ使用 - 但シ幼児向ノモノニアイテハ十二ポイント以上タルコト
(2) 振仮名ノ使用 - 但シ特殊ノモノ固有名詞ハコノ限リニ非ズ
   (注意)
 (1) 右ノ廃止ニ因リ行間ヲ詰メルコトナキヤウ注意スルコト
 (2) 色刷ノ上ニ印刷スル場合ニ於テハ特活字ノ大キサ、色彩ノ配合ヲ注意スルコト
一、懸賞
 何等実質的内容ヲ有セズ、専ラ営業政策上ニ利用セルモノ
一、広告
(1) 誇大ナル自家広告ノ掲載
(2) 宮家献上又ハ御買上ノ記事ノ掲載
(3) 顧問、賛助員ノ列記
(4) 誇大ナル予告ノ掲載
 (イ) 次号予告
 (ロ) 連載予告 等
一、付録(オマケ)- 但シ正月号ヲ除ク
一、卑猥ナル挿絵
一、卑猥俗悪ナル漫画及ビ用語 - 赤本漫画及ビコノ種程度ノモノ一切
一、極端ニ粗悪ナル絵本 - 実物ト余リニカケ離レタルモノ、余リニ粗悪ナル色彩ノモノ等
一、過度ニ感傷的ナルモノ、病的ナルモノ
 其ノ他小説ノ恋愛描写ハ回避シ、「駆け落ち者」等ノ言葉ハ少年少女ノ小説ヨリ排スルコト
編集上ノ注意事項
一、教訓的タラズシテ教育的タルコト
一、年齢ニ寄リソノ教化及用語ノ程度ヲ考慮スルコト
(1) 五、六歳前後ノモノ
 (イ) 絵ハ極メテ健全ナルモノタルコト
 (ロ) 童話ハ題材ヲ依然ノ凡ユルモノニ求メテ、空想的ニシテ、詩情豊カナルモノ、特ニ母性愛ノ現ハレタルモノタルコト
 十歳前後ノモノ
  将来ノ人格ノ基礎ガ作ラレル最モ大切ナル時代ナルヲ以テ、敬神、忠孝、奉仕、正直、誠実、謙譲、勇気、愛情等ノ日本精神ノ確立ニ資スルモノタルコト
  マタ生産の知識、科学知識を与ヘルモノヲ取入ルルコト
(2) 用語ハ年齢ニ従ツテ漢字ヲ用ヒ、教科書ノ範囲ヲ出ザルコト、編集ノ単純化ヲ計ルコト - 例ヘバ活字の配合、色彩ノ単純化、記事面ト広告面ノ区別等
一、掲載記事ニ対シテ比例制度ヲ確立スルコト - 漫画、小説、記事等ノ割合
一、暇作物語ヲ制限スルコト - 現在の半数以下ニ減ジ、且ツソノ暇作物語中ノ時代小説ノ幾篇カヲ少国民ノ生活ニ近イ物語又ハ日本国民史ヨリノ建設的ナル部分ニ取材セルモノト代ヘ又冒険小説ノ幾篇カヲ探検譚、発見譚ノ如キモノニ代ヘルコトヲ考慮スルコト
尚コノ減頁ニ依ツテ得タル頁ヲ左ノ如キ記事ニ充ツルコト
 (イ) 科学的知識ニ関スルモノ - 従来ノ自然科学ソノモノヲ誠実ニ興味深ク述ベタルモノ以外ニ科学的知識ヲ啓発スル芸術作品ヲ取上グルコト(例ヘバ、爆弾、「タンク」、飛行機等ノ如キモノニシテモ、ソレ等ノモノノ持ツ機能ヤ本質ニ触レ得ル「テーマ」ノモトニ取扱フコト)
以上ノ他、地理、風俗等ニ関スルモノモ取入ルルコト
 (ロ) 歴史的知識ニ関スルモノ - 忠臣、孝子、節婦等ノ伝記モノハモトヨリ国民全体又ハ一ツノ集団ノ困難、奮闘、発展等ヲ叙シタルモノ、即チ国民的史的記事ヲ取上グルコト
 (ハ) 古典ヲ平易ニ解説セルモノヲ取上グルコト - 但シ児童ノ読物ニ適スルモノタルコト
一、漫画ノ量ヲ減ズルコト - 特ニ長篇漫画ヲ減ズルコト
一、記事ハ可及的ニ専門家ヲ動員スルコト - 科学記事ハ科学者ニ、基礎的経済思想(経済知識ニ非ズ)ハ経済学者ニ、実業家ニ等
一、華美ナル消費面ノ偏重ヲ避ケ、生産面、文化ノ活躍面ヲ取入ルルコト
一、子供ノ質疑ヲ本格的ニ取扱ヒ生活化スル工夫ヲ計ルコト
一、幼年雑誌及ビ絵本ニ「母ノ頁」ヲ設ケ、「読ませ方」「読んだ後の指導法」等ヲ解説スルコト
一、事変記事ノ扱ヒ方ハ、単ニ戦争美談ノミナラズ、例ヘバ「支那の子供は如何なる遊びをするか」「支那ノ子供は如何なるおやつを食べるか」等支那ノ子供ノ生活ニ関スルモノ又ハ支那ノ風物ニ関スルモノ等子供ノ関心ノ対象トナルベキモノヲ取上ゲ、子供ニ支那ニ関スル知識ヲ与ヘ、以テ日支ノ提携ヲ積極的ニ強調ヤウ取計ラフコト。従ツテ皇軍ノ勇猛果敢ナルコトヲ強調スルノ余リ支那人ヲ侮辱スル所謂「チャンコロ」等ニ類スル言葉ヲ使用スルコトハ一切排スルコト
一、挿画漫画ニハ責任者ノ名を明記スルコト
以上ハ子供雑誌ヲ基準トシテ立案セルモノナルガ、単行本、漫画専門雑誌等ニ就テモ右ノ方針ニ準ジテ取扱フコト
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当時は「表現の自由」なんぞ存在しませんので、恐ろしく細かい規制になっています。

また、この前段階として、1938年4/1付けの日本学芸新聞に、「出版界よ覚醒せよ! ◇悪質児童雑誌は摘発する◇」とする文部省担当課長の談話が載っています。

指摘点は、「絵が粗悪」、内容が「俗悪」、使われる言葉が「俗悪低劣」、歴史上の人物の扱い方が「一面的」、少女雑誌が、レビューガールを多く取上げて「悪い風潮に迎合し、少女の弱い感情へつけ込」んでいる、全体的に「付録が多すぎる」と言った内容。
ちなみに、講談社だけは名指しで非難されています。子どもから、一番喜ばれていた作品を提供していたのに。(いたからこそ、なわけですが)
大きなお世話も良い所ですが、出版そのものが政府の管理下にあった時代ですので、これは非常に大きな意味を持つのです。


そして、これに従って、まず粗悪な赤本類が殲滅されます。これは、誰がどう見ても粗悪だった上に、品質から解るように小規模業者の隙間産業でしたので、抵抗もなく一掃されます。

同時に、講談社を代表とする「大衆」児童文学も規制を受け、内容を「健全」にシフトさせて行きます。何しろ検閲ですから、現在の教科書より遙かに具体的かつ踏み込んだ「指導」を喰らいます。逆らえば、迷わず発禁。

また、一番重要なポイントとして、文部省推薦図書制度が始まりました。ええ、夏休みなんかに読まされた、あれです。
これは、選定を「芸術派」児童文学者が行うお手盛り品で、当然自分達や同系統の作品を端から放り込みました。
しかもこれ、当時唯一の放送局だったNHKで宣伝され、書店にも広告が出る状況で、どれも数千単位(当時としては大ヒット)の売上を出しています。つまり、「芸術派」の市場は、いきなり数十倍かそれ以上になったわけです。(それまでは、そもそも「芸術派」の書籍は書店にまず並びません。現在に置き換えると、同人誌レベルです。それも地方即売会と通販限定の)

しかし、1938年という時代から想像できるとおり、すぐに時局悪化を理由にこの検閲システムも、軍部からの出向者に占有され、児童文学者の春は終わります。そして、上記指導要綱も、文面は変わらないまま野放図な介入に使われていったわけです。


で、ここで重要なのは、こう言う事を主導しながら、「子どもに良いものを与えた」と胸を張り、戦後も一切反省せずこれを誇った「芸術派」。石原は文学者なのに表現の自由をないがしろにするなんて…… などと言う人がいますが、そんな人間は珍しくもないわけです。つい最近も、賞を貰って責任者と直接話をしただけで、「表現の自由の問題ではない」とか、コロッと転んだ人も居ましたね。

そもそも、「表現を基準に」「経済的に締め上げる」と言う手段は、表現規制以外の何者でもありません。

とにかく、声を大にして言いたいのは、臆面もなく規制対象から小説を取り除いて「不健全」なものの除去を目指す都は、戦前の「芸術派」と同類ですよね、と言う事。検閲、権力者(個人としても機関としても)にとって気にくわない物の排除は、いつも「国民のため」「社会のため」と言うロジックで訪れます。「あなた達のために、あなた達に爆弾を降らせます」と言うような連中に対して、「せめて北部の独立だけは認めて下さい」と言うような妥協案は通用しないでしょう。
多分、歴史に学ぶというのは、そう言うことを言うのだと思います。



その他の表現規制関連エントリーはこちら






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この記事へのコメント
>>賞を貰って責任者と直接話をしただけで、「表現の自由の問題ではない」とか、コロッと転んだ人も居ましたね。

あれは呆れた。しかもまだ口挟んでくるんで、ストレスが半端無い
同じ思いをしている方が居てほっとしたわ・・・
Posted by ナナシで失礼 at 2010年12月11日 14:34
「でも、条文はそうなっていないですよね」の一言すら出ない人が、何で反対運動に関わってきたのか、と言う方が疑問ですね。取り込むためのポストとか、投げ与えてもらう心づもりだったとしても、特に驚きませんが。

まあ、彼が俗物の権威主義者なのは前から解ってた事ですが。「デリダ」って言っておけば、何か説明した事になると思ってる辺りとか、もうね……

逆を言うと、石原にせよ彼にせよ、ああ言うゴロツキは幾らでも居るし出てくるので、それ自体は気にしても仕方ないと言う事です。風物詩というか、犯罪同様「一定数はあって当然」のものですから。
Posted by snow-windsnow-wind at 2010年12月11日 23:16
日本国憲法
第98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

もう、裁判起こすしかない
Posted by kuma at 2010年12月18日 05:04
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