2011年03月12日

映画「アレクサンドリア」感想 ~主題はローマ帝国の終焉~

COSMOS 上
COSMOS 上

↑この映画で描かれたアレクサンドリア図書館の崩壊は、セーガンのCOSMOSの中でも、人類史上の悲劇として取り上げられています。


アレクサンドリア図書館の最期について知っている人間なら、これがハリウッドで作られたという事に驚愕する映画、「アレクサンドリア」を観てきました。
なお、原題は「AGORA」であり、こちらの方が遙かにテーマが明確になるでしょう。

内容としては、崩壊間近のローマ帝国の都市・アレクサンドリアを舞台に、人類の至宝だった図書館の喪失と、同館の科学者(彼女の虐殺後科学者の脱出が一気に進行した事もあって、アレクサンドリア図書館最後の科学者、とも呼ばれる)だった女性ヒュパイアの最期を描く作品です。

と言うわけで、感想は三点列挙方式で。

1,古典古代の終焉と、中世暗黒時代への突入は、前面に出さずに流しています。
2,恋愛とか本当にどうでも良い上に、描くにしても半端で作劇が崩壊気味です。
3,つまるところ、描かれたのは「ローマ帝国の崩壊」であり、そこから踏み込めていません。色々迷走。


まず、1について。
最初に「これがハリウッドで作られたという事に驚愕する」と書いたのは、この事件ではキリスト教が「悪役」にならざるを得ないからです。
いや、もっと正確に言いましょう。アレクサンドリア図書館の崩壊と科学者の虐殺は、「キリスト教が如何にろくでもない物で、文明の進歩を妨害する存在か」を、赤裸々に語る事象です。
真理と科学を毛嫌いするキリスト教徒によって、アレクサンドリア図書館は滅ぼされ、最後の科学者は辱められて虐殺され、西欧は数百年にわたる暗黒時代に突入します。そして、その人類の至宝を破壊した文明の敵は、教会によって列聖され、今日でも信者から崇められています。

つまり、この事件を扱うなら、「反キリスト教」は抜きがたい物と成らざるを得ません。実際問題、ヒュパイアからガリレオ経由ダーウィンに至るまで、キリスト教は科学と真理の探究を妨害し続けてきました。しかし、実はそこはかなり控えめに描かれています。
例えば、劇中で、図書館崩壊の直接の原因は、異教徒側(図書館は神殿でもありました)の先制攻撃にキリスト教徒が反撃した結果、と描かれます。一応、貧民を先導して挑発したのはキリスト教徒の側なのですが、描かれ方としてはキリスト教徒に同情的。
また、暴徒となるキリスト教徒やならず者集団の修道兵士(僧兵)を黒い修道服で統一して描く一方、理性的なヒュパイアの元弟子を白く美しい服の主教として描いて切断処理(悪いのはアレクサンドリア司教と一部の狂信者ですよ~)を行うなど、非常に不徹底。
壮麗な邸宅に住むヒュパイアや市民と、キリスト教が救済する貧民の描写なども、同じ流れでしょう。(貧民救済は、ローマの社会政策の基礎だったはずなのですが)

この辺、キリスト教国であるアメリカで創られたことから来る歪みが見て取れます。と言うか、描写が不徹底になって筋がおかしくなっています。

ただ、図書館に群がり書物を焼き払う黒衣の群(どう見ても死体にたかるアリ)として描写されるキリスト教徒や、白い衣の主教も結局は単なる反知性主義の宗教家である事をさりげなく示すなど、監督(?)の抵抗の跡も見て取れます。
例えば、キリスト教徒の弟子が、「神の創造は不完全」と言う他の弟子に向かって喚く「創造への言及は涜神行為」と言う反知性主義丸出しのセリフは、実際にホーキングがローマ法王から言われたセリフでもあります。(出展は、ホーキング、宇宙を語る。ちなみに、彼の感想は、直前に講演で私が言ったことを、法王は理解できていなかったらしい、と言う皮肉混じりの物)
この辺からも、制作者が本当はどこに石を投げたかったかが、良く見えてくるかと思います。実際に伝わっている話ではもっと残虐な虐殺方法を、あえて「石投げ」にした辺りもそうですが。つまり、キリスト教徒の中に「罪のない者」など居はしない、と言う事ですね。


でまあ、2は軽く。
恋愛要素とか、必要なんですか?長官にせよ奴隷にせよ、恋愛ではなく「人間的尊敬」、アガペーとして描いてしまった方が、遙かに深みが出たと思います。まあ、長官は後半そんな感じになっていて、それだけに良い味を出しているのですが。
と言うか、あの奴隷が要らないんですよ。結局何もしない・狂言回しにすらなっていない。あいつを除去すれば、物語の構造は遙かにスッキリするはずです。


で、3。
結局この映画が何を描いて居るかというと、「キリスト教に圧殺された古典古代文明の終焉」ではなく、「偉大なる帝国・ローマの落日」なのです。
この映画の中で、徹頭徹尾文明と秩序の象徴として描かれるのは、図書館の書物でも哲学者たちでもなく、ローマの重装歩兵達です。そして、彼らを率いる長官の権威が嘲弄され、法が踏みにじられ、キリスト教徒という部分を強調しない形で描写された「暴徒」に、アレクサンドリアが飲み込まれていく。つまり、そう言う流れです。

ですが、この線で為された描写は、中々凝っていて見所があります。特に、白い服の主教(一見理性的で良い人)に長官が屈服し、跪いてしまう場面で、背景からアレクサンダーの胸像が見下ろしているシーンの皮肉混じりの荘厳さが一点。己の信念を曲げず、キリスト教への帰依を拒んで公邸を後にする主人公が、長官に向かって「もう負けている」と言い切るラスト直前のカットで、狼から乳をもらうロムルスとレムスが笑っていると言う、象徴的シーンの美しさがもう一点。

前者なんて、一見感動的に見えるのですが、実はローマ法の秩序と真理の探究を目指す知識階級の矜持が、偏狭な宗教に屈服した瞬間なんですよ。それを、ヘレニズムを生んだアレクサンダーが見守る。皮肉の効かせ方が見事です。


だから、決して全部が全部できが悪いわけではないのです。ただ、シナリオラインが、恐らく色々な横やりを受けて迷走しているだけであって。


まあ、西欧知識人は、ギリシア・ローマ文明の後継者を自負すると共に、その圧殺を全力で行ったキリスト教に心の根っこを押さえられる矛盾に晒されている(別に、西欧を殊更に侮辱するつもりはありませんよ。日本だろうが中国だろうが、同系の矛盾は幾らでも存在します)ので、こう言う分裂症的描写にならざるを得ないのでしょう。キリスト教をおおっぴらに悪役にせず、アレクサンドリア図書館に代表される古代文明への哀惜を描こうとすれば、こうせざるを得ません。


と言うわけで、色々面白い描写や制作者側の必死の抵抗が見えたりして、総合ではかなり興味深い作品でした。でも、こう言うネタは、ポーズとしても非宗教を貫くのが好きなフランス人辺りに作らせた方が、遙かに面白くなったんじゃないかと思います。

あ、一続きの「作品」として完成度を上げるなら、どうすればいいかはすごい解りやすいんですよ。ヒュパイアはつまり、古代ギリシア文明、または科学の殉教者です。そこにスポットをしぼり、無知蒙昧で反知性主義のキリスト教徒を悪役として描ききれば良いんです。この線で描けば、白い服の主教はつまり真理を全く理解できなかった愚か者ですし、長官は苦悩しつつ現実に妥協してしまう愛すべき転向者です。
こうして描いて行けば、最後「テーマぶち込みすぎたけど描けないことも多いし、カタルシスとか無いけどここで終わるよ!」みたいなふざけたラストも、ちゃんとヤマを作れたはずです。つまり、ヒュパイアに殉教者として堂々たる死を与えるか、(震えながら涙流してる人間的描写は、はっきり言って不要でした。奴隷は、もっといらねえけど!)長官に彼女を守って死ぬ通俗的役割を振るか。いずれにせよ、ちゃんと「悲劇」として様式が完成し、観客の心はもっと動いたはずです。
はっきり言って、あのラストは、何やりたかったのかサッパリわかりませんでしたしね。奴隷君の内面の苦悩とか、要らないですから。奴は、大きな物語を背負って立てる器じゃないわけですし。

ただこれをやると、宗教批判の映画が宗教映画の様式で作られるという、ブラックジョークみたいな仕上がりになってしまうのですが。

あと、他と上手く関連していない上に、古代における大問題(天体の軌道)をあまりにあっさり解いちゃう学術場面も、何とかならなかったのかなと。あれを劇中で効果的に使うなら、最低限彼女の研究データが火にくべられるところまで描かないと意味が無いんですよ。だから本当は、あの辺を答えが出ないままにする(そうすることで、「この、解答に至る材料が揃っていた問題が解かれるのに千年以上かかったのは、先行研究が火にくべられ、キリスト教が社会を覆ってしまったから」とアピールできる)か、彼女が問題を解き、研究結果を書物にまとめて図書館に納めたところで焼き討ちが発生し、もろともに焼かれてしまう、と言ったあざとい演出を取るべきだったはずです。
あざとさは解りやすさですから、決して否定されるべき物じゃないわけでね。


とまあ、色々引っかかりつつも、そう言う部分を含めて楽しめるんじゃないかと思います。サービスデイとかに見に行くと、「色々あるけど、値段分以上は色々楽しめたかな」と言う感想を抱けるんじゃないかと。



古代アレクサンドリア図書館―よみがえる知の宝庫 (中公新書)(AMAZONへのリンク)

↑粗製濫造の末そびえ立つゴミの山と化す前の、中公新書の一冊。アレクサンドリア図書館について、解っていることや俗説の検証など、基本的な事が研究レベルまでまとまっている本です。斜め読みでもしておくと、色々納得できるかも。




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タグ :映画

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この記事へのコメント
>これがハリウッドで作られたという事に驚愕する映画、「アレクサンドリア」を観てきました。

映画「アレクサンドリア」の製作国は、スペインではありませんでしょうか?
Posted by 通りすがり at 2011年03月27日 03:48
あ、本当だ。
全編英語でローマ歩兵が海兵隊丸出しだったりするのに、スペイン制作とは。ビックリしました。
情報ありがとうございます。
Posted by snow-windsnow-wind at 2011年03月27日 22:12
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