2011年04月30日

最近読んだSFの感想

SFは常時コンスタントに読んでるんですが、感想を書くことは多くありません。何故なら、書いても誰も読まない(アクセスされない)からです。

とは言え、たまには書いてみることもありますよ。他にネタが無くなった時とかね。


海に沈んだ町
海に沈んだ町

まずは、短編集『海に沈んだ町』の感想から。作者は三崎亜記。
雰囲気的に、新聞連載か何かでしょうか?それぞれちょっとずつ歪んでしまった世界を舞台にした、切ないショートショート言った風情の作品です。
「団地船」と呼ばれる大型船が流行した(過去形)世界、ある日突然町が海に沈んでしまう世界、町ごとに時間の流れがおかしくなる事件が相次ぐ世界、ニュータウンが封鎖されて文化保存の対象になっている世界……
雰囲気は作品ごとにかなり違い、政治風刺的な物から叙情的な物までかなり多彩。一方で、作品のクオリティもまちまちで、ちょっと落ち着いて読めない部分が多かった気がします。
ただ共通した空気として、世界の構造と自己の内面が直結され、社会の姿が捨象されるセカイ系的臭いがあります。元々あれって、文学や文学よりの(「文学」に逃げ込んだタイプの)SFの手法ですし。

しかし、そう言った内容の不安定さよりも遙かに衝撃的だったのは、本の体裁。ページの半分近くが白紙ではないかというようなレイアウトと言い、見開きで唐突に挟まる写真と言い、無駄に分厚くて厚みの割にページ数の少ない装丁と言い、「若くない者の読書離れ」を象徴するような体裁。誰ですかね、ラノベをバカにしてた文学者(笑)は。
プロパーな一般書の方でこそむしろ進行していた濫発商法が、一目で解る残念な形態でした。いや本当、そっちの方の印象が強烈すぎて、内容が吹っ飛びかけてますよ。


リトル・ブラザー
リトル・ブラザー

続いて、これは本当に面白かった、コリイ・ドクトロウの青春ハッカー小説『リトル・ブラザー』の感想。
少しだけ未来のサンフランシスコで暮らす高校生ハッカー(原義)の主人公は、テロ事件に遭遇した際DHS(国家安全保障省)に拘束される。弁護士を呼べと言う当然の要求を嘲笑され、拷問で尊厳を踏みにじられたあげく親友を行方不明にされた彼は、解放後恐怖に駆られながらも、プライバシーの自衛と理不尽な状況を打ち破る試みを始める。それは、図らずも、政府の横暴に対する抵抗運動を、形作って行く道だった……

リトル・ブラザーとは、1984で有名な「ビッグ・ブラザー」の反対語であり、対テロを旗印に市民の権利を愚弄する暴走権力に対置される物として提示される物です。(まあ、この言葉、作中には全然出てこないんだけどな!)
暗号化、匿名ネットワーク、「フリー」なメディア。公民権運動の歴史を背負うサンフラ
ンシスコで、主人公達若者が現代の武器を駆使して戦う様は、とても清々しい内容。現実にぶち当たる壁が、国家権力の強大さそのものと言うよりも、現実生活との乖離だったり、人間関係の破綻だったりするのも興味深いところ。この辺が、できの良い青春小説と評されるゆえんです。

それにしても、作中で何度となく、蟷螂の斧として、頼基本的理念として、守るべき正義の象徴として提示される独立宣言の一節に、かなりの感動を覚えます。何故って、それが守るべき事、「守られないようなら、その国は終わりであるような物」として、根付いていると言う事が示されるからです。
国家機関は暴走するし、市民の権利は侵害されるし、権力者は法律を恣にする。しかし、原則が生きているならば、それらは回復可能な傷と言う事になる。それが、説明するまでもなく自明なこととして同意されるのは、とても重要な事なのですから。

それと、各キャラクターの身の置き方が、本当に良いんです。ほとんど描写はないんですが、実に上手い配置。韓国出身で、親戚が「本物の監獄国家」で収容所送りになった経験から、国家権力に逆らうことを極度に恐れる少女や、トルコ出身で国民を監視するような国に協力する理由は無い、とデビッドカードの取り扱いをやめるコーヒー店主、白人の主人公に向かって「権利もへったくれも無いあの扱いは、僕らにはちょっと前まで普通のことだったんだ」と語る黒人。それぞれが、テーマや物語の流れとリンクして、ページの向こうから切実に語りかけてきます。
特に、最後の黒人少年については、「だから手を引く」と言う文脈で出てくるのに、逆の印象を与えるのが巧みなところ。何故なら、黒人達は、そんな権利もへったくれも無い状況は、打ち破ることが可能だと、数十年前に証明されているのですから。

と言うわけで、日本でも絶賛進展中の警察国家化を前に、実にタイムリーな作品。ラストのほろ苦さも含めて、アメリカらしい作品でした。
ま、作者はカナダ人なんですけどね!

最後に、TRPGって、海の向こうでは、本当に説明するまでもない普通のこととして描写されるのか、としみじみ思ったり。いや、そう言う話が出て来るんです。


レイヤード・サマー (電撃文庫)
レイヤード・サマー (電撃文庫)

三番目は、割とこの手のSFでは当たりを多く出してくれる電撃文庫、『レイヤード・サマー』の感想。
タイムファンタジー、またはタイムパラドックス物は、実力を伴わないと残念になる。そう言う作品。未来人が現代に関わるタイムパラドックス物なのですが、設定が基本的な部分で破綻しており、見るに堪えません。

設定のキモは、「タイムマシンで過去に跳ぶと、その時点で歴史はパラレルワールドに分岐する」、「しかし、そのパラレルワールドから帰還処理をすると、元の歴史線に戻る」、「以後は分岐以降の時間に飛ぶと、その分岐後世界にしか行けない」と言う物。
ところがここに、「分岐前の時間に飛ぶと、分岐時点で再び分岐の原因となるトラベラーが表れる」と言う、その時点でパラドックス100%の設定を組み込んだせいで、徹頭徹尾辻褄が合わないことに。

作者が後書きで偉そうに何か書いてますが、これはそんな「謎」以前に破綻してるんだよ!
とにかく、タイムトラベルによるパラレルワールド分岐ってのは、タイムパラドックスを回避するために理屈なわけですよ。「あった歴史」は変えられない、って話なわけですよ。
それを理解せずに設定を組むもんだから、帰還処理して未来に戻ってしばらく過ごし、その後もう一度過去に戻ったら自分が殺されていた、みたいな意味の解らない描写が出てくるわけです。最低限、書き飛ばす前に樹形図なりフローチャート描いて確認しろよ、と。

まあ、要は残念な作品でした。


ゲームシナリオのためのSF事典 知っておきたい科学技術・宇宙・お約束110
ゲームシナリオのためのSF事典 知っておきたい科学技術・宇宙・お約束110

四番目は、ちょっと変わったところで、『ゲームシナリオのためのSF事典』と言う本の感想。
副題は「知っておきたい科学技術・宇宙・お約束」なんですが、「お約束」、書けてねえ!
要は簡便なSF事典のはずなんですが、参照される作品のチョイスはよく解らないし、説明が大雑把すぎて、これで知らないことを簡単に調べようとした人間は、ポカーンとなるでしょう。
そもそも、1項目2ページ統一は無理だし、項目ごとの内容で重複があったり書式が統一されていなかったりで、もうグダグダ。買うだけ無駄です。

こう言うことを知りたいなら、項目に出てくる名前をGOOGLEにぶち込み、WIKIPEDIAと解説ページを読む方が100倍マシでしょう。


マイナス・ゼロ 広瀬正・小説全集・1 (広瀬正・小説全集) (集英社文庫)
マイナス・ゼロ 広瀬正・小説全集・1 (広瀬正・小説全集) (集英社文庫)

最後が、広瀬正『マイナス・ゼロ』の感想。
都条例を巡る議論で、「近親相姦が禁止なら、この手のSFは全部無理」と言及されていた作品。そういや広瀬正って全然読んでなかったよなあ、と手に取りました。

凄い古い手触りのSF、と言うか小説なんですが、それもそのはず初出は1960年代。解説書いてるのは星新一。

かなり意欲的にタイムパラドックス物のセオリーを取り込んで物語を作っているのは解るのですが、どこかパロディ的な雰囲気抜けきらず。いや、それが悪いというわけじゃないのですが。上記から解るとおり、タイムパラドックスは起きまくっているのですが、「だから?」と言いたげな態度です。勿論、60年代ならありでしょう。今これやったら総バッシングだろうけど。

もっとも、そんな事より遙かに気になったのは、女性とタバコの描き方。
女性キャラは、全員アホか所帯じみているのがデフォルトとされ、一番理知的な昭和初期の女性すら、主人公に養ってもらって何も感じません。それが当時は当然だからなわけですが、現代でこれを読んでいる我々からするとかなり違和感があり、上手く入り込めない面が多々出てきます。
同時に、キャラクターは男女問わず常時煙を吐き続けており、これまた当時としては当然のことながら、どんどんイメージが悪くなっていきます。ストレートに言って、バカっぽく見えてくるのです。受動喫煙なんて概念もないですから、横に子どもが居ようが人が多かろうが、のべつ幕無しですしね。

そもそも、私が読書を始めた(物心ついた)頃は、こんな描写はゴロゴロしていたはずなんですが、今になってみるとかなり壮絶なんですよね。解説で星新一が「この作品は時代を超えて色あせない」と言う趣旨の事を書いているんですが、アイデアや物語ではなく、こう言う所で時代性が出て「色あせて」行くのかと、感慨深くなりました。
クラークのグランド・バンクスの幻影で、主人公夫妻は「読者が見るに堪えないと思う」喫煙シーンを過去の映画から取り除いて、現代で放映可能な版を作る仕事をしてましたが、あれってリアルだったんだなあ、と思った次第。ちなみに、クラークのこの作品の舞台は、奇しくも2012年。



とまあこんな感じで、パッと出せる物で5戦1勝2敗2分けと言った感じ。99%の法則からすれば、随分勝率が高いって事で一つ。



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この記事へのコメント
『リトル・ブラザー』は私も読みました。
感想としては、あっという間に読めてしまったので、とにかくエンターテインメントしての出来はいいと思うし、作中の主張には共感できる部分も多いのですが、読み終えての感想は「どっちもどっち」というもので、あまり高く評価は出来ないと思っています。端的に言って、警察国家への糾弾が、嫌いなクラスメートや教師に対する反感と同レベルで描かれているあたり、首を傾げたくなりました。ちなみに、保守的な教師の「独立宣言をお経のように唱えればいいというものではない」という反論は、原則論としては正しいと思います。
 冒頭、人権を無視した拘束を行なう官憲が、コーヒー片手に談笑する普通のアメリカ人であると知って衝撃を受けるあたりは生々しいのですが、後半になって殊更に邪悪に集団として描こうとするあたりに違和感を覚えました。
官憲というのは別に邪悪な陰謀集団ではなく、むしろポカをやらかしても認めようとせずに糊塗する、正に普通の人間である点が恐ろしいのだと思います。
この主人公を見ていてついていけないのは、対立する相手を邪悪と決めつける態度が、彼が対立する官憲とそっくりである点。冒頭のテロがほとんど自然災害と同じ扱いで、「何故、アメリカを憎む者がいるのか?」という方向に全く思考が行かない視野の狭さは、アメリカ人のいやな部分を象徴しているように思えました。
もっとも、その「アメリカ人のいやな部分」というのは、ほとんどそのまま「オタクのいやな部分」ではないかと考えると、身につまされるものはありますが。
Posted by 浮遊ふぁんじん at 2011年05月06日 22:45
その辺の流れが、青春小説/ジュブナイルとしての側面を、考えさせると言う側面より優先した部分なのでしょうね。
主人公については、私も少し違和感を覚えました。初期の仲間に対する態度とか。ただ、相手を邪悪と決めつける態度は、発端が発端なので仕方ないかとも思います。

SFマガジンの先月号に載っていた短編は、恐らく同じ問題意識の上に描かれた作品でしたが、「レジスタンス」である事がアイデンティティになってしまった主人公を描いていて、違った側面から楽しめました。
恐らく、作者は対象年齢別に描き方を変えているんじゃないかと思います。、
Posted by snow-windsnow-wind at 2011年05月07日 22:10
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