2011年06月14日

権利者の「権利」の話

島国大和さんが、↓みたいな記事を書いてまして。

ゲームのプレイ動画の望まれない公開に関して。

プレイ動画と言う物に関しては、私はろくに言うべき言葉を持ちません。地球防衛軍のどうしてもクリア出来ないステージの参考になったとか、他のプレーヤーの感想を見たくて、クリアしたノベルゲームの動画を見てみたけど、クリックでセリフを飛ばせないので死ぬほどだるかったとか、そんな話くらい。

なので、指摘したいのは、著作権法が権利者に認める特権(所有権という基本的人権を一部制約する著作権法の規定は、例外的な権利なのでこう扱われます)と、その位置づけの話です。

まず、「権利者にはそれを禁止する権利がある」という点。これは100%事実です。ですが、その正しさというのは、要するに「合法だから合法」と言っているだけで、それ以上でも以下でもないのです。
何が言いたいかというと、現在問題になっている各種の権利を巡る争いというのは、「そもそもそれを合法にしている(特権を設定している)のは、社会的にマイナスではないのか」と言うのが議題です。

従って、権利者に対する批判と言うのは、結局の所「そんな権利があること自体おかしい」または、「そんな風に権利を使えるのがおかしい」と言う意味に他なりません。(それが正しいかどうかは全くの別問題です)
その批判に対して、「これは合法」「あなた達のやって居ることは違法」と言うのは、革命軍(テロリストでもいいけど)に向かって「君らのやろうとしている事は反乱になる」と言う位無意味です。

これは、それを飯の種にしているコンテンツ産業の人間が良くやるミスですが、「それが合法か」と「それが合法であるべきか」は全然別の話です。そして、合法/違法というのは、現実の力関係を反映した「既存の線引き」であって、本来的に正しさを保証する物ではありません。だからこそ、制度を柔軟に変えられる民主主義というシステムの上で運用されているわけです。

利用者、または積極的海賊側が、「こうした方が権利者にも得になる」と言う主張を繰り返すのは、こうした前提があるからです。つまり、「負担を強いる制度設計が間違っている」あるいは、きちんとした言い方をするならば「社会利益を増やすために例外的に設定された特権が、むしろ社会利益の総和を減らす方向に作用しており、正当性を失っている」と言う主張です。
これに対して「この鎮圧行動は合法である」と言う”だけ”の反論に終始する場合、その行動を合法化する法律は、「社会の敵」として見られてしまうと言う事になります。


結局の所、法律もルールも、常に「それが合理的か」「それを維持する必要があるのか」と言う点を問いかけられ続ける運命にあります。その部分を前面に押し出して理論闘争を行わなければ、そのルールは権威・規範性を喪失し、誰にも省みられない・積極的に敵視される代物に成り下がることになります。

「だからって、あんな物(プレイ動画に限らず諸々)を合法化したって、損するだけだ」
「商売の前提がぶっ壊れて、多くの人が路頭に迷う」
「と言うか心情的に許し難い」

など、様々な反論は当然あるでしょう。最初に書いたとおり、私もプレイ動画について積極的に擁護する言説も持ちません。(非難し根絶すべしとの考えもありませんが)
しかし、問題となるのが「違法か否か」ではなく、「違法とすべきか否か」「基本違法にするとしても、ファウルラインの角度はこのままで良いのか」であるのは明らかなわけで、良く見るこの手の言説は不毛だよなあ、と思うわけです。

なお、何故「明らか」かと言えば、モノホンの電波を除いて、同人誌やMADムービー、プレイ動画と言った物が「合法」であると主張している言説を、見たことがないからです。いや、勿論「引用」の範囲に留まっていれば話は別ですが、あの要件が厳しすぎて学術論文でもない限り使い物にならないと言うのも、また著作権法を巡る大問題の一つなわけですし。



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