2011年07月31日

ガガーリンの伝記「Starman」 感想

ガガーリンの伝記「Starman」 感想

Starman


Starman
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↑私が買ったのは上の方の表紙がモノクロの奴ですが、今は下の飛行後50周年記念版が出てるみたいです。内容は一緒。個人的には、モノクロの表紙の方がそれっぽくて好きです。


「Starman: The Truth Behind the Legend of Yuri Gagarin」は、BBCのドキュメンタリーを元にした、ユーリ・ガガーリンの伝記です。著者はJamie Doran。
わずか数ヶ月前に発行されたため、残念ながら今の所原書しかありません。多分、その内訳されると思うのですが、マーク・トウェインの自伝もいつまで経っても翻訳予定が出てこないし、この手の代物はやっぱり厄介。

わざわざ説明するまでもないと思いますが、ユーリ・ガガーリンは、「地球は青かった」の言葉で有名な世界初の宇宙飛行士。
本作は90年代後半、ソ連崩壊後の情報公開や関係者の証言を集め、彼の素顔に迫る貴重な作品となっています。後書きで書かれているとおり、グラスノスチ(情報公開)と抑圧体制の消滅による関係者の証言は、その後のロシアの再全体主義化に伴って、大きく後退しました。そのため、関係者がまだ生きているとしても、これだけの情報を収集するのは、今後は難しくなるでしょう。

ちなみに、本書には元KGBの人間が頻繁に登場すると共に、関係者の足取り(特に、インタビューするための現住所)を調べるためにKGB内部の人間が協力したと言う点からも、その貴重さが解ると思います。

とまあ、前置きはここまでにして、辞書片手に読破したので、その感想を。ただし、当然読み間違いが発生する確率は母語に比べて激増しておりますので、勘違いが含まれていたらご容赦を。


ガガーリンの素顔については、余り知られていなかったというのが本当のところです。何せ資料がない上に、その資料もソ連の「公式」プロパガンダで汚染されていましたから。

さて本書では、まず、ガガーリンが「占領地域」出身だったという、ソ連を知る人間にとっては衝撃的な事実が詳しく述べられます。ひょっとするとこれ以前にも知られていたのかもしれませんが、ちょっと信じられません。第二次大戦中にドイツに占領された地域の出身者は、ずっと差別にさらされ、公職に就くのは極めて困難でした。以前紹介した「戦争は女の顔をしていない」でも、命がけのレジスタンス活動を行ったあげく、戦後は「占領地域出身だから」とまともに職にも就けずに困窮した女性の、ソ連政府への怨嗟が収録されていました。

勿論、関係者の証言には、ガガーリンがドイツの軍人に対して嫌がらせを行い、危うく殺されかける所だった、と言うような「愛国的」エピソードが多く出てきます。しかし、そんな事を考慮するはずが無いのが抑圧的な体制と言う物で、実際それで浮かび上がれなかった人材は枚挙に暇がないのです。

本書の中で関係者が語っているとおり、コロリョフをシベリア送りにし、ガガーリンを本来なら浮かび上がれるはずがなかった立場に置いたソ連の体制は、宇宙開発の成功故に、逆説的に間違っていたことを証明しているのです。

本書は基本的にこの線で書かれていると言う事は、まあ仕方のない所です。実際その通りですから。ただ一点。最後に傍エピソードとして書かれるアメリカの華々しい「勝利」の象徴が、スペースシャトルというのはいただけません。スペースシャトルが失敗作という話は置いておくにしても、ガガーリンに対置するならアポロでしょう。
これは同様に、ガガーリンの才能を示すエピソードとして、スペースプレーンの研究を行っていた時に翼を使ったデザインを選択した、と言う内容を、賞賛の言葉と共に持ってくる所にも感じる違和感です。

ただ、この辺はあくまで些事。ついでに、伝記作品で著者の主観が入るのは当たり前なので、そこを割り引くのも当然。そして本書は、そう言った細かな点など気にならなくなるほど、面白いエピソードが山盛りになっています。

私が一番驚いたのは、描かれるソ連の市民生活の諸相が、想像と違ってかなり「ゆるい」事でした。
例えば、ガガーリンの落下地点に到着した市民達は、備品を持ち出したり引っぺがしたりと、やりたい放題しています。緊急用のゴムボートを持ち出して釣り船にした剛の者もそうですが、子ども達もガガーリンが食べ残した宇宙食を喜んでおやつにしている始末。まあ、後からKGBの連中が回収に回ってかき集めているのですが。(秘密警察の名前が出ると、みんな震え上がって提出したとか)しかし私は、監視体制を前提に、もっと市民は大人しくしている物かと思っていました。
同様に、ガガーリンを良く見たいからと、パレードの車列に自転車を放り込んで車を止めようとする市民とか、ガガーリンの顔見たさに危険なほど旅客機に接近してくる護衛のミグなど、もの凄く人間的で、かつグダグダです。

そもそも、最初に書いたとおり、「占領地」出身のガガーリンが何故かあの役割に選出されている段階で、ソ連の体制がそれほどきつくない、と言うか、かなり穴だらけであったことが垣間見えます。勿論これは、後述されるように、体制の抑圧的方向性と生きにくさを払拭する物では、到底ありえませんが。

他にも、ガガーリンの家族が、ニュースを聞いてモスクワに駆けつける時のエピソードなどからは、建前としての統制とは別に、割と融通の利く状態だったソ連の日常が見えてきます。(全員がラジオにかじりつく中、自動車管理場の主任は独断で車を好きに使って良いと言う。ちなみに、ソ連の体制では、車の私有・私的利用は原則許されない)この辺、建前は完全計画経済でありながら、各工場・公社が非公式な在庫を抱えることで半自由主義市場のような様相を呈していた経済と、パラレルなのでしょう。

一方で、ソ連の宇宙開発を失敗に導いた非効率な官僚システムと不合理な政治の問題は、ここにもついて回ります。ブレジネフ体制への転換と共に、英雄ガガーリンが、「フルシチョフ派」と見なされたせいで冷や飯を食わされ、またプロパガンダに利用されなくなるという不合理が典型でしょう。
勿論、フルシチョフに重用されていた時の待遇が破格だった面はあるのですが、合理的でない体制が宇宙開発の足を引っ張っていたと言う事実は、如実に表れてきます。そもそも、今更言うのも馬鹿馬鹿しいですが、コロリョフがシベリア送りにされず、30年代から一貫して宇宙開発に携わり続け、当然あんな無意味な死を遂げなければ、月に立ったのが星条旗ではなく赤旗だったであろう事は、まず間違いないのですから。

他にも、ソユーズの致命的な事故の前、ガガーリンやエンジニア達が政治的な圧力に対抗し、打ち上げ強行が致命的な事故を招くであろうという直訴を試みるも失敗する下りなど、余りにもソ連的です。(彼らに協力して橋渡し役となったKGBの職員は、ブレジネフの口利きでポストを得た忠臣に話を通そうとするも、露骨な買収を提示された後、拒否の結果として左遷されます)馬鹿な政治屋が専門家の意見具申を無視して計画を強行する事による悲劇は、チャレンジャーでも典型に見られますが、NASAの上司からの圧力とKGBの上司からのそれでは、話がだいぶ違ってきます。

一方、ガガーリンが段々と心を病んでいく点について、この伝記はとても面白い部分に着目しています。それは、彼が有名になった後、大量に押し寄せてくる陳情を処理していたという事。一応担当官にスクリーニングさせながらも、できる限り目を通し、かなりの援助に尽力したなどと言う話が、とても重要なポイントとして挙げられています。これがプロパガンダに使われていなかったという事からも、多分事実なのでしょう。(実は、ソ連国内の生活レベルのひどさを示すエピソードなので、プロパガンダには使えないですけどね)

身内にかけられた冤罪、予算不足で悲惨な状況にある福祉施設、党の横暴…… つまり、彼は国家英雄となりその身に勲章を纏うようになってから、祖国のどうしようもないねじれを見せつけられる羽目になったわけです。この点は、証言者達の話は一致しています。(そう言う談話を選択しているのは当然として)

なお、陳情というか手紙は海外からも大量に届いており、彼はそれにも返事を出していたようです。その真摯な返事を受け取った世界の少年少女は、その後どんな人生を歩んだのか。それが興味深かったりもします。「重要なキャリア選択についての相談」に対して、彼から返事を受け取ったカナダの少年とか。日本にも居たんでしょうかね。こう言うお返事をもらえた子ども達は。

そして終盤のヤマは、チーフ・デザイナーことコロリョフの死の直前。世界初の宇宙遊泳飛行士である、友人アレクセイ・レオーノフと共に彼の秘密(シベリアに送られていたと言う事)を告げられ、共に祖国の体制に決定的な疑問を抱く所でしょう。余りに哀しい事だったでしょう。彼らは忠誠心について徹底的にテストされた上で選抜されていたわけで、つまり誰よりもソ連を信頼していたはずだったのですから。

さて、最後に、何かと話題の多い彼の死について、本書は基本的にレオーノフの証言と、非公開だった委員会の資料に沿って説明します。
つまり、レオーノフが当日現場近辺で聞いた超音速ジェットの音、地元の人間が目撃したSU-11超音速機、更に当日空軍基地のレーダーに写った、ガガーリン達のMIG-15UTと誤認された機体。(重なって同じコースを辿った)これらから、試験飛行をしていたSU-11がガガーリンと教官の乗っていた練習機をソニック・ウェーブに巻き込み、墜落させたという見解を示します。
これは読む限り非常に説得力があるのですが、それをわざわざ国家レベルの委員会が隠した理由については、今一説得力がありません。基地指令の保身、(宇宙飛行士達の飛行時間維持訓練用の機体が年代物のMIG-15UTしか無く、他の機体を空軍からの借用しようとすると必ず嫌がらせを受けたという証言も出てきます。これもまた、ソ連の度し難いほど非効率なセクショナリズムの反映です)英雄を殺してしまった者を守るため、あるいは英雄を死なせたという責任を誰も取らなくて良いように、と言うような感じに書かれていますが、この辺はもう少し細かく証言を集めて欲しかった所です。

と、強く印象に残ったところだけザックリ書きましたが、他にも面白いエピソードは目白押し。ソ連でも西側と全く変わらないマスコミ関係者の滅茶苦茶な取材(むしろ、西側より酷い印象すら持ちました)ですとか、公式の場に出ようとせず、勲章を身につけることもないガガーリンの寡婦・ヴァレンティナさんの話もそう。そこだけやけにゴシップじみて奥歯の者の挟まったような記述になる、ガガーリンの「女性問題」については、どう評価した物か困ったりもしましたが。

つまり、宇宙開発、ソ連、ガガーリン個人のいずれかに興味のある人なら、読んでみて損はないと思います。元がBBCのドキュメンタリーと言う事もあってか、とても読みやすい英文で、引っかかることはまずありません。鬱陶しいスラング満載のセリフがない分、ハリー・ポッター(7巻読んだ時の感想はこちら)より楽なくらいです。
恐らく、待っていても翻訳が出るのは数年単位の時間がかかるでしょうから、高校程度の英語力があるなら挑戦してみて良いかと思います。いや本当、取り上げたのはほんの一部で、大量のエピソードに満足できると思いますよ。



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