2011年08月15日

最近読んだSFの感想

コミケ三日目で受けたダメージも、一日休んだら何とか回復したので、とりあえず毎回全然読まれないSF系エントリでも。


クロノリス-時の碑- (創元SF文庫)
クロノリス-時の碑- (創元SF文庫)

まずは、話題の『クロノリス-時の碑-』の感想から。
時は近未来。タイの山中に、突然謎の石碑が姿を現す。現行技術では破壊どころか正体すらつかめないその碑には、クランと名乗る何者かが、20年後の未来にアジアを征服したと言うメッセージが書かれていた。

と言う所から始まる、壮大な時間SF。作者は時間封鎖で一気に有名になった、ロバート・チャールズ・ウィルスン。物語は、この石碑・クロノリスを出現直後に目撃したアメリカ人を主人公に、社会の変容を数十年にわたって描いていきます。

この辺、時間封鎖と全く同じスタイルで、ハードSFでありながら、時間転移やクロノリスの建造技術には深く踏み込まず、焦点を社会の変容に話を絞ります。
そしてこれが、作品のテーマと合わさって、余りに見事な一本の筋道を物語に与えます。

何しろ、クロノリスはそこに存在するだけで、(出現時の破壊は、所詮小型核爆弾程度でしかありません)人々の未来予想を変化させ、予告された未来へ誘導すると共に、「予告より踏み込んだ未来」を導いていくのです。この、原因と結果が入り乱れ、因果律が通常考えられているような形では存在しなくなった状態(「タウ・タービュランス空間」と作中で呼ばれる)の中で、木の葉のように翻弄され、又は因果の輪を結ばされる主人公達の描写は、圧倒的なスケールをもってSFのダイナミズムを見せつけます。

ちなみに、どこまでが因でどこからが果かが、最初から問題にならないというこのスタイルは、実は時間SFの基本でもあります。結局この手のSFは、焦点となる部分以外のパラドックスを、適当な理屈をつけて『発生しない』と言う設定にすることで、物語を成立させているのですから。時間SFのエッセンスを抽出した名作「雷のような音」とか、典型ですよね。蝶と足跡一つでパラドックスが起きるなら、空気分子の予定外の動きで起きないわけがない。しかし、そんなツッコミは基本的に無意味なわけです。大体は、作品中で「その程度の誤差は自動的に修正される」とか適当な事を言って、「そこのツッコミは控えてね」と書かれてますし。

前に、某非プロパーSFのファンに向かって、「この作品はタイムパラドックスを発生させている。こんな事はまともな時間SFでは絶対に許されない!!」とか喚いている○○を見たことがありますが、パラドックスを起こしていないSFの方が珍しいのは、ファン知ってのとおり。と言うか、完全に厳密に考えれば、過去と未来をつないだだけで、バタフライ・エフェクトでパラドックスは必然ですし。
勿論、物語の焦点となる部分に関して、精緻な論理構築が必要なのは当然ですが。黒子を見て見ぬふりをすることと、役者の演技は別という話です。前に感想を書いた、レイヤード・サマーとかね。

と言うわけで、タイムパラドックスSFの面白さを濃縮したようなこの作品は、今年一番のお勧めです。



ねじまき少女 (ハヤカワ文庫SF)ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)
ねじまき少女 (ハヤカワ文庫SF)

続いて、これまた話題の、パオロ・バチガルピ著 『ねじまき少女』の感想を。この作者名、コピペで打たないと絶対誤字になりそう。
温暖化と遺伝子戦争、そして石油の枯渇によって疲弊しきった近未来。タイ王国は、東南アジア各国が崩壊する中、王家と宗教・挙国一致の官僚組織に守られて、繁栄を維持していた。しかし、その特異な孤立主義国は、新たな市場を求める欧米のメガコーポから狙われており……

と言う、確かに魅力的なスチーム(?)パンク。石油が枯渇し、残された石炭も温暖化のために滅多なことでは燃やせず、人力と畜力、そしてそれらによって充填されるネジ巻きが主要動力源となる世界は、確かにパワーがあり、つまらなくはありません。しかし、これが海外の名だたる賞を総なめにしたと言われても、正直戸惑ってしまいます。

まず、基本的な世界設定がちゃんと説明されません。どうにか上巻が終わる辺りで、感想一段落目(↑)に書いた設定が何となく理解できますが、そこまでは本当に戸惑います。しかも、独自の用語もちゃんと説明されない(「ねじまき」は、人工物の代名詞らしいとか)上に、「欧米から見たアジア」のカリカチュアのようなタイの様子が、世界変容の結果なのか解らないなど、一々引っかかります。って言うか、あんな宗教臭い上に腐敗しきった(と言う描写をされている)タイが唯一秩序を維持できた東南アジア国と言うのは、説得力がありません。
海洋輸送は帆船、空中輸送は飛行船に退化してしまい、陸上に至っては人力車メインと言う世界像は面白いのですが、電気の扱い方とか、不合理な点が多々あって落ち着きません。蓄電池が19世紀水準まで退化しているとか言う設定でもあれば話は別なのですが、設定的には穴だらけ。

物語も、折角の群像劇なのに各キャラが余り面白い絡みをしないとか、キャラの半分くらいは価値観の説明が不十分でエキセントリックにしか見えないとか、色々問題。どいつもこいつもろくでなしの一方、ちゃんと感情移入できるようになっているのでまだマシですが……
なお、アジア人舐めとんのか、と言う描写については判断保留。とりあえず、変容してしまった世界の我々と価値観を異にする人々だというなら、せめて一般の欧米人の描写を入れて貰いたいです。出てくる欧米人は、メガコーポのエージェントだけですから。

後これは原作のせいではないと思うのですが、文章が酷すぎる部分多々あり。誤字が数ヶ所残っているのもそうですが、途中で誰のセリフか解らなくなる場面は、明らかに編集のミスでしょう。機械翻訳じゃないんですから、普通に読んでて意味の通らなくなる会話は、なおして欲しい所。

思うにこれ、突貫工事で翻訳したんじゃないですかね?向こうで賞を総なめにしてからかなりの短時間で訳されてますから、話題性を維持できる内に国内市場に持ち込もうとしたのでしょう。で、推敲足りずにこの始末、と。
後半に行くほど文章のおかしい点が減っていくところを見ると、段々訳者が原著の文章になれていったと言う事ではないかと。そして、全体の直しをする時間はなく、ほぼそのまま投入された、とか。
ハヤカワも、色々不味いことになっているという話は聞こえてくるので、編集者が週80時間労働の末に朦朧とした頭でチェックした結果とか言われても、納得してしまいそうです。

とにかく、とてもじゃないですが帯の煽りに相応しい内容ではないので、お勧めとは言い難いです。


アレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う (ハヤカワ文庫FT)
アレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う (ハヤカワ文庫FT)

三番目は、『アレクシア女史、倫敦で吸血鬼と戦う』の感想。
SFじゃなくてファンタジー?細かい事はいいんだよ!
時は19世紀、ヴィクトリア朝時代。実際よりも少しだけ蒸気機関が進歩した英国は、闇の世界の住人と共存する道を選んで、世界覇権を確固たるものとしていた。そんな世界で、反異界族と呼ばれる、闇の世界の力を打ち消す能力を持つオールドミス・アレクシア女史が、ロンドンを騒がす怪異に立ち向かう!

と言う、ヴィクトリアンでスチームでロマンスな素敵作品。海外基準では、変化球の時代劇って感じになるのでしょうか?

規律とモラルにがんじがらめのヴィクトリア朝時代の人間として、水準ギリギリの奔放さを持つアレクシア女史。マッチョで田舎者、かつ人狼団の長にして、異界人関係の犯罪取り締まるBURの長官マコン卿。その副官で、冷静沈着な突っ込み役のライオール教授。オシャレで情報通で同性愛者でフリフリな、はぐれ吸血鬼のアケルダマ卿。

こう言う、ある意味定型的で魅力的な登場人物達が、人狼や吸血鬼が闊歩し飛行船が空を行くロンドンの町で怪事件に挑む様は、それだけで十分に魅力的。
ちなみに、アメリカがキリスト教原理主義の赴くところ、異界人と共存する英国を敵視しているというような設定は、実に現代的でしょう。ヴィクトリア朝時代なのに、ドイツのドの字も出てこない所とか。

内容は、実はロマンスの比重がかなり大きく、進行を阻害している部分も見受けられるのですが、合格点。ロマンス展開に入る邪魔とか、殺人事件より朝帰りに卒倒しそうになる家族の描写とか、細かいユーモアのセンスがこなれていて、飽きさせないのも大きいでしょう。

既に原書は7冊以上出ており、日本語訳も2巻まで出版済。2巻以降はロマンス描写も薄くなるはずなので、続きも読んでみようと思います。



P.S.
ビッグサイトで札びら(千円札のみ)を切って買い漁ってきたまどか☆マギカ本ですが、やっぱりタイムリープは魅力的な題材ですよね。リプレイ方式であり得た様々な可能性を描いている作品は、やっぱり面白いです。エロ/非エロ問わず。
色々な作者が思い思いの可能性をぶちまけるのはパロ系薄い本の本質ですので、相性が良いのでしょう。私も、恥ずかしいSSを前に書いてしまいましたし。つまり、実に便利で使い勝手の良い設定。SFの浸透と拡散というのは、きっとこう言うことなのでしょう。



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