2011年08月29日

適切な舞台を用意すると言う事/瀬尾つかさ『約束の方舟』感想

約束の方舟 (上) (ハヤカワ文庫JA)
約束の方舟 (上) (ハヤカワ文庫JA)


久しぶりに、素晴らしい成果物を見ました。

瀬尾つかさは、「円環のパラダイム」で注目していたラノベ作家です。やりたいテーマとリンクさせてきちんと作られた設定と、その中で希望のある物語を構築する手法に、SF寄りの力量を感じたからです。

しかし残念ながら、ラノベレーベルの要請(必然)で投入された萌えとテーマが上手くリンクせず、とても勿体ない事になっていました。これは、続編の「くいなパスファインダー」ではより顕著で、「ハヤカワ辺りで好きに書かせると化けるんじゃないかなあ。せめて、ソノラマが昔のクオリティを保った上で生き残っててくれれば……」などと、益体もない事を考えた物です。

ところが、その辺ハヤカワも無能ではないようで、最近のラノベ作家登用シリーズの一環として、この本が刊行されました。
ちなみに、イラストは「人類は衰退しました」の山崎透。もっとも、口絵も挿絵もないハヤカワ仕様なので、イラストレーターに意味があるかは疑問。この辺、川原由美子を起用したころと全く変わらないのは、良いのか悪いのか……

閑話休題、この作者と出版社の組み合わせは、予想どおりとても幸せな組み合わせとなり、読んで楽しい素敵な作品が出来上がりました。
と言うわけで、「約束の方舟」の感想です。

物語の舞台自体は、SFとしては定型的です。
時は恐らく数百年未来。場所は、世代交代型恒星間宇宙船の中。作品開始時点から遡る事15年前、手塚治虫「火の鳥」シリーズのウーピーを思わせる軟体宇宙生物に襲われたこの船は、人口を激減させました。しかし、意思疎通に成功した人類は彼らを友とし、その助けを借りて傷ついた船を修理しながら目的地へと向かっています。
主人公は、この共生生物との感応能力を持つ子ども世代の少年。そこに、感応能力の天才である少女テルを筆頭に様々な子ども達が絡む事で、船の秘密が明らかになっていくと共に、世代や価値観の対立を超えて人類が宇宙に広がっていけるか、という大きなテーマが展開します。

つまり、ジュブナイルSFの文法に則って、丁寧に作られた作品です。

特にそれが顕著なのは、キャラクター達が、ラノベ的誇張された特徴を付与されるのではなく、物語の役割に応じて地味ながら重要な個性を付与されている所でしょう。カリスマそのもののテル、疑似カリスマとして自らを演出していくキリナ、内向が方向性を変えていくケン、調整役として成長していく主人公、恐らくもっとも平凡でそれだけに成長せざるを得なかったスイレン……
いずれのキャラクターも、物語の中で地味に、堅実に動く事で魅力を積み重ねるタイプで、初見のインパクト一発が命のラノベキャラとは対極の描き方。勿論、どちらが優れているとか言う話ではないのです。ただ、ゆっくりと物語を展開させ、キャラクターを成長させていくジュブナイルの場合こう言う描写がより合っていて、それは中々ラノベでは難しいと言うだけの話です。


と言うわけで、ジュブナイルとしてかなりしっかり作られていてできが良いのですが、SFとして気になる点もあります。
例えば、移民船の諸元です。作中の説明によると、航行中の船内重力は遠心力で作り出しています。しかも、減速に入るとベクトルがずれるという描写があります。つまり、巡航時は船自体が自由落下なんですね。そして、作中の描写によると、旅路は約150年。その内、減速に要する時間がわずか6年間。
これだけだと、重力カタパルトか何かで初速をつけたのかと思ったのですが、ベクトルがずれると言う事は普通の反動推進。計算すると、0.1Gで6年間加速した場合、得られる速度は、154632.24km/s。この辺だと相対性理論の影響はほとんどないので、額面どおりで光速の50%。稼げる距離は70光年程度になります。この程度なら、船の真実は必要なかったんじゃないかと思ってしまったり。
なお、0.1Gはかなり甘い見積もり。作中の描写からすると、船内への影響はほとんどないのでもっと小さいと思います。

あとは、船の正体に関わる部分で、「その国なの?」と言う違和感があったりと色々。まあこっちは、宇宙開発を追いかけている人間だからこそ感じる違和感ですが。

だから実は一番突っ込みたくなったのは、主人公から見た場合、悪いのは明らかに船長、と言う部分だったりしますが。「皮肉な事」って事故みたいに言ってますが、あいつがやらかした、明らかに保安上不適切かつ不必要な処置が、悲劇の淵源。主人公は、銃弾の二三発撃ち込む権利はあると思います。

などと、多少の不満はありますが、メインテーマがジュブナイルSFなのですが、工学的観点や社会描写に細かなツッコミを入れるのは本筋からは外れます。(SF読む際の楽しみの一つだけど)

と言うわけで、SF寄りのラノベ作家に良い舞台を提供できたハヤカワに賞賛を。
色々、内部体制や働く環境についてひっでえ話ばかり聞こえてくる昨今ですが、その辺上手くクリアして、良い仕事を続けられる事を祈っています。



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この記事へのコメント
読み終わって、なんとなくモヤモヤした部分を抱えながら色々なレビューを読んでおりました。

私も科学考証の面ではいくつかツッコミを入れたい部分はありましたね。
加速減速の問題が一番大きかったのは同じですが
その他に、どちらかといえば「厄介払い」的側面の大きかった移民船に
国家予算が傾くほどのアンドロイドを何体も乗せている点や
1万人という人数で遺伝的多様性は充分なのか?とか
あれだけの大事故を引き起こしたファーストコンタクトが
自国民を含め隠蔽しきれるものなのか?とか
「議会」と呼ばれる統治機構のサイズ的不自然さとか・・・

まあ、おっしゃる通りジュブナイル性を前面に出している以上、あまり重箱のすみをつつくのはナンセンスなんでしょうが
Posted by でびお at 2011年09月15日 18:47
確かに、なかなか面白く読めました。ステロタイプな物語のように、「子供達は純粋だが、大人は偏見に固まっている」という設定にならなかったのは良かったと思います。また、「相手に食されて一体化する悦び」という倒錯したエロスに踏み込んでいるのも、どきりとさせるものがありました。
話がそれますが、『クロノリス』で、悪役として登場する青年(主人公の後妻の息子)が、先天的異常者と設定されていたのには、少々引っかかりました。この物語でも、最後の敵が狂気に陥った青年という展開には、少々首を傾げたくなりました。ちなみに、主人公はその狂気は自分にも無縁でないと認識しているわけですが、そういう狂気を内在した人類が宇宙に進出して行っていいものか、心配になります。
些細な点ですが、舞台となる宇宙船が無名であるのに、違和感を覚えました。普通、宇宙SFを書く人はある種のフェティシズムとして、宇宙船のネーミングに異常に凝るものですが。
それと、シンゴの「俺」という一人称は、結果として浮いていました。作者としては、主人公をあまり優等生的に描きたくなかったのかも知れませんが、一人称以外の台詞回しは、いかにも女流作家の描く少年のそれに思えました。
総じて、「やや背伸びして書いたのでは?」という印象もありますが、九月時点で、2011年の日本SF長篇としてはベスト級だと思います。
Posted by 浮遊ふぁんじん at 2011年09月15日 21:04
>びでお さん
その辺の多くは、恐らくあの移民船が、国威発揚の打ち上げ花火と設定されてるからじゃないかと思います。
CIVILIZATIONシリーズの勝利条件的移民船打ち上げ。あとはまあ、上手く行ったら追加で送るつもりだったんじゃないですかね。一番乗りで領土確保って奴で。

勿論、その辺を詳しく描いて欲しいという不満は凄くあるのですが。

>浮遊ふぁんじん さん
クロノリスの人物描写に関しては、「SFだしなあ」と言う感じで流してました。
個人の視点から社会変容を描く作者のスタイルだと、逆説的に、登場人物達はステロタイプの方が合ってるんじゃないかと思います。

この作品の狂気については、ラストにアクションを入れるための方便だと思います。つまり、ラノベの文法から逃れられなかった部分かなと。
Posted by snow-windsnow-wind at 2011年09月17日 18:37
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