2011年11月03日

この世界はきっと優しい 紺野キタ「カナシカナシカ」 感想

カナシカナシカ (ウィングス・コミックス)
カナシカナシカ (ウィングス・コミックス)

作者のBLOGによると、特定店舗で買うとペーパーがもらえるらしいのですが、札幌では無理なので普通に店頭で購入しました。

「カナシカナシカ」は、前に何度か取り上げてきた漫画家、紺野キタの新作です。
内容は、自覚のないチェンジリング(取り替えっ子)の少年が、思春期の危機を乗り越えて成長する話…… と書いてしまうと、虫酸が走るほど教育的で良い子ちゃんなお話に聞こえますね。
しかし、このテーマが「虫酸が走る」ように感じられてしまうのは、葛藤も悩みも刺身のツマ扱いし、「良い話」のフォーマットに予定調和で落っことす話が、濫造されてきたからに過ぎません。むしろ、テーマとしては誰もが通り、共感できる心の揺れに向き合うという意味で、永遠に手垢のつかない・真摯に描けば描いただけ心に響く物なのです。

そして、作者の十八番である揺れる心の描写に、優しい異世界の風景が重ねられ、主人公の少年の悩みと再生は、見事な説得力を持って心に響いてきます。
また、この物語を裏打ちするために、チェンジリングを持ってきたのも上手い所でしょう。自分は本当の自分でない、と言うのは思春期の悩み(流行り言葉で言えば中二病)の典型ですが、それを事実として設定した上で、どう向き合っていくかを悩ませるわけです。

優しい異世界。哀しい少女。行きて帰りし物語は痛みを伴い、しかしそこに希望は残る……

例によって悪人はおらず、しかし相容れない相手も居る世界観です。ただ、お互いの存在を許容できるラインは必ず存在し、礼儀正しい距離感をもって共存していくことができる。恐らく、それこそが、歩く猫やカッパもどきや人面虫たち、そして生まれることができなかった少女が暮らす異世界よりも、遙かに重要な作品が放つ「優しさ」の前提条件です。

世の中そんなに上手く行くわけはないけれど、全てが上手く行かない訳じゃない。嫌な奴とは友人になれないかも知れないけれど、同じ世界に生きるくらいはできるだろうし、その嫌な奴にも友人はいる。そんな、多分完全に否定することは誰にもできない綺麗事を、真顔で言ってくれる存在というのは、誰にとっても必要なのだと思います。それが具体的な個人であれ、脚色された記録であれ、純粋な物語であれ。


つい1時間前までハンマーを振り回してゾンビの頭を叩き割って回っていた私が、そんな事を考えながら満足して本を閉じた辺り、この作品の力は一級品だと思います。
それがどんな方向であれ、心に何らかの影響を残せる作品こそ、「良い」作品なんですよ。残虐ゲームや反社会的なファンタジーで「心が破壊される」のと、素晴らしい作品に感銘を受けて前向きに生きようと考えるのは、全く等価です。結局は、何に触れ何を受けそれをどう活かすかは、本人の問題に過ぎないのですから。だから、私の心に深い余韻を残したこの作品は、間違いなく素晴らしい。あ、言うまでもなく「私にとって」と言う事ですが、そんなのは、どんな物でも一緒ですよね。

それにしても、やはりこの人の本はお薦めです。BL作品も描いていますが、ノリは基本的に同じなので、何の違和感もなく読めたりします。
今作も、主人公の学校のシーンなど男子しか見た憶えがない辺りBL的なのでしょうが、そいつ等との関係などかなり魅力的に描かれていますしね。黙って空を見上げるシーンとか、あれは良い物です。
勿論、主人公の疎外感の原因たる妹や、生まれなかった少女も、それぞれ全く違う方向で可愛いくて愛おしいのですが。あの妹とは取っ組み合って喧嘩したい(not 性的な意味)とか、生まれなかった少女に抱きしめられたら、多分どんなこんなにでも立ち向かえるだろう、とか。

その意味で、ラスト、結局彼女から抱きしめて貰うことなく世界を後にした主人公は、いつかまたあの世界に赴くことがあると信じたいところです。それとも彼女に抱きしめられるのは、彼の子孫になるのかもしれませんが。
それこそが、異世界ファンタジーの王道かもしれませんね。

前にも書きましたが、この雰囲気は安孫子三和「真夜中をすぎても」にとても近いですね。なお、リンク先は一冊にまとまった文庫版ですが、これ用に描き直された表紙が……
あの哀しさ・儚さを漂わせていた花とゆめコミックスの表紙が、私は好きでした。仕方ないんです。ああ言う話は、多くの場合デビュー当初のごくわずかな期間しか書けないのですから。菊地秀行だって、インベーダーサマーは二度と書けないと言ってましたし。めるへんめーかーに至っては、結婚と同時に……

と、死んだ子の年を数える不毛な作業は置くとして、作風を維持してその感性を保っている紺野キタは、これからも愛読していきたい作家さんです。どうか末永く、楽しませて頂けますように。



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