2011年11月13日

輪るピングドラム 第18話 感想

輪るピングドラム 6(Blu-ray Disc)
輪るピングドラム 6(Blu-ray Disc)


前話までの感想はこちら

構成から考えると、まだこの辺りの展開はラストへ向かう「ため」の段階だという事実に、戦慄を禁じ得ない輪るピングドラム、第18話です。


第18話「だから私のためにいてほしい」



さて今回は、前回豹変したように見える多蕗の、過去回想第二弾から。
それにしても、まともな家庭で育てられた奴が一人もいない!話の焦点は、桃果とその超常の力とそれがねじ曲げる「運命」なのですが、物語の前提となる悲劇は、超常とは一切関係が無いのですよね。
この辺の「リアルさ」のバランス感覚は、良質なホラー作品が持つそれに酷似します。S・キングの作品なんかが代表ですが、本当に「怖い」作品では、「普通」の人間が非日常に巻き込まれるのではなく、日常の破壊が平行して、登場人物と読者の精神に負荷をかけるものですから。


つまり、桃果という「主人公」は、多くの不幸な子ども達を救って回った。しかし、彼女がその命を賭して守った「ヒロイン」達は、彼女の不在によってその後むしろ心の歪みを増幅させ、不幸の再生産を開始した。そう言う話になるんじゅないかと。


この辺の象徴的な映像・用語の使い方とか、表現のエッジだった時代のエロゲー・ギャルゲー(の、一部作品)を思い出させたり。そして、そう言った優しいおとぎ話を一歩進め、裏を描くように桃果という「主人公の不在」(あるいは去りし後)を強調するこの物語に、色々と感じ入るものがあります。

あ、別に、パクリとか直接的影響の話をしたいんじゃないですよ。表現技法や物語の構成パターン、それにテーマの扱いなどは、ジャンルなど軽く飛び越えて進んでいくものですから。私はアニメやゲームに親しんでいるのでこう言う関連を見るわけですが、人によっては文学や舞台、音楽、映画と、色々な物との関連・強弱入り乱れた影響を見るはずです。そうやって螺旋を描きながら、文化は変遷していくわけで。
例えば、何度も指摘しているように、エッジの効いた演出と特異性を売りにするこの作品の一番凄いところは、問題提示・解決、伏線構築・回収のサイクルや、個々のエピソードの解りやすさが、難解さや印象深さと同居している所なのですから。そう言った部分は、正にこれまであらゆるレベルの文化が育ててきた、王道を引き継ぐことで可能になっているわけです。


さて、「子どもブロイラー」が何の暗喩だったのかを考えると、なかなか皮肉な想像もできます。
つまり、ゆりや真砂子にしても多蕗にしても、つまりは「大人になり損なった」と取れるんじゃないかと思うわけです。彼らはいずれも、決定的な親との対決機会や、それまでの自分と決別して変わる=大人になる機会を失ったと見ることもできるのです。そしてその時桃果が提示する言葉が、正に「主人公」の決めゼリフたる「貴方が好き」「そのままで良い」という物。日記の文言に縛られて過去の家族を追い求めたリンゴは、この決めゼリフを受け取っていないので、方向性が変わってきているのが面白い所。

となると、過去の幸せな生活を外見上維持し、悲劇はなかったかのように振る舞う高倉家の三人が、今後どう言う選択をするかが、テーマ的には焦点となってくるのではないでしょうか。


そう言った深読み・裏読みは置いておいて、多蕗を暴走させたのは明らかにあの医者。こいつだけは、未だに立ち位置が解りません。ペンギン帽と同様、舞台上の人物と言うより、舞台を回す側なのでしょうが……


一方、今回のクライマックス。ここで直球ストレートの描写が行われる意味を考えはじめててしまうと、感動的なシーンを素直に受け取ることはできなくなります。それとも、裏の裏でこれはテーマ直結と見るべきなのか?

ところで今回気づいたのですが、人を食ったような描写のほとんどは、「本筋と外れる設定の説明を回避する」という、もの凄く実際的で強力な効果があるのですね。真砂子やゆりの実生活や、リンゴの両親のゴタゴタなど、「設定でそうなっている」(大女優とか金持ちとか離婚とかの、一言で済む内容)以上の説明は行わない事を可能にします。何しろ、そこは重要ではない、と画面全体が主張しているのですから。加えて、生々しさ・リアルさといった要素を、不必要な部分で添加せず、それが必要な時に集中的に投下してメリハリを付ける、と言う劇的な効果は出色。


ただ今回に関して言えば、上で書いたように、シリアスシーンが唐突に感じられてしまい、メリハリ以前に「これはマジなのか?」と言う疑問が湧いてしまったのは、演出の瑕疵ではないかと思います。多蕗がどうやって陽毬を救ったかが、全く解らない点を含めて。


結局、多蕗もゆりも真砂子も現在を見ずに桃果に拘泥し、冠葉もまた陽毬の存在を、生きる意味にまで大きくしてしまっている。それはきっと、恋物語として一つの理想型です。まどか☆マギカのほむらがまさにそうでしたね
しかし、それは時に悲劇を生み、最終的にはその想い人が喜ぶとは思えない状態に至ってしまう。その矛盾を乗り越えられるかというところで、大人達と冠葉に対置されるのが、妄執を乗り越えたリンゴと、前を向こうとしている陽毬&晶馬なのでしょう。

さて、多蕗が舞台上のコマとして役割を終える一方、医者の暗躍は確実になり、ゆりと真砂子の対立は終局へと向かいそうです。残り8話(?)、途中経過はともかくクライマックスは未だ想像の埒外です。とりあえず来週まで、また楽しい待ち時間が過ごせそうですね。



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この記事へのコメント
…ふとあることを思い出しました
「幾原さんは、セーラームーン、特にSをやってなかったか?」

…「17年くらい前」、地球をダイモーンの脅威から救ったのは、セーラームーンではなく、セーラーサターンこと土萌ほたるでした
それも、自らの命と引き換えに、です
そして、ほたるは赤子に生まれ変わって、ふたたびこの世に生を受けたのです

…何か、妙な類似を感じるのですが
Posted by そういえば、多蕗の中の人もせらむんに出てたな at 2011年11月14日 20:00
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