2011年12月01日

ル=グウィン大いに語る 「いまファンタジーにできること」 感想

いまファンタジーにできること
いまファンタジーにできること


アーシェラ・K・ル=グウィンは、言わずと知れたゲド戦記の作者です。一般にはフェミニズムSFの旗手とされており、その方面での毀誉褒貶が著しい人でもあります。

この本は、そんな彼女の論考・スピーチを加筆・訂正して収録したもので、非常に解りやすいファンタジー評、そしてル=グウィン自伝ともなっています。

正直、彼女の作品の内、いわゆるフェミニズム的傾向の強いものは余り楽しめないことが多かったのですが、これを読んで何となく誤解が解けた感じがします。(後述)
まず彼女が繰り返し書いていることは、「文学」の批評に通底する、無邪気なリアリズム信奉への批判です。多くの学者は魔法が出てきた瞬間その作品を価値のない物と決めつけ、あるいは政治性・社会性と絡めてのみ意味があるものとして扱い出す、と言う批判はなるほどなと思わせます。
同時に、そうやってファンタジーを読む価値がないと断じた連中が、ベストセラーに直面して価値を説明しようとした結果、ハリーポッターに「独自性」だの「新奇性」だのと言った、失笑物の言葉を捧げた事への強烈な皮肉は必見です。

見ましたねえ、そう言うの。まあ別に、門外漢・不勉強な人間がこれをやらかすのがお約束な事は、オタクならみんな知っているでしょうが……
エヴァは怪獣物やロボット物の蓄積の上に、まどか☆マギカは戦闘少女・魔法少女、そしてノベルゲームの系譜の上に。
素晴らしい作品とはつまり、新規さよりもむしろ、先人が育ててきた多くの遺産を整理吸収し、見事な王道を演じた作品。それは決して劣っていると言う事ではなく、多くの人間がトライしてエラーしか出せなかった事を可能にした、才能の証明。まあ、これを一歩踏み外すと、「どうせあんなの○○を××しただけじゃねえか」と言う、無敵理論を繰り出すだけのロボットになるので注意が必要ですが。


さて、そんなオタクにとっての素晴らしい共感ポイントは置いておいて、彼女の「フェミニズム性」についての部分です。
まず彼女は評論の中で、繰り返し無批判なステロタイプの踏襲を批判します。商業的・商品的要求は認めた上で、種族/人種と役割が無批判に連結された作品や、無邪気にこの世界の原則を当てはめて異世界の意味を失わせる造型を批判します。
私は、彼女のフェミニズム的世界観とも言うべき作品に違和感を感じることが多かったのですが、彼女としては、単に現実とは異なる価値観を前提とする社会を描くことで、多様な異世界を創造したいと思ったが故の事のようです。確かに、ああ言った作品群は、生硬で首を傾げる内容がある一方、驚くほど鮮烈な印象を残す物がありました。
もっとも、「彼は神との距離を測ろうとしたのだ」(だっけな?)と言う、作者自身が自画自賛する言葉に、キリスト教への強烈な勝手に皮肉を読み取って喜んでいた私の読み方は、恐らく作者からは眉をひそめられるでしょうが。

そして、ここが重要なのですが、彼女が本書でもっとも鋭く批判しているのが、科学的な正しさを装いながら、作者の主張に都合良くこれを改変した作品だと言う事。
男権主義だろうとマッチョだろうと、読みたい人間に向けて書くのに何の問題もない。(自分は好きでも尊敬もしない、と言う注釈は当然入りますが)しかし、科学的知見に基づいたと言い、実際その内容を踏襲しながら、都合の良いところで参照研究の知見を裏切って勝手な結論を出してあたかも事実であるかのように偽るのは、要するに詐欺だ、と言うのが、本書随一の激烈な批判です。

少なくとも彼女は、前段の留保を入れる理性をきちんと保持しており、何より本書でもっとも強い批判が、主張や価値観ではなく悪質な偽りに向けられていると言う所に、イーガンが万物理論で戯画化したようなフェミニスト作家(あそこまですごいのは居るかとか、そもそもあれはあれで愛すべきキャラクターだとか言う話は置いておいて)とは、一線を画する物を見るわけです。
同時に彼女は、その政治的意図や社会的背景といった物に拘泥し、物語を物語として受け取らない評論家に対する批判も忘れません。この辺、S・キングが大学教授に向かって投げかけた、「物語は、物語その物として存在してはいけないのか?」と言う反語を用いた批判と地続きでしょう。


個人的には、作中で設定したルールを意味もなく破ることは決定的に魅力を損なう、ファンタジーは何でもありと言う事では無い、と言う部分を、もっと掘り下げて欲しいと思ったので、そこは残念。私が最高のファンタジーだと思うトムは真夜中の庭で唯一の瑕疵が、後半での規則破りでしたし、これは結構重要な視点だと思うのですよ。


と言うわけで、翻訳文の解りやすさもあってか、非常に満足度の高い評論集でした。毀誉褒貶著しい人ですが、批判するにしても賞賛するにしても、どちらの人にも一読お勧めしたいところです。

まあ、彼女の考え方が理解できたからと言って、ゲド戦記はやっぱり前半と後半では面白さが段違いだよね、と言うような感想は変わらないのですけれどね。これは、物語を物語として読み取った結果ですので、仕方のない話なのです。
あと、彼女が冒頭で主張している内容について、ゲド達が黒人なのが作中全く違和感がないという所で、見事に証明されているなあと思ったり。

もっともこの辺は、キャラクターを記号化し、色が白かろうが髪がピンクだろうが、「日本人」と脳内変換している無秩序(誉め言葉)な日本文化に漬かっている我々には、今一解りにくい所ではありますが。



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