2009年02月24日

ローゼンメイデンとクマのプーさん

これまた今更感溢れる作品ですが、『Rozen Maiden』の新装版を一気買いしたので、感想など。アニメは、今の所一期まで。

誰も言っている人が見あたらないのですが、この作品って基本ラインは「クマのプーさん」ですね。勿論、著作権切れを良いことにディズニーに原作レイプされたアニメ版ではなく、A.A.ミルンが書いた原作の方。

プーさんは、近代児童文学の金字塔と言われます。
その理由は、まず、子どもの世界に独自の価値を認めて非常に魅力的に描いたこと。
そして、その世界からの卒業を綺麗に描き、「成長」という近代児童文学のメインテーマを端的に示したことです。

良く知られているように、プーさんは作者の息子クリストファー・ロビン(ちなみに、物語の主人公もプーではなく彼です)とそのぬいぐるみ達が織りなす、幻想世界の物語です。
そして、ここが重要なのですが、最終巻『プー横丁にたった家』で、クリストファー・ロビンは屋根裏部屋(プー達の世界)を卒業します。その理由は、学校へ行く事。
つまり、教育を受けて大人になるために、想像の世界とは別れるわけです。それが、成長。失うものと手に入れる物が対になり、前者の痛みと後者の重要性が描かれて幕となるわけです。いわゆる、今では教科書どおりの展開という奴ですね。

では、ローゼンメイデンのどこがプーさんなのか?
それは、人形達と引きこもって安全な家の中で遊び続ける主人公、と言う構造そのものです。勿論、これだけなら構造としても取り立てて言うほどのことはないのですが、重要なのはラストの展開。
主人公は、学校に行こうと勉強を再開し、現実を象徴する幼馴染と頻繁に会い始めます。ですが、その時幻想の世界ではアリスゲームが佳境に入り、彼が現実に歩み去ろうとするが故に、彼を幸せにしてくれたドール達は危機を迎えます。

つまり、プーさんにおいて自明のこととして描かれた「成長」は、ここでは無条件で肯定できるものではない、と主張されることになります。同じ構造で逆の価値観を提示する、非常に綺麗な対比関係が描かれるわけです。

何かを失って何かを手に入れるのが成長ならば、失われるものの方に価値を見出し、喜びではなく悲しみをもって描くことも可能。そもそも、「成長」とは、本当に価値のある物なのか……?

実はこれ、萩尾望都をはじめ、色々な人に描かれてきた伝統的なテーマです。ローゼンメイデンのドール達は正統派の「不死者」ですから、この指摘も、とりたてて突飛なものではないと思います。

そもそも、「成長」にまつわる諸々は、近代以降の児童文学だけでなくアニメや小説と言ったサブカルチャー全般に通底するテーマです。まあ、メインターゲットとなる年齢層を考えれば当然でしょう。勿論、「人は必ず子ども時代を経験している」ので、ターゲットを選ばない普遍的なテーマだというのも大きいのですが。

ですから、第一話と最終話で重要な役割を果たすのが、くまのプーさんのぬいぐるみ(作品内の表記は”ブーさん”ですが)なのは、決して偶然ではないはずです。
プーさんを出し、プーさんと同じ構造を描いた上で、最後にプーさんで描かれた自明の価値を否定する。メインカルチャーに喧嘩を売ることが身上のサブカルチャー作品として、これほど綺麗で解りやすい対比はないと思います。


まあ、そんな理屈は理屈として、真紅様は美しいし雛苺は可愛らしいし、翠星石の隙だらけの小悪魔ぶりには萌え死ぬかと思うので、そっち方面でも大満足。そもそもそこのところが一番重要な目当てな訳ですから、上で描いた理屈はサブの楽しみでしかありません。

でも、こういう方向からも無駄に「考察」(何て言うほど高等なものじゃないですが)できるのも、オタクの大きな喜びですよね?連載中断で空中分解してしまったこのテーマ、今後どう展開させていくのか楽しみでなりません。

と言うわけで、世間一般で言われているとおり、また他の点でも、非常にお勧めできる作品だと思います。

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