2012年11月26日

余りに出来の悪いSF 山田宗樹 『百年法』 感想

百年法 上


例によって、SFマガジンのリーダーズダイジェストで紹介されていたので興味を持った一冊です。

出版社のキャプションによれば「SF巨編」と書いてありますので、その様に扱って感想を書きたいと思います。まあ、瀬名秀明が言っているように、「SFじゃない」と言う言葉ほど不毛な評論はありません。あれは、単にジャンルを狭めるだけです。
要するに、悪口を言うなら正々堂々と、「このSFはクソつまんない」と言った方が解りやすいだろうと、そう言う話でございます。

さて、この作品の設定ですが、二次大戦で核爆弾を6発落とされて壊滅した日本が舞台。
その後日本はアメリカからHAVIと呼ばれる不老技術を提供され、復興を果たします。しかし、人間が永遠に生き続ける事を懸念した政府によって、この技術で不老化した人間は100年後に死なねばならないという法律もセットで導入。
そして、時は2048年。最初にHAVIを受けた人間が死なねばならない時がやってきた物の、当然反発は大きく……

と言うような導入になります。もの凄く突っ込みたい部分が大量にあるものの、話としては面白くなりそう、と言うのがファーストインプレッションでした。
ところが、話は全く面白くならないまま、むしろ矛盾と強引な展開・設定を積み重ねて収束することになります。

結論を先に書きましょう。

1,SF設定が破綻しており、展開が滅茶苦茶になっている
2,行政・法律関係の理解がなっていない
3,つまるところ、ディテールが圧倒的に不足している

1ですが、HAVIは一種のレトロウィルスで、テロメアの劣化を防ぎ細胞を永遠に若く保つという設定です。これ自体はどうと言う事のないお約束設定です。精神は老化していくという話にしても、神経細胞の新生を加速するわけではないようなので理屈はつくでしょう。(とは言え、どうも作者は「精神が老いる」と言う事が脳細胞に物理的基盤を持つ、極めて形而下の問題であるという基本認識がないようで、折角の設定は埋め殺しです)

まあ、括弧内の話はとりあえずスルーするとしても、最悪なのはラストの展開です。途中から、原因不明の多発内臓癌患者が激増している、と言う伏線が張られてます。こんな物、HAVI技術の欠陥以外に展開はあり得ないのですが、どう言う事なのか予想ができませんでした。何故なら、「年齢性別職業などと一切関係なく発生している」と言う説明がされていたからです。
ところが、最終的にこの病気は予想どおり「HAVI技術の副作用」と説明されます。しかも、なんと「この病気によって、HAVIを導入した人間は16年以内に全員死ぬ」と言うとんでもない話までセットでついてくるのです。ところがなんと、「何故HAVI導入後100年以上経って顕在化したのか」「何故発症率が激増するのか」の説明は、一切ありません。
それどころか、「HAVIを導入してからの年数と発症率は関係ない」とまで明言されます。ええと、数学じゃなくて算数の範囲だと思うんですが、「他の属性にかかわらず発症率が一定」と言う事は、100年前と現在と発症率は変わらないと言う事です。そして当然、「16年間で全員死ぬ」は全くもってあり得ない話になります。
年間発症率をNとすると、16年後の生存率は (1-N)^16 に過ぎず、これで全滅するならHAVI導入16年後に導入者は全滅していなければおかしいことになります。

って言うか、国内の疫学調査はともかく、海外でも同じ現象が起きているなら一発で種は割れるわけで、あの世界の公衆衛生当局は一体何やってたんでしょうね?気づかなかったなら気づかなかったで、ちゃんとその原因を設定して描写しましょうよ。

こんな、根幹も根幹の設定で何も考えていないような文章を出されて、感動しろと言われても「アホか」としか言いようがありません。


さて、次は2。
あのですねえ、今時「馬鹿な国民と理想に燃える愛国的で完璧な官僚」なんて言う対比像、書いてて恥ずかしくないんですかね?行政が巨大であるが故の非効率や官僚という物のセクショナリズム、そして「自分達が一番国益を考えている」と言う傲慢から来る問題点は、欠片も指摘されません。
と言うか、なんか指摘されてるのですが、物語は一貫して彼らに寄り添い続けます。
いやあ、本当に意味不明なんですが、あのアホ首相がやらかした劇薬のおかげで、独裁体制のディストピアが出来上がったわけですよね?そもそも、導入時に百年法の法案書いたのは官僚だろうとか、お前等100年何してたの?とか、突っ込むべき所は死ぬほどあるのですが。

大体、基本設定として、HAVIが導入されてるのに「医療費が激増して国民健康保険が破綻」とか、へそが茶を沸かすんですけど。医療費を馬鹿食いする老人がいないのに、健康保険が破綻するわけねえだろ!!いや、よっぽど保険料安くしてたとかなら破綻するでしょうが、それってHAVIとは全然関係ないですし。

そして、あんな基本的人権どころか近代国家の基礎理念(主権者たる国民を、国家は自由に殺せない)突き崩す百年法なんて言うトンデモ設定、必要ないんですよ。と言うか、百年法で誤用されている「生存権」を、字義通りに解釈すれば良いだけなのです。

※作者が基本的な調査すら行わなかったことが1ページで明らかになってるんですが、「生存権」と言うのは「国家に保護を求める権利」です。具体的には、「健康で文化的な最低限度の生活」を求める、つまりは生活保護を受ける権利です。「国家に殺されない権利」は「人身の自由」と言いまして、あの法文はありえません。

どう言うことかと言えば、100年経ったあとは、生活保護を受ける権利も健康保険を受ける権利も無くせばいいのです。そう言った「国家に対する権利」を失えば、あそこで描写されていた「HAVIを受けた国民が生き続けることによる弊害」は一掃されます。政治の老化が問題なら、選挙権に限って失効させればいい。いきなり命その物を取りに行くとか、頭がおかしいとしか言いようがないでしょう。

大体、「老いない人間が定年にならずに居座るせいで競争力を失う企業」とか、お笑いも良い所。だったら、それに変わる企業が勃興するだけでしょう。そう言う新興企業が出てこない土壌があるとしたら、それはHAVI云々の問題ではありません。当たり前ですが、老化した企業が競争力を失うことと、国全体が衰退することは全く別です。こう言う所だけ、無意味に官僚視点ですよね。競争力を失った企業を保護することと、産業を保護することを混同して法体系を滅茶苦茶にするのは、官僚の十八番ですから。

あ、そうそう。アメリカにおける百年法施行時に大統領が「建国の理念」を持ち出して国民を説得した、と言うエピソードは、幾ら何でもあり得ませんよ。あの国の建国理念は「国家なんぞ信用しない」です。徹底した三権分立も、フリーダムな地方自治も、憲法が保障する武装権も、つまりはそう言う事です。参考文献が「君主論」「ローマ人の物語」となんかフランスの政治体制についての本だけ、という段階でお察しくださいですが、もうちょっと何とかならなかったんですか?

せめて、民主主義というシステムが、理想云々ではなく「利害関係者を漏れなく参加させられる」「独裁よりも長期的に見てマシな政策が出てくる」と言う事実によって、競争の中で生き残ってきた合理的なシステムである、と言う理解は必要だと思うのですよね。でないと、逆説的に、民主主義の欠陥や独裁制が有効な局面に関する描写にリアリティが無くなりますから。
官僚的専制って奴は、本当にろくでもない事になるんですよ。戦前の大日本帝国における遠心分離状態や、官僚(参謀本部)の独立性が国を滅ぼしたドイツ帝国が、一番解りやすいですが。


そして、結局の所、こう言った問題は全てディテールの不足に起因するのです。
物語序盤、2048年の停滞した日本を描き始めたときは、結構上手く行っていました。しかし、以後物語が変わっても社会の別の面を切り取る登場人物は増えず、しかも内面描写をされるキャラクターは全員が全員理性的。と言うか、そうでないキャラクターはどうでも良い形で退場させられ、多面的に変容した社会を描写することができていません。
加えて、あれだけ外国がどうこうと言っているのに、外国側の視点どころか人物も出てこないのは、失笑ものでしょう。
「小松左京を目指したけど話にならなかった」と言う評価で、ほぼ間違いないと思います。


正直導入は面白かったですし、色々面白くなる余地はあったと思うのですが、こう言う壮大で綿密な考証が必要な物語は、向いていないんじゃないかと思います。
別に馬鹿にしてるわけではなく、史実に舞台をとって、その中で生死観の話とかを書けば、普通に出来の良い小説になると思いますので。
例えば、傲慢で卑小で人情家の牛島大統領とか、物事を勝ち負けで割り切る女性工員(前半)とか、かなり魅力的に描けてたりしますしね。

それにしても、ラストの展開は発端から解決策(人口9割減ったら行政の前提が変わるよ。そして、行政官の育成が16年じゃ足りない?数週間の研修で専門家面して技官に馬鹿にされてる官僚がうぬぼれんな)まで含めて本当に滅茶苦茶で、正直ウンザリした、としか言いようがないのですが。




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この記事へのコメント
私は、あなたの逆の意見です。この小説とても面白かったです。
Posted by 酒井 at 2013年03月31日 15:53
いきなりですが、HAVIについて。

何故HAVI導入後100年以上経って顕在化したのか、何故発症率が激増するのか
と、仰っていますが、

私の捉え方としては、
「遺伝子にプログラムされていたかのように」
という文面がありましたので、
まあウイルスは自然界が作り出したものですし、人間には計り知れない、そして説明できない、論理的ではないことが起こっても不思議ではないと思いますので、
人間によってヒト不老化ウイルスにされた時から、ある時間以上経過したらガンを生み出す(変異する)ようになっており、そのタイミングはウイルス各々によって違うものの、ある時間を超えていれば確実に変異するのだから、16年以内に死ぬという答えが出た時のSMOC発症人数からみて(正確な人数は書かれていませんが、増えてきてはいるが、HAVIを受けた全体人数からしたらまだ少ないというのは、文中から伝わってきますよね?)、時間と比例して発症が増えていき、16年後には全滅とスーパーコンピュータが出したのも当然だと思いました。

なんというか。
あなたは、現実的なもの以外は、受け入れられないといった感じでしょうか。
すごく、頭の硬い、柔軟性のない印象を受けました。

人それぞれ賛否両論あるのはもちろんですが、
あなたのは、ただの悪口にしかみえませんよ。
Posted by さくら at 2013年05月08日 01:17
とりあえず、設定が現実的だと主張したいのか、現実的でないが面白いと主張したいのか、どちらかにした方が良いと思いますよ。

ウイルスって何だか解ってますか?変異ってどうして起きるか知ってますか?それらは別に専門知識ではなく、この手のSFを(少なくと書き手として)扱うならイロハのイです。ですから私は、わざわざ表題でまで「出来の悪いSF」だと書いてるわけです。弁護するなら、SF以外の部分が面白い、とか書くしかないと思いますが。

と言うか、自然界が作り出したものだから計り知れない、とか言う戯言をお書きになる方に、「現実的」かどうかについて講義されるとは光栄の至りです。
Posted by snow-windsnow-wind at 2013年05月08日 16:55
考証ごもっともです。
上巻はまだしも下巻に関しては
作者の力量をはるかに越えて
収集がつかなくなった感が否めません。

下巻冒頭の
[濃厚なオゾンを感じた]
で思い切り萎えました。
あーこの作者はイメージだけで
書いちゃってるなと…
巷の評価がなぜあんなに高いのが解せませんが、
あなたの書評で得心できるものが
あり幸いでした。
Posted by ハビハビ at 2013年05月30日 04:05
あなたのは書評ではなくとにかく現実とこの小説を見比べて「おかしいおかしい」と粗探ししているだけにしか感じません。

HAVIに関してはともかくとしても、そもそも作中の日本は現実の日本とは全くの別物。現実の日本国憲法は戦後成立したものですよ?生存権も日本共和国憲法とは違うのではないですか?
Posted by みかん at 2013年09月14日 22:46
突っ込んでいるところは全て、SFですから。で解決できませんかね?
Posted by かかあ at 2014年05月25日 16:19
ん〜、知識だけにすがる現実主義者って、ある意味では可哀想ですね。
この作品が話題になっていることに対し、日本国民の知識レベルは知れている、とでも主張し優越感に浸りたいのでしょうか?
Posted by Y at 2015年10月18日 00:20
私は面白く読みましたね。
法律かじったので私もあたたのようにツッコミながら読みましたけど,結局その本の中の話だと思うんですね。ましてSFですし。
たとえば小説のなかで「取材の自由は憲法上保障されている」,みたいな1文があったとして,作者は阿呆か!最高裁はそんなこといっていない!と叫んでみても意味はありますか?
「作中の世界ではそういうことになっています。」と言われたら終わりではないでしょうか。
アメリカの建国理念だって現実世界と違うかもしれません。
もちろんあまりにリアリティに欠けるものは一般読者の現実の認識と齟齬を有無ので別でしょうが。
もう一つ。
「官僚…問題点は、欠片も指摘されません。」とおっしゃいますが指摘する必要はあるのですか?こrはノンフィクションでも学術書でも告発文でもないのです。エンタメ小説です。
何かはき違えているのではないでしょうか。
本書は多くの人は面白いといいますしエンタメ小説としては成功の部類だと思いますよ。
Posted by つじ at 2015年10月20日 18:18
小説って完璧じゃないほうが面白いと思いますが。
書かれていないことを考えるのも1つの楽しみかと思います。
理解できないことを全て作者のせいにしてるのが文面から感じられました。
Posted by ななな at 2016年06月18日 10:44
僕もこの小説は好きになれませんでした。ポリティカル・フィクションは「えー、そうなる?」と思ったら負けなんでしょうけど、引っかかる部分が多すぎて、読んでいてイライラしました。
拝読しました感想には、ダメな点が明快に書かれていて、とてもスッとしました。ありがとうございました。
Posted by 今更太郎 at 2017年01月02日 07:22
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