2009年03月21日

大きな戦争と、小さな女性達 『戦争は女の顔をしていない』 感想

戦争は女の顔をしていない
戦争は女の顔をしていない

ここ一年で読んだ中で最強の戦争本。

と、いい加減な書評ばかり書くブロガー風に始めてみましたが、本当に凄い本です。
「最高」でなくて「最強」なのは、良いとか悪いとかの話ではなく、とにかく読者に与える衝撃が物凄いからです。

内容は、ソ連が大祖国戦争(ソ連における二次大戦の呼び方。日本における「大東亜戦争」みたいなもの)時に動員した女性兵士のインタビュー集。
歩兵・騎兵・戦車兵・水兵・衛生兵・パイロット・看護士・医師・洗濯係・パルチザン……
様々な形で戦争に参加した女性達が経験した、地獄というのも生ぬるい、総力戦の光景が淡々と、あまりに淡々と語られます。

「『幸せって何か』と聞かれるんですか? 私はこう答えるの。殺された人ばっかりが横たわっている中に生きている人が見つかること」

他の書評でも度々引用されていますが、こう言った言葉を前にしては、もはや何も言えなくなります。
…などと言ってここで文章を終えては、正にリンク先のいい加減な書評そのものなので、何とか言葉にしてみましょう。


とにかく、良い事も悪い事も、右も左も、肯定も否定も、全てまぜこぜに収録されているのが凄いところです。
ドイツ人の子どもにパンを分け与え、「憎むことが出来なかったことが嬉しかった」と語る女性。ドイツ人の家から略奪した物資を家族に送ったことを、誇らしげに語る女性。銃を撃とうとする負傷兵を制して、ドイツ人の負傷者を助けた女性の回想があるかと思えば、年端もいかない少女を手ひどく乱暴してレイプした事を淡々と語る男性の話も出てきます。

ちなみに、一番最後の男性の語る「今はどうしてあんなことに加わることができたのか分からない……教養のある家庭で育った自分が?でも、あれは自分なんだ」と言う言葉には、本当に背筋が寒くなりました。

ジョン・ダワーが書いているとおり、本当に恐ろしいのは正に、極普通の善良な市民が、状況に応じてあっという間に「変わって」しまうところなのでしょう。共産主義者だったから、ファシストだったから、天皇制に心酔していたから、などと言えてしまえばどんなに簡単か。

ユダヤ人を虐殺したナチスの兵士が本来は芸術を愛する市民だったことや、中国で参謀本部が頭を抱えるような真似をした日本兵が家に帰ればよき父親だったことを、我々はよく知っています。
救いがたいことに、「野蛮」でならしたソ連兵も、どうやら同じ事が言えるわけです……

それと関連して、共産党や体制に関する部分も態度はまちまちです。多くの女性が共産主義に熱狂して(この辺は、初等教育が行き届いていた事が大きいでしょう。日本とパラレルです)志願していますが、その後はまちまち。
1970年代に収集されたとは思えない口調でスターリンや政府を厳しく非難する人も、同様に弁護する人も出てきます。
家族や自分が酷い目にあったかどうかにかかわらず、です。
家族全員が収容所に送られたのに、祖国を守ると志願した女性もいれば、親の代からボリシェビキに心酔し、コネを使ってまで最前線に送ってもらった女性まで様々。
そして、例外なく戦後は酷い目に遭わされているにもかかわらず、それでも党や国家を弁護する女性の多いこと。ただしこれは、多くのインタビューがまだ共産党政権下でなされた「奴隷の言葉」であることに、注意する必要がありますが。

酷い目に遭わされた、と書きましたが、彼女たちは戦後経験を語ることは社会的に許されず、語ったとしても「英雄」と言う型にはまったものだけでした。
それだけに、語られる内容は、当然それまでの常識や良識にがんじがらめにされたものとは違う、正に「生の声」になっています。
そもそも、「酷い目に遭わされた」と言うこと自体が、タブーで語れなかったことな訳です。

多くの女性は「戦場で男の相手をしていた」「女じゃない」などと言われて結婚も出来ず、また戦傷や後遺症に苦しみながらほとんど援護も受けられませんでした。偏見に耐えかねて戦傷証明書を破り捨て、誹謗中傷から守るために家族と別れ、しかも大いに恩を受けたはずの男性や軍、党本部は彼女たちの存在を無かったことにしにかかる。そんな、戦争よりも悲惨な戦後の諸相も多く書かれています。

特にパルチザンの女性達は、故郷が占領されて立ち上がり、家族や知り合いが見せしめに虐殺される中で戦い抜きながら、戦後「占領地域出身」として公的に迫害され続けたという事実。「捕虜だった」と言う理由で、やっと生きて帰った夫を収容所送りにされ、戦後もそれを理由にまともな職につけなかったた女性の

「私は訊きたいの、誰のせいなのかって。戦争が始まったばかりの何ヶ月かで何百万人もの兵士や将校が捕虜になってしまったのは誰の責任なのか?知りたいの!戦争が始まる前に軍隊の幹部を抹殺してしまったのは誰なの?赤軍の指揮官達を『ドイツのスパイだ』、『日本のスパイだ』と中傷して銃殺してしまったのは、戦争が始まる前に赤軍の指導部をつぶしてしまったのは誰なの?ヒットラーの飛行機や戦車が相手なのに、ブジョンヌイの騎兵隊をあてにしてたのは誰なの?『わが国の国境はしっかり守られている』と国民に請け合ったのは誰?戦争が始まってすぐから弾が足りなかったのよ……
 訊きたい……もう訊けるわ……私の人生はどこへいっちゃったの?私たちの人生は? でも私は黙ってる。夫も沈黙している。今だって怖いの。わたしたち怖がっている……恐怖のうちにこのまま死んでいくんだわ。悔しいし恥ずかしいことだけど……」

などという言葉以上に激烈な批判を、私は見たことがありません。彼女は、彼女の家族は、全てを祖国に捧げた結果、こうなったのです……

ですが、ここに収録されている証言の多くは、そんな大きな物語とは別の、極めて個人的で、それ故のリアルすぎる「大祖国戦争」の諸相です。
そしてその多くの部分は、他の国にもそのまま当てはまるはずなのです。

「許すことが簡単だとでも思う?壊れていない、白い、立派な家、煉瓦の屋根。バラの花まで咲いている……私自身だって、奴らが痛い目に遭えばいいと思っていたわ……もちろん……奴らの涙が見たかった……いい人になることなんてすぐにはできないわ。正しい、優しい人になんて。今のあなたのような、いい人になんか。奴らに同情するなんて。そのためには、私は何十年も必要だった……」

直接引用はしませんが、人間より銃が大切だった戦争序盤の話や、切断された手足が山と積まれた病院の話、兵士になってから初潮を迎えてパニックを起こし年長の上官に説明して貰った女性の話など、末期と言うに相応しい悲惨な状況の証言は枚挙に暇がありません。
多くの女性の、体に合う軍服が無くて苦労したという話も、つまり軍服の製造工場より先に軍服が想定した体格の兵士(男性)が居なくなってしまった滅茶苦茶な状況を示す訳ですし。

と言うわけで、歴史・軍事関係書籍の枠を越えた、化け物のような著作、興味があれば一読をお勧めします。

ちなみに、著者はベラルーシ当局から出版を禁止され、西欧の支援団体の助けを借りて現在はドイツ在住。
ベラルーシは親露の急先鋒であり、また彼女が有名なジャーナリスト、ポリトコフスカヤ(『チェチェン やめられない戦争』で有名。ロシア当局により謀殺)と親交が深かった、と言えば、大体どう言う感じか解っていただけるかと。


ところで、これを見ていて思ったのですが、日本の従軍看護婦について、こう言う研究はあまりされていませんよね。自決命令やソ連侵攻時の悲劇については、ある程度なされているようですが。
多分、同じような偏見や誹謗中傷にさらされたと思うのですが、これもまた証言者は生きていたとして80過ぎでしょう。このまま、闇の中に消えてしまうのでしょうかね?



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この記事へのコメント
ソ連戦車マニアとして絶対外せない本だと思い、早速読んでみました。確かに強烈な内容ですね。大祖国戦争ものはソ連崩壊後徐々に実像に迫る本が出てきましたが、一兵士、しかも女性兵士の体験記をまとめたものにはなかなかお目にかかれませんでした。
あまりにも内容が強烈なので、今後少女が戦闘するジャンルのアニメを今までと同じ目で見られなくなるように思います。
Posted by アロヲ at 2012年02月12日 20:56
確かに、戦争に少女が出てくる作品を見る目は変わらざるを得ませんね。フィクションでは、女性兵士はシガニー・ウィーバー的マッチョばかりだと言うのとか、正に証言する女性の「戦争に行ったような女性は、戦後女扱いされなかった」と言うような”社会の目”を反映してるわけで。

必死になってかつての日常を守ろうと、「女の子」であろうとして編み物や服装に凝る涙ぐましい努力の話とか、色々考えさせられました。多分ジェンダーの問題ではなくて、男性兵士もかつての日常を維持したかったんじゃないか、とか。(女性兵士の場合、大目にみられる部分があって、編み物をするような軟弱な時間のつぶし方が許されたんじゃないかとか)

とにかく、気に入って頂けたなら何よりでした。
Posted by snow-windsnow-wind at 2012年02月13日 22:07
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