2009年04月08日

「差別じゃない」は無理がある バイオハザード5

バイオ関係のエントリーはこちら

こう言うエントリーを書いておいてなんですが、積みゲー崩しに追われて、バイオ5をちゃんとクリアしてなかったのです。
今回クリアしたので、まずはこの話題について。ゲーム内容とかは、あとから別エントリーにするつもりです。

なお、開発者に意図があったかどうかは問題にしません。そんなもの、解りようがないですし。
従って、前のエントリーにも書いたとおり、そういう風に読めてしまうかどうかを問題とします。
と言っても、結論はエントリー名でもう出てるんですけどね。

それと、どのような内容であれ(ストレートなヘイトスピーチをぶちまけてでもいない限り)私はゲームをその内容で規制することには反対です。
ですがそれは同時に、誰のせいにも出来ず内容によって非難される事と、表裏一体なわけです。


で、まず、これを「問題無い」と判断したカプコンは、製作チェック体制を見直した方がいいと思います。幾ら何でも「これはない」という描写が多すぎます。

問題となるのは、序盤~中盤にかけてです。
まず、最初の市街地。ゲームが始まると、マチェットを持った黒人達が他の黒人達を袋だたきにしている、素敵な光景が目に飛び込んできます。この段階で、アフリカの現状を知る人は「ああ、”危険なアフリカ”の描写なんだな」と少し居心地の悪い思いをするでしょう。

その後、チュートリアル的なイベントを経て、最初の大規模戦闘に行くのですが、この描写がまんまルワンダ辺りの民族紛争です。
流れとしては、

大勢の黒人達がはやし立てる中、味方のアラブ人が首を切られる

それをスピーカー片手に先導していた一際黒い黒人が、主人公達を発見

けしかけられた民衆が、マチェット片手に押し寄せてくる

と言う物になります。
どう見ても、NATO兵士になってルワンダなりスーダンの暴徒を撃ち殺すゲームです。
そして後述しますが、「相手は人間」なので、画面は相当強烈なことになります。
しかも、ゲームオーバーになると、主人公がマチェットで滅多切りにされて肉塊にされる(主観視点なので死体は出てこない)ムービーのおまけ付き。どうにも引っかかるわけです。

ただし、この段階では、敵に少数ですが白人が混じっていたりするのを見て、差別とまでは言い切るのも…… という感じでした。

なのですが、ステージ1-2の段階で、一気に怪しくなります。
ステージが始まってしばらく進むと、女性の悲鳴が広場に響きます。そこには、敵の中には一切見かけない「露骨な白人」とでも言うべきブロンド美女。そしてその女性は、歯をむき出した黒人男性に室内に引っ張り込まれ、扉が音を立てて閉まる、と言うムービーが流れます。

まあ、どう見てもレイプの暗喩ですが、何故かここだけ白人女性(しかも敵にいる連中とは違う真っ白な肌と輝く金髪)なのですよね。そして、室内に駆け込むとその女性は化物になってしまうのですが、この段階では初めて、頭が破裂して虫が出てくるタイプになります。
つまり、他の敵である黒人キャラ達は人間の格好のまま襲ってくるのですが、この女性だけは頭が破裂した「人間でない」格好なのです。

要するに、プレーヤーが引き金を引く時の心理的抵抗を少なくする処置なのでしょう。ですがそれは、プレーヤーの無意識の差別感情に乗っかってゲームを作っていると言われても、仕方がないでしょう。

そしてステージ3、沼地に入った瞬間、もう言い訳が効かなくなります。
このステージは、独自文化を気づいた原住民の集落が丸ごと感染したと言う状況らしいのですが、「ボディ・ペイントをして腰蓑や仮面を付けた黒人達が、槍や弓を持ち、群れをなして襲いかかってくるので、皆殺しにする」と言う内容になります。
ついでに、集落に文明の利器は一切無く、どこからどう見ても「野蛮な首狩り族の村を殲滅する白い英雄」の図です。

ついでに、村にある財宝は、かっぱらって終了後金に換えます。

何が悲しくて、バイオでこんな真っ黒なロールプレイをさせられなきゃおけないのかと。

一応、寄生虫に感染された結果攻撃性が増して、普段なら祭りの時しかしない格好をしている、とか言う設定らしいのですが、やってる事は上記のとおり。4もそうでしたが、もうバイオでも何でもありません。

勿論、プレイしている最中はヘッドショットとフットショットを駆使して無心に敵をぶっ殺す訳ですが、ふと我に返ると何とも言えない嫌な気分がわいてきます。

これははっきり言って、アフリカーナーにどんなクレームを付けられても、謝り倒すしかないんじゃないかと思います。
ラスト・サムライの日本人の描写以上に、相手を馬鹿にした内容ですよ。

一応、味方の軍隊(正確には違いますが)の兵士達も黒人なのですが、これは噛ませ犬以下。出番一回で、次に出てきた時は死体です。バイオ1で言うブラッド役の隊員は居ますけど。

そして、差別になるかならないかの話をするとすれば、後半ステージが非常に良いモデルだと思います。
後半ステージでは、敵が武装しています。まあ、アサルトライフルやRPG片手に襲いかかってくる姿は完全にソマリア民兵ですが、とりあえずこれだと相手は「対等」です。

銃器で武装した主人公達にマチェット片手に飛びかかってくる市街地の敵や、あまつさえ槍や弓・腰蓑姿で奇声を上げて突っ込んでくる沼地の敵のような、「野蛮人」ではありません。

このため、この辺になると、差別とは感じる事はありません。問題なのは、敵が黒人であることそのものではないのです。

同様に、旧シリーズのように完全なゾンビであれば、それはもう人間ではないため、黒人だろうと白人だろうと気にならないはずなのです。
実際、ラストステージになると、敵の浸食が進んだのか、唇がめくれ上がって無くなっていたり、全身が壊疽を起こしたゾンビ的外見の敵が増えてきます。そして、こう言う連中が相手だと、嫌な気分になることはほとんどありません。

以下は本来ゲーム内容のエントリーに書くべきなのでしょうが、正直この辺の描写に、バイオの迷走が如実に出ていると思います。

恐ろしくて哀れで滑稽な、そんなロメロ・ゾンビが敵だったからこそ、バイオ1は優れたホラーだったはずです。ですが、現行シリーズは、単に人間と化物が混ざって出てくるTPSに過ぎません。

そう、4以降、敵はゾンビではなく間違いなく人間なのです。道具を使い、言葉を話し、連携して指揮官の指示で襲いかかってくる存在は、ゾンビという特異なクリーチャーとは、姿形が似ていても完全な別物です。
そして、人間としての外見と特徴を与えられた敵を出す(銃器を持って主人公達に、あり合わせの武器で突っ込んでくる「人間」はどんな設定が適当か)上で、プレーヤーが「自然」だと感じる画面をはめ込んだ結果が、こう言う事態を招いたのではないかと。

なお、4の敵は白人じゃないか、と言う意見もあちこちで見るのですが、あれはどう見ても白人ではなく「ヒスパニック」でした。当時もオイオイ、と思ったものです。

とにかく、必然性があるわけでもなく、むしろゲーム中気になって集中力が乱れるような要素は、きちんと排除できるチェック体制が必要なんじゃないかと。


ちなみに、私がゲーム関係で一番許し難い差別描写だと思っているのは、歴史SLG関係です。
と言っても、KOEIの作っているしょぼい奴ではなく、ヴィクトリアとかクルセイダーキングとかあの辺。

明治維新前の日本が、完全に未開部族扱いの技術レベルに設定されていたり、「西方から湧き出したした野蛮人の群が文明圏を侵略した」としか言いようのない十字軍時代の西欧が、アラブと肩を並べる扱いになっていたり。挙げ句の果てに、明よりポルトガルの方が文明レベルが上とか設定されたりしたら、さすがにぶち切れるレベルですよね。

何が言いたいかというと、メインターゲットにとって気持ちの良い描写をするのは商売として当然ですが、その過程で他人を貶めたり不快にさせれば、非難されるのは当然ですよ、と言うことで。


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この記事へのコメント
 (この記事は)通りすがりですが、ブログ主さんのレビューには割と信頼を置いているので言わせてください。古い記事のようですが。
 件の人種差別ですが、『バイオハザード5』は私にはむしろそれが高評価でした。うろ覚えではありますが、ロメロ氏の初期作三部作も古くは人種(や共産主義)と恐怖を結びつける解釈が多かったからこそ、長い間カルト・ムービーとされてきたのではなかったでしょうか?
 ほとんど人間そっくりな「怪物」たちにしても、カーペンター版『The Thing』を観てバイオハザードがやりたくなり、本作に手を出した私としては、ドンピシャです。
 騒動については検索で知ったのですが、何を今更……と思いました。元来、チープとされるメディアはそういう需要に答えるために存在していて、その中から稀にそのこと自体を弄ぶような作品が生まれることがあります。そういう作品は、固定的に捉えがちな、人間の観念への認識を解きほぐすのに役立ってくれます。過去のカルトホラーがそうであり、私は『バイオハザード5』でのアフリカの扱いにも同じものを感じられました。エ ロゲの傑作なんかはどうでしょう?
 検索先で New York Times の「バイオハザード5を米国内で制作するのは不可能だったかもしれない」というコメントが紹介されているのを見ました。そういう作品を日本だからリリース出来たというのは、良くも悪くもでありますが、私は高く評価するべきだと思います。もし本作の表現が制作スタッフがはっきりと意図したものでなかった場合、今後は欧米と同じく「アフリカはリスク」と捉えられ、ゲームのような「不真面目な」メディアの題材としては再び暗黒大陸になるでしょう。仮に「真面目に」取り上げられたとしても、受容者にはゲームに関係のないお説教に映ることだろうと思います。ゲームにとってはどちらが幸福でしょうか? 差別問題の関係者から批判を受けること自体は当然とは思いますが……。

 思わず長文になってしまいました。お忙しいだろうところ、マナー違反かな……と思いましたが、返信を期待するものではありませんのでどうぞご容赦下さい。以下は余談というか、ゲーム部分のレビューに関してです。
 私としては『バイオハザード5』は初代『バイオハザード』と並べる評価をつけたいです。続編でしかも大作という二大駄作要素を持つにも関わらず、カルトホラーのオマージュというチープな要素をしっかり残していたこと(土人が出てくるなんて、ホントそのまんまなのに、世界規模でよくやりましたよねぇ……)と、それを遊園地的な無邪気さに変換することに意外に成功していたことが理由です。さらに言えば、この無邪気さは無意識にヘイトスピーチに加担しているかもしれないという別の恐怖を想起させるもので、現代的なホラーの解釈としても興味深いものです。確かに TPS と ADV(AVG) というジャンルの違いはありますが、そもそも ADV 的だったのは初代作品だけだったと思います。細かい部分に手応えを感じるし、近年のヒット作のオマージュにしても、うまく取り込めていると思います。
 操作性の制約についてですが、シューティング系の場合、制約を取っ払う方向だと、没入感は高めても、ゲームとしては概ね似たようなものと感じがちなので、制約で差別化するという方向はデザインとして正しいのではないかと思いました。「不自由な操作性の中で如何にそれっぽく振舞うか」というのは『メタルギアソリッド』シリーズにも共通する日本的方向性ではないかと。
 シリーズの一貫性も、そういう解釈で保たれていると思っています。ゲームのシリーズとしては世界観や物語よりもゲーム性のデザインが肝要だからです。
 たぶんブログ主さんはアクションより ADV や RPG を好む方なのかなと思うのですが(私も ADV や RPG が好きです)、『バイオハザード』シリーズのアクション化は 5 になって突然というより二作目の 2 が出た時点で確定路線だったんじゃないでしょうか。確か 2 の攻略本の対談でスタッフがそのように語っていたはず。多国化戦略と、北米で ADV を売りにくいという経営事情とそれとは、直接の関係はないように思います。
 ちなみに、私が遊んだのは PS3 の Alternative 版で、オフライン二人プレイでアカウントを二つ要求されることはないらしいです。
Posted by guest at 2012年06月18日 20:09
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