2009年05月02日

グーグル書籍検索と過激な権利者団体 共感は得られますか?

米グーグルへ怒りと危機感 詩人・谷川さんらが会見(asahi.com)

本当は、任天堂への制裁金判決について書きたかったのですが、任天堂の公式発表も何もないので、情報不足のため不可。


で、この記事になるわけですが……

>利用に応じてどれだけの著作権料が支払われるのかが不透明。グーグルはやり方が一方的で、グローバリズムのごうまんさを感じる

>ネットは公共のものというイメージがあるが、ネット上でどう作品を扱うか決めもしないのは納得がいかない。一種の文化独裁だ


文化独裁、などとご大層な事を言ってみても、結局の所「金を寄越せ」と言う以上の事では無いわけです。

グーグルがやっているのは、本屋の立ち読みや確認機能(商品の内容を確認するために、カバーを外して見せてもらうような事)を、便利にしたものでしかないのですから。

かつて学校の教科書で慣れ親しんだ谷川さんに金々と連呼されると悲しい気持ちになります。が、そもそもこのJVCAという組織は、教科書会社や問題集作成企業から金をむしり取るために作られた組織なのですよね。
前提には、教科書や問題に使用しても作家に連絡もしない・勝手に改変する(学年に合わせて漢字をひらいたり改行をしたり)、と言う関連企業への不信があるらしいのですが。

ちなみに、声高に訴えている「問題集への問題掲載=違法」というのは、彼らの一方的な主張でしかありません。
試験問題や学校教科書への掲載は著作権法上当然の権利(後者については、補償金を払う必要はある)。でも、その転載である問題集は許諾も必要だし金を取れる、と言うのが彼らの理屈です。また、同様の理屈で、予備校も提訴していますね。
前者については、問題集が転載しているのはあくまで「試験問題」であること、後者についてはそもそも予備校は学校法人だろう、と言う点で、相当無理のある主張かと思うのですが。また、解説付きの過去問は、正に批評目的の引用ではないのかと。

判決は、地裁レベルでしか出ていません。(地裁ではJVCAの勝訴)

とは言え、ゴタゴタを嫌う出版社はリスクを下げるために、作品の掲載を見送ったりしている用です。
二年ほど前にセンター試験の過去問集を見た時、「この作品は著作権者の事情で云々」と書かれた空欄が挟まっていたのは、こういう事情があったわけですね。

それにしても、このJVCAのサイトを見てもらえれば解るのですが、彼らは本当に金と訴訟のことしか言及していません。
JASRACでさえ、各種の文化事業を行い、自分たちの活動が文化のためであるというアピールを行っているのですが。

まあ、この団体については、他の点についても色々指摘されているページがありますので、良ければどうぞ。

別に、この団体所属の作品が教科書等に掲載されないようになり、結果として読まれなくなって消えていくのはどうでもいいのです。ですが、おかしな判例やロビー活動による法改正が行われれば、禍根は日本の文化全体に及びます。

グーグルのサービスにしても、書籍の文章に触れる機会が増えれば認知度が上がり、常識的に考えて売り上げだって上がります。

とかく権利者団体は「リスペクト」などと軽々しく口にしますが、作品を一番リスペクトしていないのは、彼らではないのでしょうか?
だって、明らかに彼らは、作品を金儲け(あるいは生活)の道具としか見ていないのですから。

引用され、転載され、利用され、いつまでも、何度も、頻繁に触れられる事は、正にリスペクトそのものの筈です。

ロミオとジュリエットを上演している団体は、著作権料など払いません。彼らは、シェイクスピアをリスペクトしていないのでしょうか?

芥川龍之介を読んでいる読者は、芥川龍之介をリスペクトしていないのですか?

ベートーベンの曲を演奏するオーケストラは?レンブラントの画集を本棚に並べている人は?

違法コピーで作品を入手しているユーザーですら、時間や記憶領域や手間を、その作品に対して投入しています。

彼らの主張は、とてもユーザー、つまり顧客であると同時に民主主義国家では権力者そのものである相手の、共感を得られるものになっていません。

結局の所、「金を払う」と言う行為はユーザーが支払うコスト、あるいはリスペクトの一部でしかありません。それをしない・そこに至らない者を敵認定して切り捨てていっても、金の卵を産む鶏の雛を絞め殺す事にしかならないでしょう。

そして、鶏が生む「金の卵」とは、出版社や権利者の小銭だけではなく、それを享受する国民あるいは世界全体の、文化水準でもあるわけです。

だからこそ、彼らの叫ぶ(JVCAは叫んですらいませんが……)「文化」の言葉に、共感する事はできません。


ところで、この件については、作家の佐々木譲氏が凄く納得の出来ることを書いています


もっと過激に言うなら、別に出版業界が消えて無くなっても文章を書く人間は消えないだろうし、音楽業界が消えて無くなっても音楽が奏で続けられるのは、間違いないわけですよ。

どうせ現在だって、それだけで食っていける人間などほんの一握りなわけですし。

30年前なら関連業界=発表のためのインフラでしたが、今ならネットがあります。
例えば明日出版業界が消えて無くなって二度と復活しなくても、文章を発表する場は残り、評価するシステムは普通に出てくるでしょう。

それが、はてななのかニコニコなのか2chなのかAMAZONなのかは知りませんが。
現在でも、インディーズバンドがiTunesで音楽を売ることは、普通にできるわけですし。

現在商業と同人を分ける最大の能力差である編集機能にしても、需要があれば供給が為されるでしょう。

それは、間違いなく現在の出版社ベースの物とは異なった文化になるでしょうが、少なくともオルタナティブではあるわけです。

あとそもそも、現行制度の維持を叫ぶけど、現行制度じゃクリエイターにお金が行っていないじゃないか、と言うのも指摘しておくべきでしょう。

あまり全方位で喧嘩を売るような事を続けていると、戦線縮小と撤退をし損ねて、かつての映画産業の二の舞を演じるのではないかと思いますが。

著作権関連のエントリーはこちら

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