2009年06月29日

絢爛たる特異点 『アッチェレランド』 感想

アッチェレランド
アッチェレランド

ガチンコのサイバーパンクSF、アッチェレランドを読みました。

「アッチェレランド」とは、音楽用語で「段々速く」の意味だそうです。

その表題のとおり、物語は2010年代、ほんのすぐ先の現在とほとんど変わらない世界から始まり、すさまじい勢いで加速していきます。

ただし、主人公の一族(正確には、ほんの三世代)が常に主人公として登場し続ける事で、加速する世界の中には確固たる視座が提供され、スムーズに読み進めることが出来ます。

以下各論。

何しろ、その加速ぶりが本当に凄いのです。
最初の2010年代は、単純な甲殻類(ロブスター)のアップロード(電子的コピー)が成し遂げられた程度で、サイバー化も精々「凄く便利な携帯端末」レベル。スペースシャトルはノロノロと飛行を続け、あと数十年は月に人も立たないだろう、と言われている世界です。

ところが、電子化と演算物質(コンピュートロニウム)の進化が徐々に加速し、2020年代、2030年代と時を経るにつれ、間違いなく連続する物語世界でありながら、現在とはかけ離れた時空へと読者は誘われていきます。

この未来図が、本当に活気に溢れ、あらゆるものが質量とエネルギーを基準に経済化され価値づけられていく、余りに賑やかな物なのです。
この辺の絢爛豪華さは、正にサイバー「パンク」の面目躍如でしょう。多くの矛盾や住みにくさをはらみつつも、その魅力は圧倒的な運動量で迫ってきます。

勿論、この時代にも、音楽著作権を巡るマフィアとの泥沼の争いや原理主義者達の抵抗、アメリカの財政破綻やEC(EUから回帰)の老獪な政治状況と言った、現在と地続きの問題が重要なキーとなることで、暴走しがちな未来予想図の手綱がきちんと握られています。

そして気がつけば読者は、人類という地球環境に縛られてきた「非効率」で「保守的」な種族は完全に敗者となり、宇宙における生態系のニッチを確保できるか、という所までつれて行かれるわけです。

とは言え、非常に漫画的というか親しみやすいガジェットによって構成された世界は、決してニューウェーブSFのように意味不明ではありません。
物語を通して影の主役であり続けるネコ型知性体「アイネコ」。法体系の隙間をくぐって木星圏で反映する「リング帝国」の美少女女帝(主人公の一人)。ルータとP2Pネットワークの概念で語られる宇宙の状況。空き缶型宇宙船に詰め込まれて、異星知性の構造体へと向かう電子体達。

いずれも、冷静に考えると恐ろしく非人間的な世界を描くに当たって、良くクッションの役割を果たしています。

まあ、物語の最後に出てくるロブスターが作った代物については、多分ギャグだと思うのですが。

そう言った加速する世界の様子と同時に、フェルミのパラドックス(wikipedia)に対する回答の提示という一大テーマをきちんとこなしていることが、この作品を優れたSFとして際だたせています。

加速する知性化と言う作品テーマから導かれる必然として、進化した知性は恒星間空間に出ていかない、と言う結論は、(作品内の首尾一貫性という意味で)非常に説得力があります。

経済性を基盤とする生存競争には確かに違和感を感じないわけではないのですが、進化とは結局環境内で如何に効率的にサイクルを回せるかの競争な訳で、実は凄く正しい理屈にも思えます。

最終的に、銀河団の大構造にブレイクスルーを迎えた知性がいることを示唆して物語は終わりますが、これも実に良いタイミング。結構厚い本ですが長すぎず、かといって端折ったと言う感想も抱かせない、巧みな構成でした。

と言うわけで、かなり面白い作品でした。
欲を言えば、文庫で出して欲しかった所ですが。やめ時が見つからない本は、持ち歩きやすい形態でないと苦労します。
今回も、鞄に入れていて帯を破ってしまいましたし。


なお、何故か小飼弾が解説を書いてるんですが、これは本当にひどい代物です。
どう見ても、この人日本語版は愚か原文もマトモに読んだか疑わしいです。何しろ、序盤の主人公の設定以外で、内容に触れた文章がまるでないのですから。

出版社は、こうやって彼のBLOGで取り上げてもらえれば売り上げに資すると思ったのでしょうが、もうちょっと作品に愛を注いで欲しいものです。
まるで、映画を公開する時に、話題作りで芸能人に吹き替えをさせるようなものですから。

もっとも、本作がクリエイティブコモンズで公開されているという事が解ったのは、僥倖でしたが。
ちなみに、以下から全てDLできるようになっています。

http://www.jus.uio.no/sisu/accelerando.charles_stross/sisu_manifest.html

かなり、シンプルな文体なんですね。


タグ :SF読み物

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