2009年07月01日

教師という強者 「鈴木先生」第7巻

鈴木先生 7 (7) (アクションコミックス)
鈴木先生 7巻

まず、この漫画の批評ならここが欠かせないでしょう。

武富健治『鈴木先生』(紙屋研究所)

確かに、面白い作品だと思うのですが、傑作とまで言えるかというと、どうかと思います。どうにも、価値観の多様性をテーマにしながら、鈴木先生の一部の(全部の、でないのは評価すべきポイントですが)「正しさ」は、公理として担保されている感じが、好きになれません。
リンク先が言っている鈴木先生自身の正論への攻撃は、あくまで限定的と思えるのです。

以下詳細。

今回私が驚愕したのは、鈴木先生の以下の台詞です。
生徒から、避妊指導に効果があるのかと問われた時のセリフですが……

「統計を持ち出して強く訴える必要が差し当たってないからだ」

そして、他の社会科学的な事実関係・教育の前提も無視したまま、話は進みます。

これらは、若年出産という「社会問題」が何故社会問題として認知されるようになったか、そして先生達が一所懸命やっている避妊指導が何故必要なのかを語る上で、欠かせない部分です。

教師という「機関」(行政学の用語で、組織のコマ程度の意味)が、個人としてその正しさを信じるかはともかく、把握しておかねばならない前提です。

「何故生でやってはいけないのか」は、社会的・経済的問題として、散々語られていることなのです。

真面目な話、↓くらいは把握しておくべきでしょう。児童福祉が貧困を極めるこの国で、若年出産して子どもを育てるなど、社会的経済的自殺行為です。

子どもの最貧国・日本 (光文社新書)
子どもの最貧国・日本


あげくに、生徒に向かって「お前達」の問題として、大部分の若年出産者が子どもをきちんと育てられなかったから社会問題となった、などと言うのは、何をかいわんやです。
大部分が「できない」のは、「できない」理由・前提があるからで、だからこそ「できない」事に突撃して玉砕することがないように、教育・指導が行われるのです。


後半に入って出てくる足子先生のエピソードが非常に面白い事が、モヤモヤが一層高まります。
この作品、性の問題になった瞬間に、鈴木先生が言う常識とはやや異なる論理が前面に出すぎて、一気に価値観が硬直してくるようです。
特に、前の巻で出てきた「未成年でも子どもを育てる方法などいくらでもある」と言うセリフには、本気で腹が立ちました。
若年出産による貧困の再生産と言う、社会における大問題をスルーして、性の問題を語るなどあり得ないでしょう。

例えば、前の巻に、避妊指導を渋る鈴木先生に保護者がぶち切れるシーンがありますが、これは本来当然なのです。鈴木先生が逆ギレ気味に叫ぶ「正論」は、何も解決しません。

本当なら親から、「そんな事になったら、うちの子どもの生涯年収はどうなるのか」「生まれた子どもに良い教育が施せるのか」と言う突っ込みが、出ないわけがないのです。
そして、そんな純粋に経済的な問題の前に、鈴木先生の言う覚悟だの心だのの戯言は吹っ飛んでしまうのです。

そもそも、第1巻の段階で、倫理や常識などは出身階層や教育に大きく依存する、と言う問題を保護者の口から言わせているのです。そこを突っ込まないで、どうするのでしょうか?

生徒の個性や価値観の違いを生み出す最大の要因は、「生まれ」と「育ち」です。それがほとんどフィルタリングされずに集う公立中学を舞台に、そこに一切触れないのは欺瞞です。

一応前巻で、問題児童が集まるクラスのカオスを書いたりはしていましたが、サラッと流していましたし。


私が「鈴木先生」に今一感動できないのは、結局全てを「心の問題」で片付けるような、悪い意味での文系・戯言の匂いがしてならないからだと思います。

学校という閉鎖空間での人間関係や、鈴木先生の女生徒に対する葛藤は面白いのですが、事が現実の社会問題とリンクした瞬間に、作者の限界が赤裸々に露呈してしまうのです。

科学的なデータ、統計的な数値と言った物が学校を含む社会の前提としてあり、心も価値観も、それに乗る上部構造でしかない。
繰り返しますが、これは1巻の段階で登場人物も言っていることで、作者も解っているはずなのですが……

おかげで、この巻の「説教臭さ」はとんでもないレベルに。
生徒に囲まれ、裁判にかけられながらも、鈴木先生はあくまで先生で、正統性をを担保され、教室の強者の座に居続けるのです。

と言うわけで、段々と読むのが辛い部分が増えてきました。
今回未完の足子先生のエピソードにしても、教師のオーバーワークや中央からの指示の混乱と言った問題にスポットを当てられるかどうかで、評価が分かれるでしょう。

またぞろ心の問題で処理したりするようなら、教育現場を語る資格を疑うところです。

ただ、足子先生が壊れるきっかけが鈴木先生の事件による、足子先生が担当する性教育の「妨害」(結果的には間違いなくそうです)であるという点は、期待の持てるところです。
ここをてこにして、これまでたまったモヤモヤを吹き飛ばすような、鈴木先生の基盤を揺さぶる本当の議論が戦わされるようなら、この作品は本当に良作になるでしょう。

一応、期待して次巻を待ちたいと思います。

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