2009年05月26日

彼らを電波と罵るべきか? 表現規制問題について

表現規制反対の論陣を張る人々の中で、イクオリティ・ナウやラジカルフェミニストについての言及が増えてきています。

文化的ガス室としての「二次エロ」禁止論(創作物は理論で性的虐待は実践か?)
イリュージョンの『レイプレイ』バッシングが相当酷いことになってきた。(3)(創作物は理論で性的虐待は実践か?)
限定なきフェミニズム(表現の数だけ人生が在る)


これ自体は、非常に興味深い指摘です。ですが、この流れで、相手の基礎となる思想を攻撃する事を優先するのが戦術として正しいかは、考える必要があると思います。
(極端な例は2chのニュース速報あたり。そこまで行かなくとも、相手の無茶苦茶さが明らかになるにつれ、挑発に乗る形で攻撃的な言説は増えつつあります)

「何色であれ、ネズミを捕るのがいい猫だ」と言う言葉がありますが、世の中の認識として、普遍的な意見でしょう。相手のやろうとしていることを、一々出自や思想まで遡って、検証をしようとする人は居ません。と言うか、利益・不利益の問題の前では、多くの人にとってそんな事はどうでもいいのです。
思想的には相容れない公明党と共産党が、同じ支持層を奪い合っている、と言う現実など、如実にこれを示すでしょう。

今回の件について、中心となっている人々の思想や認識が突飛で受けいれがたいものであったとしても、それがどの程度の問題となるでしょうか?

イリュージョンの『レイプレイ』バッシングが相当酷いことになってきた。(2)(創作物は理論で性的虐待は実践か?)

が自身で書かれているとおり、馬鹿高い理論書を読んではじめて解る「本当の目的」など、どれほどの意味があるでしょう?我々が、規制に反対してくれている共産党や社民党の「目的」など、今は気にしない(気にしても殊更に突っ込むべき事では無い)のと一緒です。
今回の論争において、その指摘は役に立つでしょうか?

我々は日々、神話や聖書を文字通り信じる人が満ちた世界で生きています。そこまで極端でなくとも、近所に住んでいる創価学会員のおばさんとも、すれ違えば挨拶を交わすでしょう。電車で隣の席に座った人は、異教徒は殺しても罪にならないと思っているかもしれませんが、気にしません。海外支社から報告を送ってくる現地職員は、終末の日に我々は地獄の日に焼かれると思っているかもしれませんが、それがどうしたというのでしょう?

我々がそれを気にするとしたら、それは彼らの信仰や思想に基づく行動が、不愉快だった時だけです。(例えば、マチェット片手に襲いかかってくるとか)そうでなければ、鰯の頭を拝もうが、木像を拝もうが、西に向かって土下座しようが気にしません。

同様に、「彼らは実は、全ての男性を精神的に去勢したがっている!」と叫んだ所で、多くの人は我々に振り向かないでしょう。そんな「真意」などどうでもいいのです。

何故なら、規制を企てている大多数の人間は、「あの団体や支持者のおかしな思想に賛同して行動している」わけではないからです。

我々の敵はおかしな思想の団体かもしれませんが、説得しなければならない・味方になってもらわねばならないのは、その団体ではありません。
その団体に乗せられ、または利用したいと思っている、現実的な政治勢力です。

そして、上で書いたとおり、「あなたの仲間は、実は狂った思想を持ってますよ」と言う事は、そう言った政治勢力をこちらに振り向かせる役には立ちません。
あたかも、穏健な制限議会開設を目指す民主化運動の保守系グループに向かって、「あなた達と一緒に活動している左派グループは、あんた達と違って完全普通選挙まで志向してるよ」と言うようなものです。答えは「だからどうした」でしかないでしょう。最終的な目的が違っても、通過点が一緒ならそこまで協力しない理由はありません。

また、相手を電波扱いしてしまった場合、周辺に集まった勢力を含めて、対話の道を閉ざすことになってしまう事にも注意が必要です。これは、毎日や産経がにくいからと言って、「マスゴミ」などと言う言葉を使って罵倒をする態度にも言えます。マスコミの全てが敵ではありません。中立的な立場で記事を載せてくれている所も沢山もあります。少なくとも、全体を怒らせ敵に回すような罵倒をしても、何もいい事はありません。

我々オタクは、弱小勢力です。数は少なく、結束はなく、浮動票の一部くらいにしか見てもらえない、政治的に脆弱そのものの存在です。

憎悪丸出しの罵り合いになった場合、世間は我々に味方してくれはしません。
宣伝戦になった場合、我々のソーシャルイメージでは、最初から誰かと戦うことなど不可能です。


そもそも、彼らの思想は狂いすぎていて、現実的な政治勢力は、そんな物が多数になることはあり得ないと言う事をよく理解しています。火を付けた団体の真意などどうでもよく、起きた火事場(今回の騒ぎ)から、どの程度の利益を回収できるかを考えているのです。

この場合「利益」とは、二つ。
一つは、不快な言論・表現を叩き潰したという功績によって、それに快哉を叫ぶ層から支持を得ることでしょう。この線で動いている相手には、何を言っても無駄です。
ですがもう一つ、「効果的な犯罪抑止政策」として「子どもを守る」と言う「利益」があります。この層にこそ我々は、訴えていかねばなりません。その方法は間違っているのだと。

そして、理性と計算(二次元の規制は、表現の自由の侵害と言うコストよりも、子どもの安全という成果が大きい、と言う計算)によって動いている層を説得するには、バックについている団体への罵詈雑言ではなく、冷静な事実の適示こそが必要になります。

言い換えると、我々は、どれだけキモくても平等に戦える、科学的言説というフィールドで戦うしかないのです。

繰り返しますが、あの団体や支持者を改心させるなど、最初から不可能です。ですが我々がやらねばならないのは、それに乗せられた勢力を引き留め、何とか理を認めてもらう事なのです。その意味でも、彼らの思想に言及するなど、最初から無駄・無益です。


特に、先日紹介したような、議員さんへの手紙戦術をとる場合、このような言説を提示するのは自殺行為です。
それは結局、フェミニズムへのヘイト言論としか受け取られません。

試しに、文面を考えてみて下さい。

「規制を訴えている団体は、男性全般を精神的に去勢しようと企んでいるのです」

こんなメールを、誰が真面目に受け取るでしょうか?

最初のエントリーでも少し言及しましたが、(過激派はともかく)フェミニズム自体はありふれて、一定程度広い範囲で受けいれられている言説です。言葉の意味自体も広いですから、完全に否定する人間はまず居ないでしょう。(男女平等、と言い換えると解りやすいです。後は、各人ごとに「平等」の定義が違うだけ)

翻って我々オタクの趣味嗜好・価値観は、絶対的なマイノリティです。
正面から「フェミニズム」を敵と認定して攻撃するのは、愚の骨頂です。印象勝負になった場合、オタクの味方になってくれる人間など、「フェミニスト」の味方になってくれる人間の足元にも及ばないでしょう。

そもそも、先ほどリンクを貼ったサイトでも言及されていますが、ラジカルフェミニズムはその名の通りフェミニズムの中でも極端な過激派です。フェミニズムが嫌いなオタクが多いためか、一緒くたのヘイト言論も見られるようになってきましたが、(リンク先のことではありません。念のため)余計な戦線を広げるべきではありません。

これはれっきとした政治活動・政治闘争なのですから、訴えかける対象はしぼり、味方になってくれそうな相手に適した働きかけと、無闇に敵を増やさない慎重さが求められます。

その点でも、現状には危機感を憶えます。

例えば、第三者が両方の意見を見て回った時、我々とあの団体のどちらを合理的・理性的と思うでしょうか?
あちこちで提示されている統計データや科学的な資料は、我々の味方をしています。ですが、女性や論者、あるいは団体に対するヘイト言説に等しい言葉が添えられて居ては、ぶちこわしではないでしょうか?

同じオタクを動員し、内部の連携を図るという意味でなら、過激な言葉や罵詈雑言も有効かもしれません。ですが、外に向けて訴え、フォーマルな意見表明も必要とされる状況下では、逆効果にしかなりません。


下に紹介するのは恩師の本ですが、ここには非常に興味深い事例が載っています。
第二次世界大戦にアメリカが参戦した時、新兵教育としてナチスの宣伝ビデオが使われました。担当者曰く「敵が何を言っているかを知れば、我々がなぜ戦わねばならないかはすぐ解るだろう」。

ブラック・プロパガンダ―謀略のラジオ
ブラック・プロパガンダ―謀略のラジオ


熱狂的な怒号は味方にとっては有効なプロパガンダですが、価値観を共有しない人間にとっては単なる狂乱でしかありません。
それこそ、みんな大好き革マル派のWEBページでも見てみれば、リアルに理解できますよね。


まとめ:
以上のように私は、今回の騒動を起こした団体や支持者の思想信条を攻撃し、罵倒する戦術は有効ではないと考えます。

彼らの真意を知るのは良いですし、目的の危険性を認識して必死に活動を行うべきでしょう。ですが、その「真意」を喧伝し、攻撃的な言説を浴びせかけるのは、有効とは言い難いです。

むしろ、「犯罪行為の誘発」「海外の常識」「大多数の意見」「欧米政府の圧力」と言った検証可能な部分こそ、積極的に意見を送ったり発言していくべきでしょう。「公明党の方は勘違いしているようですが……」のように。(勿論、事実としては勘違いではなく確信犯的なデマゴギーですが)

一見水掛け論に見えても、続けていけば多くのマトモな人は耳を傾けてくれるものです。陰謀論はいくら叩かれてもすぐに起き上がってきますが、叩かれている限り新規参入は最小限に抑えられます。それと同じでしょう。

これは恐らく非常にもどかしく、じれったい活動になるかと思いますが、罵詈雑言と宣伝が飛び交う「戦争」になった時点で、我々の負けは決まってしまうと言う事だけは、忘れないで下さい。

我々オタクの味方は少ない上、隙あらば貶めようと手ぐすねを引いているメディアは沢山あるのですから。


他の表現規制関連エントリーはこちら




同じカテゴリー(社会)の記事
 ふざけないでいただきたい/オリンピック盗用ロゴの擁護について (2015-09-07 23:00)
 色々面倒くさい憲法9条の話 (2013-01-05 20:00)
 あっはっは! (2012-06-27 22:00)
 この国、政治的に詰んだって事ですよね (2012-06-26 22:00)
 著作権が守る物/行政の公開情報を引用して逮捕と言う麗しき世界 (2012-04-17 22:00)
 誰が為の公共性/アレフ施設へのガス供給工事不許可適法判決 (2012-03-15 20:00)

この記事へのコメント
>ですが、女性や論者、あるいは団体に対するヘイト言説に等しい言葉が添えられて居ては、ぶちこわしではないでしょうか?

規制反対派のヘイト言論の実例を挙げてもらえないだろうか?
たとえば、こことトラバでつながっている鳥山仁の「王様を欲しがったカエル」では、平気で規制派のことを狂ってるだの知能が足りないだのセックスが下手だの言っているが、これはアウト?
Posted by gen at 2009年05月27日 09:32
実例を挙げつらうのは正に内ゲバになるので、あえて指摘しませんでした。

ですが、確かに説得力は低くなるのでご指摘のリンク先を例に挙げると、ヘイト言説が一部含まれて居ると思います。

全体から見ればあくまで一部ですが、第三者からの印象は、かなり難しい所でしょう。


「狂っている」については、コメント欄の追記で字義通りの意味、と宣言してしまっているのでかなり危ういです。が、本来軽く使われる言葉でもあるため、まだ言い逃れる余地があるかもしれません。

「知能が足りない」は、コメント欄のものではないですか?あるとしたら、余程丁寧に文章を工夫して印象を緩和しないと、ヘイト呼ばわりされて文句は言えないでしょう。

「セックスが下手」は、文脈的には割と穏当なのですが、そこだけ切り出された時に恐ろしいインパクトを持つので、工夫した方が良いと思います。
リンク先の文脈で言えば、下手と言うよりそもそも同意のあるセックスと言えない流れだと思いますから、そう言えば良いでしょう。

基本的に、どれも対象を「フェミニスト」や女性全般に広げていないところが、バランス感覚を示していると思います。

ですが、

>具体的には、人間の心理を扱う心理学や、社会学、歴史学などの厳密な数学的証明が求められないジャンルです。そして、こうしたジャンルの研究者の大半は、脳の調子が正常でない、もっと具体的に説明すると統合失調症、及びにその前段階の性格的な特徴であるスキゾフレニック・パーソナリティー(統合失調症的人格)の持ち主が、陥りやすい「歪んだ」理論を頻繁に提示します。

のような事をサラッと書いてしまうことに、危惧を覚えます。これは、あきれるほどストレートなヘイト言説です。

気にくわない相手と気にくわない相手が属する集団を混同して、十把一絡げに人格攻撃を行うのは、余りに典型的なパターンです。

とりあえず、こんな所で勘弁して下さい。
リンク先にしても、良くまとまっているし主張の核は真っ当そのものなので、リンクを貼っている訳で。


でも、心理学・社会学・歴史学の研究者に喧嘩を売るのは本当にやめて欲しかったです。
レイプ犯罪が日本で少ないと言う事実や、ゲームが長期的には暴力性を高めないという研究結果や、歴史的に日本の性習慣は極めて奔放でキリスト教的嫌悪感とは無縁であった、と言うような事を明らかにしてきたのは、正に彼らですから。
Posted by snow-windsnow-wind at 2009年05月27日 23:06
俺は差別的表現だから止めろとは思わないね。
だいたい、差別的表現がアウトなら、女性差別撤廃条約に基づいてエロゲーを批判した(つまりエロゲーは女性差別)例の女性団体の抗議は正当だということになってしまうよ?
あなたは彼らの主張を認めるのか。
それとも、彼女らが「エロゲーは差別」だと感じたことは誤りで、本当の差別とは別にあると?
それは当人が差別と感じても差別にはなるわけではないということでもあるが、だとすれば、ヘイト言論とそうでないものを区別するための根拠はどこから来るのだろうか?

>「知能が足りない」は、コメント欄のものではないですか?

ここだよ。非文明人呼ばわりもしているね。

http://toriyamazine.blog100.fc2.com/blog-entry-206.html
1)非文明地域の出自で、写真や図像が完成するまでのプロセスが理解できない。

2)知能が一般よりも極めて低く、写真や図像が完成するまでのプロセスが理解できない。

>でも、心理学・社会学・歴史学の研究者に喧嘩を売るのは本当にやめて欲しかったです。

きちんと数学的、統計的な手法によって実証しようとしている、誠実で客観的な研究者に対して喧嘩を売っているわけではないだろう。
十把人絡げにしているのはあなたじゃないか?
まあ「歴史的に日本の性習慣は極めて奔放」というのはちょっとあやしいと思うよ。江戸時代や明治時代の姦通罪はいったいなんなのかと。
Posted by gen at 2009年05月28日 11:02
何度も書いてきているとおり、私は彼らの主張には一定の正当性(正当と世間から認められる内容)が含まれているからこそ、慎重に対応しなければならないという立場です。
そして、相手を批判し論戦をしていく上で、差別表現やヘイト言説は有害でしかないからやめとけ、と言っているわけで。
明確な線引きは最初から不可能ですが、そう受け取る人間が少ないほど良いのは当たり前ですよね。

知能云々に関する引用部分は、牽強付会な論理展開に対する皮肉の部分なので、ストレートに相手をそう呼ぶよりはマシでしょう。ですが、「余計な一言」になるので、書かない方が有効性は高いと思います。

なお、

>きちんと数学的、統計的な手法によって実証しようとしている、誠実で客観的な研究者に対して喧嘩を売っているわけではないだろう。

これは、典型的なヘイト言説のパターンです。
「俺たちは悪い黒人について話している」
「我々が憎むのは、暴利をむさぼるユダヤ人だけだ」
「排斥しなくてはならないのは、我々の文化を乱す日本移民だけだ」

一般の研究者がリンク先を読んで、「ああ、私は実証的な研究をやって居るから批判されてるわけじゃないんだ」と感じると思いますか?

加えるに、「数学的・統計的」手法は、方法論の一つでしかありません。歴史学の史料批判が典型ですが、客観的な研究を行うための手法は長年の努力で蓄積・研鑽されています。


ちなみにご指摘の性習慣については、姦通罪をはじめとする厳格な性規範というのは、上層武士階級という極一部のものでしかありません。
違式註違条例の導入を巡る諸々に典型的に現われてきますが、明治以降の「道徳」政策は、この武士階級のローカルルールを国民に浸透させるための、上からの文化革命です。要は、文明国と認められるために、西欧の規範に近い規範を押しつけて行くのです。

だから、キリスト教団体が主張する禁欲政策は、別に世界標準でも日本人にとって自明の論理でも無いと言う事を、我々は対抗言論として提示できます。
勿論これは、歴史学・歴史学者の成果です。
Posted by snow-windsnow-wind at 2009年05月28日 18:17
>明確な線引きは最初から不可能ですが、そう受け取る人間が少ないほど良いのは当たり前ですよね。

その割りには、あなたは結構簡単に他人の意見をヘイト言説呼ばわりして、やめたほうがいい、とか言うよね。
あなたの中には割とはっきりした基準があるんじゃないの?
それを語ってほしいんだが。

>これは、典型的なヘイト言説のパターンです。
>「俺たちは悪い黒人について話している」
>「我々が憎むのは、暴利をむさぼるユダヤ人だけだ」
>「排斥しなくてはならないのは、我々の文化を乱す日本移民だけだ」

あなたも同じようなことを言っているじゃないか。
「何色であれ、ネズミを捕るのがいい猫だ」ということは、裏返せばネズミを取らない悪い猫が存在するということだろう。
役立たずの悪い猫を「悪い猫だ」と言うのはヘイト言説かい?
だとすれば誉める以外の人物批評はできなくなるんじゃないか。

>ちなみにご指摘の性習慣については、姦通罪をはじめとする厳格な性規範というのは、上層武士階級という極一部のものでしかありません。

>だから、キリスト教団体が主張する禁欲政策は、別に世界標準でも日本人にとって自明の論理でも無いと言う事を、我々は対抗言論として提示できます。

「彼らの主張には一定の正当性(正当と世間から認められる内容)が含まれている」という論理でいけば、近代日本の国民たちは、奔放な性はいけないことだという上級武士の倫理(またはキリスト教的倫理)をある程度受け入れたのだから、この「上からの文化革命」「規範の押し付け」も肯定されるべきということになってしまうだろう。
奔放な性を否定しなかった江戸時代の「世間」が正しく、否定した明治時代の「世間」が間違っている、とはどうして言えるのだね?
Posted by gen at 2009年05月29日 01:39
ご指摘の部分について、私は有効性の話はしても、善悪の話はしてないと思いますが?間違っているとかいないとかの話も。

当たり前ですが、私の意見に賛同できないのなら、ご自分の基準で発言していけば良いのではないかと思います。
Posted by snow-windsnow-wind at 2009年05月29日 02:10
>ご指摘の部分について、私は有効性の話はしても、善悪の話はしてないと思いますが?間違っているとかいないとかの話も。

はて、文化の押し付けが「悪いこと」で「間違っている」と思うからこそ、歴史学の成果を使って対抗言論を構築するんじゃないのかい?
押し付けに対抗するために。
別にどうでもいいと思っているなら何もしないだろう。

>当たり前ですが、私の意見に賛同できないのなら、ご自分の基準で発言していけば良いのではないかと思います。

「世間に問う」なら、俺1人ぐらい説得できなくてどうするんだい?(笑)
Posted by gen at 2009年05月29日 03:10
あともう少し。

>これは、典型的なヘイト言説のパターンです。
>「俺たちは悪い黒人について話している」
>「我々が憎むのは、暴利をむさぼるユダヤ人だけだ」
>「排斥しなくてはならないのは、我々の文化を乱す日本移民だけだ」

「きちんと数学的、統計的な手法によって実証しようとしている、誠実で客観的な研究者に対して喧嘩を売っているわけではないだろう。」

これは人種によって差別しているのではなく、研究者としての能力で差別しているんだよ。研究者としての能力は個人の努力でいくらでも向上できる後天的なものであるのに対し、人種は個人の努力ではどうしようもない先天的なもの。
これをヘイト言説だというのであれば、無能な人間に向って無能だというのも差別だということになってしまい、もはや批評すらできない社会になってしまうだろう。
そういう考えは、小学校の運動会で「能力で差別するのはよくないから、リレーはみんな一緒にゴールしろ」と言ってる人と同じではないかな。
あなたは差別の範囲を広く取りすぎ。
Posted by gen at 2009年05月29日 07:45
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。