2015年06月20日

非常に面白い「娯楽」の理論書 『純粋娯楽創作理論 VOL.1』 感想

純粋娯楽創作理論 VOL.1
純粋娯楽創作理論 VOL.1

お久しぶりです。一般的には非常に高給かつ社会的地位が高いように思われていながら、実態は壮絶なブラックだと一部で有名な業界にジョブチェンジしまして、洒落にならない暮らしをしております。

もう、ゲームも読書も映画鑑賞もズタズタで、辛うじて定期的なTRPGプレイだけ維持している状態。と言うか良い作品を摂取しても、感想を書いたり長文をまとめたりする時間と気力が残らないんです。

とは言え、1年経ってどうにか時間もやりくりできるようになりまして、この辺で一本非常に面白かった本(電子書籍)の感想を書いておこうと思い、久しぶりにエントリーをアップします。推敲は絶対に足りていないと思うのですが、追々誤字や論理整理くらいはちょこちょこやるつもりです。いつものように。

そうそう。どう言うわけか更新停止後1年くらいから、対話でも批判でもない罵詈雑言を書き込んで行く人が増えてまして、言わば「割れ窓を修理しておく」必要を感じたというのもあります。多分、更新されなくなったブログというのは、「反撃してこない人形」に見える人達が一定数いるのでしょう。普通に考えたら、応答が帰ってくる可能性がない相手に言葉を投げかけるような無駄なことは、したくないと思うのですが……

閑話休題、今回取り上げる『純粋娯楽創作理論』は、表現規制問題で何度か目にしたシナリオライター、鳥山仁の著作です。色々物言いが鋭い人なので、不快に思ったり愉快に思ったりする人が多いでしょうが、とりあえず作品の評価とは分けましょう。

この本は、「人それぞれ」と言われることが多い面白さと言うものに定義を与え、その上で「面白い」作品の構造やどうしたらそれをコントロールできるのかというのを、解説・考察した理論書です。

例によって結論を最初に述べますと(この文章書くのは久しぶりですけどね)、「荒削りだが非常に興味深い理論書で、娯楽作品を巡る思考の手がかりになる一冊」と言った所でしょうか?

もう少し詳しく説明すると、「面白さ」の本質を、「予測していなかった=予想外の出来事が起こること」と定義し、一般的に使われる面白さ(人それぞれ、と言われる何か)の用法は作品を評価する言葉として意味がないと言う批判を行うと共に、「面白く」するための方法論や原則を提示するという内容です。

確かに、我々は良くあの作品は面白かった、あるいは面白くなかったと言い、その内容を話し合ったり「こう言う見方をすれば面白いはずだ」と言い合ったりして、作品あるいはオタクライフを楽しんでいる訳です。しかし、ここで話し合われている”面白い”に厳密な定義はされておらず、感覚的な雑談以上の議論を行うのは難しい面がありました。勿論、それでも十分趣味を同じくする友人達との会話は面白いですし、他の面(場面の美しさ・論理の一貫性・キャラクター配置の巧みさ・シナリオの終始一貫性など)についてはいくらでも議論を戦わせられた訳です。しかし、人口に膾炙することが最も多いポイントである”面白さ”については、議論の軸となる、あるいはたたき台となる理論は今までありませんでした。そこを整理し、少なくとも本論中の用語に従って議論する事が可能な”面白さ”の定義を提示して見せた段階で、この著作の意味はあると思います。
実際、著者の提示する”面白さ”によって作品を見直すと、新しい側面が見えて来ると言うか、「自分がその作品のどこを魅力的だと感じていたか」が見直せて非常に興味深いものがありました。
勿論これには、「自分があの作品を好きだったのは、著者の言う”面白さ”とは別の理由からだったのだな」と言う様な気づきも含まれます。今回は触れませんが、この辺をどう心の中で処理するかで、この著者の論に対する評価(反発)は変わりそうです。

例が若干解りにくかったり、個人的にピンと来ない(よく知らない)例えがあったりで読みにくい面もありましたが、とりあえず斜め読みでもご覧になることをお勧めします。AMAZON専売で300円ですが、プライム会員だと無料のようですし。

さて、ここで終わってはただの広告以下なので、以下は本論を読んでの感想となります。なお、2巻も出ていますが、感想は1巻についての内容だけです。

まず、もっとも多くの人が引っかかるであろう点について。
著者は、「作品から受ける快/不快」と、「面白さ」を分けて論じています。

※以下本エントリーでは、一般的な(人口に膾炙する)意味における”面白さ”をカギ括弧無しの面白さ、純粋娯楽創作理論の中で上げられている”面白さ”をカギ括弧突きで「面白さ」、と表記する事にします。

この論じ分けが、本書でもっとも反発(誤読)を受ける点でしょう。しかし、同時にこれこそが本書の最も重要な点であり、そして間違いなく(論を立てる上で)「正しい」内容です。仮に面白さを単純に快不快の問題として定義してしまうと、この言葉は「好き」と同義になってしまい、議論の軸となる共通言語では無くなり、文字通り「好みの問題」となってしまいます。当然、「この作品を面白くするにはどうすればいいか」と言った話は、意味を失うことになります。(後述)この辺、編集者でもある著者ならではの視点ではないかと思います。

問題が発生するのは、多くの人間が「面白さ」と言う言葉を、正に「作品を読んだり見たりする事によって受けた快の感情」と言う意味で用いている点でしょう。しかし、その一般的な用法は、よく考えてみればなるほど間違っています。我々は、ちっとも面白くない(カギ括弧無し:一般的な用法)物語を熱心に見るという経験を、多くしているはずですから。(著者の本文であるエロメディアなどはこの典型でしょう)
恐らく本書が反発を受けるのは、この部分の説明が足りていない(ちゃんと書いてはいるのですが、サラッとしています)からでしょう。

例えば、差別ネタやブラックな笑いが満載の作品は、しばしば「確かに面白いが、こんな物を面白がる人間の気が知れない」と言うような、矛盾した評価を受けることがあります。これは、上記台詞中に出てくる”面白い”の内、前者が本書の定義、後者が一般的な定義と言う事になるでしょう。

さて、ここをクリアすれば、本書の内容はとても説得力があり、また分析手法として優れている事が解ります。著者が繰り返し言って居るように、「面白さ」の本質がこのように定義できるなら、我々は曖昧な言葉ではなく計量的に「面白さ」を扱えるようになります。勿論、著者が言うように、売れる/売れない、読んで面白い(カギ括弧無しなので一般的表現)/面白くないは、「面白い」かどうかだけでは決まりません。しかし、それらのうちの「面白さ」という要素を抜き出して論じられれば、分析も売上予想も評論も、実り多いものになる事は間違いありません。「面白い(これも一般的用法)かどうか」と言う通常「好みの問題」で切って捨てられてしまう話の内、話として「面白い」かどうか、とその他の快不快の要素を分け、何が優れていて何が問題なのかを論じられるようになります。

ただ、著者が新しい発想で組み上げた本書は、やはりそれだけに荒削りな面を残しています。その、気になった部分についても指摘しておきたいと思います。

私が、最も疑問を憶えたのは、「面白さ」の説明について「広告やキャッチコピーには、受け手の予測を引き起こす効果があると同時に、面白さに枷をはめる役割もしている」と書かれている部分です。

確かに、広告や宣伝の内容と違う物語は、予想を外すにもかかわらず面白いと感じられない事が多くなります。しかし、それは広告宣伝だけの問題なのでしょうか?もっと言えば、そんな騙しによって見せられた作品は確かに面白くない場合が多いですが、著者の語法において「面白く」ないのでしょうか?

と言うのも、こう言った効果を使った非常に「面白い」作品は、多数思い浮かぶからです。例えば、このBLOGで散々取り上げてきたギャルゲージャンル(エントリー停止後一本もできてません……)で言えば、ハーレム学園物と見せかけて全然違ったONEやCROSS†CHANNEL 等が即座に思い浮かぶはずです。
しかし一方で、こう言った作品に激怒したプレーヤーもいましたし、実際私は最終的にギャルゲーでもなんでもなくなったAIRやCLANNAD辺りは、大嫌いだったりします。

しかし、あとから思い返すと、後者も「面白い」のです。特に、期待してプレイした過去の自分が唖然としてコントローラやキーボードを叩き付けるシーンまで含めると、見事なエンターテイメントに仕上がっています。つまり、『どんな方法であれ「面白い」物は「面白い」。しかし、「面白く」するための方法によっては、受け手は不快になる。そして、「面白さ」による"快"を方法による"不快"が上回れば、当然受け手の感想は面白くない、になる』と言う事ではないかと思います。この方が、論理が一貫して話もしやすくなると思うのですが、どうでしょう?

本書の中では、予想を裏切っても「面白く」ならない例として、広告宣伝で予想された内容と異なっていた場合に加えて、ジャンルのお約束を無視した場合などが挙げられています。しかし、これは違うのではないでしょうか?
例えば、楽しいコメディ映画と思っている所で突然うざいリア充が爆発するのと、恋愛映画だと思っている所で突然リア充(主人公)が爆発するのでは、間違いなく後者の方が「面白い」はずです。(人間が爆発するような理不尽を、後者は通常許容しません)あるいは、私が昔再放送で見たヤッターマンは、100話以上も同じパターンのお約束が続く作品でした。お約束が守られる予定調和の世界が展開することで、視聴者は安心し、「快」の感情を向けていた訳です。しかし、私が今でも一番良く憶えており、当時もっとも「面白い」と感じたのは、ヤッターマン達が戦いの虚しさに目覚め、ドロンジョ達と戦わずに引き上げた回でした。同じような事は、ほんわかした世界観が前提となる魔法少女物だと思っていたら美少女の首が飛んだまどか☆マギカなどにも言えるでしょう。また、脚本家の名前を知っていた私が、首が飛んだ時点ではそこまで「面白い」と感じていない(もっとエグイ物が来ると思っていた)が、10話冒頭で突然時間軸が吹っ飛んでループものとしての正体を現した時にもっとも楽しめた(当時の記事は論考寄りにまとめていたので書いてません。なお、ジャンルの好みがあるので、ここで感じた楽しさは「面白さ」だけではないでしょうが)というのも、典型かと思います。


以上をまとめれば、『「予想」を裏切られるのは「面白い」ので基本的に面白い(=快)が、「期待」を裏切られるのは面白くない(カギ括弧無し:不快)』と言う風になるかと思います。つまり、ここで判定されているのは快/不快であり、本書で言う「面白さ」では無い(そちらは独立した変数として、予想との関連で動く)はずです。

本書の特徴は、一般的な用語の「面白さ」を切り分け、予想外の展開から起こる楽しさを「面白さ」として狭義に提議し直した所が画期的な訳ですが、両”面白さ”の切り分けに、完全には成功していないと言う事だと思います。

なお、「期待を裏切る」は「予想を裏切る」の部分集合ですから、前者の効果が後者の効果を上回るならば、あえて選択する事は否定されないはずです。

従って、著者が書く感情移入は「面白さ」としばしば相反する、と言うのはそのとおりでしょう。感情移入は、感情移入対象が幸せになって欲しい(あるいはマゾ的に不幸になって欲しい)と言う「期待」が高まった状態ですから、それを裏切ってしまう「面白さ」は不快と捉えられてしまう場合が多くなるはずです。

しかし、以上を前提とした場合、感情移入と「面白さ」が同居可能な事も示されているはずです。つまり、読者の期待(感情移入対象の行く末)に応えつつ、その他の事象、あるいはそこに至る経路において「面白さ」を配置すると言う方法です。何故こんな話をするかというと、私はそう言う両者を満たす話が読みたいと思うからです。

私は、TRPGが大好きな位なので、感情移入はそれなりにする方です。しかし、「面白くない」作品は好きではなく、故に主人公万能型のラノベや逆に悪役万能型の悲劇は大嫌いです。実際問題、TRPGでGMをする時に(接待プレイは別として)バッドエンドの可能性のないシナリオは絶対に作りませんし、バッドエンドの可能性のない・あるいはいわゆるテンプレート(どこの、とは書きませんが)で作られた、展開固定型のシナリオは続けるのが苦痛になります。そう考えると、両者を満たすことは難しい・両者を両立させる作品の需要は少ないという著者の論は、本当なんだろうか?と思ってしまう訳です。これがある意味、私にとって一番の違和感でした。勿論、統計的に多くのデータを持っているのは著者の方なので、あくまで個人的な違和感の話です。

また、こう言うものは自己評価は当てにならず、他者から見たら私は感情移入か面白さか、どちらかにきちんとシフトしているのかもしれません。自分は、この本を読んだ時に、自分自身が面白さを重視しない(理解しない)朴念仁ではないか?あるいは感情移入だけを主眼とする(論理的思考を重視しないという意味で)ろくでもない読者ではないか?と言った自己検証を行い、多分そうではないはず…… と言う評価を下しました。以上の文章に感情的な要素が多数入り込んで居ることから解るとおり、間違いなくバイアスがかかった自己評価です。(自己評価とはそう言うものですが)

と言う訳で、どのように評価するにせよ、非常に面白く、また他者と読み合わせをして議論を戦わせるに値する意欲的な著作でした。読み込み、またこれを基にレビュー活動を行うような時間が決定的に不足しているのが残念でなりません。
いずれにせよ、興味を持った方が一人でも手にとっていただき、この作品の「面白さ」(”面白さ”と言う代物に対して著者が与え整理した定義の、意外性と有用性)を感じていただければ何よりと思います。

では、またいつかお会いしましょう。


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この記事へのコメント
アニメや漫画を見た時に、snow-windさんの考察や感想を読んで、判らなかった点が理解できたり、snow-windさんの新しい解釈を知る事ができて、物語の分析や考察の仕方について大変勉強になりました。
新しい記事が更新がされて、またsnow-windさんの感想や分析が読めて、とても嬉しいです。

感想や考察の記事、また楽しみにしています。
お仕事お忙しいそうですが、お身体気を付けて頑張ってください。
Posted by NUM at 2015年06月20日 22:27
久々にAB!の感想でも見ようと思い訪れてみたら……
ス、snow-windさん!生きてらっしゃったんですか!?(失礼)

ここの更新が止まってから、まどマギの新編が公開されたり、俺屍の続編が発売されたり、
麻枝さんが再びアニメの脚本を担当したり……いずれも貴方の感想が見たいと思うような作品ばかりでした。

それで、厚かましいお願いではありますが、まどマギ新編の感想だけでも上げていただけないでしょうか。
もうすぐ公開からちょうど2年たちますし……

お忙しい身の上かとは思いますが、ご一考いただけると幸いです。
Posted by しろ at 2015年09月27日 09:56
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