2009年09月18日

これって自滅じゃないの?「疑似児童ポルノ」摘発


「児童に見える成人女性」のポルノ映像に絡んで、逮捕者が出ました。
例によって、マスコミがセンセーショナルな表題を付けてますね。

「疑似児童ポルノ」初摘発=ヌード写真家ら逮捕-わいせつDVD頒布容疑・警視庁(時事通信)

「疑似児童ポルノ」を全国初摘発 頒布容疑で写真家らを逮捕(産経新聞)

疑似児童ポルノ:全国で初の摘発 容疑の写真家逮捕(毎日新聞)


ですが、概要は以下の通り。上記、毎日新聞からの引用です。

>少女に見える成人女性のわいせつな「疑似児童ポルノ」を頒布したとして、警視庁保安課と四谷署は17日、東京都渋谷区幡ケ谷3、写真家、力武靖容疑者(48)ら2人をわいせつ図画頒布容疑で逮捕したと発表した。(強調筆者)


はい、一目瞭然ですが、「児童ポルノ」は、何の関係もありません。


単に、陰部が映っていた図像が「わいせつ物」に該当し、逮捕された。それだけです。
ついでに、容疑者は否認しています。

>「映っているのは陰部ではない」と容疑を否認しているという。

一見して陰部と区別が付かなければ、陰部じゃなくて逮捕できる、と言う実績作りを狙ったのかな?と思いますね。実際、精巧に作られた性器の模型は今でも「わいせつ物」扱いで規制対象なので、容疑者の言葉が本当でも、有罪になる可能性があります。

しかし、児童ポルノ法は(少なくとも現行では)被害者保護を目的とする法律です。だから、「未成年に見える30歳の女性」には何の関係ありません。


閑話休題……
本題ですが、この記事表題の付け方などは、特に怒る必要はないんじゃないかと思います。
何故なら、彼らの意図は置いておいて、(センセーショナルな見出しの方が受ける、と言う以上のものではないと思いますが)これは警視庁の失策じゃないかと思うわけです。

何故か?

彼らはかねがね、「児童に見える」「悪質な」ポルノを規制すべきだ、と主張してきました。
そして、そのためには、児童ポルノ法の改正が必要だ、と叫んできたわけです。

一方、反対派は、「それは猥褻規制でやるべき事」「『被害者』がいないのだから、児童ポルノ法の範疇ではない」と主張してきたわけです。

そして今回、警視庁は、陰部(に見える何か・笑)の映っている「疑似児童ポルノ」を、現行法で取り締まれることを、自ら証明したわけです。

こう言うことをやった段階で、彼らは負けです。
何故なら、今回の事件で……

被告有罪 → きちんと取り締まれるじゃないですか。
被告無罪 → 「悪質」でないと、裁判所が言ってるわけですよね?(「猥褻物頒布」を理由に争うわけですから、無罪判決が出るとはそう言う事です)

と言う事になるからです。

ですから、これはむしろチャンスだと思うわけです。
確かに表題はセンセーショナルですが、この新政権発足の話題が多い時期。どうせ、すぐに忘れられます。また、国民の印象に残った場合でも、「悪い奴が居るけどちゃんと取り締まられた」と言う事にしかなりません。
むしろ、警視庁が話題を作ろうとして自滅した観が強いので、生暖かく見守っていればいいと思います。

警察官僚も、今は、捜査可視化法案と言う核爆弾の迎撃以外に手を回す余裕はありません。
繰り返しますが、この検挙によって、慎重論は大きな論拠を得たことになるのですから。


以下、傍論と言うか懸念。


まあ、大技として、「現行法では取り締まることが難しいから起訴猶予」と言う手を使う可能性は、ありますが。私が規制派なら、この手を取ります。ついでに、マスコミに当該映像を流させれば完璧です。「現行法では問題無い」と警察がお墨付きを与えた映像ですから、ゴールデンタイムでも流せますよ。当然、視聴者はその「悪質さ」に喫驚し、雪崩現象が起きるという寸法です。

まあ、まさか、首都の治安を担う組織が、そんなナチスまがいの宣伝工作をしたりはしないだろうと思いますけどね。さすがに、幾ら何でもそこまで腐ってないでしょ?
上で書いたとおり、そんな暇もないでしょうしね。


もう一つ、自民党が、今回の選挙におけるネガティブキャンペーンのように、イデオロギーしか売りのない政党に成り下がった場合、この辺を蒸し返してくる可能性はあります。
そうなると、本当に面倒になりますけどね。公明党が二つに増えるようなもんですから。
石破議員辺りの、残った数少ないまともな人材が党をまとめて、堅実な保守政策に回帰してくれればいいのですが……

民主党が失敗した時、政権を持っていく先が、弱小政党かイデオロギー政党かその両方兼任かしか残っていないとか、そう言う洒落にならない事態だけは避けてもらいたいもんです。それこそ、SPD衰退後のワイマール共和国みたいになっちゃいますからね。


自由からの逃走 新版
自由からの逃走 新版

「自由」な状態は、不安で不確かで不安定です。誰かが決めた良識や常識や倫理に従う事を強制された方が、悩む必要が無く余程楽かもしれません。ですが、そう言う社会になった時、次に「公共の敵」にされるのはあなたかも知れません。そしてその時、それに逆らう「自由」は失われています。

この本は古典ですが、ナチスに関する分析の中では、救いの無さでは相当なもの。何度も紹介している、ドーキンスの神は妄想であると一緒に読むと(特に、宗教の帰依の進化論的考察部分)、著者達のメッセージと裏腹に、真っ黒な気分になれるかも。



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