2010年02月28日

ソマリアとソマリランド 参考書籍紹介

カラシニコフ I (朝日文庫)
カラシニコフ I (朝日文庫)

今回は、この本↑の内容を追う事になります。
「小さな大量破壊兵器」と呼ばれるカラシニコフ銃が、いかに世界を滅茶苦茶にしているかというルポルタージュですが、最終章の舞台がソマリランド。ガンコントロールの重要性と、政府の最低限の役割について、非常に示唆に富んだ内容となっています。

朝日新聞社かよ、と思う方もいるかと思いますが、恐らくいわゆる朝日新聞的な論調とはかなりずれて来ます。これにきちんとお金と時間と看板を出した度量は、いくら賞賛してもし足りないでしょう。


ここからが本題。
アグネス・チャンが「ソマリアに行く」と言っておいて、実は「ソマリランド」に行っていた、と言う話が話題になっています。

私は、基本的にあの人は単なる宣伝塔なので、法務委員会で滅茶苦茶な理屈を振り回そうが、彼女自身は放っておくしかないと思っています。

ですが、今回の件に関しては、ある意味児童ポルノの問題よりも、はらわたが煮えくりかえる思いを味わっています。
何故か?児童ポルノに関するユニセフの問題は、「科学的証拠に感情と嫌悪感を優先させている」事です。そこに、少なくとも原理主義団体のような悪意はないと思っています。恐らく、それが子ども達のためになると思っているのだな、と。逆を言えば、そこが交渉(あるいは説得・議論)の成立可能点にもなるわけで。


ですが、今回の件については、明確な悪意と欺瞞が存在します。


まず、ソマリアとソマリランドがどう言う関係か、関連スレなどでも出ていますが、簡単に。

ソマリアは、最近一気に有名になった悪名高いアフリカの失敗国家です。一部では、失敗国家を越える「崩壊国家」などと呼ばれたりします。政府軍と非政府軍の内戦などと言う生やさしい状態ではなく、多数の盗賊団が跳梁跋扈しその中で最大勢力が便宜的に「政府」を名乗っているだけ。そんな、国家の体を為していない状況です。諸外国の援助はことごとく失敗し、一部のNGOが命がけの活動を行っています。
首都ですら治安機関は実質存在せず、政府の力が届くの精々大統領府と空港程度。NGOは傭兵(!!)を雇い、その数によって安全を確保します。銃器は氾濫し、当然ですが教育機関もインフラ整備も機能を停止し、どこから手を付けていいか解らない状態です。
唯一の希望だった国連の「和平創出型PKF」がブラックホークダウン事件として大失敗したのは、良く知られているとおり。

ここに立ち入るのは本当にキモの座ったNGOだけで、訪問するだけで現地について「語る」資格と寄付金の収集が見込めます。(何しろ、現地の生の情報を得るだけで命がけですから、信用できる援助窓口と顔をつなぐ事ができるだけでも、立派すぎる功績になります)
なお、同じユニセフの看板を背負う黒柳徹子女史は、98年にソマリアを訪問しています。(追記:彼女が行ったのもソマリランド、と言う情報があるんですが、ソースがありません。ただし、91年の独立後ソマリランドも内戦状態にあり、完全な民兵の武装解除が実現したの2002年。98年段階なら、まだ十分に危険地域と言えます)ユーゴを訪問して危うく民兵に殺されかかった事もありましたね。あれが、本物の支援活動です。他人ができない事をするからこそ、賞賛に値するのです。

一方ソマリランドは、先進国が引いた国境線ではソマリアの内部ですが、実質的には独立済。アフリカ最高のガンコントロールを実現し、治安はピカイチ。外務省の危険情報ページでは、”1991年5月 北部が「ソマリランド」と自称し独立宣言”と書かれているだけですが、アフリカとは思えないほど安全な国です。
これが国として認められないのは、単に独立を認めるとアフリカの内戦に拍車をかける、と言う判断があるため。もっとも、アフリカはあの悲惨な状況の方が先進国に都合が良いから承認しない、などと言われたりもしますね。まあ、ありそうな話ですが……


さて、これだけなら、アグネスは「叙述トリックで誤魔化して寄付金せしめるせこい奴」止まりです。ですが、事はそれだけでは済みません。
最初にリンクを貼った本で繰り返し書かれているのは、「失敗国家では、人道援助が事態を好転させない」と言う悲しすぎる事実です。勿論、難民キャンプに食事やワクチンを配れば、その場しのぎにはなります。それで救われる命は本当に多い。ですが、それだけなのです。

「政府」が機能していない所、単に一番でかい盗賊団が政府を名乗っているだけの場所に援助を送っても彼らの私腹を肥やして終了です。これは北朝鮮のピンハネなどとはレベルの違う話です。(悲しむべきか嘆くべきか、あの国は「国」の形があるだけマシなのです)何しろ、政府とは単なる盗賊団にすぎず、国家の長期的運営どころか、存続すら考えません。短期でどれだけ自分たちの利益を出すかしか考えないからです。
上記著作の中では、非常に簡潔に「兵士と教師の給料がきちんと支払われていない国は、国家とは言えない」とまとめています。まあ、詳しくは読んで見て下さい。文庫本になって非常に買いやすくなりましたし、図書館にはほぼ確実に入っているはずです。

そして、アグネスが許し難いのは、「ソマリアに対する援助」を訴えている点です。
盗賊団の群の中に援助を投げ込んでも、ユニセフが救うべき弱者は救えません。必要なのはAUなりPKFなりの軍事力で、とりあえず「政府」の存在する状態まで戻さない事には、話にならないのです。
例えば、援助物資を持ち込もうとしても各勢力に通行料を取られ、あるいは護衛(傭兵)を雇う事に金を取られ、さらには襲撃を受け、それを守るべき政府軍は公然と用心棒代を請求します。

あるいは、出自が盗賊団であったとしても、とりあえず政府としての責任を果たせる組織が出てくるのを待って、それまで援助をお預けにするしかありません。見所のある組織に軍事援助、と言うオプションは、失敗続きですが……

要するに、問題は、汚い嘘をついたという点以外に2つあります。

まずアグネスは、効果がろくに期待できない事に寄付金や資源を突っ込めと宣伝しています。ピンハネ目的と言われても、反論できないのではないでしょうか?

またその一方、ソマリランドをソマリアと同一扱いし、国際社会のろくな援助もないまま自立して国家を立て直した彼らの尊厳を踏みにじっています。大体、ユニセフはソマリランドへのワクチン支援などで大きな成果を上げているんですよ?当然ですが、「治安は良いが貧乏」と言う場所こそ、ユニセフのような組織は一番力を発揮します。それを誇るべきはずなのですが、彼らとしては「銃弾飛び交う危険地帯で援助活動をしている」と言う事にしたいのでしょうか?


最後に、これは今の所単なる邪推ですが、彼らは故意に両者をごっちゃにすることで、ソマリランドへの支援を取り付けたがっているのかもしれませんね。ソマリランドは国際的に認められた「政府」ではない(ソマリアと違って、曲がりなりにも議会が開かれ、殺し合いではなく話し合いで政治が行われているのに!)ので、援助が少なく苦労を強いられていますから。
しかし、それははっきり言って詐欺です。むしろ、ソマリランドの素晴らしさをアピールし、支援に値する(費用対効果が高い)と言う事をこそアピールすべきでしょう。このような嘘を駆使してお金を集めても、長期的には信用を失うだけのはずなのですが…… ユニセフ自身のみならず、ソマリランドの評判も。
どうも、児童ポルノ問題を見ていても思うのですが、情報操作の便利さに溺れて、初心を見失っているとしか思えません。そう言う方法は、いつか自分の首を絞めますよ。宣伝省の力量で国内統制を完璧にしたあげく、少数意見の排除された硬直した組織ができあがって自滅したナチスの例は、決して軽視するべきではないと思うのですが。



それにしても、上記の傑作ルポルタージュをものにしている朝日新聞は、きちんと批判をすべきでしょう。
現状、一般書でソマリランドに深く触れた書籍はほとんど無いはずで、「識者」として指摘する義務があるはずです。


武装解除 -紛争屋が見た世界 (講談社現代新書)
武装解除 -紛争屋が見た世界 (講談社現代新書)

まともに政府が存在しない所に援助を行うのがいかに難しく、逆効果となりうるかについては、こちらを参照。
最終章では「戦争利権としての人道援助」と言う、非常に刺激的なキーワードが出てきます。それは、以下の作者の言葉に集約されるでしょう。人道援助団体が、「政治に関わらない」と言って戦争に反対しようとしない事を痛烈に皮肉った内容です。

「NGOは何も言わなかったじゃないか。それで人道問題が起これば、その利権に群がるのか?」

少し解説すると、戦争の結果インフラ破壊や飢餓等が発生すると、その復興事業は人道援助団体が政府(先進国)から受注する事になります。
勿論、彼らが期待に目を輝かせて、戦争や失敗国家を見ているわけではないと思うのですが……





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