2013年01月05日

色々面倒くさい憲法9条の話

憲法 第五版
憲法 第五版

↑どんどん電波まみれになっていく諸々(憲法に関しちゃ、昔からあんなんですが)を見ていると、被選挙権は憲法の単位必須くらいにしといた方がいいんじゃないの?とか思ってしまいますわな。でも、単位どころか東大法学部経由国家I種合格してる元財務省のエリートがあんな状態なんで、教育って無力ですよねー。


正月だし、憲法に関する政治的な話でも書いてみますよ。ベアテ・シロタ・ゴードン女史も亡くなりましたしね。あ、馬鹿が馬鹿言ってるのはいつもの事なので、あれは割とどうでも良いです。

さて、政治系の話をする上で、憲法9条というのは色々癌でして、言及した瞬間に訳の解らない批判意見だの前提が滅茶苦茶な論だのが湧いて来る、疲労蓄積一直線の「見えてる地雷」です。

でもまあ、なんか普通に同じ方向で改正主張してる勢力が衆参両院で2/3取りそうですし、ちょっと整理しておいてもいいですよね、って話で。


ただ、この話は、幾重にも前提をおさらいしておかないといけませんので、どうしても長くなります。
と言うわけで、順を追って整理していきましょう。

とは言え、まずは全体の結論から。


「憲法改正、特に9条改正が、現在優先順位の高い案件とは思えない。コストを払って変える意味は見出せない」


なお、これとは別の問題として、憲法の規範性という物を滅茶苦茶にしてくれたという意味で、あの条項は如何なもんかとも思う部分があるですが、それはむしろ最高裁の問題なので触れません。
あと、9条以外の電波改正案については、馬鹿馬鹿しすぎるので実際に国会通過してから考えれば良いんじゃないでしょうか?くらいの勢いで真面目に論評する気が失せます。とりあえず、国民の代表が、国民およびその代表の権利を縮小する事を吹聴するって、頭おかしいんですか?としか。近代以降、自分たちこそが法律その他によって「縛られる」側だという意識が欠如しているのが、病理の本質って奴ですわな。

閑話休題、上記の結論に至る前提として、

1,9条以前の問題として、軍隊ってなあに?
2,9条は現在どう言う位置づけな?

を論じる必要があります。

と言うわけで、まず1から行きましょう。
軍隊というのは、まず第一義的に「外敵から国家を防衛する物」ではありません。なんだよ、国民を威圧し害するのが任務、みたいな左翼のたわごと言いたいのか?と思われるかもしれませんが、実はその方向性で間違っていません。(アレな人達が良く主張している、と言うのはこの際無視しておきましょう。誰が唱えていようと正しい論は正しいのです)

どう言うことかというと、軍隊というものの本質は「暴力装置」で、その意味は「域内における暴力の独占(占有)」です。これは、どんな民主的な国家でも変わりません。施行する法律を域内において守らせ、権威を維持するためには、暴力の独占は絶対に必要です。それが機能しないとどうなるかと言えば、アフリカの失敗国家を見れば一目瞭然でしょう。政府の権威は届かず、法律は無視され、治安は守られず、契約を守らせるには相手に直接銃を突きつける必要が出てきます。要するに、国家の体を為しません。

その目的なら警察でもいいじゃん、と言うのはその通りで、実は本質的な違いはありません。だからこそ自衛隊は最初「警察予備隊」と言う名で始まりました。

ちなみに、世界最初の近代民主国家であるアメリカ合衆国は、建国当初は常備の国軍を持っていませんでした。今のEUに近い13州の連合だったからですが、この常備軍を認めるかどうかで喧々諤々の議論をやって居ます。国民、そして13州にしてみれば、連邦政府という機関に暴力の独占を許すかという瀬戸際になるからです。

あと、思考実験として、世界統一政府のようなものを考えてみると、解りやすいかもしれません。外敵が存在し得ない状況において、軍隊は存在しているでしょうか?名目上の名前は変わっているかもしれませんが、内乱や革命を防止するための強度戦力は、当然必要にならざるを得ないでしょう。
例えば、絶賛修羅の国と成りつつある福岡で、ヤクザが白昼堂々組織的に軍事行動を始める状況に至れば、外国の脅威とは関係なく、警察の対処能力を超えた段階で自衛隊治安出動の運びとなるわけです。
なんでこんな事を確認する必要があるかというと、2の憲法解釈に密接に絡んでくるからです。


そして、2の現行の憲法解釈です。ここで紹介するのは政府の解釈です。その他の解釈は、実は余り意味がありません。正しいかどうかの話ではなく、実務ではこの解釈を基に運用が為されているからです。

憲法9条は、第1項で戦争の放棄を、2項で戦力の放棄をうたっています。ですが、政府の解釈では、戦争を仕掛けたり仕掛けるぞと威嚇する権利を放棄しているだけで、相手から吹っかけられたらその限りではない、となっています。まあ、妥当なところでしょう。憲法はあくまでも国家・政府を掣肘するものですから、他の国が行う事までは責任が取れないわけです。要は、宣戦布告がされれば戦争状態にはなってしまうわけで、その状態を「放棄」する事はできないわけですから。(即刻降伏せねばならない、とする解釈も当然ありますが、これは政府の解釈ではありません)

従って、論理的帰結として、2項で放棄されているのは、「上記の目的を達成するための『戦力』」となるわけです。ここで言う「交戦権」と言うのも、要するに「こちらから戦争を吹っかける権利」だと思えば良いです。

勿論、吉田茂が言っているとおり、「戦力」を厳密に解釈すれば、ただの自動車も港湾施設も、全てが「戦力」です。ですから、この規定は、「国民が『戦争を仕掛けるための戦力』と見なす物を、日本国は保有できない」と言う意味に他なりません。
当然、理論的には国民が「これは戦争のための戦力ではない」と判断すれば、核だろうが弾道弾だろうが持てると言う事になります。それはまあ、当然の話ですね。12条が言っているとおり、文言をどう規定するかはその時の国民がする事ですから。

結局の所、この条文が何を制限しているかと言えば、他と同様「政府の権限」を定めているのです。
独立権限をいい事に、天皇さえも無視して国政を壟断したあげく、ドイツ参謀本部と同じパターンで国家を滅亡に追いやった軍・政府に対し、その権限に枷をはめ、「国民を戦争に巻き込む権利」を奪った、と言うのが9条の本質です。
ここを理解していないと、この条項が国民大多数に受け入れられたことの意味を見誤ってしまいます。

政治関係の記事では口を酸っぱくして言っているとおり、近代国家の成文憲法と言うのは、何よりもまず政府に対する不信を出発点とし、その権力を掣肘するために存在します。その中で行われている現行の解釈は、左翼が口撃するほど無茶ではなく、右翼が腐すほど非現実的でもありません。

次に集団的自衛権行使ですが、これは要するに「同盟国(アメリカ)が攻撃されたときに日本も一緒に敵国を殴れるか」と言う話です。これは、政府の解釈では現行憲法では不可能となっていますが、「後方地域での支援」はこの限りではない、と言う解釈です。
要は、「同盟国を支援はする、しかし、同盟国への攻撃を口実として戦争をはじめる事は許さない」と言う事です。これ実は、実に都合の良い解釈なんですよね。同盟国に対して、「うちの国民、そう言うの許してくれてないんで」と言って正面支援は控えることで、被害を最小限に抑えつつご機嫌もうかがうと言う現行の方針に最適です。


さて、ここでやっと憲法改正の話になります。つまり、問題となるのは、

・何のために変えるのか?
・その目的に対し、憲法改正は合理的な方法か?

と言う事です。
実は、9条を何のために変えるのかという点については、明確ではありません。戦後すぐであれば、自主憲法制定のかけ声も意味があったんでしょうが、今更明治憲法みたいな欠陥品に基づく前近代国家に戻りたいと思う人は居ないわけです。そもそも、国民の多数にとって、現行の憲法は「生まれたときからあった物」で、誰が条文を書いたかという所に大した意味はありません。政治家だって、明治憲法体制の経験者は死に絶えてますしね。

そして、良く言われるのが普通の国とか矛盾を解消とか言う話なのですが、上記の通り現状は合憲と言う事になっています。当たり前ですわな。政府は、口が裂けても違憲とは言えない訳ですから。(一票の格差問題除く)

そもそも、公式サイトに掲げられてる改正案って、9条部分は追加する意味が解らない条項ばっかりなんですよね。例によって、条文の文法というか書式が一定せず、思いついたことを適当に並べたとしか思えないのですが。
辛うじて意味がありそうなのは、軍事法廷の設置を可能とする9条の2の5でしょうか?ただ、軍事法廷が必要かどうかは置いておくとして(必要性には理解を示しますが、大体においてあれは軍隊の独立性を無駄に高めてしまうので良い印象を持ちません)、正規の裁判所への上訴を妨げられないなら、意味ないんじゃないですか?

国民の権利を制限したくてたまらない、日本を中国や北朝鮮みたいな国家への憧れが明確な権利章典関連はともかく(あれは論外の代物ですが、逆を言えば彼らにとって改正する意味は明白にあるわけです)、わざわざ9条を改正する意味はあの文書からは見えないのですよね。
「壊れてない物を修理するな」は、組み換えコストが大きな国家にとって鉄則です。

それと、自衛の延長でしか発砲できないとか、そう言う諸規定は別に憲法由来の物じゃありませんから。必要なのは、関連法整備であって憲法改正ではありません。繰り返しますが、現行の解釈では、自衛隊も自衛戦争も領土保全行為も合憲です。合憲という前提でシステムが作られています。その上に乗っかっている細かな部分でバグがあるからと言って、憲法を改正しようというのは、アプリにバグがあるからOSを入れ替えようというのと変わりません。コスト感覚が欠如している、としか言いようがないでしょう。

正直、大日本帝国の亡霊に取り憑かれていた戦前派の政治家はともかく、現在の政治家がわざわざ9条の改正を企図する意味が、良く解らないです。
あと、権利関係については、あんな自殺行為みたいな改正案に国民の大多数が賛成するなら、それはそれで民主主義として一つの帰結ではあると思うんですけどね。ただ、国民には自殺する権利があるとして、無理心中に巻き込まれるこっちはたまったもんじゃないわけですが。



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2012年12月26日

「HELLSING X 上映イベント」に行って来ました

HELLSING OVA X 〈初回限定版〉 [Blu-ray]
HELLSING OVA X 〈初回限定版〉 [Blu-ray]


東京にいるのを良い事に、ヘルシングのOVA最終巻上映イベントに行って来ました。いや、嘘です。抽選が当たったので、わざわざ出張したのです。

初めて行くユナイテッドシネマ豊洲は、微妙に駅からの経路が解りにくく(携帯用のサイトにビル名が書いていなかったんです)迷いかけましたが、看板を辿って何とか到着。ロビーには、一目で解るご同輩以外に、女性やカップルがかなり居て、「ああ、クリスマスだもんな。上映が終わってから爆発しろ」とか思いながら入場したら、ほとんどがこの上映会の客で驚いたり。負けている!あらゆる意味で負けている!!

で、内容なのですが、7年越しで完結したOVA最終巻の日本一の大スクリーンを使った上映と、スタッフトーク。一応、発起人らしい中田譲治氏のプレゼントジャンケンとかもありましたが、メインはトーク。

ただ、一番期待していた「生で見る平野耕太」は、なんか締め切り直後でぶっ倒れたとかで不参加。それにしても、昼の13時に原稿が上がって、翌日早朝には雑誌が店に並ぶ日本の印刷・流通業界って凄いですな。この辺のインフラの優秀さが、逆に電子化の足を引っ張っているのでしょうが……

閑話休題、スタッフトークはかなりシュート。アニメ会のイベントに出たときのノリでオタクトークをかます倉田先生は置いておくとして(今期のイチオシは、中二病とガルパンだそうです)、キャラデザ・作監の中森良治さんはスタジオ移転に伴う混乱の恨み節がオブラート抜きに炸裂し、あげく「スタッフの力量が水準に達していなかった」と、Vガンダムの時の富野監督みたいな事を真顔で話して、プロデューサーの顔をこわばらせていました。監督も予定ずれ込みのせいでTVアニメとかぶって地獄を見たとか、そう言う話を「必死にオブラートに包もうとしているが、成功せずに恨みのオーラが透けて見える」状態のピリピリしたトークに、観客の空気も引きつったり。

あ、作品のクオリティは、大画面で見てもほぼ違和感のないハイレベルで、Blu-ray購入で全く問題無いかと思います。しかしそれだけに、業界の抱える構造的な問題がにじみ出るイベント内容で、面白かったですが愉快な気持ちで映画館を後にできたかというと正直微妙。いや、イベントにお金を払う価値は十二分にあったのです。ただ、作品の高クオリティから逆算して、「この業界あかんのやなあ」と似非関西弁で慨嘆せざるを得ないともうしますか。再三繰り返しますが、内容は凄いんですよ。作画も音楽もエフェクトも声優陣の演技も、あら探しをしてもほぼ見つからないレベル。(インテグラの台詞が何カ所かかすれたように聞こえた部分がありましたが、あれは音響のせいでしょうかね?)しかし、それを実現するのが真っ当なやり方・納期・陣容では非常に難しいというのが、正に問題の中心なわけで。話半分に聞いても、トータル黒字化は厳しいようですし。まあ、当然ですわな。納期が延びればそのままコストは倍々ゲームになるわけで。

あと、別に口止めされなかったのですが、最後の特典映像は「ドリフターズ」のアニメ化プロモ映像でした。私はヘルシングよりドリフターズが大好き(GURPS大好きですから!)なので、大喜びで見てましたが、まず原作が終わるまであと10年はかかるんじゃないかとか考えますと、気の長い話になるかと思います。
ちなみに、公開/制作予定年月日とかは、一切出ておりませんでした。

と言うわけで、サプライズのお土産を貰い、中田譲治さんと握手して帰ってきました。お土産は、原画集とランダム封入のリアル原画。

私が引き当てたのは、こんなんでした。



いやこれ、凄い当たりじゃないですか?

てなわけで、久しぶりの更新でした。
それにしても、リアル平野耕太見たかったなあ……


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Posted by snow-wind at 00:30Comments(2)アニメ・映像系

2012年12月14日

ジジイ格好良い 「人生の特等席」 感想

人生の特等席 Trouble with the Curve 映画パンフレット 【監  督】ロバート・ロレンツ

↑AMAZONはパンフレットを置くようになったみたいなんですが、劇場の二倍の値段で買う人居るんでしょうか?


どうにも外ればかり引いている今年の映画鑑賞ですが、年末にやっと当たりを引くことが出来ました。

「人生の特等席」は、クリント・イーストウッド主演の映画です。今回は監督じゃありません。
内容は、アナログな手法を墨守するメジャーリーグの老スカウトと、一人娘の敏腕弁護士の心の交流と再生を描くヒューマンドラマ。イーストウッドが好きそうな素材で、これで彼は役者引退を撤回したとかなんとか。その道のプロの引退宣言なんて、誰も信じない類のアレですが。

そして、当たりと書いたとおり、見事な人間ドラマでした。
内容は、とても平凡です。アナログな手法にこだわりながら、衰えを隠せない老スカウト。殺伐とした弁護士業界で、のし上がりつつある娘。そこに、彼らの過去と現在の問題および変化を描く、オールドアメリカンスタイルです。このスタイルはダブルミーニングで、自然豊かなノースカロライナの農場風景だったり、バーベキュー持参で住民達が集まるベースボールスタジアムだったり、ろくでなしが集うバーやダイナーと言った、いかにもなアメリカンスタイルが画面を埋めます。今回は半ば悪役として描かれる高校生スラッガーにしても、「野球でのし上がる」と言う目標が明確で実にアメリカン。どう見ても貧困層である彼の父親がスタジアムで息子を自慢して叫ぶ様子など、ベースボールというものがアメリカで果たしている象徴としての役割を、良く示しているでしょう。

加えて言えば、ラストのスタジアムで、スカウトされたヒスパニックの少年が振りかぶるその背景に、嫌味なく星条旗がはためいている演出なども。あれ、何が上手いかって、星条旗には「焦点を合わせない」所なんですよ。邦画であのシーンを作ると、絶対にわざとらしくズームさせてしまって色々ぶち壊しにするのです。(代表例:「男達の大和」で、クソわざとらしく繰り返しアップにされる艦首の菊御紋)

正直、シナリオ内容は平凡ですし、展開に奇をてらった物はありません。後述する、あからさまな欠点もあります。しかし、設定を口先だけの物とはせず、きちんと描写を積み重ねることで、全てを生きた伏線へと昇華しています。
例えば、主人公の家に積み重なるアナログ資料と娘が持参するスマートフォンとノートパソコンの対比だったり、酒場における娘と主人公の行動で説明されない設定を何より雄弁に語っていたり。ちなみに、「カサブランカ」のあれを思わせるラストで、ちゃんと活かされる小道具にニヤリ。良いですねえ。

そして何より、ダメで頑固で明らかにろくでもないジジイ達が、本当に格好良いのです。あの微妙に小汚い親父達は現実に居そうで、しかし見事なまでに現実離れした格好良さを醸し出しています。私が映画館に見に行った時、他の観客は中高年の親父さん達ばかりだったのですが、彼らの背中が煤けた感じ(人のことは言えませんが)とイーストウッドのダンディなダメさというのは、明らかに一線を画しているわけです。それがメイクなのが画面なのか立ち居振る舞いなのかその総合なのかは解りませんが、なるほど彼はどんなに小汚く老けてダメな臭いを漂わせていても、アメリカンヒーローなのだなと妙な納得をしました。


とまあ、ベタ誉めなのですが、問題もあります。堅実なだけにシナリオが見えてしまうのは仕方ないとして、娘の恋愛パートは必要でしたか?33歳で色々崖っぷちなのでハッピーエンドに必要という判断だったのかもしれませんが、仲直りする要因がどこにもないラストシーンとか、絶対おかしいですよね!?あの時点では、フレイム君が真実を知る要素はないですし、そもそもどの面下げてという話です。あの辺の展開だけは本当に無駄だったので、何とかして頂きたかった。
あと、娘との溝がきっかけになる事件も、「それ安易じゃない?」と思ったのも事実。そんなセンセーショナルな未遂事件を持ってくるのではなくて、もっと地味なすれ違いが年月とともに広がってしまった、と言う話の方が、人間ドラマに深みが出たと思います。あれは(アメリカの小説や映画は良く安易に使いますが)、演出上の劇薬ですから。

と、当然不満点はあるものの、十二分に満足でした。グラン・トリノ(当BLOG内の感想はこちら)とまでは行かなくとも、今年見た中では1・2を争う作品であったことは間違いありません。もうしばらくは映画館にかかっていると思うので、お暇があればどうぞ。




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Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)アニメ・映像系

2012年12月13日

娯楽作品としての質の低さよ/映画「のぼうの城」 感想


のぼうの城 上 (小学館文庫)のぼうの城 下 (小学館文庫)

↑原作を読んだ友人によりますと、小説としてはマトモだそうです。


平成ガメラに愛着は特になく、巨神兵東京に現るはマジFUCKとしか言いようが無かったのですが、邦画だって年に一本は見ておこうと「のぼうの城」を鑑賞してきました。

で、例によって最初に結論。

1,題材として盛り上げようがなく、娯楽作品として精度が低い
2,若手俳優の演技力に、邦画の末期症状を見る

と言うものになります。
まず話ですが、時は戦国末期。北条攻めの渦中に、石田三成率いる二万の軍勢を迎え撃つ小規模要塞・忍城!と言うこれだけ見ると燃えるシチュエーション。城主代理は「でくのぼう」略して「のぼう様」と呼ばれる惰弱な能なしですが人望篤く、彼の号令一下様々な人材が協力して防衛戦に挑む、と言う戦記物としての常道が設定されています。

ところが、実は盛り上がる設定はここまで。
何しろ、城主は既に豊臣方に内通しており、忍城の開城は規定事項。所領安堵と領民の安全は保障されており、戦う理由はこれっぽっちもありません。
加えて、石田三成は例によって舞い上がった無能な前線指揮官として描かれており、「このような強大な敵とどう戦うのか!?」と言う盛り上げもありません。
あるのは、やらなくても良い戦をやらされる農民の面の皮であり、規定事項の開城ひいては三成への軍功付与をご破算にされた副官の悲哀です。特に後者など、秀吉が実に気を使って、優秀なのに惰弱扱いされている三成を引き立てようとしている姿が描かれるだけに、涙を禁じ得ません。

そして経過も、忍城が踏ん張るが故に三成は軍功を立てられずに立場を落とし、農民は農地を荒らされて酷い目に遭い、城主は内通をご破算にされ、配下の武将達も所領安堵がご破算に…… と言う、誰も幸せにならない未来へと突き進みます。これが、「戦国という世の悲劇」ならまだ解るのですが、全ての原因は政略的に全く無意味かつ有害な開戦を決意した主人公・のぼうにあるため、カタルシスは欠片もありません。と言うか、「戦う意味のない戦い」をいくら勇壮に描かれても、広がるのは白けた風景だけです。

もっと言えば、一番の売りである攻城戦の描写は本当に冒頭だけで、あとの見所は派手ではあってもただの津波と変わらない水攻め経由堤防の決壊くらい。後半は一切戦闘が行われないまま、ラストまでダラダラと(上映時間約2時間半!)話が続きます。馬鹿殿が田楽踊って、映画として何が楽しいんですかね?


とにかく理解に苦しむのですが、こう言う題材をやりたいのであれば、それこそ上田城攻防戦をやればいいじゃないですか。戦う意味は十二分にあり、敵は精強で、しかも勝利のあとに悲劇が待つのでエピローグも完璧です。(今作の場合、お約束の「その後」説明は記録が無いだの出家だのとろくな物がありません)後述するちゃらちゃらしたイケメンが演じる問題にしても、軍記物の萌え萌えヒーローたる真田幸村であれば、割とスルーして楽しめたはずです。

とにもかくにも、キチガイが暴走して意味のない戦いをしてみんなに迷惑をかけました、と言うシナリオで娯楽作品撮ろうというのは、ちょっと酷すぎると思います。って言うか、真面目に作って下さいよ、本当に。映画って、面白いんですよ?面白かったから邦画は娯楽の王様だったし、面白いからハリウッドは世界を制覇してるんですよ。この作品、予算規模も人員も、ちゃんとかけてるじゃないですか。なんで面白い物を作ろうとしないんですか?


で、この問題をある意味端的に示すのが、2の俳優問題です。
開始十分で解る事ですが、ベテラン勢と若手の演技力には天と地ほどの差があります。演劇を見ていたら突然学芸会が混ざるような違和感です。最悪なのは甲斐姫で、時々出てくる子役並。つまるところ、話題作りに能のない芸能人を使って恥じない邦画の体質は、若手の演技力育成、ひいては演技力のある役者を育てるという発想その物を殺し、ドラマや邦画の惨状を形作っているのでしょう。
ただ、タメ口が混ざって滅茶苦茶になる脚本や、明らかに演技ではなくて素で喋っているだけの台詞を修正しない監督にも、問題はあるかと思います。特撮屋は画面をいじくりさえすれば「映画」ができると勘違いしている、と言うどこかで聞いた悪口も、ひょっとして当たらずといえども遠からずなのかと思ってしまいます。


勿論、全く悪いだけの映画ではなく、津波その物のような水攻めの描写(あれはイチャモンつけられて公開延期になったと言うのも解ります。同意できると言う意味ではなく、あの津波を想起せざるを得ない迫力があったので)や城攻めの手順を見せる緒戦の描写、長々と説明される秀吉の計画など、良い部分も沢山あるのです。しかし、肝心のメインストーリーはかくのごとしで、メインの若手役者もあの始末。しかも、最後のポイントは、その秀吉の地固めに感心すればするほど、戦略をたたき壊すのぼうがキチガイにしか見えなくなる諸刃の剣。

やっぱり邦画は見なくていいや…… と言う感想を抱きながら、映画館を後にしました。どうにもこうにも、やるせない話です。



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Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)アニメ・映像系

2012年12月11日

良質ショートショート 『独創短編シリーズ 野﨑まど劇場』 感想

独創短編シリーズ 野﨑まど劇場 (電撃文庫)
独創短編シリーズ 野﨑まど劇場 (電撃文庫)


野﨑まど(常用外漢字のためか、ネット書店だと「野崎まど」)は、メディアワークス文庫で変わった小説ばかり書いている作家です。基本的に、適度に関節を外したユーモアと堅実な文章・展開、そしてラストの超展開が毎回のお約束でしょうか?
オチで頭を抱えながら、「いや、SFマガジンで紹介されていたことを思えば……」と唸る羽目になった死なない生徒殺人事件小説家の作り方が典型ですが、一方ksmrの表紙が釣りになりきれず「お約束」に落とし込む過程で安っぽさを拭えなかったパーフェクトフレンド
などを見ると、色々方向性を試そうとしている物と解釈して「注目」カテゴリに放り込んであった作家です。

そして今回の「野﨑まど劇場」ですが、これは電撃magazineの連載に書き下ろしと没原稿を合わせたショートショート集です。上記のように、方向性の幅が広がると面白く成りそうだと思っていたので、本屋で見かけて即購入しました。

そして内容ですが、本当にバラバラ。「ああ、こう言うのSF作家は好きだよね」と言いながらやや目線を逸らしたくなる冒頭の『Gunfight at the deadman city』に始まり、「これ没の理由は『SFだから』じゃないだろう」と言いたくなる『ビームサーベル航海記』なんかが外れの部類。イラストは釣りだろうと思ったら、一周回ってもの凄く最近のラノベっぽくなった『森のおんがく団』や、ネタとしてはGunfight~と同じ方向なのに話芸で魅せる『苛烈、ラーメン戦争』が当たりの部類。同じ没作でも、オチを二段構えにした所が上手くもあり瑕疵にもなっている(部分的に同じネタを二度繰り返しているため)『第二十回落雷小説大賞 選評』や、よく解らないラノベ的変化球を外すと本当にビックコミックで読み切りで違和感のない(編集者がそう言う風に書いてます)『魔法小料理屋女将 駒乃美すゞ』など、色々な試行が一定の効果を上げており、読み応えがありました。あ、ショートショート集なので、読破所要時間は極めて短くその意味では読み応えはありません。

なお、没小説では「そのネタ絶対電撃向けじゃねえよ」感が題名からにじみ出る『電撃妖精作戦』の妹キャラが素晴らしいので、是非スピンオフで小説を書くべきです。自称硬派SFファンで、本棚でイーガンの後ろにデュラララを隠している腐女子という設定は、ごく狭い範囲のファンを獲得できると断言しましょう。
でも、それなら頭の中の妄想は普通のじゃなくて、ディック×ハインライン(ヘタレ攻め)とかであるべきじゃなかったかと思います。(参考資料:作家の項)

とまあ、玉石混淆は短編集の常なので気にならず、むしろ変わった石と楽しい玉の混在する、良質なショートショートでした。この調子で、色々な作品を物にしていって欲しいと思います。


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Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)読み物

2012年11月26日

余りに出来の悪いSF 山田宗樹 『百年法』 感想

百年法 上


例によって、SFマガジンのリーダーズダイジェストで紹介されていたので興味を持った一冊です。

出版社のキャプションによれば「SF巨編」と書いてありますので、その様に扱って感想を書きたいと思います。まあ、瀬名秀明が言っているように、「SFじゃない」と言う言葉ほど不毛な評論はありません。あれは、単にジャンルを狭めるだけです。
要するに、悪口を言うなら正々堂々と、「このSFはクソつまんない」と言った方が解りやすいだろうと、そう言う話でございます。

さて、この作品の設定ですが、二次大戦で核爆弾を6発落とされて壊滅した日本が舞台。
その後日本はアメリカからHAVIと呼ばれる不老技術を提供され、復興を果たします。しかし、人間が永遠に生き続ける事を懸念した政府によって、この技術で不老化した人間は100年後に死なねばならないという法律もセットで導入。
そして、時は2048年。最初にHAVIを受けた人間が死なねばならない時がやってきた物の、当然反発は大きく……

と言うような導入になります。もの凄く突っ込みたい部分が大量にあるものの、話としては面白くなりそう、と言うのがファーストインプレッションでした。
ところが、話は全く面白くならないまま、むしろ矛盾と強引な展開・設定を積み重ねて収束することになります。

結論を先に書きましょう。

1,SF設定が破綻しており、展開が滅茶苦茶になっている
2,行政・法律関係の理解がなっていない
3,つまるところ、ディテールが圧倒的に不足している

1ですが、HAVIは一種のレトロウィルスで、テロメアの劣化を防ぎ細胞を永遠に若く保つという設定です。これ自体はどうと言う事のないお約束設定です。精神は老化していくという話にしても、神経細胞の新生を加速するわけではないようなので理屈はつくでしょう。(とは言え、どうも作者は「精神が老いる」と言う事が脳細胞に物理的基盤を持つ、極めて形而下の問題であるという基本認識がないようで、折角の設定は埋め殺しです)

まあ、括弧内の話はとりあえずスルーするとしても、最悪なのはラストの展開です。途中から、原因不明の多発内臓癌患者が激増している、と言う伏線が張られてます。こんな物、HAVI技術の欠陥以外に展開はあり得ないのですが、どう言う事なのか予想ができませんでした。何故なら、「年齢性別職業などと一切関係なく発生している」と言う説明がされていたからです。
ところが、最終的にこの病気は予想どおり「HAVI技術の副作用」と説明されます。しかも、なんと「この病気によって、HAVIを導入した人間は16年以内に全員死ぬ」と言うとんでもない話までセットでついてくるのです。ところがなんと、「何故HAVI導入後100年以上経って顕在化したのか」「何故発症率が激増するのか」の説明は、一切ありません。
それどころか、「HAVIを導入してからの年数と発症率は関係ない」とまで明言されます。ええと、数学じゃなくて算数の範囲だと思うんですが、「他の属性にかかわらず発症率が一定」と言う事は、100年前と現在と発症率は変わらないと言う事です。そして当然、「16年間で全員死ぬ」は全くもってあり得ない話になります。
年間発症率をNとすると、16年後の生存率は (1-N)^16 に過ぎず、これで全滅するならHAVI導入16年後に導入者は全滅していなければおかしいことになります。

って言うか、国内の疫学調査はともかく、海外でも同じ現象が起きているなら一発で種は割れるわけで、あの世界の公衆衛生当局は一体何やってたんでしょうね?気づかなかったなら気づかなかったで、ちゃんとその原因を設定して描写しましょうよ。

こんな、根幹も根幹の設定で何も考えていないような文章を出されて、感動しろと言われても「アホか」としか言いようがありません。


さて、次は2。
あのですねえ、今時「馬鹿な国民と理想に燃える愛国的で完璧な官僚」なんて言う対比像、書いてて恥ずかしくないんですかね?行政が巨大であるが故の非効率や官僚という物のセクショナリズム、そして「自分達が一番国益を考えている」と言う傲慢から来る問題点は、欠片も指摘されません。
と言うか、なんか指摘されてるのですが、物語は一貫して彼らに寄り添い続けます。
いやあ、本当に意味不明なんですが、あのアホ首相がやらかした劇薬のおかげで、独裁体制のディストピアが出来上がったわけですよね?そもそも、導入時に百年法の法案書いたのは官僚だろうとか、お前等100年何してたの?とか、突っ込むべき所は死ぬほどあるのですが。

大体、基本設定として、HAVIが導入されてるのに「医療費が激増して国民健康保険が破綻」とか、へそが茶を沸かすんですけど。医療費を馬鹿食いする老人がいないのに、健康保険が破綻するわけねえだろ!!いや、よっぽど保険料安くしてたとかなら破綻するでしょうが、それってHAVIとは全然関係ないですし。

そして、あんな基本的人権どころか近代国家の基礎理念(主権者たる国民を、国家は自由に殺せない)突き崩す百年法なんて言うトンデモ設定、必要ないんですよ。と言うか、百年法で誤用されている「生存権」を、字義通りに解釈すれば良いだけなのです。

※作者が基本的な調査すら行わなかったことが1ページで明らかになってるんですが、「生存権」と言うのは「国家に保護を求める権利」です。具体的には、「健康で文化的な最低限度の生活」を求める、つまりは生活保護を受ける権利です。「国家に殺されない権利」は「人身の自由」と言いまして、あの法文はありえません。

どう言うことかと言えば、100年経ったあとは、生活保護を受ける権利も健康保険を受ける権利も無くせばいいのです。そう言った「国家に対する権利」を失えば、あそこで描写されていた「HAVIを受けた国民が生き続けることによる弊害」は一掃されます。政治の老化が問題なら、選挙権に限って失効させればいい。いきなり命その物を取りに行くとか、頭がおかしいとしか言いようがないでしょう。

大体、「老いない人間が定年にならずに居座るせいで競争力を失う企業」とか、お笑いも良い所。だったら、それに変わる企業が勃興するだけでしょう。そう言う新興企業が出てこない土壌があるとしたら、それはHAVI云々の問題ではありません。当たり前ですが、老化した企業が競争力を失うことと、国全体が衰退することは全く別です。こう言う所だけ、無意味に官僚視点ですよね。競争力を失った企業を保護することと、産業を保護することを混同して法体系を滅茶苦茶にするのは、官僚の十八番ですから。

あ、そうそう。アメリカにおける百年法施行時に大統領が「建国の理念」を持ち出して国民を説得した、と言うエピソードは、幾ら何でもあり得ませんよ。あの国の建国理念は「国家なんぞ信用しない」です。徹底した三権分立も、フリーダムな地方自治も、憲法が保障する武装権も、つまりはそう言う事です。参考文献が「君主論」「ローマ人の物語」となんかフランスの政治体制についての本だけ、という段階でお察しくださいですが、もうちょっと何とかならなかったんですか?

せめて、民主主義というシステムが、理想云々ではなく「利害関係者を漏れなく参加させられる」「独裁よりも長期的に見てマシな政策が出てくる」と言う事実によって、競争の中で生き残ってきた合理的なシステムである、と言う理解は必要だと思うのですよね。でないと、逆説的に、民主主義の欠陥や独裁制が有効な局面に関する描写にリアリティが無くなりますから。
官僚的専制って奴は、本当にろくでもない事になるんですよ。戦前の大日本帝国における遠心分離状態や、官僚(参謀本部)の独立性が国を滅ぼしたドイツ帝国が、一番解りやすいですが。


そして、結局の所、こう言った問題は全てディテールの不足に起因するのです。
物語序盤、2048年の停滞した日本を描き始めたときは、結構上手く行っていました。しかし、以後物語が変わっても社会の別の面を切り取る登場人物は増えず、しかも内面描写をされるキャラクターは全員が全員理性的。と言うか、そうでないキャラクターはどうでも良い形で退場させられ、多面的に変容した社会を描写することができていません。
加えて、あれだけ外国がどうこうと言っているのに、外国側の視点どころか人物も出てこないのは、失笑ものでしょう。
「小松左京を目指したけど話にならなかった」と言う評価で、ほぼ間違いないと思います。


正直導入は面白かったですし、色々面白くなる余地はあったと思うのですが、こう言う壮大で綿密な考証が必要な物語は、向いていないんじゃないかと思います。
別に馬鹿にしてるわけではなく、史実に舞台をとって、その中で生死観の話とかを書けば、普通に出来の良い小説になると思いますので。
例えば、傲慢で卑小で人情家の牛島大統領とか、物事を勝ち負けで割り切る女性工員(前半)とか、かなり魅力的に描けてたりしますしね。

それにしても、ラストの展開は発端から解決策(人口9割減ったら行政の前提が変わるよ。そして、行政官の育成が16年じゃ足りない?数週間の研修で専門家面して技官に馬鹿にされてる官僚がうぬぼれんな)まで含めて本当に滅茶苦茶で、正直ウンザリした、としか言いようがないのですが。




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2012年11月18日

アニメ PSYCHO-PASS #06 「狂王子の帰還」 感想



PSYCHO-PASS サイコパス VOL.3
PSYCHO-PASS サイコパス VOL.3

↑最初が2話収録、2巻以降が各3話収録らしいので、この話からDVD3巻と。



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EVA観に行っていた&余りのガッカリぶりに気力を吸い取られ、視聴が遅れました。サイコパス第6話「狂王子の帰還」の感想です。


冒頭はノイズ混じりのグロ画像ですが、これをきっかけに咬噛は監視官から執行官に落っこちたわけですね。やはり、この世界では割と簡単にサイコパス認定されるのでしょう。本来、監視官は上がりにくいことをもって任命されているわけですから。
一回堕ちると回復しても札付き扱いというゼロトレランス社会ですから、サイコハザードは最悪国家の基盤を揺るがす概念となるわけですね。実際には犯罪係数が簡単に上がってしまうにも関わらず、「閾値を超えるのは極めて少数」であるという欺瞞の上に予防原則を振り回しているというのが、このディストピアにおける一番根っこの設定と言う事になります。


従って、この上司が宜野座にかける「疑わしきは罰する」式の圧力も、あの社会においては極めて常識的な認識と言う事になるわけです。


そう言う社会であれば、禁酒法も通ろうってわけですね。いや、言わば常識として誰も飲もうとせず、結果市場も崩壊していると言う事でしょうか。昨今の表現規制(胸くそ悪くて最近はだいぶエントリーが途絶えていますが、関連エントリーはこちら)の進み方など見ていると、逆にリアリティがあって嫌ですねえ。

しかし、一方で不健康の極みであるカップ麺などは残っているのですよね。それとも、あれも監視官ならではの特権なのか、あるいは極めて健康的な中身に変わっているのか?


さて、今回は舞台が女子校なわけですが、背景としての機能は3話の工場と同じ閉鎖社会。解りやすく嫌らしい舞台の選び方で、私としては丁寧な語り口に好感が持てます。夕日の美術室のシーンで、背景の窓が狭い格子状で露骨に牢獄をイメージさせる辺り、露骨ですよね。勿論何度も続けられれば飽きるわけですが、今は「点」としての事件を連ねて、後に描き出される全体像への布石とする段階ですから、構わないでしょう。


さて、ちゃんと以前の事件をあとから引っ張り出して伏線として使うのは、やりっ放しではなく○。基本ですけど、こうやって個々の事件を本筋に結びつける効率的な作劇法は、蔑ろにした瞬間恐ろしく話が散漫になっていきますから。
取り調べ2時間がかかるという言い訳も効きますし、この辺は刑事物の面目躍如でしょうか。過去の事件にこだわり続ける老刑事、と言うステロタイプは、やっぱり使い勝手が良いですねえ。(紙のファイルってどうよ?と言う話は置くとして)
ところで、取調過程が可視化されているだけ、このディストピアは現在よりマシですね。


さて約1/4を消化したところで黒幕が姿を見せ、物語はまず最初の山へ、と言う所でしょうか?
現時点だと、マキシマはあくまでもシステムを逆利用して暗躍(サイコパス診断から、犯罪者となり得る人間をピックアップしているらしいですから)しているように見え、あくまでもシステムの寄生虫・裏利用者です。これは、ここからいくらでも話を拡げていける入口ですから、今後が楽しみですね。

では、また来週。



タイタス・アンドロニカス シェイクスピア全集 〔6〕 白水Uブックス

↑お約束として、劇中に出てきたタイタス・アンドロニカスの載ってる本でも貼っときますが、古い戯曲の台本って死ぬほど退屈なので、読む人は頑張ってと言う感じ。筋はともかく、翻訳やテンポがねえ……




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2012年11月17日

また逃げるのですね 「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」 感想

Shiro SAGISU Music from“EVANGELION 3.0”YOU CAN(NOT)REDO.
Shiro SAGISU Music from“EVANGELION 3.0”YOU CAN(NOT)REDO.

↑前作「破」(当BLOGの感想はこちら)と違って、サントラどころかBlu-rayすら買う気は起きませんね。



気がつけば瞬く間に三年が過ぎ去り、ヱヴァンゲリオンも映画三作目の公開と相成りました。
いやあ、本当に期待してたんですよ。上記感想のとおり、破は本当に面白かったですから。だからこそ、予約開始日に、公式サイトが落ちていることを確認するや強引に劇場窓口に駆けつけ、初回の切符を確保する程度には諸々を犠牲にして鑑賞したのです。

しかし、内容は本当にどうしようもない物であり、最悪の気分で劇場を出ることになりました。旧劇場版で学んだ「映画は一人で観に行くな。大外れしたときに、誰かと語り合えれば最悪の気分が楽しさに転化できる」と言う教訓を、何故私は忘れていたのでしょう?

でまあ、一応例によって最初にポイントを書いておきますか。


1,脚本が視聴者を放置上等。と言うか、どこで楽しませたかったのか?
2,アクション映画として全くなっていない。
3,異常なまでに画面が安いのですが、一体何事?


はい、では最初から。
今回の話には、盛り上がり所がありません。最初こそ、訳の解らない状況に叩き込まれたシンジ君にシンクロしてドキドキするのですが、出てくる真相は安っぽいか意味不明かそもそも説明されないかの3パターン(複数選択)。そもそも破のラストから繋がっているのかも不明確な上に、予告編の存在は完全になかったことになっており、気分はどんどん盛り下がっていきます。

大体、14年後と言っておいて、まず視聴者が一番気になる「では世界はどうなっているのか」をまるで提示しないままピアノの練習が続くシーンなど、「引き延ばしは予告編だけにしろよ」と、ウンザリした気分になりました。
崩壊したネルフ本部や戦闘時の不思議世界描写は伏線ぽいものの、後述しますが単なる手抜きにも見え、推理を働かせると言った方向に思考を向かわせるには余りに不十分。そして、一番大きな話の流れは、勝手に思い込んで暴走したシンジが勝手に落ち込んでTV版のような根暗に落っこちるという、躁鬱病患者の病態観察みたいな代物で、全く盛り上がりません。

大体、一番気合の入ったクライマックスの戦闘が、明らかにやっちゃあかん事をやっているシンジをアスカ&マリが止めようとすると言う、まるで燃えないシチュエーション。いやまあ、その後の宇宙戦艦(ありゃあ世界から浮きすぎて笑えません)防衛戦も、翼の上でせせこましい格闘戦経由自爆テロ。楽しくないんですよ。
あげくが、破であれだけ主人公ぶりを見せつけ、視聴者に「ああ、これなら、前作のようなどうしようもないラストを回避してくれるだろう」思わせたシンジ君があんなになってしまい、ひたすら視聴者の心にストレスをかけたまま物語は終わります。今回唯一信頼した相手にやめろって言われてるんだから、槍抜くなよ!
それ以前に、各組織の目的だったり、バックだったり、基本的な部分がすっ飛ばされていて、終始何がやりたいのか不明。例えば、ネルフはあんな廃墟にあるのになんでミサト達に襲撃されないのかとか、何故シンジは14年も寝てたのかとか、鈴原がどうこう言ってるけど世界の他はどうなってるのかとか、すっ飛ばしすぎていて雰囲気で掴むしかないのも辛いところ。
つまるところ、それっぽい単語をばらまいて煙に巻き、アクション映画として物語を完結させられず視聴者相手に逆ギレした、旧劇の失敗をなぞっているわけです。要するに、「逃げ」でしょう。

いや本当、これ面白いと思って作ったんですかね?破の面白さ・サービス精神ってなんだったんでしょうか?ま~た、根性の腐れっぷりを発揮して、視聴者をシメにかかったとしか思えない迷走ぶりです。


で、2。
前作はアクションとアクションの間をドラマでつなぎつつ、段階を踏んでシナリオも戦闘も盛り上げて行くという、何かの手本のような作品でした。
しかし今回は、冒頭の戦闘こそ盛り上がる物の、以後はしょんぼり。シチュエーションを用意したように見えて、宇宙戦艦でクラゲを釣るとか、棒立ち機体がファンネルを振り回すとか、絵面が残念な物ばかりです。また、中盤は全くアクションがありませんし、そもそもクライマックスが盛り上がる内容でないのは前述の通り。
空挺降下の遭遇戦だの防衛都市機能をフル活用した迎撃戦だの、最強の敵相手の絶望的な特攻各個撃破(される側)だのと多彩で飽きさせないシーンを連発した前作から、余りに劣化しています。

と言うか、なんかやってるのが形而上の概念的闘争で、アクションで相手をぶん殴ることの快感・それで物語が動くダイナミズムが欠如してるんですよ。だから、アクション映画としては失格です。そもそもアクション映画じゃないという話については、破が人気が出たのはアクション映画として凄くできが良かったからだよ、と言う指摘に留めます。


そして最後なんですが、なんであんなに安っぽいんですか?
もう飽き飽きした地獄絵モドキのセカイ描写もそうですし、動かない絵・白い壁と青い空ばっかりの背景。極めつけは、どう見てもブルースクリーンの背景の中で、エヴァが格ゲーのデモのような見飽きた動きをしている予告編。3年間の歳月と豊富な予算をかけたようにはまるで見えず、一体何事かと額に縦皺が寄りました。多分細かいところに多くの技術が投入されているのでしょうが、本来一番派手にやるべき世界崩壊のシーンを、事もあろうに巨神兵東京に現るで代用するクソっぷり。(あの併映ってそう言う事ですよね?)
また、序や破で多く見られた、ネルフという巨大な組織が動いていることを描写するモブや設備への執拗な描写は全くなく、主人公の周囲から少しでも離れると世界が存在するのかも解らない、正にセカイ系。あの崩壊ネルフで働いてる人間は居るのかとか、いるとしてそいつ等はなんであの狂ったおっさん達について行ってるのかとか、余りに細部を蔑ろにしています。

何かもう、期待していただけに心の底からガッカリしました。こんどはきちんと描ききってくれるんじゃないかと思っていたんですが、結局の所「仮釈放中の元サイコパス」と言う監督に対する評価が正しかったことになりそうで、残念至極。ヱヴァ新劇をやりきったあとであれば、またやらかしても「でも、ヱヴァは結局ちゃんと完結させたしね」と言う扱いになったはずなんですが、まあ……



あ、そうそう。一応公正を期すために言うと、雰囲気はTV版後半・旧劇の雰囲気にかなり近いので、そっちを好きな人にはむしろウェルカムかもしれません。
私は上記の通りですが。




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2012年11月14日

アニメ版「リトルバスターズ!」 第6話感想


リトルバスターズ! 1 (初回生産限定版) [DVD]

結局の所、Keyの地位没落に鑑みて、「どうしてこうなった?」など言う疑問は愚問でしかないのですよね。
予算も手間もスタッフのやる気も、現状では引き出すリソースがないと言うだけの話なわけですから。

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第6話「みつけようすてきなこと」の、感想です。


しかし、低予算・短期間の企画でもやりようって物はあるわけで、この箸にも棒にもかからない展開・構成をフォローする必要がないのは言うまでもありません。


よく考えてみれば、こう言う個別ルート順次解決という構成を取るならば、なおさら原作の設定を一部曲げるべきだったんじゃないでしょうか?具体的には、ヒロイン達を早めに集合させると共に、トラウマ解決フェイズで他のヒロイン達に出番を与えるという方法です。
現状では、各ヒロインの描写が不足していてまるで魅力を描写できず、動画にしたことで画面の寂しさ・展開の強引さや不自然さばかりが目に付いてしまっています。

実際問題、原作で解決フェイズにヒロイン達が出てこない必然性は、特にありません。あれは、ギャルゲーという体裁を取るが為に、理樹とヒロインの一対一関係を描かざるを得ない事から来る展開でした。しかし、それが物語の瑕疵だったというのは、以前指摘したとおり。ならば、それを変えない意味はありません。
むしろ、集団としてのリトルバスターズ!の、「仲間達」の素晴らしさを謳い上げるなら、必須と言えるかもしれません。何しろ、現状ではリトルバスターズ!は気色悪い内輪ネタ集団にしか見えていないわけですから、仲間の危機に際して力を貸すという吊り橋描写でもしないと、ラストに説得力が無くなってしまいます。


このシーンとかねえ。何故出てくる(登場させる)仲間が二人だけなのか?何故二人は小毬のトラウマに触れないのか?
人数を増やすことには他にも意味があって、最初は集団に埋没しているリンが、あとのルートでは前面に出る、と言った成長を描くことも出来たはずです。その対比が、同じ構成(全員居る状態)で並べてこそ活きるものである事は、言うまでもないでしょう。

実質2話かそこらで、関係を深めもせず、唐突に意味不明のトラウマが発動し、強引なオチに持って行く。理樹の行動については、歴代Key主人公の中ではかなり筋が通っているのですが、それもわずか数分の描写。こんなのドラマじゃないですよ。
ゲームでなら、プレーヤーは、能動的にヒロインを選択しており、また繰り返されるミニゲームや豊富なテキスト量によって、ヒロインとの関係を構築しています。しかし、これはアニメで、違う手法、つまりきちんと画面で描写して見せないと話にならないのですから。


この、どう見ても「かわいそうな子の相手をして上げているお兄さん」状態の絵面とかね!何なんですか?演出舐めてるんですか?画面効果とか色調とか、仕草とか、姿勢とか、気を使うべきポイントは死ぬほどあるはずなのに……

仲間の素晴らしさが云々言っておいて、仲間がまだ揃っていないとか、そもそも「リトルバスターズ!」として活動したシーンが今まで幾つあったのかとか、なんで軟弱地盤に建て売り住宅を上空から投下するような真似しやがりますか?

本当ですね、映画でも小説でもアニメでもいいんですが、きちんと作られた作品に学んだりしないのでしょうか?とりあえず納品すりゃいいやと言う消化試合なのかもしれませんが、なるほどこう言う物を出力してしまうから、制作会社として悪評が付くんだなと嫌な納得をしつつあります。

本当に意味の解らないまま小毬ルートは終わりましたが、こりゃどこまで視聴を続行できるか難しいところですね。



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Posted by snow-wind at 22:00Comments(3)アニメ・映像系

2012年11月11日

アニメ PSYCHO-PASS #05 「誰も知らないあなたの顔」 感想


PSYCHO-PASS サイコパス VOL.2 (初回生産限定版/サウンドトラックCD付)【Blu-ray】
PSYCHO-PASS サイコパス VOL.2 (初回生産限定版/サウンドトラックCD付)【Blu-ray】

↑ディスクは、2巻以降は3話ずつ収録のようです。まあ、マシっちゃマシですけどさあ……


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今週は、時間が取れたのでかなり早期に視聴できましたよ。
と言うわけで、サイコパス第5話 「誰も知らないあなたの顔」 の感想です。


冒頭でちょっと「おっ」と思ったのは、スプーキーブーギーの声が前回と変わらなかったこと。こう言う場合だと、声だけは違う人間の物や変声機能を使って、登場人物は気づかないが別人がすり替わっていることを視聴者に示す事が多いのですが、本作はリアリティ重視。こう言う細かい部分で、どう言う視聴者を想定しているかが解って楽しいです。
この場合、解りやすさよりもそう言う「電脳的リアル」を喜ぶ層ですね。


ただまあ、基本的なプロット(ネットの価値を盲信する若者、アナログな親父世代)が異常に古くさいのは、如何ともしがたいところ。前回の工場の話で、職場のストレスが酷くなっていたネットが使えなかったから、と言うような設定と合わせて、凄くつまらない(それこそTVドラマで良く見る…… いや、映画はともかくTVドラマは全然見てないですけど)「社会にはびこるネットの闇」、みたいなところにシリーズが落とされてしまわないか不安を感じるところです。

ところで、ヒロインには、「知り合い・同級生が殺された」と言う部分を少し強調して欲しかったり。あれだと単なる協力者が死んだ場合と変わらなかったですよね。あるいは、その淡白というか的を外した反応が、何らかの伏線なのかもしれませんが。


一応、あのオタク連中はラスボスであるマキシマに利用されただけみたいですが……
しっかし、このスマートフォンのデザインも何とかして欲しかった所。トータルリコール・リメイク版よりも酷いってなあ。

でも、ファンの方がキャラクターを上手く動かせる場合がある、ってのはオタクなら結構納得できる話ですよね。
本物より筋が通っている同人誌なんて珍しくもないですし、作者自身は案外細かい整合性や一貫性に気づいていなかったりする。これは創作者である作者の価値を貶める物ではない一方、言わば創造力と運営力は別の場合が結構あるという事をすんなり納得させてくれます。
この辺、二次創作が特に活発だったエロゲ業界にいた虚淵さんのアイデアでしょうか。ドラマ畑の監督からは、出てきにくい発想かもしれません。(テレビにはアイドル業界が隣接するので、逆かもしれませんが)


さて、アクセス解析を使った犯人の割り出しは、理に適っていて「ほう」と言える内容。さすが、ログ見れる官憲はつええですねえ。
その後の、非常消防装置を作動させてホロを強制解除とか、「説明されないが想像できる」問題解決方式が実に素晴らしいです。(つまり、非常時には避難の邪魔になるホロは解除されると言う事でしょう。合理的です)


もっとも、背後関係洗わなきゃならないのに射殺はいかんだろうと言うツッコミは、厳にさせさせていただきますが。
あれは、やっぱりシステム欠陥ですよねえ。体を吹っ飛ばしても脳から「話を聞く」技術があるのかと思ったんですが、そう言うわけでもありませんし。
あるいは、猟犬と言われているように、公安局が投入された段階で、逮捕・裁判という治安警察のプロセスからは外れてるのかもしれませんね。所轄は厚労省(そう言えば、100年後も同じ形で残ってるのか)ですし、サイコハザードの概念から滅菌作戦に近いのかも。


そして、今回もっとも重要な点は、監視官と執行官の役割分担の明確化ですね。深淵を覗き込むのは執行官の役目、監視官はあくまでも「監視」官であって、犯罪捜査は二の次という設定。なるほど、グッと話が具体的になってきました。

本作は、毎回きちんと設定と描写をを積み重ね、安定して楽しめる作品に仕上がっていると思います。地味ですが、こう言う作品は大好きですので、間違いなく最後まで視聴するでしょう。
来週も楽しみです。




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Posted by snow-wind at 23:00Comments(0)アニメ・映像系

2012年11月09日

アニメ PSYCHO-PASS #04 「誰も知らないあなたの仮面」 感想

アニメ「PSYCHO-PASS #04 誰も知らないあなたの仮面」 感想


PSYCHO-PASS サイコパス VOL.1 (初回生産限定版/2枚組)【Blu-ray】
PSYCHO-PASS サイコパス VOL.1 (初回生産限定版/2枚組)【Blu-ray】
↑2話しか入ってないのにBlu-ray2枚組とか、そう言うアホな商売もうやめませんか?増え続けるディスクを、我々はどこに収納すればいいんでしょう?


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時間が無いとは言いませんが、感想をメモしながらと言うのは、それなりにまとまった時間を要求するのです。原則流しているだけの、おジャ魔女どれみ再視聴とは違ってまして……

と言うわけで、遅ればせながら"PSYCHO-PASS"第4話「誰も知らないあなたの仮面」の感想になります。


冒頭から。前から触れられていたヴァーチャルスペースについて、今回本格的な描写が出てきましたが、ログイン方式は現行技術の延長線上ですね。
あれだけホログラフが普及しているなら、一部屋丸ごとネット世界の映像を投影するような方式で行けそうな気もするのですが。


で、その突っ込みが実際にできるやんけと言いたくなるこの調査シーンですが、多分屋内システム操作の描写からして、フレキシブルにガンガン変えられる類ではないのかもしれませんね。投影機等の設定は、壁紙貼り替えるくらいの感覚なんでしょうか。
と、そう言う事は置いておいて、「ヴァーチャル投影機が存在する世界」としての犯罪捜査セオリーが描かれており、興味深いです。こう言う設定の描き方は、正にSFの真骨頂。
現在存在しない技術を描くと言う事は、その技術によって変容した社会や生活・常識その物を描いていくと言う事ですから。


ところで、宜野座のアバター、これなんですかね?ダイム(10セント)貨みたいなんですが、こんなデザインは史実にはないみたいですし。「1974」とは書いてありますが、はて?
一方、ヒロインのアバターは後頭部刈り上げなのですね。


今回の話はネットワークの発達した未来社会の図として、普通に良くできています。ありきたりですが、描写に手を抜いていないという意味で。
ただ、この「凄く美しいが、要するに便所飯」であるネット有名人の部屋とか、この辺で全部解る犯行動機とか、いかにもネット等が嫌いな世代が描く、典型的な『情報機器に依存して狭いコミュニティ内の理解しがたい要因で事件を起こす、若い世代の犯行』なんですよ。これは、ありきたりを通り越して陳腐です。踊る大捜査線でもこう言う陳腐な犯罪者像はよく使われてますし、監督の限界でしょうか。

欠点をここでまとめて書いておくと、アナーキズムを標榜していると言う設定のスプーキーブーギーが、サイバースペースもアバターも全然それっぽくなかったり、証拠を押さえられたわけでもないのにタリスマンに相手に逆ギレしてしまったりする辺りは、ちょっと酷いと言えるでしょう。

何しろ、この時代は100年未来で、死にかけの爺さん婆さんでも現在はまだ生まれていないレベルですよ。ネットのあり方とか匿名性の認識なんか、変容していない方がおかしいわけで。捜査シーンでの「異なる社会のセオリー」の描き方を誉めたばかりなだけに、鼻白んでしまいました。
ただまあ、執行官達の反応は、ヒロインが言っているとおり社会不適合者のセリフなので、割り引いて考える必要がありますが。


さて、今回出てきた連中は、1984など読みふけっては居ますが、単なるネット依存の電波さん。歪んだ体制のカウンターたり得ないわけで、ちょっと拍子抜けですね。

とは言え、この連中が何故サイコパスチェックに引っかからないのかと言う問題があり、恐らく次回からはその辺が中心になっていくのでしょう。
今回のオフ会がさ入れで示唆されたように「単に街頭チェックがザルなだけ」みたいなオチは勘弁して欲しいところですが。




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Posted by snow-wind at 20:00Comments(0)アニメ・映像系

2012年11月08日

アニメ版「リトルバスターズ!」 第5話感想



リトルバスターズ! 1 (初回生産限定版) [DVD]

新作は鳴かず飛ばずで固定ファンは漸減。過去の遺産の二次商売で辛うじて食いつなぐKeyの様子に、ファルコムやエルフと言った旧世代の市場牽引メーカー没落の歴史を思い出すのは、私だけではありますまい……


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もう遅れるのは定型になっておりますが、第5話「なくしものを探しに」を視聴しましたので、感想を。


やっぱり体操着姿のこいつ等は違和感バリバリなのですが、(特に、恭介は汗一つかかずに制服姿で白球をキャッチする姿が、キャラの象徴とも言えたわけで)まあこれはその内なれるでしょう。

問題は、例によってサッパリ動かない・動きで魅せない画面と、垂れ流される理樹のモノローグなわけですが。


そして、メンバーも揃わないうちに進行する小毬ルート。
キャラ1人ずつを先に掘り下げようという気概は買いますが、そもそも掴みが最低であったところに持ってきて、売りであるヒロイン達を出し惜しんでどうするのかと。
Angel Beats!の(当BLOG内の感想と言うか批判はこちら)1話のように、一山いくら状態で登場させるのは悪手ですが、これはもっと酷いですね。何より、仲間同士の関係性がテーマとなる作品である以上、早期からキャラ同士の掛け合いを見せる必要があるわけですから。

もっとも、前にも指摘したとおり、これは原作の瑕疵でもあります。個別ルートにおいてヒロインと理樹以外のキャラが消え、「仲間”達”が仲間を救えない」と言う構造になっているのは、設定上仕方ないとは言え友情物語として最大の欠点でしたから。


結局、シナリオとして意味が解らないのは、焦点が全く絞れていないためです。
現在進行しているシナリオは、

1,野球チーム・リトルバスターズ!のメンバー集め
2,何者かから課される「世界の謎」を解くためのミッション
3,小毬の失われた記憶

の三つになります。そして、これらは全くリンクしていない上に、1・2などは進める気があるのかも解らない代物です。これでは、視聴者の興味を持続させることはできません。
と言うか、原作がそうであったように、1をメインにしつつ2は視聴者に忘れられない程度(1話に1回セリフで触れるとか)に押さえつつ、それが終わるまで3は留保、という以外の選択肢は無いはずなのですが。

だいたい、流星群絡みの話では原作の伏線(恭介が流星群に対して呟くセリフ)を取り除いていたり、正直何がやりたいのか解りません。


この、最後の伏線に関わる小毬の願いも、何故こう言う風に出してしまうのか。現在進行しているシナリオとのリンクも演出も、まるでなっていません。


この展開からすると、個別ルートを見せつつ、一定話数ごとにリセットしてループさせるつもりかと思われます。

ただ、それをやるにしても、全員が早期に揃わないと言う問題を覆すほどの利益は見あたりませんし、小毬が最初という点に疑問も出てきます。
何しろ、↑のとおり、小毬は言動も行動も格好も、一番「キツイ」キャラですから。勿論、良く訓練されたKeyファンにとっては「いつものアレ」なわけですが、ゲームのファン層よりもはるかにマスな視聴者を相手にするアニメでは、先鋒には不的確。


あとこの構成の問題として、仲間内の関係を描く前に、ヒロインと理樹の二人の世界ができてしまって視聴者が困惑すると言うのがあります。
少なくとも、全員が揃うまで話を進めたあと個別ルートをやれば、仲間として好感度を積み重ねる描写をやってからになるので、いきなり恋愛関係になる唐突さは薄れます。


この、唐突なトラウマ発動にしてもね。
伏線を張り、感情の変遷を描き、関係性を積み重ねる期間が取れていないから、何もかもが唐突かつ急速で、視聴者を置き去りにする事になるのです。

その経緯から制作会社は散々京都アニメーションと比較されているわけですが、そりゃそうもなるだろうという感じです。
世間で言われる絵の細密度というのは「しっかり作っている」事の一側面でしかなく、お話をきちんと組み立て、劇としてしっかりとした物を作り、作品としての完成度を上げる堅実さこそ、一流と言われる制作者の条件なわけですから。

残念ですが、このアニメからは、そう言った堅実さや誠実さを、感じる事ができません。





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2012年11月06日

紛う方無きゴミ映画 「009 RE:CYBORG」感想





なんか、原作が好きな友人によりますと、初期はさすがに古すぎて辛いので、原作は中盤くらいから読むと良いらしいですよ。



ここのところ立て続けにゴミ映画を引いてうんざりしていたわけですが、またやってしまいました。

「009 RE:CYBORG」は、現代を舞台にした009の続編、と言う位置づけになります。原作は未完で終わっていますが多くのバラバラなエピソードがありますから、そんな断章の一編という扱いでしょう。

なお私、原作は昔読破しようとしたものの、序盤の古くさい絵と展開に耐えきれず投げてしまったため、原作との比較などはできません。



でまあ、いつもの通り結論から書いていきます。
ほんとうに良い部分が見あたらない映画だったので、ただの欠点羅列ですが。


1,上滑りする上に意味不明の演出
2,まとめる気もない滅茶苦茶なシナリオライン
3,上滑り以前に形を為していない脚本


まず1ですが、実はこれはぶっ壊れたシナリオの副産物ですので、軽くふれるだけにします。
とにもかくにも、シーンを盛り上げるギミックとして演出がまるで機能しません。大仰に出て来る癖に特に意味のない白い少女、全く意味のない事が最初から解っているのに派手に盛り上げようとする(当然見ている側は白けるだけの)冒頭の009 VS 005の格闘、本当にどうでも良いシーンで無意味に使われる003の能力描写……
一体何がやりたいのか解らないシーンが延々と続く映画なので仕方ないのですが、冗談ではなく眠くなってきます。と言うか、ドバイに核が落ちる前後で見事に数分意識が飛びました。リメイクのトータルリコールですら、耐えられたんですが。

でまあ、やはり問題はシナリオなわけです。
そもそも、アクション映画というのは「殴る相手を割り出す」「殴る方法を見つける」「ぶん殴る」が基本的な展開です。ところがこの映画では、殴る相手はそもそも存在せず、殴ったら気持ちいい相手(悪役)は存在するのにぶん殴れず、そもそも殴るつもりがあるのかもわかりません。
代わりに突っ込まれるのは、聖書もどき(あのバベルの塔に関すると思われた聖句が、本当にただの「もどき」だったことが解った時の衝撃と言ったら!)のクソ下らない精神論。その災害が何故今起きたのかとか、そもそもどうやったら止められるのかと言った基本的な設定は、全て吹っ飛ばされています。

これは、冗談や嫌味ではありません。ラストのSLBMは一連の災害の一コマでしかなく、あれを防いだところで次が起きるだけの、単なる戦術的局面です。(むしろジェットと009の会話で、あれを止めたら災害が止まるかもしれないと考えているらしき内容が出てきて驚きました。そんな根拠、何もないでしょ?)そして、災害を広げたと思しき会社や政府に対しては、最後までスルー。手も出しません。
あげく、「敵」の存在や正体・目的については、セルフ自己啓発セミナーで悟ってしまった主人公が特に根拠のない能書きを垂れているだけで、一切解決しません。前にもどこかで書いたと思うのですが、登場人物がたどり着いた「真実」を「事実」として作品中で運用したいなら、相応の展開が必要なんですよ。典型的には、過去の映像を幻視させたり、その話を聞いた他の登場人物がそれが正しい、と補強してみせるなどの方法です。ところが、この作品はそれを行わないため、頭のおかしい連中が頭のおかしいやりとりをしているだけ、としか言いようのない異様な雰囲気となっています。


で、この辺で3に移ると、つまるところ脚本が死んでいるのです。
全ての重要な情報は、中身のない長ゼリフと小学校の討論かと見まごうような論拠レスの抽象論開陳に終始し、映像的な演出もそれを暴くためのエキサイティングな展開も出てきません。

そもそも、冒頭で009と博士が合流したシーンからして、突然博士がアメリカ陰謀論をぶち上げ始めると言う頭の痛くなる展開でしたね。別に陰謀論をベースとするのは一向に構わないんですが(面白いエンターテイメントのパターンの一つですから)、その論拠を一切述べないところが終わっているのです。
例えば、議会があの計画にGOサインを出したという証拠として何かの会議の盗聴記録を聞かせるとか、資金の流れがどうこう言うそれっぽいチャートを見せるとか、色々有るでしょうに。おかげで始まってしばらくは、博士が黒幕なのだと思っていました。ジェットが「疑心暗鬼になっているのは大統領だけではない」みたいな事を言ってましたし。(ちなみに、あのセリフも伏線でも何でもありませんでしたね)

また、サイボーグであることがアイデンティティである各キャラクターの能力演出は、ダメさの最たる物。006はまだ良いのですが、004の指マシンガンがアサルトライフルを跳ね返すケルベロス(偽)に通用する事を強調・理屈付けせず、フランソワーズをオペレーターとして再編成しながらまるで役立てない。ジェロニモなんて、ありゃ怪力じゃなくて防弾筋肉ですよね?
いくらでもあったはずなんですよ。財団強襲シーンで、クラッキングでオスプレイ(しかしまあ、やっぱりあの機体は格好良いですね。見た目が未来的「悪役面」なのがはまっています)の2~3機たたき落とすとか。また、最後の作戦にしても、フランソワーズの計算能力があったから、SLBMをボコボコたたき落とせた、と言う話なんですよね?そうでなければ、わざわざ艦を乗っ取る理由もないわけですから。

特別な能力を持っている連中が、その力を駆使して共通の敵に立ち向かう。そんな王道のシナリオで、よくあそこまでいい加減な描写に出来たものだと、逆に感心します。

そして、「君はどこに落ちたい?」をやりたかったのかやりたくなかったのかよく解らないラストについては、もう……
あの、ジェットが009を拾う理由って、何もないですよね?009を拾っても帰還できるわけではなく、むしろ成功率が下がるだけ。(届かなかったのは、質量が2倍になったからですよね?)009の最後のセリフも意味不明で、陳腐を絵に書き思わせぶりにしとけば高尚にみえるだろうという低劣な意識が透けてみえるエピローグになだれ込む展開に、血管が切れそうになりました。
座っていたのが通路から離れた席でなければ、スタッフロールが始まる前に席を立っていたかも知れないところです。

と言うわけで、かけられた予算の大きさが逆に怒りをかき立てる見事な駄作でしたので、余程原作に思い入れがあり、どのようなものであれ関連作を見るという決意を固めた方以外は、絶対にお勧めいたしません。

とりあえず、この胸くそ悪いムカムカは、来週のEVAQが払底してくれる事を祈る事にします。




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2012年10月29日

アニメ版「リトルバスターズ!」 第4話感想



Little Busters!
Little Busters!


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終わりを見るのはいつでも辛いことだよね……
と、過去栄華を誇りながら滅び去った、あのシリーズやあの作家やあのメーカーに思いを馳せながら、第4話「幸せのひだまりを作るのです」を視聴しましたので、感想を。


とりあえず、「もういい!クドの可愛さと、散りばめられる宇宙用語にニヤニヤするだけのスタイルに切り替えてやる!」とか思いつつ見始めたところ、背中から見たシルエットの可愛く無さに憤死。
ストゥールが重すぎるんですよ。ついでに、画面に収める範囲を上半身に絞らないと、シルエットがズルッと胴長に見えてしまうんです。


前から見た絵やデフォルメ絵は可愛いんですけどねえ。ただ、一番アニメで期待されたコロコロした仕草は生きてません。と言うか、やっぱりマントがすげえ邪魔。全身出すと、ミニスカートとの食い合わせが余りに残念、と言う再発見はしたくなかったかも。


そして、展開早い。
仲良くなる描写が、絶対的に足りてないんですよ。大事な話をされるというのは、それなりの蓄積を必要とするイベントです。無駄なギャグの時間を、人間関係の描写に回していれば、だいぶマシだったはずなのですが……
リンの、痛い子描写もね。原作でのリンは、痛い子ではあってもそれを強調するような描写はリフレインまで隠蔽していた(キャラ的お約束として、露骨にはしていなかった)のですが。


逆に、短い時間でアリバイを稼ぐという意味で、止め絵連発の作画は悪くありません。とりあえず、人間関係が進展しているという描写を見せられますから。と言うか、やっぱり予算も時間も大してかけてないんですねえ。
神北爺さんの部屋の汚れ方とか、同爺さんの下手くそな声とか、本当に細部に魂がこもっていません。

そうそう、理樹のモノローグ、てめえはダメだ!


で、何と結局クドは登場しただけですか。図書館のシーンで挨拶だけでもさせておくとか、その時に読んでいる本について理樹が興味を示すとか、軽い関係性を積み重ねることも出来たはずなのに。
あと、大仰に野球やるって言い放ったんですから、その描写も入れておきましょうよ。

何かもう、「とんでもなく酷い描写はないかわりに良い点を探すのが難しい」、実に平坦な作品になってますねえ。
その平坦なまま、来週は流星群イベントのようで。これは、各ルートを個別にやってくんでしょうかね?だとすると、尺が全く足りないと思うのですが。

なんとも、良くなる展開が全然見えてこないのが厳しいです。
貧すれば鈍するんですかねえ。



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2012年10月28日

アニメ PSYCHO-PASS #03 「飼育の作法」 感想

強力わかもと 1000錠
強力わかもと 1000錠
↑関連商品(笑)。そういや、あの看板一話以降出てませんね。


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一週間経ちまして、"PSYCHO-PASS"第3話「飼育の作法」の感想になります。


冒頭のトレーニングシーンを見ると、監督はこの話を本当はマトリックスみたいな実写でやりたかったんじゃないかな、と思ったり。やたらと丁寧と言うか実写よりに作られた背景から、人物が浮き上がっている印象です。(筋肉の描写とか)
ただ、後述する巧みな演出と合わせて考えると、むしろ逆なのかもしれませんが。


香港化した東京の描写に、中国企業(作中の説明によると、中国式の表記がされている公営企業のようですが)の工場群。この辺、中国が台頭した未来の描写と見るべきか、アジアンテイストが基本となるサイバーパンクの様式と見るべきか。


一方、この工場主任の、歯を強調することで生まれる「アニメなのにアニメっぽくない事による気持ちの悪さ」の演出は上手いですね。胡散臭さのアピールと、現場がクローズドサークルであるという「嫌な」伏線の構築として、実に見事。逆説的にアニメでないとできない表現で、媒体の特性が良く把握されていると思います。


ドミネーターの設定解説は親父さんのセリフで為されるんですが、その前に「電波暗室から作業員を出して」とか「ドミネーターなら」と言った軽い伏線を張った上で説明が始まるので、唐突さや説明感覚はかなり軽減されています。


このおっさんは閉鎖系で人間関係調整役を担う「憎まれ屋」の逆みたいな存在ですが、これが普通なのはシビュラの問題か、それとも?
ちなみに、シビュラシステムの色相判定は、紫が最良で、赤が最悪みたいですね。って、Paranoiaじゃねえか!
まあ、コンピュータの収める ディストピア 最高に幸福なユートピアって事で、オマージュなのでしょう。


で、相棒の監視官はシビュラシステムの信奉者と。これは、人物配置として必然的です。執行官達はシステムによって犯罪予備軍の烙印を押されて強制労働に従事しており、主人公は当然システムの矛盾を見ていく立場。そうなれば、彼がシステムの熱烈な信奉者でなければ、キャラクターの意味がありません。こう言う基本的な配置を押さえているのは大切で、さすがベテラン監督ですね。


ただ、話自体はまどか☆マギカ3話のように大きく動くことはなく、極普通に主人公の違う一面を見せるだけで終わってしまいました。決してつまらなくは無いですし、むしろこう言う地味な展開を積み重ねて世界の描写を深めていく作品は大好きなのですが、話題をさらう派手さはないですね。

とりあえず、割と地味な作風であることが解ったので、落ち着いた展開を前提に、この荒んだ未来世界を来週以降も楽しんでいきたいと思います。

なお、今回の話は、よく考えると見かけよりエグイ設定が見えてきます。
つまり、工場主任が犯罪を隠蔽し、そのまま放置していたことの意味です。工場主任=シビュラシステムにとって、定期的に一人が適性を失って転属するのと、定期的に一人が殺される状況は、安定性の面で等価だと言う事なんですよね。そして、犯罪と言う事になれば操業停止期間や査察などの問題も出てくるので、隠蔽した方が効率的、と。
実に理に適った行動で、そう言った行動を推奨するシステムの問題点を示しているわけです。相手が合理性という怪物になってくるので、主人公達がシステムに疑問を持って正義を為そうとしても、それは全体から見れば悪になる。効率性が全てを飲み込む、サイバーパンクのディストピアとして、きちんと設定がされていると言う事だと思います。
そしてこう言う話になってくると、単純なハッピーエンドはあり得なくなるので、話の焦点をどこに持って行くか非常に興味深いですね。じっくり楽しんでいきましょう。





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2012年10月22日

アニメ版「リトルバスターズ!」 第3話感想



Little Busters!
Little Busters!


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3話にしてすでに心が手じまい・損切りムードになっている、アニメ版リトルバスターズ!第3話「可愛いものは好きだよ、私は」の感想です。



ナルコレプシーの設定は、原作でもほとんど意味を成していなかったのですが、削ると
面倒な部分が出てくるので、シーンが間抜けなのは仕方ない所。


ただ、繰り返しますが、貴い仲間達の接し方をセリフで説明するのは問題外。安い上に、セリフにされることで鳥肌が立つほど気色悪いシーンになっています。目覚めたときに仲間がいる、セリフはなくとも微笑んでみせる、そんな「本人達にとっては当然」の所作を描いてこそ、動画の意味があるのです。


逆に、原作と違う変な体操着姿は意味があるのでしょうか?いや、スカートで野球すんなと言うのは実にもっともなのですが、あの私服のままグラウンドを駆け回っている姿は、青春の楽しさ・美しさの象徴だったわけで。(体操着というユニフォームに身を包んでしまうと、「スポーツ」であることが前面に出て焦点をぼかしてしまいます)


来ヶ谷との会話シーンは、風景描写や風の感覚などは結構上手く、授学校の中庭にできるポケットのような静寂を良く表現しています。ただ、シーン全体としては散漫なんですよ。26話でまとめるならば、この辺は来ヶ谷の行動・言動や周囲の反応などで、わざとらしい伏線を貼っておくべきだと思います。何より、「今後凄いことが起きますよ」と言う引きを作っておかないと、初見の視聴者は(今後を知っている既プレイ者でも)退屈な序盤を乗りきれません。
折角前回ラストで「この世界には秘密がある」と言うフレーズを、提示したのですから。


こなれて来たのか来ヶ谷のお陰か、バトルはそれなりに微笑ましいのですが、これもまた「そんな事やって居る場合じゃない」という感想が先行。ギャグは葉留佳のパートやその前と、今回十分にやっていますから。


で、結局今回で来ヶ谷が加入したのですが、一人の加入に一話使ったとは思えないほど印象に残りません。映像や構成自体はそこまで悪くないのですが、決定的にインパクトと掴みに欠けます。来ヶ谷の破天荒なキャラを強調し切れていないというか、原作で強引だったところをそのままなぞってしまったというか。

来週は、「動く」事が一番意味を持つクドの登場みたいですが、これもなあ。ああ言うキャッチーなキャラは、それこそ一話の段階で顔見せさせておけば、ここまで新規死屍累々のお通夜ムードにはならなかったと思うのですが。

とりあえず、視聴は続行します。




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2012年10月20日

アニメ PSYCHO-PASS #02 「成しうる者」 感想


PSYCHO-PASS サイコパス VOL.1
PSYCHO-PASS サイコパス VOL.1

↑DVDですが、実売3600程度なら、割と妥当な価格に思えます。ただ、多くのオタクにとって、問題は価格より収納スペースなわけで、いい加減データで売るのを普通にして欲しい所。勿論、コピーフリーで。10年かそこらで観れなくなるメディアなど、価値はありません。

第一話の感想はこちら


さて、虚淵玄シナリオ原案のサイバーパンク"PSYCHO-PASS"第2話「成しうる者」の感想になります。


寝起きから、ヴァーチャルペットがお節介にも人の心を覗き込んで「今日も健康な精神で頑張ってね」みたいな事をわめき立てる、明るく清潔なディストピア。前回出てきた汚い路地裏とテクノロジーが支える美しい日常のコンパチは、現代SFとして定型的。違和感はありませんし、きちんと作られていると感じます。(虚淵氏の好みはもっとストレートにブレードランナーっぽいので、スタッフとバランスしていると言う事でしょう)



前回、現代っぽすぎると書きましたが、この辺の描写は未来的。服装もヴァーチャルなんですね。実物と全く区別が付かないので、シナリオに色々絡んできそう。
しかし、着替えも化粧も必要ないんですかね。楽でいいなあ。

とは言え、服装その物がどうにもレトロ(現代)なのは、やっぱり気になるところ。輝度とかボタンのデザインとか、わざとらしくない範囲で「ちょっと違う」を期待したかったところです。「SFは絵」ですから。


さて、ディストピアとしてはお約束ですが、職業等も適性から割り振られているらしいことがわかりますね。日常的に心を覗き込む国家では、そりゃ当然か。
あとは、かなりショックを受けたらしい主人公のサイコパスが濁っていない、と言う描写は伏線でしょうね。そもそもサイコパスが「具体的に何を判定しているのか」と言う、SFなら最初に提示されるべき情報が出てきていませんし。


今話ラスト近辺は、妙に冗長なセリフに載せて「良い話」っぽくまとめられているようですが、これはまだ第2話。主人公の判断や正義が、このまま話を牽引できるとは思えません。虚淵脚本がここから、どこまでえげつなく展開していくか興味深いところです。
とりあえず、主人公が流されるだけではなく一定の「強さ」を手に入れた事で、どちらに転ぶにせよ話に緊張感が備わるでしょう。楽しみです。
ついでに、3話で話を展開させると言う定型に沿って脚本を作っていると言う事ですから、次回は気を引き締めてみる必要がありますね。





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2012年10月19日

アニメ版「リトルバスターズ!」 第2話感想

Little Busters!
Little Busters!


第一話の感想はこちら

感想が遅れたのは忙しかったからであって、第一話の内容に鑑みて全然期待してできない、という事実とはとりあえず関係ありません。
と言うわけで、リトルバスターズ!第2話「君が幸せになると、僕も幸せ」の感想です。



前回ラストで登場し、今回メインとなる小毬さんは、アンチの皆様から愛を込めて「いつもの池沼」「Keyの馬鹿一キャラ」と呼ばれてらっしゃる方ですが、映像で動くとやっぱり可愛いので問題ありません。少なくとも、イライラが限界値を突破する数分間は。
と言うか、セリフを常時強制スキップする原作より、印象深くなったりとか。

ところで、色気の欠片も無くてまるで嬉しくないパンチラシーン、物理的に体が引っかかっている箇所がないっぽいのが気になりますね。


バトルは、前回よりは笑えるんですが、これって原作のシステムその他を把握しているからであって、基本的にクズみたいな尺稼ぎです。本筋を進めて、とっととメンバーだけでも揃えてしまわないと、離岸流のごとく視聴者は逃げていくでしょう。

ここでちょっと確認しておきたいのですが、原作におけるミニゲームの役割は、「仲間と一緒に過ごす日常」をプレーヤーに体験させるための小道具です。できその物は必ずしも良くありませんが、毎回数分間の時間を使わせることで、「仲間達と一緒に楽しく野球をした」「下らないバトルで騒いだ」記憶がプレーヤーと主人公に共有され、オーラスへ向けた仕込みとなります。
しかし、アニメの場合、何をやったところで視聴者はそれをプレイして「体験」するのではなく見ているだけ。つまり、見てつまらない・楽しそうに見えないバトルや野球練習など、そのまま入れるのは論外になります。

要するにこのアニメ、現状では原作プレイ者の記憶に寄りかかって、単品として面白くする工夫がまったくされていないのです。結局、KANON~CLANNADに至る、原作の面白さをアニメで高めて新規ファンを開拓するという目標を捨て、ファン向けアイテムお布施回収モデルで創られていると見られても仕方ない状況です。


例えば、アニメでリンがコミュ障でしかないのは、主人公一人称視点・主たる登場キャラはバストアップの制約から仲間だけ、のゲームに対して、画面全体で空間を描き出してしまうアニメの特性故です。
しかしそれならそれで、コミュ障レベルを許容範囲内に収めておかないと、キャラクターへの愛着は湧きにくくなります。原作の構造では、リンがコミュ障であることは「後半に指摘されることで、はじめて現実的な『問題』として認識される」事が重要でした。一旦ファンタジーの霧を晴らして、KEY的世界観では普通の「変わった奴」に、現実としての問題点を(一時的とは言え)突きつけてみせるのが、終盤における転換の意味です。

要点を言えば、物語前半では、仲間内の描写だけで話が進む事が重要なのです。そこを失敗すると、「仲の良い友人グループ」がアニメ版のように「周囲から孤立した変人集団」に化けてしまいますから。


あと、絵自体は頑張っていると思うんですが、これ↑を「リンの瞳はワクワクしていた」って言わせちゃうようなレベルの低さは……
そもそも、理樹が言葉で絵の意図を説明している段階で、最低の脚本なんですよ。原作で似たようなことをやるのは、表情パターンが限られるゲームだから仕方ないんですが、これは動画。


と言うか、小毬入団だけで一話使っちゃったんですが、これどうすればいいんでしょう?
物語の目的が不明確な状態で、面白くもないテンポの悪いグダグダを続けたら、いくら後半面白くなる、などと言ったところで誰も見てくれませんよ。既プレイの私ですら苦痛なんですから。


また、「こんな楽しそうな時間が続けばいい」とか理樹に台詞で説明させているんですが、それは視聴者が思わなければならないことであって、ちっとも面白くない物を登場人物が面白がっても仕方ないんですよ。クソつまんない内輪ネタを垂れ流すバラエティ番組と、一体何が違うんですか?

元の素材がよいので「いつかは」面白くなるはずなんですが、リトルバスターズ!は、こんな残念な形でしかアニメ化できないような代物ではなかったはずです。
本当、どうしたもんですかねえ。



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2012年10月14日

アニメ PSYCHO-PASS #01 「犯罪係数」 感想


PSYCHO-PASS サイコパス 公安局ショルダートート ブラック
PSYCHO-PASS サイコパス 公安局ショルダートート ブラック

↑よく解らないんですけど、DVDも主題歌CDもない状況で、何故かこの関連グッズだけが検索すると出て来るって言うのは、なんか意図があるんでしょうか?


さて、私はアニメ定期視聴はほとんどしない(できない)ゲームオタクなのですが、まどか☆マギカにあれだけはまった手前、虚淵先生の次回作は見ないわけにはいきません。
だったらまず過去のゲームをやれと言われそうですが、私はNitro+は肌に合わないので仕方ないのです。あそこのをやるたびに、「ゲームなら操作・選択させろ」「派手な画面効果って言っても、結局動画には負けるじゃないか」と思ってしまうので。ですから、虚淵さんが関わる「アニメ」というのは、私にとって最適解なわけですね。
「原案」って言葉の不穏さについては、ひとまず置くとして。

と言うわけで、例によって事前情報をほぼシャットアウトし、時間の工面に苦労しつつも視聴開始です。


なんか近未来っぽい、と言うのは第一報の段階で知っていましたが、冒頭は近年のARMORED COREを連想させる水没都市から。(最近流行りのパオロ・バチガルピでないのは、従来型の高テクノロジー社会であることが一目で解るからです)


で、フムフムと観ていると、すぐに飛び込むブレードランナーのオマージュ広告。大体この辺りでざっくりした作品の方向性はほぼ見えた、と言って良いでしょう。勿論、良い意味で。日本人が真っ正面から創るサイバーパンクは傑作になる。そんな期待が高まります。(ちなみに、真っ正面で無い方に行くと、クソつまんない認識論の禅問答でエンターテイメントを放棄する文学もどきのニューなんとかになるわけですが、怖いので具体例は挙げません)


デザインとしても、スタンダードな(悪く言えば古くさい)サイバーパンクで、間抜けで不気味な警察デザインのホロボットなどにも、電脳コイルのようなセンスはありません。しかし、それが悪いと言う事ではなく、定型を踏んできちんと描写していると言う事でもあります。実際、作画はきちんと手間をかけていますから。
ただ、一時停止で確認したところによると、この作品の舞台は2113年。残念ながら、100年の断絶はまるで感じられませんね。これは、十数年に留めておくべきだったのではないかと思います。現代に置き換えると、今から100年前って一次大戦より前ですよ?


閑話休題、セリフは多いものの、SFにつきものの設定説明はテンポ良くこなし、第一話として悪くありません。キャラクターも、わざとらしくない範囲で明確な描き分けをされており(中年・女・軽薄・主役)、やはり作劇の基本をしっかり押さえている様子。最初からキャラの名を憶えるなど無理なことを前提に、丁寧に考えられています。


脚本家の本領発揮の暴力・悪趣味描写は第一話と言う事で抑えめ。しかし、最初から各種の暴力を画面に見せることによって、「それが普通に起きる世界観である」と言う事を明示してアウトラインの地固めを行います。


何よりもしっかりしているのは、「売り」の柱である暴力(を描くことによるシナリオの幅)を、直接的なショックシーンと状況の理不尽さのセットで運用しているところ。


第一話では、主人公の人間的な判断が結果として良い方向に作用しましたが、これによって予想される展開の幅が確保されることになりました。特に、この段階で仲間(?)を撃つと言う事をやらせた以上、逆説的に主人公の行動に心理的障壁が生まれることになります。
全体として、冷たく悲惨な世界の中でろくでもない話が展開するのは間違いないのですが、どう料理されて展開していくかは楽しみな滑り出しと言えるでしょう。虚淵さんが「原案」なので、悲惨一本槍ではないんではないか、みたいなメタ予想も含めて。

とりあえず、来週以降も視聴を続けることにします。




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2012年10月13日

そのままだが…/劇場版まどか☆マギカ その2 「永遠の物語」 感想

ルミナス(期間生産限定アニメ盤)
ルミナス(期間生産限定アニメ盤)

↑ガンダムユニコーンみたいに、上映と同時に劇場売店でBlu-ray置けとまでは言いませんが、とても良くできているオープニングにやられてCDを買おうとした層が即入手できない生産体制は、どう考えてもおかしいですよ。


前編の感想はこちら
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さて、一週間はあっという間に過ぎ去り、劇場版 魔法少女まどか☆マギカ その2 「永遠の物語」の感想です。
例によって初日初回を視聴してきました。しかし、30分前に行ったら、駅ビル映画館に上がるエレベータの時点で行列が出来て整理人員が出ているとは。売れるのはよいことです。例え、映画の内容がひどい物だったとしても……

と言うわけで、結論から入りましょう。

1,作品として不細工その物。ラスト4話をつなぎ合わせただけ。問題外。
2,しかし、「商品」としては恐ろしく優秀。あざとさここに極まれり。


まずは、1の内容です。
前半であれだけの新作カットや映像差し替えがあったので、みなさん当然期待した事でしょう。しかし、後編に新作カットは数えるほど。しかも、109分という時間が示すとおり、基本的には本編映像を繋げて流しただけです。全体の再構成もされていませんから、話としての起伏・リズムは滅茶苦茶で、お世辞にも良くできているとは言いがたいです。

そもそもラスト4話は、終盤へ向けた最後の地固めとなるさやか救出作戦失敗の9話、設定の全てが明かされる単品としても成立する10話、エンディングの11・12話と言う風に、3つの大山が並び立っています。これをそのまま流してしまうと、一本の映画としては緩急が付かず意味不明になってしまいます。
一応、これを避けるために、9話ラストに新作カットを大量に入れて「起」として強調し、10話部分をエフェクトで総集編ぽく演出して「承」とするような演出を加えていますが、話の軸が違いすぎるので成功していません。原作で神がかった鋭さを見せた10話後の「コネクト」も、劇場版では蓄積がないので唐突なだけ。

まあ、元々総集編というのが残念な構成になってしまうのは仕方ないので、前編のように新作カット等で楽しめればいいだろう、と言う意見もあるでしょう。ところが、これがまるで成功しておらず、またファンが望んだであろうツボは見事に外されています。

どう言うことかというと、一番大きな追加部分である9話ラストのシーンは大失敗しています。ここで、ほむらとキュゥべえの会話がほむらの部屋からよく解らない墓地に変わっているのですが、画面構成上原作の「ほむらの部屋にキュゥべえが押しかけてきて語る」ではなく、「キュゥべえを捜し出してほむらが問い詰める」と言う風に変わっています。これは、意味が無いどころか有害で、絶望的な状況下でそれでも歯を食いしばって耐えているほむらにキュゥべえが追い打ちをかけに来る、と言うシーンの意味を失わせています。(従来の形式であればこそ、あのセリフ「無理に決まってるじゃないか」が効いていたのです)

何より、わざとらしい荒れた墓場は演出意図がよく解らず、「都会の闇で戦うやさぐれた魔法少女」と言う基本イメージを崩してしまっています。と言うか、シーン自体が非常に冗長。10話冒頭部分に追加された教室のシーンと合わせて、短い時間で一気に話を転がしていった原作の切れ味を失わせています。
こう言う演出変更が難しいのは解るのですが、前編で指摘した高架道路のシーンなどと合わせ、大失敗と言って良いと思います。
ニュータイプのインタビューによると、シャフトは総集編の経験がほとんどないようなので、仕方ないのでしょう。逆に、今後この経験を活かしてスキルアップして行けば、より注目株の製作会社になると思います。

逆に、総集編で追加、と聞いた時多くのファンが期待したであろうほむらループの追加描写は、驚くべき事に一切無し。細かな画面のブラッシュアップやエフェクトの追加はありましたが、描かれるループは原作10話に出てきたもののみです。確かにあそこにゴテゴテ付け足すのは切れ味を失わせるのですが、ちょっとした日常シーンやアクションをテンポを崩さない範囲で加えるだけで、視聴者の満足度は大幅に上がったはず。何故一番のツボを外してくるのか、理解に苦しみます。

一応良かったところも指摘しておくと、ラストシーン近く、謎空間で抱き合うほむらとまどかは、原作の全裸からオープニングに出てきたワンピースに変わっています。(どちらにせよシルエットですが)
原作の全裸は演出意図が不明で、戦い抜いた魔法少女服か、あるいは一個人に戻っての私服が良かったのではないかと思ったものです。(と言うか、イデオンじゃ有るまいし…… と言うね)裸は映像のインパクトが大きいので、視聴者の気を散らしてしまいますから。(お色気シーンが悪いと言っているわけではありません。水着も裸もウェルカムですが、シリアスシーンに意味なく突っ込まれると違和感が先に立ってしまう、と言う事です。大体、エロさで言ったらふわふわしたワンピースで微妙に胸が強調されていたり居なかったりするオープニングのまどかさんの方が、謎エフェクト全裸より余程エロティックです)
閑話休題、涅槃(?)で微笑むオープニングの二人と合わせて、魔法少女でもなく制服でもない、個人的な友人同士と言うのを強調する「揃いのワンピース」は、良い視覚効果を出していたと思います。エフェクトでワンピースが隠れてる意味は、よく解りませんが。


と言うわけで、全くもって誉められた内容ではなく、「要するに、本編を大スクリーンで見られると言う以上の意味は無いな。これで正規料金かよKSG!」とか思いつつ視聴を終えかかったわけです。一言「読めねえよ!」と言うしかない魔女文字で書かれたスタッフロールも、「今回は背景ないの!?」と言いたくなったエンディング(「ひかりふる」の流れる方)にも、気持ちが冷えるばかりでしたから。


ところが、です。「なんか灯りがつくの遅いけど、まだなんかあんの?」と思っていたところに流れた来年の新作映画予告編が、もの凄いできが良いのですよ。
ここまで本編やBlu-rayで見飽きた映像ばかりだったところに、思わせぶりなワードや設定の片鱗を散りばめ、内容を予想させつつ激しいアクションで画面を揺さぶってみせる。正統派の映画予告編で、もの凄い勢いで期待感を煽られ、本編の不満が吹っ飛んでしまいました。実にあざとい手法で、作品としての誠実さは下の下になるんですが、間違いなく観客は一定の満足を得て映画館を後にしたはずです。終わった後、周囲から聞こえてくる感想も、本編ではなく予告編に集中していましたし。

と言うわけで、このまどか☆マギカ劇場版後編は、ファンにとっては余り見に行く価値のない作品です。お布施と割り切って見に行くか、Blu-ray等を持っておらず久しぶりに本編が見たい/話題になっていた作品を見てみたい、と言った理由なら、足を運ぶ価値はあるでしょう。
ただ、あざとい手法で終わった後の満足度は一定程度得られますし、期待を煽る予告編が見られれば満足というファンは相当数居るはずなので、「映画作品としての不出来さとは別に」決してお勧めできない代物ではありません。
歯切れの悪い話になりますが、以上が感想となります。それにしても、Blu-rayが出ても、買うのは躊躇ってしまいますねえ。本編のBlu-rayを持っていれば、同じなわけですから。




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