2012年10月07日

アニメ版「リトルバスターズ!」 第1話感想


Little Busters!/Alicemagic(初回生産限定盤)(DVD付)
Little Busters!/Alicemagic(初回生産限定盤)(DVD付)


「リトルバスターズ!」は、私にとって、Key系では「ONE」に次ぐ傑作です。幻想の家族にすがりついて物語の精度を大きく落とした、と言う感想しか抱けなかったAIR・Clannadに対し、物語の軸を友情においてシナリオに「すじ」を通したと言う評価です。
とは言え、前に書いたコンシューマベタ移植版(当BLOG内の感想はこちら)からAngelBeats!(当BLOG内の感想はこちら)最新作であるRewrite(感想はこちら)に至るまで、関連諸作は死屍累々。もはや何も期待できない状況です。
しかし、元から傑作だった作品のアニメ化というのは最後に残った希望ですから、きっといつかは京アニあたりが良いアニメを作ってくれるだろう、と待ち望んでいたわけです。ですが、蓋を開ければ悪名高い制作会社と微妙なイメージイラストで、警戒警報が鳴り響く中視聴となりました。

と言うわけで、手間がかかるので最近記事を書くのを止めていた、アニメの一話ごと感想になります。


最初の映像は伏線の波紋からですが、舞い飛ぶ光は無し。ひょっとして、各キャラ毎のルートを描かないと言う事なんでしょうか?もし全ルートを1シナリオにまとめてしまうと、意味が無くなってしまうのですが。


逆に本編最初のシーンは、原作では割とどうでも良いギミックだった学園バトルを上手く使い、開始数分でキャラの立ち位置を把握させていると思います。私がもともとキャラクターを把握しているせいかもしれませんが、一通りの説明は状況に沿ってなされています。


しかし、ハチ退治のエピソードは映像にするとガチでやばいので、他の何かに差し替えた方が良かったんでは?


そして、この演出の歯切れの悪さが、「今しかできない何か」を求めてリトルバスターズを拡張していくきっかけにまで引き継がれ、余りに掴みが弱くなっているのが大問題でしょう。
客観的に見て、痛くて恥ずかしいあの行動を魅力的に見せるのが、正に演出の役割なのですが。


また、要素の取捨選択にも問題が。こう言うゲーム的な演出は排除しないと、軸がぶれるばかりです。もともと本編のお遊び要素でしかない称号システムをアニメで展開したとき、どれほど残念なことになるかは自明ですから。

あと、真人を吹っ飛ばすリンの投球は「何あの威力?」とか理樹に突っ込ませておかないと、単なる漫画的演出で流されてしまうので伏線として機能しません。と言うか、あれだけだとただの寒い意味不明ギャグですから。


こう言うゆるいギャグもねえ……
はっきり言って、原作のこの手のギャグは別に面白くないんですよ。基本的に尺稼ぎですから。5人が仲良く楽しくしている描写が必要なのは確かなのですが、それは日常の中で自然に演出すべきだと思います。ゲームと違って、アニメは25分×話数という尺が最初から決まっており、大胆にオミットすべき部分を刈り込まないとろくな事になりません。

と言うか、「掴み」となるべき第一話でこんなシーンを延々と見せ、ゆるい会話を繰り広げるのに意味があるかと言えば、むしろ有害でしょう。



この、シナリオの死荷重としか言いようのない女子寮ミッションもですよ!
第一話で必要な状況説明は「リトルバスターズの仲間を集める必要がある」であり、それ以上は不要です。リンのコミュ障や4人の愛すべき馬鹿さ加減は、繰り返しますが日常・他のキャラ達との関わりによって描写すべきで、こんな事をやっている尺はないはずです。

リトルバスターズは、各キャラクターの関係性が話のキモなのに、加入メンバーは小毬が顔見せしただけで、初期5人の描写もまともにできてないじゃないですか。


状況説明にしても、理樹のモノローグ一本ではなく、仲間内の会話などで「口では嫌々と言いながら仲間を捜す」みたいな方向に持って行った上にしない理由が解りません。また、モノローグを使うなら、この学園の設定(全寮制)とかに絞った方が良いはずなのですが。

っていうか、キャラクターの魅力をセリフで説明するな!何のための動画だ!?


しかし、本当のゴミかと言えば、エンディングのようなツボを押さえたシーンも作れるみたいなんですよ。明け方に学校を抜け出し、並んで歩く早朝の町並み。あれだけで、仲間達の絆とその日常のワクワクを存分に感じ取れます。

ならば、物語はとっとと仲間を集め、彼らが一緒に過ごす日常の輝きを見せつけて、ラストへの道程を消化していかねばならないはずです。それこそが輝く一瞬で、時間をかけて描写すべき「尊い物」なのですから。
なのに、この第一話は、原作のつまらないところ・要らないところを集めたような構成で、売る気があるのか?ファンを増やす気があるのかと真剣に疑問を感じる物でした。エンディングの描写から、ヤマとなるシーンでは良い物を作ってくれるという期待が持てるので視聴を続行しますが、かなり不安を感じる船出と言って良いでしょう。

本当、もっと強い掴みを作れたはずなだけに、残念でなりません。



当BLOG内の、その他のKey関係エントリーはこちら


  


Posted by snow-wind at 12:00Comments(2)アニメ・映像系

2012年10月06日

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ その1「始まりの物語」 感想

魔法少女まどか☆マギカ GRIEF・BOX2012 劇団イヌカレープロデュース

↑コミケで並んで買ったこいつが、普通に劇場の売店に置いてあって何だかなあという気分に。


当BLOG内の、まどかマギカ関係エントリーはこちら

10/14追記
後編の感想はこちら


と言うわけで、観て参りましたよ、「劇場版まどか☆マギカ 始まりの物語」。札幌の駅ビルに予約を入れて、朝一の回で鑑賞です。舞台挨拶の回もあったんですが、私は中の人に対して職人としての尊敬を向け、目視したいとは思わない方の人間なのでスルー。

では、例によって感想のまとめを先に書いてしまいましょう。


・元の地力がある上に、追加部分も概ね良好。納得のいかない部分はほとんどなく、良い作品に仕上がっている


正直、けなすところはまず見あたりません。総集編とは言え、本編の7割近い時間を取っているのですから当然でしょう。129分間の総集編で原作8話までを詰めており、良くまとまっています。
新作カットは思ったより多く、Blu-rayで直っていなかった作画が修正されている部分もかなりあって、予想以上に手間がかかっている印象。
また、細かな作画修正よりも、音楽が良くできている印象。マミさんの変身に歌が付いていたり、主題歌が変わっていたり。特に後者は、原作10話までの欺瞞を最初から捨てて、ほむらとまどかの物語に再構成したことを宣言しているアニメーションとマッチして、期待を押し上げてくれます。

作画については、主に原作3話のキャラ乱れが直っているのが嬉しいですが、一枚絵の背景を新規に起こすことで小さな手間で大きく画面を変えて見せており、相変わらず高効率。ただ、まどか達が放課後寄り道する場所が、喫茶店からフードコートに変わったことで、やや雰囲気が安くなっていますが。(ただし、等身大の中学生という雰囲気は高まります。逆に、ソウルジェムの秘密発覚後にほむらとまどかが会話する場所は、新規描き下ろしの学校屋上に変わっており、重苦しい雰囲気が増量)

削られた場面については、冒頭のまどかの夢や母の会社乗っ取り宣言、杏子絡みの細かいシーンが主。やはりさやかと杏子の部分は割を食いますが、これは全体の流れから考えると当然でしょう。私の愛する「マジカル☆スタングレネード」のシーンも削られてましたが、仕方のない所です。

さて、当然ですが全てが完全に素晴らしいわけではありません。問題点としては、やはり25分刻みの話をまとめた事による「引き」の弱さ・シナリオラインの混乱でしょう。これはもう総集編という物のサガなので、どうしようもありません。ただ、冒頭のまどかの夢を削ってしまっていたりするのは、伏線をすっ飛ばすことになるのでどうなんだろうと思ったり。鑑賞者がみんな原作を観た前提だからだと思うのですが、やはり一本の映画としては瑕疵を免れません。重ねて言いますが、総集編というのはそう言う物なので仕方ないのですが。

一方、幾つか描き直された場面で違和感があるのは、ちょっと困ったところ。
上で書いたように良い修正も多いのですが、一番きつかったのは、まどかとほむらがマミ死亡後に高架道路を歩きながら会話するシーン。ここは、背景の夕焼けとシルエットの工場街という対比の中で魔法少女の(つまりほむらの)絶望が語られるシーンで、原作の中でとても印象的でした。ところがこの映画では、背景の工場街は写真集でおなじみの無機質ながら美しいイルミネーションを灯し、空は黄昏の朱と闇が入り交じります。つまり、背景がうるさすぎて、シルエットで二人の感情と距離を表していた巧みな演出がぶち壊され、恐ろしく安っぽい画面作りになってしまっているのです。

特に、プラントに光を灯したことで、あの「都会の真ん中なのに、世界に二人きりしかいないような寂寞とした空間」が崩れ、演出の精度が恐ろしく下がってしまっています。
これは、緑のさやかに対する宣戦布告シーンが、狭い喫茶店からオープンスペースのフードコートに変わってしまったことで、雰囲気が大きく変わってしまって居る事とパラレルかもしれません。

こう言うのを見ると、手間暇金はかければいいと言う物ではなく、下手に手を入れたためにぶち壊されてしまう物もあるというのが、よく解りますね。いやはや、実に勿体ない。

とは言え、逆を言えば気になったのはその程度であり、全体的にとても良くできた作品でした。そもそも原作が極めて優秀な傑作ですから、それを映画館の大画面で見れるだけで、十分に満足のいく物になるのは当然と言えましょう。と言うわけで、ファンには120%、ファンでなくてもまどか☆マギカが気になっていた人は、是非見に行くべきだと思います。
いやあ、後半を9~12話だけに絞ったと言う事は、きっとあんなシーンやこんなシーンをガンガン補完してくれるでしょう。今から、来週が楽しみでなりません。



当BLOG内の、この他まどかマギカ関係のエントリーはこちら
当BLOG内の、その他アニメ関係のエントリーはこちら


  


Posted by snow-wind at 18:00Comments(0)アニメ・映像系

2012年10月05日

和製ゲームの悪い癖/バイオハザード6 感想1

バイオハザード6(特典なし)


↑私は実績とコントローラの操作性からXBOX360版を買ったんですが、オンライン要素が多いので、そちらを楽しみたいならPS3版の方が良いかもしれません。


4で大きく方向性を変えた(と言うか、バイオハザードという名前を冠しただけのTPSに成り下がった)ものの、アクションゲームとしては面白さを維持しているバイオハザードシリーズの、6作目です。

一応ゲーマーなのでこの手のビッグタイトルをスルーするのもねえ、と言う感じで購入し、とりあえずレオン編最初のステージまでクリアしました。そして現状の感想としては、以下の二つ。

1,アクションゲームとして酷くなってどうする
2,設定はもう諦めているが、単品内の辻褄くらいは合わせて欲しい


まず1ですが、何と電源を入れてから一時間ほど、ただひたすら見ているだけに近い事を強制されます。
延々、ムービーと「タイムギャル」方式の目押しゲームをやらされてストレスがマックス。たまに操作できると思うと、「レバーをどちらの方向でもいいから倒すと、キャラがゆっくりと歩く」みたいな訳の解らない作業を続けさせられます。
そして、恐らく最初のチュートリアルと思しき戦闘シーンは、画面の暗さと障害物の不明確さから何が起きているか全く解らず、これまたストレスフル。まず死なないのは救いですが、チュートリアルにすらなっていません。映画っぽい何かを作って映画としてもゲームとしてもゴミにしてしまうのは、和製ゲームが未だに抜けられない難病みたいなもんですが、その症状全開です。
この後も、演出の都合か、頻繁に強制歩行状態(突然ダッシュできなくなる)を噛まされてイライラが募ります。

大体ですね、自由カメラのせいでもはや怖くも何ともない空間の中で、無意味に暗い画面構成は、単に鬱陶しいだけですって。あ、自由カメラと言いましたが、操作キャラとの距離を調整できないせいで、これまた滅茶苦茶見にくくてアクションゲームとしての精度を下げます。ただでさえ方向転換が遅いわ、コンボを決めるとカメラが勝手に動いて戦況の把握が困難になるわと言った欠点が多いのに、是正措置が執られた形跡がありません。

もっと言えば、あのガイドの無意味な充実ぶりは、画面の暗さとマップ構成の不合理さから、テストプレーヤーが道に迷いまくったためですよね?あんな「よく解らないけど、他に目標も見あたらないからとりあえずマーカーの出ている地点まで走る」を繰り返す作業が、面白いと思うんでしょうか?

また、5でバイオじゃないと散々言われたためか、敵はゾンビメインでバイオらしくなっています。ところが、敵が5のような「群がる群衆」ではなく「起き上がるゾンビ」になったにも関わらず、「ゾンビ物」としての基本を蔑ろにするゲームシステムが、プレイアビリティをぶち壊しにしています。

どう言うことかというと、マップのあちこちに倒れている死体は、大体起き上がってくるのですが、これを「起き上がってくる前に攻撃する事」が出来ません!
あからさまに通路の真ん中に倒れている死体。案の定、近づくと飛びかかってきてダメージを受ける。ところが、その経験を踏まえて遠くから銃で撃っても、相手が奇襲攻撃を始めるまで当たり判定がないので、弾が無駄になるだけ…… これがどれほどストレスか、旧作バイオをやって居た人間なら、良く理解できると思います。って言うか、これならTPSにすんなよという話です。

新シリーズ以降肝心の部分となるアクションとしての爽快感も、格闘がゲージ性になって無駄な回復待ちを挟まねばならなくなったり、銃身のブレがやたら大きくて射撃がまるで決まらなかったりと、システム全体がストレス増強に舵を切っています。そのくせダメージは旧来どおりで、ヘッドショットを何発かましてもゾンビは簡単に倒れません。
あと操作性ですが、クイックターンはないわ緊急回避の操作性は悪いわで、5から大幅退化。とにかくストレスが酷いです。

ただ、腐れムービーや強制歩行は本編が進むとどんどん減っていきますし、武器やスキルが増えていけば爽快感も増していくと思うので、とりあえず続行は決めています。でもこれ、歴代バイオの中で最悪の「掴み」だと思いますよ?


あとは、2です。
まず、オープニングと本編が明らかに合っていません。オープニングはレオン達が戦闘ヘリから銃撃を受けているところから始まり、どう見ても中国系(表示が全部中国語です)のダウンタウンを逃げ回る事になります。ところが、本編でそこはアメリカ合衆国本土だという事になり、ついでに単なるバイオテロ災害のど真ん中。戦闘機が町中に墜落したり、テロリストの戦闘ヘリが飛び回れるような状況ではありません。
どうも、ムービーを作ってから設定を考えたんじゃないかと思うんですよ。あるいは、途中で設定が入れ替わったのに修正しなかったか。BSAA(5に出てきた対バイオテロ展開部隊)がアメリカ本土で活動してる段階で、なんかおかしいですし。と言うか、オープニングの町はどう見ても香港かどこかの都会で、本編で描写されるアメリカ型の大学市(荒野の真ん中に大学と関連施設だけがあるタイプの町)とは、似ても似付きません。

10/9 追記
ゲームを進めていくと、プロローグはレオン編の途中であって、開始前ではないと言う事が解ります。当初説明がされないのと、本編の始まり方が唐突なので、プロローグから連続しているように錯覚するだけなのですね。
それにしても、プロローグの内容を、もう一度本編で丸ごとやらされるとか、一体何なんでしょうかね?


状況を説明しないのも最悪で、そもそもレオンがあそこに何をするためにいるのかと言う基本的な所すら、全く説明がありません。そこを説明して貰わないと、パートナーとの関係や「彼が今何を目的として何をやって居るのか」が解らず、ストーリーにのめり込むのは不可能になります。あ、説明書は何の説明もしていやがらないので、読んでも無駄です。

それと、以下はもう突っ込むのも野暮なので評価には絡めませんが、「バイオハザード」の設定、もう少し大切にしません?
なんでレオン達は、10年来も対バイオ作戦やっておいて、ゾンビに噛まれた死体に銃弾撃ち込むくらいしないんですか?明らかな感染者前にして、家族に抱きしめさせときますか?「なんてひどい」じゃねえよ、ひどいのは、お前が為すべき事をやってないって事だよ!
大体、相変わらず素手に素顔のイケメンスタイルで、対噛みつきベストどころか簡易マスクもなく、汚染された水の中を這いずり回って返り血浴びる彼らは、いい加減なんか設定でフォローした方がいいんじゃないですか?5の路線ならまだ良かったんですが、今回バイオ・感染方向に大きく揺り戻しているので、気になって仕方ありません。

と言うわけで、ファーストインプレッションは酷い物なのですが(ここに書いた以外にも、スコアシステムの意味不明さとかスキル装備インターフェイスの最悪さとか、枚挙に暇がないのです)とりあえず最後までやって結論を出すつもりです。面白いポイントも、やっぱり無いわけじゃありませんので。



当BLOG内の、その他ゲーム関係エントリーはこちら


  


Posted by snow-wind at 22:00Comments(4)ゲーム

2012年09月30日

青春戦争飛行機ラノベ? 『終末の鳥人間』 感想


終末の鳥人間

2冊目は、雀野日名子『終末の鳥人間』。はじめて見る名前だと思ったんですが、角川ホラーの「トンコ」は読んだ事ありました。あれは、今一焦点が絞りきれない気がした物の、独特の痒みを伴うような気持ち悪い(誉め言葉)ホラーでしたが、こちらは青春小説です。

北朝鮮との緊張が極度に高まった近未来。日本海に面した企業城下町を舞台に、パッとしない県立高校のパッとしないダメ高校生が、ダメ教師と一緒に人力飛行機を飛ばす話です。
この紹介だと、焦点も減ったくれも無さそうな内容ですが、さに非ず。
極度の緊張の中で暴走していく日本・北朝鮮両国と、未来が見えすぎている企業城下町の鬱屈感、そしてリアルにダメな高校生達の諸相がガッチリ組み合って、滅茶苦茶な(と、あえて言いましょう)ラストシーケンスの飛行シーンになだれ込む手腕は、しばし唖然とするパワーがあります。
とにかく、外的状況(主人公達が干渉不能)と内的状況(主人公達が干渉可能)を巧みに使い分け、「こうなっちゃ仕方ない」と「それでもできる事がある」の合間を縫って、話を膨らませていく過程が巧みです。政治・家庭・土地。まだ大人ではない高校生はそれらの動きに翻弄されるしか無く、しかし子どもでもない以上、状況の中でできることもある。この辺のバランス感覚が巧みで、話は下に凸の放物線を描いて盛り上がっていきます。(最後にとんでもない所に突っ込んでいきますが、それ以前の描写を積み重ねているので、「一般小説が途中でラノベになった」かのような違和感は、結構薄まっています)

なお、ミクロのキャラクターの動きよりも、マクロでの社会の動きが不気味なリアリティを醸し出しているのは、アドバイザーのお陰でしょうか?ただあの、「結局誰かが悪いと言うよりも、状況の中で各人が少しずつ暴走していく」描写の仕方は、本当に見事でした。ああ言うのは、「あるかもしれない」と思わせれば勝ちですから。(一部法律・行政処置についてはさすがに突っ込みたくなりましたが)

それにしても、挫折者の物理教師は良いキャラクターですねえ。CHUNSOFTの、商業的には大外れだったらしい傑作AVG「3年B組金八先生 伝説の教壇に立て!」に出てきた素敵な理科教師・相沢先生を思い出しました。

恐らく、名作とか傑作ではなく「怪作」だと思うのですが、とりあえず夢中で読み通した一品でした。
一体どう言う層に進めたらいいのか途方に暮れるのですが、とりあえずラノベやSFが好きなら、問題ないんじゃないでしょうか?SFマガジンの最新号でも紹介されてましたし。




当BLOG内の、SF関係のエントリーはこちら
ジャンル別ではない、読書関係のエントリー全体はこちら


  


Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)読み物

2012年09月28日

味の良いN匹目のドジョウ 『魔法少女育成計画』 感想


ドラクエXのせいで、時間が圧倒的に足りなくなっておりますが、とりあえず最近読んだ本の感想でもいくつか書いていこうかと思います。
実は、時間が無くて冊数を絞ったせいか、結構当たりが多かったのです。


魔法少女育成計画

最初の感想は、『魔法少女育成計画』。まあ、まどか☆マギカ以来雨後の筍のように濫発されている「アンチ魔法少女」物。何匹目か数えるのも面倒になってきたドジョウなのですが、これはなかなか味の良いものでした。

物語は、魔法のスマホアプリによって生み出された魔法少女が人助けをして回っている町で、運営(魔法界)側から「魔法少女の数を半減させることにしたので、お前等つぶし合え」と宣告されるバトルロワイヤル物。恐らく、まどか☆マギカの初期プロット「魔法少女でバトルロワイヤル」を、忠実にラノベに落とした感じでしょうか?

これだけ書くとお手軽便乗企画ですが、実はバトル物として非常に良くできています。魔法少女達は、魔法少女らしく特殊な魔法(例によって、身体強化や単純飛行は別扱い)
を一つずつ持っており、これを駆使して争っていくことになります。これが、最初のページに概要が明記されているのですが、万能に見えて穴があったり、役立たずに見えて使い勝手が良いなど、良い意味で予想を裏切り続けます。「その能力、そう言う意味かよ!」とかね。

でまあ、内容は割とハードでして、血湧き肉躍り色んなものがバラバラになります。これ自体は別にそう言う物でいいのですが、結局の所「魔法少女」が、営業上の釣り道具にしかなっていないのが哀しい所。
バトル物として良くできているんですが、その能力の多彩さと容赦のなさ故に、「魔法少女」と言う設定が、足を引っ張っているように思えるのですよね。勿論、西部劇スタイルのストロング魔法少女の変身シーンなど、「アンチ魔法少女」として強烈な効果を発揮しているシーンもあるのですが、むしろそればかりに流れている印象。(結局、普通の「魔法少女」は一人しかいませんでしたし)各人の「魔法少女」に対する思いやスタンスだったり、「魔法少女」と言う物のそもそもの歪さを上手く使えば、筋が通ったと思うのです。

この辺、本来水と油のはずのアメコミパロを交えつつ、「魔法少女」に対する突き抜けた真摯な描写を重ねていた「アンチ・マジカル ~魔法少女禁止法~」(当BLOGの感想はこちら)の方が、遙かに上でした。

あとですね、色々な設定上の問題を全部「魔法界が無能だったから」ですませてしまうのは、どうなんでしょう?いやあ、確かに最近はまったおジャ魔女どれみが余りに典型だったように、魔法界(またはそれに準ずる存在)って、年端もいかない少女に数百年来の問題とか押しつけてシレッとしてるヤクザな連中です。でも、アンチ魔法少女として再構成するのなら、そここそ設定的に一工夫するところ何じゃないでしょうか?まどか☆マギカだって、あの白い奴の態度から「年端もいかない少女を選ぶ理由?騙しやすいからだよ!」と言うような意図が透けて見えていて、最高に最悪でしたよね?

とりあえず、この作者さんの実力は確かだと思うので、次回作に期待したいです。



当BLOG内の、ライトノベル関係のエントリーはこちら
ライトノベルに限らない、読書関係のエントリー全体はこちら


  


Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)読み物

2012年09月18日

軸ブレがひどい/おジャ魔女どれみ ナ・イ・ショ 感想


おジャ魔女どれみ ナ・イ・ショ VOL.1 [DVD]


この前から何度かエントリーにしてきたとおり、放送終了から十年近く経って見た、おジャ魔女どれみに大はまりしておりました。
でまあ、最後に残った映像作品である「おジャ魔女どれみ ナ・イ・ショ」は、レンタルだの配信だのではなく、DVD所有の上で観ることにしたわけです。
と言うわけで、「おジャ魔女どれみ ナ・イ・ショ」全13話の感想です。

とは言っても、各話の感想を一つ一つ上げるつもりはありません。どの話もできが良いのですが、とにかくシリーズとして軸がぶれており、感動したにも関わらず非常に納得のいかない物が残ったためです。

と言うわけで、例によって先に結論を。

1,できは非常に良い。予算も手間も潤沢に投入され、丁寧な作品作りがされている。
2,しかし、シリーズとして軸がぶれ、「友情物語」として破綻している。
3,その破綻の原因は、「親の目線」の貫徹である。


まず、1から行きましょう。毎回背景やコスチュームを書き下ろしている丁寧さもそうですし、動きやデフォルメなどが高水準にまとまり、アニメーションとして豪華です。魔法や変身はバンクですが、そもそも魔法は後景に退いているので余り気にならず。デフォルメも、本編とは若干方向性が違うのですが(歯の描き方とか表情の崩し方とか)、別に出来が悪かったり世界観と極端に衝突しているわけではないので、「このシリーズはこう言う感じ」で流せます。

話としても、スポットの当たったキャラクタハーはきちんと立たせていますし、既存のキャラクターを壊すことはありません。むしろ、はづき回(11話)に典型的に見られるように、本編中の人間関係や積み残しを上手く消化し、シリーズのファンを納得させる展開になっています。


しかし、2です。
今回最大の問題は、各話で提示される問題に対し、ほぼ全てのキャラクターが「ピン」で立ち向かってしまうことにあります。おんぷ先生(4話・10話)が典型的なんですが、彼らは友達の手を借りません。もっと言えば、友達に手助けさせる余地を与えません、
これは友情物語としては完全に破綻してしまっており、本編からみると明らかに軸がぶれています。

具体的に言えば、4話のおんぷ先生の悩みは本人が解決せざるを得ないとしても、友人の誰かの言葉や態度を、きっかけとして使うべきでした。
10話はまだおんぷと他四人の相互フォローが見えるのですが、おんぷが手助けされる必然性が余りに弱すぎます。何が問題かと言えば、クラスメートの秘密を抱え込んで沈黙するおんぷ先生を理解し認めると言う役目を、父親が奪ってしまっているのです。あそこでおんぷ先生が「救われる」条件は、優等生が自白することではなく、誰かがおんぷの真意を理解して上げる事でした。そして、それは本来仲間達の役割だったにも関わらず、父が先に理由があるに違いない、と無条件でおんぷを信じてしまうため、仲間達の行動は二次的な物にしかならなくなっているのです。

逆に、はづき回(11話)では、仲間達が魔法で情報を割った上で、協力してはづきの背中を押します。これは、見事に友情物語として機能しています。(もっとも、はづきが仲間達に感謝するシーンが抜けてしまっているため、片手落ちなのですが)

そしてこの問題は、12話13話で頂点に達します。
非常にできが良い、そして魔法という物の限界を提示するが故に魔法少女物としてもっとも強力な12話で、仲間達はどれみを救えません。救うのは、ノンちゃんの母親と退院したゲンキで、仲間達はどれみの悲しみを見ていることしかできないのです。
別に、臭いシーンを入れる必要はありません。落ち込むどれみに寄り添い、そばに居てやる描写だけで良かったはずです。それだけで、たったそれだけで、友情という物の本質は描き切れたはずなのですから。

13話については、もっと話が深刻です。
このエピソードは、良くできているのですが、決定的に重要なポイントをすっぽり抜かしています。
それは、「どれみが最も大切にしていたのは友情だった」という前提です。どれみは、友達を何より大切にする存在で、だからこそ主人公でした。それ故に、4期終盤で仲間を見送る痛々しさが最終話で昇華された、あの素晴らしいエンディングが生まれたわけです。

ところが、13話においてどれみが孫に残せたのは、魔法を信じる心であり、母から受け継がれた娘・孫への想いでしかありません。ファミはどれみを見て感動しますが、どれみさんが本来孫に語るべきは、同じ時を過ごした「大切なお友達」の事では無いのでしょうか?そして、本来のどれみさんであれば、孫に残すべき思いは血のつながりという所与の代物ではなくて、自分の力で泣いたり笑ったりしながら構築した友情、「お友達を大切に」と言う思いでなければいけないはずです。
繰り返しますが、これは本編が友情物語であった以上当然のことです。1期のラストでどれみ達は友人を助けるために魔法を放棄し、4期のラストでは私を置いていかないでと叫び、多くの友人に囲まれて「世界一幸福」を自覚します。両親がステーキで釣るという全く空気を読まない解決法を提示して失敗するのは、この部分を強調するために必要なシーンだった、と言えるでしょう。

そしてこれも、本来演出するのは簡単だったはずです。例えばファミに、「どれみおばあちゃんがよく話していたお友達」とか言う形の言及をさせなかった、その意味が解りません。あるいは、最後の帰還シーケンスで、一人で呪文を唱える彼女の後ろに似たような魔女見習いのシルエットを出すだけで、受け継がれたのが単なる血や親子の情・家庭内の習慣と言った物ではない事を、示せたはずです。
実際問題、親が子どもに次いで欲しいのは、「血」だけなのでしょうか?そうであれば、子どもさえいればあとはどうでも良いはずです。しかし、多くの親は、子どもに対し、自分の、価値観まで言わないとしても、「大切に思っていること」を大切にして欲しい、と願うはずです。職を継いで欲しいとか、家を守って欲しいとか、そう言う諸々はつまるところそこに行き着くわけで。
ですから、どれみさんが後に残せた物に「友情の価値」が入らないのであれば、これは物語としては破綻していると言っても良いと思います。


で、3です。
なんでこのようなブレが生じたかと言えば、制作スタッフが子どもの目線を忘れてしまったからでしょう。この前買った資料集で、関プロデューサーが1期ヒットの理由として、親目線ではなく子どもの目線を徹底したこと、と書いていて感動したのですが、これを忘れているとしか思えません。(2期以降、強弱有りつつこの問題はついて回っていましたが)
つまりどう言うことかと言えば、親から見た理想の子どもとしてどれみさん達が再構成されてしまっている結果、親の手の届かない友情ではなく、親との関係で物語が進むようになってしまっているのです。
先に書いたおんぷもそうですし、肝心な所で母と娘・孫の話にしてしまった13話もそう。12話にしても、「ノンちゃんの母親」との雪合戦で終わるのは、主人公のどれみよりも、あの母親の救済を、優先させてしまったからでしょう。前回散々指摘したので繰り返しませんが、4期終盤の精度を著しく落としていたのも、この辺の混乱でした。まあ、あれは最終話でどれみさんが叫ぶことで、何とか誤魔化せていたのですが……

勿論このねじれて導入された価値観は、親子関係に的を絞った7話などでは有効に機能します。(息子から挑戦される親父さんの、何と嬉しそうなこと!)6話のばあや回も、でき自体は良かったです。しかし、最後に友情の話で有るかのように偽装していますが(あれをお友達って言われても……)、つまりはばあや・はづきの疑似親子物で、友情に出番が与えられていません。
当然ながら、それが悪いのではなく、そう言った方向性ばかりが貫徹して、本来もっとも重要なポジションにあった友情が蔑ろにされているのが問題なのです。そして、上にも書いたように、親達の介入がなければ、「おジャ魔女どれみ」としての作品精度は、はるかに強くなったはずなのです。


と言うかですね、前にふたつのスピカ・ドラマ版(大駄作)の感想で似たことを書きましたが、友情をテーマにした作品で、問題を大人が解決してしまっては、友情をテーマに、子どもを主人公に据えた意味などなくなってしまうのです。

そもそも、思い返していただきたいのですが、そんな主人公達の話を、子どもだった我々は楽しみましたか?
断じて、違うはずです。ドラえもん(超ファンタジー)から名作児童文学(リアルより)まで、我々がワクワクして親しんだ物語は、子どもがその力を振り絞って困難に向かい合う話だったはずです。その力とは、足りない知力や知識・体力と、それを補う友情で、追加である魔法だの科学だのはつまるところ「自分たちで」問題を解決するための小道具です。
当たり前ですよね?子どもだった我々は日々力の無さを良く知っていて、自分で・大人に頼らず問題を解決できる力を求めていたのですから。だからこそ、大人・親と言った「最初から与えられているもの」ではなく、「自分で手に入れた友情」は単なるリソースとしてではなく輝く価値を設定されるわけです。
別にこれは個人的体験の一般化ではありません。「ギャング・エイジ」と言う発達段階の定義は、つまりそう言う事ですから。

勿論、親子関係の話はあっても良い。お父さんやお母さんが魅力的な話は、決して悪いわけではない。しかしそれは副次的で、間違っても物語の中心に据えてはいけないはずです。そう言った親子関係至上主義が生み出した気色の悪い方向が、戦後の児童文学で淘汰されていったのは、事実なのですから。有名な早稲田文学の宣言が示すとおり、子ども向け作品は親向けの作品であってはいけないのですから。(興行的な意味で、親に目配りするのは当然必要ですが、それは勿論作品評とは別の話になります。良質な子ども向け作品が大人の心に響くのは、全ての大人は元・子どもだからだという事は、もう少し意識されても良いのではないでしょうか?)


これは完全な脇道ですが、親的な目線としても、自分が先に逝くことが確定している親子の関係を、一生の財産となる友情より常に優先する子どもは、本当に魅力的なんでしょうかね?子どもが友人との約束を優先して親の誘いを断るとか、親は悲しいと同時に、その成長が喜ばしいもんじゃないんでしょうか?少なくとも、うちの親はそう言う事を言っていましたが。


閑話休題、各話のできの良さに喫驚しつつ、余りに軸をずらした脚本にビックリしたのですよ。本編で友情を描ききったから、スピンオフとして個別エピソードを重視した、と言う事なのかもしれませんが、良質な外伝は関係性や前提が本編とリンクしてこそ。つまりは軸を共有していないと、作品全体をブレさせてしまうだけじゃないのかと思います。

そして何が悲しいって、このOVAは現在シリーズの最後で、以後補完される可能性は極めて低いと言う事でしょう。それこそ、追加エピソードとしてファミの時代を垣間見せて彼女がどれみの価値観を受け継いでくれていることを示す、あるいは年老いたあとのどれみの所に、かつての友人達が頻繁に訪れた、と言うような描写を入れるだけで、全く違ったはずなのですから。
余談ですが、私の曾祖母は学生時代からの友人とずっと仲が良く、私が生まれる前くらいまで(つまり存命中)は、遙か明治生まれのお婆さん達が実家に集まって歓談していたそうです。当時の写真など残っていますが、みな仲が良く笑顔でお茶会を楽しんでおり、「本当の友情というのは長く続く物なのだな」と言う認識を与えてくれます。ですから、私は「どうせ女性の友情なんぞ……」式のステロタイプには迷わず唾を吐きますし(いや、そう言うのが多いのは解っています。女の兄弟はおりますから)、友情なんぞ時間が経てば消えて無くなる、と言うのはメンテナンスを怠っただけだと言わせて頂きます。
つまり、どれみさんの友情は当然後にも続いたはずで、その「たからもの」を孫に残せなかったかのようなあの描写は、シリーズ締めくくりとして許しがたいと言うことです。
だから、是非続編とか作って欲しいですねえ。あ、追加エピソードが入ったBlu-ray BOXとかでも、この際問題ありませんので。と言うか、市中在庫のDVDは、いくら買ってももはや制作者に金は入らないわけで、Blu-ray BOXは早急にお願いしたいです。




当BLOG内の、その他アニメ関係のエントリーはこちら



  


Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)アニメ・映像系

2012年09月15日

たまには当たる未来予想/ドラゴンクエストXとカイシャクエスト

ドラゴンクエストX 目覚めし五つの種族 オンライン (Wii USBメモリー16GB同梱版) (封入特典:ゲーム内アイテムのモーモンのぼうし同梱)


今回のエントリーの趣旨を完結に:
「ドラクエXはなんだかんだでプレイ中。MMOってやっぱりつまらないのに続けられるやな引力有り」
「で、20年前の小説を読んだら、その辺が端的に予言されていて驚いた。興味出たら読め。どうせ1円だ」



ドラクエXは毎日定期的にプレイしておりまして、現在盗賊メインでLV43。サブはそれぞれ20前後まで上げている状態です。
ゲーム部分は、率直に言って単調でつまらないんですが、LV上げの目標が設定しやすいのと、それなりにシナリオが進むので上手くつなぎ止められている感じです。

ただ、戦闘よりメインで行っている生産については、もう完全に「実績作るためにダンピングで受注しまくる自転車操業中小企業」と化しておりまして、何やってんのか解らなくなって来ております。
いや、一応赤字は出してないはずですし、バージョンアップ時に家を変える(多分。βの時は25万だったそうですが、売りの一つである以上、まさかそんな数値にしては来ないでしょうし)程度の貯蓄はしてあるのですが、やってる事はデイトレみたいなもんですしね。
バザーを頻繁に開いて原料を安値落札し、ライバルの安値出品を買い取って市場を操作。少しでも黒字が出る商品を探して3DSの補助機能を連打と、金にもならないのに経済活動そのものを展開している不毛さは、格別と言えましょう。

時間が無いときなど、ログイン → バザー確認 → 生産 → 出品補充 →ログアウト と言う、正に「出社してルーチンワークだけして帰ってくる」状態です。適切な育て方をした僧侶に適切な紹介メッセージを付与しているおかげで、それでも経験値は結構入って来るのですが。

まあ、このMMOと言う物の不毛さを見事なまでに解りやすく教えてくれるのは、RPGの伝道者たるドラクエの面目躍如と言ったところでしょうか?

「普通のRPGとして遊ばせてくれよ!」とか「どうせネットを使うのはバザーとサポートだけなんだから、MMOの意味なんかねえだろ!」と言う正論が完全に正しい辺りも、「MMOと言う物の本質を解りやすく伝える」役割の一部に違いないですよ。
じゃあやるなよと言うのも正論なんですが、あいにく遠隔地に住むリアルの旧友とプレイ(と言っても休日時間が合ったときだけですが)しているので、ダラダラ続けてしまっております。おかげで、プレイ時間に食われて積ん読・積んゲーが大変なことになってるんですが……
おジャ魔女どれみのエントリーで書いたとおり、本当に時間が食い潰されていきますね。

と、ここまでが前置きで、「なんでこんな不毛な作業を、自由時間使ってやってるかなあ」と思っていて、思い出した小説があったのです。



お父さんの会社 (ハヤカワ文庫JA)

「お父さんの会社」は、短編SFの名手・草上仁の近未来小説です。発表はなんと20年前。この世界では、ネットワークが高度に発達し、仮想世界上に築かれた会社で新入社員となって出世競争を戦う「カイシャ・クエスト」と言うゲームが流行しています。物語は、このネットゲームの運営に関わる陰謀を暴いていく話になるのですが、もうビックリするほど予言的。
大体、20年前の段階では一部の好き者がパソコン通信を馬鹿みたいな電話代を供物に遊んでいたくらいで、ネットワーク上に作られた仮想世界と言うのはSFその物でした。そこに、この内容です。細かい部分でも、男女なりすましの問題だったりNPCの機械的な挙動、それにチートと言ったと代物を一通り取り込んでいて今見るとビックリします。
ちなみに私は当時、「幾ら何でもこんなの荒唐無稽だろ」とか思って読んでました。ええ、SFファンだってそんなもんです。

しかし、ここで一番驚くべき事は、「このゲームが面白くない」事を、作中で登場人物が喝破している点です。カイシャ・クエストは、ピラミッド構造の会社組織に全員が属するため、新規プレーヤーは延々と書類整理のような雑用に追われます。これを、リアル会社員である主人公などは喜んでプレイしてやがて出世していくことに喜びを見出すのですが、ある人物は「何が楽しいのか」「下らない」とバッサリ。そして、作中の描写を見る限り、その人物の主張の方が遙かに説得力があるのです。

物語中ではこの、単純作業を繰り返したあげくできる事が現実の会社と同じ仕事と言う無間地獄のような世界を楽しめるのは、主人公達がワーカホリックの会社員だから、と言うような解釈をしています。しかし、現実のネットゲームにおいてプレーヤーがやっているのは、もっと不毛な単純作業で、にもかかわらず主観的には楽しんでプレイしている連中が沢山いるという事実は、「ワーカホリックの会社員」のような特殊カテゴリの問題ではなく、人間の本質的な「バグ」を予言してしまっていたのかもしれません。

とまあ、適当な事を言いましたが、この本は今読むと、バブル末期の世界観が垣間見えて実に趣深いことになっております。誰でもサラリーマンになる(なれる)のは当たり前で、仕事は幾らでもあり、それは少なくとも楽しくて金になることとされていた。ついでに言えば、ワーカホリックにも関わらず、主人公は会社とカイシャの二重生活を送れる程度に時間的余裕があったりとかね。

実はこの本、私の中では草上仁の作品中余り評価が高くなかったのですが、今になってみるとだいぶ見方が変わってきますね。
ちなみに、リンク先を見てみれば解りますが、AMAZONには1円出品が並んでますので、興味持ったら一読どうぞ。この値段じゃ、どうせ私にアフィリエイト収入は入りませんから、そう言うのを憎まねばならない宗派の方もお気軽にどうぞ。
なお、作者の本来の持ち味は、ゆっくりと南へのような叙情的だったりスラップスティックだったりする短編であることは付記しておきます。




当BLOG内の、ゲーム関係エントリーはこちら
当BLOG内の、読書関係エントリーはこちら



  


Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)ゲーム

2012年09月10日

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』 11巻 感想

俺の妹がこんなに可愛いわけがない(11) (電撃文庫)


当BLOG内、他の巻やアニメ・ゲーム版の感想はこちら


メディアミックスの都合で強引に足踏みをさせられて、物語の流れがグチャグチャになってしまっていた「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」、その11巻が出ました。


あそこまでグダグダになってしまっていた場合、普通はシリーズごと切ってしまうのですが、文章の基礎的な技術力が非常に高いのと、ちゃんと終わる方向へ行く可能性が残されていた事を思い出し、購入・読破しました。

そして、感想は以下のとおりです。


舞台は整理され、コマは配置され、緊張が最高潮に達する中、物語は終局へと進む。
素晴らしい「終わりの始まり」。このままの勢いで最終巻を書ききれば、傑作になる事は想像に難くない。


では、その素晴らしい内容について、以下詳細。

まずこの巻は、今までの足踏みが何だったのかと思うほど、ストレートに本筋へと切り込みます。具体的には、桐乃と主人公、そして幼なじみの過去の問題を描くエピソードが即座に幕を開け、短編一本で逃げることなく一巻丸ごと展開させます。これは確かに、前巻ラストで予告されたとおりです。しかし、そう言った「決定的な展開へ至る道」をはぐらかしては時間稼ぎをしてきたここ数巻の流れから見ると、ビックリするほどストレート。

関係性の変化については概ね予想どおりなのですが、これをきちんと各キャラクターが言葉にし、事実として認識したことは重要で、正にエンディングへの地固めです。逆を言うと、ここを明確にした以上、物語は終わりへと向かわざるを得ません。最近全話視聴して大絶賛状態になった、おジャ魔女どれみの終盤を思い出しました。「大体こうなんだろうな」と言う予想と、それが明確な形になり物語を紡いでいく過程はハッキリと別物で、その予想が当たるかどうかは作品の質とは直接関わりません。


それにしても、思春期の妹との冷戦状態が余りにリアルだった作品序盤もそうですが、リアル妹持ちには、色々身につまされるところがありますよね。ええ、走って引き離しましたともさ。私は主人公のようなイケメンではなかったですから、転んで泣かれたら、むしろ加速したはずですし。そう言った妹の価値というか、「ちゃんと優しくしてやれば良かった」とか思うだけの余裕が出来る頃には、子ども時代は終わっているわけで。その後和解したところで当時の無自覚な所業がなかった事になるわけでもなく、また当時の自分を思い出せばそうせざるを得ない必然(小学生にとって友人関係は至上命題ですから)も憶えているだけに、何とも言えない気分になるわけです。


ところで、作中に年表が出ておりまして。これ自体は非常に解りやすく、またキャラによる解説もあってライトノベルの面目躍如なんです。しかし、ちょっと驚愕したことも付記しておかねばならないでしょう。つまり、「供給側は、ここまで客を低く見ているのか」と。破壊屋のこの記事を思い出してしまいました。頭の中で情報を整理しながら読み進めていたら、突然懇切丁寧な年表が出てきてガクッとなってしまいました。
勿論、解りやすさは正義であり、幅広い読者に対応する意味でもこれは悪いことではないはずです。ただ、何というか、巻末の付録くらいにして欲しかったなあ、と言う感想を抱くくらいは許されるでしょう。

ちなみに、当時の京介の人格については、一巻の内容と乖離が激しく間違いなく後付け設定だと思うのですが、語り口の巧みさとパワーで押し切り、「最初からこう言う設定だったのでは?」と思わせる手腕はさすが。キャラクターの活き活きした様子が「現在の」キャラクター描写と完全にマッチしていて、違和感を打ち消しています。この辺はさすが。

しかも、この過去イベント回想は、単なる本編のパーツに留まらず、愛すべき熱血野郎・高坂京介の、挫折の物語でもあるわけです。そして、本編(一巻)開始時の状況を、中学時代に犯した失敗の結果としての「平凡」と再定義し、物語全体を彼の再生の物語として語り直してみせる。これは、見事な構成です。

中学生、あるいはその前の万能感は成長と共にへし折られる物ですから、これは読者の共感を呼ばざるを得ません。私も、多分に漏れず定型的な成長過程を辿ってきましたから、懐かしさと鬱屈がまとめて領空侵犯してきましたよ。と言うか、リアル妹に散々言われた「お兄ちゃんは昔はもっとマトモだった」と言うセリフが変な風に再定義されて、胸に徹甲弾を撃ち込まれた気分です。

まあ、思春期過ぎれば酷く仲の悪かった兄妹でも、それなりに落ち着くもんだと思いますが。と言うか、思春期に冷戦にならない兄妹ってのもあんま見ないという、狭い範囲の経験則が。

そして、ラスト。残り一巻(短編集を間に挟むという手は使えますが)でケリを付けると宣言すると共に、膨張してしまった人間関係を、桐乃を軸に再整理。構造的には京介ハーレム物と見せかけて、実際は桐乃に対する友好・敵対関係の網の目で作品をまとめ上げ、いわば「最終決戦」への序章を紡ぐ力わざは圧巻です。

何よりも、暗黙の了解でぼかし続けた桐乃の立ち位置を明確化することで、「血を流さずにはおれない」リングの準備は完了。見事な手腕です。
この「プロローグ」は言わば、闘技場での剣闘士の紹介に当たるわけで、こんな引きで締められたら、もう期待せざるを得ません。ぬるま湯のハーレムものが増殖する状況にウンザリしていたロートルとしても、こんなエキサイティングな恋愛戦争を予告されたら期待度は限界を突破です。

いやあ、本当に最終巻が楽しみです。
願わくば、「誰とくっつくか」ではなく「それが必然であるかどうか」について、ガツンと納得させてくれるようなパワフルなエンディングが描かれますように。
ここ数巻の停滞で切ってしまわなくて、本当に良かったです。





当BLOG内の、ライトノベル関係のエントリーはこちら
ライトノベルに限らない、読書関係のエントリー全体はこちら



  


Posted by snow-wind at 00:00Comments(0)読み物

2012年09月02日

こんな素晴らしい作品だったのか!/おジャ魔女どれみ 全4期鑑賞

おジャ魔女どれみ(1) [DVD]


9/18追記 ナ・イ・ショの感想はこちら


少し前に書いたとおり、おジャ魔女どれみシリーズを、一期から順番に視聴しておりました。そして、このたびついにTVシリーズ全4期を視聴完了。ちなみに、見始めるまで把握していなかったのですが、「おジャ魔女どれみ」「おジャ魔女どれみ#(しゃーぷ)」「も~っと!おジャ魔女どれみ」「おジャ魔女どれみ ドッカ~ン!」の順で全四期。これに三期の時間を舞台としたOVA「おジャ魔女どれみ ナ・イ・ショ」が加わるそうです。

なお、短期間での走破完了は、ドラクエXの単調かつ退屈なLVアップ作業に平行して視聴でき、一気に進んだというのが大きいです。

閑話休題、感想は表題のとおり。
当初とかなり予定が異なり、途中で色々設定を足したり引いたりしているとは言え、4年間にもわたる彼女たちの成長の記録は、見事なドラマを生み出しています。一期で積み残された問題が四期で解決したり止揚されたり、踏み出す一歩の重さが伝わるドラマ作りは、教本になるレベル。
音楽も、アニメソング、つまりアニメという作品の一部として相乗効果で素晴らしく盛り上げてくれるパーツとして最高の素材で、関係ないグループの販促で選定されるまがい物とは一線を画してどれも好印象。AMAZONでCDを買い漁ったのは言うまでもありません。
魔法少女物としても、オモチャを売るという目的が上手くはまり、気持ちのよい・いかにも振り回したくなるデザインの変身道具が見事です。魔法で出てくるのは服だけで、その服は自力で着なくちゃならないというデザインは、発明じゃないですかね?衣装を単品で無理なく商品に落とせるわけですから。
個人的には、変身は2期のカスタネット型が好みです。デザイン単品としては、パティシエ服が最高峰。

何よりも、4期に渡って描かれた物語は、いずれも「友情」を基調として成長に伴う難題に向かう内容で、子ども達にとっては現在進行形の、大人達には「いつか辿った道」を示す身近なドラマ。キャラクターやドラマが余裕を持って丁寧に作られているため、感情移入度が半端無いレベルに達していきます。


なお、観はじめるきっかけ(その話を観たいが為に、最初から視聴していった)4期第40話「どれみと魔女をやめた魔女」ですが、本当に傑作でした。止め絵・引いたカメラと言った本シリーズの中では特異な演出技法に、淡い背景描写と歪んだ空間を組み合わせ、変わりゆく時間をガラスの揺らめき越しに表現する画面作りがまず最高。そこに、ここまで影の薄かった主人公・どれみを中央に据え、「大人には一人でなるしかない」と語りかける脚本。こんな物をテレビで流されたら、そりゃあ当時魂を粉砕されて一生アニメ道から足抜け出来なくなるファンが続出したわけです。確かに、細田守の最高傑作と呼ばれるわけが良く解りました。本人には不満かもしれませんが……

ただ、おおかみ子ども辺りの酷さ(感想はこちら)と比較すると、あの監督さんは積み重ねを描くのが苦手なのかなあ、と思ったり。重ねた結果を一点集中で出力するのは凄いのですが、映画は感動させるための前提が足りていない気がするので。


なお、もの凄い感動し、今まで観ていなかった自分を許し難く感じたわけですが、引っかかる点もありました。
一点目は、2期目からどれみ達に「母親」と言う役目を背負わせてしまった故の矛盾で、馬鹿でドジで元気な等身大少女のキャラが歪んでしまい、4期ラストまで輪郭が不鮮明になってしまったこと。何より、「子育ては甘くねえんだよ!!」と言う内容の「シメ」を母親がどれみに、どれみがももこにやるシーンなどは、背筋が寒くなるほど気持ちが悪かったです。母性至上主義は、得てしてこう言う無茶をやってしまうので、私は斎藤美奈子のアニメ批判には一定の理を認めます。(まあ、←の本は、評論云々以前に読み物として最高に面白いんですが)大体、小学校4年生(~6年生)つかまえて、貴様には母親としての覚悟が足りない!とかシメにかかる脚本って、普通に引きますって。大人だって引くでしょう。少子化ってのは、「そんな面倒なら回避します」と言う、合理的選択が取られた結果としての側面もあるわけでしてね。

他には魔法の扱いですね。別に体系が滅茶苦茶なのはどうでも良いのですが、「便利だから頼ってはいけない」と言う妙な戒めが貫徹していたのが気になるのです。要するにあれは、魔法界にとってはただのテクノロジーなわけで、それに頼らず「自分の手」でやるという規範は単なる反文明主義なわけですよ。2期で魔法に頼らず赤ん坊を育てようとする展開とか、頭を抱えましたよ。大体、あの物言いって、魔女や魔法使いにとっては喧嘩売ってる事になるわけなんですが、誰もたしなめないし。
この価値観が無自覚に貫かれるので、最後の「魔女にならない」と言う展開が説得力皆無になってしまっているのが、恐らく本作でもっとも厳しいところ。どれみ達は色々言ってるんですが、結局「魔法は必須ではない」と必要条件を述べてるだけで、「魔法はいらない」と言う十分条件は全く満たしてないのですよね。離ればなれになったら魔法は便利ですし、5人一緒なら永い時も越えて行けるはず。何より、全員が揃って魔法を拒否するというのも、全員が己の価値観で異なる道を選ぶというラストの中で浮いていて、何だかなあと言う感じでした。

これは、40話で悩んだ末に魔女の道を選ぼうとしたはずのどれみが、何の葛藤もなく、あまつさえ言わずもがなのような顔をして「魔女にはなりません!」と断言する事も一因でしょう。むしろ、それぞれの道を見つけて去っていく友人との対比として、彼女だけが初志を貫徹して魔女の道を選ぶ、と言う方が正しかった気がします。この後書く進路描き分けの問題ともかぶりますが。
このサイトさんが予想している(リンク先はリアルタイムの感想)ように、一人だけガラスの時間の中にシフトして、友人達の思い出を抱えて生き続けるどれみさんというのも、決して間違っていない「あり得た」エンディングでしょう。私が、ポーの一族や超人ロックが大好きな人間だという事を、さっ引いたとしても。

あ、最後に、5人が分かれるあのラストは本当に素晴らしいんですが、結局全員が親の意向を容れて友人より優先させる、と言うのはどうなんでしょう?オトコノコ向けの作品であれば、あそこはイニシエーションとして親の意向を越えて自らの価値を貫徹させるのがセオリーなわけで、さすがに違和感が強かったです。自分を思い返しても、あの年代で「親と一緒にいるか友人と一緒にいるか」を迫られて、前者を取る奴なんてまず居なかったと思うのですが。

これは大事な所なんですが、各人は自らの夢を選びますが、気色悪くも全員が全員親の意向通りなんですね。例えば、おんぷは私立中学に行く結果両親と一緒に住めるようになりますし、ももこなんか「友人より両親の方が自分のことを思ってくれている」と言う信じがたい理由で(あの年齢であの結論に至るのが信じられない、と言う事です。反抗期まで行かずとも、あの年齢の自分であれば共感できない価値観です)引っ越しを決めます。
と言うか、「巣立ち」を描くなら、友人より先に親から巣立たないと意味が無いのですよ。これは価値観の話ではなくて、一般に出生時から所与の物として与えられている親子関係は、ある程度自分の力で獲得された友人関係より当然古いもので、成長に伴って優先度が下がる順序が違うと言う事です。
ただこれはあくまでも、全員が同じであることの問題です。家族の再生を目標としてきたあいこがあの選択をするのは自然で、どれみでなくとも何とか笑って送り出したいと思うでしょう。はづきの選択が結果的に親の意向と一致したのは、一人だけなら許容範囲です。しかし、全員となると……
例えば、友人より夢と言う話にするにしても、親の用意した学校以外の学校を受験するとか、ドラマとして王道の展開はあったはずなんですよ。それを、あんな風に処理されてしまうと、斎藤美奈子でなくとも「これってどうなの?」と言いたくなります。明らかに物語の純度と切れ味を落としてしまっていますから。

ただ、これらの問題点は基本的には些細な傷で、このシリーズが傑作であることはいささかも揺るぎません。今書いた事というのはつまり、「減点要素は-50点分くらいあるが、他の部分で+200点くらい。だから100点を付けるのに何の問題もありません」と言う事です。

いやあ、本当に良い作品でした。計201話もあると中々人に勧めるのは厳しいですが、最近旧い友人に合うたびに「いいから観ろ!」と言って嫌がられるか、「まだ観てなかったのか!」と嘲笑われるかのどちらかと言う流れになっております。いや本当、一見お勧めとは正にこの事。TSUTAYA辺りに行けば一週間100円でしょうから、全話見ても5千円かそこらですよ。

やっぱり、マスターピースという奴は、ちゃんと補給しておくべきなんですねえ。
まあ問題は、押さえておくべきマスターピースもまた時間と共に積み上がり、人生で絶対消化できないと言う事なのですが。
それでも、生きている限り、無為に時間を過ごすことなく、もとい、本来無為な物に全力で資源を投資し浪費し費やして、素晴らしい物をどん欲に摂取していきたいと思いますです。

ああ、本当に良い話でありました。
あとは全13話のOVAが残っているのですが、これは配信やレンタルではなく、現物を押さえたいところ。とは言え、とっくに絶版なので、買って所有欲を満たしても、制作者には一文も入らないのが悲しい所です。Blu-rayを出すか、いい加減制作者向け投げ銭システムをどこかが実装してくれないものか……



当BLOG内の、アニメ関係のエントリーはこちら


  


Posted by snow-wind at 22:00Comments(1)アニメ・映像系

2012年08月31日

最近ひどい映画ばっかりだ/映画「プロメテウス」感想


プロメテウス (リンダブックス)

本作の脚本は有り体に言って意味不明ですが、↑の原作(ノベライズ)小説ではかなりマシらしいですよ。まあ、情報量が多いので当然ですが。


更新が映画の感想ばかりになるのは、時間が無いからですすみません。
まあ、時間不足の大部分は、ドラゴンクエストXなのですが。こっちも、その内感想を書こうと思います。



映画「プロメテウス」は、傑作SF映画「エイリアン」の前日譚です。

あらすじとしては、

2089年、世界各地の遺跡から発見された共通のメッセージ(星図)に導かれ、人類は未知の惑星へと足を踏み入れる。そこは、地球の生命を創造したエンジニアの星だと予想されていたのだが……

と言うもの。

でまあ、この段階でやばい臭いを感じ取れるようになったら、とりあえずハリウッド映画三級(適当)くらいでしょうか?
私は例によって期待作品として、「エイリアンの前日譚」以外の情報をシャットダウンして突撃したので、見事に地雷を踏んで天高く舞い上がる羽目になりました。

とにかくひどい映画だったのですが、問題点は割と明確です。3点にまとめると、

1,エイリアンの前日譚として、全く機能していない
2,SF映画としてあまりに大事な部分をおろそかにしすぎている
3,って言うか、B級映画として撮ったら傑作だったんじゃないの?

と言う感じ。


以下細かく感想を書いていきますが、思いっきりネタバレになりますので、嫌な人は回れ右して下さい。
あ、一応最後の一行だけは未見者に向けて書いてますので、そこだけスクロールして見るのはありだと思います。




では、1から行ってみましょう。
観てから確認した宣伝でも脚本でも、重視されるのは「創造説」です。ええ、インテリジェントなデザイナーがどうこう言うアレ。
とは言え、SFの題材として創造説は割とメジャーですから、それ自体が問題なのではありません。問題なのは、この創造説が本筋に上手く絡めていないこと。例えば、探検隊の組織は創造主にまみえて死を克服したい、と言う死にかけの爺さんの妄執によるのですが、なんで彼が、エンジニアをまみえると死を克服できると考えるのか解りません。多分、創造主=神と言う粗雑な連想なのでしょうが、人類をデザインした何者かの存在とそれが死を克服しているかとか言う話は本来別物なので、話が繋がりません。と言うか、素朴な創造主=神への到達の話をやりたいなら、SFは最悪の選択です。
大体、主人公からして創造説を信じている!と高らかに宣言する電波さんなのですが、その根拠は何もなく(本当に、何もないって自分で言ってます)何らかの「立場」を付与できるキャラクターではありません。これは、ぞんざいそのものの扱いを受ける反創造論代表者の監察官も同様。これでは、「エンジニア」は存在するのか、と言う本来なら中心になる課題は盛り上がりようがありません。

それ以前に、脚本の中心となる創造論そのものについてですが、これまた何も解明されません。
映画内で出る情報は、出てきた異星人が地球人と一致するDNAを持っていた、と言う事だけです。なんか、数名のモブが好き勝手な解釈を言っているのですが、彼らが人類を創造した証拠もなければ、関連性も不明です。(同じ情報で構成されているなら、むしろ同じ創造主に作られた人類の兄弟、と考える方がまだ自然だと思うのですが)

大体、千年間眠ってて本星はどうなってるのかとか、あの星は何だったのかとか、そもそもなんで人類をあの星に導こうとしたのかとか、何一つ説明されないまま終わります。と言うか、あの星自体単なる宇宙船のドックが二つあっただけみたいなんで、意味が解りません。

そして、最悪なのが「エイリアン」につながる部分。
この作品とエイリアンの関連を一言でまとめると、以下のようになります。

「旧作のエイリアン四部作は、人類を創造した異星人の謎を解きに行った探検隊が、ミスって生み出しちゃった怪物が暴れる話。今回の話で提示された問題とは、全然関係ありません」

スターウォーズエピソード1~3を観たあと、旧作を観たいという気持ちはある程度湧いてきましたが、プロメテウスを観たあとそう言う気分にはならないでしょう。だって、本筋と関係ないわけですから。



しかし、2.
これはハリウッド映画でありSF映画。演出とかシーン構成とか、お芝居として楽しければ問題はありません。
けれど、残念ながら、馬鹿で間抜けなスタッフは、とんでもない物を作り上げてくれました。

まず、物語は2089年の発掘現場から始まるのですが、1960年代と言われても違和感のないローテク現場。登場人物の格好も、現代の貧乏な大学院生そのままで、テロップがなければ誰も未来だと気づかない代物。
そこから一気に画面転換されると探査船プロメテウス号の中になるのですが、そもそも2089年という近未来で、超光速飛行が何の説明もなく行われていて系外惑星のテラフォーミングまで普通らしいと言う事が、特に解説もなく垂れ流されます。
それって、人類の社会や生活・常識に大変革が起きてるはずなんですが、登場人物どもはどう見ても現代のおっさんおばさんで、違和感バリバリ。

一応、先進テクノロジーが色々出てくるのですが、タブレット型端末だのアームで固定されてる薄型ディスプレイだの、「現代でも頑張れば作れるもの」ばかりで、画面の安っぽさ係数が異常な数値を叩き出します。
現代では実現されていない立体映像デバイスは幾つか出てくるのですが、これは20年くらい前の映画から多用されているガジェットで、今更新味は無し。それどころか、妙にモデルがローポリゴンだったりCG丸出しだったりで、むしろ安っぽさを際立たせます。


そう言うSFガジェットの問題を置くとしても、脚本の支離滅裂さは最高で、率直に言うと茶番劇です。
何しろ、ヘルメットが破れたら即死する大気なのに、呼吸可能な大気がある場所(しかも、密閉されているわけではありません!)に入った瞬間嬉々としてヘルメットを脱ぎ捨てる惑星探査の専門家ご一行様ですよ。なんか不気味だから、みたいな理由でいきなり任務放棄して母船に戻ろうとしたあげく、意味もなく迷って(施設内の3Dマッピング終わってたはずなのに……)イベント起こす専門家二人とか、特に急ぐ理由もないのに資料を持ち帰ろうとして静電嵐相手にチキンレースする羽目になるシーケンスとか、誰か止めなかったんでしょうか?
感染防御の措置も取らずにいるくせに、いざ何かあったらいきなり感染者を焼却する監察官とか、勝手に病室抜け出して手術装置(あれも酷かったですね。麻酔かけねえと患者が暴れて手術になんないだろ!)使ったあげく、血まみれのまま歩き回る主人公とか、一事が万事意味不明です。
そう言えば、アンドロイドはなんで主人公の夫に毒を盛ったんでしょうね?何かの実験だったのかもしれませんが、あんな方法を取る意味が解りません。

行動原理が意味不明で描き込みが全くできてないのは主要人物以外もそうで、唐突に自己犠牲に目覚めて特攻する艦長&艦橋スタッフだの、露骨に対立していた次のシーンで仲良く任務放棄して一緒に帰り出す生物学者&地質学者だの、そもそもなんで社長乗り込んでること隠してたの?とか、ツッコミ出すと切りがありません。
これは別にあらを探しているのではなくて、観ていて次々に「え、なんでこの人はこんなことしてるの?」と言うシーンが頻発するのです。

あ、そうそう。モンスター・ムービーとしても、しょぼい触手としょぼいメイクと格好悪いエイリアン(ラストシーンのみ)と三拍子揃い、多分初代エイリアンの方が遙かに恐がれると思います。あー、DNA同じとは絶対に思えない異星人もいたか。

なんか、触手の適当な使い方とタイラントそっくりの異星人に、バイオハザードがどんどんつまらなくなっていった過程を思い出して、悲しくなりました。


そして、3。
あのですね、この映画、B級バカ映画と割り切って作ってれば、多分面白くなったんですよ。傑作であるピラニア3D(感想はこちら)みたいなノリなら、「アハハ、ヘルメット取ってるよ!」「やった、やっぱり馬鹿が食われた!」「そんな手術システムねえよ!」と、ゲラゲラ笑いながら鑑賞出来たと思うのです。それを、エンジニア仮説とか要らんハード気取りをやらかし、「大真面目に馬鹿をやる」のではなく「馬鹿が真面目ぶっている」としか言いようのないクズ映画が仕上がってしまったわけで。


と言うわけで、本当にどうしようもない屑映画なのですが、最初からゴミだと割り切ってB級を鑑賞しに行くつもりならお勧めです。そんな一発ネタに高い3D仕様料金払いたくない、と言うのは全くその通りなわけですが。



当BLOG内の、その他の映画関係記事はこちら






  
タグ :映画SF


Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)アニメ・映像系

2012年08月21日

こいつはひでえ/映画 リメイク版「トータル・リコール」 感想


追憶売ります (ハヤカワ文庫SF)


↑原作はディックですから、そもそもそのまんま映像化してもハリウッド映えするはずもなく、改変は必然。とは言え今回のは……


「トータル・リコール」は、1990年に公開された名作(と言う事になっている)映画のリメイクです。
リメイク前からして色々歪だったのですが、圧倒的な視覚効果やスピードで推しきっていた作品でした。(念のため言うと、これはハリウッド映画の基本スタイルです)ところが、今回はもう滅茶苦茶。監督と演出と美術を、三人集めて殺し合いをさせたいくらいの状態です。

欠点は多岐にわたり、いつものように結論を簡潔に書くのが難しいのですが、無理にまとめるとこうなるでしょうか?


・設定が支離滅裂で滅茶苦茶
・そこまでして特殊な設定を導入したのに、演出と乖離している
・って言うか、センスが古くさいんだよ!


まず最初ですが、今回の設定は以下のようになっています。

「化学戦争で荒廃した地球は可住地域が限られ、2つの国家だけが生き残っていました。ブリタニア連邦(EU)は、従属国家『コロニー』(オーストラリア)を支配し、その労働力をフォール(地球貫通トンネル)で毎日通勤させることで利用していたのです。しかし、技術革新によりこの労働力は不要になったので、コロニーを滅ぼすことにしました」

最終段が、明らかに他の設定と繋がっていない事に気づくと思います。
労働力が不要になったのであれば、単に入国を制限すれば良いだけです。両国はフォールで繋がっているだけなのですから。

と言うか、フォールが完成する前は両国はどうやって交通していたのかとか、そもそも問題は労働力だけなのかとか、突っ込み出すときりがありません。フォールで侵攻してくるのが解ってるのに、防衛措置すら取らないコロニーとかね。あれ、出口から大量の質量を穴に放り込むだけで簡単に止められるでしょ。

と言っても、繰り返しギャグのようにしつこくプッシュされる妻役の工作員とか、無意味に射殺される親友(主人公の行動に必然性はありません)とか、脚本は何もかも酷すぎるので、段々どうでも良くなってきます。

そして、これは前作でもそうだったのですが、何故諜報機関が主人公の記憶をいじるだけで放置したのか意味不明なのですよね。監視置くくらいなら、殺しちゃえばいいはずなのですが。今回は一応罠として放置した、みたいな事を言ってるんですが、主人公の記憶が戻ったのは偶然で、何がしたかったのか意味不明です。

まあ、設定がおかしいのは前作からの引き継ぎ部分も大きいので、この部分はこれくらいで流しておきます。
ただ、新規に投入された設定で、有効に機能している物が1つも見あたらなかった、と言う事だけは指摘しておきましょう。

まあ、それ以前のものも多すぎますけどね。ブリタニアとコロニーは別の国のはずなのに、コロニー内をシンセティックが最初から大手を振って歩いてるし。それどころか、「シンセティック」が自律行動型ロボットだという超重要な設定(これが量産ベースに乗ったので、コロニーの労働力は不要となる)が、どこでも説明されてないとかな!


そして、2番目。設定の滅茶苦茶さが、むしろ問題の中心です。

何しろ、「化学戦争で滅びかけた地球」のはずなのに、登場人物達は常時素肌を剥き出しで、降り注ぐ雨に濡れまくります。一応ドーム都市かとも思ったのですが、終盤で主人公がガスマスクが必要なエリアからヘリで直接都市内に乗り付けているので、間違いなく地続き。
それどころか、ガスマスクを付けて活動している場所ですら主人公は半袖姿で、頭が痛くなります。

大体、コロニーをブレードランナー丸出しの「猥雑なアジアテイスト」で描いておいて、その中で平気で小綺麗なデジタルガジェットが出てくるのは、何考えて脚本書いたんでしょうか?それで居て、一番未来ガジェットとして強調すべきリコール社の施設が似非中国風ですよ。あのなあ……

デジタルガジェットを出すなら、猥雑な雰囲気と混ぜる方法はいくらでも在るわけです。ディスプレイをCRT風にして描写するとか、剥き出しの基盤とか、それこそサイバーパンクの十八番ですから。

この「小型のデジタル機器出しときゃいいだろ」みたいな投げやりな演出は徹底していて、前作でもっとも有名だった「変身装置で税関突破失敗」のシーンで使われるガジェットが、単なる「立体映像被せる首輪」になってる始末。退化してるじゃねえかよ!!

そもそも、「記憶が偽か真か」がキモなのに、開始直後に工作員視点のシーンを入れてしまう監督は、一回専門学校からやり直すべきだと思います。叙述トリックが成立しないでしょ!?
ラストシーンのシンセティックとの格闘戦(これ自体本作のダサさの真骨頂ですが)で、主人公の工員経験(植え付けられた記憶)が役に立つのかと思いきや、そんな事は全くない展開とかも。


でまあ、もう書いているだけでも疲れてきたのですが、3番目。
中盤に出てくるブリタニアの未来都市が、「エアカー」と「ジェットヘリ」と「縦横に行き来する空中エレベータ」と言う、泣きたいほどに20世紀テイスト。一周回って新しい、と言う事もなく、つまんないカーチェイス(路面との摩擦が無いせいで逆に安っぽい)から一般人を巻き込むことを微塵も考えないテロリスト面目躍如の連続アクションまで、最悪の予定調和が続きます。どう考えても先回りできるはずのない場面で、毎回出てくる妻役工作員とかね。

シンセティックとか、折角の自律行動ロボットなのに、普通に手で人間用マシンガン持って射撃するか格闘かの二択ですよ。ロボコップ(とED209)の方が、今観てもよほど未来でしょう。

この辺ひょっとして、あえて古さを残すためにわざとやってるのかも知りませんが、ウンザリするだけです。

映像は結構頑張っていると思うんですが、ゴミみたいな脚本とクズみたいな演出が全部ぶっ壊しているので、見に行く価値は全くありません。
いやあ、久しぶりに酷い物を見ました。今度見に行く予定の「プロメテウス」と違って、事前に覚悟を決めていったわけではないので大ダメージです。やれやれ。



当BLOG内の、その他の映画関係記事はこちら


  
タグ :映画SF


Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)アニメ・映像系

2012年08月15日

映画「おおかみこどもの雨と雪」 感想

おおかみこどもの雨と雪 (角川文庫)

多少の問題はあったとは言え、サマーウォーズは文句なく面白かったわけなので、同じ監督作「おおかみこどもの雨と雪」を、コミケついでに東京で観てきました。

しかし、残念ながら感想は「これはダメだ」となりました。
普段なら、何点かに絞って重要な点を指摘するのですが、今回に関しては問題点は単純すぎて、一言に絞れます。

つまり、
「主題を盛り込みすぎて破綻している」
と言う事です。

とにもかくにも、放り込まれたテーマ・要素が多すぎ、それぞれが完全に練り込み不足です。そしてその結果、全ての描写が中途半端かつ衝突を起こし、完全に作品が空中分解しているのです。

この映画に盛り込まれたテーマを、列挙してみましょう。
「出産」「子育て」「自然と文明とその選択」「子どもの巣立ち」「子どもの成長」「地方社会への溶け込み」「片親の苦労」……
それぞれがリンクしている部分もありますが、どれもこれも映画一本分の質量を持っています。しかもこれが、ほぼ平等に時間と労力を投入されているせいで、中途半端にならざるを得ません。

勿論、それぞれがサブのテーマであれば、構わないんですよ。トトロやサマーウォーズにおける美化された田舎のように、パーツとしての機能なら、アンリアルや描写不足などどうでも良くなるのですから。

ところが本作の場合、どれもこれも重要なパーツとして配置され、しかもことごとく中途半端。雪は同級生の女の子達から変だと言われただけで狼を捨て、雨はちょっと学校になじめなかっただけで自然に逃げる。(狼って群れの生物だぞ。自然界なめんなよ)貧困層に落ちたはずの母はいつの間にか車を新調できるほどの余裕を持っており、田舎への受け入れは「近所が親切だった」で完了。そもそも、「狼か人か」を選ばせるという母親の感覚も意味不明(父も人間として生きてきているので、母親に我が子が狼として生きることを許容する素地がない)で、まるで説得力がありません。

他にも、細かい部分で中途半端にリアルに扱ったまま放り出す洒落にならない描写が多く、まるで集中できませんでした。
例えば、狼男である父親は戸籍も免許もありそれまで人間として社会の中で生きてきた、という前提があります。そして、それが各種の小道具(免許証・子ども達の経る苦労)と共に提示されるので、どうしても「狼男とは何なのか」と言う所に疑問が行きます。しかし、そこは完全にスルーされます。
予防接種がどうこうとか児相が訪問をかけると言ったイベントもあるので、これまた「狼人間はどのような生物なのか」、「社会からの圧力をどうするのか?」と言う問題が湧いてきます。しかし、これもスルー。って言うか、予防接種もしてねえ子どもを細菌窟の田舎(下水道すらないっぽい)に放り出すとか、あの母親は子ども殺す気ですか?
あれだけ重要な雪の同級生の問題も、まともに描写しないまま重要な役割を振ったあげく強引な演出だけで終わらせるし、「話」になりません。

文部省推薦で補助金取ったせいなのか知りませんが、いい加減にテーマを絞り込んで一本の線にまとめる映画に戻って欲しい物です。新版時を駆ける少女は、そう言う映画だったわけですし。

そしてですね、本当に勿体ないのは、こんなに酷い脚本なのに演出は凄いんですよ。
風雨が吹き込む学校の教室で揺れるカーテンの演出とか、お約束を愚直に貫いてシーンとして完璧に決まっている。なのに、そこに至る脚本がグダグダなので、安っぽいダメシーンになってしまっている。
雪の上を転がる三人の描写は躍動感があり、観ているだけで幸せな気分になれます。しかし、そのシーン自体に意味は無く、その直後の重要な転換点(雨の変質)は超適当。
雪が暴走するシーンの緊迫感は見事なのに、転校生の描写がいい加減(初対面であの追い詰め方はおかしいでしょう。何らかの理由、あるいは「間」が必要なはずです)すぎて浮き上がってしまう。
こんなのばっかりです。

結局、見終わった時の感想は、「全52話×数期の長編アニメをダイジェスト2時間で見せられて意味不明」と言う物でした。今「おジャ魔女どれみ」マラソンが第3期まで到達しているせいでそう感じたのかもしれませんが、1クール1年くらいで描き込み、ちゃんと選んだテーマ一つ一つに向き合う労力と時間をかければ、素晴らしい物になったんじゃないかと思います。

正直、現状では脚本グダグダ演出だけ光っているという「晩年の宮崎駿」状態なので、まるで評価できません。
細田監督は、映画じゃなくてテレビシリーズを任せた方が、凄い物を作ってくれるんじゃないかと思います。それこそ、宮崎駿がコナンやホームズで名を馳せたように。



当BLOG内の、その他の映画関係記事はこちら
当BLOG内の、その他のアニメ関係記事はこちら



  


Posted by snow-wind at 22:00Comments(3)アニメ・映像系

2012年08月01日

まどか☆マギカ MasterCard の勧誘が完全に詐欺である件

ちょっと洒落にならないので、書いておこうと思います。


魔法少女まどか☆マギカ MasterCard UPty誕生!
http://madoka-magica-card.jp/?cd=0002A


こう言うカードの紹介が、公式 twitter から流れてきまして、見に行ってみたわけです。
洒落で契約しても良いだろう、くらいの気持ちでね。
ところが、詳細にWEBページを見ていたところ、とんでもないことに気づきました。

このカード、なんと「リボ払い専用」なのです。

一々説明するまでもないですが、カードのリボ払いというのはサラ金真っ青の高金利であり、有り体に言って馬鹿しか使わない機能です。それが、最初から固定。

まあ、それ自体はいいんですよ。馬鹿しか契約しない馬鹿専用カードだって、あって悪いことは無いのですから。

問題は、この「まどか☆マギカ MASTER CARD」がリボ払い専用だと、リンク先のどこにも書いていないところ。
これを確認するには、ページ最下段左にとても小さく書かれている「UPtyの詳細はこちら」と言うリンクをたどる必要があります。

そのリンク先がこちらで、何やら解りにくい表が出てきます。
どう言うことかというと、実は「リボ払い専用」であることを明記した「UPty」そのものの紹介ページは別にあるにもかかわらず、わざと支払い方法の説明ページに飛ばすようになっているのです。

ただのリンクミスかとも思ったのですが、サイト全体を見ている内に、完全に故意の詐欺だと確信しました。

何しろ、上記ページにこう書いてあるのです。

※ お支払方法を聞かれた場合、「1回払い」とお申し出ください。自動的にすべて「リボ払い」となります。

これは、完全な詐欺です。
何故なら、「1回払い」と申し出る段階で、利用者は「リボ払い専用」であることを認識していないわけですから。これって、利用者が錯誤に陥っていることを前提にした説明書きですから、どう見ても詐欺ですよ。一般用語(広義)じゃなくて、法律用語(狭義)のね。
つまりは、わざと説明を省いて、リボ払いの認識がないまま顧客から利子をふんだくろうという魂胆です。額縁付きの錯誤誘発で、よく今まで裁判にならなかったものだと呆れてしまいます。
まあ、負けると解っていて、苦情が来たら個別に返金・解約に応じていたのだろうと思いますが。

それにしても、なんか検索するとポイントが多く付くことを褒め称えるページが一杯出て来るんですが、どう言うことなんでしょう?

閑話休題、最高に悪質なのは、この「まどか☆マギカ MASTER CARD」は、「リボ払い専用」である事を明記したページを一切経由することなく契約が可能な点です。
「僕と契約してカード会員になってよ」のリンクをクリックすると、そのまま契約画面に飛べ、リボ払い専用の特殊カードであるという事を明記したページは経由されません。「きかれなかったら答えなかった」?そんなキュゥべえのセリフが通用するのは、アニメの中だけなんですよ。

契約ページの規約も全部読んでみたんですが、リボ払いしかできないというのは、少なくとも明確には書かれていませんでした。支払いについての「当社規約にのっとり」の部分で、丸投げしているようです。


8/2 追記
コメント欄での指摘を受け再度確認したところ、ショッピング・キャッシングの表に支払い方式がリボルビング払い、と書かれていました。
最初に確認したときに見落としたのか(「リボ」で検索もかけたんですが……)追記されたのかは解りません。どちらにせよ、規約の部分については現在当てはまりません。


別に、好きな作品に関して、どんな下らない関連商品が出ようが残念なソーシャルゲームになろうが、私は文句を言うつもりはありません。金を払いたい人間が払えばいいのです。
しかし、このようにファンを詐欺にかけるような真似をされては良い印象は持ちようが無いですし、少なくとも提携相手の選定やコンテンツ利用の管理はしっかりするべきだと思います。

QBだから、みたいな許し方を絶対にしちゃいけないところですよ、これは。だって、冗談じゃなく実害が出るんですから。

幾ら何でも酷すぎる(と言うか明確な詐欺)なので、この件についてはエントリーを書かせていただきました。
皆様、ゆめゆめ引っかかったりしませぬよう。

闇金ウシジマくん 1 (ビッグコミックス)
カード関係の酷いところは本当に酷いんですよねえ。クレジットカードは、↑でも、ちょくちょく小道具として登場しております。


当BLOG内の、この他まどかマギカ関係のエントリーはこちら

  


Posted by snow-wind at 18:00アニメ・映像系

2012年07月25日

ダメだこのサイト/東映アニメBBで「おジャ魔女どれみ」を視聴

おジャ魔女どれみ(1) [DVD]

↑さすがの児童アニメで、DVDは1枚5話(1巻のみ6話)収録。レンタル屋で借りれば1期1,000円かそこらで全話見れます。対して、このダメサイトはと言うと……(以下本文参照)



私のオタクとしてのメインフィールドは、BLOGを見てのとおり、ゲームと小説でして、アニメはどうしても手薄になっています。
と言うわけで、定期的にマスターピース補充を意識的に行っているのですが、今回DVDレンタルより手軽な(はずの)、配信を試してみることにしました。

バンダイチャンネルの評判の良さは聞いていたのですが、今回視聴を思い立ったのは「おジャ魔女どれみ」。残念ながら版権所有は東映なので、東映アニメBBでの視聴になります。

回線も十分に太くなりましたし、名作にレンタルよりも直接的な形で金を払うのは、オタクとして気持ちが良いというのもありますね。
しかし、何より重要なのは、ネット配信というものの利便性です。YOU_TUBEは一時期オールドアニメの違法視聴地帯になっていましたが、あそこであれらが大量に視聴されたのは、無料である事よりもクリック一発で見れる利便性が受けたからに他なりません。そもそもあそこで観られていたような作品は、一週間レンタル105円が相場の、市場価値としては死んだ作品だったのですから。

と言うわけで、金を払って東映アニメBBの視聴を始めたのですが、感想は表題のとおりになりました。
とにもかくにも、「何故ネットで各種の映像が見られているのか」「そもそも見てもらうにはどうすればいいか」を考えていない、ふざけた代物だったのです。

順番に見ていきましょう。
まずは、基本的なスペックの面です。

1,無駄に容量がでかいくせに低画質
東映アニメBBは一話当たり400mb程度の容量となっています。ところが画質としてはYOU_TUBEと体感的に変化無く、かと言って低速端末で見るには無駄に巨大です。こう言う場合、画質と容量を分けた視聴モードを用意する物だと思うのですが、その程度もやっていません。

2,高い
上でも書いたように、児童向けのオールド作品は、DVD1巻あたり4話程度で一週間105円が一般的な市場価値です。それに対し、ここに限らず配信は一話105円、まとめ視聴でも一話80円程度と市場価値の四倍の値付けです。
加えて、画質はDVDより落ちているわけです。また、DVDと違ってレンタル→ダビングと言う事も出来ません。それはそもそも違法云々というたわごとは、DVDメディアの補償金を撤廃してから言って貰いましょうか?
要するに、市場価値の4倍の値付けに見合う物ではありません。


そして、「ネット配信」として余りに不細工な諸々が、ユーザー=私の怒りをかき立てます。


3,パソコン一台限定
本当にビックリしたのですが、視聴はDLした「パソコン1台」でしかできません。
居間のパソコンで見ていて、家人が帰ってきたのでノートパソコンで続きを、ですとか、スマホに放り込んで出先で見る、と言うような現在当たり前になっているマルチ利用ができません。こんなところで、DVDに完敗するとはどう言うことでしょうか?
それどころか、公式ページに堂々とPC買い換えたりOS再インストしたら、ライセンスもう一回買え、と書いてある始末。客をなめている、とは正にこんなのを言うんだなあ、と実感しました。

※こう言うことを書くと、毎回「windows media DRMだから当たり前だろ」みたいな説教をしてくれる人がいるんですが、ユーザーとしては「知るかよ!」の一言です。そんなもんを採用するなと言う話をしているときに、採用したソフトの仕様の話なんぞされても意味がありません。
採用されているDRMの仕様を調べてから使うべきと言う話になるなら、そんな詐欺サイトの確認みたいな事をユーザーがしなければならない段階で、広めるのは無理なんですよ。iTunesやAMAZONを見習えと言うのは、正にそう言う事です。

4,視聴「開始」にネット環境必須
東映アニメBBは、ローカルにファイルを置いておけるのを売りにしています。が、上記のように、パソコン一台のみ限定なので、全く意味のない機能になっています。
しかし、ローカルである以上、本来なら回線が繋がらない場所でも見れるのが、もう一つの売りになるはずです。
ところが、この視聴、DL時に認証が必要にも関わらず、「各話」の視聴「開始」時にも認証が入ります。つまり、喜び勇んで出先に持って行ったりすると、ファイルはあるのに認証ができず視聴は不可能になります。
しかも、認証の先読みのためか、認証が入る1分ほど前(アニメならエンディングが流れている最中)から、再生中の映像が途切れます。

ちなみに、事前に全てのエピソードを数秒間再生しておけば、一応この問題はクリア出来ます。もっとも、短期間で認証を繰り返すと、ソフトがエラーを吐いて「OSの再起動」をしない限り動かなくなりますが。恐らくコピープロテクトの一環なのでしょうが、喧嘩売っているとしか……

5,IEで落とせ
笑えるのですが、ファイルのDLはIEでないとできません。DL/視聴に専用ソフトまで用意しておいて、ファイルの登録がIEを介さないとできない意味不明の仕様になっているのです。
なんで自分のページからファイルをDLするのに進めないのかと、迷いまくることになりましたよ。あ、Macにも対応してないらしいですから、注意した方がいいですよ。
勿論、こう言う諸々は、FAQ漁らないと出てきません。クレジットカード番号入れる前に警告があるわけでもありませんので、余裕で返金義務が発生するんですが、東映は馬鹿なんでしょうか?誠実以前に、トラブルの元ですよ。

6,月額プランは、もっと意味不明
第2期が丁度、月額見放題プラン(バンダイチャンネルと違い、一月ごとに6本程度が入れ替わるだけ。はっきり言ってショッパイです)の対象になっていたので契約してみたのですが、これまた酷い内容。
まず、月額プランの場合強制的にクレジットカード番号がサイト側に記録されます。(これ、ガイドラインに違反してる気がするのですが……)そして、毎月強制的に更新されるという仕組み。
なお、クレジットカード情報の「削除」はできず、これを防ごうとする場合はデタラメな情報に「変更」しておくしかありません。だから、情報削除できないのは、個人情報保護上大問題だろうと……

しかも、これで見放題プランの対象となった作品は、何故か一括DLの対象となっておらず、一話一話クリックしてDLする必要があります。本当に馬鹿ですね。
DLした後も、専用ソフトで一括登録ができないので、一話終わる度にクリックし直すゴミ仕様。こう言う見放題プランは、リストに放り込んで流し見と言うのが基本スタイルになると思うんですが、不可能となっております。一応、メディアプレーヤーを起動して自分でリストを作れば並び替えはできますが、タイトル順で並び替えると話数一桁と二桁が混在し、結局手動で並び替える必要が出てきます。ド素人ですか?今時、その辺の一般人だって、CDのリッピング時などにこの手の問題はクリアしてますよ。
と言うか、桁数揃えれば良いわけですし、そもそも何のためのDL/再生一括管理ソフトなのかと。


・結論
海賊版よりも低品質で不便極まるサービスなど、誰が使うか!
結局、音楽業界がiTunesになぎ倒されたように、映像産業も黒船にボコボコにされるまでこう言うことを繰り返すんだろうなあ、と言う予想が容易に出来てしまうのが悲しすぎます。
そもそも、違法視聴ではなく公式配信を選ぶ段階で、ユーザーは有望な顧客に他なりません。その相手に対し、注文の多い料理店よろしく、無意味な手間や理不尽な制約を課し、「著作権保護にご協力下さい☆」とか抜かされても、「そもそも協力してるから金払ってるんだよ!死ね!」と言う感想しか湧きようがないのですよね。
これは、ちゃんと正規料金を払って映画を見に行く度に見せられる気持ちの悪いCMや、発売日にゲームを買ってきてワクワクしながら起動した途端に見せられる、雰囲気ぶち壊しの警告文と同じです。あれらはまあ、ボタン押すなり15秒待てば消えてくれますが、ここに見られるような不便さは、そのままユーザーにのしかかるわけで。

おジャ魔女どれみが、十数年前に友人が絶賛していたとおりの作品で、(時代性から来る経年劣化は否めないものの)かなり楽しめただけに、残念でなりません。
あと、東映アニメBBは、運営会社が変わりでもしない限り、二度と利用しないと思います。マスターピース補完欲が高まったら、まずバンダイチャンネルなりオフラインのTUSTAYAなりを覗けばいいかなと。


8月19日追記
払い込んだ一月分の特定作品視聴権で「#」と「も~っと」を見終わって、第四期の配信ページを見てみたら、何故か現在利用不可。
どうも、月額配信に前後する物は、通常の配信を止めている模様。ええと、本当に馬鹿なんですか?月額定期への動線確保とか考えてるのかもしれませんが、前期まで見終わって次の期が配信されてなかったら、普通に客は逃げますって。大体、一般視聴の方が高いわけで、そちらを選んで翌月を待たずにすぐ見たい、という需要を根こそぎ無視するって、商売としても悪手ですよね。
これなど正に、わざと不便にして長く美味しい客を…… と言う事なんでしょうが、いい加減にしろよと言う感想しか湧かないわけです。そもそもレンタルじゃなくてネットを利用する客は機動性を何より重視するわけで、その斜陽産業たる邦画業界の大艦巨砲思想から抜けないと、いくらキラーコンテンツがあっても沈んでくんじゃないですか?こうやって、資産を活かすことなく沈没させているわけですし。




当BLOG内の、アニメ関係のエントリーはこちら


  


Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)アニメ・映像系

2012年07月17日

2作目はやっぱり……/映画「ピラニア・リターンズ」 感想

Score

↑日本のAMAZONではサントラしか売っていませんが、本国ではDVDも発売済。もっとも、輸入してまで観る価値があるかというと……


傑作馬鹿映画だった、前作の感想はこちら


北海道では8月公開、しかも2Dのみとか言う悲しい田舎仕様だったので、連休に本土まで遠征して「ピラニア・リターンズ」(原題は、前作最後の予告にあったとおり「ピラニア3DD」)みてきましたよ!
……嘘です。用事のついでに観ただけなんです。でも、それくらいの価値はあると思ったんですよ。鑑賞する前は!

と言うわけで、去年観た作品の中ではエンジェル・ウォーズ(感想はこちら)と並ぶ、素晴らしい馬鹿映画だったピラニア3D、その続編たる「ピラニア・リターンズ」を鑑賞してきました。
そりゃあ、観る前はワクワクしっぱなしで、トイレに貼ってあった多分公式の宣伝ポスター(前作同様漫画太郎謹製)にニヤニヤしてたわけですよ。
ところが、これが困ってしまうくらい残念な映画だったのです。

設定としては、前作から一年。ピラニアの大増殖でゴーストタウンになったヴィクトリア湖の近隣で、安全なプールがオープンしようとしていたが、そこにピラニア大襲来、と言う、本来外しようのない設定です。

しかし、面白くない。

勿論、馬鹿映画として最低限の水準は満たしているのです。しかし、前作のように、ポップコーン片手に身を乗り出し、馬鹿笑いしながら(許されるなら奇声も上げたいくらい)ノリノリで鑑賞できる傑作かというと、全くそんな事はないのです。

この原因は、大きく3つに分けられると思います。


1,シナリオラインがグダグダで描写不足
2,そのくせ、無駄な要素が多すぎ
3,って言うか、予算足りてねえよ!


1ですが、前作は「湖に溢れたピラニアが、徐々に被害を拡大させ、最後はフェスの最中に大襲来」と言う物でした。要するに、「ピラニアが出たぞー!」と言う舞台説明を済ませたら、あとは「オッパイ → 血しぶき」のコンボをらせん状に束ねて、シナリオが進む毎にこの規模が大きくなっていく形です。シンプルですね。

ところが、今作の場合、シナリオが解りやすく繋がっていません。
まず、序盤にピラニアの被害が出るのは、「前作の舞台であるヴィクトリア湖の、近くの湖」です。と言う事は、まずは「ヴィクトリア湖 → 今回の湖」のピラニア移動を描写しなくてはならないのですが、これがありません。「何故かその湖にいたピラニアが被害者を食う」だけです。そして、「何故そこにピラニアが居たのか」は、前作のドクが口頭で説明するだけ。ちゃんとピラニアの巣を出したりして盛り上げていった前作とは雲泥の差です。
しかも、トリであるプールへの襲来は、「実はプールの水は地下湖から汲み上げた物だったから」と言う理由。つまり、序盤のピラニアの被害とプールの被害は関係ないのです!

また、ピラニアの移動能力をしきりにアピールしているのですが、これもシナリオには全く関係ありません。って言うか、地下湖から汲み上げてたなら、オープン前テストの段階で奴ら来てたと思うのですが……
「馬鹿映画なのでシナリオなんざどうでも良い」と言うのは、「細かい事が気にならないように解りやすい話にしなくてはならない」と言う意味です。どうも、その辺を勘違いしているとしか思えませんでした。
と言うか、シナリオは本来「どうでも良い」のではなく、「個々のシーンを盛り上げるための演出の一部」だと言う事を再認識したり。

段々と話と演出を盛り上げていって、最後の狂宴に繋げるには、余りにもシナリオ(と言うか進行)が力不足です。


そして2。
恐らく本編の迷走にも関わってくるのですが、余計な要素と共に「伏線だと思った?残念、何の意味もありませんでした!」みたいなシーンが多すぎます。最初の死体からあふれる卵やギャグシーンなど、ピラニアが生物に卵を産み付けているのかと思ったのですがそんな事はありませんし、「頭がよい」とアピールしていた割にやってる事はただの体当たりで、前作と同じです。
結局何の意味もなかったロシア人の医者や、活用されることの無かった馬鹿カメラもそう。って言うか、アダルトプール、結局最初しか出てきませんでしたよね!?
完全に「なかったこと」になっている前作ラストの伏線は、次に書く予算不足の問題だと思うのですが。

デヴィッド・ハッセルホフの本人ネタは、ゾンビ・ランドのビル・マーレイ同様面白かったんですが、アレも露骨な尺稼ぎでしたしねえ……


でまあ、全ては3に集約されると思うのですよ。
今回、明らかに予算が足りていません。エキストラは足りないですし、残虐シーンも控えめ。オッパイも、綺麗で大きなオッパイは少なく、多分女優に余り金をかけられていません。観た映画館の問題もあるかもしれませんが、3Dも今一で、前作のパラセーリングにおける「オッパイだけ画面から飛び出してくる衝撃映像」みたいな、3Dを最低かつ最高に利用しようという気概は観られません。

大体、折角のプールなんですから、色々できるじゃないですか。ウォータースライダーをピラニアが滑り降りてきてギャー!とか、波のプールでザッパーン!とか、それで外れたビキニのトップからピラニアがこんにちはとか、3秒ごとにIQが1%低下するような、そんな諸々を期待するじゃないですか!なのに、画面では、単にエキストラが安っぽく逃げ回っているだけ。
ラストのショックシーンをあんな風にするのなら、子役もちゃんと食わせろとか、色々言いたいことが目白押しになります。しかし、そう言う諸々は、SFXや撮影期間や役者のギャラを削る中で、きっと次々に切り捨てられていったのでしょうね。
続編需要を当て込んだ、短期・低予算企画、そんな身も蓋もない事実が、画面からにじみ出るような80分でした。


あるいはこのピラニア・リターンズ、「2作目は劣化コピー」という、B級映画のお約束を忠実になぞる、と言うネタなのかもしれません。でも、B級はB級でも間違いなくある種の芸術として完成していた前作に対し、「ほら、ネタだからこんなもんでいいよね?」みたいな志の低さが鼻に付く本作は、評価することはできません。
くそまじめに、真っ向から、魂を賭けて作られていた前作は、やっぱり奇跡だったんでしょうかねえ。

実に、残念でした。前作は、本当に素晴らしかったのですが……



当BLOG内の、その他の映画関係記事はこちら



  
タグ :映画


Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)アニメ・映像系

2012年07月05日

最後に行くほど悪化/ロボティクスノーツ クリア後感想

ROBOTICS;NOTES (通常版)

これまでの感想は、こちら

ROBOTICS;NOTES、一通り終わっての感想です。

実績全解除までプレイしましたが(と言うか、最終章のトゥルーエンドとバッドエンドを見たら、勝手に解除されました)結局魅力を感じることはできず、心を震わせられることもなく終わってしまいました。
最後の感想は「ああ、終わった。これで、これ以上プレイする必要は無いんだ」で、要するに全くダメです。

プレイタイムは32時間くらいになっていますが、途中でコントローラを放り出してカルドセプトの対戦をプレイしていた時間がかなり入ってますから、実際にはSteins;Gateより少し長いくらいだと思います。


では一応、細かい部分の感想などを以下に。


最終章に入る前に、前作メンバーのTweetが表示されるフラグを回収したのですが、これまた面倒。ただ、これはあくまで隠し要素なので、特に問題とは言えません。問題なのは、あくまでも、隠し要素と同じレベルのフラグ立てを本編に要求していることです。


さて、最終章が始まったことで気持ちは盛り上がっていたのです。ですが、開始早々全く変わらないクソ主人公の独白で台無しです。ここから盛り上げようと言うときに、ロボなんか興味がない、と言う主人公のセリフで幕を開ける事に、本当に何の疑問も持たなかったんですか?
この期に及んで綯と格ゲーどうこうとか、そのまま死ねと言わざるを得ないひどさです。
そして、問題はキャラだけでは勿論無く、ここに来て本筋のずっこけかたが洒落にならない状態に。何しろ、ロボは「いつの間にか」完成しているのですから!

あのですね、完成直前の修羅場と困難がないと、プレーヤーは思い入れを持ちようが無いですし、話としても盛り上げようがありません。これまでの蓄積があれば別でしょうが、ロボの製作自体はここまでストーリーに全く絡んできておらず、忘れ去られていたのですよ?
何より、クソうざい主人公がロボ部に参加する作劇上のチャンスなのに、それをまったくせずいつの間にか完成?主人公は特に手助けしませんでした!?

文字通り頭を抱えました。一体、なんでこんなシナリオラインになったのでしょうか?いや、このシナリオラインにするのなら、何故「巨大ロボット」をテーマにしたのでしょうか?
結局、話として盛り上がったのは世界の裏で進行する陰謀論だけで、中心にいたはずのロボ関連はどうでも良いイベントを散々引っ張ったあげく、ビタ一盛り上がらずに山場を越えてしまいました。と言うか、山なんかありませんでした。
ロボ完成後が本題だというのなら、ロボを拾うなりなんなりで手に入れるところから始めればいいのです。主人公にも本筋にもロボが必要ないのなら、オミットすればいいのです。格ゲーオタである主人公を絡ませるための小道具だとするならば(機能してないですけど)、傑作小説「ソリッド・ファイター」のように、その物ずばり格ゲーをテーマにするべきでした。これでは、物語としてどうしようもありません。箸にも棒にもかかっていません。

一応、ロボを巡る各人の思い・相違が重要なのかとも思ったのですが、フラウ・昴はともかく、取って付けたトラウマの淳和や全く共感を呼ばない(呼ぶようなイベントをここまで組めていない)部長辺りを見ると、明らかに違うわけですし。

「熱く」するために無理矢理突っ込まれた設定も、不合理な上に必然性がなく浮き気味。地形含めて位置情報を常時トレースしているなら、送電銃座を自動追尾にするのは簡単なのでは?と言うか、そうしない理由が無いと思うのですが。何しろ、操縦系の入力結果を未来予測で事前提示してくれるシステム、などと言うのが据えられているのですから。

他にも、そもそも足の構造がおかしく自重を支えるのは無理だろう(足は両側の足関節にくっついた極薄の鉄板一枚のみで脛と繋がってるんですよ。ストッパーもなく!)とか、支柱外して初の歩行テストするときに、足元に人がいるとはどう言うことかとか、なんか基本的な部分の滅茶苦茶さが一気に噴出してきます。特に後者とか、あとで起きる事故の伏線ですらない辺りが、もうね。(事故の時は、JAXAの人が監督していなかったのが原因、と説明されますが、監督下にあったときから同じじゃないですか……)
外装を外して骨格だけというコンセプトなのに、何故ダンボール型の「外装だけ」状態の設計になっているのか、とかね。

まあ、こうもロボ関連がグダグダだと目に付いてしまうのは仕方ないでしょう。プレーヤーに矛盾点を気にせず押し切る力が、シナリオになかっただけの話です。

で、その後のラストへ向けた最大の試練は、ちゃんと盛り上がるんです。ですが、この盛り上がりは言わば場外乱闘。理系プロジェクト物の本来の面白さを放擲し、単なる青春ドラマのフォーマットを演じているだけです。
前回紹介したほうかごのロケッティア、そしてその元ネタたる夏のロケットが典型ですが、「普通でないプロジェクト」を完遂することは、それだけで多くのドラマを生み出せます。SF作家のクラークや谷甲州が典型ですが、技術的特性に起因するトラブルを描くだけでも十分すぎるほどのドラマは提供でき、取って付けたような事故など別に必要ではありません。


ところで、ロボの座りポーズ、もう少し何とかならなかったんですか?腰が浮いてて、マニピュレーターで体支えてるんですが…… 壊れる上に、また転倒事故起こすでしょう。

で、万博のクライマックスも、あき穂の役立たずさアピール+主人公唯一の取り柄活かす機会に不在、と言う超絶ストレスフルな内容。あき穂が役立たずなのも、主人公が何もしないのも、これまでいやになるまでアピールされてきたわけで、今更繰り返さなくていいですよ。
ちゃんと実のあるシーケンスにしたいなら、あれは主人公が挑んでSUMERAGIに敗北すべきでしょう。それではじめて、格ゲーオタの主人公にリベンジを誓い能動的にクライマックスに関わるための、動機付けをすることができたはずです。


さて、ラスト近辺の展開については、どんでん返しから熱血展開に至るまで空回り。
陰謀論のお約束と言えばそうなんですが、世界経済を牛耳っている癖に、ロケット一機打ち上げるために十年がかりのプロパガンダとか、300人委員会って馬鹿なんでしょうか?君島レポートの真実にしても、世界に混乱を起こすという目的に鑑みると、非効率不確実意味不明と三拍子揃っていて、「そうだったのか!」ではなく「は?」と言う反応しか返せません。

そして、やっと主人公がやる気を出す展開に行き着いても、それまでの無気力さが祟り、まるで共感できません。だって、主人公は大きな怒りを抱くほどの何かを、これまで作中で提示していないのですから。
あれだけあき穂を蔑ろにしておいて、今更あき穂が傷つけられたと怒り出すのもそうですし、みさ姉に対してちゃんと向かい合ってこなかったのに、路傍の石と無視されたくらいで切れられても、ざまを見ろと言う感想しかないわけです。
特に前者なんて、あれだけ協力拒否を繰り返しておいて(裏でコソコソ動き回ってはいましたが、あれって別にあき穂のためってでもないですし、そもそも効果的でもなかったですよね)あんなことを言い出されても、じゃあもっと大切にしていると言う事をアピールしておけよと言う話になるわけです。
オカリンがまゆりに対して、表面的な態度と裏腹に、大事にしているとどれだけアピールしていたか、思い出していただきたい。

あげく、その直後のシーンで、落ち込むあき穂に嫌味だけ言って放置し、倒れる姿に振り返りすらせずに立ち去るとか、ええと、何ですかこれ?発破をかけるとかそう言う話かと思ったんですが、その場合せめて主人公のモノローグで立ち直ってくれ、と言う趣旨の発言させると思うんですよね。と言うか、普通させない理由が無いんですが、実際に奴が発するモノローグは「1分1秒でも早く。まずは空港までたどり着かないと」です。

主人公の問題を除いても、ネットが生きていて連絡自在なのに、「主人公が」わざわざ種子島に行かねばならない理由など別にありません。「知っているのは俺たちだけ」って、何のための情報コミュニケーションツールなんですかね?
勿論、物語としては主人公がやらねば意味が無いのですが、主人公が上記の通り、姿の見えない敵などよりよっぽどプレーヤーからヘイトを集めている状況なので、納得などできるはずもありません。

そうやって盛り上げるのに失敗したあげく、唐突にランディングギアが故障したから胴体着陸、みたいな茶番劇を挟むので、どんどんテンションは下がっていきます。

とにかくシナリオは最終段階において、陰謀論や超科学と言った想定済の部分ではなく、それ以外の基本的なところでグチャグチャになっていきます。テロリストを排除するために、何故一号機なのか。改造と言いますが、あの単なる足だけロボを一晩でどうこうなんて、何を言ってるのか解りません。まだ、壊れた二号機を運んできて修理、ならある程度納得できるのですが。
って言うか、トラックに装甲貼り付けて、モノポールモーターを爆発物として積み込んで自動車爆弾とか、そうじゃなくてもガソリン積み込んで突っ込ませるとか、実用的な代替案が山と思い浮かぶんですが……

根本的なことを言えば、ロケットなんぞ、遠距離狙撃で燃料タンクに穴でも開けてやればそれだけで打ち上げ不能になります。300人委員会への対抗機関があれだけ実力を持っているなら、スポーツライフルの一丁でも入手できないわけがないでしょうに。


あと、最後につながる中学生日記みたいな展開ですが……
もう、何も言わなくて良いですよね?この展開への伏線はありましたか?この展開にカタルシスを感じさせるための準備はしましたか?そして、この展開に必然性はありましたか?

ラストも、戦闘は盛り上がるかと思いきや、スローモー発動のエフェクトが長すぎかつ頻繁すぎて、ダラダラと長いだけになってしまっています。

と言うわけで、結論としては、「ノベルゲームとして失格」「システムやキャラクター造型など、基本的な部分がなっていない残念作」となりました。
途中良いところもありましたし、絵や音楽も頑張っています。ですが、根幹となるシステムとテーマに関わるシナリオ本筋、そしてそれを彩るキャラクターに魅力が全くなく、とてもお勧めすることはできません。




カルドセプト

↑同日発売だった3DS版のカルドセプトは、バランス調整もボリュームアップもネット対戦も、実に丁寧にブラッシュアップされており、移動時の友となっています。その内感想を書こうと思いますが、ゲーマーとして選ぶなら、絶対にこっちでしょう。
おかげで、ロボティクスノーツをプレイしている時間は、後半もったいなくて仕方ありませんでした。




当BLOG内の、その他ゲーム関係エントリーはこちら


  


Posted by snow-wind at 22:00Comments(6)ゲーム

2012年07月04日

本筋は面白いよ/ロボティクスノーツ 感想4

ROBOTICS;NOTES (通常版)

これまで、及びこれ以降の感想は、こちら

ROBOTICS;NOTES、淳和・フラウ・愛理各ルートの感想です。

一応自力でやり直そうと思ったのですが、Twitter返信タイミングがかなりシビアな上に、スキップが止まらない仕様に辟易し、序章終了前に攻略サイトを参照しました。テストプレーヤーから不満が出ないはずはないので、純粋に手抜きか練り込み不足でしょう。
Steins;Gateの時は、攻略サイトはグランドエンドくらいにしか使わずに、実績全解除までプレイしてるんですよ。あの程度の難易度・仕様なら普通に遊べるわけで、なんで今作では退化してしまったのか不思議です。


と言うわけで、まずは一番空気の淳和ルート。

フラグは、解いてみてもなんでこれで無ければいけないのかよく解らない代物で、自力で解くことを放棄して正解としか言いようがありませんでした。
とりあえず、実際の種子島でH-IIが展示されている棟をロボ組み立て用に使うシーンで、全方位カメラで棟内を見れるのにはちょっとだけ感動。横倒しになったH-IIのでかさは見学ツアーに参加したことのある者には印象的ですから、イメージが湧きやすいです。
……プレーヤーの中で、宇宙センターのバスツアーに参加したことのある人間が何人いるのか知りませんが。ちなみに、あのバスツアーはNASAの同系と違ってしょぼいので、十万以上かけてまで見に行くもんじゃないですよ。種子島、雰囲気はのどかで凄く良いところなんですけどね。

閑話休題、肝心のシナリオ内容ですが、参りました。淳和が、主人公とは真逆の方向性で話を進められないキャラクターなので、これまた無駄にシナリオが遠回りするのです。設定に比して強烈すぎるトラウマ(苦手意識ならともかく、12年経って過呼吸と脱力でクリニックに入ることすらできないって、そりゃ既に病気でしょう)とウジウジした性格のコンボですからねえ。そして、シナリオ自体も結局魅力的な題材を放擲して、この魅力に極めて乏しいヒロインのトラウマ解消ツアーという、どーでもいいもの。

この辺、またSteins;Gateとの比較になってしまうのですが、個別ルートが本筋と絡めていないのですよね。個別ルートが「魅力的な個別ヒロインの幸福を優先してしまった」バッドエンドという扱いだった前作は、各ルートは存在その物が本筋へのアンチテーゼであり障害だったわけです。これに対して、今作の個別ルートは主人公が本筋に何のモチベーションを持っていないが故に本筋とのリンクを持ち得ず、そもそも「主人公が本筋に絡む理由自体が無い」と言う根本的な問題点を浮き彫りにしてしまいます。

キャラクター面以外でも、大目的である万博出展まで「時間が無い」と言うのが序章から繰り返し述べられているポイントなのに、それを無視したかのように関係ないイベントが進むのは、シナリオとして破綻も良い所。
この章自体は、ドクというキャラクターの良さ(あれこそ、定型を積み重ねた丁寧な描写の勝利でしょう。声優さんの演技が上手いというのもあります)もあって、単品として結構綺麗にまとまっているのです。だからこそ、逆に本編のサイドストーリーとして「本編が進んでいる」描写とセットにしないと不味かったのではないでしょうか?

個別ルートを途中段階として本編の一部に組み入れてしまうと言うアイデアは、悪くないだけに、練り込みに足り無さが惜しまれます。と言うか、この形式だとそもそもルート分岐は必要なく、最初から全編通しで見れるようにすべきだったと思うのですが……
攻略サイトを見たので前半から順次見ていきましたが、何も見ずにやっていきなり後半の章に飛ばされたらひどい事になったと思います。

そして結局、このフェイズ6では、ドクがロボ部への協力を拒否するきっかけだった代替ロボ作成の話がスルーされてますが、これで良いんですか?
ドクが切れて部長を出禁にした理由はそこなのですから、1号を棚上げして2号に移ると言う事を彼に納得させないと、意味が無いはずですが。逆に、もし6章のラストを真の意味で「解決」にするならば、ロボ部にドクが協力しなくなるきっかけは「倒れて弱気になった事」でなければなりません。なんでこんな構成になってるのでしょう?

なんか、どんどん疲労感が募ります...


続いて、キャラとしては昴とツートップで「立って」いるフラウのルート。

フラウの好感度を上げると入れるフェイズ7は、期待通りの面白さでした。陰謀論が現実の物となって火を噴き、正体不明の敵に追い詰められていく感じがたまりません。ロボ制作と対を為すシナリオの軸は、やっぱり良くできています。
種子島を襲う嵐と大規模な太陽嵐、そのさなかに発生するテロと濡れ衣と、一気にイベントを畳みかけスピード感は抜群。この辺の「引き」の強さとスピーディな展開が持ち味なわけで、本領発揮と言ったところでしょう。逆に、「引っ張り」が弱くなって妙に展開が冗長になるサーバー逆クラッキングのシーンは、このフェイズの中で一番残念な感じになっていますし。
結局、シナリオの迷走や主人公の造型失敗は、その持ち味を活かせない方向に舵を切ってしまったが故の齟齬なのでしょう。

実際その流れの中に組み込まれると、クソ主人公も、問題解決のきっかけとして格ゲーへの情熱(?)が機能して、うざさは大幅に減。むしろ、頼りがいが有るようにさえ見えてきます。
ま、例によって必要な事を喋らない(仲間が洗脳されていたって事をレポートの内容と合わせて指摘すれば、フラウがあそこまで落ちることはなかったですよね)と言う、上から目線系主人公の一番どうしようもない部分を踏襲していたりするので、好感度がプラスに転化するのは無理なのですが。

もっとも、折角シナリオが盛り上がるのに、不満点も積み上がっておりまして……

まず、ここまで君島レポート探しは自力でやってきたのですが、校内の物が見つけられずに再び攻略サイト参照。PC98のAVGみたいな不毛な作業を今更やらせて、一体何がやりたいのですか?
あと、太陽嵐って地上の一点を「直撃」できるもんじゃないだろうとか、そう言うのも気になります。別にトンデモ科学目白押しなんですから、そこは電離層の状態で未知の凸レンズ効果がどうこうとか、人工衛星を使ってイルミナティが収束させてるとか、そう言う話を挟んだ方が良かったのでは?陰謀論が真実!と言う大嘘が設定の根幹なわけで、他の部分ではあんまり意味のない嘘をつくべきじゃないと思います。

ちなみに、ここでフラグの一つとして出てくる「JAXA増田通信所の展示室にある人工衛星追跡ゲーム」ですが、これって実在だった気が…… サンダーバードみたいな光景の通信施設にある展示室で、お金がかかっていない割に面白い展示内容でした。見学したらストラップもらえたし。
個人的には、置いてあったゲームの中では、ステーションへのドッキング加減速を手動で行う、ロシア魂あふれる(ロシアは、誘導装置が故障したときにミールに手動でドッキングさせようとして衝突事故を起こしています)ゲームが、結局クリアできなかった事を良く憶えていますが。



そして、キャラクターの中ではあからさまに裏設定をアピールしていた、愛理ルートへ。

ところで、フラグはフラウルートと同時に立てたんですが、同時に立てても、片方が終わったら強制的にメニューに戻されてしまうのですね。こう言う意味の解らない仕様は、本当にやめて欲しい所。プレイ時間稼ぎなのかもしれませんが、ユーザーのプレイコストを無駄に高めてどうします?

このフェイズは、フラウルート同様、緊迫感が終始シナリオを強く牽引し、あきさせません。壊れ行く愛理と、残されたメッセージと、サブキャラクター達の過去。これらが一体となってグイグイ引き込まれます。大体ネタの予想は付くのですが、盛り上げ方はやっぱり一流。

しかし問題は、これがさっぱりロボ作りに絡んでこないこと。制作中のロボはフェイズ6以降一向に進まない、と言うか物語の背景程度の意味しか持たず、これテーマの選択間違えたんじゃないの?と言う疑問がムクムクと。

あと、主人公の行動に納得がいかないんですが、これはしょうがないんですかねえ。
陰謀論クラスの敵がバックにいるのに、愛理を警察に預けるという発想があり得ないと思うんです。コールドスリープは2019年でも非公開技術のようですから、世界の政府に根を張る300人委員会に察知されれば、愛理が処分されない理由が無い。何しろ、消された君島コウの遺児みたいなもんですから。
そうでなくても、治療法があるかどうかも解らないのに「解凍して下さい」とか、何事かと。他にも、警察によって死んだことになっていた(失踪後10年経ってますから、立派な死者です)愛理が発見されれば、愛理が解放したかった母親が刑事罰に問われることになりますし、何もかもが軽率すぎます。せめて、アイリの意思を確認してそれを言い訳に使わないと、シナリオとしては滅茶苦茶になってしまいます。
そもそも、愛理の病名が不明な以上、解凍しても死ぬのを待つだけになる可能性がかなりあるって、忘れてません?10年やそこらじゃ、実用レベルの難治疾患治癒術はそうそう開発されませんよ?

まあ、この部分以外は雰囲気も良くできていたので、フェイズ8自体にはトータルでそこまで印象が悪くありません。
ラストのあれはどう言うことなのかとか、疑問は尽きないのですが、多分ちゃんと設定的なフォローが来るものと信じて、先へ進めようと思います。



当BLOG内の、その他ゲーム関係エントリーはこちら


  


Posted by snow-wind at 22:00Comments(4)ゲーム

2012年07月02日

主人公とシステムが粗だらけ ロボティクスノーツ 感想3

ROBOTICS;NOTES (通常版)

これまでとこれ以降の感想は、こちら

ROBOTICS;NOTES、今回の感想範囲は、フェイズ4から1周目終了までです。

さて再開してそうそう前面に出て来る、JAXAと言う現実の組織がやけに引っかかります。種子島の射場が実質運用終了で、内之浦だけが元気とか、どうしてこう言う風になったのか良く解らない設定とか。

現在、H-IIシリーズが定期的に運用されている種子島と違い、内之浦は開店休業です。そもそも、JAXAと言う組織が、種子島系のNASADAが全く文化の違うISAS・NALを吸収し、実質的に支配下に置く形で成立した経緯ってもんがありまして…… トンデモ科学を基礎にしたSF作品(批判じゃないですよ。エンターテイメントとしてはむしろ王道です)に言うのも野暮なんですが、現実と正反対の設定を採用するなら、その理由があって然るべきだと思うのですよ。

何せ、実際はこの設定によって、引っかかる点が増えてきているのですから。例えば、種子島射場が機能を停止しているという設定のせいで、昴の父親の設定が説得力薄弱になってしまっていますし、舞台が種子島である理由が見えにくくなっています。
ロケットの夏のように、「もうロケットが飛ばなくなった場所」を舞台装置として使うのかとも思ったのですが、これも全然機能していないのですよね。ロケットに思い入れを持っているのは種子島の所長くらいで、主人公含め興味なし。良くて、男の子として憧れたことがある程度。どうにも意味が解りません。


そして、問題のキャラですが、ここまで辛うじて印象がプラスだったあき穂も、中盤以降見事に印象悪化。ガンツク1にこだわるのはいいんです。でも、それならそれで、ガンツク1を「現実に」動かすための改良なり代替案を提示すべきで、クソみたいな感情一点特化で突っ張る様子は見苦しいだけ。
スポンサーとJAXAの協力という、ある意味一番現実離れした設定を用意されて、ステッカーを貼るのも嫌・現実プランへの改良も嫌って、話が進まないでしょ?そして能力的にも問題外だと解っていくという、救いのないシナリオ……
なお、彼女の能力不足については、少なくとも今回の感想範囲では解決しません。

と言うか、何度も書いているんですが、プレーヤーは魅力的なテーマとして提示されたメインルート(巨大ロボットの建造と運用)に、早く行って欲しいわけで、それに頭の悪い突っ張りだけで横やりを入れるキャラには良い感情を持ちようが無いのですよね。
いわんや、またぞろ「俺の主義」とか言って話を展開させようとしない主人公をや……


とりあえず、この主人公造型は完全に失敗です。
ロボがテーマなのにロボに興味がなく、技術的な事は解らず、ロボ魂を象徴する幼なじみへの態度も不徹底。根本的に、主人公を張れるタマではありません。テーマに惹かれてプレイした人間を苛つかせるだけです。
それでもまだ人として魅力的ならいいんですよ。この手のプロジェクト物において、「技術的には全くだが関係者に惚れ込んで協力する」マネジメントや雑用担当者は華ですから。ですが、この主人公はそれすら欠如し、「このままだと安全性に問題が出て後輩が危険」と言う、TRPGにおける「マスター側から参加を促す助け船」すら「幼なじみ以外はどうでもいい」と拒否して見せます。(そこに力点を置くなら、それこそ幼なじみへの協力を言い訳に参加させればいいのに)本当、どうしようもありません。しかもこいつ、部外者や目上の人間に対してもこの態度なんですよね。呆れたことにタメ口ですし。ご両親はまともな人みたいなんですが、どう言う教育されてるんでしょう?
全く、良くここまで酷い脚本に出来たものだと、いっそ感心しましたよ。昴を主人公にして、海翔は台風の日に側溝に頭突っ込んで死んでるのが見つかる役とかにすれば良かったのでは?


何故こう言う細かい部分にこんなにこだわるかと言えば、話が本筋を滑り出すと、やはり面白いからです。おんぼろロボットをリセットして再出発するロボ部、熱い魂を発揮する場を与えられて輝き出す昴、成長へと歩み出す淳と、キャラクターの動きとシナリオの動きが連動して、一気に躍動感が出てきます。
自分の事を棚に上げて幼なじみに説教を始める主人公も、とりあえず話を前に進めるのであれば許せてしまえるくらいに。

しかし、プレーヤーが圧倒的に長い時間を付き合わされるのは、本筋以外の部分なのです……

どうしようもない主人公と女子連とのイチャイチャにしても、裏事情に絡むフラウのラインは悪くないのです。ところが、本筋から外れた格ゲー話だけが続く綯との絡みになると、もう苦痛しか残りません。
それと、あのミサ姉との過去設定、「越えられない壁」「取り残された悔しさ」なんて言うパーツを用意しておいて、なんで主人公をあんな風にしたんでしょうか?そこで壁を越えようとする、と言う方向にキャラ造型すれば、もっとシナリオラインはスッキリし、話もスムーズに進んだことは間違いありません。「自分がガキだと自覚する」と言うイベントを経たかったのであれば、序章でやっておくべきです。プレーヤーは、プレイを始めた瞬間から、主人公の鼻が曲がりそうな「ガキ」臭さに辟易しているのですから。

結局、豊富な人材や支援の前提はフェイズ2の序盤辺りでほぼ出そろっており、プロジェクト本格稼働が遅れるのは上記の、はっきり言って必要無い(やるにしても、1時間程度にまとめるべき)イベントがダラダラ続いて居たためなのですから。


ところで、綯さんは21歳みたいなんですが、大学出てないんでしょうか?まあ、どうせCERNだか300人委員会絡みでどうこうなんでしょうが、せめてあと2年くらい設定年代を遅らせるか、その年齢で不自然じゃない役目を割振って上げれば良かったのに。

とか思っている内に、フェイズ5が終わったところで、なんと初プレイが終わってしまいました。
ちょっと、予想外すぎてビックリです。フラグを立て損なったと言う事なのですが、あのTwitterモドキの返信パターンを解析しないと個別エンドにすらたどり着けないと!?

そして、2周目を始めて見ると、Twitterもどきの返信タイミングでスキップが停止しないという、驚愕の事実が……
これ、実質スキップ不可って事じゃないですか!!
あの、ひょっとして、喧嘩売られてますか?Steins;Gateはまだ自分でフローチャート書いて対応できましたが、今回のこりゃ無理です。とりあえずあと一周やって見て、勘所が見えなければ攻略サイト利用に移行しようかと。

繰り返しますけど、本筋の牽引力は悪くないのに、何故キャラ造型やシステム面でこんなに残念な仕様になっているのでしょうか?
なんかもう、疲れて来ました。AVGにおいて評価を決めるのはシナリオですが、それは快適なシステムと言う必要条件あってのこと。そこが蔑ろにされているので、現段階では高い評価は付けがたいです。

ただ、こう言うシナリオは、終わらせ方こそ評価の中心。そこまで行けば印象が変わるのは良くあることですから、最後まで続けてみたいと思います。



ほうかごのロケッティア (ガガガ文庫)

本作のような(理系)プロジェクト物は、SFにもジュブナイルにも名作があり、目の付け所は間違っていないのです。前に絶賛するエントリーを書いたこの↑「放課後のロケッティア」はその一角。多少主人公がクズだろうが、描き方・持って行き方一つで、見事に物語全体を魅力的にするコマにできるという好例でもあります。
同じ南の島という意味でも、本作には正にこう言うのを期待したんですがね。





当BLOG内の、その他ゲーム関係エントリーはこちら

  


Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)ゲーム

2012年06月30日

主人公がひどすぎる…… ロボティクスノーツ 感想2

ROBOTICS;NOTES (通常版)

ここまでとこれ以降の感想は、こちら

ROBOTICS;NOTES、今回の感想範囲は、フェイズ2の頭からフェイズ3ラストまでです。

序章ラスト近辺でそれなりに動き始めて好感度の上がっていた主人公ですが、本編開始と同時に元の木阿弥に。鬱陶しい態度と無意味に偉そうな言動で、プレーヤーのストレスを押し上げます。もうね、こいつは基本的に、基本的にコミュ障でろくに取り柄もないダメ人間なんですよ。たった1つのゲームの世界ランカーと言う、ゲームオタクとしても非常に半端な位置の癖に、全ての言動が上から目線で何こいつ状態。新入生を馴れさせるために模擬格闘をやったらどうかと言われて「俺、練習試合だろうと相手が素人だろうと、絶対に手を抜かない主義なんだよね」と言い出すシーンとか、もう寒気が止まりません。心が折れた仲間を前に俺は折れなかったけどね、とか発破をかけるためではなく素で言い放つ馬鹿に、どう好感度を醸成しろと言うんでしょうか?
冗談ではなく、なんでこいつが学校でハブにされていないのか不思議でなりません。純粋に不快ですもん、こんなの居たら。音頭取る人間が居なかったとしても、自然に全員からシカトでしょう。

あげくに、幼なじみも空気を読まない行動を連発し始め、物語は失速します。

しかも、フェイズ2の大部分を使って行われる資金集めが、物語のパーツとして破綻しているのが大問題。実質動いているのが幼なじみだけで、他の部員は全く別の行動をしていて参加せず、「最終目的に向けた第一段階」として機能していません。そもそも、資金難自体が設定的なこじつけて演出された物で盛り上がりに欠け、しかも解決はやっつけのイベント一個。
端的に言って、このパートは要りません。君島レポートを巡る裏の事情を垣間見せつつ、本編自体は追加パーツが届くまでの間一時停止、とかにしておいた方が良かったでしょう。そうすれば、主人公のクソうざい態度や幼なじみの空気の読め無さを強調するような、不要どころか有害なシーンを入れずに済んだわけですし。

また、一番キャラの立っているスバルが本格的に参加するきっかけも、「本当にこれで良いの?」と言いたくなる展開。課題の提示と達成という手順を踏まず、本質的な問題にも踏み込まず、結果論としてのシナリオ進行が続くのはちょっといい加減すぎるんじゃないかと。

ただまあ、悪印象だけかというと決してそうではなく、むしろそれ以外の部分はきちんと作り込まれているだけに、「異物」としての主人公やおかしな展開が目に付く、と言う感想になります。
大目的である巨大ロボット制作だったり、電波混じりに嫌な「裏」の可能性を垣間見せる君島レポートなどは、シナリオフックとして良くできているのです。しかし、シナリオ自体がそれらの魅力的なギミックを無視して迷走するので、「そんな事より面白いあれにとっとと取りかかれよ」「やる気ねえ主人公死ね」と言う感想が第一に来てしまうわけで。

それにしても、このバランスの悪さはどうにも不思議でなりません。シナリオだけの話ではないのです。キャラにしても、「一見嫌味」なスバルや「一見うざいオタク」のオカリンと言った、好感を持てるオタクキャラを作れるんですよ。このチーム。なのに、今回の主人公みたいなひどいキャラ造型をしてしまうのは何なのでしょうね?

まあ結局は、短期決戦の力押しが命の構成で、細部は強引に押し流す手法をとっていることの弊害なのでしょうが。勿論、この方法論自体は十分に有効で、実際に面白い物を作っている以上、表裏一体で仕方がないと言えるのかもしれませんが。
実際、強引なシナリオ展開でスバルが参加したあとの、ロボドクターのあざとい回想から「あのキャラ」登場へつながるシーケンスなど、緩急も付いて見事にワクワクさせられるのですから。

Steins;Gateのアニメが全く再現できていなかった、この章をまたぐ「引き」の強さは今回も健在。どんなに各章の中盤でイライラが募っても、一気に盛り返してやめ時を見失う力強さは本当に凄いですね。

とりあえず、やっと物語が動き始めたようなので、引き続きプレイ続行したいと思います。



当BLOG内の、その他ゲーム関係エントリーはこちら


  


Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)ゲーム

2012年06月29日

ほぼ期待通りの滑り出し ロボティクスノーツ 感想1

ROBOTICS;NOTES (通常版)


これ以降の感想は、こちら


Steins;Gateが、少なくとも原作ゲームは最高に面白かったので、このROBOTICS;NOTESも、当然発売日に購入しました。そして、4時間ほどかかって序章まで終わったので、そこまでの感想を。

それにしても、札幌のヨドバシは、もうXBOX360のソフトは予約分しか販売する気ないんですかね?今年に入ってから、発売日に買いに行って買えた試しがありません。開店直後に行ったこともあったのに……

と言うわけで、別の店でなんとか購入してプレイ開始です。

とりあえず、最近流行りの3Dキャラはやっぱりノベルゲームとの食い合わせは今一という印象。ゆめりあ以来変わりませんが、文字を読むのに集中するゲームで背景に動き回られると、気が散ってしまいます。何より、どうしてもつきまとう動きの不自然さが際だってしまいますし。


今回序盤最大の問題点は、Steins;Gate よりもはるかに鬱陶しい主人公でしょう。Steins;Gateのオカリンもうざかったですが、あれはまゆりが上手くクッションになっていた上、早々にクリスにへこまされてメッキが剥げていたので、微笑ましく見れました。
しかし今回の主人公は、何もしない癖に苛つかせる言動を振りまき、あまつさえ「やる気がない」と言う、AVGの主人公が一番持っていてはいけない属性(プレーヤーのコントロールできる対象が、能動的に物語を動かしてくれなくなるため)を付与されている始末。印象は最悪です。一言で言うと、「お前、なんでここに居るの?うぜえから消えろ」です。
人からものを頼まれる度に格ゲー勝負(こいつは世界ランク5位)を吹っかけ、つまりは凄く嫌味な方法で断って「ルールなんでね」とか呟く最悪の中二病に、一体どんな好印象を持てと?オカリンが、偉そうにしつつ人の良いツンデレだったのと大違いです。
むしろ、能力が足りない中で必死に動いている幼なじみに視点が移るシーンが、AVGとしては王道で際だってしまっていたり。

本当ね、何もやろうとしない主人公とか要らないんですよ。話引き延ばすだけじゃないですか。TRPGで理屈つけて動こうとしないPCを見てる気分その物になってきます。

この辺、主人公の初期印象が酷すぎて作品の足を引っ張っていたカオスヘッドから、うざさを上手くツンデレに落とし込んだSteins;Gateに変わって、一気に進化したと思っていたのですが。どうも、単なる偶然だったっぽいですね。


などと、ボロクソのメモを残しながら続けていたのですが、序章後半から少しずつ設定と伏線が増えてくると、だいぶ印象がマシになってきます。とは言え、それでも不快な態度は残りますし、その行動が設定的に「正当化されている」(理由がある、と言う設定は使いようで、1つ間違えると「矯正不能のクソ野郎」になってしまう)部分が気になったりもするのですが。

とりあえず、かなりの長さでしたが序章が終わり、オープニングはきちんと盛り上げ、「良し、最後までプレイするぞ!」と言う気合が入りました。掴みとしてはやや冗長だったと思いますが、即切りされる心配のない人気シリーズの続編としては、ありだと思います。
章の合間にワクワクさせて、「続きを見たい!」と思わせるノベルゲームは良い作品ですよ。


ただし、Steins;Gateでも相当顕著だった分岐条件の意味不明さは、多分健在だと思います。メタタグ探しにせよtwitterモドキへの返信にせよ、おっそろしく煩雑で解りにくい代物ですから。2周目以降のプレイでは、この辺がネックになるのは間違いないでしょう。

とは言え、インターフェイスはこなれていますし(何故か、TIPS画面を開いても新規一覧に飛ばないバグがありますが)システム面に不満はありません。この辺のAVGとしてもっとも大事な部分はきちんと押さえているので、間違っても酷い作品にはならないと思います。
テンポも、冗長その物だったSteins;Gateアニメ版と違って良好ですし。

とりあえず、この週末にでも、一気にプレイしてしまいたいと思います。魂を売ってでも、時間をかき集めて……



ロボティクスノーツ、感想の続きはこちら
当BLOG内の、その他ゲーム関係エントリーはこちら


  


Posted by snow-wind at 22:00Comments(0)ゲーム